博多弁とひと口に言っても、若者が使うものから古くから代々引き継がれてきたものまでさまざまです。
しかし、古い博多言葉を使う人は年々減っており、いつの日にか失われてしまうのではないか、と心配にもなります。
そこで、地元文化の継承に取り組む女性グループ「博多ごりょんさん・女性の会」のメンバーに、古いけれどまだ失われていない博多弁を使って、博多の四季や歴史、しきたりや縁起担ぎなどを語っていただきたいと思います。
博多の言葉で伝統や年中行事、祭りなどを語る「ごりょんさん 博多のおと」。3回連続で筥崎宮「放生会」を紹介します。その1回目。
◆収録日:2026年8月20日
◆出演:徳安和美(博多ごりょんさん・女性の会)、中山陽子(博多ごりょんさん・女性の会)、塩田芳久(MC/報道センター文化セクション)/音声編集:中富一史(販売部)
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西日本新聞ポッドキャスト
みなさん、こんにちは。西日本新聞ポッドキャスト、ごりょんさん、博多の音の時間です。
福岡といえば博多、博多といえばごりょんさん。
松下のおかみさんたちが、古くて優しい博多の言葉で、日々の言葉、昔からの風習について語ります。
伝統のお祭りであったりとか、日々の暮らしで見つけた知恵とか、私たちの身近にある暮らしというのを広くお伝えしたいと思います。
私が司会の西日本新聞報道センター、塩田よしひさです。
今回も博多ごりょんさん、女性の会の徳安さんと中山さんにご登場いただいて、
今回はほうじょうや、箱崎宮の秋のお祭りについて語っていただこうと思います。
それでは徳安さんお願いします。
こんにちは、徳安です。こんにちは、中山陽子です。
ほうじょうや、予想ではですね、ほうじょうする、書いて書いてほうじょうえって言いますもんね。
博多ではほうじょうやって言ってから言い寄ります。
これは生き物の命をいつもいただいておるけん、この時期にそれに感謝して生き物を放しましょうやっていう、そういう回ですよね。
そういうお祭りっていうかその催しのことをほうじょうやって博多では言い寄ります。
ここにですねほうじょうやのことをわかりやすく書いた本がありまして、ちょっと読んでみましょうね。
ほうじょうや、ほうじょうやは九州で一番にぎやかな秋祭りです。
お店がたくさん並び、お化け屋敷などもあります。
昔博多の人たちは着物やごちそうを大きな箱に入れて、箱崎の松原に運んで、松の枝に膜を貼り付け、貼ってですね、その中で楽し遊びました。
この祭りは小鳥や魚、虫など生き物の命を大切にしようという祭りです。っていうふうに書いてあります。
これは西島勲先生という方がね、書かれた本なんですけども。
中山さんなんかほうじょうやで楽しく思い出ありますか。
あの木下サーカスやったね。
サーカスに行くんだ。
それとね、お化け屋敷。
そうって。
あら、恐ろしかった。
恐ろしいんですよね。
あれが燃え尽きて、どこが出口やろうかと。
早く出らんないなと思ったら、ちょうど中ほどの人がいっぱい日本車のところに出るとですよね。
あれ恐ろしかった。
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でも楽しかった。
そうですよね。
カルメラとか、お金入れて大きいところに来ればいいけど、小さいところに来るもんね、カルメラの。
ビー玉がコロコロコロって転がるあれでしょ。
それとかスマートボールやらありよったでしょ。
それはあんまり記憶がないね、私。
それからあと金魚釣りでしょ。
金魚釣りね。
うなぎ釣りもありよったでしょ。
それで何してか、瀬戸もんばんいっぱい売りようしちゃったですね。
そう、なんか。
あれなんか何言ってちゃろうか。
私が子供ごころに、私今74歳。
子供ごころに何か切なかったとは、箱崎さんの沖縄鳥居の前で小尉軍人の人が白大垣物着てね、アコーディオン弾いたりね、歌歌ったりしゅーしゅーやってもつらかった。
何してか戦争が何かわからん子供やったばって。何かつらかったですね。
改めてちょっとご紹介いただきたいと思います。
ほうじょう屋はどこでいつ行われますでしょうか。
博多の東側にですね、箱崎宮という八幡様を祀ったお土屋さんがありまして、そこで毎年9月の12日から18日まで行われます。
大方戦前から続いたお土屋ですよ。
はい、そしてですね、今日は素敵なゲストをお迎えしております。
博多のいろんな文化を受け継いで、そして紹介していこうという博多長人文化連盟というグループがございます。
そこの西島さんとおっしゃる事務局長さん、会長さんならしいですか。
理事長です。
すいません、理事長さんと、それからもう古くからの会員の下澤さんに来ていただきました。こんにちは。
こんにちは。
よろしくお願いします。お二人とも長人文化連盟の会員としては2代目に当たられるんですね。
ずいぶん古くからなんですね。ちょっと長人文化連盟のご紹介はしてもらうと良いですか。
長人文化連盟は最初はうちの父が西島勲が、とにかく昔博多でこけなことしよったろうが、もう一回復活させようやということから始まったと伝えて。
一番最初に法上や函崎郡のあればみんなでやろうかということが一番始まりですね。
下澤さんのお父さんも初回からの有名な方で。
そうですね。うちの基地が入ったもんで、そのお手伝いでですね、会員じゃなかった時代から入ってましたね。
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若かった時から入っていっちゃったんですね。
そうですね。
あんまり私変わらんですもんね、お年の。
そうですね。
若い時から知っておりますもんね。
私の時の上です。
最近、若かとに文化のことを良しとらっしゃるねって思いました。やっぱりお父さんの影響で。
お手伝いする分は子どもがすることであって、お医者たちはすぐ酒ばっかり飲みに来ちゃったです。
法上屋ではどんなふうなことを復活させていかっしゃったんですか。
私にはですね、ここはお見合いの場所でって言ったんですよ。
法上屋ですか。
うん。というのは松原があって、それに四隅に幕を張って、いろいろ芸をさなきゃなんですよ。
芸をすると、前に女の人たちがシャミセン弾いたりもしようでしたよね。
で、その人たちが見て、あの人面白かねって言ったら、うちの親たちが、
まさゆき、あの人がお前が水筒って言いようぜとか、嘘ばっかり言われてですね。
そしたら向こうから来られるんですよ。
そういったお話が始まるんですけどね。
そうなんですね。じゃあもう出会いの場という感じで。
やっぱりなかなかね、昔知り合う機会がなかったけんですね。
島澤さんはどれの思い出の話ですか。
私はもうお手伝いばっかりでですね、蚊がいっぱい出て。
もう本当は、今みたいに家の中と言いますか、生命電でするんじゃなくて、
正面から、あっちの方、山道の方、そこで蚊出ししようというわけですよね。
ですからその蚊を張ったり、御座を並べたり、そういうことばっかりして。
山の若手と一緒ですね。
もうコキ使われて、コキ使われながら覚えてという。
そうなんですね。
私、1回だけ町文連のですね、町人文化連盟の生命電ですかね。
あそこでの蚊出しに、ちょっと1回語らせてもらったことになるちゃばって。
蚊の間に何かちょっと切り込みのあってから、そこから覗けることになっとったけど。
あれはやっぱり外を覗いて、そろおっと見といて、あの人の横からおごったとかいう感じで、お見合いの下ごしらえしようとしたんですかね。
そうですね、あれは。わざとあそこに窓があって、それを覗いて、それとか、ここはどこの町内かわからんから、ここここっていうみたいな感じで。
そげいっぱいで言ったとですね、昔は。
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はい、あの大井さんがおらっしゃって、ここはあの町内やろうというような形ですね。
それこそ西島勲先生の歌の聞こえようけん、ここはあそこばいい感じでしょうね。上手やったですもんね。
芯が良かったです。
いや、ほんに楽しかったですよね、みんなね。ユーモアがあってですね。
そっか、そしたらそういうふうな幕出しっていう行事を復活されて、私新聞で見たっちゃばって、道中っていうのも復活させとんしゃですよね。
そうですよね、あそこの山道で歌ごとでした。
ああ、そしたらあのとき箱の長い置き方ばかりで、あれが長餅ですかね。
長餅です。
ああ、あの中に料理やら。
衣装とか料理とかをしてたんです。
いや、今も支援者かどうかわからばってん、私たちの若いときとか、ほうじょうやぎもん、山傘で一生懸命支えたらほうじょうやぎもんば作っちゃうって支援者だでしょ。
あれ、やっぱずっと関連しておったですかね、ほうじょうやぎもんって山傘とか。
そうですね、山傘で男たちが遊びほうけて、そしてあれだから五龍さんに着物作ってやるって、ですからプレゼントしてた。
昔はほうじょうやの時期が一番、ご福屋さんが儲かったという感じですね。
今はですね、着物を着ない文化がだんだんね、あれしてきてみんな洋服になったんでしょう。
博多社ができてちいたみんなね、また着物を着ることに慣らしちゃったばって。
だけど私の頃はほうじょうやぎもんじゃなくて、バッグだったりアクセサリーだったり、なんかちょっとよかところにお食事に連れて行ってくれたりとか。
やっぱ、よっぽどわれかのこと支援しちゃったじゃろうね、必ず支援しちゃったもんね。
やっぱり男はですね、博多の男はもう、そういうですね、女性を大事にすると。
そうですよね。
いう印象がありますから。
案外、はにかみ屋さんですもんね、博多の男性。島澤さんもそうですか。
まあ少しはですね。
ねえ、お父さんも生きなかったやったけん。いつも着物ばいきに着こなしてですね、あれやったけど。
あの幕出しのときの格好は、あれは着物、ちょっとしりっぱ処理しとんちゃったじゃないですか。
そうですね。
ちょっと格好の説明はしてもらおうというかですね。
格好というか、肩肌脱いでですね。
肩肌脱いで。
そして後ろ、ちょっと帯に挟んでですね。
昔の絵とか、小島良一先生が描かれた、博多人形師ですね。
あの人が作った人形とかの、それを真似して、こういった風をやった場合ということで。
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それを参考にさせちゃったわけですね、幕出しの人形の。
そしてあのときは、肩肌脱いで、下の長襦袢は片っぽ見せといて、着物はしりっぱ処理して、それから、あれは捨ててこうじゃなきゃいけない。
捨ててこうと。
捨ててこうになるんですけど、あの生地がちょっと、よか生地使っとんちゃうごと見えるかって。
無言者はそうでしょうかね。
いや、無言者お二人が何もおっしゃいますやら。
そうですね。
はい、じゃあちょっと、北条家の話はつきんけん、また次回来ていただくということで、一旦今日は、みんなにさよならということで、さよならのご挨拶を。
はい、どうも。
また会いましょう。
また会いましょう。
はい、よろしくお願いします。
読んで使わなさい。
はい。
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