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頑張り屋さんの頑張らない習慣ラジオ、BEの習慣、あり方の習慣で自分軸を整える習慣オタクのマーケター、きょんです。
今日はですね、欲しいものが思い浮かばないっていうね、あのそういう人の理由と、まず外していきたい心の鎧の話をしたいと思います。
私がしているライフデザイン型の習慣化のプログラムでは、一番最初のワークが何が欲しいですかっていうね、自分が欲しいものっていうものを書き出してもらうというね、ワークをちょっとしています。
で、そういう時に必ず出てくるのが、何か欲しいものがありませんとかね、欲しいものが全然思い浮かばないんですっていうね、人っていうのが一定数います。
欲しいものっていう風に聞かれた時に、まず物を浮かべちゃうと思うんですけど、私欲しいものでもいいし、無形のもの、例えば欲しい状態とか欲しい感情とか、別に形がなくてもいいですよっていう風に体験とかね、でもいいですよって言ってます。
あと、自分のために欲しいものでもいいし、誰か他人のために欲しいもの、例えば自分の親のためにとか子供のためにとか、自分のパートナーのためにとか、そういうことでもいいですよっていう風に言っているんですけど、そういう人って割と浮かばないって言ってる人って多くの場合、自分のことになると出てこないんですよね。
自分が欲しいものは特にないですっていうね、なんかそこにすごくハードルを感じたりするんですよね。
こういう人の共通点って、ほとんどの場合、自分自身に結構長い間蓋をして我慢してきた人、例えば家族とか会社とか、仕事のために頑張り続けてきた人ほど、自分の欲求に蓋をしてしまうっていうことが多いんじゃないかなっていうふうに思います。
なので、なかなか自分のために欲しいものって浮かんでこないんですよね。
で、そういう人から、なんか最近やたら聞くなぁと思う言葉が、タルを知るっていう言葉をね、すごく聞くんですよね。
なんか皆さんこうね、え、なんか示し合わせてた?みたいな、全然違うグループだったりとか、その2人3人に接点はないはずなのに、みんなタルを知るって言うじゃないですかって。
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私全然浮かばないんです、欲しいもの。
世の中的にタルを知るって言葉もありますしね、とかっていうふうな言葉を言う人がすごい多いんですよ。なんか共通点なんですよね。
なんか私これすごく違和感があって、この頃流行ってるんですかね、タルを知るっていう言葉。
ちょっとなんか私、ん?って感じなんですけど、
タルを知るっていう言葉って、なんか今の環境に満足すべきとか、わざわざ不足に目を向けるのってよくないんじゃないですか。
だってタルを知るですから、とかっていうふうにね、結構言われたりするんです。
なんか一見すると、すごく良いことを言ってるような感じもするし、
なんか真っ当な感じ、良い素敵な生き方みたいな風に見えなくもないんですけど、
なんか私がなんかよくよく聞いていくと、
なんかそれってなぜそう思うようになったかっていうのは、
多くの場合、かつてその望んだものっていうものがなかなか手に入らなかったっていうね。
あとは自分の要求を長い間家族とか子供のために封じ込めておかなくちゃいけなかったために、
なんかその、それが嫌だっていうふうに感じてるほうがしんどいから、
その手に入らなかった痛みとか、なんかそれを手に入れるとしてはいけないことだっていうふうに思って、
でもそれがなんか不満として溜まるじゃないですか。
それを避けるために、そこに蓋をするための鎧みたいなのが、
その樽を知るっていう言葉だなぁってなんかすごい感じることがあったりします。
で、えっと、そういう意味で、なんかその、なんか多分いい言葉見つけたみたいな感じだと思うんですね。
自分でなんかその我慢して蓋をし続けている期間が長い分、
それをなんか多分肯定されたいな気がしたんでしょうね。
樽を知るっていう言葉を知った時に、
それそれって、私樽を知るって世の中的にもいいことって言われてる。
私がじゃあ押し殺してきた感情は、樽を知るということだよね。
なんかこういいことしてるじゃんみたいなね。
なんかそういうふうな、感情を封じ込めるためのいい、
なんだろう、あのちょうどいい言葉だったんじゃないかなっていう感じがしてます。
でも実際樽を知るっていう言葉の本来の意味って
私もちょっとそこで何回もあまりに聞くので調べてみたんですけど、
この言葉って、老子の思想に由来していて、
何が自分にとって十分であるかを、
分かっている人っていうのはね、精神的に豊かであるっていう知恵を説いたものだそうです。
なので、新しい望みを持ってはいけない、持ってはいけませんよとか、
今の現状に満足して、これ以上のこと望んじゃいけませんよとかね、
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いう意味じゃないんですよね。
樽を知るの本当の意味って、今すでにある恵みに気づいて感謝しましょう。
それがすごく精神的に豊かになるということですよ。
そういうことなんですよね。
だから、感謝をする、今持っているものにありがたいなって思う感謝の気持ちと、
今後こういうふうに生きていきたいとか、
こういう環境を手に入れたいとか、こういう気持ちを手に入れたいとかね、
そういう願いって決して相反するものじゃないと思うんですよね。
完全に共存できますよね。
やっぱり、自分自身が今持っているものや今恵まれている環境に感謝するという土台があるからこそ、
さらに自分を生かして、どんな未来を進んでいきたいのか、どんな未来を作っていきたいのか、
初めてそこに向かうと思うんですよね。
人ってやっぱり現状に対する感謝がないと、より良い未来って描けないと思うんで、
そういう意味では、このたるを知るという言葉と、
未来に自分が将来求めたいもの、今欲しいもの、それを求めることって、
そこは全然相反しないことだから、どちらもあっていいんじゃないかなって思います。
なので、そういう人に向けてのメッセージとしては、
たるを知るの意味ね、解釈をまず変えてほしくて、
何も欲しがらないことがたるを知るじゃないですよっていう、
今ある恵みに気づいた上で、さらに自分を生かす道を模索する、探していくこと、
っていう風に定義し直してほしいなと思うんですよね。
今の恵みに感謝して、さらに自分をどう生かしていくか、それを考えること。
なので、変化を求める自分自身を否定してほしくないし、
前向きに自分の欲求を肯定するためにも、このたるを知るの解釈を変えてもらいたいなというふうに思っています。
というわけで、何が欲しいって聞かれて、思い浮かばないみたいな気持ちになるとしたら、
自分ってもしかして、その欲求を封じ込めてるんじゃないかって、
ちょっと思いっきり自分にね、もう一回尋ねてほしいんですよね。
本当にないのかなって。
本当にないんじゃなくて、そういう気持ちを持っちゃいけないって思ったことってないかってことですね。
結局自分の欲求を封じ込めてきたから、今すぐには浮かばないんじゃないかなって、
ちょっとだけ疑ってみてほしいんですよね。
人って欲を持っていい生き物ですし、その欲自体が悪いものではないはずなんですよね。
もっとこうなりたい、もっとこういうふうにしたい、それが自分のためとか誰かのためであれ、
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物理的なものを手に入れること以外にも、感情とか環境とか、あとは経験とか、
そういうものを手に入れること、求めることって決して悪いことじゃないんですよね。
なので、そういう意味で今ある恵みに感謝した上で、さらに自分を生かす道を探すことっていう風に、
樽を知るっていう言葉自体も考えても、そういう風に受け取ってもらって、
感謝と向上心っていうのは、私車の両輪みたいなもんだと思ってるんですけど、
同時に持つことがもちろんできますし、
一緒に同時にそれを感じて前に進んでいくことって十分ありだし、そういうものであるべきだなと思ってます。
なので、自分が何かに欲を持つっていうことに対して、まずOKを出してほしいなっていうのが今日のメッセージでした。
今日は欲しいものが浮かばないっていうのは、もしかしてあなたがそれが樽を知るってそういうことでしょって思ってるのであれば、
その樽を知るの鎧でちょっとセンサーが錆びてるだけなんじゃないかな。
でも今の現状に感謝しながら、もっとこうしたいっていう気持ちを持っていいよっていう、そういう話でした。
最近本当はちょっといいなって思ったのに、いやいやもう十分足りてるしっていう風に自分の要求にちょっと蓋をしたことってあったりしませんか?
よかったらコメント欄で教えてください。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
今日も頑張らずにいきましょう。キョンでした。