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みなさん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は410回、高レベル実践だけが正解じゃない、目の前の生徒に寄り添う教育のリアルというタイトルでお届けしたいと思います。
先日、とあるオンライン研修会に参加しました。これは中学校・高等学校の国語科の実践発表、それに基づく教義という内容のオンライン研修会です。
その中で、長年、新学校や国公立大附属校に勤務された素晴らしい授業を行った先生の実践を伺う機会を得ることができました。
その先生は、生徒が授業の内容により高度な意義や先生ご自身の教育理念についての問い直しをする中で、
先生ご自身の国語教育の在り方というものを根底から見つめ直して、
生徒に国語を通じて、特に古典を通じて生き方を教える授業というものが、まさに生徒が求めていた授業であり、
授業の本質なんだということでご自身の授業の大改造を行ったという、そういった発表をされました。
その中で、古典の学習について次のように述べられていました。
古文を一読して、そうすると概要をそれなりにつかむので、学習の手引きに問いを立てて、
その課題意識をもとに生徒の主体性を喚起して本文を読んでいく。
文法を丁寧にやっていると時間がないので、そういったポイントを抑えながら読解を深めて読み進めるというふうにおっしゃっていました。
そういった実践の提案を聞いて、私自身、そうじゃない生徒実態だとアプローチ全然違うなと思いながら聞いていました。
私の経験だと、特に学習意欲があまりない生徒だと、古文を一読する前に、この古文の世界について漫画を用いて説明してその世界に引きずり込んだり、
いろんな謎々やクイズを使って面白おかしい導入にしたり、
それから低学力の生徒については一読して概要をつかむということはそもそも無理なので、
丁寧に丁寧にはしごをかけながら、前から読み進めていく。
それこそ、忘注資料入りのワークシートに工夫を凝らしながら、それを使って読み進める。
そのワークシートも苦労して作りながら、それこそ自分で漫画を書いてまでサポートしてきました。
中健康の生徒については、これもまた一読して概要をつかむということはほぼ無理だったので、
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丁寧に丁寧に品詞分解しながらつまづきを拾いながら、本当にわかりやすい文法の解釈の仕方を勘で含めるように教える中で、
次第次第に古文を解釈するスキルを身につけて、
例えば助動詞の持つ意味とその現代語訳とが結びついた後で、一層その解釈が深まっていって読解が深まっていくという、
そういうやり方、例えて言うならば、利入色を作るようにとか、勘で含めるようにとか、
そういった段階を経て丁寧に丁寧に一つ一つ積み重ねながら古文を解釈していって、
その果てに一つ大きな考察ができていくというような、そういった授業だったので、
この先生が発表されている内容は、そこをかなり一足飛びに飛ばしてから考察に入るという、そういった流れだったので、
生徒実態が違うとこんなにもほぼ180度違うんだなということはわかりました。
私はこの配信で何度でも申し上げているように、定時制から国公立大附属まで、
特に職業校も行きましたし、総合学科も行きましたし、本当にいろんな学校を経験してきているので、
やっぱり限られた生徒実態からの実践を絶対視するという、そういう実践発表にどうしても反発を覚えてしまう癖になっちゃって、
そういったいやらしいタイプの実践家になってしまったなというふうに言いながら思うわけだけれども、
そうなると本当に広いところから見たら、これはここが穴なんだなというところが見えてしまって、やっぱりいやらしいですね私ね。
そういった感想を持ちました。
そこで私はその研修会で、生徒実態が違えば180度アプローチも違ってくるんですよというようなことも言ったし、
それから傍注資料、ワークシートの作り方も、支援が必要な生徒にとってはその傍注資料ということ自体、
その書き込みの多さ故、負荷がかかりすぎて、やっぱりなかなか学習についてのサポートがしにくくなるから、
支援が必要な生徒は支援が必要な生徒に対する手立てを考えながら、
それこそインクルーシブな傍注資料のあり方を目指さなくてはならないというようなことを偉そうに言ったわけですけれども、
これは間違っていたのかどうか、今でも多少心が痛みます。
なので、教育実習で国公立大附属にしか行かなかったとか、それから自分自身の母校、つまり新学校で教育実習して、
そこで指導教官の先生にわりかし絶対的な自信で持ってその教育方法を教えられたといった場合には、
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多様な現場で勝手が違うんで苦労すると思います。
事実、私がそうでした。私がそうでした。
今はもうそういう方式からは解放されて、自由自在生徒実態適合方式というのをやっておりますので、
だいぶ楽になったわけだけれども、ここから話は変わりまして、現在の勤務校での話になります。
先日、中学校3年生で、もう本当に私立なので、古典の先取り学習をやっているんだけれども、漢文の授業に入りました。
中学校1年生、中学校2年生は、やっぱり元気のいいわんぱく坊主だって、
本当にね、わちゃわちゃしておとなしくなかった、元気いっぱいだったんだけれども、
本当にお兄さんになってきて、ちゃんと勉強に集中するようになっちゃったんですよね。
何の工夫もしてなくて私、ちょっと最近入試で忙しかったり、到達度判定テストという大きなテストもありまして、
授業準備がそこまで手が回らなかったので、何の導入の工夫もしていなかったわけなんだけれども、
すぐに本文に集中してくれまして、すごい勢いで勉強に入っていきました。
これは全員が全員じゃないので誤解なく、おおむねよく集中しておりました。
こんなことが続いたら、授業者は楽だから、特に工夫しようと思わず、
何にも手立てしないですぐに本文に入るというのが当たり前になるという、
そういう落とし穴があるんじゃないかなということに気づきました。
私はそれまで厳しい授業実態だったときには、いつも授業が始まる前に緊張しちゃって、
いろんな工夫をして、いろいろこの手で持って生徒の意欲を引き出そうともがいていて、
悪戦苦闘をしまくってましたんでね。
それでも叶わなかったあの若かりし日々。
今はベテランだから年齢と貫禄でもって生徒は静まったりすることもあるあるなんですけれども、
若い頃って努力しても努力しても叶わなかったと。
もう泳いでも泳いでも進まないという、そういったもがくもがくもがくみたいな積み重ねがありましたけれども、
そういった積み上げっていうのが、もしかしたら相当後々に効いてくるんじゃないかなというふうに思うようになりました。
きっと生徒の意欲を引き出そうとして無駄に消耗しまくった時間の積み重ねが、
多分とても貴重で、あれが力になって後々いろんなところに影響してくるんじゃないかなと。
それが厚みとか深みとかになっていってほしいなと思うんだけども、
体だけはしっかり厚みが増してしまいましたね。
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ということで、どうしても高いレベルの授業実践例を見ていると、すぐに初任で担当した生徒たちを思い浮かべてしまって、
あの生徒たちに落とし込むには、これはこのままじゃダメだな、どうしたらいいだろうかというふうに考える癖になっています。
果たして高いレベルの授業実践例だけが評価されていいのか、モデルにされていいのか。
そんな高次元のことをやっているわけじゃないんだけども、目の前の生徒にフィットさせていく努力っていうのは、どこの現場でも同じだと思います。
高いレベルの実践報告が評価されがちな風潮の中、学会報告でもハイレベルな中、普通のもしくは厳しい生徒実態の中、仲間と共にそういった状況を語り合いたいと思って、
ハードルの低い、しんどい生徒視点を忘れないオンライン交流会っていうのを自分は求めて、自分自身で開いたんだなっていうふうに、今振り返ってみて気づいています。
えーと、学会の発表でも、もっとしんどい生徒実態の実践発表が増えればいいなって思います。
私は今まで結構発表してきましたけどね。
大学の先生もそういった学校での実践量を大学の授業で扱ってほしいと思います。
そのためだったらぜひ、大学の授業でゲスト講師します。
大学の先生聞いてらっしゃいますか?オファー待ってまーす。
ということで、高レベル実践だけが正解じゃない、目の前の生徒に寄り添う教育のリアルと題して配信をお届けしました。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。