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2025-07-26 08:57

296 『鬼滅の刃~無限城編~』を観に行きたいです。

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鬼滅の刃、観に行くぞ~!という決意表明と、鬼滅の刃との出会い、そこから得た、国語教育のあり方を語ります。

#鬼滅の刃 #煉獄杏寿郎 #竈門炭治郎の歌 #炎 #国語教育 #豊かな言葉の担い手 #駐車場の契約書なんか読ませてる場合じゃないんじゃない

サマリー

『鬼滅の刃~無限城編~』を通じて、感動や愛の力について語られています。番組では、アニメのストーリー、キャラクターの成長、そして国語教育の重要性について考察が展開されています。

鬼滅の刃とその感動
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道~黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についていると配信しています。
今日は296回、『鬼滅の刃~無限城編』を観に行きたいです。というタイトルでお届けしたいと思います。
ついさっき、うちの息子から電話がありまして、鬼滅の刃を観に行ったよと。えぐかった、つまりは素晴らしかったということなんですけれど、
とてもとてもこのアニメーションの動きが素晴らしくて、ものすごく感動した、堪能した、凄まじかったという、そういう電話がかかってきまして、そこでひとしきり盛り上がりまして、観に行きたいなというふうに私も思ったわけです。
今日は、私がなんで鬼滅の刃無限城編を観に行きたいと激しく思うようになったのか、いきさつをお話ししたいと思います。
鬼滅の刃が流行ったのは多分5年ぐらい前の夏だったかな。ちょうどコロナがあった頃だったと思うんですけれども、とても流行ってですね、
うちの家族全員で、私以外全員で観に行って、私はあんまり興味なかったんですね。アニメかということで興味なかったんですけれども、ちょうど転勤がありまして、転勤した時にぽこっと暇になったんです、春休み。
年休も余ってたし、ちょうど年度の終わりで何もすることがないという状態になったので、ちょっと日頃行ってない映画でも観に行くかと思ったら、ちょうど鬼滅の刃がまだやってまして、これはいいわと思って、何の予習もせずに入りました。
そしたら終わりは第5級でございます。ネタバレになってしまうんですけども、ちょうど私が観に行ったのは鬼滅の刃無限列車編。ここで煉獄強二郎っていう、ちょうど主人公の炭治郎のリーダー格のキャラクターがメインになっておりまして、煉獄強二郎っていう人が赤座っていうね、
敵役の人に敗れるっていうところで、煉獄強二郎がお亡くなりになるシーンだったんですね。何の予習もしていなかった私は、もう本当に登場した時から煉獄強二郎を見て、なんだこのギョロ目の元気なお兄さんはということで。
まあ本当にね、びっくりするばっかりで、なんだこのキャラなんだこのキャラって思いながら見ていたら次第次第にストーリーがどんどんどんどん動いてグイグイグイグイ引き込まれていって、最終的には煉獄強二郎のリーダーとしての覚悟、それから柱って言うんですけども柱としての決意。
そして戦いに賭ける、命を賭けた、その姿勢。それでもって、最後は敗れていくんですけれども、みんなが大号泣している中、私も大号泣しました。本当にみんな泣いてたんですよね、映画館でね。
感動して、しかもその時に流れていたホムラっていうエンディング曲があるんですけど、これを聴きながらまた大号泣して、煉獄強二郎のその強さは母の愛に支えられていたっていうところにもまた大号泣して、ほとんどバスタオルがいるかっていうぐらいの涙の量になってしまって、お化粧していたんですけども全部剥がれまして。
本当に大号泣してしまったっていうね、そういうふうな鬼滅の刃、無限列車編との出会いでした。そこで私はまたまたアマゾンプライムで立志編っていうアニメ版があるっていうことを息子たちに聞きまして、それでアマゾンプライムで立志編のアニメを見始めたんですよね。
歌と感情の結びつき
そしたら神回って言われているところがあって、かまど炭二郎さんが本当に目覚めるシーンがあるんです。
もう本当に万事急須っていうシーンでかまど炭二郎が最後の最後の最後まで諦めずに自分で窮地を脱するシーンがあるんですけれども、そこで流れていたのがかまど炭二郎の歌っていうね。
その歌が失っても失っても生きていくしかない。どんなに打ちのめされても守るものがあるっていうね、こういうフレーズがあったんですけど、これがまた私の当時のちょうどこの心理状況にぴったりとはまるような言葉で、ちょっと落ち込んでいた時だったと思うんですけど、
どんなことがあっても自分には守るものがあるんだっていうね、その言葉に激しく感動して、そこでもまた大号泣ですね。まさかこの年になってアニメ見て大号泣するとは思わなかったんだけれども、
まあその炎っていう歌と、それからかまど炭二郎の歌と、この2つの歌にその当時の私は激しく心をかきむしられ揺さぶられ、感動して大号泣したっていうそういうエピソードがあります。
これから私は鬼滅の刃っていうものに見せられまして、いろんなデータとかいろんな資料とかyoutubeの考察動画とかいろいろ見て、ますます鬼滅の刃に見せられるということになったわけですね。
そこから鬼滅の刃の映画必ず見に行って、そして今度はとうとう無限上編、これが始まるということで夏休みでもありますし見に行こうかなと思っています。
まあでも私が感動したのは、こういう歌詞を作る人っていうのはやっぱり言葉の力がある人だと思うんですよ。今回は本当に平易な言葉で誰の心も打つようなそういった内容で、この歌詞を作る人っていうこの人の言葉の力は本当に感動するし、私もこういうふうな言葉を紡いでいきたいなって思いました。
まあでもこれはこういうことをお仕事をしているトップレベルの人だからこそ作り得るものであって、平凡な市市民、市庶民にはここまでのレベルの言葉を紡ぐことはできないと思うんだけれども、少なくとも身近な人たちの支えになるような言葉、そういう言葉を作ることができる話し手とか、そういうことを紡ぎ出すことができる書き手に育てていくっていうのは、
とても大事なことなんじゃないかなと思いました。これが国語教育というものに関わっているものの使命なんじゃないかな。それには日々鍛錬して言葉にこだわって、言葉によって新しい認識を得ていくような、そういうふうな子どもたちに育てていくことを目標として地道なところからコツコツとやって、
そしてできたらその子どもたちが社会に出た時、子どもを育てる時に少なくとも少しでも人を支える、そして人を元気にさせる、そういった言葉の担い手に育てていくということが大事になっていくんじゃないかなと、鬼滅の刃を見て自分の仕事に大事なことを認識させられることになりました。
それには私が感動したように、感動する文章、感動する言葉と出会わせるということが本当に大事だなと思っています。教科書教材には感動する言葉に出会わせる、そういったこともたくさんできるんだろうと思うんだけども、私自身が感動する言葉を生徒に紹介するということはとても大事なんじゃないかなと思いました。
それとともに逆に言えば、実用文、実用文、無味乾燥な駐車場の契約書とか、ああいったものに出会わせるということが果たして、豊かな言葉の担い手を育てることになるのか、という大きな疑問もあいてくるのでありました。
ということで、鬼滅の刃から自分の国語教育の在り方を再認識するというか、新たに見直すというか、さらに自分の大きな目標を認識させられたというか、そういうふうな話でありました。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
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