ありがとうございます。まさに3人も子供が、しかも5歳、3歳、1歳ってかなりまだまだ一番上の子も5歳だとまだ小学校に行ってないし、そこで企業準備っていうのはかなり憧れというか、私もそこまでリフテイキングしたいなと思うけどできるかなっていうところなので素晴らしいなと聞いてて思いました。
ありがとうございます。
しかもこの5年の間にそのコーチの勉強した、あいこが勉強したコーチの学校、私も一部行ってたんですけど、あれを乳幼児を抱えて完了するっていうのがどれだけかは大変かっていうのは私も知っているので、なんか企業とかそのキャリアの部分もそうなんですけど、勉強の部分、いやすごいって思いました。
ありがとうございます。
なので、たくさんね聞きたいことがあるので聞きましょうかね。
はい。
はい。
じゃあいきなり質問コーナー。
お願いします。
まずさっき自己紹介の中でいくつかトランジションのことについて触れていただいたんですけど、子どもそれぞれが生まれたとき前後の働き方はどんな感じだったか教えていただけますか。
はい、えっとですね、1人目2人目3人目と全く違うんですね。
おお。
えっと、まず1人目が生まれる前っていうのはもうITのベンチャー企業で、しかもシリコンバレーの会社なので、いわゆるアメリカのITベンチャーを想像していただくといいかなと思いますが、
もうフィックスされたスケジュールがなくて、朝5時の会議がグローバルミーティングがあったりとか、しかもそれが週に何回かあるみたいなこともあったりとか、夜中も働いたりとか、なんかそれが当たり前の生活で、結婚する前とか、そうですね、子ども生まれる前、妊娠してる間とかもですかね、もう当たり前に仕事してるっていう感じだったんですよね。
そう、だから週末とかも全く、何だろう、仕事とプライベートが切り離すこともなく常に動いてるという感じだったんですが、1人目に妊娠して、そうですね、何か変わったかな、実は何か1人目の時はもう当たり前に仕事復帰したっていうのはあります。
何ヶ月で復帰されたんですか。
えっと、正式には11月末に産んで、4月の保育園、入園を予定したんですね。
で、なのでそれまでは子どもが家にいるっていうような状態だったんですけれども、その前にもうすでに仕事は少しずつ始めてたという感じで、で、なんか正式にっていうのが、正式には4月ですよね。
なので、それで4ヶ月後ではあったんですが、あのアンオフィシャルには2ヶ月とか、もうちょこちょこ仕事し始めた。
ちょこちょこ、ちょこちょこって感じですね。
ちょこちょこ、もうメールチェックしてね。
日本の首長開拓みたいな立場で責任があったと、チームとかいたんですか、それとも相子が止まればプロジェクト止まるみたいなぐらいのベンチャー?
そうですね、もうかなり大きなチームはいて、もうみんなすごく日々のそのデイリーは回してくれてたんですけれども、私しかできないことっていうのがいくつかあって、
例えばその会社のスポークスパーソンであったっていうのもあるので、例えばメディアの取材とかがあった場合っていうのは、どうしても私が出ないといけないっていうのもあったり、
そういうことですよね、なんか自分しかできないことっていうのが、自分の立場上なかなかそこだけ埋めるっていうことが組織的にもできなかったっていうのもあるので、
なんとなくというか仕方なく戻ったっていう。
戻るしかないって感じですかね。
そう、なんか当たり前に戻ったという感じですかね。
なんかすごく苦ではなく、いやこれは当たり前に戻るよね、仕事するよねっていうような気がするのはあります。
それで一人目が気がついたらあっという間に成長していて、それで気がついたら二人目妊娠しててというような状況で、
しかもちょうどコロナ中に二人目妊娠したんですよね。
二人目の妊娠と同時に、保育園が休園になったりとか、いろいろある時期であったので、
うちの両親と結構長い間一緒に生活するというような時間があって、子どもも当たり前に家にいるっていうような生活をしていく中で、
なんか、なんですかね、パッと子どもってすっごいあっという間に成長しちゃうんだっていう気づきがあって、
あれ、なんかちょっと違和感あるなっていうのをその頃からちょっと感じ始めたっていうのが、
1歳半とかそのくらいですかね。
それでそうですね、二人目妊娠して、
ちょうど二人目妊娠してる時に、同僚たちからもっと休んだ方がいいよっていう風に言ってもらって、
多分その時ってちょうどもう全世界でいろんな人が生き方っていうことを見つめ直す時期だったと思うんですよね。
なんかそのコロナになって、自分の時間の使い方ってこれでいいんだっけみたいなことをすごい考え始める時期でもあったんで、
なんかそういうきっかけもあったのかなと思うんですけど、
自分としても確かに子どもとの時間をしっかりと持つってすごく大事なことだし、
あと上の子も多分下の子が生まれて、ちょっとちゃんとケアしてあげないといけないんだろうなと思って、
少し長めにお休みをいただこうと思って、
それも会社側ともプランニングを、バックアップ体制を1回目よりもしっかりと作って、
それで休みに入るということをして、その時は7ヶ月とかですかね、お休み。
ずいぶん変わりますね。
そうなんですよ。
結構は言えね、二人だもんね。コロナ禍だし。
そのくらいお休みさせてもらったのかな。
でも気がついたら二人目のほうが、
二人目が成長していく記憶があんまりないっていうのがあって。
それは真ん中の子が生まれた時にすごく忙しかったからとか、そういう理由ですか。
そうなんですよね、なんですかね。
上の子がちょうどいろいろとこの先、
ちょうど自分たちも引っ越したっていうのもあって、
保育園変えないといけないとか、この先進路どうするんだっけとか、
そういったことを考えるようになったので、
いろんなことが一気に降りかかってきたっていうのもあるのかもしれないんですけど、
あとはキャリアのこととかも、7ヶ月お休みを取って、
その後ちょっといろいろと社内の体制とかも変わったりもしたので、
仕事も忙しかったっていうのもあったのかもしれないですよね。
なので、あんまり二人目の一切未満の記憶がないというような状況ではあったんですが、
あって、たぶんそれもきっかけで、
いやなんかこれもちょっとおかしいなって、
もうちょっと長い間お休みを取ったのに、
なんでこの子どもとの記憶があんまりないんだろうっていうのもすごく違和感があって、
それでいろいろとさらに考えるようになって、
たぶん二人目の時は特に仕事にもちょっと気持ちが引っ張られてる部分があったのかもしれないですね、自分の中で。
お休み長く取ってるけれども、どこかでお休みを長く取るからこそちょっと心配っていうのもあって、
チームのメンバーからもちょこちょことご連絡いただいたりもしていたりもしたので、
自分は正式には休んでいるけれども、やっぱりどっか罪悪感というか後ろめたさっていうのが、
休んでる自分に対してそういう気持ちがあったんだと思うんですよね。
たぶん性格的に完全にオフにするということができないタイプだっていうのが後々わかってくるんですけれども、
それがコーチング的な感じで、それが自分のいわゆるサボタージュ的な感じもあるのかもしれないですが、
どうしてもプロフェッショナルとして自分の中でこうするべきっていう気持ちがあったんでしょうね。
それで母としてももっと家族と一緒に時間を過ごしているんだけれども、
でもちょっと中途半端になってしまっているという気持ちも多分どっかであって、両方がちょっと中途半端になってしまっているっていう。
それがそうですね、2人目の出産、で、産後。
なので3人目も授かって、そのタイミングでこの1回目、2回目なんか両方ともうまくいってないなっていう気持ちがあって、
これは自分でも完全にリセットしないといけないっていう気持ちになって、
あとそのタイミングでようやくリセットする勇気が芽生えたっていうのもあるのかもしれないですね。
これはどうにかしないといけないというので。
それで3人目の妊娠のタイミングで、創業者と相談して、
自分はこのフルタイムのロールにはちょっと戻ってくることは難しいという相談をして、そこからサクセッションプランニングして、
自分としてはフルタイムは戻らないと。
幸いなことにその会社がアドバイザーとして残ってほしいって言ってくれたので、産後アドバイザーとしては残るんですけれども、
完全に社員っていう形ではなく、第三者ですよね。
契約っていうような形で戻るということができたと。
それで子どもが、3人目が生まれて少し落ち着いてから会社を作って、
国立して、他のスタートアップのお手伝いもさせてもらったりだとか、あとコーチングもやったりとか、
いろいろ自分でフレキシブルに動けるようになったっていうのがあります。
これは全て過去5年の間に体験している。
だいぶ長くなっちゃいましたけど。
まとまりきれてない感じで申し訳ないです。
いやいやいや、突っ込まれながら聞いてました。
いっぱいいろんなことが起きたね。
そうですね。
改めて、この話をするのは初めてだなと思いながら、
なのでうまくまとまりきれてないというのはそういうのもあるんですけど。
いやいや、よくわかるでしょ。まとまってましたね。
10年近く同じ会社で、リーダーとしてずっとトップに立たれて、
3人目の子供が妊娠したときにサクセッションプランニングを開始されたということで、
そこでこれでいいのか、タイミング的にそこで決められたのはな。
そこはもう今回この3人目は自分のやりたい方法でやるぞっていう、
そういうディターミネーションがあったのか。
私だったら10年間ずっとやってきたときに、
そういうディシジョンってすごく難しかったんだろうなと思うんですけど、
何がファイナルスドロー?
結構無意識に何年か悩んでたんだろうなと思うんですよ。
それがなんか気持ちとしてもやもやしてるな、なんだろうな、
これなんかすごくなんか自分の中で違和感があったっていうのがあって、
本当にちょうどそのコーチングの学びをしてたので、
それで自分もコーチング受けるっていう機会が多くあって、
そのプロセスですごく自分の中でいろんなことが言語化できたっていうのもあったのかもしれないですね。
そこでこのままでは行けないっていう気づきがどっかのタイミングであって、
しかもなんかそれが自分だけにとってではなくて、
周りの人たちにとってもこのままでは行けないんだっていう気持ちがあったんですよね。
特に自分が採用してきたチーム一人一人にとっても、
私がこういうなんかちょっと自分の中では中途半端っていうような状態で残ることが、
ちょっと無責任に思ってしまったっていうのもありますし、
なんか会社にとっても結構私がお休み取るとちょっといろいろゴタゴタっていうこともあったりとかして、
で戻ってそれをまたクリーンアップしてみたいなこともあったりもしたので、
なんかその繰り返しをまた自分のプライベートな状況のためにチームをそういう経験させるということも、
そういうことなんかちょっとアンフェアだなと思ってしまったっていうのがあって、
私が勝手にそれディシジョンしてしまったっていうのもあるのかもしれないですけど、
やっぱりいろんな人にとってこのディシジョンがベストなんじゃないかなっていうような結論になったっていうのは、
本当に悩んだ結果っていうのがあると思います。
だから結構ね、なんかそのもうその創業者に伝えた時には、
もう自分の中ではもうけじめがついてたっていうのはあって、
もちろん涙しましたけど実は。
いやそうですよね。
10年間もここでコミットしてきてたら絶対そうなるだろうなぁ。
インタビューとか受けて、社会的には顔となってその活動をしていた立場を下りるって、
ママじゃなくても結構ね、涙が伴いそうなところですけれども。
結構なんか子供のように自分の中で育ててきた事業だったので、
ファーストベイビーみたいな。
ファーストベイビーみたいな本当に、なので、
なんかそれは子供をちょっと送り出すみたいな気持ちはあって、
ちょっと複雑な気持ちはありました。
それだけでもなんかすごい深い企業家の話になりそうだけれども、
そのなんかモヤモヤちょっとしていたのとかって多分ね、
お家のパートナーさんとか、もしかしたら他の仲良いお友達とかに伝わっていたかもしれないけど、
その時、周囲の人との関わり方みたいので受けたインパクトとかあったんですか?
愛子以外の人の存在はどういうふうに関わってた?
そうですね、パートナーとはできるだけ話すことは心がけてたんですけど、
ディシジョンするまでは結構相談はしましたね。
あとはどうだろうな、結構でも自分の、最終的には自分で決めないといけないことなので、
いろんな人にはこういう状況なんだということを話すことはあったと思うんですけど、
自分の中で多分内省化するっていうのが一番大きかったかもしれないですね。
なるほど、子育てしてなくても大きな労力が必要ないし、決定をしている最中のその3人、
周さんとかも含めるともっとすごいいろんなことが起きてた。
その家のことのマネジメントはどうしてたんですか?
物理的にはやることいっぱいあるじゃないですか、3人もいると。
そのモヤモヤが始まってからずっと家のことはぐるぐるぐるぐる回っていたと思うんだけど、
その時はどうしてた?
家の中はもう周りの人にサポートしていただいて、ここまで来たっていう感じです。
幸いなこと親が、両親が近くにいるので、親にもサポートしてもらったり、
夫のおばとかも。
みんな、もうみんな。
あとはヘルパーさんに家事をお願いするとか、
しかもヘルパーさんも何人もトライして、家族に会う方が長く来てもらってるっていうのもありますけど、
未だにそこはうまくマネージできてないなって思うことはあります。
というのがやっぱり家族が増えて、子どもたちも育っていくとニーズが変わってくるので、
そこはもう常に見直してるというのは並行してやってる感じですね。
結構そのいろんな人のヘルプを求めるっていうのは、
自然にやるしかないからやるみたいな感じだったんですか?
オフにするのが多分性格的に苦手で、
なので完全に何にも考えないで、
スマホも持ってないっていうような状態を作りたいですね。
わかる。
そんなあいこにとって、
働くとはどういうこと?
っていうのをちょっと聞いてみたくて、
働かないっていうオプションも、
いつでも私たちって、
経済的にないかもしれないけど、
オプションとしては一応あって、
なんだかんだ言って働き続けてるよね、
みたいな話をしてて、
あなたにとっては働くとはどういうことなんだろうか?
そうですね。
私は自分が働くことによって、
世の中に少しでも価値を提供したいというか、
価値を作りたいなと思っていて、
自分が働くこと、
そういった意味で子供が生まれてから、
働き方は変わったなと思っていて、
自分でしかできないことをやろうと思ってるっていうのはありますね。
例えば、こういう面白いプロジェクトとか、
こういう面白いロールがあるけど興味ないって、
幸いなことご連絡いただくことがあって、
そういった時には必ず自分じゃないといけないんだっけ?
そうじゃない場合はもっといい人を紹介しますというような形で、
ピッチさせていただいたりとかもするっていうのはありますね。
このポジションとか、これをやることによって、
本当に私が提供できる価値っていうのはなんだっけっていうのを、
すごく考えるようになって、
自分の時間の使い方っていうのを、
もっと丁寧に考えるようになったっていうのはすごくあります。
なぜかというと、やっぱりその時間っていうのは、
家族との時間を少し割いて使うものなので、
そこは慎重に使っていきたいなっていう気持ちはすごく強く。
多分それはあいこが結構自分の強みをすごく理解しているから、
できることなのかなって聞いてて思って、
自分がこれだからすごく社会のインパクト最大化できるみたいな、
分かっているからこそ、
今日のエピソードをずっと聞いてて、
すごく自己理解がいろんな側面で自分のことを理解してるなって聞いてて思って、
その仕事のインパクトの方も結構自分の中でイメージがくっきりあるんだろうなって聞いてて思って。
それはどうやって、どうやって決めたのかしら。
結構、今も引き続きなんですけど、
もう悩んで悩んで悩みまくったっていうのはあるかもしれないですね。
自分その感じというか価値提供。
自分が自分のこととかも、
やっぱり全然全く理解してなかったのかもっていうのがあって、
自分と向き合うことってやっぱり仕事が忙しかったりすると、
日々がね、なんか忙しいとあんまりやらないじゃないですか。
でもなんか多分自分の中ですごくもやもやするものとかがあって、
なんかこれちょっと違うなって、
なんかすごくフラストレーション感じるなとか、
なんかすごい悲しいなとか、なんかすごい違和感あるなとか、
対人関係とかも、なんかこれすごく嫌だなと思うこととかあることを、
それって何なんだろうなっていうのを考えるようになってたっていうのもあって、
そうすることによって少しずつ答えが見えてきたっていうのはあるかもしれないですね。
いいですね。いいね、素敵だ。
100%正解ってないじゃないですか。
でも100%正解ないけど、いろいろ試してみて、
ちょっと違和感があれば、ちゃんと自分にもっと素直になった方がいいんだなっていうのは、
すごくここ数年で思うようになったことかもしれないですね。