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#19 AIに心を拡張した先で。パクられた10万円のパソコンと「予測外のバグ」の起こし方
2026-08-01 24:38

#19 AIに心を拡張した先で。パクられた10万円のパソコンと「予測外のバグ」の起こし方

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📝 今回のあらすじ・ハイライト

科学編お疲れ様の雑談回 / 脳は究極の「サボり魔」 / AI要約と謎の虚無感 / 「自己成長」検索の黒歴史 / 「人の温かさ」に殴られた日 / 痛恨のMacBook盗難事件 / 記憶に残る「予測外のバグ」 / 泥臭いRPG的プロセスの価値 / 『GTO』と『VIVANT』 / 「答え」か「経験」か / プラトンが予言したAI不安 / 「認知の衛生」とは / 次回:家探しと漏れ出した心


■ パーソナリティ:あつくてゆるい(あつゆる)

アドラーを実践して10年以上。教育現場に身を置きつつ、アカデミックな哲学研究とカウンセリングの修行を重ねてきました。


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感想

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アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、哲学、カウンセリング、そして科学の視点から深掘りし、本物の知性として語り直していきます。
いつも番組をお聞きいただきありがとうございます。お相手のあつくてゆるいです。さてここまで4回に渡って、予測するの、そして拡張された心というアドラー心理学を外側から補強する、
ハードな認知科学の話を突き詰めてきました。この科学の話ですね、私自身にとってもすごく新鮮で、この理論を知ってから日常の景色がちょっと違って見えるようになったんです。
というわけで今日はカロリーの高かった科学編をおさらいしつつ、少し肩の力を抜いた雑談会的な感じでお届けします。
まあ肩の力を抜いてと言いつつ、今日も目の前には文字がびっしり詰まった原稿が鎮座しているという、相変わらずの感じなんですけどね。
でですね、当初、雑談のネタをいくつか用意していたんですが、結局めっちゃ長くなってしまったので、このワンテーマで一気にいきたいと思います。
テーマはAIに心を拡張しつつも人生に予測外のバグを起こすには。 それではゆるりとお付き合いください。
科学編をやっていて、私自身そういうことだったのかとめっちゃ風に落ちたことがあってですね。
それは脳ってこんなにも究極のサボり魔だったのかということなんです。 そもそも脳がサボりたがっているなんて発想これまで全くなかったんですけど、
でもこの脳が省エネしたいという原理原則を知ることで、いろんなことの辻褄が合うなと感じました。
例えば寝る前にあと5分だけとショート動画を開いていたら、気づけば1時間経っていたとか、
映画を倍速で見てタイパ最強とか言っちゃうのも、全部脳がマジ考えるの超だりーとサボりたがっているからなんだと。
軽くおさらいすると脳は体重のたった2%の重さしかないのに、全身のエネルギーの約20%も食いつぶす。
体の50分の1しかないパーツがエネルギーの5分の1を持っていっちゃう。 年頃の娘がお風呂上がりに永遠髪を乾かしていて、
我が家の省エネに全然貢献してくれないと嘆く全国のお父さんお母さんならわかると思うんですが、
家電に例えるなら手のひらサイズなのにエアコン並みに電気を食ってブレーカーを落としてくる。 凶暴なドライヤーみたいなもんです。
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もう一つおさらいをしておくと、そもそも脳が予測するのも省エネしてサボりたいからでしたよね。
世界を毎回ゼロから処理していたらエネルギーがパンクする。 だから過去の経験からはいはいあれねいつものやつでしょ
と勝手にテンプレーの下書きを作って現実と違ったクレーム部分だけを渋々処理する。 マドギア族のベテラン社員みたいな働きをしているわけです。
前回の拡張された心も同じ話で、自分の頭の中だけで必死に記憶したり計算したりするより、紙とペン、スマホに投げてしまった方が圧倒的に安上がり。
だから脳は外の世界にどんどん仕事を丸投げしていく。 私たちが知性と呼んでいるものの裏側には、いかに限られたエネルギーで効率よく世界を処理するかという、
並々ましい節約の工夫が隠されていたわけです。 そんなふうに常にいかに楽してエコに済ませるかを裏側で計算している私たちの脳にとって、
AIはとんでもなく相性の良いツールなわけです。 しかもですね、ただでさえ現代人は時間がなくて、睡眠も足りてなくて、
悪せく働いている。そんな満身創痍のところに、ググるのもまとめるのも、なんなら考えるのも、全部俺がやっとくっすよ!という超絶有能な部下。
AIが現れたら、そりゃもうよだれだらだで抱きつくに決まっています。 もちろん私も漏れなく飛びついておりまして。
前回の台本作りで言うと、アンティークラークの現れる存在という、ずっとつんどくしていた本をどうしても参照したかったんです。
でもこの本は正直かなり難しくて分厚い。 おまけにこのラジオは死ぬほど自転車創業なので、1日とかで読んで原稿に落とし込まないといけません。
それでも読むしかないと気合を入れて本を開き、数ページ読んでみたんですが、すぐに散歩の途中でイヤイヤして地面に張り付く犬が如く、私の脳みそが明らかに無理無理無理無理と強烈な拒否反応を示したんです。
早々に自力で読むのを諦めた私は、AIに本のデータを読ませて、今回のテーマに即して重点的に読むべき歌詞を教えてとお願いして、そこだけピンポイントで読むようにしました。
で、結果はどうだったかというと、めちゃくちゃうまくいきました。
だってたった2日で9センチを超える台本が仕上がったんです。これ頭から自力で読んでいたらまず不可能だったと思います。
それでですね、原稿が完成して無事に録音も終えて、よしやったぞという達成感はあったんですが、同時にふと気付いたんです。
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せっかく新しいことを学んだのに、難しい本と格闘した手触りとか、自力で掴み取った感触が自分の中に一切残っていないことに。
本を読んだとはとても言えなくて、ただデータとして処理して終わってしまったような寂しさを無償に覚えたんですね。
ここから話が少し広がるんですが、私、人生の豊かさって経験の質プラス後に残る思い出の質だといえないかなと最近思っていまして。
というのも、記憶がその人のアイデンティティを作ると話してきましたが、人生の最後に、あの時こんなことがあったな、こんな変わった経験もしたなと沢山語れる。
そういう人生って豊かだなあと思いませんか?いや、もちろん思い出したくもない辛い経験だってあると思うんですけど、でもそれを含めて人としての幅の広さとか深さを作るのは、どんな思い出を抱えているかなんじゃないかと。
私にとってはですね、何か新しいことを学ぶプロセスの中にも、それこそ私自身の代名詞になるような思い出がたくさんあるんです。
例えば、私がアドラシン理学にたどり着くまでの道のりとかまさにそうでして、20代前半、人生のどん底でもがきまくっていたんですが、東京の国会図書館の検索機で自己成長と打ち込んで検索したんです。
国会図書館のおごそかな検索機に向かって、真顔で自己成長と打ち込む20代男性。穴があったらブラジルまで掘り進めたいレベルの痛さなんですが、当時は藁にもすがる思いだったんでしょうね。
でも、その時検索でヒットして、たまたま手に取ったのが、ケン・ウィルバーという思想家の無境界・自己成長のセラピー論という本。これが当時の自分にめちゃくちゃ刺さりまして、そこからウィルバーの分厚い哲学書を読みやすり、わけのわからないことをあーだこうだとノートに書き殴り。
社会人になってからもウィルバーの研究会に出るために、毎月名古屋から東京に通う日々を送っていました。そしたらその研究会で一緒に学んでいた方が、アドラー心理学にペルグリーの博士というレジェンドがいて、まさに歩く共同体感覚みたいな人なんだけど、ぜひ体験した方がいいとかなんとか、今思うとよくわかんないなと思うんですが、とにかくすごい熱量で教えてくださったんです。
アドラーのあの時もなんなら心理学の死すら怪しい状態だったのに、レジェンドなら行くしかねえ、といきなり世界的権威の講座に申し込んだ。これが私とアドラーとのファーストコンタクトだったんです。
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実際に行ってみても、内容は正直よくわかりませんでした。だってそもそもその講座はカウンセリングの修行を終えた人とか、上級者向けの内容でしたしね。でも理論はさっぱりわからなくても、世の中にはこんなに温かい人がいるんだなということだけはまっすぐ伝わってきた。
そして、こんな素敵な人が人生をかけて伝え続けているアドラー心理学って一体どんなものなのかと思って、アドラーを学び始めて今に至ります。
ちなみにあの頃の東京通いを思い出すと、もう一つ忘れられない強烈な出来事がありまして、私少しでも交通費を浮かそうと、各駅停車の新幹線に安く乗れるプラット小玉を使っていたんです。
ある日の帰り道、チケットについてきたビールでいい気分になりながら、ノートパソコンにその日学んだことをばーっと書き出していました。
そしてちょっとトイレに立って席に戻ってきたら、パソコンがないんです。買ったばかりのMacBookAirが綺麗さっぱり消えていました。
後から知ったんですが、小玉って各駅ですぐに降りて逃げられるので、窃盗犯に狙われやすいそうなんです。
完全に油断した私が悪いんですけど、数千円の交通費を浮かせるために10万円のパソコンを失うって、アホの極みですよね。
でも、この痛い経験もしっかり体に刻み込まれていて、今でもカフェで席を立つとき、私は絶対にパソコンもスマホも置いていきません。
こんな風に思い返してみると、私にとって学びってもっと冒険みたいだったんですよね。
昔のRPGみたいに村人全員に話しかけてヒントをかき集めたり、ちょっと寄り道した先で強い敵にボコボコにされて全滅したり、
次に行く場所がわからずに同じマップを永遠とさまよいながら泥臭く少しずつレベルを上げていくみたいな。
でもそうやって試行錯誤するからこそ、結果として手に入る知識だけじゃなく、そこに至るまでのめんどくさいプロセスそのものが強烈な記憶として残っていくわけです。
ところがAIという便利なものに心を拡張した結果、短時間で無駄なく効率よく正解にたどり着ける。
それは確かにありがたいことなんですが、その代わりそこに至るプロセスとか冒険の思い出は一切残らない。
で、これ単に思い出が残らないというだけじゃなくて、もっと根本的な自分自身の物の見方、ライフスタイルがどう変わっていくかという部分にも関わってくると思うんです。
手に入れたい答えに直行してしまうと、道中で予測外のものと出会うチャンスが激減します。
知識は増えても、結局は自分の予測モデルの延長線上に留まり続けてしまう。
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もちろんAIが与えてくれた知識で世界が広がることもたくさんありますし、AIと壁打ちしていてその発想はなかったと唸ることは普通にあります。
ただそれも結局、こっちが既に持っている問いの範疇を大きくは抜け出しづらい、あるいは問いの遥か外側へとぶっ飛ばしてはくれない。
思いがけず辛い経験をするとか、逆にめちゃくちゃ楽しいことに心を動かされるとか、そういうこっちの都合を眼持ちした予測外のバグに巻き込まれることって、画面の前に座っているだけだと流石に起きないと思うんですよね。
世界最高峰の理論を学びに行ったのに、人の温かさという土著級のヒューマンドラマに顔面をぶん殴られて帰ってくるとか、数千円けちったせいで10万円のMacBookをパクられるとか、
もちろん、こうした予測外のハプニングすべてが自分の物の見方とかライフスタイルを大きく変えてくれたなんてことはないでしょうけど、でも自分の中に強烈な体験として今でも残り続けていることは確かです。
ここまでの話をざっくり整理します。
冒頭で人生の豊かさって経験の質プラス後に残る思い出の質なんじゃないかという話をしましたよね。
でもAIに心を拡張して最短ルートで答えだけを取りに行こうとすると、道草を食ったりバグに巻き込まれたりする余白がなくなって、なんだか経験が薄っぺらくなってしまう。
じゃあ、AIへと心を拡張していくこの世界で、私たちはどうやったら経験の質とか思い出の質を下げずに生きていけるのか。
まずはよく言われる話だと思いますが、AIを補助エンジンにしつつも最後は生身の世界に開いていくことが大事なんじゃないのか。
私たちって結局のところ体を持った生き物ですよね。体ごと世界にぶつかって五感をフルに使って体験するからこそ強烈な記憶として刻まれていく。
だからAIはその生身の体験を削るためじゃなくて、むしろ広げるために使いたいなと思います。
私自身で言えばこのポッドキャストがまさにそうです。AIがなければ週一更新なんて絶対にやれませんでした。
AIという補助エンジンがあるおかげでこうやって新しい経験をさせてもらえているわけです。
ちなみにこれ最近始まった2つのドラマが対照的で面白くてですね。
1つがあのグレートティーチャー鬼塚が帰ってきたGTO。
これ今回の舞台の学校がめちゃくちゃ現代的でして教師も生徒も全員タブレットを持っていてやりとりは全部チャット。
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お前ら同じ空気吸ってんのに画面越しでしか会話できねえのかって鬼塚じゃなくても突っ込みたくなる見事な令和のディストピアが描かれていました。
もう一つ対照的なのがあのVIVANの続編です。
こっちはAIが補助キャラとして登場するんですけど、でも主人公たちがやってることは相変わらずなんです。
いろんな国に飛んで現地の人と対峙して体ごと危険に突っ込んでいく。
AIは使うけど最後はゴリゴリの生身の体験に全振りしているんです。
同じAI時代を描いているのに技術の使い方が真逆だなと感じていて、もし今この2つのドラマを見られている方がいらっしゃったらぜひ一度そんな視点で見てもらっても面白いんじゃないかなと思いました。
さてAIへと心を拡張していく中で経験の質を落とさないためにできること。
もう一つは答えを取りに行くモードとプロセスを味わうモードを意識して切り替えることです。
科学編でお伝えした通り私たちの脳ってゴールを先に予測して思い描いてそこに現実を合わせに行くようにできているんでしたよね。
ということは答えをゴールに設定した瞬間超省エネ主義の私たちの脳は当然答えへの最短ルートを爆走しようとするわけです。
先日の私の台本作りがまさにそうでした。
あの時私のゴールはポッドキャストを公開することだったんです。
そうなると本を読むのも文章を書くのもそれ自体はゴールじゃなくてただの手段に過ぎない。
そこにAIという最強のショートカットがにっこり笑ってこっちの方が爆速だよと微笑んでいる。
脳からすればは?AIに頼めば1秒で終わるのになんでお前わざわざ自力で読んでんの?ドMなの?って話です。
だから無理に自力で読もうとしたら脳がそっちに行きたくないって嫌々する犬のごとく抵抗した。
あれ脳の仕組みとしては大正解だったんですよ。
もちろん仕事ならそれでいいんです。むしろガンガン最短ルートを突っ走るべきかもしれない。
でも生活のあらゆる場面でこれをやってしまうと私たちの経験はどんどんペラペラに痩せ細っていきます。
じゃあどうするか。この脳の性質を逆手に取ればいいんです。
つまり答えじゃなくてそこに至るプロセスの方をあえてゴールに設定してしまう。
わかりやすいのは絵ですよね。素敵な絵が欲しいという結果がゴールならAIに描かせて数秒で終わりです。
でも絵を描く時間を楽しみたいというプロセスがゴールなら話が変わりますよね。
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AIに描かせてもそもそも目的が達成されない。
読書も同じです。本の内容を知りたいならAIの要約を読めばいい。
でも休日の午後にシャレオツなカフェでコーヒー片手に本の世界に没入する私素敵がゴールなら
AIに結論犯人は安とか1秒で要約されたらマジで台無しじゃないですか。
同じ行為でもゴールをどこに置くかで全く別のものになるのがお分かりいただけるかと思います。
だからたまに意識して自分に問いかけてみるといいのかもしれません。
自分は今答えを取りに来ているのかそれとも経験を取りに来ているのか。
とはいえこれわかっていてもいざやるのは結構難しい気がしています。
一度AIの爆速ショートカットを知ってしまうとどうしてもそっちの誘惑に引っ張られてしまうので
でもあえて最短ルートを外れて面倒くさい遠回りの時間を作っていく。
それがAI時代に経験と思い出の質を保つ大事な防衛戦になるんじゃないかと思っています。
ここからはちょっとしたおまけの話なんですけど
拡張された心の視点を持つとそもそも脳みそ単品で考えること自体がナンセンスにはなるんですが
とはいえやっぱり素朴にAIを使い続けたら人間の脳って劣化しないのかなという問いが浮かばないでしょうか。
これ気になって調べてみたんですよ。
そしたらこの問いに真正面から答えている認知科学者がいました。
その名もアンディ・クラーク。
そう私たちが4巻に渡って追いかけてきたあの僕らのクラークがまさに昨年この話題について書いていたんです。
まず彼はその心配の仕方そのものを否定します。
AIで人間がバカになると怖がるのはそもそもスタート地点が間違っている。
私たちを生身の脳だけの存在だと思っているからそういう心配になるんだ。
あんたならそう答えると思っていたよって感じですよね。
で面白いのがそこで彼が引き合いに出している2400年前のプラトンなんです。
プラトンの本の中にエジプトの神様が文字を発明して王様に献上するエピソードがあります。
神様が王様文字ってのを作りました。
これで民の記憶力が爆上がり間違いなしっす。
とプレゼンしたのに王様は
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いやいや文字なんかに頼ったらみんな脳みそを使わなくてアホになるっしょ。
と全否定するんです。
つまりこれ文字という新しいテクノロジーに対してそんな外部のものに頼ったら人間の頭がバカになるって批判しているわけです。
今私たちがAIに対して抱いている不安と全く同じ構造ですよね。
実際文字ができたことで人間の丸暗記する力は落ちたのかもしれません。
でもその文字という外部の記憶のおかげで私たちは今こうしてプラトンを読めているし文明は発展してきたわけです。
ただクラークも手放しにAIを絶賛しているわけじゃなくて
カーナビを使い続けると自力で道を覚える力が落ちるとか
ネットでパッと調べただけの知識を自分の実力だと勘違いしてしまうとか結構厳しいデータも引いています。
いやここらへんの話ミニオンウェイがありすぎますよね。
でも彼に言わせるとそれが脳の対価に見えてしまうのはやっぱり生身の脳だけを自分だと思っているからなんだと。
その上でクラークが提唱しているのがextended cognitive hygiene認知の衛生という考え方。
要するにAIが出してきた情報をそのまま丸飲みしないということです。
食品の産地とか成分表示を確認してから口に入れるのと同じように外から入ってくる情報を1回自分で吟味する。
何を信じてどこまで頼るのかを自分で見極める力です。
クラークはこれをかなり早い時期から身につけるべきだと言っています。
AIを拒絶するのでもなく妄信するでもなく鵜呑みせず自分で吟味する。
結局のところAIで人間が賢くなるかどうかはクラーク自身も断言していません。
大事なのはAIという道具を自分というシステムの中にどう組み込んでいくかその付き合い方次第なんでしょうね。
はいというわけで雑談回と言いつつ全く肩の力が抜けなかった回になってしまった気がしますが最後までお聞きいただきありがとうございました。
次回はもう一つ話したかったテーマ。家探しと街に漏れ出した心の話。
私こんな建築費も金利も爆上がりする中一軒家を建てるべく暗中模索しているんですが
拡張された心のレンズを通すと家選びの軸が見えてきたという話。
併せて次から始まる哲学編に向けた思いも少しお話しできればと思っています。
この番組では皆さんからのお便りを募集しております。
概要欄のリンクからご感想やご質問などどしどし送ってください。
24:02
皆さんの幼少期の一度きりの記憶早期回想も引き続き募集しております。
この番組が少しでも面白いと思ったら番組の高評価やフォローなどで応援していただけると嬉しいです。
アドラー心理学ラジオ第19回お聞きいただきありがとうございました。
お相手は熱くてゆるいでした。
24:38

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