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『イン・ザ・メガチャーチ』を4人で語る②|「Beの関係」って、今つくれるのかな?
2026-05-31 56:24

『イン・ザ・メガチャーチ』を4人で語る②|「Beの関係」って、今つくれるのかな?

今回は『イン・ザ・メガチャーチ』を4人で語るシリーズ、第2回目です📚

「役に立ってない自分」って、ここにいていいんだろうか。
友達って、“何かしてくれる人”じゃないと成立しないんだろうか。
効率ばかり求めるこの時代に、どうしてこんなに息苦しくなるのか――。

今回の対話の後半では、
「ちゃんとしていないと居場所がなくなる感覚」や、
誰かと一緒にいることの難しさについて、かなり深いところまで話が広がっていきました。

今回は主に、

✔︎ 「役に立つ自分」じゃないと不安になる話
✔︎ 「友達」と「仲間」って、何が違うんだろう
✔︎ コスパ・タイパで切り捨てられる“どうでもいい時間”
✔︎ 誰かを「待つ」って、なんでこんなに難しい?
✔︎ 最後は結局、「愛」の話になるのかもしれない

…などについて、かなり熱量高めで語っています。

前回よりさらに、
「これ、自分の話かもしれない…」となる回でした。


📖『イン・ザ・メガチャーチ』朝井リョウ
https://info.nikkeibp.co.jp/books/campaign/121045/


________
第1回目はこちら
①「誰推し?」で自分を説明する時代
https://stand.fm/episodes/6a1c1e1ca50ab2d29589c3dd
_______

#インザメガチャーチ
#朝井リョウ
#読書会
#読書感想
#読書
---
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感想

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00:14
どうする?このトークをどうまとめますか?もう、なんか、とっ散らかってきたよ。
自己猶予感みたいなの言わなかったっけ、サリーさん? 言ってた、言ってた。ユカンさんが言ってたでしょ。
すごいずっと気になってて、さっきトモヤさんが言わなかったっけ?
自分が役に立たなきゃいけないみたいなマッチングアプリからの話で、すごいそれ気になってて、
なんで私たちって役に立ってるから、いていいんだって思うんだろうなって、
生き切るってことに近いなって思ってたんですけど、ぼんやりして、自分が楽しく日々生きてるだけじゃダメなのかね。
私はこれをやって、こういうことで貢献してるから、役に立ってるから生きてていいんだとか、
そういうのがないとダメなんですかね、人間。
ダメなのかな。
逆に、どうなんですか、職場とかで、
ちょっと仕事がポカッとした人とか、ちょっと気持ち悪い人見た時に、
皆さんも少しイラっとしたりすることもしかしたらあるんかなと思うんですけど、
あるある。
だから、どうしてもコミュニティになった時に、何か有用でないと、
ちょっと下に見られるというか、省かれるというか、何というか。
だから、どうしてもコミュニティが求める役割みたいなものを提供しないと、そこにいられないみたいなところはある気がするんですよね。
経済とか仕事とかっていうのは、もちろん自分の能力を提供する場であるんで、
その能力を適した場所に行くべきだと思うんですけど、
どうしてもそこに有用さを求められると思うんですけど、
例えばね、家帰った時とか、お友達ぐらいは、
DoではなくてBeで見てほしいとは思うんですね。
あなたがあるだけでいいみたいな。
それもないっていうのが今苦しさなのかなと思って。
なるほど。今すっごいいいこと言ったね。もう一回言って。
すっごいいいこと言った。
DoじゃなくてBe。
することに対して、それでいいって言うんじゃなくて、
あなたでいいよ、Be。
Beに対してOKをもらえたらみんな安心できるんだけど、
普段やったら家とか友達とはBeで住んでたものが、
友達関係でさえもしかするとDoになってるんかなと思って。
なるほど。
だからみんな安心できひんくって、
03:00
そわそわするんかなっていうのもちょっとある。
確かに。
スミーカーも言ってたよね。
自分がありのままでありのままでみたいな、
そういう風潮が今強いけど、
ありのままでいたくないんだ私はみたいなこと言ってたじゃん。
ということは要するにBeでいられないってことだよね。
自分自身ですら。
人からというよりも自分もBeではいられないっていうことでしょ。
認められない自分を。
そう。
思いますけどね。
確かに。
じゃあなんでそんなにBeでいられなくなっちゃってるんだろう。
そんなに。
いいじゃないですか。
能力主義みたいなのをずっと教育で植え付けられてるかってこと?
コスパタイパーになってきたからと思うんですけど、
三宅花穂さんが、
なんで働いてると読めなくなるのかっていう本の中で、
ノイズっていう言い方をしてたんですけど、
今はもうスマホとかで要約を見たりとかして、
情報を得る時代だと。
だから本をわざわざ時間をかけて読んで、
自分が得たい情報を得るのはコスパが悪い。
でも人間関係っていうのは、
本来自分が欲しいものだけを与えてくれる存在ではないでしょう。
絶対に関係性っていうものの中にはノイズがあるはず。
だけど今コスパタイパーが重視されていて、
そういうノイズを除去するようになってきている。
じゃあ人間関係にも、
そうやってノイズを除去するようなことになってってるんじゃないか。
Bっていうのは、
自分にとって有用なドゥをしてくれる存在ではないので、
Bを認めるっていうことは、
コスパタイパーの今の社会では、
難易度が高くなってると思うんですよね。
確かに。
じゃあどうすればいいんだろうね。
だから僕は、
友達が欲しいなって思ったんですよ。
この本を読んで逆に。
そういう雑談。
それこそ、これでもいいんだなと思ったんですよね。
仕事の愚痴とかじゃなくて、
ほんまにたわいのない話をしあえたりして、
取ってなかったら心配してみたいなことができあえる存在。
本当に僕すごい不安だと思う。
仕事が定年でなくなった時に、
友達がおるなって思うと。
友達って本の話とかしてるじゃん。
それはあるんですけど。
飲んだりとかしてるじゃん。
家に行ったりとか。
これ聞いたら、
友達って思ってる人が。
僕も友達だと思ってますよ、もちろん。
なんていうのかな。
男で区切ったらあかんけど、
僕が思う、
僕は男なんで、
それで言うとなかなか意味もなく、
猶予感もなく、
06:00
人に時間を頂いたりすることも。
頂くとかね、
奪うとかするやん。
それも嫌なんだよね。
だって相手は友達とおしゃべりしたいと思ってるかもしれないのに、
友達のほうで、
僕なんてだってみたいな感じだからでしょ。
っていうぐらい、
別に奪うとか奪われるとかじゃなくて、
ただその時間を共有するとか、
っていうのができたらいいなと思うんですよね。
ただ言い合うみたいなね、普通に。
そうか、そうやって男と女の違いなのか、
ゆかこさんと島さんはどうですか?
その辺さっき友達ってみたいな話もさっき出たじゃん。
どう思う?
ゆかこさんとかどう?
友達ね。
誰だっけ?
みちやくんが、
自分の母親がいろんな人とくっしゃべってんのは、
情報交換とか、
いろいろしてるからなんだっていうのを言ってて、
確かになって思って、
確かにたわいもないことを、
あでもこうでもって言って、
最終的に帰った後何喋ったっけってあんまり覚えてないけど、
まあなんか楽しかったなって思うのって、
確かになんか女性的なのかなって思って、
はいたものの、
意外と女子も多産的であったりはするから、
なんかどこからどこまでが大丈夫で、
どこからどこまでが悪かったのかみたいなところは、
なんかわかりにくかったりする。
表面的がやっぱり上手いな女子はって思うし、
でも我々やっぱり大人になってしまったから、
高校生とか大学生の時みたいに、
じゃあみんなで行こうぜとか、
気軽に誘ったりとかっていうよりは、
相手の事情を汲みながら、
ありがとうございますねみたいな感じで言いながら、
おもんばかりながらコミュニケーションを取るっていうのが、
常識的になって大人になって、
っていうのが一種、
弊害になってしまっているところもあるのかなって思いますね。
おもんばかりすぎるところがあるんじゃないかなとか、
想像しすぎるとか、
意外と直球のコミュニケーションが取れないなって思っている。
ミチヤがアイドルを目指したのも、将来、
こうなりたくないんじゃない?
今じゃないんじゃない?
今の私たちの世代でいう友達っていう定義と、
多分、
トムヤさんにしても今は仕事もあるし、
子供もちっちゃいしとかってあって、
個人の時間はあれだけど、私たちもだから。
09:02
65、66になった時に、
友達っていう定義はまた違うよね、きっとね。
その時は大丈夫なんじゃないですか。
私たち友達ですよね。
でも、それが何を返した友達かによるんじゃないのかな。
そうか。
例えば、いずみさんとすみちゃんがつながってるのって、
リンタロウがいたからであって、
リンタロウの活動が終わったら、
共通のことがなくなって、
もしかしたら自然に離れていくみたいな感じになったりとか、
何を返した友達かで何年付き合えるか、
そこに間に何があるかで、
ちょっと変わるのかなって思いました。
我々は本があるから大丈夫だと思ったけど、
本はなくならないからね。
それこそアイドルであったりとか、
人間の推しとかだと、
グループの解散とか何かがあった時に、
その共通の話題がなくなった後に、
そのままの関係が続けられるわけではないんじゃないかな、
というところで、
果たして定年とかした後に、
関係が残るかって言われると、
また別の話かと思う。
残らないね。
渋谷の駅前でさ、
もういいよって言い始めたじゃん、
澄川さん。
もうなんか、
警官に掴みかかってる泉さんを見てさ、
なんかもう、
もういい、もう終わりみたいなこと言ってたじゃん。
あの日を境に、
2人はもう解散する可能性が非常にあるよね。
会わなくなるというか。
それって友達なのかなって思わない?
友達じゃないよ。
どうなのかなと思って、
それって友達って呼べるの?
何かを返さなければ。
すっぴんで11時にアイス食べてるって、
すっごい友達だと思うけど、
でもそれ、
林太郎がいなくなったり会わなくなるのって、
友達って言えない気がする。
どうなんですかね、それは。
なんかこの前正直不動産の映画を見て、
友達と仲間のお話をしてて、
ヤマピーが市原ハエトに、
俺たち友達だよなって言って、
違いますって言われてるんだけど、
でも、仲間ですね。
仲間だったら仲間だと思いますって言ってて、
やっぱり友達と仲間って違うんだなって、
その時思って、
やっぱり目線が、
さっきサリーさんが言ってたように、
12:01
こうなってるかこうなってるかの、
配信でこうとか。
向き合ってるか同じ方向いてるか。
友達だったらお互い向き合ってる感じはするけど、
仲間だとやっぱり同じ方向を見てる。
そうね。
目指す先があるみたいな感じで、
もしかしたら、
すみちゃんといずみさんは仲間で、
目標がなくなったら、
じゃあその関係は解散みたいな感じなのかなって、
そうね。
ちょっと思いましたね。
仲間はドゥってこと?
仲間はドゥだ。
友達がBってこと?
B。
そうだね。
すごい。
ドゥの中でも、
例えば友情関係がほんまに気づかれることがあると思うんですよね。
仕事仲間でも、究極。
そっかそっか。
その時にこのBを見合っていたとしたら、
多分解散しても続く関係もあるんかなって思った時に、
それはやっぱりBを見てたんかなと思って。
仕事が終わっても付き合いがある人たちっていうのは、
おそらくそういうBの部分でつながってるのかもしれないなと思った。
なるほどね。
仕事の仲間とお仕事の仲間ってまたちょっと違ってる感じしません?
お仕事で知り合って、
もうおしてないけど、
そのBでつながって、
仕事とまた違う。
なんかそこって何なんですかね?
そこがさっきさりーさん言ってた、
あだ名とか匿名感なんちゃいます?
あーなるほどね。
やっぱりなんか完全に自分を明け渡してへんから、
もうすでにBを見せてないっていう状態。
そうかそうか。
お仕事は。
なるほど。
どうしても仕事って個人名出して、
それなりに雑談の中でお互いの家庭状況とかを話していくと、
少しずつBが見えてきて、
この人だったら仲良くやれそうっていうのが多分出てくると思うんですよね。
なるほど。
推し活やと、
推しを愛しているという共通項だけに今つながっている状態なんで、
どこまでBを見せ合うかみたいなところは個人の採用による。
確かに。
あだ名だけの呼び合いであれば、
なかなか、
もしかするとBが築き上げにくいのかもしれない。
確かに。
だけど私思うのは、
その読書会とかで思うのは、
これ本名の集まりだったら話せないなって思うことがいっぱいあるんですよ。
何なんですかねこれって。
自分がプロフィールを明かしてないからこそ、
すっごい思っている本心とかを言えるけど、
本名だったら、
もうちょっと上辺の会話になるなみたいな。
その、
だから、
何なんですかね。
だから、
でもこれ、
この、
いずみさんと、
この、
すみかんさんって、
仕事場で知り合っているよね。
だから本名も知ってて、
15:02
だけど比重が押し勝つのが多くなって、
いずみさんとすみかんさんは繋がって、
Bの、
Bもあんのかな。
分かんないけどね。
すみかんさんが最後に、
いずみさんを見て、
私、
いずみさんの目が覚めるの待ってますから、
みたいなこと言ってなかった?
最後のところで。
言ってたっけ。
ちょっとBっぽいって私は思ったんですよ。
確かに。
すみかんさんはもう目覚めてきちゃって、
もういいやってなったんだけど、
まだ熱中しているいずみさんを見て、
もうバイバイじゃなくて、
いずみさんも、
今、
仕切ってるんですよね。
私も待ってますからって、
心の声がやっぱり、
ちょっとBっぽいっていうか、
許してる、
許容してるって感じじゃない?
同じ方向を向いてなくても。
そうだね。
どれぐらい、
共有したかとか、
情があるかとか、
プラクを共にしたとか、
そういうところもあるのかもしれないね。
待つって、
別に関係が合わなくなったとしても、
待つっていう状態って、
要は関係を切れってないという宣言でもあると思うんで、
それが1年後であろうが、
2年後であろうが、
待つという行為があるという状況は、
Bを待ってるような気もするというかね、
Bを待ってる状況だからね。
いいですね。
私もう一回。
ごめんなさい。
待たなすぎなのかもね。
コスパタイパーで忙しくてね。
そういうことね。
待てないんだ。
待てない。
ここの2行、
すっごい優しいよ。
ちょっと読んでみるね。
だから、
泉さんが全部使い切るまで、
ここで待ってますね。
ここで見てますから。
泉さんが泉さんを全部使い切るところ。
もう一度最初からやり直すしかなくなるところ。
って書いてある。
この3行。
すっごく優しいね。
待つっていいんですよ。
待つっていいですね。
待てないんか。
待てないんだね。
待てなくなってるんだ。
それ焦らされるもんね。
この世間から。
不安を折られて。
なるほどな。
なるほどね。
シーンとしちゃったけど。
ほっこり。
ほっこりしてる。
いやでも。
じゃあどうする?
この話は。
どこに着地するの。
私たちは何を。
どうしていきましょうか。
私たちは。
全部が明らかになって。
待ちましょう。
待ちましょう。
Bをね。
Bを。
そうです。
僕たちは、
仮に財布がぶっ壊れても、
流れ続けるという。
そうね。
で、別に電波が届かなくなっても、
元気にしてるかなって、
18:00
ちょっと心配し合う。
なるほどね。
友情確認会みたいになってるけどね。
僕もそれぐらいでいいかなと思ったり、
そもそもね、
ちょっとこう、
ふと思い返したり。
うんうん。
うん。
特に距離が、
実際は実際的に離れてるじゃないですか。
うんうん。
とはいえやっぱ実在するなっていう風に、
なんかすごい認識してるんで、
やっぱふとした時に思い返したり、
また会えたらいいなって思えてたら、
自分的には結構いいなって。
なるほどね。
いい感情やなって思って、
自分の中では。
僕も友情ってなんなよと思って、
友情の哲学っていう本を読んだんですけど、
マジですか。
マジで言ってることみんなバラバラなんすよマジで。
あ、そうなんだ。
切磋琢磨せえへんかったら友情じゃないとか、
有用な部分でつながってたら、
それは友情じゃないとか、
男女の友情はありえないとか、
もういろんなことを言われるんですよみんな。
うんうん。
って思った時に、
もうなんでもいいやなと思って。
うん。
俺が友達やと思ったら、
友達になるんやなって思ったんですよ。
うんうんうんうん。
だから、
もう僕はみんな友達です。
なるほどね。
よかった。
って言ってしまっていいと思ったんですよね。
なるほどね。
だから逆に、
なんか今ってなんか友達、
いや分からん。
友達って言いにくい雰囲気もある気が、
ちょっとしてるから。
分かる分かる。
なんか申し訳なさを感じちゃうんだよね。
そう。
だから逆に別に、
なんか俺はサリーさんという、
サリーさんというしか知らんかったとしても、
俺が友達やと思えば友達や、
っていう。
うんうん。
なんかそれもそう、
推しの定義がいっぱいあるみたいな感じで、
友達との定義だっていっぱいあっていいと思うし、
うんうん。
うん。
あのー、
って思いました。
思いましたけど、
久保太は、
ミチアを友達だと思ってたでしょ。
はい。
そして行ったら、
あのコンビニの袋抱えて行ったら、
怖ってなったじゃない。
そう。
だからなんか、
そこがどうなの。
大事なのは、
俺はってとこなんですよ。
そういうね。
サリーさんは違うかもしれないってことは、
自覚しようがないといけない。
なるほどね。
うん。
だから、
相互じゃないんだ。
そう。
俺と、
関係性は相互なんだが、
うん。
俺が友達やと思うことは、
俺の勝手という。
なるほどね。
なんかその、
苦手さ。
ただ、
そうじゃないかもしれないという、
うん。
そうね。
相手だね。
うん。
っていうのは、
それは別に友情じゃなくても、
恋であろうが何であろうが、
相手は同じ気持ちじゃないかもしれないってことは、
少し踏まえておかないと、
そうか。
絶対に相互は起きる。
だから、
ということは、
友情というのはだから、
AさんとBさんの間に存在するものというより、
いや、
友情はあると思う。
その、
言ってるのは、
友達という名称を、
うんうん。
僕は使っているだけで、
うんうん。
友情という感覚みたいなものは、
関係性の間に実際あると思うんですよ。
うんうんうん。
ただ、
あの、
A、
Aは、
Bを友達だと言っている。
Bは、
友達じゃないと思っている。
うん。
で、
じゃあ、
それを俯瞰したときに、
ここに友情があったかどうかっていうのは、
21:01
分析できると思うんですけど、
そうね。
実際、
僕はこんだけ友達だ、
みんな友達だって言ってるけど、
もしかしたら、
友情はないかも。
そうね。
知れない。
それは成り立つって感じですね。
そうだね。
まあ、
でも、
でも、
そこが怖いところがあると思うんですよ。
そうなんだよ。
俺は友達だと思っていても、
そうじゃないと思うっていうのは、
確かにあり得るから、
だからこそ、
こっちも、
友達だなんて簡単に言えない。
だから、
一抹の寂しさがあるんだが、
もう、
なんか分からないです。
僕はもう一周回って、
もう、
お前が友達だと思ったら、
友達でええんちゃう。
言いたいよね。
その気持ちは分かるけど、
この久保田の、
この、
最後のもう、
少数式って、
俺が友達だと思ったのに、
もうだって、
敗人のようになってるじゃん。
だからそれは、
久保田は、
俺たちって、
友達だよねって思ってたから。
そうなんだよね。
そこは、
久保田さんが、
ある意味、
もう一周スタートって感じ。
そうね。
そうね。
じゃあさ、
友谷さんはさ、
俺は、
お前を友達だと思ってるっていう人が、
別に俺友達じゃないと思うけど、
みたいな。
なんか反応されたら、
それは、
それでも友達だと思い続けるの?
やっぱり。
いや、それは、
そうですかってなります。
そこに友情は、
なかったか、
ってなります。
そうだよね、そりゃ。
ぶっちゃけね、
そんな正直、
あなたは友達ですとは言わないんです。
目の前で。
で、
俺もなんなら怖いんですよ。
友情がほんまにあるんかな、
友達なんかの俺たちって、
みたいな、
のはあるんです。
あるけど、
別にわざわざ確かめにはいかないんです。
でも、
あの、
久保田さんって友達?
って聞かれたら、
友達やでって、
は言うって感じ。
確かに。
でも、
俺たちって友達だよね、
っていうのは確かめない。
そうね、そうね。
そこは怖いんですね。
怖いよね、そうね、確かに。
怖いし、
別に確かめんでもいいかな、
みたいな。
名称に、
別にこだわらんでいいかな、
っていう感じはあって。
だから、
僕の中で一番大事なのは、
あの、
何を喋れるかなんですね、
正直。
何を、
自分の心の何を明け渡せるか、
っていうのがめっちゃ大事で、
ちょっとでも明け渡されてる時点で、
僕的には結構友達。
なるほどね。
それを例えば、
SNSとかさ、
なんか書く時に、
結構迷うんだけど、
今日は友達とご飯を食べました、
とか書くじゃん。
そういう時に、
あ、
私、
友達ってこれ書いて、
その人がもし読んだら、
なんか、
友達って思ってると思われたら、
恥ずかしいっていうかさ、
なんかそういうのない?
あ、
詩人とかの方がいいのかな、
みたいなこと考えたりしない?
でも、
詩人って自分が書かれたら、
超ショックじゃない?
逆に。
結局そこで、
遠慮しちゃうから、
だから、
お互い、
あ、
じゃあって、
本当はあり得た友情からどうか。
友達でいいと思う。
友達でいい。
そうか、
そうだね。
24:01
どうなんすか?
逆に、
友達って言われて、
嫌な人おる?
おるか。
だけど、
この道屋みたいなこととか、
あと、
くにみさんとかもさ、
なんか、
分かんないけど、
やっぱ、
一線引きたいみたいな人って、
いるのかな?
どうなんですかね。
友達じゃないし、
みたいなこと言われたら。
悲しいよね。
友達やからって、
これしていい?
みたいなのはないと、
なしやと思うんですよ。
僕はね。
正直。
友達や、
お前は友達やから、
差し入れを持ってきたよとか、
は嫌なんですよ。
正直。
友達だから、
それをしてほしいわけじゃなくて、
三ツ谷を見て、
三ツ谷が感じていることを、
見てほしいと思うんですよね。
三ツ谷が感じていることを、
見てほしい。
だから、
三ツ谷が、
こう思って、
なんか、
俺たち友達やから、
なんか、
こういうことしていい?
みたいな、
感じになっちゃった気はしてて、
そうね。
そう。
お前は、
三ツ谷のことを、
友達だと思ってていいんだが、
向こうはそう思ってるか、
分からへんし、
あなたとどういう関係を、
築きたいかっていうのは、
ちゃんと見ておかなあかんよ、
と思う。
そうね。
そうね。
その距離感。
だから僕もね、
その、
難しいなあ。
難しい。
その、
ユカコさんが、
もしぶっ倒れたら、
もしかしたら、
何か送ってあげるかも、
しれへんねんけど、
もし仮に、
シマさんが倒れた時に、
僕、
なんか送っていいかなって、
やっぱなる。
それは躊躇する。
そうね。
関係性の、
その関係性まで、
いけてないんじゃないかって、
正直。
でもそれはもう、
そうやけど、
友達という、
有意見なところはあって、
なるほどね。
そうね。
でもそこは別に、
そこは見ようよって感じなんですよ、
正直。
そっかそっか。
グラデーションだ。
友達だからこれしていい、
みたいな言い方をすると、
確かにね。
ややこしくなるから、
だから別に名称を言わない、
僕もわざわざ。
なるほどね。
そっかそっかそっか。
そうね。
だから、
1か、
0か100かじゃないよね、
友達って。
そのグラデーションでさ、
いきなり友田さんから、
島さんに送られてきたら、
こわってなるよね。
そっかそっか。
そっかそっか。
なんか、
何か、
何かの勧誘感みたいに、
落ちたね。
走れ持ってきたね、
みたいな。
急に。
急に。
怖い怖い怖い怖い。
めっちゃ聞いてもらって、
今まで言えへんかったこと、
聞いてもらって、
めっちゃ嬉しかった。
だから、
あの、
友達になりたいって、
思うかもしれんけど、
でもそのさっき言ったみたいな、
島さんがそう思ってるか、
わからへんから、
その近づき方とか、
関係の築き方みたいなのは、
絶対に、
絶対にというか、
僕は見たいな、
見たいなというか、
うんうんうん。
確かに。
緊張になってしまうな、
っていうところが。
そうね、
それはあるね。
うん。
で、
それがまあ、
推しやとやっぱり、
許されるというか、
その、
友達関係やと、
結局そういうことが起きるんですよ。
うんうんうんうん。
あの、
そういう、
アンバランサが起きて、
関係性に傷が入って、
傷つくみたいなことがやっぱり、
リアルやと起きて、
うんうんうん。
推しには、
どんだけ好きをアピールしても、
確かに。
傷つかさせられない、
っていうのがあるから、
うんうん。
だから余計に、
ちょっと安心する方に行くんかな、
っていう。
なるほどね。
今、
すごい感銘を受けました、
友達さんの話に。
27:00
友達って思っていいのかな、
とかさ、
うん。
この人友達ですって、
言える人いるかって言われると、
なんかそんなに胸張って、
この人友達なんだって言える人、
そんなにいないなって思ってて、
まあ、
なんか、
まあ、
でもさ、
自分の心の内を、
見せられるっていうか、
その、
この話、
この自分の心を明かせる、
話せれば、
もうそれは、
こう、
友達っていうか、
友情らしきものが存在して、
自分は友達って思えるっていう、
その、
思えるってすごいなんか、
え、
なんかめっちゃ感銘を受けました。
その、
凝り固まりすぎてた、
友達ってなんだろう、
とか、
友達って呼んでいいのかな、
ってことに対して。
そう。
すごいなんか、
いい考え方ですね。
うん。
いや、
嬉しいです。
なんか、
いや、
一周回って、
もうそういう考え、
もう何でもいいわと思って。
なるほどね。
この考えを聞いたら、
今、
この瞬間の中で、
友達がめちゃくちゃ増えました。
えー、
すごい。
確かに。
うん。
嬉しいね、
なんかすごい。
確かに。
と思って。
俺ってこんだけ、
明け渡せてたんやっていうのを、
ちょっと思えるんですよ、
逆に。
うんうんうんうん。
僕の場合はほんまちょっとでも、
なんか全部じゃなくていいんですよ。
ほんとに、
まあ、
なんなら、
ゆかくさんにはこれ話せる。
友達のゆうへいさんにはこれ話せるとかは、
あるけど、
でもちょっとでも、
Bのちょっとしたものを明け渡せたら、
なんかまた会いたいなって単純に思えるから。
なるほどね。
ということは、
Doではなく、
Bをどんどん明け渡していこうぜってことだね。
きっとね。
ほんとはね。
ほんとはね。
てか、
それができないと苦しいかなって。
そうだね。
そうだね。
それができないと苦しいし、
孤独になっていく。
そう。
そこってちょっと勇気がいることなんだよね、
きっとね。
めちゃくちゃね、
多分。
Bで、
Bを明け渡すことって、
やっぱ、
役に立たないじゃん、
別に。
その、
相手のためにならないっていうか。
そう。
あと、
傷つく。
うん。
傷つくよね。
うん。
なになに、
ゆかさなさん。
自己防衛。
うん。
自己防衛ね。
もう、
離さないければ、
傷つかないところもあるから。
そうね。
だって、
相手がやっぱり、
理想的な反応を返してくれるとか、
限られた。
そうね、
そうね。
うん。
し、
急にドーンと明け渡されても、
あえてびっくりするのはもう、
この歳になると自明なことで。
うんうんうん。
うん。
じゃあやっぱ、
徐々にしか出せへんねんけど、
それも相手の反応が、
かんばしくないと、
やっぱ、
言わんかったらよかった。
そうね。
っていうふうに、
なっていくし。
わかるー。
わかる。
でも、
その難しさに耐えられへんのかな、
今は。
そうね。
ってか、
今はっていうか、
たぶん、
世界とか、
社会がもう、
速度が上がってるから。
うんうん。
そうね。
そう。
探ったりなんか、
その、
する時間がないんだね。
待てないってさっき言った、
それだね。
おそらく。
ね。
だから、
その一番最初の話に戻ると、
その、
自分はその、
あの、
MBTIで何々ですとか、
腰は何々です、
30:01
みたいなことを、
最初から用意しとけば、
セットレバーやって、
最初のとこに戻るけどさ、
それで友達として、
繋がっていこうとするんだね。
うん。
そういう時代なんだよ。
とか、
どういうタイプと、
友達、
うまく友達になりやすいとか、
うん。
こういう人とは合わない、
みたいなところを、
もうこう、
そういう診断で、
うんうん。
道筋を立てて、
だから、
そういう人と付き合おう、
みたいな、
こう、
もう探らない、
というか、
準備されたものを、
から選んでいく、
みたいな時代になってしまったんだろうね。
そうだね。
じゃあ、
スローダウンしていきましょう、
みたいなことなのかしら。
待つってことは、
私たち自体がやっぱ、
待てないよね。
ほんとに、
スマホとかもさ、
なんかこう、
ぐるぐるしてると、
パーってなるじゃん、
なんか。
何秒待てないんだっけ。
なんかあるね、
その、
人は0.何秒待つと、
イダッとする、
みたいなのがさ、
どんどん短くなってる、
みたいなのがさ、
あるじゃん、
そういうのが。
そ、
そこに抗っていくって、
相当難しくない?
その、
文明に対して逆にいくっていう。
その、
最近はだから、
丁寧な暮らしとか、
うんうん。
スローライフみたいなのが、
うんうん。
逆に流行り、
流行りっていうか、
本とかがね、
うんうん。
その、
オススメさせてんのは、
まあ、
やっぱりそういう、
ちょっと抗い、
みたいなところなのかな。
なのかね、
そうね、
スローライフ。
かといってだよね。
そう。
下がったものはさ、
そう。
下がんない。
もうだって、
新幹線で行ってたらさ、
もう新幹線に乗るじゃん。
そんなさ、
各駅停車で行った方が、
スローライフって言ったって、
新幹線で行くよね、
みたいなことに、
言ってんだから。
しかもさ、
ね、
次リニアモーターカーも、
そうそうそう。
始まったらもう、
新幹線も遅いってことでしょ。
そういうことでしょ。
じゃあ、
リニアモーターカーがもう、
みんな乗ってるのに、
じゃあ自分は、
リニアモーターカーに乗らずに、
いや、
私は、
B、
人との、
そんな色んなこと言って、
各駅停車で行く生き方を、
待ちたいんだよ、
人を、
みたいな。
そうやって抗っていかない限り、
置いていかれるってことでしょ。
置いていかれるんだよ。
そう。
置いていかれたくないんだよ、
きっと。
だから待てないんじゃない。
みんなが行っちゃうから。
一人になりたくないっていうことだよね。
だから、
この住川さんが、
泉さんを待ってるっていうのは、
一人になってもいいっていう、
ある意味、
勇気が出たんじゃないのかな。
私置いていかれてもいいやっていう、
何なんだろうね。
怖くなくなってきました。
って言ったじゃん。
あんまり。
なんで怖くなくなってんの。
てかさ、
時間めっちゃ過ぎてるけど大丈夫?
これ話と終わんないよね。
でもなんか、
やっぱ一回行くとこまで行くと、
なんかフッてなるんちゃうかな。
分からないけど。
ってことだよね、きっとね。
使い切ったって言ってるもんね。
33:00
自分を一回、
全部使い切ったって言ってる。
勇気って言葉すごくいいなと思って。
なんか最近、
昼間のスターゲイザーっていう、
占いと心理学の合わせ技みたいな本を読んだんですけど、
占いも心理学も、
その人に勇気を与えるものだみたいな。
勇気を。
そう。
それで何かって言ったら、
結局その社会の流れとか速度に合わせてた、
合わせることから降りる、
ことの背中を押すのが占いであり心理学であるみたいな。
心理学っていうか、
カウンセリング。
カウンセリングとかはやっぱ自分の心理。
カウンセリング占いも正直、
あなたはっていう風な言い方をして、
あなたを見つめさせていくんですけど、
そうなった時に、
社会の速度ではなくて、
あなたの速度っていうものを提示して、
そこから降りる勇気っていうものを、
提示するんだよみたいなことを書いてて、
やっぱ勇気出ないんですよね、
みんなの流れから降りるっていうものの勇気。
自分でもしかしてこれ好きじゃないかもしれん、
って思ってるけど、
その辺の勇気が出へんから、
誰か叩いて欲しいって、
誰かに叩いて欲しいって思ってるし、
孤独になっちゃうからなんだよ。
可能性もあるからね。
坂口杏子も言ってたもんよ、
一人荒野を行くっていうことが、
ものすごいやっぱしんどいっていう。
だけどそこを推奨してるけどね、
とにかく孤独にならなければ、
一回自分自身に帰るためには、
みんなと群れて、
みんなの誰かの作った物語の中に
い続けたんでは、
本当に偽の着物を着たまんまですよ、
みたいなことは言ってて、
それはやっぱり孤独とセット。
なんか日記が流行ってんのも
そういうことなのかな、わからんけど。
自分の速度というか、
自分の速度を取り戻すみたいな。
自分のBというか、
何か見つめ直したり、
あと人の日記を読むという行為が、
そういったBを見れたりすることで、
逆に自分も安心するというか。
なるほどね。
ってことは、みんなやっぱり
Bの部分で繋がり合いたいと思ってるんだね、
本当は。
虚しさは感じてるかもしれないですね、
その辺。
結局、することで繋がるっていうのは、
そのすることが代用されてしまえば、
自分じゃなくてもいいということでもあると思うんですよ。
36:02
だからこそ、自分じゃなきゃさ、
みたいなものをどうしても求めてまうのかな、
っていうのが多分ないんでしょうね、
自分じゃなきゃさ。
代用可能な。
でもそんなことないよって言いたいけどね。
って言いたい。
実際はさ、DoされながらもBじゃん。
その人がやってくれることが嬉しかったりもするわけで。
ただ一緒にいてくれるとかね。
ただ実際的にDoだけを搾取することもあるからこその、
虚しさみたいなのがあるのかな。
じゃあさ、何にもしなければいいんだね、みんな。
何て言うの、もう。
何にもしないで、ただいる。
何から始めたらいいのかなと思ったら。
さぎさんがアパート3号室で、
本も持たない、ただのピクニックに行きましょうっていう会を開いて、
ただ山に行って、自由に過ごしてもらって大丈夫ですみたいな。
そうすると私がたぶん、この花の名前はとか、
役に立たなきゃって。
それはそれでいいと思うんですよ。
そういう風に、何をしてもいいし何もしなくてもいいという。
なるほどね。
そこで人来ないかもって思っちゃうっていうのは、
自分が何かDoしてないからって思っちゃうから、
それじゃ申し訳ないと思うんだね。
私もそうなんだね、きっと。
アパート3号室で何も企画がなく、
ピクニックって言ったらちょっと違うけど、
例えば部屋を借ります、
何もしない会ですって私が言うとするじゃん。
人、来ない。
ちょっと興味あるけど何もしない会。
来ないでしょ、みんなお忙しいし。
何すんの、何をくれんのって思うでしょ。
そうなるよね、何をするんですかっていう。
何がもらえるんですかって。
それは考えたんだけど、
サリーさんが自分自身に価値っていうかを
ちゃんと認めてあげられてないんじゃない?
サリーさんが呼んだら、
サリーさん呼んでるから行こうかなみたいな、全然。
確かにそうかも。
でもそれは多分一人ずつなんだよ。
私今回すっごい分かったことがあって、
コミュニティに対して皆さん来てくださいって言うじゃん。
そもそもみんなで来ないの。
で、一人ずつにDMするじゃん。
何会さん、何日に来ないって言うと行くってなる。
僕なんかが行ってもいいと思わなかったみたいな返事が来たりするわけ。
すっごい不思議だなと思うんだけど。
言われた方もそんなに自分の価値、
いや私が行ってもそんな喜ばんやろみたいな、
言わないでしょ。
39:02
自分の価値みたいなのを、
いやそんな私と一緒にいたところでみたいな。
そうみんな思ってるじゃん。
そうそうそうそう。
そうかもね。
だからみんなズーの繋がりだからだよね、きっとね。
お互いにズーがないと、
いやいやってなっちゃうっていうかさ。
だから個別に誘われたら、
Bを誘ってくれてる感がして、
そうなんだよね。
だから本当に、
それをすっごい最近思う。
オプチャで言っても誰も何も言わないのに、
一本釣りに行くと、
あ行けます、嬉しい、誘ってくれて嬉しいとか言うわけ。
なんであの時はいって言わなかったのって思うんだけど、
でも真理としては分かるよね。
あ、私が必要とされてるって思うってことなのかな。
私が呼ばれてるっていう風に思うと、
喜んでいくんだけど、
その違い?
やっぱり否定されないことを担保されてるからじゃないの。
でも私否定しないよ、そんなオプチャでさ。
例えばオープンチャットで、
やった時に、
例えば、いやそれは違うよとか、
親指じゃなかったみたいなのを言われる可能性がある中で、
手を挙げにくい人って確かにいて、
そうだよね。
呼びじゃないっていう表現が、
ちょっと失礼。
でもそういう感覚になっちゃう。
ないけど、多分今までの人生の経験の中で、
何かしらそういうことがあったかもしれない人たちは、
大勢の中で手を挙げるっていうのは難しいんだと思う。
そうだよね、きっとね。
個別に声をかけられれば、
これ否定されていないっていうことが担保されてるから、
もう容易にイエスって言いやすい。
そうなんだよね。
でもさ、みんなに私が呼びかけてる時点で、
お呼びじゃない人は一人もいないから言ってるじゃん。
だけどそれなのに、そう思っちゃうってことなんだよね。
それはやっぱりあれなんじゃないかな。
相互に価値観が違うっていうことで、
捉え方とかの上下っていうのかな。
グラデーションが違うっていうこと。
確かに。
私も実際参加する側のコミュニティでは同じ現象で、
呼びかけられても、
私は違うかなって思っちゃうもんね。
だけどその呼びかけてる人が、
逆にサリーさん、何とかのオプチャでも呼びかけたんだけど、
サリーさんには来てほしいって言われたら、
行っていいんですか?じゃあ行きますってなるよね。
行っていいんですか?って一回確認するっていうか、
それ何なんですかね。やっぱり自信がないんだね。
みんな全員自信がないんだね。
Doないと悪い。
42:00
Bだけ持ってっていいんですか?みたいな。
って感じなんだよね。
ダメなんじゃないですか?みたいなのって絶対あると思う。
絶対あるね。
てかさ、In the Nega Churchどこ行った?
二次会見られてるもんね。
そうそう、アフタートークになっちゃってるよ。
そんな感じで。
じゃあちょっと締める?寂しいね。
寂しくなっちゃうよね。
寂しくなっちゃうんだよ。
寂しいんだよ、みんな。
寂しいよね。
この寂しさはちょっといい寂しさやけど、俺的には。
もっと話したいなとか、
楽しかったなーっていう寂しさで、
あるものがなくなるっていう状態の寂しさで、
ずっとないっていう寂しさではないというか。
確かに。
いい寂しさと悪い寂しさがあるわけ。
分からへん。
でもなんか、そうやね。
悪い寂しさではないなって感じ。
寂しく感じれることが逆に嬉しいとは思う。
そうね。でさ、この配信を聞いてる人はさ、
こいつら何言ってんだよって思うのかな?
寂しいとか言ってやがるぜみたいな。
どう思うんだろうね。
聞いてる人も聞いてして、
終わんないね、この4人の会話。
寂しい終わんないねって思うのかな?
まだ来れへんの?って思ったら。
寂しさを感じてるのはこの4人だけなのかしらね。
でもこのコスパタイパー無視した話ができてよかったんじゃないですか?
もし仮に長いって思われたら、
コスパタイパーですねって。
なるほどね。
僕たちの話にコスパタイパーはありませんっていう。
そうね。
それでいこう。
そうしましょうかね。
終わる?終わるか。
最後に一言。
一言したこと、二言、四言。
どうぞどうぞ。
言って締めるか一応ね。
一人ずつ寂しいですけど、
しめの言葉をお願いして。
ゆかこさん泣いてるから。
泣いてない。
寂しすぎて涙を拭ってるんじゃないの?
寂しい。
寂しいよね。泣いちゃうくらい寂しい。
ゆかこさんからお願いします。
ありがとうございました。
どうでしたか?
みんなごめん。
目をかいて。
そうですね。
SNSとかで、
つながりすぎることの寂しさみたいなところとか、
タイパーコスパっていうところで、
個別の時代になっても、
やっぱりカテゴライズされた方が楽だなとか、
何かのコミュニティにいた方が、
自分が、
自分の名刺が終わりになるじゃないけど、
そういうのが分かりやすいなみたいなのが、
いろいろ感じたところでした。
いろんなキーワードが出てきて、
45:01
ヨルベナサとか、
オシとか、
ジタ協会とか、
寂しさとかアイデンティティとか、
友情の話もすごい熱かったなって思いますけど、
結構軽率に、
オシとか、
友達とか、
使ってもいいんだろうなって思いながら、
聞いてました。
そうですね。
やっぱり自分で、
生きていく道しるべを決めていかなくちゃいけないっていう時代になって、
それを見つけにくい人たちが、
どうしてもいたりとか、
それがみんなに理解される形じゃないとか、
やっぱり第三者の、
自分以外とかオシ以外の人たちの目線っていうのが、
ちゃんと入ってしまうのが、
難しいところなのかなって思いました。
でも、オシを見つけたら楽しいんじゃないかなって思い始めてきたので、
何か見つけたいなと思います。
はい。
今日はありがとうございました。
ありがとうございます。
島さん、行ってみますかね。
はい。
そうだな。ありがとうございました。
なんか、いろいろ喋りすぎてね。
何で閉めたらいいのかなみたいな。
友達トークはすごい感銘を受けて、本当に私の人生感が若干ね、
ちょっと変わったんで、
すごいいい話を聞けたなって思って、
それで言うと、
インザメガチャージの話なんだけど、
久保田さん、おじさんが、
ミチア君を友達だと思い込んで暴走しちゃって、
痛いおじさんやってなったけど、
でもあれってやっぱちょっといいね。
そういうふうに思えたんだもんね、おじさん今まで。
俺なんて友達もいねえし、
娘にもほっとかれて寂しい味噌汁、
冷めた味噌汁飲んどるみたいな、
すごい悲しかったけど、そんなおじさんがさ、
正直ちょっと暴走しすぎて勘違いだったけど、
一方的にでも、友達かも。
友達だと思いたいっていう人言って、
暴走できたってやっぱなんか、
そんなやっぱちょっと、
痛い、やめなよ、迷惑だよって言えないっていうか、
なんかちょっと、
その視野共作感がやっぱり私たちには必要なのかも。
私なんて、いやいや、必要ないですよとか、
なんかそんなこと言ったら失礼だからちょっと言わんとこう、
こんなこと、困ったか誰かが困ってるんだけど、
声かけてあげたいけど迷惑かな、
いやちょっとやめとこう、みたいな、
そういうのが、やっぱやめて、
ちょっと視野共作していかないと、
本当に、
なれないのかもね、
そういうキラッていうものがね、
48:00
なんか取れないのかもねっていうのがちょっと、
ワッてなりました。
本当に、
今日、読書会の皆さん、
さぱさんの皆さん、
あと今宵の皆さんもその中でも、
一気に友達に格上げされましたので。
やったー。
やったー。
友達、友達。
みんな友達。
みんな友達だね。
ありがとうございます。
終わりでいい?それで。
はい、ありがとうございます。
じゃあ、友谷さんお願いします。
ありがとうございます。
めちゃめちゃ楽しかったというか、
飲み会に来たような感じになりましたけど、
すごい良かったですね。
なんかいろいろ話せて。
とりあえず、
インザメガチャーチでいうと、
やっぱり、
パンダム経済っていうものを、
社会が形成しているのもあるし、
僕たちも求めているんだなっていうのが、
じゃないと回り続けないので、
それはよくわかったなっていう回になりました。
で、島さんがおっしゃってたんですけど、
経済に合わせることによって、
よりルフされやすい状態であるっていうところが、
なるほど。
より仕組み化されたものなんだなっていう風に、
ちょっと感じました。
で、
とはいえね、
僕自身は常に、
美を見てほしいという欲求がちょっとあって、
だからといって、
ストリート金みたいにパッて出すわけじゃなくって、
ほんまに徐々にしか明け渡せれないんですけど、
僕どっちかっていうと、
国的な感じだったんです。
今まで。
ちょっとフワッと俯瞰して、
何が楽しそうやなみたいなのをずっと見てる感じだったんですけど、
最近は感情が揺れる方がむしろ楽しくて、
怒ることもそうですし、悲しいこともそうですし、楽しいことも、
そうやって揺れたものに対して、
なんで自分がそう感じるんだろうっていうことを振り返っていくと、
自分の像みたいな、
それこそアイデンティティみたいなものが、
少し掴める感じがあって、
そういうものが最近すごい楽しくなってきました。
ずっと前の本屋大賞の本で、
川のほとりに立つ者はっていう小説があって、
寺木春菜さんの。
あの小説、僕そんな好きじゃないんですけど、
でもあれの中で感銘が受けたのは、
川のほとりに立つ者は沈む石の数とか形を知らないみたいな文章があって、
どういうことかって言ったら、
人の心は全然わからないよ、
本当に何が起こってたかってわからないよっていうことで、
だから想像しましょうねっていう本なんですけど、
僕は想像力だけで終わらせたら、
何も始まらないんじゃないかって、
その小説を読んで思ったんですよ。
だからもしかしたら友達じゃないんじゃないかとか、
友達って言っていいんかなって終わらせてたら、
ずっとそのままでしかない。
51:02
相手をモンパカにすぎればすぎるほど、
何もできないということにがんじがらみになる気がして、
いやじゃなくて、
そう思ったが思ったことを前提に、
石を投げ入れてみることのほうが大事なんじゃないかなって思ったんですね。
投げ入れたときに、
どんな波紋が起きるかとか、
っていうのは見ることができる。
だから久保田が暴走して傷つくんだけれど、
俺は友達だと思った。
だけどこういうことをしたら、
こうなったっていうこと自体は見れると思うんで、
そこ一回傷つきはあると思うんだけど、
やっぱそういうふうに行動しないと、
傷つきもきらめきも得られにくいんちゃうかなって思ったときに、
自分も想像だけでおもんパカリすぎて、
安心ばかりを求めて何もしないことを選ぶんじゃなくって、
ちょっと不安だけど、
勇気を持って石を投げ入れてみるっていうことを
やっていきたいなっていうふうに改めて思いました。
今日はありがとうございました。
いつもさぁ、
富山さん素敵なこと言って終わるじゃん。
でもあなた主催者じゃないんですよ。
私がすごく喋りづらいんですよ。
そういうこと言われると。
綺麗にまとめてくれるんだよね。
しかも島さんの話もちょっとウケてるのじゃん。
上手い。
湯角さんと島さんの話もウケてるのっていうところが
お上手なんですよ。
富山さんという人は。
じゃあこれで終わりますけど、
私も最後に一言言わせていただきますと。
本当にそうだなと思った。
今回4人でお話ししてみて、
意外な方向に行ったなっていう印象で、
友達とか友情っていうことがテーマになるとは全然
最初予測してなかったんだけど、
でもなんか結局やっぱり、
それが何なのかって思うと、
人が人を思うこととか、
人と人が隣にいる人と同じものを見つめることみたいな、
そういうところから生まれてくるものがあるってことを
浅い量書きたかったのか分かんないけど、
サンテグ・ジュペリさんっていう星野王子様の人いるじゃないですか。
その人がこういうことを言ってるんですけど、
愛するとは見つめ合うことではなく、
同じ方向を見つめることっていう言葉を言ってて、
なんかその言葉をすごく思い出したんだよね。
結局こういうんじゃなくて、
向き合うことじゃなくて、
同じ方向を見つめることが愛すること。
だから友情もイコール愛するっていう言葉に
もしかしたら言い換えられるのかなと思ったら、
なんかこういう他者と精神的に深くつながりたいっていうような欲求が
世の中に溢れているとすれば、
その愛が足りてないっていうか、
その愛情を感じたり、感じあえたりみたいなことが
54:04
足りてないのかなっていうふうに思ったんだよね。
今、友情も愛の一種と考えてっていう感じ。
だから、さっき島さんが言ってた、
死や虚策していったその窪田は、
ある意味ちょっとその愛することっていうか、
人を愛するっていうことの
いじ口に立ったみたいなことなんだろうし、
友谷さんが今言ったような、
川のほとりから石を投げるっていうのも、
愛することなのかもしれない人って思ったら、
周りの人を自信を持って愛していくっていうかね、
愛を伝えていくというか、
あなたのことが大事だと思っているよみたいなことを、
やっぱり表明し続けていくことが、
なんかそのDoじゃなく、
Bでつながり合える環境を生んでいくのかなみたいに
思ったりしましたね。
だから、押し勝つっていう文脈で言うと、
愛にあふれた世の中だったら、
そんなに押し勝つは問題にならないっていうか、
こういうカッピーな世界線で語られるんだけど、
愛がないからなんかちょっと
痛々しく見えるのかなみたいに思ったりして、
やっぱり愛ですねっていう、
そういう趣味でいいですか?
だってさ、
ラブだってさ、
富屋さんよりいいこと言わなきゃいけないと思ったら、
張り切ったよなんか。
それでも富屋さんを超えられないけど。
めっちゃシンデレラしました、今。
本当に?
ラブですよ。
ラブですわ。
まさかの方向で終わったでしょ。
そういう感じで、
最後までありがとうございました。
長々だね、すっごくない?
2時間以上喋ってるよ。
前編後編に湧いてますけど、
すごい神回になりました。
おかげさまでありがとうございました。
じゃあ、
ありがとうございました。
ありがとうございました。
おやすみなさい。
56:24

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