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どうもお疲れ様です、いかです。この番組は、高校の国語科教養をしている私、いかが、
仕事のことや仕事以外のことを、ゆるくおしゃべりしていく番組です。
今日は月曜日、学校でした。でも授業はありませんでした。夏休みですね。
いやー、この瞬間をどれだけ一学期は待ちわびていたことか、嬉しい。
私、今年度から部署が変わりました。
過去4年間は学年で、1年目は学年好きっていうポジションで、2年目は担任、そこから1,2,3年生持ち上がって4年目、去年まで担任をしてました。
今年は教務っていうね、部類の仕事をしてますね。
時間割りのこととか、交差のこととか、授業、科目の習得とか、履修とか、出欠関連も含めて、
そういう裏方のサポートをするようなお仕事ですかね、がメインです。
で、進路の仕事もちょっと手伝ったりもします。
まあ、なぜ今年、今年度ですね、教員が足りない状態で、ちょっと人数が足りない状態で、うちの学校をやらざるを得ない状況になってしまって、
ちょっと私も通常よりも、授業が増えて、授業の種類数とかもね、ちょっと増えちゃって、
今までにない、また担任の時とは違う忙しさでしたね。
だから、授業を考えたり、評価をしたり、成績処理をするのが、だいぶ自分の中では大変だったなという記憶です。
いや、終わってよかった。何事も終わるもんですね。
で、今はね、こうして終わるもんですね、とか言って、薙の心で過ごしているんですが、
やっぱ一学期末はもうひいひい言ってまして、基本的に結構ミス多いし、
仕事ね、なかなか新しいこともあって、できないこともあって、
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ただですね、部長がね、めっちゃ仕事できる人で、教務部長をやって、今年で3年目になるんですかね、部長は。
早いし、学校のいろんな先生とコミュニケーションとって調整するのもすごくて、頼れる上司ですね。
みんな頼っちゃうんで、ちょっとね、その先生のところにね、一学期末はね、ちょっとさすがに仕事集まりすぎちゃってて、
え、こんなのまで俺がやるの?みたいなのも、ちょっと抱えちゃったりしてて。
で、そういう普段お世話になっている上司の姿を見ていると、
なんかこう、力になれることはないんだろうかと、助けたいという思いだけはめちゃくちゃあったんですけど、
さっきも言ったようにですね、もう自分のことで手一杯どころか、なんなら終わらないし、全然もうなんか夜10時半ぐらいまで学校に行って、まだ終わんないしみたいな。
で、ミスもするし、逆に仕事増やすし、でも部長愛用みたいなのもやっとくよ。仕事を巻き取ってくれる、くれてしまうと。
もうそこでね、悔しくて、悔しくてね、もっとなんとかならないんだろうかと、自分の無力さに打ちひしがれていたんですけども。
そんな時にですね、これ何できっかけか忘れちゃったんですけど、なんかウェブ記事を読みましたね。
偶然出会ったんですよね。
えっと、イミダスの2021年の記事なんですけど、鬼滅の刃を読むっていうね、記事です。
今さら鬼滅の刃、はい。えっとね、杉田俊介さんかな、っていう方が書いているウェブ記事で、鬼滅の刃どうですかね。
もうさすがに古すぎる。でもアニメは今、また新編やってますけどね。
私漫画は一応全部読み通してて、アニメもちょっと見て、映画もちょっと見てっていう感じだったんですけど、状況がね、端的に言うと、
見すぎてた。私は炭治郎なのかと思っちゃった。そのウェブ記事を読んで改めて。
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このシーン知ってますかね。煉獄さんが赤座っていう敵の鬼と戦うシーンですね。
煉獄さんっていうのは、炭治郎の所属する組織、鬼殺隊の一員で、めっちゃ強い人とされてた。
炭治郎の上司的なポジションですかね。煉獄さんと赤座が戦うんですけど、炭治郎はそれをただ見ていることしかできない。煉獄さんを助けることはできない。
で、炭治郎ね、ボロンボロ泣きながら言うんですよね。悔しいなぁ。何か一つできるようになっても、またすぐ目の前に分厚い壁があるんだと。
気持ちわかりすぎると思っちゃいましたよね。それは結構映画とかでも、無限列車編かな、やってたシーンなので有名かなと思うんですけど。
さっき紹介したウェブ記事、後で概要欄に載せておくんですけど、そのあたりのシーンのことね、どう語ってたか。ざっくり言うと、そうですね。
鬼たちの価値観っていうのは、弱肉強食、あるいは能力主義的なもので、それを大事にしてて、もう強いものが全てだ。強さ全て。弱いものは淘汰されていく。だから強くあらねばならないみたいな、そんな価値観ですよね。
炭二郎たちとか、あと鬼殺隊たちはそれを否定してますね。炭二郎、炭二郎じゃないな。まず煉獄さんね。煉獄さんお母さんから小さい時に、弱き人を助けることは強く生まれた者の責務ですっていうような教えを受けるんですよね。
で、それを踏まえて、炭二郎もそれを教えられるというか、言われてですね。炭二郎は、それが自然の節理だというふうに言うわけですね。
で、炭二郎たちは自然の節理、強いものは弱いものを助けて守るっていう節理に従って一生懸命生きるということを大切にしていくわけです。その価値観を受け継いでいく。
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で、このウェブの記事の杉田さんは、それをケア論的な正義っていうふうに位置づけている、整理しているわけですね。
この記事を読んで、何も自分の弱さを積極的に肯定できるわけではないですよね。やっぱり悔しいです。無力さに打ちひしがれるっていうのは、やっぱり変えられない。
けれども、未来を見ることができるなぁと思いましたね。やっぱり強くなりたい。
で、もし自分が将来相対的に誰かより強くなった時に、弱いものを助けたい、助けなければならない。そのために今悔しい思いをしている時期は修行だと思いましたね。
この少年漫画って鬼滅の刃に限らず、お仕事漫画じゃないですか。
私そんなにたくさん漫画を読んできたわけじゃないけど、すごく共感する部分が多いし、仕事に重ねられるし、私は炭治郎だって思うし、
しかもまた前を見ることができる。もっと強くなろう。頑張ろう。明日を前向きに生きられる。自分の弱さを無視するわけじゃないんですけどね。
それを受け入れて、かつ進んでいける。そういう勇気をもらえる。やっぱ漫画ってすげえなって思っちゃいましたね。
ということで、ちょっと今日は長くなってしまったんですけど、まとめとしては、私は炭治郎だ。少年漫画はお仕事漫画だ。高校生も大人もみんな少年漫画を読みなさい。これが結論ですね。
ということで、修行期間ということで、夏休みもさぼらず修行をしていきたいと思います。では今日はこの辺で終わりにしたいと思います。ありがとうございました。