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おはようございます。 佐々木正悟の精神分析的ラジオをお送りします。
6月30日、今日で6月は最後ですね。 火曜日9時1分です。
実に不思議な時間にこれを撮ってるわけですが、まあ今日はね、 あんまり長くはできないというのは、
奥様がまたしても、私からすると擬実感にお戻りになりまして、
すごいとんぼ帰りで、そんなに請求に帰ってこなくてもいいんじゃないかぐらい、
弾丸ライナーって番組ありましたけど、そういうことなんですよ。
とはいえ、そういう日は送ったりなんだりで非常に忙しく、わたわたしますんで、
まあこういう時間になったし、簡単ではないわけですけれども、 まあまあやっていこうと今日も思っております。
何がどのぐらいできるかわかんないんですけど、やっていかないことにはしょうがないだろうということもありますんで、
やっていこうと思っておりますけれども、
ちょっとね、イベントも大きめなのをドーンとやって、さらにその次の日もドーンと出かけて、
まあちょっとこう、症候状態。でもまたすぐ忙しくはなりますけど、一旦症候状態で少し落ち着いておりまして、
こういう時にね、いろいろやろうと悪い癖なんですけど、ライフハッカー的な気持ちになって、いろいろやろうと思いすぎて大体何もできないんで、
ここで落ち込まないことが一つのコツなんですよ。
時間があるからって、普段やっていないことの2.3倍ぐらいのことはできないものなんで、
できる日があっちゃうんですけど、普通はできないんで、普段と同じようにゲームでもやって過ごして、
普段と同じぐらいのことができたら、時間はね2倍ぐらい残ってるはずなんだけど、できることは普段と変わらないってことに実際になるんですよね。
今日はそういう話をしようと思うんですけど、やった方がいいとは限らないというか、やった方が果たして本当にいいのかっていうことが、
僕は冒険としてのカウンセリングでは話題になって叱るべきであろうと思っております。
強めてお知らせはないんですけど、とはいえ明日で7月が始まりまして、8月からは第15期の3ヶ月チャレンジがいよいよ第15期だぜっていう、
15期に何の区切りも一切ないんですが、15期が始まりますからね。
そこまで、まあアホみたいに熱くなる恐れが今年もありますが、その辺をなんとか乗り切っていきましょうという感じで、
今は色々と準備を、本が出ますね。
9月には本を出します。J.松崎さんとの協調を出しますので、それもJさんが大半書いてくださっているというか、ほぼ全部書いてくださった感があるんですけど、
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そういう中でですね、やっておりますんで、一つよろしくいろいろお願いしたいと思っております。
でですね、僕が今日喋りたいことも昨日喋りたいことと何ら変わらないんですけれども、
さっきの文脈に即して、冒険としてのカウンセリングというか、野の医者の話をしていきたいんですけど、
山崎さんがですね、山崎貴昭さんとの土曜日のイベントの中で、
野の医者化するという表現があって、僕はこれが大事なっていうか、一つの重要なキーワードだと思ったんですね。
冒険としての心理認証をやりたいという人は、それは精神分析に近づくというルートが一つ重大なルートとしてあると思うんですが、
野の医者化するんですよ。
なぜ野の医者化するのかというとですね、
実はこれは問題の解決策が分かっていない問題の解決を目指すからなんですね。
私はここでのキーワードは悩みだと、悩むってことだと思うんですね。
私、昨日たまたまある方と、これはちょっとまだシークレットにしておく、これからイベントを立ち上げるにあたってのシークレットにしておくという約束だから、
ある方と言っておきますが、割と有名な方とお話ししていて、
つくづくライフワーク界隈の有名な人とは外してそうですが、
私との大きな違いとして、私は悩むということをするし、
対外にここの入賃の人が悩むということを何らかの理由で避ける、
この差がはっきりあるということを悩んだというか考えたわけです。
彼らは悩みがすでに解決されているというポジションが大事であるということもあるでしょうし、
生来悩むということが好きではないということもあるでしょうし、
行動によって悩みを解決できているという、そういうところにアイデンティティを置かれている、これはさっき言ったことと近いですけど、
あるでしょうし、いろいろあると思うんですね。 私は悩むんですよ。
それは多分、パーソナリティと言ってしまうとつまらないですけれども、
どうしてもやっぱり解決に対して、ある種のこれを純粋主義と言ったらいいんですかね。
完璧主義と言ってもいいのかもしれないけど、なんか別に何かを完璧にしたいわけじゃないっていうか、
純粋…でもやっぱり純粋ぐらいしかいい言葉がないんですよね。
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で、私は悩むというのはつまり解決できない問題を解決したことにしたくないというので、つまり悩むことにこうしてなっていくわけですね。
そうすると何かいいことがあるのかと言われるのがまさに現代的であり、ある種ライフハック的でもあるわけだが、
いいことがあるとかではなくて、どっちかというと逆ですよね。
これをやらないと悪いことが起きるんじゃないかと、起きないのかもしれないですけど、起きる派なわけですよ。
悪いことが起きるとまでは、そうするとなんか不吉な予感みたいな話も聞こえますけど、そういうことではないんですが、一つ例を出しますとね。
私、タスクシュートって別人問題と名付けた、まあ心理臨床的なテーマだと思うんですけど、別人問題と名付けた問題がありまして、非常に簡単でして、夜はもっと起きていたいという私がいます。
まあね、別にこう何でもいいじゃないですか。それこそ漢の小説を見たりでもいいじゃないですか。ゲームしたいでもいいですよ。とにかくまだ寝たくないと夜は思っている。
つまり夜は、まああと10分、20分なら全然起きてられますよね。眠くないしって思うんだけど、朝には別人になってて、あと1分でいいから寝てたいってなるじゃないですか。
なんで20分も無駄なことをやって、漢の小説とか読んでたんだ、アホ目みたいになるじゃないですか。つまり別人になるじゃないですか。
で、これはまあありきたりの話であって、食前はまあもう食いまくりたいと思ってる。食後はダイエットを決意するみたいな話で、まあ笑い話みたいに捉えられてはいますが、私はこの問題がついぞタスクシュートによって解決されたことはないと思っております。
これはタスクシュートの限界とか言ったっていいんですけど別にかっこよくね。でもそういう問題というよりは基本的にはアプローチが違う。というかそもそもこの別人問題は人類は基本的に解決できていないと私は思うんですね。
まあこれが冒険としてのカウンセリングの一つの入り口なんですね。入り口なんですよ。冒険としてのカウンセリングというのはつまり解決できるかどうかわからないところに向かっていくというところにある種醍醐味があるわけです。
まあ醍醐味を味わうか知りませんがあるわけです。が、外してこれは現代では流行らないわけです。現代というのは解決策が掲示されているということが少なくともライフワークやってる人はそれを好むわけですよ。つまりライフワーク家は悩まない傾向が強いわけですね。
だから悩んだってしょうがないじゃんっていう言葉は有名ですけれどもまさにそういうことになりやすいわけですよ。いや俺だったらそんなことで悩まないねみたいな。そこに非常にこう層的なものを感じなくもないですけどそしてここでもう不意に戸畑海人さんが野の医者を洗うの最後の方でX氏が私どもはそういう方向を良しとしますみたいなことをおっしゃっててあれは深かったんだよなって思う。軽層状態を良しとするんだよねっていう。
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これはだから心理臨床の世界と相入れないんですよということをそこまで言ってるのかわかりませんがでもそこまで言ってるんだよねあれはね。ある種哲学があるんですよねそこにはね。人類のノームを軽層に持ってっちゃえばいいじゃんっていう考え方があそこにあるんですよ。そしたらもはや軽層とはそれを言わないんですよ。それはノームなんですよ。そうではないってことなんですよ。
つまりどうしてお前がそううつって言えるんだって問われてるわけですよ。何の基準をもってあなたのそのちょっと隠うつな感じがノームだと。それが人類の本来のノームだと誰が決めたんだと。あのXさんは名前も出さないぐらいですし非常にこう多分めちゃくちゃ白色な人なんでしょう。野の医者やってんだけど。
だから要するに言葉は丁寧だしすっごく戸畑さんにも丁寧に接してる感じがあるんだけど。あれは要するに誰かがうつとか誰かがそうだという基準をそこに置いたのはなんでなんていうこの問いに私は即座に答えられるということは正規の心理師さんであろうと僕はまず絶対ないなって思います。
それは私が直感的にそう思ってるとかじゃなくてDSMの歴史っていうものを本当大変だったんですけどね。DSMの歴史ですよ。DSMはなぜできたかみたいなことをレポート100枚でまとめろみたいな。でもその時一番大変なのは何かというと英語を書くことなんですよ。本当勘弁してくれよっていう感じだった。あの先生鬼だったんですよね。
あのフライトそっくりの格好仕上がるなんかしょうもないコスプレ親父でしかなかったんですけどそういう人に限ってそういうタイプなんですよね。今思うと恨み事しか出てこないんだけど当時はすごい尊敬してたんで超頑張って100枚書いたんですけど。しかもねB++とかしかくれなかったんですよ。超ふざけてるんですよね。Aくれよっていう。だいたい日本人が100枚英語を書いた段階でAを起こせって感じなんだけどなんかB++とかね結局Bなんでそれは本当に嫌な人だったんですよね。
私あの人の推薦文書いてもらった大学は全部落ちてるんですよ。絶対あいついいこと書かなかったと思うんですよね。絶対ねすごい首にも出さないけど白豪主義なんですよ。これ以上は言わない。
でですね。だからアジア人にはAはあげられないんであいつはっていうことですよ。それはやっかみかもしれない。アジア人にAくれてもらってる人はいっぱいいるのかもしれないからわかんないんだけど僕はそう思ってるっていう思うことにした。
でまぁこの辺ちょっと先日の山崎さんのノリが映ってるなって我ながら思うんですけどね。映るんですよそういうのって。であのなんだろう。僕が思うのはそのもちろん我々はどこにノームを置くかというのはすごく恣意的に決めてるし、自分にどれがしっくりくるかってことでしか最終的にはありませんけれども、でも私はそこそこじっくり考えて
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本当に例えばミンダイを飲むことは解決なのか。夜にね。だから別人問題の解決に走ってるわけじゃないですか。食欲抑制剤みたいなちょっと私はもう聞いただけでも怖いなって感じがするんだけどだって同じじゃないですか。食べすぎる自分を抑制するということによってこの別人問題を解決していこうっていうノリがあるわけでしょう。
寝たくないですって言ってるところにカプセル飲んだら眠くなっちゃえばそうすればぐっすり寝て朝もすっきり起きれてほら別人問題なんかないじゃんって言いたいわけですよね。だから別人問題とはすでに解決されているわけですよ。でも私はこれを解決だとは考えられないんですよ。
いや、ミンダイ飲みたくないっていう人はいっぱいいるでしょうし、そもそもそれは別人問題の解決になってるんだろうかというと僕はなってない感じがするんですよ。それは恣意的になのかもしれないんですけど、しゃあないですよ。するんだから。
で、例えばやりたいことがいっぱい残ってしまっているのが問題だと。だったらやりたいことをタスクシュートのセクションの中でしっかりとこなしていくことによって別人問題は解決されるんですっていうちょっと答えが当時はあったと思うんですけど僕は信じないんですよ。そんなことは。そんなことはありえないと思うんですよね。
なぜならばタスクシュートに書いてあることってあれでしょ。なんかこう、まあ良くて筋トレだとかジャーナリングとかでしょ。決してあそこに漢の小説読むとか書かないじゃないですか。ゲームするとかどうせするのに書かないじゃないですか。Xをいっぱい1時間ぐらいチェックするとか、そしてそれによって得るものは何もないとか書かないじゃないですか、そういうことって。
つまりやるのに書かないことがあるというのはすでにタスクシュート的にダメだし、私このことは盛んに言ってたわけですよ当時。それは別人問題を隠してしまうからダメだっていうことなんですよ。でもまあそれをやりすぎると山崎さん的に言うとそれをカルトだっていうことになるし、まあそれはそうなんだけれども。
タスクシュートで炙り出していきたいのはですね、いろんな問題があるんだけれども、別人問題は僕は重大だなと思うんですよね。これ解決できないんですよ、実際には。私この種の悩みは何度も伺っていて、もちろん私は民罪を読みましょうとか、いつかやりたいことはサムデイリストに入れましょうとか決して言わないので、それは何の解決にもなってないと思うんで、決して言わないので。
つまりいつまで経っても夜遅くまで起き、いつまで経っても朝は辛いという事態が続くということがタスクセラピーという場を通じてだんだんわかってきたんですよ。だんだんわかると何が起きるかというと、私に相談しても無駄だねっていう空気ができるんですよ。
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でもね、ここで面白いことも起きるんですよね。しかし島ごとに分かれていて、ジェイマン佐々木さんの島とかが大人気だったわけですけど、私の佐々木島っていうのはあそこに行っても何も解決してくれないよっていう空気があったにもかかわらず、あったんですよすでに当時。あったんだけどゼロにはならないんですよね。
それはお前はそこそこ有名だからなんじゃないのって言われるかもしれないけど、でもですね、別にゼロだって全然いいわけですよ私としては。結局のところトータルでの収益はがまらないんで。島の人気がある人からお金高く高地に配分するとか当時してませんでしたからね。
でもやっぱりですね、私はそこでうーんってなって、うーんってなってですね、めちゃくちゃうーんってなってですね、まず一つにはこの空間ではやれないって思ったことがそれなんですよ。つまりプライバシーがいるこの問題には究極的にはそういうことになるっていう風に。
当時2013年、違うな2016年くらいタスクマっていうのが出たばっかりの頃ですね。今から10年前です。盛んにやってて、ある種の抜粋をされて嫌になって辞めたんだけど、タスクセラピーとか言ってました。当時からね。
で私はその時にひたすら傾聴しひたすら共感するという。ロージャーズのことはもちろん知ってましたよ。でも私はロジエリアンになりたいとかだったわけじゃないんですよ。それ以外の何かこう、なんていうのかな。要するに私は悩む人間だったんですね。当時から。だってアトピーだったしね。
で悩むのに人は悩むべきではないっていうのって非常におかしいと思う。要するにロジャーズがいうところの一致ですよね。一致してないと思ったわけですよ。いろいろありますが現行一致みたいな話ですけど、とにかく一致しないっていうのはとっても嘘くさいと思ったわけですね。
だって自分が採用しない解決策を人に進めるってことになるわけじゃないですか。それはないだろうって思ったんですよ。それだけのことなんですよ。別段思想性が高いとか信念が強いとかそういうことよりも単純に例えライフハックだとしてもこれは先日三崎英二郎さんという方と突に出てきてこれを聞いたら彼が驚くだろうなって思うんだけど、でも悪いこと言ってるわけじゃないんでいいと思うんだけど三崎英二郎さんという方と語った時に出てきたんですけど
三崎さんは自分が勧めたことを全部やってるからとてもいいと思ったっていうふうに言われて、いやそれはライフハックはみんなそうなんじゃないのくらいに僕は思ってたわけですよね。つまり自分がやってることがライフハックだと思えないライフハックって何なんだっていう感じがするんで
娘に勧める勧めないもここに持ち込む人がいて私はそれはすごく嫌だったんですよ。娘がライフハックしたいかどうかなんて私の価値観と関係ないじゃないですか。私がやってるって言うならいいけどよく言うんですよタスクシュートを三崎さん娘さんに勧めてるんですかみたいな。勧めねえよって感じなんですよね。
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だったらタスクシュートは信頼できないですねっていう理屈になるんでしょうけど私はそれはまあそれはPSだなと思うんで今ではですねそこに批判的な目を向けるっていうのもどうかと思うんだけど娘になんか勧めないですよ。理由は非常に簡単で学校空間というのはどれほど自由を装っていたとしてもですね絶対別人問題を許さないからなんですよ。
あの空間にいる限りもちろん不登校というような問題は起こるんだけれどもタスクシュートなんか使わなくたってアイデンティティは固められていく。だってそれをやるのが目的なんだよ学校ってのは目的ではないっていう風に言う人もいるしそういうことを塾の先生が言ったりするんだけど僕はそれは一切嘘だと思う。そんなに甘くないです。国家ってやつはですね国家ってものすごいんで絶対そんなことは許されるとは僕は思わない。不登校がギリギリの線だと思うんですよ。
辛うじて抵抗できるとしたらあの手しかない。ただし私立は不登校の学生を結局のところ退学させちゃうんでやってることは変わらないと思う。なのでだって高校になったらそうなっちゃいますからね。高校は卒業義務じゃないんでいかなる意味でも義務は親の義務だっていうのもあれも非常に怪しげな言い方であってそうなんだけどだからそこも国家なんですけれどもね。
でも結局のところ親が義務を振り子っていうことは色々とあれになるけれども明らかに子供の方が精神的には来るじゃないですか。私なんか結局ほとんど中学3年間はいじめられてるか劣等生だとして先生に味気にされてるかエリート校だったんでどっちかだったけど3年間ほぼ行きましたからね。小学校より全然行きましたからね。
だから結局は休むためには身体を壊すしかなくて身体を壊すために新身証を作るってことはしょっちゅうでしたけどでも結局行きましたからね。国ってすごいですよ。
そういう時にそれっぽい言説って助けにならないですよ。もっと自由に生きていいんだとか水木しげるさんとか読んでましたけど全然それによって休むことすらできなかったですもん。そんなもんですよっていう感じが。でもこれは別にあれですから僕がそう感じたというのであってそこまで頑張って思い悩まなくてもいいと思うんですよね。
色々手間あるんで私もそのヘパリンとか皮膚に塗る薬ねヘパリンとかいいと思います。塗ったほうがいいと思います。必要だという時に私も今は必要だという時には塗ります。
アトピーではないんでもはや。アトピーをあれで治すのは難しいんだけれどもでもこれも言っちゃいけないんでね。私のようなものの私のようなアトピーをあれで治すのはほぼ不可能なんですがアトピーによっては治るんですよ。だから新身証なんだけど多分どっちに比重があるかって大事なんですよ。そこはもう専門家の方が見極めやすいんで当然見極めてくれるんで。
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当事者ってのはあるんですけど当事者が何でもわかっているわけじゃないですから自分のことは多少ともわかりますけどね。だから結構言語をするって大事ですよっていうこれも非常にあれなんだけどね言語をするって大事ですが悩む権利は僕はあると思うんですよ。人は悩む権利を持つって僕は思うんですね。
だから先日ちょっと悩まないというすでに解決策はありますという私はそれをだから不正だと思うんですけどお父さんの言うことを聞いておけよっていうそれはあらゆる自己啓発系あらゆる宗教系ではっきり言ってライフハック系そしてもちろん会社系とか全部あります。
何ならグッドバイブスにもあると思います。僕はね不正があるとそこには不正には正しさがある。正しさは長寿が何かを保障しているっていうことです。これに言語をするのはありだと僕は思います。自分で不正を急速に打ち立てるのは辛いんでやっぱりお父さんの言うことを聞いておけばだいたい間違いはない。
この薬を塗れと国家公認で言ってる薬を塗っておいてまあ大きく間違うことがあるんでそこがみんなが怒るところなんだけどそれは怒るんですけどこの戦争を絶対勝ちますとか言ってあんなに乾杯しちゃうとみんな信用しなくなるのはそれはそうなんですけどね。あれ誰でしたっけ。
また話が脱線しておだきはつみさん。私あの人めちゃくちゃ恐ろしい人だと思うんですよね。いやこれを言うと政治的には超炎上ネタなんだと思うんですけどゾルゲ事件で本当もうあそこまで行くとゾルゲ事件みたいな話になってくると話超脱線してますけどもうなんかついていけないって感じがする。
もうあそこまで行っちゃうとですね今もっと酷いと酷いというかエグいのかもしれないけどあそこまで行くとですねもうなんかなんていうのかな嘘の嘘の嘘の嘘の嘘みたいな世界になっていってあれがなんかこう波乗りできる人はもうなんかサイコパスを集めまくってああああできてまあこういうことを言うとあれはもうあれ絶対みんなサイコパスだと思うなスターリンも思うんですけどね。
だって信用できる言葉が一つもないじゃないですかそんな言語的なやり取りって何なんだよっていう感じがするんですけれどもねゾルゲとか尾崎さんとか本当に一体全体彼らは本音はどこには本音なんかないのかもしれないけどすげえなと思いますねもうあそこまで本当に行くと
それだけ大変な人数が死んじゃったりするからなんだけれどもですねそれにしてもすごいなと思いますもう心理臨床なんてなんか吹っ飛ぶよねって心理臨床対ダイナマイトみたいな世界だなって感じなんですけど
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まあまあそれは私はもうこれについては一切何か今喋っちゃいましたけどブロック書くとか絶対やめようみたいにひたすらゾルゲ事件を読むだけの係になってるわけですが
あのー手塚治虫がねアドルフに次ぐでもなんかすごく迫ってる感じあるんだけどやっぱやっぱなんかこう回避しちゃいますよねどっか回避しちゃいますよね
一番なんかちゃんと書いてる人がいないよねっていう感じですよね書けないってのはわかるんですけど下山ジレンもそうですよねなんかこう
誰だっけあの人浦沢直樹があんなに書こう書こうとしてるのに結局書かないんですねっていうこれも手塚治虫もあの挑戦はしてましたけどね
あのーまあねなんだっけ名前出てこないのが信じられないな駐車がいましたよねなんとか駐車あのGHQのね
いやあれも手塚治虫さんはやってこう拳銃ガンガンあのー拳銃ガンガンデスクで叩いてなんかしもやば君は非協力的だとか言わせてるけどどうなんかな
そんなシーンはあったなかったんじゃないわあったんダメだなやっぱりなこういうなんかねああいうこう
嘘があまりにも徹底的に塗り固められてる世界の話はもちろんそりゃそうなんだろうなって感じなんですけれども
あれですねあの昔映画でえっと
イスラエルの諜報機関の人がこう
あるあれがすごい実装に近いのかもと思ったんですがあるやっぱりこう垂れ込み屋みたいな人のところに行くと
さっきあなたが殺そうとしている奴にあなたが来るっていう話を
喋った奴がいたようだよみたいな感じでつまりここでは情報が情報としての意味を持つというよりは情報が存在することによって誰かと誰かが出会う
あとはどっちが先にどっちが相手を要するに先んじることができるかだよねみたいなそういう
なんだそれっていう感じですかだけれどもまあ誰かと誰かが出会うことになるわけですよね
つまりターゲットとターゲットにされている人がお互いお互いを探しているのは鬼ごっこなんですけれども
でもどっちも鬼で誰かと誰かが出会うことになるっていう話だったんですけれども
そういうなんかすごいどんどんどんどん話が飛躍しているんですが
つまり僕がここで考えているのは冒険としてのカウンセリングという言い方をしている時には悩むってことだと思うんですね
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悩む時には僕はまず悩む権利が人にはあると思うし悩み始めた時にこの悩みを共有することは基本不可能
不可能はいい線だな基本無理があるんですよだからここでまずプライバシーというものをセットしなければならないということと
プラスそこに入ったら最後何かが起きるだからさっきの誰かと誰かが出会うわけです
まさに誰かと誰かが出会うんですよここで覚悟がいるよねっていう話がまずある
まあ陳腐ですけどでもとにかく誰かと誰かが出会うんですよ
松木さんがどうして定心分析や出会いだと他人と他人が出会うんだみたいなことをあんなに書いてたのかというのを
さっきのハリウッドみたいなので思い出すわけですね
藤山さんもやっぱり出会いと別れみたいなこと言うんだけどそうなんですよこれは本当に出会いと別れなんだなっていう
別れという言い方はこの場合どの程度適切なのかが定心分析はすごいそこを頑張るけど
やっぱり私の場にとってはですね出会いをどういうふうに
どう出会えるかみたいなでも大体その時には気づいてないんですよね
何かと何かが出会っちゃうっていうのはもうあれが出会いだったのかみたいな感じなんですよね
1年経ったり5年経って5年は経ってないね絶対サンチャレなんで2年経ったりして
あれが出会いだったのかということにゾッとするんですよ
なぜゾッとするのかというと当時はそんなことは考えてなかったからとしか引用がないんですよね
なんかこれが冒険だって冒険ってゾッとするじゃないですか
勇者はドラゴンとかに出会っちゃうじゃないですか
好きで行ったんじゃんって言われればそうかもしれないけど
あれはコミカルに書かれてるからあれで済むのであって
あんなのと洞窟の奥底で出会ったらもうゾッとするじゃないですか
いや来るんじゃなかったって思う
最初は何だったっけここに来てる最初は何だったっけって人は思うと思いますよ
なんか王様が勇者よとか言ってたなみたいな
なんかあの時自分ずいぶんナイムだったよなって思うか
牧歌的だったよなと思うか子供っぽかったよなと思うか知りませんが
好奇心は猫を殺すって言葉もありますけれど
絶対それは勇者よとか言ってる場合じゃないよねっていう
勇者もヘッダクレもなくて
なんかこの頭8個ぐらいある蛇みたいなのが自分のことを見てますけどっていう
もうシャレにならないじゃないですか
あれシーンとしてはですね
エイリアンの親玉王が子供作ってるシーンありますよね
僕あれしか想像できなかったんですけど
あれに遭遇しちゃった時の感じとか相当良い線いってると思うんですよね
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ジェイマスザキさんはホラー映画の史上最高の傑作は物体Xらしいんですけど
あれも結局南極で出会うことの恐怖ですよね
あのモチーフに何かを得てるのか知りませんけど
エヴァンゲリオンはインパクトのある大変なことには
やっぱ南極で出会ってることになってますよね
あれは相当陰謀めいてる話だと思うんですけど
とにかく未知との遭遇はすごいんですよ
でもこれは冒険である以上はやっぱり避けようがないと思うんですよね
だから勇者の倒し方が先に分かってますって
それはだからつまりゲームの攻略ブックですよね
ここに作戦会議としてのが置かれてる感じが
作戦会議ってだから何なのって感じもするんですけど
つまり冒険しないカウンセリングというものが
冒険としてのカウンセリングという言葉を使っちゃったら
あるのかなって思うんですが
これは野の医者化しませんよね決して
だってそこに答えがあるんで
実際ライフハッカーは野の医者なのにこれを
野の医者なのにこれを言うのって僕は
なんていうのかなそういう側面もあるでしょうけれども
冒険ではないことを言ってるわけですよねそこではね
ライフハックって奇妙なんですよ
野の医者なのに冒険は避けたいっていうニュアンスがあるわけですね
そうそう今思い出したんですけどタスクシュートでも
長らくですねプロジェクトには2種類あると
クエスト型となんとか型クエストは冒険ですよね
クエスト型は先が読めないしいつ終わるのか分かんないし
ゴール設定ができないっていうことを言ってるわけですよ
これを僕は渋谷のある会議室で暗い中で
大橋哲夫さんと2人であそこで2人でいろんな話してたんだけど
2人でコンコンとクエスト型って言ってもいいのかなみたいな
今思えばクエスト型こそがタスクシュートで
一番前面に押し出せばよかったんですけど
ビビってるビビるんで冒険って言いたくないわけですよね
結局は見通しを立てて立てられるんですタスクシュートなら立てられるんです
だってシミュレーションしてますからみたいなことを言いたがるんだけど
それは嘘でシミュレーションなんかいくらしたって
見通しが立てられるはずないんですけれども
だから私はプロジェクトはすべてクエスト型だと思うんですけどね本音を言うと
クエスト型じゃないプロジェクトってそもそもおかしいだろうという
だって本が何冊売れるか分かってるんだったら
こんなに楽なことはないというか
そもそももうシャッター買いなんかなくなりますよね
本が何冊売れるか出す前から明瞭に分かるとでも言うんだったら
10万部行きたいとか言って8000部も行かないから
面白いというか面白いのか面白くないんだけどクエストなわけですよね
魔物と出会ってしまうわけですよね
出会いたいわけじゃないんですよはっきり言って
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でも出会うんですよ
誰かと誰かが出会った時に無事では済まないというか
絶対無事で済ませようっていう
ここに絶対に無事で済ませようというのに
無事では済まないようなところに入っていくみたいな話があるところに
なぜか民間セクター任せになるというか
ここが野々医者化するという
ここだろうな議論の余地がありますよね
これこそが安全にセッティングするべきところなのではって思うんだけど
安全にするということはそもそも冒険を避けるべきであるっていう
正論と言えば正論なような
何も言ってないような気もするような話があって
ケアとセラピーならばケアを
これではまるでケアに冒険はないみたいな感じになってしまうんですが
悩む権利がある
何かな権利なのかな
だから一人でいつまでも悩んでてもいいんですってことなんですね
私はそんなのはこうすればいいじゃないですかっていうのは
だいたい嘘なので
全然本当じゃないんで
それはもうあなたは悩む必要はないんですっていう
うちの父も宗教家でありつつ
しょっちゅうそれをやってます
お悩みがある方はどうぞって言って
結局はお台まこを唱えましょうってことになるわけですよ
そうなんですよ
ただそれは何だろうな
2700年前ならお釈迦様それでもいいのかもしれない
でもやっぱりそれ以上はダメなんですよね
結局そうだとしても
つまりそういうことなんですよね一つには
例えば一切は空みたいな言い方ありますけど
結局一切は空だとしても
自分じゃそこに行き着けないわけだから
行き着けない間は結局そうじゃないわけだから
一切は空じゃないから悩むんですよ
一切は空なら悩む理由何もなくなるんで
だから悩むわけですね
私は人が悩んでる時には悩む権利はあると思う
絶対100%これをすればその悩みが
完全解決するというならば
それを提唱するんでもいいんですけど
嘘になりうるならば私ならやめておきたい
っていうことでまるであたかもですね
精神分析家でもないのにっていう話あるんだけど
正規でもないのにって話もあるんだけど
だけど正規であれば
答えがわかってるって言うんならいいですけど
私はそうは思わないんで
結局は悩むってことになるので
悩む時には二通りあるというか
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本当は一通りしかない気もするが
二通りあるわけですね
二人で何かについて悩む
根本的にはそういうふうに見えますが
実際にはカウンセリングで
決してそうではないと思うんですよ
例えば私とJさんが協調で
本のタイトルどうしようかって二人で悩む
これが二人で悩む時の
至って標準的なパターンに思えますが
実はこの時二人ではないんですよ
悩んでる人が
三人以上絶対いるはずなんですよね
だって何かについて悩むということは
その何かを決める人が他にいるんで
いないんだったらば
おかしな話ですからこれ
だから二者しかそこにいないようでも
三角関係がある
三角関係があるということは
すでにカウンセリングではない
カウンセリングってのは
ドラがフロイトに
お悩み相談した時のような形式を
取るはずなんですよね
ドラがお父さんの浮気で悩んでます
って言った時に
フロイトはドラのお父さんの浮気では
一切悩んでないわけですよ
ですよね
だから私とJが
本のタイトルについて悩んでる形とは
違うんですよ
あの時フロイトも
いやお父さんの浮気本当困ったねって
本当にフロイトも
なぜかドラのお父さんの浮気について
悩んでるんだったら
それは三角関係ですけど
あそこには二者しかいないんですよ
ドラがお父さんの浮気で悩んでます
フロイトはドラの悩みについて
ドラが悩んでることについて
悩むんですよ
この形で
権力勾配って話になるんでしょうけど
それはなりますよね結局
何でもかんでも
上下関係ができるのを悪だとしていたら
さっきのJと私の
本のタイトルについての悩みしか
できなくなるんですよ
悩んでる人をどうしようかということで
悩むってことは
コンテインが始まってしまうし
親目線がそこに入ってきちゃうんだから
そこにある種の
だからこれを良しとしないみたいなのが
あったんでしょうけど
私は無理があるだろうって思うんですよ
そんなことを言い出してしまったら
結局人は悩めなくなって
少なくとも悩みを他人に
共有できなくなるじゃないですか
そこで
だから絶対的主義
みたいなことを
ボラスト化はすごい
強調したんだと思うんですよね
まだそこの本僕読んでないんだけど
僕はここのところで
やっぱり
現代の
いわゆるお悩み相談系
それこそ正規のカウンセリングを含めて
正直
ちょっと
ここが
考えが
まだまだ考えていける部分だって思うんですよ
まして
僕自身が非常に甘いところでしたけど
コーチングとか
それこそライフハックとか
自己ケアとか何でもいいんですけど
全然
ダダ漏れに近いじゃんみたいな
ダダ漏れとは言いませんけど
これは普通の意味での
プライバシーに配慮します
になっているだけであって
もっとここに
やっぱ
あると思うんですよね
39:01
外に出さないっていう
よく僕も言われるんですよね
最近サンシスカンはそうやってお話を
聞いてくださる仕事をしてるんですよね
そうなんだけど
そういうふうにすら
思われちゃいけないというレベルに
入っていくと
できることって何なのか
っていうことを
悩んでいるときは
出てくる本当のところは
出てくると思うんですよね
お話を聞いているっていうのは
どうなんですけど
これは難しいよねやっぱり
その通りなんですけどね