収録環境と募集告知
おはようございます。佐々木正悟の精神分析的ラジオをお送りします。 7月23日木曜日9時ちょうどです。
いやーめちゃくちゃ暑いです。はい、なので、あのちょっとね、風切る音がというようなお話もいただいて、もうかなりあのてこのてを尽くして、
あのギリギリでやっておりますが、その分若干短く切り上げることに多分ね、あのここにずっといると倒れますね。
ので、あのしかしさすがにあの風切る音があんなに入るのは確かによろしくないんで、あのまあもっと早く撮ればいいんですけどね。あるいはもっと遅く撮るしかないなと。
ちょっと今後それについて検討しつつ、今日はこういう時間になっちゃったんで、とりあえずこの時間に少し短めに切り上げようと思います。
えーほぼ最終のお知らせになります。まあそうは言ってもまだあと1週間あるからね。あの今後ちょっとまた、なんていうのかな、なんていうのかな、
まあ募集要項と言うんですかね。3ヶ月チャレンジ募集要項というものをまあいじっていこうと。募集要項をいじるっていうのは結局のところは、まあ告知レターの内容をいじるというのに過ぎなくて、こんなことが言えます、あんなことが言えますみたいなことをこう、なんていうのかな、私なりに抑制して、まあその
専門の人から見ると過剰に言っちゃってるのかもしれませんけど、まあまあそこはしょうがないのでね、もうね、私なりに抑制しつつ最大限PRするという最初からもう矛盾を払ったことをやってるんで、今なんか熱中症のお知らせとか9時にやるのはいけないんですよね。これ入っちゃうかもしれませんけどご容赦ください。もうこれをね回避していると、えーと僕もう寝るんですよ。暑い時は寝るんでね。
はい、えーと、まあとにかく3ヶ月チャレンジ、つまりなんでこういうことを考えだしたかというと、あと1週間しかないのにお試し4回チャレンジどこに入れるんだよってことになるじゃないですか。でこれをお試しなんだけど3ヶ月チャレンジ5に入れられますとかよくわからないことを言うようになると、それはやっぱりちょっとよろしくないなということで、あのーなんとかね、えーと、お試しというか何かを考えていきましょうということを考えているんですけど、それはもう要するに、なんつーんですかね、あのー、
常時募集をかけるみたいなことをやろうかなとかいろいろ思ったりしているわけですね。やっぱりこう、受けたいと思う時にやりたいもんだと思うんでこういうものはね。
そういうことを、あのー新規募集をかけさせていただくにあたり、まあとはいえ9月に本が出るんですよ。
そうなると多分、8、9でしょ。多分9月に、あのー忙しくなり始めて、そんなにこう、新規募集頑張るぞみたいなことをやっていられるのかっていう話が、いや、これは新規のセッション、個人セッションができなくなるとか個人コンサルが難しくなるっていうんじゃなくて、むしろ募集をかけるということのエネルギーっているんですよ。
なんでかっていうと募集ってのは、まあ僕がそもそも募集をあまり得意としないということはあるんだけど、そもそも募集って結構手間がかかるものなんですが、にもかかわらず何の成果も出ないことも結構たくさんあるんですよ。
多くの人はね、ここで引っかかっちゃうんだと思うんですよね。つまり働いた分だけ報酬が入るっていうのに一番遠いんですよ。募集は超気合入れたけどゼロでしたってことが。普通にいくらでもあるんでね。
私はそれこそ、この間会食させていただいた勝間和夫さんに伺ったときも、ありますよそんなのみたいなことを言われて、この人があるんだったら俺にあるのは当たり前すぎるから、もう諦めようって思ったんですね。
そんな、だってある意味日本で一番そんなことが起きそうにない方すら怒る。それが日本で知りませんけど十分起きそうな私に起きないと考えるのが不合理なんで、それは起きるよなと思ってですね、諦めることにしました。
それは募集諦めるわけにいかないんで、募集をかけて、要するにただ働きになっちゃうのは怖いんですよね。それをただ働きになることを恐れずやるのがいいんだけど、忙しいときはただ働きって一番最後に回っちゃうんですよね。暇になればできるんですけど。だから暇なうちに頑張ろうと思っているわけですね。
よくわかんないな。よくわかんない結論になるのは、やっぱりこれ熱さがひどいせいではないかというふうに思い始めました。にも関わらずこれから募集要項はともかく本題に行くんですけれども、募集要項というのは結構難しい仕事なんですよ。結構ね。効果が確実じゃないから、マーケティングの人がいろんなことをおっしゃるんだけど、僕はいいのは多分理解できないんだということがだんだんわかってきたし、何しろね、そうなんですよ。
一番大事なのはやっぱり、それは勝野勝也さんが書いていることでおっしゃったことじゃないですけど、じゃんけんをたくさんすれば必ず勝てるんだっていう、彼女のこの理屈はすごい正しいと思うんですよね。どんなに弱くても、強い弱いないじゃないですか。じゃんけんは試行回数が全てなんだっていう。根本的にそういうことだと思うんですよね。
あれほど成功している人がそれを言うんだから、ほぼ間違いなかろうというわけで、いっぱいじゃんけんしようねっていう話になっちゃうんで。いっぱいじゃんけんをするために必要なのは、こだわらないことですよね。
精神病と神経症の理論的背景
ということで5分経ってしまった。本題に入りますね。今日入りたいと思っている本題は特に何もないんですけど、相変わらず、私は最近はまた一周回って、何周回ったのか知りませんが、藤山直樹さんに戻ってきているわけですけれども、藤山直樹さんの本を読んでいて、最近思っているのはですね、いやもう改めて思うようなことは正直ないんだけど、
フロイトっていう人はやっぱりすごく神経症という問題に取り組んだ人だったんだなということがまずわかったんですね。いやいやそんなことはわかってましたよ、もちろんね。わかってたんだけど、神経症水準ということをあんなに考えているからこそ、当時はそういう言葉すらはっきりしなかったと思うんですけど、
というか彼が考え出した言葉に近いと思うんですけどね。要はそうそう、それでこれも藤山さんの本を読んでて、やっぱりそういう話が出てくるのが興味深いんですけど、当時のドイツというのは、当時ドイツですよねウィンですから、精神病病院っていうのは精神病の病院っていうのは大病院だった。
ここに大量の精神病患者を収納して、なんかちょっとキナ臭くなってきますよね。その後ナチスが没効することを思うと。でもそういうもう、女性だったんでしょうね。国柄とか言っちゃうとちょっと本当に文化的な差別になっちゃうと思うんで、俺女性だったと思うんですよ。余裕なかった。
だってあの時代ってその敗戦、第一次大戦の敗戦じゃないですか。そしてドイツは賠償金やたら要求されて大貧乏になっていくわけじゃないですか。そこで大体そういう時にしわ寄せが来るんですよね。ひどい話なんだけど。よくあることでもあるんです。日本も昭和恐慌でハマりましたよね。そういう時代に。
やっぱり余裕がなくなると、今アメリカ余裕ない感じがするんだけど、なんでこういう世界情勢みたいな、何にも僕が一番興味なさそうな世界に入っていってるんだけど。興味ないわけじゃないんですけど得意じゃない分やんですね。とにかくしわ寄せが来ると思うんですよ。で大病院に収納するわけですよね。でクレペリンの二大精神病論ですよね。
つまり統合視聴症と大鬱病みたいな多分話だと思うんですげー正しいですよね。未だにそうですもんね。まるでこうなんだっけ。フォンノイマン型のコンピューターみたいじゃないですか。未だにそうじゃないですか。これってやっぱすごいことですよね。あの100年ぐらい経ってるのにその人の発想を元に頑張ってるみたいな。
で当時は精神分裂病って言ってたと思うんですけど、僕の子供の頃だって統合視聴症なんて誰も言ってなかったというかそんな言葉はなかったと思うんですけどね。まあそのスキゾフェルニアは精神分裂病ですよね。でこの二大精神病というものの収納するところは大病院なわけですよ。
でもう精神病院なんですよ。要するにそこでは多分薬理とか脳とか生理科学的にやっていくってここに何かちょっと僕は文化的なものを感じちゃうんですけどそれは今はそれでやってるんだから一旦置いとくとしてプロイトは基礎じゃない方行くんだっていうこれがだから神経症ってことですよね。そうすると神経症定義入りますよね。どういった神経症なのかって定義が必要になってきて
情緒的全体性っていうべきなのかな。一人の人格が統括している情緒的全体性を備えていてそれをもって他者とこういう交流が可能な、もちろんその人の中に分裂がないとかじゃないんだけどその全体対象って言ったらいいんですかね。全体対象はとりあえず統括されていて
対人交流の中ではその全体対象の責任家って言ったらいいと思うんですけどにおいて交流できる人を神経症水準というのではないかと僕は漠然と思っているわけですけれども
おおむねそういう人の話になってきた時に例えば夢判断って話になってきてフロイトは結局夢判断は夢解釈に徹するわけですよね。夢解釈に徹することができるということはそもそも自分は夢見ているのか現実に覚醒しているのかの判断がこの判断は私非常に微妙な判断だと思っているんですけどね。
だって明晰夢っていう現象がこの世の中にありますから私も時々ありますし夢見ていて夢見てるって気づくってやつね。ということは逆に言うと明晰夢じゃないときは気づいてないってことだから判断できてねえじゃんって思うんだけれどもでも一応判断できてることになってるわけですよね神経症水準の人はどうやってるのか知らないけどだから起きていて夢を夢思考ができる人と寝ていて夢思考ができる人とまあその2つを一応区別できてしかもその2つの
人格の最終責任は自分にあると言える人は神経症水準と言ってもいいんじゃないかと思うんですよ
こんなにややこしいおにょおにょした定義が僕がここでしたいわけではなくて僕がしたいのはですね その
すなわち精神病と神経症の人は別々のところで別々に治療されているんだってことが大切ってことなんですね私そのことを
昨日相次いで学んだんですよ うちの父母をいわゆる精神病院に連れて行ったんですね
方や物忘れ外来だしえーと方やなんていうのかな 多感症なんだけれどもそのことをちゃんと医者が見てくれないと文句を言ってるおじいちゃんなんで
どっちも神経症水準なんだけどどっちも神経症水準なんだけど えっとだってカンセリングとか受けませんもんねこの人たちも特に多感症の人は絶対受けないんで
基本的に自分は内科に行くべきだと信じている人でそれでなんか fmra の精密検査とかもして 多感症でfmra に突っ込まれても何か大したもの出てこなそうじゃないですか実際出て
こないわけですよそのことにうちのおじいちゃんは大変お怒りなわけですよ だけどだけどねこれがつまりここから話が進むわけですよね
その精神科の先生はまあいい先生だったと思うんですけれども よくよく話を聞いてくれる人だったんですね
でカウンセリングになってるんですよ私横で見てたわけ本当に真横で見てたんですよ 時々口を挟んだわけですよそのために言ってたんで
物忘れ外来の方も結構大事だったんだけど今日はその話はしないとして時間がない から暑いんででおじいちゃんがその怒っていらっしゃるわけですよねで私は
なんでおじいちゃんが怒っているのかはよくわかっていたつもりだったのですが 怒りの程度とその本当の理由はよくわかっていなかったんだなってことをその精神科の
先生と喋ってるのを聞いていて理解したんですよ でその精神科の先生は結局ここにあるんですよそのドイツのクレペリンとフロイトが分かれた
ところ 神経症はフロイトカーが見て当時のねウィーンではあの精神病だったらクレペリンがお薬を出すみたいな
まあそんなに綺麗になってないはずですけどでも原理はそうだったわけですよねそういうこと 藤山直樹が書いているわけだだからだからフジフロイトには精神病の心における
夢見というものがどういうものかがわかってないとわかってなかったとそれがわかるよう になるには議論を待つ必要があったんだというあれは正しいと僕は思うんですよね
理論の筋道としてでフロイト結局のところと将来ドラの時もそうでしたけどこの夢の 意味はどうたらこうたらってことをドラに一生懸命しゃべるみたいな
つまり夢を夢占いみたいに一歩間違い夢占いと精神分析 あるいはユング派みたいなところを微妙にこう
工作していくのはこのあたりにあるんですよ夢をこう 昔皆さん三国志って読まれました
私どんどん飛ばしてますけどあの最後に義援っていう諸君の武将がですね あの孔明に立てつくじゃないですかあの話の中でどうなのかしないけど孔明に
立てつくと本当にの知らずあのだって孔明めちゃくちゃ人殺してるじゃないですか あんなのにさがらって言ったら命がいくつあっても物足りないと思うんですけど
なんかその義援があの頭に角が入る夢を見たんだけどこれは良い夢買ってこれが夢 占いってやつですよね
頭に角が生えるとあの刀を用いるとか首が飛ぶに決まっているとかそういうですね 赤いかにも半自分の的な話を三国志演技なんだろうけど読んだことがあるんですけど
あれが夢占いってもんですよねでその この水準でいいのは神経症水準の人だけなんですよ
下手にこんな話を例えばうちの私の兄弟みたいな人にしちゃうともうそれだけで 上昇的に大混乱をきたして怒り狂って私とかぶっ飛ばされ
まあそんなことはないと思うんだけどでも怒鳴りつけられること確実なんで だからそんなに悠長な感じものをしている感じものは悠長なわけじゃないんだけど
でもそんなことをひょうひょうとやってられたのはフロイトが結局ドラは絶対精神病ではないから だっていう直感的な何かがあったからだと思うんですよでもそれは当然なんですよ
なぜなら精神病の人はみんなクレペリンの病院に収納されていくから フロイトのところキアしないわけですよ
それがもう最初から確実だからでもフロイトはもちろん野心的な人ですでしたから あの
いずれはね精神病は全部精神病だろうと神経症だろうと頑張って精神分析で見ていくんだよ みたいな感じだったんだけどでもフロイトって一方ですごいプラグマティックな人だから
ベンチとか多分そういうところを頑張ろうとしてるんだけどなんかそこのところは あの神経症で頑張るべきみたいなノリがあってわかりにくいんですよね
わかりにくいなぁと思うんですよこの人は本音がよくわかんないところがあるなぁみたいな 創始者ってそういうところあると思うんですけどね
で私はやっぱりフロイト読み直さないとなっていうのはこういうところから思うわけですよ なぜならば私の仕事って絶対
建前としてはですよ難しいんですけどここもでも多分確実だと思うんですよね やっぱりここで私が
のかな精神いわゆるフタを取る取らない的な話で言うとフタを絶対取らないんだって いうことを言うのはダメだと思うんですよ
そういうことではないと思うんですよ一方ででも来ないのも事実だと思うんですよやっぱり 日本もそうじゃないですか
僕はこれクレペリンの伝統を受け継いでいるのかなのか知らないけれどもやっぱり今では完全に そのクレペリン牛になっている2大精神病は精神病院が薬理療法等で対応するのが
筋っていうサポート的に cbt を中心とした心理カウンセリングも入ってくるみたいなノリだと思うんです
父親の精神科受診体験と転移
現に私当事者でもあるんで私自身がではないですけど当事者でもあるんです完全に そうなっているところがそうすると当たり前ではないんだけれどもこういうことが当たり前のに起きる
わけですが私だから島山ハルトさんのこの地域における包括的対応みたいなのは 理想論としてはそうだろうけど現実にそうなってないですよ
フジあの島山先生っておっしゃって申し上げたくなるわけですよ 何でかというと現に私の肉親は誰一人として絶対心理カウンセリングのサポートが入る方がいいの
に確かに包括的になってるんですよ 精神科医に見ていただいていてなんなら私の兄弟はですね
あのあれですよなんでしたっけ精神保険福祉さんもいる 相談員さんも別にいる看護師さんまでついている非常にいろいろあるから
でも心理師はどこにもいないんですよ本当ですよどこにもいないですよ 総勢20人弱が関わっているんだけど
常時かかってくれているのはそのうち5人ぐらいですけど保健所員の人とかね 心理師は一人もいないんですよ
20人もいて ちょうどまるでわざとみたいにのけものにされているように見えるんですよ心理師の人って
いうのはね 別にこれは心理師なんではなんでもなんでもないですよねここに入れてもらえないことになってる
んだからそうしてるのは国家だからということは国民だからこの国の場合はそういう 考え方なんでしょうねでも私は非常に違和感があって
いやいやいやうちの妹があの言っちゃったけど妹って
ねえあの相談する相手としてこの口頭で相談する相手は誰なのさっていう特に心理的な話になった時に
心理的な話は別に相談に乗る必要はないってことなのかもしれないんだけどそれも大変不思議な話だよなと
うちの父の昨日の話はどう聞いてもどう聞いてもあれは精神科のお医者さんが対応する話じゃないんだけど精神科のお医者さんは慣れたものだったんでしょうね
なるほどなるほどって感じで全然カウンセリングだしこれじゃっていう感じだったんですよ だからどうなるのか興味津々だったわけですよ隣に聞いていて
でも これは良いことなのか悪いことなのかわかんないんですけど急速に
ですよ私が横にいるのに 天意なんですよ来ていく
いや天意じゃないんですけどね カウンセリングじゃないんだ
でもなんだかんだうちの母がその後に見てもらう でなんかすげー怒りだしたんだけど30分くらいかかっちゃったわけですよ
30分くらいかかるけどね でその
天意なわけですよ今日の話はメインはここにあるわけですよ ここまで話した話はほぼ前振りでしかなくて
ほぼほぼ私の中では今まで喋ったことはもう今全部忘れてもいいぐらい ただしここからは重要でつまり精神回答クライアントの間で天意が起きる
そりゃそうだと思うただ初対面でわずか30分のうちにほとんどインテーク以前の話でしか してないはずなのにすでに天意が引き出してしまっていると
どうするんだろうこれまさか天意知らないってことはわかんないけどね ないんじゃないかなでも
ないと思うんですけどねとにかく芝居がかってるわけですよ 片目から見るとね本人はうちのじいちゃんももう80
来月80ですから もうねあの芝居がかるっていう風に言うんではなくて
核心の演技どっちなんだこれは
とにかくあれは誰だろうな父親だろうね父親か何かに訴えている感じで 本当にもう勘弁してくださいと
私はねもう80になるこういう風に絶対喋んない人なんですよ普段 80になろうとしている人間で
ジジイで もうそんなね長旅には耐えられないんですよみたいな
って感じだったんですよ絶対そういうふうに喋んないんですよ うちのじいさんは
そんなね朝起きる時ももう毎朝自分死ぬんじゃないかって思うんですよ なるほどねーみたいないやお医者さんも乗りすぎだろうみたいなあるいは地なのか知らんけど
いやいやいやこれはインテーク的ななんかなんじゃないのと 紹介面接じゃ話聞いてるはずなんじゃないっていや相手が老人だから合わせてくれているんでしょうけども
なんかね2人の雰囲気がもうあまりにも盛り上がりすぎちゃってて 肩で聞いていて
いやいやおかしいでしょそれっていう感じがしたわけですね で
この流れで行くと起死年齢はあるし なんかよくわからない自立神経言うだろうなぁと思ってたんですけど自立神経的な話になって
るし私は違うと思ってるわけね あのうつって言われるんじゃねえのかなぁと思うんですよねそっちに持っていきたいっていう
がこれ意識的なもののか無意識的なもののか先生は専門家ですからそんなことは 全部100も承知でうつってことにしちゃえってことなのかもしれないんだけどその
講座は大きいなと思ったんですけどね まあうつですと言われるわけですねそしてえってうちの父が言うわけですよ
なんか何かから冷めたみたいにうつじゃないでしょみたいなノリなわけですよね お前が悪いんだって私は思ったんだけどあのもうこうなってしまったらこうなってしまう
で私はでも思いっきり鉱物剤って言われたら一言は入れようと思ったんですよね いやいきなり鉱物剤はそもそもちょっとガンの治療も関係ないんだけどしていない
わけでもないしごにょごにょと思ってたんだけど 先生はまあ慣れたものなのか実際に出したのはなんかこう
まあ気休みみたいなお薬だったわけですよ 睡眠導入剤とついでにちょっとした栄養剤みたいななんかプラシーボ効果でも狙ってるのか
みたいなそれも考えすぎなのかもでしょうけど でも自立神経がねとか言って自立神経とうつを強引につなげている説明にしか聞こえ
なかったんですけど まあでもうちの父にしている説明ですからまあどんなんでもいいっちゃどんなんでもうちの
父は結局何がしたかったかっていうとその例の長旅をして何かの釈明をしに行かないで済むように
先生の診断書が欲しかっただけなんですよね まあこの長旅の釈明は嫌がらせ同然のことなのでそんな老人にね
あの前来て釈明しろみたいなしかもそれも言いがかりそのものみたいな 言いがかり以外のなんであるとするといじめじゃんっていうか
ただ老人いじめてるだけじゃんっていう感じでまぁうちのじいさんはよくいじめられるし 今回に至るまでもいじめはあの最終形を迎えつつあるんでもうこれは
いじめ完了みたいな感じなんでしかも何の抵抗 抵抗しないのにいじめ続けるってどうよって感じもするんですけど
そういうわけなんですけどだからまあねあの病院から出たときに私が運転したら開校一番 行きたくないんだよなぁみたいなことで小学生かみたいな感じでね
行きたくないのはわかりますが そのなんかまあまあでも良かったよねっていう私が結局これ消しかけた話なんでここ行けば
診断書出るはずだからって言ってもちろんうちの父はですねじいちゃんはあの 全然乗り気じゃなかったわけですよ
んなねぇ本当こういうこと言うんですよねその昔で言うあれだろうみたいな あの
ねえ なんとかとハサミって言うけどのやつだろうみたいなこと言うわけですよ
まあしょうがないけどねいわゆる段階の世代ですからね そういう差別的なことを言ってるからお前がそこに通うことになるんだっていろいろ機能
思うところあったわけですけれどもただやっぱりこの話は心理師向きなんだよなぁと 思ったわけですよね診断書は心理師が書いていただくわけにいかないから
私もここしかないと思ってそこにねじ込んでみたら思いのほか効果が異常に上がって しまって
8いやいやいやいやって感じがしてきたんだけどでもまぁ最終的にうつと書いてある 診断書は手に入りしかも出てくる薬は必ずしも幸運剤とはいい
幸福音訳とすら言えないような何かであったために何かこう
うーん まあ僕はほとんど1回だけあのこの病気はですね先生20年代のもので昨日今日始まった
もんじゃないんですっていうことを言ってみて少し反応と対応が変わったんですけどでも 結局診断と
8診察内容と投薬内容は一切変更がなく まあだからどっちでもいいように両面作戦だったんでしょうねっていう感じはしたんですよ
どっちとも取れても大丈夫なように手を打ってあるみたいな感じだからそこは完全に 専門家でありあの
まあだからつまりあれが作話であろうとなかろうと天位であろうとなかろうと えっと
全部 ok な状態でも結局のところはなんとなく民罪が出ましたみたいなノリでしかしうつ 病って朝ではっきり書いてあってこいつをそこに送ればあんたのお父ちゃんはいじめに
体験からの考察と投影
はずに済むよってことだからまあまあ正しいと言えば正しいんですけどなんか思ったんですよ 結局まあこんなもんなのねっていう感じもしたわけですよね
なんかこう何かは変わってないじゃないですか今後うちのじいちゃんはどうせあの病院行かな くなるでしょ
あの2週間を来てくださいねって言われてたけど行かねえだろうなって思っているわけですよ まあいけいけいうつもりはあるんだけどただうるさがられるだけで今回
私に話を長々としてえっと消防も何とかなんないかなぁみたいなことをあんなに言ってきたのは 結構弱っていて学校行きたくない小学生になってたからなんだけど
行かないでいいですっていうものを手に入れてしまったらもう バンバン罪なわけですよ
ましょうなんかもう家うちに込んでもいいみたいなそういうじいさんですよある意味 だからあのまあ俺は言われるんだけどあのお菓子お菓子とお金もくれるんだけど
結局はどうでもよくなっちゃうんですよこうなってしまうと まあだからね
まあでもねそのいじめのストレスだからまあ別にこれでいいんだろうなって感じはするんです けど
なんかですねこう この他官と自立神経なんとかとかいうのはまあ私が思うに単純に新希少でいいじゃんって
感じがするわけですよねで話し始めれば芝居が買ってて店員だとは言えあんなに話すんで 私知らない話いっぱい出てきたんですよね
だから30分も買ったんだけど本当に 今上手といえば確かに上手ですよねセッポをずっとしてて
例え話せぽうまい方だったし例え話も作り話も上手かったから だからダム先生は騙されたのか乗ってあげたのか
お互いが転移で東映ドイツかなのか全部なのか どれでもないのか知りませんがよくできたストーリー日になっちゃってるわけですよね
もうなんかこう理不尽でですねみたいな私のこの頭を見てもわかる通り私の坊主の端くれで そんな今さらあの
漢文の素読なんか 漢文を読めば白文だって私には読めるんですよみたいなことを言ってそんなことこの先生に
言ってもねっていう感じだったんだけど まあその愚痴を言うじいさんの役っていうのが昨日はやだらとうまかったっていう
で普段愚痴とかほぼ言わない人なんで へーっていう感じがしましたね
だからそのなんか無駄話をするおじいちゃんみたいなで実際無駄な話をしてるわけですよ 多分この漢文の白文の素読ができるとか
この先生は早く帰んないかなと思われかねないような うーんって聞いてあげてるわけですけどね
だからその なんていうのかなしょうがないおじいちゃんの話を熱心に聞いてあげる先生役がピッタリ
かまってたわけですよ そして私が少々しらけてそれを横で聞いていたわけですよ
でもまあ いいからそういう話はみたいなことを言うや言うようなその
エナクメントはやりたくなかったんで僕はもう あの黙ってじーっとその
転移的な何かがきざしているなぁみたいなのをでも横に俺がいるっていうのはもう ほぼ完全にスルーされるものなんだなと先生もこっちの全然見なかったし
うちの父に至っては私が横にいれば絶対やらないような態度をバリバリやってるんで 年取ったからってことはあるでしょうし息子だから別に構わんと思ったんでしょうけどね
いやーあの 力度だなっていうふうに思いましただからその
いいお父さんに訴えてるわけですよね悪いお父さんがいびってくるからいいお父さんに 訴えてるわけですよね
構図は非常にシンプルですよね別にそんなフロイトの力を借りずともなんとなく誰にでも十分 納得のいくナラティブがそこにただ展開されているだけとも言えるわけで
構図は非常にシンプルなものでしたけど
なんかこう気持ちの良いものでは見ててなくて飛べたくなっちゃうんだなやっぱりって 思ったんですよ横で見ちゃうと
やっぱりこれ密室で2人でやってほしいよねっていう でも密室で2人でやってもらうわけにはいかないから
私が横で聞いておかないと半分ぐらい話を落とすしあとで そういうわけでですね
まぁうつなのかもなぁと最後は思うと頑張ったんだけど 父がとどめのように今あの先生は要するにヤブだよねみたいなことを平気で言うわけですよ
あれはうつでも何でもないんだよみたいなわけですよねそういう感じで本当に全く こうこっちは忙しいのにこんな往復させられて38度付近の
ところまで来ているというのにこれだからなぁみたいなノリはあったわけですがまぁでも まあ良かったといえば良かったわけですよねこれをすべて肯定的に捉えておけば
いいような話でもあるわけですよ少なくとも まあそんなね大げさに言ったのは間違いないんでその程度の長旅で死んじゃったりは
するとはとても思えないけど まあ行くメリットも行く意義も行きたいさも何もないに長旅をあの年でさせ
られるというのは確かに非常にしかも8月という あのアホみたいに熱い中やらされるというだからいじめなんでしょうがないなっていう感じが
ほんとするんですけれどもがしょうがないわけですよね まあでもこれは私の所詮見方であってここにはやっぱり私も相当
迫害的に捉えている部分はあります今日はだからその昨日のそのなんて言えばいいんですか 力道に乗っかっちゃってるわけですよね私もね今のこのしゃべりがそもそも
受けないようにいかないんですよねこういう投影同一川やっぱり私も投影を受けている わけですよ
父は私でたいもう今回の件では迫害対象のように多少感じていたところがあったんだと思う だから私は父に対して結構サディスティックになっているところがあって少なく
でも進脱には絶対になっているまあ進脱にならざるを得ないところも多々あるんだけど でもやっぱり普段よりは進脱になっているなっていうのはあるんですよ
こういうことを理解するのにやっぱり僕は 分析しかないんじゃないかと思うんですよねそして父にはやっぱり心理カウンセリングはないわけですよ