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おはようございます。佐々木正悟の精神分析的ラジオをお送りします。
7月27日月曜日8時7分です。 ちょっとね、セミの声がうるさいかもしれないんですけど、ご容赦くださいね。あの、
暑いんで、今日は比較的涼しいんで、 窓開けてなんとか収録をしているので、セミの声が多分バックグラウンドに入っちゃってるんですけど、ここはちょっと
申し訳ないけど、ご容赦ください。 はい、えっと、
3ヶ月チャレンジのですね、現在第14期ということにしているのですが、第15期の募集を続けていても、もう終わる間際ですけれども、
あの、ないんで、継続率はおかげさまでですね、100%なんですよ。 で、新規参入が0%なんですね。
で、ちょっとこれはまたやり方を改めなければいけないなと思うようになりまして、 えっと、まぁこれまでの14期までのこの期を追っていくというのはですね、
あの今入っていらっしゃる方はそのまま、あの名称だけは継続していきたいと思っている。
まぁつまり、今入っていらっしゃる方にとっては一切変更はないんですけど、 今後新規の応募に関しましては、
まぁ随時募集にしようというふうに、まぁ今すぐできませんけれども、だから今閉じちゃってるんですけどね。
あの、まぁホームページ、ウェブサイトもだいぶ書き換えなければなりませんし、まぁいろんな意味でやることがまた発生しておりますけれども、
要するに随時募集に切り替えていこうとこれからは思います。 えっと、やっていこうと思うようになりました。
で、それは、まぁそんなに難しいことではなくて、まぁ一人一人の方にですね、えっと3ヶ月続けるということだから何日に始めたかということの合意を取った上で、
あの、これもそんな難しい話じゃなくて、お試し4回があるから、お試し4回が終わった段階でそこから3ヶ月というふうにすればいいんですね。
ただまぁ、キーはなくすので、レクチャーというグループレクチャーをどうするか。
でもまぁこのグループレクチャーもですね、今まで取りためていた分もございますから、その取りためていた分を動画として見ていただくと。
その上で3ヶ月チャレンジで進行しているグループレクチャーにご参加いただくなり、アーカイブ動画を見ていただくという形にしていこうかなと思っております。
そういうふうにですね、考えてみれば、今入りたいんだけど3ヶ月待ってねみたいなのはおかしな話だし、えっとまぁ2ヶ月かな最大で2ヶ月待ってねっていうのもなんか変だし、
えっとゼロなのに何か木だけをどんどん新しくしていく意味は考えてみると全くないなというふうに思いまして、
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木の名前だけ変えていくのは終了で悩まないっていう意味ではいいんですが、継続される方にとってはある意味悩まないというよりは悩むだけという考え方もないわけではないので、
ここはねあんまり難しくしすぎないことが大事だと僕は思ってるんですよ。
精神分析でも精神力道であってもですね、この問題ってもう本当に難しくなるし、とはいえ分析やってるわけでもないのにこの難しさだけ引きつく必要は別にないなというのが私の今の考え方で、
本当にこの問題で真剣にですね、集結の問題を本当に真剣にやるんだってことになったらやっぱりそれは完全に精神分析か心理療法になっちゃうと思うんですよね。
ってことはやっぱりそこはあの正規じゃないと、それは正規の方が力量云々ってのは当然あるし、知識云々もあるんですけど、それ以前にやっぱりこの問題を取り扱うためにこそシステムというものが生きていくんではないのかと思うので、また匿名性みたいなね、私匿名でもなければシステム持ってるわけでもないのに、
そこのところの複雑性だけを引き受けてしまうのは、いくらなんでもナンセンスだなと思いますので、なんかカウチ使ってないのにカウチのことで悩んでるみたいな話になっちゃうんで、カウチね、バーチャルカウチみたいなの考えなくもないんですけど、
まだちょっとでも時期焦燥だと思うんですよ、VRゴーグルかけて、いずれはそういうのもやりかなと思うんだけど、バカだかりじゃないですか今のところ、なんかもう買うだけで60万円とかになっちゃったりしそうなんで、ちょっとこれ3ヶ月チャレンジやるんで参加者さんを買ってくださいみたいなね、しかもそれを買うことによって時代が良くなるとは限んないじゃないですか。
かつて誰もそんなことたぶんやったことないと、一部実験されてるかもしれない、でもこれ実験になっちゃうよね、だから本当は良くないと思うんですよ、たとえお金がある人はやろうと思えばできるにしてもですね、やっぱりそういうのは一部でもどこかでやっててくれないと、私このサイコアナライティックオンラインっていう本があって、先行事例がないわけじゃないんですよ、3ヶ月チャレンジは。
もう事実上あれは本当にあの本当に前衛的なある種実験だと思うんですけど、だって同一空間を共有しなければ精神分析ではないと言っておきながら、サイコアナライティックオンラインって何なのってことになっちゃうと思うんですよ。
それがバーチャル空間っていう言葉によって、バーチャル空間やっぱり本当の空間でないのは確かなような気がするんで、だからここもやけに難しいことをこっちで引き受ける、最初は僕はこういう話は好きだから、なんか3チャレでもこういうのを取り入れていくぞみたいに一気の頃は思ってたんですけど、本題に入ってきちゃってるな、でもやっぱりそれは良くないなって思うようになったんですよね。
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敵でしかなくて、しかも分析的とも名乗らず、力動的と名乗っておきながら、分析の難しいところだけ引き受けることはないと思うんですよ。そこのところを簡易化するためにこうしているわけですから、結局オンラインですからね。
そこのところを簡易化するために、現代の技術を使って簡易化するためにこうしているのに、何もわざわざそこのところの複雑さだけを取り込むまでを引き受けて取り込んでしまって、自解する理由は全くないと。それは賢明だと思うんですよね、その方が。
なので、3ヶ月で区切るということは確かなものだと思いますし、オンラインは実空間でないのは当たり前ですけれども、それをオンラインでやっていくというのが良いだろうと。でもVRを使っても静止分析空間に近づける理由はなかろうと。
常識的な話なんですけど、でも非正規コンプレックスってのは絶え間なくあるものなんですよ。Xとか見なきゃいいんですけど、見ちゃいますからね、やっぱりね、私は。そしてやっぱ本を読むたびにですね、ダメなのかダメなのかってダメだって言われているっていうことは読んじゃうっていうのはありますからね。でもダメじゃないなって思うようには慣れてきているんですけどね、ほぼ。
はい、そんなわけで今日は3ヶ月チャレンジの今後募集形態を変更させるよと。でもこれもお互いにとっていいことだと思うんですよね。融通が効くようになったってことなんで、3ヶ月待つ必要はなくなったっていう原則ということなんで、事務所のやや気をつけなければいけない点は発生するにしても、いつ始まっていつ終わるのかをはっきりさせておくというところはあるにせよ。
そうするだけで事足りるわけですから、これはやっぱりいいことだろうと思うんですよ。確かになんか気ごとの横のつながりみたいなのがあるオンラインコミュニティみたいなのが売りの場合はこういうわけにいかないんだけど、残念ながらというかある意味私の性格というかこの3ヶ月チャレンジの特性から考えてもそうなるはずなんだけど、そんなに横のつながりが濃くなってないっていう現実がやっぱあるわけですよね。
というかほとんどそのようなものは見えてこないくなってきたっていう。なぜならばやっぱりお互いの趣味って大事なプライバシーが大事なやり取りなので、やっぱり横のつながりを濃くしていくっていうのは栄光すると矛盾しちゃうわけですよね。
レクチャーは僕はどうしても避けられないと思っているし、グループでやり取りするのもいいと思っているから無くしはしないんですけど、ここはもう今後は薄くなっていかざるを得ないのであろうというふうに考えるようになりました。
なのでここもですね、ここはやっぱりちょっとした変化はこうむらざるを得ないですよね。木の名前がなくなるということからしてもですね。でもこれまでのはあったわけだし、今後残していってもいいと思うんですよ。3ヶ月ごとに入る方にのみこれを適用するみたいなね。
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なんか料金だけは完全に同じにするんだけど、でも3ヶ月チャレンジの木は残すみたいな方法もないわけじゃないと思うんですよ。まあその辺はちょっと事務レベルの話になってくるので、内輪で相談して決めていきたいと思います。
話がガラリと変わりまして、先ほど私、これ話していいと思うんですよ。なぜなら公開されているものだから。YouTube見てて、かつま塾公開質問ライブ2026年7月っていうのを娘を送って送迎している最中に入ってきたんですよ。最初トダサトルさんのガジェットなんとかを聞いてたんだけど、そのままの流れで入ってきたんですよ。
かつまさんのは時々見てますし、最近いろいろとやり取りがちょいちょい発生したりして、またいろいろと。私別にかつまかぜおさんの活動って嫌いじゃないんで全然。昔から結構追ったり追わなかったりだったりなんですけれども、なんとなくYouTubeには出てるじゃないですか。
なんとなく聞いてたりするってことは実は結構あったんですけど、そういうわけで入ってきて聞いていて、なんかタスクシュート協会に寄せられる質問そっくりって思ったのがあったんで、ちょこっとここでお話しようと思ったんですけど。
すごい本当、別にタスクシュート協会に本当に来ていても質問内容が来ていても不思議のないようなもので、事務の仕事なんだけど多くなりすぎましたと。これあれなんですよね、人を絞ってらっしゃるから会社の方で多くなりすぎるわけですよ。
こういう話はもうタスク管理系ではあるあるで筆頭と言ってもいいレベルなんだよ。要するに事務仕事が多すぎますということなんですよね。で、溢れ出てしまっていて追いつきませんというお話だと思うんですよ。あれタスクシュート的に言うと1日の中に2日分のタスクが入っちゃってますってやつですよね。
そうなっちゃったらもうそんなのはできないわけだから何とかしましょうってことに当然なるわけだけどどうやって何とかするかがそれこそ塾の特性とかタスクシュートの特性とかが多分出るところなんですよ。GTDならGTDでもいいんですけどそういう特性が出るところなんですよ。
で、溢れ出ちゃっていますから人を増やしてほしいんですと。そりゃそうですよね。人減らすからそういうことが起こるわけだから人を増やしてほしいんだけど上司が気難しい人でなかなか話が分かってくれそうにないといったお話でこれはなるほど公開されているものだなとは思うんですよね。
なんか公開する上で何にも問題がないじゃないですか。他のどこでも入ってきそうな。かつまさんの回答がどのようなものであったかまではここではご紹介しませんのでそれは気になる方はyoutubeで聞いていただきたいんですが。
見なくても聞いているともうだいたいわかるっていう内容なのでyoutubeで非常に車の中でも気になる方は2026年かつま塾公開質問ライブみたいなやつですね。7月ライブなのか知らないけどアーカイブですね。だから見られると思うんですよ。
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その質問の中で私がパッと反応しちゃうのは気難しい上司っていうこのワードなんですよ。なぜ反応するかというとやっぱり私精神力動系で反応しているわけですよ。気難しいと言ったらお父さんだよねって思っちゃうわけですよ。悪いお父さんだよねって。悪いお父さんっていうのはお父さんが悪いって話ではなくて悪い父親っていう対照関係論の専門用語があるわけだけど
まあ気難しい父親だよねって思うわけですよね。気難しい上司っていうのは気難しい父親にやっぱり自然と置き換わっていくんで僕の頭の中では。そこに非常にグーッと惹かれるわけですよ。でこの気難しい父親というのはですねこの人の質問者さんのお父様が気難しかったって話ではないんですよ。もちろん気難しかったのかもしれない。でも気難しかったのは母親かもしれない。
母親の中に父親を見るってことあるし気難しくなんか全然なくたって気難しい人っていうのは知ってるわけだから気難しい父親っていう対象って言うべきでしょうね。対象が心の中にあってそいつがオーバーラップするからこの上司には非常に物を言いにくいってこういうふうに私は頭が展開していくわけですね。だからそこにこの質問の意図を見るわけですよ。
わかんないですよ。いや人増やしてほしいだけでその気難しい父親云々の話勘弁してよって思われるでしょうから。だからそういう方は3ヶ月チャレンジにはいらっしゃらないと思うんだけど3ヶ月チャレンジになると必ずこういうふうに話が展開するわけですよ。
なので大事なのは実はうちのお父さんは全く気難しくないんですよっていう可能性がここで浮かび上がってくるわけですよ。もうすっごい聞き分けが良くて私の話何でも聞いてくれてわかんないですよ。そういう話は一切出てないわけだから気難しい上司ってタームが出てきただけですからね。
だけですけれどもうちのお父さんは本当物分かりが良くて優しいパパでみたいな可能性としてはないわけじゃないわけですね。可能性ですから私が考える可能性ですから。つまりそこの影があるわけですよ。そんなお父さん世の中にそうそういないじゃないですか。本当に地の地で娘にメロメロでみたいなこともありえますけど私もそうだし。
でもそれは気難しさを抑制しているとやっぱ考えざるを得ないんですよ。気難しさのない人間なんてこの世にいないと思うんで。気難しさを抑制するような真似をするからそのお父さんと接している全ての人は気難しい父親というものを心の中につまり気難しい父親とはこういうものでそれはダメなんだと思ってるから抑制するわけじゃないですか。ある意味ではすごいシンプルに言えば。
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ブレーキかけるっていうのはそういうことですよね。こういう人間でありたくないという人間像を持っててしかもそれには悪いという認識があるからこそそれを自分の心の中に抑え込んで溜め込んでおいてだからそういうそういう人になっちゃいけないよねっていう人が上司として現れると非常に困惑せざるを得なくなるっていう筋書きがあり得るわけだと僕は考えるわけですね。
だからまあその運転しながら気難しい上司ってなったところでもはや人員の増やす話とかタスクの話とかは僕の頭からすっとんで気難しいお父さんがっていう風に勝手に妄想を始めるわけですね。
で今喋ってるわけですよ。これはこの話をしようぜって思ってたわけじゃなくて、たまたまこの3ヶ月チャレンジの第1期からの応募の要項を変えますよっていう単なる事務連絡をしてるうちにさっき気難しい話聞いたなっていうのがいきなり浮かび上がってきて勝間さんの話に移ったというだけなんですよ。
だからここから先のことはまだ何も考えてないわけなんだけど、ところが今思い出したんですけど勝間さんも、勝間さんは当然カルダマン塾の話だから、でもいきなりそこに入ってったんですよやっぱり。間髪入れなかった気がする。
その辺から僕勝手な空想を始めちゃったんで、でもこれ公開だからいいですよね別に喋ったっていいと思うんですよね。引用に近い話ですよね。文章で言うと。
動画引用ってどうなのっていうのはちょっとわからないんですけど、でも別におかしくはないようなと思うんですよね。勝間さんのお答えですと要は上司にやっぱり掛け合って、ただ上司とまず仲良くなりましょうみたいな。
だからこの話はですね、近い線を行ってるんですよね。やっぱり僕はその気難しい上司に勝間さんも反応されたと思うんですよ。別にそれが正しいってわけじゃないんですよ。僕がただ反応しただけだからたまたまそういうことになってたというだけなんですよ。
でも確かね勝間さんもその上司を男性という風に最初仮定していらっしゃってて、どっかで俺だか私だかわかんない。つまり男性だか女性だかここには言われてないよねっていう話をされてたんですけど、
でも男性だと思っちゃうとこれやっぱりこの気難しいっていう言葉は父親を連想させやすいんだろうと思うんですよね。だから回答の中でも知らず知らず上司は男性であるっていうノリになってたと思うんですよ。
別にそれは全然普通のことじゃないですか。昭和のお父さんみたいな気難しい父親像。勝間さんのイメージするのと私がイメージするのは多分違うでしょうけど、そうは言っても父親像っていうものが気難しい父親っていう。だから自由連想っていうのはそういうことなんですが、連想ゲームみたいになってそういう言葉が出てくる。
で私やっぱりこの質問者さんはもちろん塾だし問題の解決、勝間さんですからね。解決志向でどうすれば解決できるのかという話を持ち込むっていう趣旨だったと思うんですけど、でもこの中のどこかであの上司の気難しさについて世の中というか他の人に共有してほしいという気持ちがあったと思うんですよね。
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いきなり飛ばしますけど、これが夢見るということなんですよ。精神分析的には。美音ですよね。対象関係論的にはこれが夢みたいってことだと思う。夢見られてるんだけど、気難しい上司という夢を見られてるんだけど、気難しい上司というテーマですよね。
気難しい上司についてみんなで考えたいと思うためにはその人がまず気難しい上司というものと日々自分がこうやってああやってそうやって苦しめられているんだっていうそういう夢ですよね。これを空想と人は言うかもしれないけど僕はこれを空想と夢を分けるためには精神分析的な意味でのね、夢と空想を分けるためにはやっぱり夢はちゃんと夢見られている夢は他の人と共有可能だと。
だから私は交差点に入ると自然と人はみんな夢見ると危ないじゃんって思うかもしれないけど美音に言わせれば起きてても夢は見ますから。交差点って本当僕はね毎回入るたびにすごいなーって思うんですよ。心の底から感心させられてるからしょっちゅうこの話出るんですよ。
だってみんな赤信号になったら一斉に止まるじゃないですか。私の理解している限り小学校とかいた時そんなやつは半数ぐらいしかいない。半数はちょっと大げさ。3分の1は席につけつったって走ってるし、3分の1は走ってないか。
でも怖い先生でしたからね。昭和の学校でそんなに簡単に楽器崩壊とか許す先生はそんなに多くなかったんで。子供とかほぼ殴り放題だったし、それは言い過ぎかもしれないけど殴ることにさほど躊躇はなかったし先生の方に。
何だろう棒で引っ叩いてたし、耳ずばれとかできてたし、私だって作ってましたからね。私なんか座れって言われたら絶対座る口でしたから。それでも太ももとかに耳ずばれとかあったからそんなもんでしたよ昭和って。そんなのに、そんなのにですよ。座ることすらできないから走ってるわけですよ。そんな先生いるのに結局教室を走ってるわけですよグランドのように。
いや絶対赤信号あいつら止まんねえわって思うわけですよ。僕からすると。それはまあ大人になるから人は変わるでしょう。
当時は40人学級が叫ばれている中で、うちなんかもうベッドタウンだったから50人突破してたんだけど、50人のうちかなり抑えめに言っても5人は席に座ってはいなかったな。男の子ばっかりでしたけどね。
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席にも座れない。しかも席に座れないことが見つかると棒で叩かれる状況でも席にも座れないのに赤信号で誰も見てないのに。しかも場合によっては別に止まらなくたってなんか行けそうな状態でも車って止まるよね。バイクもね。
なんかだってバイクとかってさ、夜とかなんかもうパラリラやってるわけじゃないですか。パラリラパラリラ。あの人たちがなぜ赤信号で止まるのだろうと。いやいや止まるなって言ってるわけじゃないですよ。でもなぜ止まるんだろう。赤信号の力ってなんか魔術的じゃないですか。びっくりするんですよ。あれ見てて。
みんなこんなに整然と。で私アメリカ行ったら絶対止まらない車って結構あるだろうぐらいに思ってたんですよ。でもちゃんと止まってるんですよね。ほんと世界共通のあのこう呪術的な力は、オカルト言ってるわけじゃないんだけど単に信号で見て止まってるだけなんですけどね。いや偉いな人間すごいなって。だって犬とか猫とか飛び出してって死んじゃうじゃないですか。
かわいそうだよね。すごいね。人間が勝手にそういうルール作ってるからいけないわけでして。彼らにあの罪もないのに彼ら多分赤とか青とか見えてもいないんじゃないかって思うわけだけど。見えても止まんないでしょうけどね。だからほらあれだけ賢くったって。だから警察犬みたいにちゃんと訓練すればちゃんと止まれるように。何なら人をねここからだけ行かないように青になったら避けて盲導犬ですね。やれる。あの頭脳を持ってしても通常は止まらない。
まあそういう訓練を受けてないからしょうがないんですけどね。もちろんチンパンジーだって見たことはないけど交差点の赤になったら待ってるとかはできないと思うんですよ普通にね。だから人間というのはもうIQとか関係なく止まるじゃないですか。止まると思ってるから運転なんてやってられるわけですからね。
確かにあれみてにはとりあえず人間ってみんな偉いよねっていうふうに思うんですよね。僕はね。僕はそういうふうに思っちゃうことがあるんで。つまり夢が見られるってのはそういうことなんですよね。だって赤信号だから止まるってのは夢っていうのかな。その主観的世界ですよね。完全にね。
あのだから精神分析で言うところのサイキックリアリティ。心的現実でしかないですよね。事実赤であれば絶対に体が止まっちゃうってことではないから反応とかして反射とかじゃないからあくまでもやっぱりそういう空間的な夢も見ているということになると思うんですね。だから気難しい上司に私は苦しめられているっていうのは夢なんですよ。
で、この夢が見られているということは既に極めていいわけですよ。極めていいっていうのは夢と幻覚を分けるんですね。精神分析ではね。これは非常に重要で、幻覚ってのは仲間現実なんで、幻覚を見るっていうのは恐ろしいことじゃないですか。そこには誰もいないからって言われても信じないわけですよ。
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いや私には見える。私には見えるって言っておきながら誰にでも見えるはずだって世界に生きていらっしゃるし、それはもう夢と現実の区別がつかなくなっているってことで、夢と現実の区別がつかないというのは夢見られてないと言うんですよ。それは幻覚を見ている。何にも見てないわけじゃないんですよ。見てるんだけど見ておきながら無意識ではこれは夢であると判断できることが夢を見られる。あるいは夢思考と時々言ったりするんですけどそういうことなんですね。
夢を見ることによって私たちは意識と無意識を分けられるようになるわけです。つまり極力無意識に任せたいわけですよ。夢が見られないということは私たちにとって嫌なものは全部幻覚化していってしまうんですね。
ちょっと私を馬鹿にしているような声が、そういうことって普通の人にもあるわけですよ。だけどそれは基本的には夢の中から排除されているから、ここで例えばポッドキャストを私は撮っていますという時に、多くの人はこれ怒りますよ実際。
ポッドキャストをやってますということになってくると、私は相当ポッドキャストについては良い夢が見られているから、今私はポッドキャストをやっているということだけで意識がほぼ完結するんですよ。他のものは全部無意識領域に排除されている。これが夢見の効果なんです。
夢を見ることによって、例えば授業なら授業、プレゼンならプレゼン、プレゼンをしているという夢に集中できていればですね、このプレゼンくだんねーとかいう声は全く聞こえてこなくなる。それは低力排除されるから。私今セミの声とかほぼ聞こえてなかったんですけど、それは低力排除されているからで、セミが静かになってくれたからとかでは全くないわけですよ。
俺が喋り出せばセミ静かになるからっていうのはそれはもう完全にオカルトじゃないですか。そういうことをせずとも、私の心的な現実、心の現実からは無用なノイズは除去されていく。これが理想的ですよね。そんな僕はプロゴルファーのなんとかじゃないから、このパッドを沈めるときには他のものは見えなくなるみたいなところまで行きませんけど、行く必要ないからね。
セミの声とか聞こえますけど、どっかの物音もしますけど、でも僕への悪口とかは一切聞こえてこないわけですよ。これがうまーくは排除されないっていう人はなかなかポッドキャストできないんですよね。
ポッドキャストをやろうとすると、また佐々木が喋らなくていいこと喋って、どちら喋りやがってみたいな声が現状までは行かないと思うんですけど、ノイズとして入ってきちゃうんですよね。これが夢見を拡覧するっていう表現を取るんだけど、つまり現実っていうのは私たちにとって都合良くはできてないので、どこか現実と触れ合うということは嫌な思いをそこに含むわけですよね。
嫌な思い以前なんですけど、要するに生の現実と触れるということは特定の夢を見るには不都合なことが多いわけです。夢っていうのは嫌な夢を人は好んでみようとは思わないから生きていて、基本的にポッドキャストをやるならポッドキャスト、それがポッドキャストが素晴らしく幸せだとか超快感だとかいうことはないけれども、それなりに快適にやるためには夢を見る必要があるっていうのがこの考え方なんですね。
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で、この夢を見られる、うまいこと夢が見られればそれはナルシスティックな空想とは違って他の人と共有できるはずなんですよ。私はポッドキャスト朝やりましたって言ったら、やってたねっていう風にそれを見ていたり聞いていたりしなくても他の人にも共通了解が得られるのが、だから交差点というのは夢見なければ困るわけですよ。
いやー俺はこれを赤だと思うが、私は紫だと思うみたいなのは困るわけですよ。それもだから空想というわけですよ。で、交差点に入った瞬間にあの恐ろしい事故のことがフラッシュバックする、これを幻覚というわけですよ。幻覚はありありとしているし、現実そのものかもしれないが、他の人と共有はできないんですね。
そしてそれは交差点で体験するべきことではないんですね。むしろどっちかというと締め出されるべき、無意識に置かれるべきことなんですよ。それが意識されるようになってしまうというのは夢が見られていないから、つまり夢を見られていない人にとっては無意識と意識の境界はなくなるんですよ。
もう入りたい放題で自分の心に思い浮かんだことはことごとく現実化していくし、また現実のノイズ、刺激はありとあらゆるところから入ってくるものが次から次へとその人の心をかき乱すようになってくるから、何かに没頭するとか何かに取り組むということが不可能になっていく。
だから夢思考というのは物を考えたり物に取り組んだりするためのベースになる考え方なんですよ。これをアルファ機能ってビオンは名付けて、これを可能にするものをアルファ機能って名付けて、その一番下地になる夢の欠片みたいなもの、これが組み合わさって夢を作り出していく。
心のコンテインを作り出してコンテナーですね、作り出していくのがアルファ要素ですね、アルファエレメント。そうならないもの、追い出されるべきものがベータ要素で、追い出されるべきなのに心に座っちゃったベータ要素は貯蔵されるっていう言い方をするし、それはできれば筋肉のような心筋肉のようになって頑張って動かして排除するっていうことをしなきゃなんなくなると。
そうしないとさっき言ったように入ってきちゃうと邪魔なものが入ってくると拡覧されてしまうんです。ベータ要素は多分ダイナミックで動的なんですよ。そして邪魔なもの自体という言い方をされます。心にものは入れないので。
物に限りなく近い心的要素。物に限りなく近い、だからこう実体としてあるいは経験として体験として存在するだけでそれについて考えたり、それについて空想したり、それについて変形したりしますよね。
だから誰それが、あの時誰だったらよかったのにとかって言うじゃないですか。そういうことができないんですよ。ただただその現実に圧倒される、ああなんかひどいことが目の前で起きていてそれについて考えたり、そうじゃなかったらどうこうとか言ったことを空想したりすることができないという状態。それがベータ要素に圧倒されるっていう状態だと思うんですよね。
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さっきの気難しい上司に戻るとまだベータ要素ではないですよね。圧倒されてない気難しい上司に。ただ気難しい上司について考えるというのも難しいことになってるわけですね。
かつまさんがそう今思い出したんだけどラポールっておっしゃったんですけどその上司と仲良くなってラポールを築きましょうっていう非常にあの心理的、心理療法的なアプローチだなと思ったんですけれども、つまりそれって気難しい上司について考えることによって達成されることですよね。
気難しい上司とはどういう人で、どういう風なアプローチをすればたとえ気難しくてもこういう関係が築けてっていう風にいろいろと思いを巡らしている。でも気難しい上司がいてそいつを動かすこともどうにもできないっていう段階だとつまりもの自体に近い体験そのものっていうものにはアプローチができない。だからこれは苦しめてくる存在みたいになってしまうわけですよね。
だから私は多分その言葉に反応したんだと思うんですよ。それはなんでそういう風に苦しめてくるだけの存在としてデントリ座ってしまっていてこの人にアプローチしようとかこの人を動かそうという気になれないのかというと多分そういう風には慣れない人との関わり合いについて心の中でつまり父親対象ってやつなんだけど悪い父親。悪い父親っていうのは非常に困った存在ですから非常に厳しいんで。
なんならゴジラみたいな感じ。ゴジラについて思い巡らしても無駄じゃないですか。なんかズシンズシン来るだけじゃないですか。だから圧倒してくる現実みたいな問題っていうのに対応するために精神分析みたいなものは夢をまず見られるようになろうっていうことを考えるわけですね。
夢を見るっていうのはつまり無意識に任せる。無意識が上手いことそれを消化してくれて、物自体でしかないもの、現実でしかないものを考えられる対象、考えるためには心の中に入れる必要があって、心の中に入れるためには物であっちゃいけないわけですよね。
お父さんがただ顔であったら、その顔について考えるってことはできないわけで、この人が笑うとか怒るとか機嫌が良くなるとか悪くなるとかは心の中で偏見しているイメージになってるわけですから、そういうふうにするためにはやっぱり無意識の力はそういうふうに作用しないことには始まらないわけですね。
なんか説明するほどややこしい話をしてるなーって我ながら思うんだけれども、こういう話のはずなんですよね、多分。
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だからなるべく無意識の領域に、ただしそれをベータ要素のまんまじゃなくて、ちゃんとアルファ要素につまり考えられるものに変えてくれるように無意識に働いてほしいわけです。
その無意識に働いてほしいし、アルファ要素だって無意識の対象ですから、決してアルファ要素を我々はいちいち意識してないですから、意識することはできると思うんだけど、意識しない対象ですからね、普通はね。
だから膨大な無意識領域というところに置かれることになるわけですよ。ただしそれは現実に取り組んでいる、例えばポッドキャストならポッドキャスト、プレゼンならプレゼン、授業なら授業に取り組んでいる人の心をかき乱さないようなアルファ要素に変えておいてくれると。
つまり風景とか背景とかBGMとかになってくれればいいわけですよ。私への悪口ってBGMになってくれないじゃないですか。バックグラウンドで流れている、聞こうと思えば聞けるんだけど無視しても差し支えない。私への批判とかポッドキャストへの猛烈な抗議とかは聞こえてしまうんですよね。
つまり意識させられてしまう。無意識になれないんですよ。そういうものに多分気難しい上司になるものは意識させられてるってことなんですよね。意識させられてるからこそトピックとして取り上げる。
意識させられているから意識しなくなりたいわけですよ。ある意味。ことさらには意識しなくていい存在になってほしいと。そういう存在になってくれている頃にはこの溢れ返っているタスクも少しは片付いているだろうっていうアプローチの仕方なんですよ。
こういうアプローチは3ヶ月チャレンジでも、これは3ヶ月チャレンジのPRでありますからね。やろうと常に考えているところなんですね。その際私が取るのはお一人お一人の話を直接聞くしかないっていうのが今の私の一つの結論なんですね。
気難しい上司がいるっていうのと話を聞いてくれない上司がいるっていうのは私にとってはまるっきり違う。気難しいのはおそらくは父親対象だし話を聞こうとしないというのはもしかすると母親対象だったりするので。あるいは私に仕事を押し付ければいいと思っている上司がいるとかだとまた全然違うんですよ。
それはおそらく僕は母親対象。罪悪感を持たせてくる母親がいると。あるいは私の仕事をいちいち雑談で私の時間を潰していく上司がいる。非常にこれは女性的な感じがするんですね。わかんないですよもちろんね。わかんないけれども上司が男性である場合と女性である場合とでは考えるべきことが僕からすると大きく変わってくるので一般論がないんですよ。
やっぱり話を聞かない。やたらと話しかけてくる。気難しい。話を無視する。罪悪感を持たせてくる。全部異なるアプローチをとる必要があると僕は思うんですね。
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しかも実際にはその上司たちへのアプローチが大事というよりはやっぱりまずは例えば話を聞いてくれないとか私に罪悪感を持たせてくるといった人の上司のことが頭の中に残っている。心の中に残っている。
だから幻覚とかではないかもしれないがそこまで生々しくそこまでリアリティを持って圧倒してきて自分の心を狂わせてくるレベルではないかもしれないがやっぱり仕事に集中するには非常に迷惑な存在邪魔な存在を排除したいと思って排除することはできるんですよ。
バックグラウンドに心の中のバックグラウンドにBGMにしていくってことは可能なんですよ。ただし仲が悪い状態とかネガティブな状態ではかなり難しいけれどもバックグラウンドに下がっていただくという心の中でねそれは可能なんですよ。
その相手の上司の振る舞いなり性格なりを必ずしも変えなくても少しでもバックグラウンドにおいていただくというのは可能。ところが前傾化してきているっていうことであれば前傾化してきているなりの理由があるはずなんですよね。
前傾化してきているっていうことであるならばそれはどこか夢が不十分にしか見られていないっていうことなので夢を見るために何がネックになっているかっていうことを私とのセッションの中でなんて言えばいいんですかね。これはもう私にもあるわけですよ。この人との関係は夢になってくれないっていうだからこれは夢見る能力の高さが客観的に違うという話ではないんですよ。
ある人とある人の関係がその人とその人の生育歴のせいでうまいことこうドリームにならないドリーミングできないっていう交差点で止まるのは自然だみたいな形にならなくてなんか黄色信号を見ると胸がドキドキしてしまうみたいなことになっているときにこのセッションみたいなものを使って夢見る能力を調整していくって感じなんですよね。
お互いに調整をかけるって感じなんですよ。そうすると時々結構な回数を重ねる必要があるんですけど時々こうカチッと調整が効くっていう瞬間があってそうすると黄色信号は黄色信号でしかないんだっていうこれね説明のしようがないんですよね。
うまいこと夢が見られるとそういうことになるわけですよね。そうするとたまたま黄色を見てもドキドキすることが減ってきましたみたいなことになるわけですよ。これは何かの治療してるみたいなんだけど私は3カ月チャレンジは治療じゃないと思うんです。
ドキドキを止めることに目的はない目標はないんですよ。目標は黄色信号が何かその人なりの理由によって黄色信号だけはいわゆる象徴化されていないとか黄色いわゆるシグナルとしての黄色シグナルって言いますよ。
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何か全然違う現実になってしまっているというか現実そのものになってしまうっていうような状態。それはその人にとって赤とか青信号では起こらないことなんだから能力の問題じゃないと思うんですよね。
何かあるわけですよ。しかも何かはプライバシーだしやり取りを重ねていかないと全然見えてこない。見えること自体もそう大事じゃない場合もあるんですよ。大事な場合もあるけど。
それが何なのかがもちろんそこに向かっていくんだけど向かっていく途中にいよいよ全然違う話が出てくる。だからいよいよプライバシーなんですよ。全然違う話は一層プライベートな感じの話が多いんです。
例えば非常に性的な話であったりあるいは身内のとは言わないまでもかなり近しい人の犯罪の話であったりそういう話が出てくる。
そっちの話が十分記憶として消化されてないとかそこで夢見がすごく滞ってるっていう事態が起きている。直接は関係なかったりするわけですね。
というアプローチ。今のは単なる例ですよ。具体的に何かを思い出してるわけじゃないんですよ。でもありそうだ。十分ありそうだって私は思いながら今喋ってるんだけど。
それは私の精神力動的なセッションのある意味経験の産物なんだと思うんですけどね。そういうことってありそうだよなみたいな感じがするってことですね。
そういうところの滞りが抜けると、いや黄色信号は黄色の信号でしたってことに。だからこれもこう言ったからなんだって話なんで。
でも大変じゃないですか。黄色信号を見るたびにすごい心臓高鳴るんですっていうのは日常生活に大いに支障きたし嗅げないところはあると思うんですよね。
だから重症なのか軽症なのかとか治療なのかどうなのかってのは大事なんですけど。見立てがとかも大事なんですけど。
今私がしているアプローチからするとそこはそんなにそこだけをそんなにクローズアップするところではない。心理臨床の難しさみたいなのも冒頭の話と似てますね。
治療ってわけでもないのに臨床の難しさみたいなものだけを取り入れてそこで葛藤しなくてもいい時はいいんで。
むやみにそこにエネルギーを使うのはやめようと思えるようにようやくなりましたって言ったところですね。
今日はありと思わぬ話に終始してみたんですけれども。
いつものサンド熱チャレンジのこの精神分析的ラジオのフォトキャストはやっぱり僕の自由連想によって成り立っておりますんで。
こういうふうに脈絡もなくどんどんどんどん連想から連想、空想から空想、言葉の連想ですね。
42:05
メタファーからメタファーに飛んでいって、こうしてなんでここで終わるのかもわからないところで40分過ぎたから終わるわけです。