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  2. #41-3 価値観と環境、変わるの..
2024-05-22 49:38

#41-3 価値観と環境、変わるのはどちらが先か?【共働き3.0 ゲスト:XTalent社長 上原達也さん】

▼内容:
ひたすら働くしか知らないスタートアップの日々/24歳で結婚、第1子が生まれても仕事が最優先/家庭のためにキャリアを犠牲にすることの後ろめたさ/こんな世界があったのか⁈転職先のフェアな価値観/ロールモデルの存在/コロナ禍をきっかけに変化した家事育児分担/家庭経営のスキル/個人が花開く場所は様々/料理を作ってくれるお父さん/成長とライフをトレードオフにしないスタートアップ

▼出演:
ゲスト
上原達也さん(XTalent代表取締役社長、2児の父)
withwork(ウィズワーク)

MC
田中優子(元クラウドワークス取締役、ビジネスアドバイザー、社外取締役、1児の母)
岡澤陽子(ブランドコンサルタント、戦略リサーチャー、ビジネスメンター、2児の母)

▼関連エピソード:
#17-1 素晴らしき哉、サラリーマン人生!?それでも決めていた55歳でトヨタ卒業
#19-2 「両立」の先にいまだ残る課題、男女格差を正当化する社会構造
#20-1 ヒラリー・クリントンが大統領になれなかった理由
#24-3 恐れず進めよ!ITエンジニアは世界の働き方強者
#38-3 事業開発メンターと社外取締役、独立後に見つけた新たな役割

▼番組への質問・感想はこちらまで

00:01
スピーカー 1
Dialogue cafe。筋書きのない対話から、新しいアイディアと自分自身に出会う場所。この番組は、様々なテーマで楽しみながらお届けします。
上原達也さんをお迎えしての3本目はですね、上原さんご自身のですね、今はね、バリバリとの働き3.0な価値観になったんだけれども、
そうは言っても就職したのも、いわゆるスタートアップですよね。まだ未成長の時の。
スピーカー 2
未成長、設立3年目ぐらい、30人弱ぐらいのタイミング。
スピーカー 1
で、スピーでした。
はい、スピーです。
スピーという会社にですね、今IPOした会社ですけれども、まだ30人ぐらいの時に入って、結構働くぞみたいなお気持ちで入ったのかなって思うんですけど、
そこから、もちろん今も働いていらっしゃるんですけど、でもやっぱり結婚してね、お子さんができて、会社を経営しながらも、やっぱりご自分の家庭も大事にしていく、自分も子育てに関わっていくっていう価値観に、やっぱりそこが変化したと言っていいんですよね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
その辺の変遷の話をね、今日は聞きたいなと思うんですけど、もともとご出身は四国ですよね。
スピーカー 2
はい、愛媛の今治ってとこです。
スピーカー 1
今治、タオルの今治さん。
バリーさんですね。
そう、バリーさん。
バリーさんの今治から、大学で京都。京都大学に行かれたわけですね。
スピーカー 2
心理学っていうのが興味があって。
スピーカー 1
心理学なんですか。
スピーカー 2
結果違うところに行ったんですけど、兄弟は臨床心理という学校で、小林敏夫さんという有名な先生がいるぞってなんとなく知って、なんかもう兄弟しかないんじゃないかと思って受けて行って。
スピーカー 1
何学部なんですか?
スピーカー 2
教育学部に入ったんですよ。
教育学の中の心理学の専攻があったんですけど、やっていくうちに、あれ、自分は個人の心理、個人の心の動きよりも、もう少し一歩引いた社会全体としての動きとか、社会の心理の変化とかの方が興味があるなと思って、
そこから同じ教育学部の中で、教育社会学の専攻があったんで、そっちに行って社会学を勉強してました。
スピーカー 1
なるほど。教育学部の中にある社会学っていうのは、ピュアな社会学とはちょっと違うんですか?教育の切り口が。
スピーカー 2
教育の切り口があるんですけど、本質的にはそんなに関係ないような気もしていて、先生二人いたんですけど、一人は女性の先生で、結構ジェンダーに関する研究とかも今思えばしている人で、
女学生とは、みたいなテーマの研究とかをしているような面白い方でした。
その中で、卒論で書いたのは、ドイツの社会学者が、社会の流動化っていうものを説いていて、
03:05
スピーカー 2
社会が共同体から生まれていたものが、だんだん子が分離するように、独立した存在になっていって、
個人という存在がより流動的になっているよねっていうのを書いている本があったんですけど、
そこにSNSとかインターネットの発展と子の流動化っていうものがどう関わってきているのかっていうのを、
自分の解釈で考えてみるっていうのを卒論に書いていくようになって、
インターネットの掲示板からミキシーなどのSNSからツイッターって変わってきて、
だんだん何かの繋がりが前提とされていたところから、繋がりがない前提でのコミュニケーションに変わってきているっていうのが、
どういうことなんだろうっていうのを、当時関心があったので書いてみたんですけど。
スピーカー 1
上原さんが大学生の時にツイッターあったんですか?
スピーカー 2
卒業するの2010年だったので、ギリギリですね。2009年くらいだったと思うんですよね。
スピーカー 1
ツイッターの日本上に行くって。
でもそこからスピードに入ったっていうのは、これはどういう軸で就職活動をしたんですか?
スピーカー 2
もともと田舎出身なのもあって、まず働くっていうか企業っていうものへの感度はめちゃくちゃ薄かったんですよ。
だからインターンとかするのが3年生の夏とかだったと思うんですけど、
それまで何にも分かってなかったんで、どんな企業があるかとかどんな業界があるかとかも知らなかったんですよ。
偶然インターンで、ベンチャー企業のインターンシップで新規事業を考えてみようみたいなのに行ってみて、
あ、ビジネス面白いな。
インターネットはもともと好きだったので、そこに関わってみたいと思うようになったのが確か最初のきっかけだったと思うんですよ。
それからどこで行ったらできるかってよく分かってなかったんで、
それこそいろんな大手のIT系の会社、サイヤーとか総合商社にもITの部門って一応あるんだなとか言ってながらそういう話をしてたんですけど、
やっぱり大手企業からすると全然相手もピンとこなかった。
何言ってんだこいつ。うちでそんなことやれるわけねえだろって。
今思うとそりゃそうなんですけど、思われたのがあんまり就活自体はそんなに器用には進まなくて、
なかなか大手とか大きい会社とか自分は受かんないなって思って、
だったらもうちっちゃい会社で、何人もないんだけどこれから伸びるかもしれないっていう会社に行ってみようって、
排水の陣みたいな気持ちで思うようになって、そこから偶然スピード会社に来て、
でもこの会社すごい経営者も優秀だし、経営層も僕の二つ三つ上くらいの年齢の人たちでめちゃくちゃ優秀だし、
スピーカー 1
すごい大きな志持って会社経営やってる人たちだなって思って行ってみようって考えました。
06:01
スピーカー 1
総助3年目でほとんど20代みたいな感じだったのか?
スピーカー 2
そんな感じでしたね。20代とか言っても30代前半とかぐらいの規模かな。
スピーカー 1
どうやってスピードは知ったんですか?
スピーカー 2
当時就活向けのイベントとか開催してる会社ってあったじゃないですか。ベンチャーとかでやってるとか。
でも関西にあんまなかったんですよ。だから東京までよく行って、夜行バスで東京行っては、
よく知らないベンチャーの話聞いていくっていうのを採用もやってて、
開催してる会社の人がスピード会社あるんだよってふと教えてくれて、
その時には、20何歳の代表が創業したモバイルSEOで旧姓称をしているベンチャーだと言われて、
その響きさえは全然ピンとこないなって思ったんですけど、
行ってみたら五反田にあるすごい雑居ビルで会社の看板とか置いてるじゃないですか、ロゴとか。
紙に印刷したのを貼ってあるみたいなレベルのものなので、大丈夫かなって思ったんですけど、
話聞いてみたらすごく面白いなって。入ろうと思いましたね。
スピーカー 1
その時一新卒で何人ぐらい入ったんですか?同じタイミングで。
スピーカー 2
もう6人ぐらいだったんですけど、みんな一般の就活ルートっていうよりは、
大学院中退してもうすでに有写してるとか、海外の大学行ったから早めに働いてるっていう人が、
すでに僕が一番遅いぐらいだったので、あまり同居っていう感覚もないんですよね。
入ったら同じ年からの社会人の人がもう半年先に入って、リーダーになってるから上司みたいな環境でやってました。
スピーカー 1
入社して最初はどういうことをやったんですか?
スピーカー 2
CEOをやってる会社だったので、クライアントのウェブサイトの検索エンジンが最適化ビジネスで、
その中のディレクターとかクライアントのサイトの分析したり提案したりっていう仕事をしていて、
当時事業もすっごい伸びてたんで、とにかく仕事が多くてアホみたいに働くような日々をやってました。
スピーカー 1
それは社会人になったらこんな風に働きたいとか、こんなもんだろうみたいなイメージがあってそこに入っていったのか、
いやもう何も考えてなかったけど入ったらそこに揉まれていったみたいな感じかっていったらどっちに近いんですか?
スピーカー 2
何も考えてなくて入ったら自分仕事できないなっていう、とにかくついてくのに必死どころか落ちこもらそうで、
スピーカー 1
なんとかそこから這い上がっていったみたいなことをやってました。
もう毎日深夜?
スピーカー 2
もう深夜どころじゃないレベルで。
会社で寝泊まり?
会社の家の近くに住んでたんで、
朝鍵開けて夜鍵閉めるみたいな。
特にやってました。
スピーカー 1
その働き方に疑問とかは当時はなかったんですか?
09:03
スピーカー 2
もうそれしかないと思ってたんで、
初めての会社で揃うことしか知らないっていう状態だったんで、
いやー大変だなと思いながらももう必死にやってたみたいな感じでしたね。
スピーカー 1
週末も仕事して?
スピーカー 2
週末は仕事しないっていう会社のルールだったんで、
してなかったんですけど、大体でも仕事に関する本読んだりとか、
何年か経ってからは役員直下の新規事業のプロジェクトとかあって、
そこはもう土日にやるしかなかったんで、土日その仕事やったりとかもしてましたね。
だから当時の、今の妻と当時も一緒に住んでたりなんですけど、
スピーカー 1
ひたすらカフェ行ってはいたり、ひたすら自分の仕事の本を読むみたいなことはやってたんで。
その働き方を何年くらい?
スピーカー 2
4,5年くらいは確かやって、3年その辺の仕事をやって、
その後に人事として新卒採用をやってたんですけど、
採用の仕事も忙しかったので、基本的には遅く、
修練とかを気にしない生活をやってたので。
スピーカー 1
家持ち返し?
スピーカー 2
はい。今はとても環境が変わっている、
常常持ちで会社が変わっているんですけど、
当時はまだまだ便利だったので、たくさん働ける環境でやって、
スピーカー 1
だからその4年目か5年目の時くらいに子供が生まれたんですよね。
早いんですか?
スピーカー 2
はい、26年1人目なので結構早かったんですよね。
スピーカー 1
結婚も新卒2年目の時くらいだったので。
奥さんは当時はお仕事はどういう?
スピーカー 2
高校の同級生だったので付き合いがすごく長かったんですけど、
就職でお互い関東の方に来たんですけど、
妻が一社目の会社に会わなくて辞めるっていうタイミングで、
寮を出てそれで一緒に住むという経緯もあって、
なのでちょっと仕事から離れている時期もありました。
一緒に住み、でも途中からまた仕事が再開して。
スピーカー 1
2人目のお子さんが生まれた時は奥さんは仕事はされずに。
スピーカー 2
そうですね、仕事してました。
育休をずっと。
その会社での初めて育休を取る人となったので、
なかなか会社側もあんまりそこら辺の理解とか制度とかそんなにいなくて、
非単勤務するかどうかっていうのでも、
あんまり役職のある人たちがそこに理解があって、
だったらもうフルタイムで働くよってなって、
フルタイムで必死に働いていたのが当時でした。
なかなかそんなに家から近いわけでもなかった会社が、
本当にフルタイムで預けると、
その会社は延長して7、8枚とかあったので、
スピーカー 1
結構やりくる大変な時期でした。
12:00
スピーカー 1
まだ上原さんはその頃バリバリ働いていたわけですよね。
子供が働くのが当たり前だったので。
じゃあその一人目が生まれて小さい時っていうのは、
ほぼ奥さんはワンオペっていう感じですね。
おじっかも2人とも地方だし、頼れる人もいないし。
男性育休とかもね。
まだ若くてそんなお金もないしみたいな感じですね。
スピーカー 2
幼児保育とか、その頃に子育てをする上での
世の中の環境がいかに整ってないかっていうのは
スピーカー 1
すごい理不尽に感じて。
スピーカー 2
保育園を探すのもそれなりに苦労するタイミングだったので、
県民の保育園をリストアップして、
倍率というか自分たちの点数に対する通過率も調べてみて、
ギリギリだなーって思いながら何とか通りそうな園を
自分で自治体へのヒアリングとかもして、
何とか通っていったりとか。
やっぱり子どももよく寝連れていたので、
幼児保育とかも調べてみたものの、
やっぱり行政にやってる幼児保育の利用の仕方って
すごく使いづらくて、
めちゃくちゃ大変じゃないかって思って。
でも民間の幼児保育で知ったのがすごい高いので、
これなかなか使えないなーっていうので、
スピーカー 1
本当に必死にやってましたね。
でもその時の上原さん、
大変だけど仕事をセーブしようとか、
転職しようとかはその段階ではあんまりなかったんですか?
スピーカー 2
なかったんですよね。
セーブするっていう発想がまずなかった。
スピーカー 1
それは男だからですか?
スピーカー 2
どっちもあったと思うんですよ。
会社としてやれることがたくさんあり、
自分だけが早く帰るのかというのは、
周りにはいなかったですし、
無理だろうと思っていたところもあって、
あとは自分のキャリアとして考えるときに、
その状態でも、
例えば土日に仕事の勉強ができないとか、
でもすごい葛藤を感じるぐらいに、
自分の成長が止まっているとか、
自分のキャリアがこのままだとまずいんじゃないか
って感じる葛藤もあったので、
そこはすごい苦しくなったですね。
スピーカー 1
なるほどね。
それはなんか、
女性のワンオペほど
ドラスティックな変化じゃないにしても、
子供がいないときの自分からすると、
週末時間が使えないみたいな変化は明らかに起きているわけで、
スピーカー 2
その変化でもストレスだったってことですね。
すごいストレスでした。
もちろん妻のワンオペもすごい大変だったと思うんですけどね。
でもやっぱりそこにもっと自分が入り込みたいと思っても、
それがやっぱりいけないことのような、
スピーカー 1
何かを捨てていることのような、
スピーカー 2
っていうことはやっぱりあって。
私の場合は、
妻はそんなにキャリア志向っていうタイプではないので、
キャリアの断絶っていうそこの課題はそんなになく、
15:01
スピーカー 2
ただ純粋にやっぱりこのワンオペの育児の大変さをどうするか
っていうのがあった感じですね。
スピーカー 1
なるほどね。
確かに何かを捨てているのではないかっていうのは、
もちろん女性にもあるだろうけど、
男性だとより強いジレンマかもしれないですよね。
スピーカー 2
これはロールモデルがないというか、
事例がないなって思う。
スピーカー 1
周りはまだお若かったから、
そんなに子供がいてっていう人いなかったかもしれないですけど、
ちょっと上の世代とかでも、
そこをうまくバランスを取っている男性っていうのは
ほとんど見当たらないっていう。
スピーカー 2
いなかったですね。
スピーカー 1
じゃあもう働くしかないわ、みたいな。
スピーカー 2
ほぼ働きの人もほとんどいなかったですね、今思うと。
スピーカー 1
そうなんですね。
やっぱり奥さんは専業主婦とかっていうのが多かった。
スピーカー 2
やっぱり上には多かったり、
みんな子供いようがいまいが、
家が遠くても終電ギリギリまで早く来ちゃうのは普通なんで。
スピーカー 1
男性が多い会社だったんですか?
スピーカー 2
多かったですね。
女性がいても若手が多かったりとか。
スピーカー 1
まあね、スタートアップそういう嫌いはありますよね。
特に初期フェーズはね。
スピーカー 2
当時のベンチャーはよりそれが当たり前だったなって思うので、
スピーカー 1
逆に今になってスタートアップという世界観の変化はすごい感じますね。
確かにね。
でもその後、転職してるじゃないですか。
その転職の理由は何だったんですか?
スピーカー 2
正直育児のためというよりは、
純粋に仕事の中でちょっとキリの良いタイムがあり、
自分の今後のキャリアって考えた時に、
また別の選択肢を見てみたいなって思うようになって、
それでいくつかの会社をお話し聞いてみて、
転職を決めたっていうのが最初はありました。
スピーカー 1
それはキャリアアップというか、
キャリアを開拓するための、
自分自身のキャリアを開拓するために転職したってことですね。
その時に奥さんとどういう仕事を選ぶかとか、
何をしたいかとか、
スピーカー 2
次のキャリアの相談を奥さんとしたりとか?
ほぼしなかったですね。
一応こういう会社とこういう会社で、
ナイキに出てるよって言われた時に、
一社は共通の知り合いがいたり、
名前もよく知れてる会社だったので、
こっち行った方が安心なんじゃないって言われたものの、
それを無視して決めたので、
この人は自分に相談求めてもあまり聞いてないなって、
スピーカー 1
その時は思われました。
そうなんだ。
じゃあ本当にピュアに奥さん自身のキャリアの中で考えて、
スピーカー 2
家庭との似たところはまだ入ってますか?
2人目は生まれてるんですか?
まだ生まれてなくて、2歳目に入った後に生まれました。
1人目。
18:00
スピーカー 2
2歳目の上司が会社の役員で、
お子さん小さいワーキングマザーの方だったんですけど、
前の会社にワーキングマザーの方って、
いつもはやっぱり時短で育児をメインにやっているっていう方の方が多かったんですけど、
その人はもう仕事もめちゃくちゃバリバリするし、
当時では結構珍しく夫の方の方が育児をやる。
保育園を迎えに行く日にあれば、夜のこったり部下のみに連れて行くみたいなこともあった人で、
結構自分のイメージも変わるような方だったんですけど、
その人の下で、2人目ちょっと生まれる予定があって、
妻が今体調こんな感じなんで、こういうふうに働きたいんですっていう相談とかもやっぱりしやすかったので、
全然いいよ、それは早くないなって感じだったので、
スピーカー 1
そこがやっぱりやりやすかったんですよね。
これは、とはいえ女性じゃないですか、
でも新しい、これまでのキャリア中にあまりいなかったタイプ、
とはいえ女性ってなった時に、
別物っていうか、自分とは別物感を感じる人もいるのかなと思うけど、
それはあまり中ではなくて、
働きな子供を育てながらキャリアもちゃんと作っていく、
スピーカー 2
一人の人間としてのロールモデル的な受け止め方が結構強かったです。
そうですね、こういうスタイルもあるんだなって、
それがどっちかではなく、この人はどっちも自然にやってるなっていうのはすごく思って、
一緒に働く上でやっぱり働きやすいとか、
自分のこういう相談に対して、
そうなんだね、じゃあこういうふうにしなって、
自然に成り立つのってすごい楽だなって思ったことはありましたね。
スピーカー 1
その相談って、例えばその前の会社だったら、
相談があったとしてもしなかったと思いますか?
スピーカー 2
一回したことは確かあって、
一人目の時に切迫相談になったので、
二人目の時も出産前、
ちょっと働き方がセーブしないととか、
早く帰らないといけないかもっていう話をした時に、
そりゃそうだと思うんですけど、
ちょっとピンとこないというか、
って顔になった時に伝えるの難しいなって思ったんですよね。
なるほどね。
あの感覚って結構難しいなと思って、
ちゃんと丁寧に伝えたら、
なるほど、それは理解できた。
じゃあ大変だからこういうふうにしようなって話ができたかもしれない。
やっぱりそのコミュニケーションコストはかかるっていうのと、
もうちょっと伝えただけで、
大変だからこういうふうにしなって言ってもらえるのって結構違うなと思って。
スピーカー 1
気持ちが全然違う感じが。
しかも、
植原さん自身が産むわけじゃないから余計なんですよね。
でも、こうって言った人は、
お前が産むわけじゃないよねみたいな、
21:02
スピーカー 1
そういう感覚で、
スピーカー 2
ピンとこないっていうか。
そうですね。
スピーカー 1
なるほどね。
そこはでもその上司の方と一緒に働くことになったことが、
価値観の変化のきっかけなんですか?
スピーカー 2
もしかしたら、後になって振り返ればなのかもしれない。
やっぱりその根本に、自分にとっての育児ということと仕事をするということを、
うまくどっちもやっていきたいっていうか、
自然とできるようになってきていて、
やっぱり二人目生まれた後はちゃんと時間を使うこともできてたなって思います。
スピーカー 1
そこは一人目の時が、
仕事、
セーブというか、
時間があるなら仕事のことを考えるみたいなことが、
自分の中では前だったわけじゃないですか。
そうしないことは何かを犠牲にしてる、諦めてるみたいな気持ちになってたものは、
二人目の時はなくなってたんですか?
スピーカー 2
どっちもやれてるなって自然となっていたような気がするんですよね。
スピーカー 1
それは自分に余裕が出たってことですかね。
スピーカー 2
働く上での環境とか、
やっぱり会社としてその時は会社のミジョン、
バリューの中にも家族を大切にしようというのがあって、
当たり前に許されてる、認められてるものだったなって思ったんですよね。
スピーカー 1
入社の時にはそこはあまり意識してなかったけれども、
入ってみたら、
スピーカー 2
そういう。
入ってみたらそれが普通だなって感じで。
スピーカー 1
それはあれですね、
なんかすごい悩んで、
自分自身が変えたとか、
なんかこう、
喧嘩の苦しみみたいなものがあったわけじゃなくて、
環境が変わって、
違う環境の中にいたら自分も自然と変わったってことですね。
スピーカー 2
そうそうそうそうそうそうなんですよね。
へぇー。
やっぱりそれにすごい意識することがあって、
一社目の時に人事の仕事もしてたんですけど、
会社の動向とかをよく見ていたんですけど、
当時メルカリさんが仕事してた時期で、
やっぱりその福利構成とか、
従業員のライフイベントを、
従業員がチャレンジするためにそこサポートするんだよっていうメッセージって、
こんな考え方あるんだって、
結構驚きだったんですね。
当時代表の小泉さん、COの小泉さんが
育休を取るっていうのがすごく話題性があったと思うんですけど、
そんなことあるのって。
よくわからない世界ぐらいで思っていたのが、
やっぱりいざ場所を変えてみると、
でもそういう世界もあるよなって、
自然と自分の中に根付けるようになっていたので、
やっぱりいる場所によってその人の認知とか、
当たり前ってこういうもんだよなって思うのって、
スピーカー 1
変わっていくなって思うんですよね。
スピーカー 2
確かにね。
場所を変えることによる自分の当たり前とか、
居心地みたいなのが変わるっていうのは
結構重要な体験だったと思うんですよね。
24:00
スピーカー 1
やっぱりロールモデルというか、
事例がない中で、
これもありだなとか、
こうやっていこうって思うって、
多分大多数の人のほうが難しいと思う。
そう思いますね。
そのやりたいっていう思いに気づくのすらも難しいし、
やりたいと思っても、
あ、無理だよねって、
自分の中で問答が解決しちゃうぐらいのレベルで、
やっぱりそのロールモデルに見える、
しかも環境でリアルに見えるっていうのは
すっごい大きかったんですよね。
スピーカー 2
仕事は別に楽ではなかったですし、
特に2人目生まれる直前で、
妻が自宅安生になっていたんで、
自分が下の子の送り迎えをやって、
会社も早めに出て、
でも当時プロジェクトの過強だったんで、
子供を連れて帰り、ご飯食べるところもやって、
よしじゃあ後は任せちゃって、
家を出てファミレスに行って、
夜中まで仕事をするっていう生活をしていたんですけど、
大変だったんですけど、
そんなにそこに苦しさとかはなく、
なんとかやり切ったなっていう感覚だったので、
別に仕事が絶対定時で終わる、
働きやすいっていうものではなく、
そこがちゃんと受け入れられていて、
自分でなんとかできるんだっていうことの方が
重要なのかもって思いましたね。
スピーカー 1
なるほど。
会社の家族ライフというのが掲げられている中で、
実際に実行するための、
例えばこういう制度があったとか、
さっきみたいな会話の中で、
嫌なことがされずに、
家族と一緒にいてよってパッと言われるフードだったりとか、
何か他にこういうのがいいなって思ったみたいなのってありますか?
スピーカー 2
制度は正直そんなに、
ベンチャーみたいな会社だったので、
あんまりなかったとは思うんですけど、
制度では多分ないですね。
仕事しながら実感していたのが、
モビリティに関わる授業だったので、
人の移動っていう生活を支えるものを仕事にすることで、
子どもたちの将来に向けて、
こういうものを自分は作っているんだなっていう実感は明確に持っていて、
そこが繋がっていたっていうのは、
自分の気持ちとしては仕事へのマインドとか、
スピーカー 1
意義を感じるっていうのはすごく変化がありましたね。
スピーカー 2
だからその時から明確に、
自分の子どもの将来に繋がるようなことを仕事にしようっていうのは、
やっぱり感じるようになったんですね。
スピーカー 1
なるほどね。
確かにね。
子どもが生まれている人の方が、
27:02
スピーカー 1
もうちょっと未来思考というか、
10年後20年子どもが大人になった時に、
より良い社会を作りたいみたいな、
そういう発想になるっていうのは、
分かるような感じがしますよね。
娘を持った男性は結構可愛くはする。
ありますね。
そういう影響を感じます?
スピーカー 2
感じました。
例えば移動っていうものを考えた時にも、
すごく思ったことがあるのが、
受験のタイミングを狙って、
これは残念な話ですけど、
痴漢をするという人がいるというニュースを見た時に、
やっぱりこういう体験がないように、
移動の選択肢が広がっていった方が、
自分の子どもがより生きやすくなる社会になるかもしれないなと思った時に、
やっぱり自分の中にすごいモチベーションがあったんですよね。
そういうものを作っていきたいなって。
スピーカー 1
なるほどね。
それは子どもがいなくて、
ただ男性として生きているだけだと、
見えなかった世界かもしれないですよね。
スピーカー 2
これも見えなかった世界として、
1社目の会社にいた時に、
新卒採用の担当をしていたので、
優秀なベンチャーを志すという学生とたくさん会っていた時に、
やっぱり女性の方の方が、将来のライブイベントを見越して、
ベンチャーで早くこういう経験を積んで、
マネジメントを積んできるようになって、
その後、出産しても働けるようにしたいっていうのを考えている方が多くて、
当時の自分は、すごく優秀だな、
意識がとっても高いなぐらいにしか思っていなかったので、
なぜそう考えないといけないかっていう構造にちゃんと気づいていなかったんですね。
この仕事をするようになって、
やっぱりよりその課題が、
あれってそういうことだったんだなって、
いかに男性である自分が、
そんなことを気にせずにのんきに生きられていたんだなっていうことを、
やっぱりこの状態になっていかないといけないなって、
自分の子供が就活のときにそういうことを気にしないといけないとか、
女性に対してだけ、育児との両立できますよってアピールされているっていう、
その状況そのものがやっぱりダサいなって思って、
そこをなくせるようにするにはどうしたらいいかっていうのは、
すごく自分の子供の人生と直結して考えるようになりましたね。
スピーカー 1
働き方とかのバランスの取り方みたいなものが変化したのもあると思うんですけど、
子育てに関わるとか家庭の運営に、
以前よりもより自分がコミットするようになったわけじゃないですか。
それはもともとそこにコミットしたいけどできていないみたいな状態だったのか、
それともコミットしてみたらそこにも喜びがあったみたいな感じなのかっていうと、
どんな感じですか。
スピーカー 2
これも経緯です。
もともとの自分はもうちょっとコミットできたらいいんだけど、
どうしたらいいかって思っていたところに、
どっちかっていうとそこは別にやらなくていいよっていう考えだったんですよね。
なのでそっか、じゃあこのまま働くよってなっていたんですけど、
30:05
スピーカー 2
一番大きな転機だったのは僕もコロナのタイミングで、
そこからもう家で仕事をするようになって、
家にいるんでご飯自分が作ろうかってやるようになったんですよね。
最初そこに妻は料理してもらうの申し訳ないっていう感じだったんですけど、
自然に自分がするように、あえてそのタスクを奪ってみるとこれはいいなって思う。
料理も買い出しても基本自分のタスクになっているんですけど、
スピーカー 1
買ってみたら意外とそれがしっくりするなって思うようになったっていうのは大きな変化でしたね。
スピーカー 2
そういうとコロナの時っていうともう起業した後ですね。
スピーカー 1
あのタイミング一番変わりました。
じゃあ実際に起業したタイミングとか準備の期間の時っていうのは、
社会全体に対しての問題意識みたいなのがあるけれども、
上原さん自身がすごく子育てとか家事とかにかなり時間を割いていたかっていうと、
スピーカー 2
そういう感じではまだなかった?
最初はまだそうではなくて、保育園を送りはするけど迎えはやってもらう。
最初仕事がなかなかバタバタしていたので、熱が出たとか、
ちょうどその頃に自助がちょっと全職で入院することがあったんですけど、
その日は交代交代で見に行くとかやっていたものの、
その部屋の状態にはそんなにつながっていなかったんですよね。
スピーカー 1
今の話がかかっていると、奥さんの方もそれを求めていないっていうのは結構大きいんですよね、
その関係の中で。
それぞれのパートナーとの関係が、いろんな家庭があると思うんですけど。
スピーカー 2
そうなんですよ。
すごく話し合ってそうなったというよりは、
何となく自然にどうしたらいいだろうねって言っていくと、
これでやっていくかってなっていたんですけど、
一つのきっかけでそのテリトリーをちょっと破ってみたら、
スピーカー 1
また新しい形ができてきたなっていうのが今の状態です。
豊原さんのご両親は、お父さんはお家のことはする人ですか?
スピーカー 2
あんまり見たことは、そんなにしてなかったですかね。
一般的な父親は公務員、母親は元看護師だったけど、
僕が小さい頃に辞めて専業主婦っていう世界で、
遅く帰ってくる時も結構あったし、
料理することはそんなになかったんですよね。
スピーカー 1
なるほど。
やっぱり自分もそういう家庭育って、奥さんも強く要求をしなければ、
自然とそうなりますよね。
スピーカー 2
自然とそうなってたんですよね。
33:00
スピーカー 1
なんでその頃は奪ってみようかなって思ったんですか、そのタスクを。
スピーカー 2
あれ何がきっかけだったのか。
僕多分好きなのは、例えば保育園探しとか、
そうだったんですけど、合理的に物事を進めたいっていうのが、
スピーカー 1
それはでもさっきさ、これ始まる前も、
子どもの塾探しを豊原さんが結構やり始めたら、
なんか結構ハマっちゃうっていうか。
でも奥さんはそこまでそれは合理的に進めるって感じじゃなくて、
課題感はあるけど、どうしようかなみたいな感じだけど、
それを実際にタスクとしてやるみたいなのは意外と面白いっていうか。
スピーカー 2
物事が非合理だったり不条理な状態になっているのは、
多分すごく嫌いなんですよ。
料理もこういうリズムでやってるんだから、
じゃあ作ってみようかと思って作ってみたら、結構ハマったり。
いろんな変遷あって、最初はもうミールキットを買って、
ミールキットに作っていくところから始まって、
あとは宅配総載のサービスをやったりしてみたけど、
結局自分がホットクックを使って家電も使いながら料理していくのが一番合うなと。
スピーカー 1
それでもう自分の最適な形をキッチンの配置から物選びに気にするようになる。
家庭経営っていうのもすごく大事な社会人としてのスキルじゃないですか。
めっちゃキャリア教育とかって、みんな仕事で役に立つのか仕事で役に立つのかって、
家庭教育とか子育てをみんなするんだけど、
でも実際には仕事も大事だけど、家庭運営のスキルっていうのも実はすごく大事で。
マルチタスクだしね。
実はどっちにも行かせたりするんだよね。
その影響をしてみると、意外とここで自分の才能を発揮できるみたいな。
こっちの方が自分は生きるんじゃないかみたいな。
それは男性も女性もそういうのってありますよね。
知り合いの方が、奥さんも超バリバリで役員とかやってるし、
同じ会社の中に旦那さんがいらっしゃって、
旦那さんはあんまり仕事はもちもちなんですって奥さんは言われてるんだけど、
旦那さんは地域コミュニティとかPTA活動とかがめちゃめちゃ得意らしくて、
PTA会長をやって、地元の人たちにめっちゃ慕われてて、
仕事はほどほどなんだけど、
もうみんなに地域では頼られるし、
地域情報が入ってきそうだね。
政治家なんじゃないかみんなに出馬したらって言われるくらい、
36:01
スピーカー 1
地域での顔が効いてるんで、
これがこの人の生きる世界なんだなって、
本人もそこにすごいやりがいを見出して、
だから人間の輝くところって、
別に男だから仕事でみたいなのとかでもないし、
それぞれの輝く場所っていろんなところにあり得るから、
そこをチャレンジしてみると、
どこで花開くかわかんないよねみたいに、
スピーカー 2
なるほどって思った。
スピーカー 1
めちゃくちゃ思いますね、それは。
仕事以外の複数の楽しい場所っていうか、
精神衛生場もたくさんありますけど、
例えばそうやって家事のところに進出したり、
子供のほうに進出してみたりとかって、
部屋さんの中の世界が広がっていったときに、
その前と比べて、
どういうふうに世界が広がっている状態とか感じられてます?
スピーカー 2
そうですね。
もともと仕事しかない人間だったんで、
あんまり仕事以外のつながりってないんですよね。
スピーカー 1
もともと?
スピーカー 2
そう。あんまりそういうコミュニティとか、
スポーツやったりとかそんなにないんで、
だいたい仲良くなる人は仕事つながりなんですよね。
子供できて、子供関連のコミュニティできたりかもしれないし、
そんなに僕はない。
スピーカー 1
そんなにないんですよ。
スピーカー 2
あくまで仕事と家庭をどういうふうに構築していくかっていうのが、
やっぱり広がりですけど、
それはそれで楽しいというか、
大変な時でもやっぱり家庭の顔ってやっぱり違うなって思いますし、
家庭に自分の仕事の顔を持ち込んじゃう大変な時もありますけど。
スピーカー 1
どうですか?
家庭は以前と比べて、
全体の仲良くなったとか、
幸福感が上がったとか、
上原さん自身の心も含めて、
変化したものはありますか?
スピーカー 2
そうですね。
面白いなと思うのは、
自分の子供にとって、
父親は料理を作ってくれる人になっているっていうのは面白く見ると、
家にいるのが普通なので、
スピーカー 1
今日いないの?って言われる。
スピーカー 2
子供の中の景色として、
当たり前が変わってきていると思うんですけどね。
お母さんはこういうことやってくれる。
お父さんは仕事頑張ってる。
ではないんですよ。
お母さんは仕事頑張ってる。
お父さんは料理いつもありがとう。
家にいる人みたいな。
スピーカー 1
確かにね。
お父さんが家にいるのが当たり前っていう世界観は、
少し昔にはなかった。
うちも夫はほとんど家で、
在宅だから、リモートだからいるし、
食事も日によって、
夫が作ったり、私が作ったりみたいな感じだし、
子供が見えている世界は、
私が子供の頃とはまた違うだろうなって思うよね。
39:01
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
そういう変化はたぶん作れているんだろうなって。
でもやっぱりこの軍の、
仕事は仕事、家庭は家庭って切り分けるよりは、
この融合している感覚は、
スピーカー 1
個人的にはすごい楽しい、幸せだなって思いますね。
でも最初のモビリティの会社に、
そこでちょっとずつ自分のスタイルは変わってきたってことですけど、
そこからもう一回さらに今の会社というか、
クロスティックに転職したってことですか?
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
まずそうですね、クロスティック自体はVCなんですか?
スタートアップスタジオっていう…
いろんな新規事業を作る会社ってことですね。
スピーカー 2
会社を作って、そこで新しい事業をどんどんやっていくっていう、
ビジネス力の強い仕組みだったんですけど、
そこに入って、自分のやりたい事業案を考えていくっていう時に、
自分も最初、そこから今のウィズワークに着想あったというよりは、
いろんな事業案を考えていて、
それこそ世の中のトレンドとか市場とかを見ていった時に、
どんな選択肢があるかっていうのを、
最初合理的に考えようとしてみたんですけど、
子育てとキャリアっていうテーマあるよなって。
これも直感なんですよね。
これはでもある気がするし、
その時、こういう事業展開などはあり得るかもしれない。
あとはもう感覚的に、一番やりたいのはこれだって思ったので、
これでやりますって。
入って、すぐにこれやるって決めて、
サービスも1週間ぐらいで決めて、
じゃあもうすぐに人材紹介の免許取ろうって言って、
スピーカー 1
7月に設立、10月に最短の事業スタートで進めていったっていう。
入社して最初の事業、子会社を作るってことが最初から決まってたんですね。
それも決まってました。
2019年に入って、でもその秋にサービスに。早。
早かったですね。
そうなんですね。
でも社長っていう、親会社があるとはいえ、
ゼロから自分で作ったっていうことだから、
それはやりたかったことなんですか?
そういうスタイル。一回自分でビジネスやりたいなみたいな。
スピーカー 2
そうですね。自分でやってみたいっていうのはやっぱり思いました。
自分自身は、組織の中でサラリーマンとして偉くなっていくとか、
上手く立ち振る舞っていくっていうのは、
多分苦手だな、向いてないなって思ったので、
じゃあ自分のキャリアの行き先ってどこなんだろうと思った時に、
自分でやってみたらいいんじゃないかっていうのはやっぱり思ったんですよね。
結果的にそれは合ってた気がします。
スピーカー 1
何時くらいにそれは思ったんですか?
スピーカー 2
前職いた時に、組織の中でいろんなしがらみがあったり、
大手企業と取引していく中で、
すごいしがらみがあってめんどくさいなって思った時に、
多分そういうのが向いてなかったんですよね。
42:01
スピーカー 2
自分でこれをやりたい、やるべきだと思う事業をやっていたいっていうのは、
それ自体は新卒でベンチャーに入った時から漠然と思っていたので、
スピーカー 1
できるようになったなって、結果的に今は思います。
企業をしたいとか、自分でビジネスをやりたいっていう人って、
それこそ仕事にめちゃくちゃ没頭するというか、
全てを犠牲にして、そういうタイプの企業家っていうのも結構多いじゃないですか。
それは会社事業のコンセプトとも違うかもしれないし、
そもそもその時にはすでに変化していた上原さんの価値観からしたら、
そういうスタイルには絶対に住まいみたいな、そういう決意はあったんですか?
それとも、そんなのあんまり何も考えないけど、自然と今のスタイルがあるのか?
スピーカー 2
でもやっぱり決意も葛藤もあって、
自分たちが目指す世界観もそうなったから、
自分たちがそれを体現していこうというのを思うんですよね。
一方で世の中には、例えばスタートアップたるもの、
経営者たるもの、ハードワークするべきであるという考え方もまだまだたくさんあって、
そこに比べると、例えば自分はそういう会食とかもあんまり行かないし、
スタートアップの集まりとかも、
ちょっと出張で何日も言い分けるの大変だなと思ってなかなか行けてないというのもあるんで、
これダメなのかなって思うこともあるんですけど、
でもやっぱりそれはそれで追求できる姿なんじゃないかなって思うと、
そこの最前線というか、自分でやってみようって思いますね。
スピーカー 1
そういう意味ではロールモデルをね、自らがロールモデルになって、
こんな形でも企業もできるし、ビジネスも大きくできるし、
すごくいい会社が作れるっていうか、
それが実現できればね、小比原さんみたいになりたいなって思う人が出てくる。
スピーカー 2
そういう船にないものを作れたらいいなっていうのがやっぱり思いますね。
スピーカー 1
なるほどね。
今の話ともつながるかもなというか、
特に創業期とかスタートアップは、
昔は本当に超ブラックなところが多かった中で、
でもやっぱりスタートアップの創業だけじゃなく、
20代の頃にはそれなりに吸収する方がフェーズとしてはやっぱり強いから、
やっぱりもうそんだけ働いた方がいいとか、
いう風潮ってやっぱり最もらしく言われるじゃないですか。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
で、別にそれは実際自分たちもそういう働き方をしてきている中で、
否定もしないっていうか、そこから学んだから今があるみたいなところも、
やっぱり実感としてもあるし。
学んだ時に、この会社に入ってくる若い子たちに、
やりたいと言ったらいくらでもやればなのか、
もちろん老朽化の範囲内でやればなのか、
45:00
スピーカー 1
いやいや、もちろんやらないといけないことはやってほしいけど、
仕事以外の時間っていうのをあえて持ってとか、
全部そこで使うみたいな感じの意思を持った話をするのか、
何かそこで意識されていることはありますか?
スピーカー 2
いやでもすごい難しいところだと思うんですよね。
まだ若い、例えば新卒とかを取っているような会社ではないので、
あんまり事例はないんですけど、
ある程度は、やっぱり箇所分時間の多さを活かした経験の積み方とか、
少しでも早く階段登るっていうのがあっていいと思うんですよね。
ただ、気をつけたいのは当時の自分の働き方を美化しない方がいいなっていうのはやっぱり思うんですよね。
あれがあったから今の自分があるっていうのはとても生存バイアスだなと思うので、
間違ってたら心折れてたり、ドロップアウトしていてもおかしくないなと思うので、
あれを正当化するのはまずやめようって思いますね。
その上で長時間労働じゃなくても、
やっぱり密度の高い働き方とかチャレンジっていうのはできるはずなので、
それをやってほしいなっていうのは思いますね。
別にすごくホワイトに緩く働くっていうことではないはずなんですよ。
うちのメンバーもやっぱり箇所分時間の中でめちゃくちゃ仕事に没頭してると思うんですよね。
それは決してホワイトか緩いとかっていうものとは無縁のものだなと思うんで、
それがそれぞれのライフステージの中でできていけばいいんじゃないかなって思いますね。
スピーカー 1
今、転職で緩すぎてっていう話もあるじゃないですか。
経験詰めなくてみたいな。
それも両極だなっていうのは、
でももしかしたら実際は企業側が、
それこそ辞めるときに本当の理由を言わない人たちが多いみたいに、
緩いからじゃなくて、時間の問題ではなくて、
例えば責任がある仕事だったり、意味のある仕事だったりとか、
例えば任せられてない状態だったりとか、
実は本当の理由は別のとこにあるみたいなのも隠れてそうだなと思って。
スピーカー 2
それはすごくあると思いますね。
でも確かにたまに働き方のために転職したんだけど、
いざやってみると自分の成長が止まってるとか、
面白みがないって言って、やっぱりやりたいことをやりたいんだって。
そういう転職の声なんかあるなって。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
やっぱり働きやすさと働きがいって似て非なるものだなって。
スピーカー 1
確かに。
そこを混同せずに、きちんと両方を意識して作っていくのが大事そうですね。
スピーカー 2
そうなんですよね。
48:01
スピーカー 2
特定の人だけ働きやすいとなっても意味がないですし、
結局はやっぱり事業をちゃんと成長して、
何かを生み出していかないと社会として豊かにならないと。
スピーカー 1
そうですよね。
よりそういう目的のある、何のために自分の時間を使ってるんだとかね。
タイパー、コクスパーみたいな話があるから、
パフォーマンスのところは別にお金とかだけじゃなくて、
やりがいみたいなものも含めて同じ時間を使うなら、
より意味のあることをしたいし、そういうものになら頑張れるみたいな。
時間じゃなくてね、長さじゃなくて、
細さみたいなものが求めるのが増えるのはすごいわかるし、
そういう世界をロールモデルになりつつ、
事業も拡大しつつ、期待しております。
ありがとうございます。
スピーカー 2
私もお手伝い続けたいと思います。
スピーカー 1
ということで、3回にわたり、
上原さんのお話を聞いてまいりました。
ぜひね、これを聞いて、
私もそんな働き方したいわと思った方、
男性も女性も、ウィズワークに登録をして、
相談に乗ってもらうだけでも、ちょっとスッキリするかもしれないので。
ないと思う。
新民になってくれる、
別に広告じゃないですけどね。
ということで、今日はどうもありがとうございました。
スピーカー 2
ありがとうございました。
49:38

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