前回に引き続き、エール株式会社 取締役の篠田 真貴子 さんをお迎えして、“読みかけの本”について語り合います。
【今回のゲスト】
エール株式会社 取締役 / 篠田 真貴子 さん
「人を人として見る組織」が増えることを願って、エール株式会社取締役として「コミュニケーション・ロス」最小化を通じて、個人と組織のパフォーマンス向上を支援している。複数企業の社外取締役、人事部門やD&Iに感する外部委員、「知のエグゼクティブサロン」コーディネーター、ミネルバ式リーダーシッププログラムのファカルティも担っている。読書に関しては、小学校、高校、大学院の計8年をアメリカで過ごした。小学生時代の「大草原の小さな家」シリーズを読破して以来、英語で書かれた本は原著で読みたい。 2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008〜18年ほぼ日取締役CFO。『LISTEN――知性豊かで 創造力がある人になれる』『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。
【登場した本】
『数値と客観性―科学と社会における信頼の獲得』セオドア・M・ポーター
感想
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00:09
今の伺っている中で、僕はまだ全然わかっていないんですけど、
オブセという土地に生きている、オブセだけじゃないと思うんですけど、地方というもの自体を組織的に見てみたときに、まさに安心社会のクッションが痩せているって本当そうなんだろうな、みたいな気はしてて、
それこそ、やはりその社会の中で前提に作ってきた強い世代の人たちがだんだん退場していくみたいな時代の中で、
その次の世代どうするの?みたいな感じで、特にオブセはすごい感じるんですよ。
特に街づくりを、オブセって街づくりがかなり有名になった場所ではあるんですけど、そこの世代の人たちが今大体80代とか90代とかになってきている中で、
それどうしよう、今後みたいな。いろんなものが、その世代がやってきた企画が終わっていったり、
それ終わるのは別にいいと思うんですけど、本当に必要なものは次の世代が続けているんだっけ?みたいな話とかって、結構街中でたくさん聞くな、みたいなことを思っていて、
今の話すごい、いわゆる日本の大きな組織の話かもしれないけど、地方のある意味その街づくりという観点も、もしかしたら近しいものがあるのかもなって思いました。
いや、近しいだとおそらく思いますね。少なくともその山岸さんの研究は社会だから大事だと思う。
そうですね、組織大事ですもんね、確かに確かに。
社会の構成要素として、特に日本の場合はその大企業の雇用観光が、それこそオブセの小さい企業が、
そういう大企業の雇用観光と、エールみたいなスタートアップの雇用観光とどっち見てますか?って言ったら絶対大企業じゃないですか。
なので、そういう意味で影響があるから、大企業を、意味もあって私は大企業に着目しているものの、北村の話に戻ると、
街という社会単位の中で起きていることを改めて理解するのに、あれはいい補助線だろうと思いますね。
今読むと、山岸さんの一連の、特に一般向けの著作って、2000年前後、一番最近の2008年ぐらいですかね。
そうそう、それぐらいですよね。
彼は、日本が信頼社会へと移行していくべきだし、そうなる可能性があるということに希望を見出していたように見える。
2008年に出た、安心はなぜ消えたのかっていう本もあって、それは消えてからまだ次に移行できてないよね、みたいな話をされてたんだけど。
03:00
わからないけど、結果的に日本は、信頼社会はうまくまだ育てられていない前提だった。
でも、一方で今の話を聞いていて、それこそ、図書館の館長を公募して、全く縁がない人に就任を依頼するっていうのは、ある種信頼社会的な動き。
1個の動きだから、それでもって社会は語れないものの、そういうことをやってみようっていうことに地域の皆さんの合意があるっていうことは、そういう気配があるお土地柄なのかなと思ったりするけど、どうですか?
館長が変わるって、良い面も悪い面もすごいあるんですよ、どっちとも。良い面で言うと確かにガラッと変わるので、そのタイミングの、その時代に合わせて図書館を切り替えるみたいな、すごいしやすいなと思うんですよ。
一方、採用コストとかすごい大変だし、お金だけじゃなく時間も含めて大変だし、実際採用うまくできなくて、館長と館長の間が1年空くみたいな、これまで僕の前だとあるんですよね。
僕で5代目なんですけど、この図書館で。その間すごいスタッフが疲弊するみたいな、結構あったりするわけですよ。全般的に良いかって言うと、色々問題あるような感じはするんですけど、やっぱりそれを合意して、この町として当時、今の僕がいる図書館は17年目なんですけど、2009年にできてるんです。
当時から方々を指定し続けようっていうのは前々町長が決めたんですけど、やっぱりそれは何でかって、突然そこで初めてやろうってしたかというよりかは、もともと昔からオブセというものが外から来る方、来訪される方が外から訪れる人たちを単に来訪するんじゃなくて、音を連れてくる人たちっていう言い方をしてるんですよ。
外から来たそういう音を持っている人たちが来るからこそ、この町がより元気に楽しくなっていくんだみたいな感覚を結構昔からあるよねっていうのは、結構この町では大切にされているものの一つに全体的になっている感じがしてて、そういう前提があるから図書館長を外から招くみたいなのも、色々問題というか悩みはあったかもしれないけど、それが結果的に合意されているのかもしれない。
やっぱりそういうベースがあるからだなっていうのは、すごく皆さんの話聞いても思うし、いろんな文章を読んでてもすごい感じますね。
面白い。そっか、音を連れてくる。
そうそうそう、そうなんですよ。
オブセもあれですか、歴史的にちょっと交通の要所みたいな。
そうそうそう、江戸時代とかも交通の要所で、ある意味長野の一番北の方なんですけど、その北の方、北シナノと文字ったのを北進って言い方をするんですけど、その北進地域の交通の要所みたいな感じ。
06:15
そうですよね。
そういう場所だから、葛飾北斎が晩年すごくたくさん過ごした土地みたいになって、北斎の作品が街中にたくさんあったりもしますし、結構これ話すと長いかもしれないけど、面白いんでシナノさんにシェアしたくなったんですけど。
この街がある意味な栗のお菓子のお店がすごく多かったりして、比較的商業が強い街に結果的になってるんですけど、何でかっていう理由が結構面白くて。
ここら辺って竹間川っていう大きい川と、あと篠井川、松川っていう3本の川に囲まれてるエリアなんですね。
これが全部強い酸性なんですよ、水の性質的に。
強酸性だと何が起きるって稲作ができないんです。
稲作ってやっぱりアルカリ川じゃないとできないらしくて、それが逆に果汁、果物にとってすごくいいらしいんですね、酸性って。
ゆえにここでできてるのは栗とかリンゴとかブドウとかそういうものですと。
でもそれを見たときに果汁がある地域と稲作の地域って極端二つ分けるとすごく全然文化感が違くなるはずで、
稲作、お米ができると、お米主食だからみんなその土地でも食べれるじゃないですか。
外に出ていかなくても生きながら得られる。
けど果汁、果物の場合それ主食じゃないからずっとそれだけ食べて生きていけない。
だから果汁の場合そういう地域って外に売りに行かなきゃいけないんですよね。
外の世界にたくさん果汁を売ってお金を呼び込んでくるとか。
商品作物ってやつですね、いわゆる。
かつやっぱり土地もちっちゃいし果汁以外何もないから、外の人を呼んできて何かやってもらうみたいなことがやらないと土地として生きていけなかったみたいなところがあるので、商業が強くなって商家豪商みたいな人たちがどんどん増えていくみたいなのがあったらしいですよ。
いやーめっちゃ納得。面白い。
そういうものの蓄積が社会の性格、さっき言った安心社会、信頼社会みたいなものを一つの切り口ですけど作っていきますよね。
思えばそんなに20年ぐらいじゃ変わらんでしょっていうのもそうかもなって思ったりはしました。
今の話とオブセの土地柄の歴史とちょっと近い感じで以前聞いたことあるのは、ケセンヌマって港の町で、しかも割と古くから遠洋、当時の遠洋目の的な町なので、
09:07
海のつながりってケセンヌマ町市でキー半島で高知の方みたいな、そういう感じ。
確かにそうなるか。
やっぱり外に向かって開かれてるし、そういう遠い土地の人がやってくるっていうのが昔からあって、
近代になってからは、今の遠洋漁業って実際船乗りさんは外国人の方だから、船がケセンヌマに水あげすると町中インドネシア人の船乗りさんでいっぱいになるとかいうのが日常。
なので、割と地域で船関係の事業をやってらっしゃる方々とかも普通にみんな海外留学とかしてるし。
そっかそっか、そりゃそうなるか。
っていうのは、ちょうどね、震災があったことでケセンヌマを私は初めて訪れて地域の方とお話しする機会を得たんだけれども、
そういうことを知って、なんか面白いもんだなって思ったのと今重なりました。
確かに、それはそうですね。外からの人をむしろ呼ばないとやっていけないみたいな、そういう土地観だと。
なり合いがもうそういう土地柄だから。
そうすると。
ありますよね。
僕の生まれた秋田県はめちゃめちゃ湖面のところなんで、やっぱり全然違うんですね。
でも自然環境は若干近いんですよ、長野と。
そのまま周り雪山ばっかりになるし。
かつ、秋田の方が一番北の方だったので、青森文化圏だったから林檎もめちゃめちゃ多くって、
そういった雪山林檎とかが近くて、住み始めた時、こっち小布施に住み始めた時は、なんか故郷に近いみたいな感覚はすごいあったんですけど、
暮らせば暮らすほど全然人の感じが違う。
面白い、そうか。
やっぱり小布施だけじゃなくて長野かもしれませんけど、やっぱり外に向かっているみたいな感じがあるし、秋田はどっちかというと内側に向かっていくみたいな感じであるな。
雑に言うとですけどね。あるなと思ってて。
そういうのってやっぱりそういう生きていくためにどんな風な状況、自然環境、食べ物みたいなのも含めて、あと水とかがどういう状況なのかっていうところによってかなり違うんだなって思うし、
そういうところがまさに安心社会みたいな話と隣接するんでしょうね。
きっとそうなんでしょうね。
面白い。
面白いな。
いやなんかこんな風に話してきて全く本の話をしてないなって緊張する。
12:01
まあね、一応山木先生の本の話はしたけど、一個じゃあちょっともはや最後の方になるけど、ちょっとメタでは近い話になるかなと思う。
まさに読み始めて、難しいからちょっとこれAIの力も、AIに解説してもらいながら読もうって今思っているのがですね、
数値と客観性、数値って数ね。
数の数値ですね、数の値ですね。
値と客観性、科学と社会における信頼の獲得っていう副題で、
めっちゃ難しそう。
書いた人はセオドアポーターっていう人なんですね。
本当私前書きと一章の始めを読んだ時点でもうすでにおもろって思っていて、
もうこの本を手に入れたらよかったって思って満足してるんですけど。
満足者ですね。
この本を知ったきっかけとそこで紹介されたことが、私が読んだ範囲とほぼほぼ重なるので、
それで言うと、今って仕事をしていても、政治みたいな領域でも、
数値化することってすごい大事とされてるし、
数値化されているものが信頼されるんじゃないですか。
そっちの方が偉いみたいな考えがある。
数字は客観的で、数値化できないものは主観的であるっていうような、
ちょっとこういうひも付けもありますよね。
でもその数字化できるっていうことが良いのであるとか、知的であるとか、
数字を操作できるっていうことは何らかの知性の表れであるとか、
客観的であるっていうことが良いのであるって、全部これ価値観なんですよ。
なるほど。面白い。
確かにそれは価値観なのか。
ある時代からだんだん強化されて、現代に至る、
ちょっと数百年とかの単位の歴史で見たら、今の流行りでしかない。
これは何で起きたのかとか、これがあることで何を我々は失っているのかっていうことを論じた本で、
この著者の方は科学技術史の第一人者みたいな方で、
英語版で書かれたの自体はもう30年以上前なんですよ。
2000年前か。
日本語版も2005年くらいかな。
そっか、そんな前なんですね。
結構前の本なんですね。
私はある、日本語版は2013年でした。
でももう数年前ですね。
15:01
真相版が2024年に出てる。改めて出ている。
なので真相版が出たってことは、
この数値を信じまくるっていうことって本当にいいんでしたっけみたいな気分が、
たぶん世の中でちょっと出始めたとすんで、
おそらく真相出版社は踏み切ったのではないか。
ここは勝手な私の妄想です。
で、例えばっていうことで言っているのは、
数値化イコール客観ではない。
ちょっと考えればわかることなんです。
その数値化とか指標化っていうのは何をしてるかっていうと、
集計可能にする。
集計可能にする。
集計可能にする表現方法であり、それ以上でもそれ以下でも本当はない。
そうすると、じゃあ数値で表現されてないものは客観的じゃないのかって言うと、
たぶんそんなことはなくて。
例えば、
じゃあ何かっていうと、専門的な知見。
専門的な知見。
数値化はできなくても客観的な合意としてあったりするじゃないですか。
そこから先客観と主観ってなんだってそこの境目はなんだってまた面白くややこしい議論が入っていくんですけど、
例えばですよ、私もそっかと思った。
その部分を自分の脳内で読んでイメージしたのは、
お医者さん行ってこの数値がどちらこちらって言われるときってまさにそうだなって思い、
しばらく読み進めたらまさに医学の例が出てきたんですね。
例えば人間ドッグとか私行ったら数値がわーって出てきて、
例えばこの数値が上限ギリギリですねみたいなことは、
それは私だって見りゃわかる。
数字読めるから。
けどそれが意味すること、
心配したほうがいいのか、
放っときゃいいのかなのかとか、
それは医師の専門知見があるから読み解けるわけで、
かつ私がそれを信頼するのは、
そのお医者さんが勝手な自分の個人的な経験値でいいんじゃないですかって言ってるのではなく、
医師たちの世界の中で、
数値プラス文章プラス暗黙値みたいなことの蓄積があって、
私のケースを見たら、
こういうとこだけ気をつけたらいい、
むしろ神経質なりする方がよくないよと言ってるのだなということを、
18:01
私は信頼しますよね。
彼が日本語で言ったことは数値化されてないんですよ。
だけど客観的だと言える。
みたいな話。
まあ確かに。
これを前半だらだら話した、
組織と人の関係に持ってくると、
ちょっと私から見ると、
いろんな意味での指標化、
KPIもこれちゃんとKPIの定義からずれて、
KPIという言葉が留守してるっていう前提はあるんですけど、
一旦わかりやすいからKPIって言いますが、
そのKPIっていうものの使い方とか、
それが人に及ぼす影響っていうものに、
あまりに無邪気に何でも指標化しすぎじゃないのっていう、
それが人を傷つけてるし、
経営の実は効率性をむしろ逆行してる。
っていう問題提起もする予定です。
本でそれを書いたところから、
これに興味が出てて、
出会ったんで、よっしゃこれを読むかと思って買った。
しかも日絵両方買って頑張ります。
そうなんですね、なるほど。
今の最後の一言ってすごく思ったんですけど、
指標化しすぎだし人を傷つけるって言ってくれたじゃないですか。
指標化することは仮に正しいかもしれないと言ったとしても、
ただ同時にそれで人を傷つけすぎた結果、
生産性が下がるってこともたくさんあるような、
みたいなことも思って、
そう思うと、もちろん傷つけないために
指標化しない方がいいっていうわけではないとは思うんですけど、
なんかそこ、人を傷つけるみたいなところって
遮障されがちではなくて、そう思いました。
もう1個だけいいですか。
一応私が今の過去かなと、
一応原稿では書いてて、
最終版に出るかどうかわかんないですけど、
なんでそうなるかって言ったら、
やっぱり指標化して、
それを目標とかこれで測りますよっていう風に、
ビジネスの中でも置いてしまうと、
当然人の意識はそこに集中しますよね。
そうすると視野共作、
視界が狭まるわけですよ。
その指標達成に関係ないことは、
全部ノイズのように感じられちゃう。
もっと言うと、感知しなくなるんですよね。
それ以外のこともね。
有名な本で、見えないゴリラって、
Invisible Gorillaって、
日本語版ってどういうタイトルでしたっけ。
本はありますよね。
有名な実験と。
実際動画では、
人がボールをパスしあってて、
バスケ中に横切るやつね。
被験者は何回パスしたかを数えてくれって言われてるから。
実は動画の中でそこを、
かなりわかりやすい感じで、
ゴリラの着ぐるみを着た人が通るんですけど、
21:02
これ私も実際引っかかったんだけど、知らないで。
研修受講した時に。
数を数えてると、
全く気がつかないんですよ。
あれすごいですよね。
本当に気がつかなかった。
あーって感じだったんです。
KPIってそういう効果がある。
自分が傷ついてることにも気がつかない。
自分をとにかくKPIマシンとして、
頑張ることがゼだと思っちゃって、
でもなんか疲れるとかストレス感じるとか、
人によっては、
感じるセンサーがあまりに鈍っちゃって、
気がついたらシンシンを。
ちょっと体調不良がひどくなっちゃうということまでいく可能性もあるし、
経営する側から見たら、
そういうマシンに人々を仕立ててしまうことで、
本当はKPIって過去の経験から基本的には、
これは測ったらうまく再現できそうっていうので、
出してるわけだから、
そうではない予兆とかに気づけなくなっちゃうんですよね。
そうか、そうですよね。
という、ツールは何でも、
1個で全部うまくいくってことは全く当たり前で、
必ずそのツールは、こういう目的には効くけど、
これには効かないとか、何なら副作用があるよっていうのは、
あらゆる手段がそうなので、
何の副作用があるんだっけこれっていうことを、
理解して使わないといけないんだけど、
なんかそのあたりが相当抜けて、
25年ぐらい回し続けてませんか、これっていう話をちょっとしようとして。
なるほど。
すいません、なんか私の本起点の話ばっかりめっちゃしちゃった。
いやいやいや、そういうタイミングでよかったなと思って。
でもなんかね、今の聞いてて、
僕もこういう公共電波のどこまで言えるかしらはありたんですけど、
僕も一応公務員になったじゃないですか、
その中で役場の中入って、
こういうふうな数字なんだな、こうなんだな、
結構多くてですね、
しなわさんが書いてくれたやつを読みながら、
役場のみんなとも読みたいなってすごく思ったりもしました。
よかったらぜひ。
ちなみに図書館のKPIで一応あるんですよ。
図書館のKPIが一応置かれてて、
来館者数になってるんです、今。
それはですね、
自治体って第何次総合計画みたいなものを数年に1回作って、
それが結構ベースになって、
それを達成するために運営するみたいなところがあったりしますけど、
もちろん僕が館長になったときには、
その計画がすでに作られていたので、
僕は特に館長はしなかったんですが、
4月ぐらいに研修の中で教えてもらって、
こういうものがありますと。
24:00
計画の中身見せたら、ペラペラ見せたら、
図書館の来館者数、令和11年度目標8万1000人みたいに返せて、
そうなんだ、みたいな。
来館者すごい大事だし、
ひたすら下がっていいってわけじゃないけど、
それだけを見てやっていったときに、
それで本当にいいんだっけ、みたいなところがすごく思って、
今はまだわかんなくて、
最近、図書館協議会って諮問機関があるんですけど、
諮問機関の委員の方々にも、
来館者こうなってますけど、皆さんどう思います?みたいな話とかをしてて、
どうしようかなって思ったりはしつつ、
やっぱりそこだけに、
しのさんわかってくれてるかもしれないけど、
僕たぶん、何か一つ決めてそれをやりきりにいくのがすごい好きだから、
やれそうな気もするんだけど、
今言っていただいたゴリラっぽいもの。
見えなくなる感じもすごいわかるなと思ってて。
今の伺ってて、まずすごい健全な、
超上から目線で今やだな。
すごいさすがの着目点だなと思って言ってました。
確かに図書館、特に公共のものの中でも図書館っていうものである以上、
本当に全世代に向けての教育、広い意味の教育を、
やっぱりハブだから、
なんならそれこそ平均して全町民の方が、
年一回以上お見えになるみたいなこととかね。
おそらく、きっと8万1000人みたいな数字も、
それが達成された時のあり姿みたいなものがあるのかもですね。
こんな雰囲気とか。
実は8万1000人って言った時に、
そこを目指して、町の外から人がわらわら来る状態を想定されているのか、
私が今ポロッと言ったみたいに、町民の方が必ず一度は来れるようにするのかでも全然違った。
違いますね。本当に違いますね、それは。
みたいな質感とともにその数字が語られると、
私がさっき言った見えないゴリラ問題から、
全く脱却できる別次元に行く話をされてるなって。
確かに。その状態の雰囲気、状況がどうなのかって、
その数字だけじゃわからないですよね。
逆にもしかしたら館長のお仕事として、
そこにどういう肉付けをするか、好きにやらせていただきますっていう。
そういうのもありますよね。
ありだと思うんですよね。
もちろんそれだと数字だけもらうって楽で。
確かに確かに。そこは一旦達成しつつ、みたいな感じですね。
27:00
そうそう。やり方は私のビジョンでやりますっていう。
そうなんですよ。
想定外にそこの相談をするような感じでありがとうございます。
そんな相談なんてとんでもない。何も事情がわかってない。
そっか。楽しみですな。
まずはね、ここで喋ってしまったこともあり、
書き終えて商業出版に頼る中身に何とかして、
出るように頑張る目標です。
遠くから応援をしております。
ありがとうございます。
本の話もちょっとした。
ちょっとしました。
ありがとうございます。
結構いい時間だな、みたいなことも思っておりまして、
ありがとうございます。
この番組は普段終わるときに、
いつも今日の話も踏まえてでもいいですし、
もはや別に今日の関係なくてもいいんですけど、
一つ何か今頭の中に浮かんでいる問いみたいなものを
一個出してもらって終わっていくみたいなことをさせてもらっておりまして、
この番組を聞いてくれている方にとってプレゼントみたいなものになってもいいなと思うし、
僕も考えたいなと思いますし、
意外とゲストの方とそういうのを毎回やっていると、
1年前とかに出てくれた方が久々に自分のを聞いて、
こんな問いを自分が言っていたみたいなことを
リフレインして帰ってきてなんだろうってなるみたいな、
結構最近いろんな人とそういうおしゃべりをよくしてまして、
そんなことも1年後の下間さんへのプレゼントみたいな意味も込めて、
何か下間さんの中で今一番考えてみたい問いみたいなのを出してもらえるとありがたいなと思いましたが、いかがでしょうか。
いや、なんだろうな。
うーん、なんかね、
多分こう、事業運営とか経営っていう文脈って、
今最後にちょっと話してたその、
数値にするっていうことの、
思想とか、
哲学っていうか、
もっと平たい言葉で言うと、
それが良いのだって信じてしまう、
この価値観は何なのっていうことを、
私なりに解明したいんですよね。
で、それは、
ある意味、今の状況だと、
聞くとか、その人として扱うっていうことに対して、
30:05
いや、大事なのはわかってます、でも、
でも、ほにゃほにゃほにゃだからできないんです。
っていうことの、
私から見たら、私とは、
あなたがおっしゃることはごもっともだけは、でも、現実はそうじゃないんだよ、っていう反論をいただくわけで、
その反論のベースになってる、
一極点が、その数値というものに対するスタンスにあるというふうに私には見えていて、
それをちゃんと理解していきたい。
なるほど。
私の質字をあんまり知らない方に一言だけ申し上げると、
もともと超数字側から来てる方で、
初め社会人になったのは銀行で、その後コンサルにいて、
その後もどっちかというと、
ファイナンス、財務とか事業計画とか、CFOとかやってきてるので、
お金と数字と資本市場と、
アロインみたいなやつはずっとやってきてるんですね。
今も社外取締役だから上場会社。
それはもう前提としてある上で今の疑問。
そういう価値観って何なんだろう、みたいなことは、
さっきおっしゃってた本の中に書いてるわけではない?
一部というかまあまあ書いてあるっぽいんです。
それはやっぱり一つの見方ではあるし、
この本を一つ出発点にして、
ちょっと理解を広げていきたいなと思ってるんですよね。
そっか、それで結果的には、
篠輪さんご自身として一番納得できるロジックが見つけられると。
そうそうそうそうそうそうですそうです。
どうもこういうことなんじゃないのっていうことが、
自分の観点として勝てられるようになるところまで行きたい。
それでいけるともちろん本は出来上がるでしょうけど、
それによってNLも多分強くなっていく部分もあるでしょうし、
篠輪さんがいろんなところでお話しされるときの、
そもそもの根拠、それこそ土台みたいなものになっていくんですね。
と、ではないかなと思っていますね。
わー、楽しみだな。
いつになったらそこにたどり着くのかわかんないけど、
でも、それはちょっと思っています。
なるほど。
ちなみにすごい余談ですけど、言いたくなったのに言いますが、
篠輪さんに送ったかな、ちょっと覚えてないんですけど、
僕がこの図書館の館長の応募、面接中とかに出していた小論文があるんですけど、
33:00
このオブセの街に対して図書館ができることみたいなテーマで書いてくれみたいなやつとかで書いて、
結果的に面接とかでも伝えていたし、今も実際持っているのは、
どの図書館にしてくって、聞く図書館にしますっていう話をずっとしてたんですよ、去年も。
そして今も、去年と間隔が若干ずれている違う部分、
違うというよりかはより解像度が上がっている部分もあると思いますけど、
今でもやっぱり聞く図書館、別にそれって利用者の声を聞いて改善するっていう話というよりかは、
もうちょっと街の人たち同士が聞き合える状態になっていくためのハブ的な機能として図書館を作っていくみたいなところはすごく持っていて、
やっぱりそれってすごくいいよねみたいな話を結構いろんな人にされるんですよ。
街の人にもされるし、結構図書館業界の人にも結構それを言うと、なるほどみたいな感じで面白がってもらえたりはするんですけど、
やっぱなんかそれってあれあったらいいけど、別にそれで何が変わるのみたいな、
っていうところのご意見ももらうなみたいな気はすごいしてて、
僕なりには定性的な、主観的なロジックは結構あったりはするんですけど、
なんかちょっとなんだろうな、ベースが足りないなみたいな思うところもちょっとあったりして、
しなわさんのそこのロジックができていったりした時に、
あ、僕もすごい助かるかもみたいなと今すごい思いました。
主観が客観、なんだろう、客観とは何かみたいなのになんかね、行き着きそうな感じがあって、
こういう考え事は好きなんですよね。
いやー、客観と主観の境界線とか何考えていくのか、それがわかるのかもわかんないな、なんか。
そう、もうね、ほんとだからこの本もなんかほんと、
初めの20ページぐらいでもうそういう話がドカドカ出てきて、
読むのにめっちゃ時間かかる。
いやー、お疲れ様でございます。
いやー、ほんとありがとうございました。
ありがとうございます。
じゃあ、こんなところで今日の時間終わっていきましょうか。
第100回おめでとうございます。
ありがとうございます。
さあ、最後にシノアさんにご感想を言っていただいて終わっていこうかなと思いますが、いかがでしたか、この1時間。
ほんとありがとうございます。
ありがとうございます。
まだ全然書き途中の私の本について色々聞いていただきありがとうございました。
実際、まず運よく、運だけじゃないな、
出来上がって多才にはぜひ図書館にお送りしたいと思うので、
ぜひぜひお願いします。
皆さんに見ていただいて、全然あの時言ったこと書いてないじゃんみたいなツッコミをしていただけると大変ありがたいです。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
では改めて終わっていきましょうか。
今日もお聞きいただき皆さんありがとうございました。
読みかけの一冊から少しだけ人生の途中を見つめる時間になっていたら嬉しいです。
ではまた次のマニマニでお耳にかかりましょう。
36:00
今回の読書のマニマニのゲストは、エール株式会社取締役の篠田真希子さんでした。
篠田さん本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
36:15
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