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2026-01-17 14:28

395_大村はま先生の授業を学んでから、授業をデザインしてみることをお勧めします。

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いらぬおせっかいとは思いますが、やはり国語科の教員であるならば、一度は大村はま先生の授業を学んでから授業を考えてみてはいかがでしょうか。

それには理由があります。先日、ロイロノートのイベントに登壇するときに、これからの国語教育を考えると、そういうふうなことを発表するのに、これまでの国語教育についてちゃんと考えておかないといけないなと思って、国語教育史というものをざっくりと見直してみたわけなんです。

そうすると、やはり大村はま先生の実践は非常に大きなポイントになっているということが分かりました。今日はその大村はま先生の実践をお伝えします。おすすめ理由についてしっかりと配信したいと思います。

#大村はま #国語教育 #授業デザイン 

サマリー

このエピソードでは、大村はま先生の授業に基づく教育デザインの重要性について述べています。講師は、生成AIやICTを活用する前に、しっかりとした授業デザインが必要であると強調し、過去の国語教育に目を向ける意義について説明しています。また、大村はま先生の教育哲学について深く考察し、彼の授業が伴ってきた挑戦や成長を通じて、国語教育の進化を改めて見つめ直す必要性が語られています。特に、新しい教育手法が大村はま先生の理念とどのように結びついているのかが解説されています。

オープニングと収録方法
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は395回、大村はま先生の授業を学んでから、授業をデザインしてみることをお勧めします。というタイトルでお届けしたいと思います。
えーとね、私、ぶっちゃけて言うと、実は適当に録音しています。
オーダーシティっていう、そういうアプリで録音してるんです。
でもその前は、このリッスンのウェブから録音してもらえる機能があるんですけど、リッスンのサイトから録音して、リッスンで適当に音を調整してもらって、それで配信してたんですけど、
いつだったかな、300回超えたあたりかな?いや違う違う、200回超えたあたりでマイクを買い替えまして。
で、このマイクでやり始めてからオーダーシティを導入しようかなと思いつつ、オーダーシティ導入して、オーダーシティ使い方わかんねーやってことで適当に使い、
それでなんか音質が安定しねーなーとかって思いながら、まあいいや忙しいし適当適当って言いながら使い、
そうしたら笠原先生がポッドキャストの配信の音量について説明してくださっているノート記事かなんかがあったんで、それ読んだら私全然何も考えてねーわと思いながら、
それでも何もせずに、そしてある日突然なんか音が和やんなったからこれはやべーなと思って音を調整し始めたらドツボに入り、
よくわかんないから全部スクショしてジェミニに聞いたらすっごい丁寧に教えてくれるっていう風なことがわかり、
それでオーダーシティを調整しながら録音していて、私今まですっごい適当に録音していたということがわかりました。
まあ私はねあんまりなんていうんですか細かいこと気にしないタイプなわけで、興味がないことはほとんどとことん雑です。
興味のあること、例えばメイクとかそういったことは頑張るんだけど、興味がないともうデータとか数字とかとんでもなく飛んでしまうんですけれど、
まあさすがにこれだけ音質が安定しなかったら皆さんにも聞いてもらっているので音を何とか管理しないといけないなと思って、
数字とかそれからシステムとかボタン効果を押しちゃいけないとかなんかいろいろジェミニに聞いたらオーダーシティの設定で教えてくれるんで、
マイクの設定も教えてくれたんで一応基本セットっていうのをメモしてそれで録音しております。
ということでもうちょっとこうしたらいいよっていうのがあったらまた教えていただくか、私自身が気づいてジェミニに聞くなどして調整していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
大村はま先生の授業について
ということでオープニングのお話は以上にいたしまして、今日は本題ですね。
本題は大村浜先生の授業、これを学んでから授業をデザインしてみたらどうですかっていう結論なんですけど、
そもそも発端は、例のロイロノートの1月10日の国語の先生のイベントで登壇したときに、生成AI活用っていうことがテーマだったんですけど、
生成AI活用する前に授業のデザインがちゃんとしてないとダメですよ、それ上に乗せても何もなりませんよっていうところから私は提案しました。
生成AI活用やICTが入ってきているので、やっぱり授業のデザインもいろんなアシスト、パートナーを得てどんどん進化していけるわけですけど、
でも根本はこれなんですよっていうことで、この配信でもしょっちゅう言っている目標の二重構造過労、大村浜先生の実践をもとに私の師匠であるセラヒロアキ先生が提唱された目標の二重構造という、
それについてはこの配信でもしょっちゅう言ってきていると思うんだけれども、先日のイベントでもその話をしまして、生徒は自分の解決したい課題、本当にやる気が出るもの、
意欲的に取り組める課題を解決するっていう目当て、あるいは目標、あるいは課題に向かって一生懸命熱中して主体的に取り組む。それが縦糸ね。
その中で我々教員が知識、理解、思考力、判断力、表現力、学びに向かう姿勢というものを育てたいと思っているわけですけど、それを横糸のように通しつつ、生徒とクロスする先で、
その業種側の狙いを達成するようにアシストしていく。その過程で例えばですね、自己調整力とか、それから自分自身が獲得していくスキルについて自覚的に取り組ませるっていうのが理想なんだっていうのはお話をしてきたわけですけども、
この配信の概要欄にそのインフォグラフィック貼っておきますけど、そんな話をしつつ、私はこんなことを話しする前に、つまり未来の国語教育、これからの国語教育を語る前に、過去の国語教育を知らないといけないなっていうふうにふと思い当たったんです。
私は国語教育学出身なんで、大学の授業で国語教育概論っていう授業で国語教育士もやったんで、いろんな理論家とか実践者の名前をその時に一生懸命覚えて、一生懸命講義聞いて理解したんだけど、それは何十年も経ってるんで忘れてるから、
改めて便利なディープリサーチというものがあるので、ディープリサーチにしっかり3回ぐらいかな、3日間連続で国語教育士のレポートをまとめてもらって、それを読むということをやってきました。
まるっと投げるんじゃなくて、私が聞きたいことをかなり焦点化してディープリサーチに調査をお願いしたんで、私が聞きたいことをしっかり出してくれたんで、本当に勉強になったんだけども、国語教育界っていうのは結局コンピテンシーとそれからコンテンツとその間で歴史を繰り返しながら動いていて、
コンテンツ重視ってなったら今度はコンピテンシーの方に注力し、そうすると今度はコンテンツがないってことでまたコンテンツによりっていう風に、能力主義と言われるものと内容主義と言われるものとが常に振り子のように問い直しがされているっていう、まさに再規制状態だっていうそういう歴史があって、
いろんな考えの理論家の先生がいらっしゃって、その都度アウフ平面しながらやってきたような、そういったものが伺われるんですけれども、AIがまとめてもらったディープリサーチの中に特筆すべきことがありまして、
そのアウフ平面、アウフ平面でもないかもしれないな、両者の二項対立の中で揺れ動きながらやってきたこの国語教育会なんだけど、その両者をクロスさせた人がいるっていうことで、それが大村浜の実践だったと、こういう風な位置づけがされていました。
これについては語り出すとすごい時間がかかるんで、いわゆる国語教育士の中で大村浜というのは内容主義と、それから能力主義のクロスしたところでの実践をやった、まさに神がかった授業をした人なんだなっていうことがさらに認識できたわけですよ。
過去の国語教育の重要性
そういう風なことを勉強してきての今の私の思いをですね、振り返ってみるに大村浜先生の授業を大学で大月和夫先生という方から学んで、すごい人がいたんだなっていうのはわかった。
でもその時は大学生でもイキってますから、大村浜先生大村浜先生ってみんなギャギャ言ってるけど、あれ昔の人じゃん。私は過去の人の真似をするんじゃなくて、未来の新しい国語教育というものを開拓していくんだ。可能性開いていくんだ。新しいことにチャレンジするんだって、大学生の頃イキってたと思うんですよ。
先生になって年月が経っていくにつれて、授業というものは自分が思い描いていたようなことは簡単にできるわけではなくて、ものすごい修練が必要なものであり、授業展開力というものはすぐに身につくものではない。本当に未熟な自分を知った。
それプラス私はものすごく厳しい生徒実態で長年やってきたんですけど、結局何をやっても通じない状態がずっと続くわけですよ。
本当、あんたやってみんさいっていうような、そういうふうな何をやっても通じない無力感感じながら授業をずっとやってきたわけですけども、後になって分かったんだけど、この状態が非常に厳しい状態が私の土台を作ってくれたと思うんだけども、そういうふうなしんどい思いをする中で次第に分かる大村浜先生の偉大さですよ。
そしてさらに大村浜先生の実践を理論的に分析されているセラヒロアキ先生に支持してから、まさに神の領域とでもいうべき凄さを感じるようになりました。
おかげで授業を見る目が養われた、解像度が上がったって思うんだけれども、そのおかげで私はあの若かりし頃の生きっていた私は未熟者であったと、反省せざるを得ません。
だけどもね、大村浜先生を神だとか巨人だとかそう言っているばかりではなくて、決して妄信していたわけではないんですよ。
やっぱり大村浜先生の実践というのは素晴らしいけれども、もっと素晴らしいものを長い時間をかけて国語教育が進化してきたんじゃないかという思いで、課題発見解決学習とかPBLとか探求型授業とか個別最適だとか自己調整学習とかそういったことも勉強してきて、
大村浜先生の授業だけではない相対化ということも意識してやってきたわけなんですね。
でもそうやって新しいって言われるそういう手法を学べば学ぶほど、え、これってもう大村浜先生がやってきたことじゃない。新しくとも何ともないっていうふうなそういう思いに何回も何回も出会ってきたんですよ。
大村浜先生はそうやったネーミングで派手に、例えば探求とか自己調整とかそういったことは一つもおっしゃらないわけですけども、さりげなくそこに入っているというそういうふうな思いが何回もしました。
で、今回新たに国語教育士っていうのをざっと眺め直してみて、まさに大村浜先生がいつも問い直しされていた能力主義と内容主義の二項対立を結びつける位置にいたということがわかりまして、やっぱり素晴らしい偉大な100年に一度の逸材だっていうふうに、
セラー博明先生おっしゃるんだけども本当に偉大な人だったんだなっていうのはこの年になっても思いますね。
教育の進化と生徒中心
ただ大村浜先生は働き方改革にも逆行する勢いで、もう全身全霊、生活の時間すべてを国語の授業に注いでおられたので、私たちのような一般人に真似ができる領域ではないわけですけども、残してくださったものはとても大きいなというふうに思います。
時代はどんどん流れていって、いよいよ次の海底ではOECDのラーニングコンパス2030に影響を受けた考え方がどんどん入ってくるので、また学習指導要領がバージョンアップしていきます。
だけども自分が今行っている授業を相対化してバージョンアップしなくちゃならないというそういうふうな気持ちは持ちつつも、本当に何が大事なのかっていうことはいつも見失わないようにしていきたいというふうに思い、
本当に国語科の本丸というか一番大事な根幹というのはやっぱり生徒が真ん中にいることじゃないかなというふうに思うので、そこらへんは大事に持っていきたいな、持っていきたいなというふうに思います。
それではちょっと長くなっちゃいましたけど、それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
14:28

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