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2025-11-30 15:06

【思考は足裏から】歩行のリズムが「魂」を呼び覚ます理由

机の前で唸っても出てこない言葉が、歩き出した瞬間に溢れ出す不思議。足音の一定のリズムに乗って思考が整理され、自分の本音(魂の基準)へと辿り着くプロセス。

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サマリー

このエピソードでは、心身の調律の重要性と、身体や五感を通じて自己を再確認するプロセスについて語られています。特に「Bに戻る」ことの難しさや、歩行を通じて得られる魂の呼び覚ましが考察されています。また、歩行のリズムが精神的な調律に及ぼす影響や、音声配信を通じた自己調律の重要性も探求されています。さらに、過去の経験や感情が現在の自己表現にどのように影響するかについても触れています。

心身の調律
はい、みなさんおはようございます。こんにちは、お疲れ様の小松でございます、ということでございますが
みなさんね、もう見ていただけましたでしょうかね。あの新刊の
耳を澄ませば世界が変わるね。ぼちぼちと、あの良い感じでね、あの広がっていること、本当にみなさん感謝申し上げます。
それでですね、まあその中にも結構書いたんですけど、まあね、人って生きてるといろんな仕事とかね、すべきことがあって
あのDoがとても多くなるってことをね、最初に書かせてもらいましたね。 そしてあのBに戻るというか、基準、基準ですね、基準的な音っていうかね
まあ自分のあの心身を調律するっていうことを考えないと、やっぱりなかなかこう
複雑なね、現代社会ってやっぱ厳しき状態なので、そのあたりをですね、どんなふうに調律していこうか
つまり、Doの部分を少し柔らげてBに戻っていくような、そういう考え方というかですね
思考みたいなものをね、実際の音を聴きながら、これあの音はCDとか音源としては入ってなくて、
指示書みたいなものが入ってるんですけど、そこからしっかり自分の基準音をね、見てほしいというか、つかんでほしいと思うんですよ。
そこを一番僕は伝えたい、この本で伝えたかったことかなっていうふうに思いますね。 でね、もう賛否両論あっていいと思うんだけど、歩きながら配信するんですよね。
だからね、正直言うと、もうあんまり聴きたい人なんかもいつも結論のないような感じでも、響きだけ
なんか何この配信みたいなね、Tipsもないしね、そんな元々求めてもいないですし、だからそういうふうにエッジを立ててというか、もともとのその状態でやっぱりやってるとね
やっぱり人来なくなるんですよね、この配信。 聴いてくれてる方はすごくありがたいんだけど、逆にそれ以外のなんかこう
なんていうかな、これあんまり大きな声では言えないけれども、 表面的なもののその良いものというか、表面的なものを探すというかね
ブラウズというんですかね、つまみ食いされる方っていうのはもう即、僕の配信はね、もうすぐに止められるでしょうね。
そもそも視界というかね、聴覚に入ってきやしないって感じなので、そういうのがね、やっぱり音声配信は特に好みが出ますからね。
最後までやっぱりこれ聴かなくちゃならないわけですからね、1回ボタン聴かなくちゃというかね、聴かないとわからないわけですよね。
わからないというか体験、体感できないというかね、そういう特徴がどうしても
音声配信にはあると思うんですけど、にもかかわらずですよ。にもかかわらず僕の配信ね、やるとですね、聴いてくださってる。一人でも聴いてくれてるってのはすごいですよね。
特にプレミアムリスナーさんに本当に感謝。回数、再生回数がね、減らないところか、あれ、これリスナーさんの数を超えた回数があるから、聴いてらっしゃるのかなと思って、2回とか3回とかね。
特にこの通常回も、一応プレミアムもね、そんなに隔たりは強烈にはないんですけど、もうちょっとね、本音話をね、ガチトークしてますね、あのプレミアムではね。
そこちょっと言えないなっていうところはね、やっぱね、あるんですよね、通常回。だから僕のプレミアムの作り方というかね、基準の仕方はちょっと外に出したくない話、
どうしてもしたくなるんですよね。信頼しないと伝えられないような話があるんですけどね。
Bに戻るプロセス
別に差別化するわけじゃないけど、通常回で喋るのがね、どうだろう、
5だとしたら4か5ぐらいでね、プレミアムは9以上言ってますね。内容的に伝えたいというか、なんかこうレアなことというか、
割とあんまり外に出したくない話をしてますね。
すごい音。まあね、音を出したいんだよね。別に外で出さなくてもいいんじゃんとか思うけどね。
まあまあそれはもうね、ちょっと角が立つので言わないけれども、
ということで、そういう感じでやってるので、
よく聞いてくださっているプレミアムの皆さん、本当にありがとうございます。通常回でそれ言うと、なんかすごく
闇みたいに聞こえるかもしれないですけどね。やっぱりなかなか言えない話ってあるし、僕はどういうんだろう。
あのね、学生楽器の話というか、僕ピアノは久しぶりにサウンドスケープ論でね、演奏したんですけれども、
結構ね、学生が本音言ってくるんですよね。小松さんの音ってめちゃくちゃ優しいけれども、
まあちょっと違うと思われるかもしれないけど、僕はあえて言うと、反逆的なというか、
それの原石があるんじゃないかっていうかね。そう、柔らかく包み込むみたいな、僕それをあんま思わないんだけどね。
そういう音をね、出して、まあ喋り方もそんな感じだって言われましたね。あの授業の中でね。
まあ割とBの辺りを出すんですよね。出てしまうというか、音とかね、配信とかそう出てしまうんですけれども、
そういうものっていうのは、今のどういうかな、なんか静かな反逆してるんじゃないかって言われて、
そうなんですよ。聞き応えというか、聞き心地とかね、喋り心地はトゲがないのかもしれないけど、
そこはね、もう通列な、今の現代の状況がありまして、それに対する反逆というかね、批判をしてるような気がしますね。
批判的な音じゃないんだけど、これわかるかなっていう、批判的な音は出してないんだけれども、現状ね、こういう世界ってどうなのよっていうことを、
自分の音とかね、喋りとかこの配信もそうなんですけどね、それでやっちゃってるような感じだよっていうふうに言われて、
ああなるほどなって感じなんですよね。ここすごい鋭いなと思って、その学生さんね、まさにそうだなって。
その柔らかい部分では通常回で喋ってるんですけど、やっぱプレミアムでは反逆的なものがすごく出るんですよね。
やっぱり人って二面性、多面性って結構ありますけど、そこはね、家族にはいろんな面出すことできますけど、家族というか人によってね、直接個人的にそういう話って別にしたらいいじゃないですか。
別にこんな音声で不特定多数の前で喋る必要ないから、そういう感じの喋りをね、割とプレミアムではしてますね。
どっちかと言ったら今のこの通常回での配信はちょっとそっちより近いけどね、それ以上のことはね、ちょっと喋らないですけど、そういう感じですよね。
本当に誰でもそうだけどね、別に普段の生活で配信なんかしないしね、会話をね、そういう意味ではもうセキララと喋れそうな人、気心の知れたというかね、信頼感を受ける人とはものすごくそういう感じで、
うわぁ、小松独説ってすごく言われるなという感じですね。というお話でしたというかね。それが何の本のことになるんだっていうことなんだけど、まあ大丈夫でしょう。話は直っていきますよ。直るというか元に戻っていきますよ。
本の中でやっぱりBに戻れっていうふうにすごく伝えてるんですよね。Bの戻し方ってね、そんな簡単じゃないよね。もうドゥにまみれてるともうそこが疲弊しちゃって、まあなんかね、ちょっと麻痺しちゃうんだよね、簡単に言うと。だから戻りづらいっていうのがあって。
戻る場合はね、やっぱね、身体とかね、五感使わないとまずは戻らないよね。観念とか思考とかではなかなか戻らないよね。ある程度、まあでもどっちも大事でしょ。身体的なものもね、そういうものも脳みそというかですね、論理的なものも両方大事だと思うんですけれども。
歩行と魂の調律
まあそのあたりのね、部分っていうのがやっぱりどうしても必要になってくる。つまり身体的な感じ方みたいなものをやっぱりすごく表に出していくことによって魂の基準音っていうのがね、見つかって、そこからまたね、自然と別に頭で考えずに心身が調律されていくっていう特性というのがやっぱり聴覚には
強いですよね。そういう良くも悪くもそういう強さがあるので、まあそのあたりの論理展開、論理展開というかその感じ方のエッセイをね、極めてたくさん書いてますね。特に21年前の小松が原石っぽい青臭い小松なんですよ。青臭い小松なんだけれども、やっぱなんかね、今の自分では作れない、勝てないなっていうか、自分に勝ち負けはないんだけど、勝てないなってぐらいのね、なんかピュアさとか
純粋さがあってですね、もうこの野郎羨ましいわ、小松21年前みたいなね。そういう感じなんですよね。だからそういうことを感じて、調律するために今僕歩いてるんですよね。
別に自転車で行ったらいい距離ぐらいのところなんですけどね。その行きに歩いて、そして用事を済ませて帰りには歩くっていうね。
そういうことをね、やっぱり無意識にやってる。しかも音声配信をなんで路上でするか喋るかっていうのは、やっぱりまさにですね、これ自分勝手で大変申し訳ないんですけど、
やっぱりね、自己調律してるんだなっていうことですよね。それぞれのリスナーさんでも自己調律の方法ってありますでしょ。
特定の人と喋るとかね、小松の曲を聴くとかね、いろいろあると思うんですけど、なんかの方法をやっぱり持っておくといいですよね。
ただ僕は音の専門家のところの立ち位置なので、音からどんな風にそれができるのかっていうね、その効果的なやり方みたいなものを伝えるっていうのを、
21年前の資産があるからね、当時から同じこと僕やってます。専門も変えてないし、思想なんかも全然変わってないです。
進歩がないって言ったらそれまでなんですけど、そこの立ち位置が変わらぬもので、やっぱり21年後の自分としてはやっぱり本の中身でね、
やっぱりこう、DoからBeへっていうことの自分のやっぱり人生の経験もあるので、そこをね、注入したんですよね、今回すごくたくさん。
そこをね、感じていただくのがいいのかなっていう、そういうとても魅力的な、自分が読んでもね、毎回印象が違うんですよね。
即興的に書いた文章なので、もう全然なんかね、毎回読んでるとわかんないぐらい変わるというか、不思議な本ですよね。
そんな本なので、なかなか読み、正直言うと読みづらいところもある、学術的なところもあるので、そういうのもあるんだけど、何度も読んでいただいてね、
1回限りでは消化しきれないと思うんですよね。話題が四方八方に広がってますし、
良くも悪くも、まとまりがないっていう本なんですよね。自分のこの配信もそうですよね。まとまりが全然ない配信してるじゃないですか。
配信ってそんな、完成した話を喋るんじゃなくて、なんだろう、これこんなものかな、あんなものかな、みたいな感じで、探りながらというかね、
喋りながら、ラッシン盤を組み立てていくみたいな、そういう時間だから、そうした感じで毎回喋ってるわけですよね。
だから、結果的に毎日配信できるっていうのは、そういう、自己調律やってるからそういうふうに配信できるわけなんですよね。
別にそうやってトピックがあるからするぞっていうわけではないんですよね。 だからそんな感じのイメージとして
配信もしてるし、その21年前も実は同じような感覚で文章を売ってました。 パタパタパタパタってね。そこの現れがね、
今回のね、耳を澄ませば世界が変わるの、中にほんと凝縮されているので、 ぜひとも魂の基準を探していただいて、僕は当時は走ってましたけど、今は走ることはなく、
歩いたりとか、汚したりとか、自転車を漕いだりしながらね、 その辺りを深めていっている次第でございます。ということでいかがだったでしょうか。
自己調律の方法
また、ぜひぜひお読みになった方はAmazonのレビュー書いて欲しいな。 Amazonのレビューでお一人が書いていただくとね、
編集者さんも言ってましたけどね、
どんどんとね、書いていただく方が増えてくるんじゃないでしょうかね。 ということで、こちらにまたリンク貼っておきますので、
またぜひぜひ感想をお聞かせください。小松でございました。
15:06

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