いいですね。ペアリング面白いですね。
僕はあんまり覚えてないな。最初にペアリングすごいって思ったこと。
そこまで感動するようなペアリングをしてくれるお店って少ないじゃないですか。
会うっていうのはあるよね。
会うっていうのはあるけど、その鳥肌レベルっていうのは僕も実はそれが最初で最後で、出会いたいなってずっと渇望してるよね。
なんかね、そうなんですよね。会うね会うねみたいなのはよくあるけど。
感動っていうのは新しい世界を見せてくれたことへの感情だったんですかね。
確かにそうかもしれないし、単純に驚いたのかもしれない状況というか。
ペアリングってこんななんだと思って。
当時食べに行ったことすらなかったからこんなにいっぱい。っていう中でだったんで、すごい印象深い思い出体験というか。
まあけど鳥肌レベルでっていうにはそうですね。
あともう一個は明確に言ってもちょっと潤覚えではあるんですけども、
バンジュトゥにそのために行った。それも前回に話して友達の感動したないかとか言ったけど。
それと同じ。そこもその時に食べたのかな。
バンジュトゥに食べたリドボーがちょっとちっちゃめだったんだよ。
ちっちゃいコロコロっと装填されたみたいな。
それは抜群の火入れというか食感で。
まるでしらこ食べてるというか。
へー。
あれはけどいまだにどうなってたんだって思ってるんやけど。
ちょうど食材の状態が良かったのかなんなのかもよくわかんないんだけど。
リドボーを大きめでね、それこそ叩いたフレンチで大きめで装填してっていう。
食べるみたいなことは、食べるというか提供するみたいなこともやったし。
余ったら食べさせてもらったりとかもしてたから。
僕の中での概念がある程度あった食材。
リドボーって多分わからない人もいるかもしれないですけど。
甲子の狂腺って甲子がお乳を飲むために、それを消化するためにできる器官。
大人になっていくと消えてしまう器官で、結構希少部位って言われてるんですね。
そうですね。
それの火入れというか食感が良すぎて鳥肌立った。
それはもう具体やね。それを食べたことそのものにしたっていう。
その2つが僕の思い出というか感動体験。鳥肌レベルで感動した料理ですね。
ちなみにそのまんじゅう丁のリドボー食べた時って、矢本さんはもうリドボーのことを認知していた時ですか?
そう、認知していた。
だから認知していってリドボーはこういうものだ。しかもリドボー結構好きだった。
その状態での感動っていうのはあれですね。
なんかまたさっきのとは違うタイプの感動というか。
ジャイペンの常識を覆された。
覆される。上書きしてくれるような。
確かに確かに。新しい発見が弁者やね。で後者が上書きされたというか。ある意味新しい発見ではあるんだけども。
リドボーの新しい一面を見たというか。
でもやっぱり知ってたからこそ、知ってるものがこんな風になるんだっていう感動ですよね。
なるほど。リードボーが。だってイメージわからないですもんね。
リードボーの一番美味しい食べ方というか状態みたいなのって知ってるつもりではいるじゃないですか。
はいはい。
ブレーズだったらこう、ローストだったらこうとか、ソテーだったらこうとか。
このくらいの火入れがこういう風に美味しいよねとかって。
いろいろやってきて食べてきて知ってはいるつもりなんで。
そういうのを他の人の料理で覆されるとやっぱりびっくりしますよね。
そうよね。しかもコロコロしてたよ。さっきも言ったけど。
そんなに大きい塊で焼いた方が美味しいってイメージじゃん。こっちからすると。
あ、そうそうそう。
こっちからすると。
我々とにかく大きく焼けと言われてきた人間からすると。
特にその当時はさ。
塊肉こそ正義みたいなね。
僕は最近そこちょっと物によることがちゃんと経験として分かってきましたけどね。
焼いてるその単純にちっちゃくすればするほど面積が増えるじゃないですか。
カットしたりとかすると全然違う良さが出てきますよね。
その話で言うと僕もちょっと調理師学生の時に初めてローストビーフの授業があって。
循環して休んでジューシーになるんだよね。
その時かな。疑ったの。
疑ったんですか。
こいつ本当なのかなって思ってたよね。
なぜならジュースが肉の中で暴れ回ってカットしたらジュースが流れ出るじゃん。
ってことはカットせずにちっちゃくてジュースが暴れ回っている時に口に掘り込んだ方が美味しくてジューシーに感じるんじゃないのって。
ヤンオスさんってそういうところに気づく若者でしたよね。
答えてはもらえなかったけど気まずそうだった。
いやーなんかねやっぱ料理ってそういう嘘をいまだにいっぱいありますよ。
なんか塊で焼いた方が美味しいよねとか実際テンション上がるとかあるからさ。
テンション上がるとかそういうのも味に含まれるから。
骨付きと骨付きじゃないとか明確に違うの分かるんですよ。
はいはいはい。
でもそうですね固まり云々より縮まないか縮まないかどうかって焼き方云々だし。
どんだけ水分を含ませるかっていうのもやり方次第じゃないですか。
まあそうだよね。どう持っていきたいかっていう。
いかに水分を保つかのことを考えて。
例えば塩を先に振らない。振ると少しでも水が出ちゃうからっていう。
僕はいつも思ってたのがそれで水分を保ったとてあんま変わんないんですよね。
はいはいはい。
何ちゅうやろうな。どこで火入れ止めるかでジュワッとする感覚ってやっぱりコントロールできるから。
水分量が多いか少ないか。ただ水っぽくなるだけじゃないですか。凝縮しないと。
それがだからイコールジューシーで美味しいよねみたいにもならないし。
多分持ってき方の問題だよね。
俺は多分その時に唐揚げとか小籠包とか食べて口の中でジュースがビャーって飛び散ってるのが美味しさなのかなって僕は思ってたんですよ。
まだあれだったからさ。そんなに料理も知らんみたいな。
なんだったらフランス料理とイタリア料理の違いも知らんみたいな感じだったから。
あとあれよね、うまく焼けてるっていう状況も、ピンポイントに見たら100%の正解じゃない可能性もあるよね。
なんだろう。意外とさ、牛肉の火入れって意外とストライクゾーン広いじゃん。
広いですね。
そう考えると実はみたいな。
そうそう、だからね、結局うまい人っていうのは意図した場所に持っていける人なんですよ。
ストライクゾーン広い中でこの料理にはここっていうのをちゃんと想像してできる人が上手な人ですよね。
確かに確かに。
話が逸れました。
オッケーです。
逸れましょうか。話が逸れました。じゃあ戻しましょうか。
じゃあ一応僕の。
ああそうか。
山本さんの感動は今お伝えしていただいて、僕の感動ですよね。マジでめっちゃずっと考えてるんですけど、
これなんか僕前も喋ったと思うんですけど、僕って感動しやすいんですよ。
はいはいはい。
感動しやすい。何にでも。前も同じこと言いました。感動というか興奮というかみたいな。
はいはいはい。
何にでもうわーこれすげーうわー最高みたいなすぐなっちゃうんで。
はいはいはい。
それを感動にカウントしてたら。
キリがないと。
もうキリがない。もう何にでも感動しちゃうんで。でもそうだなーなんかそういう人生を変えてくれたとか今までの概念を変えてくれたとか新しい世界を見せてくれたとかそういう意味で言うと、
なんか唯一一個だけずっと忘れられない料理は大阪のユニストンでクールというレストランですね。
今尾上っていう名前に変わってやってるんですけど、2回行ったんですね。
で、1回目はすごいスタッフも多くて、グラメゾンって感じの体験をさせてもらったんですよ。料理もすごかったし、サービスがとにかくかっこよかったんですよね。
2人ぐらいで左右から来て、友達と2人で食べに行ってたんですけど、サービスが2人でついてきて、料理には黒酒ですね、蓋みたいなの被せてあって、それを2人分同時にサービスマンがパカって開けて。
はいはいはい。
で、片方の人が説明を始めるんですけど、説明を始める時に持っている黒酒を後ろに、背中の方にちょっと持っていくと、もう一人のサービスマンがそれをキャッチしてスマートに去っていくみたいな。
なんかね、サービスの連携とか含めてかっこいいなって思ったんですよ。
すごい良い体験をしたなと。
で、2回目行った時に、もうすぐユニストンでクール、移転しますみたいなタイミングだったんですよね。
どういう理由かちょっとわからないですけど、結構スタッフが減ってたんですよ。
スタッフが減ってて、料理の内容もずいぶんシンプルになってたんですね、2回目行った時。
で、今考えたら多分シンプルで研ぎ澄まされていってたんだと思うんですよ。
素晴らしい料理になっていたと思うんですね。
ただ、当時の僕学生だったんで、わからない、フランス料理にすごい華やかな世界に憧れて、そういう料理の方がすごいって思ってた時だったんで。
もしかして人がいなくなって、手がかけられなくなったのかなって思っちゃったんです。
ネガティブな要因。
それはすごい今考えた朝墓だなと。
もう1回体験をできたら、今だったらきっと良さがわかるようにと思うんですけど。
その2回目の食事の時に、すごい全部美味しいんですけど、頭の中では少しだけ前回のすごい華やかだった記憶っていうのに頭が引っ張られていった中でのメインですね。
メインでコクレ、ひなどりのロッティが出てきたんですよ。
超シンプルな。
そのロッティがもう今でも味鮮明に覚えてるくらい抜群に美味くて、もう普通のロッティなんですよ。
火入れもすごかったし、それよりも何よりもジューですね。ソースが半端なく美味しくて。
はいはいはい。
マジで意味わからなかったんですよ。
何だったんだろう。
それは今でも何だったんだろうっていう感じ?
あとですね、ちょっと順を追って説明していいですか?
はいはいはい。
当時は学生だったんですけど、学校でジュー作ったりとか、家でも遊びで作ってみたりとかしてて、ソースを作るってことはよくやってたんですね。
でも明らかにものが違うと、コクレのジューを食べた時にクリアさと、液体と素材の油脂分、コクレの油の出てるバランスとか、本当に素材の味の凝縮感って段違いですごくて。
とにかく感動したんですけど、味に。これはもう味に感動したんですけど。
はいはいはい。
当時はマジで家でも作ってる段階だったので、どうしたらこんなものができるんだろうと思って、いろんな分析をしたんですよ。
こんなキレがあるのは何なんだろうみたいな。お酒は何か使っているのかとか、野菜は何をどうしてるんだろう。こんなキレがあるのは何なんだ。
もっと例えば仕上げに入れたりとかしてるのかみたいな。いろんなことを考えたんですけど、結果今わかるのはただめちゃくちゃ丁寧に作ってたんだと思います。
そんな工夫じゃない。ただちゃんと作ってたんだと思う。今ならそれがわかるんですよ。ただちゃんとしてました。
そう。あれは本当に感動したな。その時感動した時は本当にどんなテクニックを使っているんだろうみたいな。
誰も知らないようなこの人だけのテクニックがあるんじゃないかって思ったんですけど、味を鮮明に覚えているがゆえに料理がある程度上手になってきた。
今改めて考えると本当にただしっかり作ってたんだっていうことに、今たどり着けたことが最近すごい嬉しかった。
なるほど。ようやくわかったみたいな。
ようやくその作り方がわかったみたいな。できないですよ。まだあんなものはできないし、あれはそれだけをずっと続けている人にしかたどり着けない領域だと思うので。
あれは本当に特別なものだと思うんですけど、にしてもすごかったな。あの一皿で本当に、当時の僕としてもしかしたら前回の方が好みだったと思ってたんですけど、あの一皿で全てを持っていかれました。
素晴らしい料理でしたね。
考えるとおどん上は、それである意味クラシックに寄せて、ユニソン・デクールの時よりもクラシックに寄せてやってたってことだから、行きたいですね。
ぜひ機体作る。本当にたぶん、原点回避じゃないですけど、コンベクションすらやめたみたいな話を、台下オーブンだけになってるみたいな話を、まあだいぶ昔ですけどね、今どうなってるかわからないですけど聞いたので。
いやーけどなんか、デュグレレフ・アンコウとか今見たら、ゼミエマ・トルテとか、ガレットゼロワンとか結構。
あ、てかGPSそうだ、あのベキャスを初めて食べたのもユニソンだったんですよね。
あ、そうなんだ。俺なんかユニソン・デクール一回だけ行ったことあって、その時は魚料理が美味しくて、魚料理が強い店だと勘違いしてたわ。勘違いしてたっていうか、まあそうなんだろうけど。
魚も美味しいし、やっぱりソースですよね。一番の得意とするところはおそらくですけど、魚もでもすごかったですよ。魚も、でっかいヒラメのソテー。ソテーだったかな?クリームソースだったかな?忘れたんですけど、骨付きで出してくれるんですよ。
あれを、当時学生の僕にはうまく食べられなかった。今だったらわかるじゃないですか、どうなってるか。
構造がね、ガレットゼロが入ってるから。
こういう風に出されたものはこういう風にして食べるんだとわかるんですけど、当時はテンパりましたね。骨が付いてるって思って。どうしたらいいんだろうって思ったんですけど。
でも、すっげーうまかったんですよ。しかも、園側のところの構造とかも知らなかったんで。はいはいはい、もうちょっとやった!みたいな思い描いてたんですけど。
なるほどね。
いやー、すっごかったですね。
ちょっと。
美味しかったなあ。
あれだね、なんか。けど、料理全般美味しいんだね、じゃあ。
美味しかったよ。そうらしかったよ。
すごい残ってる。
美味しかった印象がありますね。
そうそう。で、だから、そういう美味しかったなあはいっぱいあるじゃないですか。それは他の店でもいっぱいあるし、日々の生活の中でもいっぱいあるんですけど。
今話してた感動みたいな経験で言うと、僕はその国礼、ひと皿。逆に何にでも興奮しちゃうがゆえにひと皿なんて言われると、もしかしたら僕はもうそれだけかもしれないっていう。
いいですね。確かピラミッドってあるじゃん、レストランのピラミッドと、記憶の研究をしてる人が共同研究みたいなのをしてて。
レストランに訪れた人が、3年後とか5年後とかのときはちゃんと記憶がおぼろげなんで、正しくないんですって雰囲気で、いつも記憶がおぼろげで申し訳ないなって思ってるんですけど。
そう、数年後にそのレストランに訪れた人にどうだったかっていうのを聞く。何を覚えていてどうだったかっていう実験をやってて、その中でほとんどの人は料理を忘れるんですって。何を食べたか。
雰囲気とか、その時喧嘩してたとか楽しかったとか、あと匂いとかは覚えてるらしくて。それぐらい味の記憶とか何を食べたかっていう記憶は忘れられやすい中で、それを鮮明に覚えてるのはすげえなって思いましたね。
でもお客さんからしたらたまたま。
そうそうそうそう。お客さんは結局1回来るだけじゃん。ある意味さ。それはもしかしたら年一で誕生日の時には絶対来てくれるお客さんかもしれないけれども、あくまでも約65分の1だし、その1のうちでも24分の2、3時間とかなんで、ほぼたまにしか来ない場所だと思っていて。
そういう時に、そういう意味で呼吸のカウンターでね、みんなで取り囲んでるみたいな感じとかは、人同士の繋がりとかそういうのは生ませやすいかもしれないよね。
ただそれを求めてるわけではない人も来るっていうのがレストランの難しいところですよね。
確率的にしようとした時に、いや別にそれ求めてないんでっていう人がいらっしゃるっていう前提があるから、そこが感動を再現する原因かもしれない。
でもね、結局相手は人だっていうことをちゃんと考えること。絶対に一人一人感動するポイントも違うっていうのを理解する。
頭で分かって、毎回違うことをちゃんとできるかというか、違うことを毎回人に合わせてするっていうのをちゃんと仕組み化するというか。
適当にしてたら日々良かった日悪かった日とかあっちゃうから。
その大前提でマイナス、ネガティブな要素は減らすっていうのもあるよね。難しいよね。
大前提、ちゃんと気持ちよくなってもらうためにレストランとして最低限やらなきゃいけないことっていうのは抑えつつ、人をちゃんと見る。
あとは僕はすごい意識してるのは、毎日毎日って言ってもね、うちは週3しか営業しないけど、うちは日々100回200回やってようと、その人からしたら初めての1回だったり年一の1回だったりっていうところ。
だからちゃんと流さずにやる。
それ大事よね。流してやりがちよ。作業になったら終わりだよね。
毎回やっぱ昨日はこうだったし、今日はこうだねとかじゃなくて、その時その時の一営業一営業にちゃんと、こんな当たり前なことっていう話なんですけどね。
だけどね、やっちゃうんよね。俺、飲食でやってた時に俺が一番怒ることやったわ、それ。
仕事できないとかそういうのもしゃーないけど、自分の作業になった結果、何も考えなくなって、アップデートがなくなるみたいな状況だよね。
本当に自分も成長しないし、絶対に目の前のお客さんにもいい経験をしてもらえないし、いかにちゃんと都度向き合うかですよね。
結構ネット上のサービスとかやってると余計顕著かなって思ってて。画面越しだから、画面の奥に人がいる状況をちゃんと想像できてないとなんだろう。
なるほど、確かに。
例えば、一斉メールで数千人とかに送るわけじゃん。けどその人たち一人一人じゃん、結局感じるのは。そこが結構欠落しやすいなって思っていて。
だからそのメールを読んだ人が一人一人がどう感じるかっていうのをどう感度高く感じれるかっていうのは結構重要かなって思っていて。
みんなに送ってるように、メガホンでみんなにバーって話すような感覚になっちゃうよね、どっちかというと。
けど、じゃなくて、メガホンで言ってるんじゃなくて、自分がクローンされて一人一人に対話してるだけなんですよね、実態としては多分。相手の受け取ってる実態としては。
そこが結構難しいところというか、そうだよねっていう。レストランよりより顕著に現れるなって。レストランはやっぱ対面なんで。
レストランでも、キッチンがクローズになっただけで、そういう感覚に陥るじゃないですか。これは一回、誰が自分は何をしてるんだろうと工場で作業してるのかなって思っちゃうことがあるんですけど。
うちとかそこは意識しやすいというか、目の前にお客さんがいて、毎日それを見れるから意識しやすいけど、クローズのキッチンとかそういうネット上のサービスとかやってると、自分がちゃんと自分を立肢で考える力を持ってないと流しちゃいますよね、きっと。
そうなんよね。想像力を当てはめることが多いけど、ちゃんと想像力を持って、相手が人であるという認知を持って。当たり前すぎるんやけど。
僕もさっき話して、何を当たり前なことって思ってたんですけど、この当たり前が本当にできない人が多いから。
けどね、これはね、自分も気を抜くとできないくなるから。
そうそうそう、ほんとそうです。毎度毎度ちゃんと考える。僕はそれを考えるタイミングがありがたいことに多いだけなんですよ。お客さんが目の前にいるから。
ここがね、面白い。面白いよね、あれ。前々の何の話だったっけ?みたいな感じになって。
なんだっけ?あれ?なんだっけ?
でも本質的には感動の話をしたい。
ああ、そうですね。本質的には感動を与えるためにどうするか。
感動をどう作るか、感動の再現性。
だから考え方としてはさ、ネガティブなことを起こさないようにするっていう守りの姿勢があるじゃん。
それは失踪という意味であると思っていて、そっちの方向性は、俺はよく、申し訳ないんだけど、シャクルピーのイベントとかではよくそっちは捨ててて、逆に。
相手に喜んでもらうポジティブな方向性だけにフォーカスするようにしてて。
だから自分がちょっとドリンク間違っちゃってもいいと。
それだけのツボネさんとかだったら絶対怒られるけど、もういいと。
だって、なぜなら普段別にやってることじゃないし、全く新しい場所でやるし、どんだけ気張って気をつけてもミスると。
そんなことはもうわかってるんだから、そこは捨てましょうと。僕の中ではですよ。
自分の中では捨てようって言ってても最低ラインみたいなところはあるけど、そっちよりもお客さんに喜んでもらうこと。
なんかちょっとでも感じてもらえることがあることにフォーカスするみたいな。
視者選択も結構大事よね。
めちゃくちゃ大事。
僕もそうですよ。イベントをしようとか普段と違う特別なことをしようってしてる時に、
なんかそれはちょっとあれじゃないですかねみたいな。
そっから先は厳しいんじゃないですかねみたいな姿勢になってるのとかを見ると、
じゃあやらんでおくないみたいな話。
あえてね、確かに。
だったらやる必要ない守りに入ったイベントとか、
ていうかもう極論別に、
僕だったらですよ、
例えば前一緒に働いてた人とか、結構守りに入るタイプの人とかもいたので、
だったらもう自分で店出す意味なくないとか、
そういう話になってくるし、
自分たちで何かを考えて立ち上げてやろうってしてるのに、
無難な線取ってみたいなしてるぐらいだったら、
ずっとやっときゃいいじゃないですか。
そうそう、僕もそういうイベントとかするときは、
やっぱり新しいことを起こせる状態に絶対したいなって思いますね。
意味ないし、やる。
てかさ、めっちゃ話残しよって申し訳ないんだけどさ、
はい。
なんかすっごい怖い現象が今起きてて、
めっちゃお化けとか苦手だけど、
これもしかしたらPodcastで使ってるかもしれないんで、
一応状況を説明すると、
今ボイスメモで撮りながら、
B2でつないで喋ってるっていう状態ですね。
Google Meetで。
で、2人とも顔も画面は出したまま、
オンラインで話してるじゃないですか。
キヨと話してる画面に映ってる僕と、
僕がやってる行動が一致しないんですよ、ずっと。
怖すぎ。
怖い。怖いですね。
そう、ずっと一致しないんですよ。
って話です。
怖すぎて、とりあえずこの現象を伝えとかないと、
この怖さから、怖いけど話したとて。
山下って怖いもの苦手なんですか?
めっちゃ怖い。苦手。
えー、意外。
めっちゃ苦手。
めっちゃ意外なんですけど。
ほんとに?
マジ、そういうところに超冷めてそうな気がしてました。
幽霊とか。
物理的なものは全然大丈夫なんやけど、
物理的なものじゃないのが怖い。
って感じかな。
ある意味サイコパスみたいな発言ですね。
それは怖い思いをしましたね。
はい、今まさに現在進行中でしております。
まあまあ。
何でしたっけ?
話の腰を折った。ちょっと怖すぎて話の腰を折ってしまった。
全然大事ですよ、そういうの我慢をしてもね。
我慢してもダメなんで。
ちゃんとしかも話の腰を折りますって言ってくれたから。
めっちゃ汗かいてるもん今、俺。
えー面白い、めっちゃ意外っすわ。
そう思うんですよ。結構ね、怖いの苦手なんですよね。
へー。
そんな感じっすかね。
じゃあ、ぼちぼち時間なんで。