1. 自分を守りながら、前に進むラジオ
  2. 正解を求めないこと。
2026-02-20 10:26

正解を求めないこと。

動けなかった頃や、不安でいっぱいだった時の経験をもとに、無理をしない考え方や、日常の中で選んできた小さな行動を話しています。
心や人との距離、毎日の過ごし方が、少しずつ楽になっていく過程の記録です。

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#自分らしく生きる  #心が疲れたときに  #小さな気づき  #等身大の言葉  #自己肯定感  #日常のひとコマ  #やさしい時間


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はい、おはようございます。まこやんです。この配信では、不安で動けなかった頃の経験をもとに、無理をしない考え方や小さな行動をお届けしています。
今日はですね、正解を探そうとしないということで、お届けしようかと思います。
正解を探そうとしないということなんですけど、自分が病気をしたりして、ちょっと動けなかった時期が20歳の頃にあります。
その時に、自分の中で体力がないとか、社会から出遅れたとか、いろんなことを思いながらスタートをして、
いざ、社会復帰しようとしたんだけど、そこになかなか心がついていかないで、引きこもったり、そういう時期が2,3年ありまして。
その時にやってしまってたことっていうのが、動こうとした時に、それが正しいか正しくないかっていう基準を外側に持っていたっていうことなんですよね。
自分がそこに行って、そこの会社に入ろうとして、入った時に自分が必要じゃないとか、自分はたぶんきっといらないとか、何もできないとか、そういうのをずっと考えていて、
ちょっとでも失敗したりすると、もうダメだってなって戻ってきちゃったりね。他にも仕事じゃなくても、人間関係でもね、友達とかと一緒にご飯とか誘われて、
どっか行こうよって言った時に、自分はお金が外で働いてなかったからお金がなくて、ちょっと行けないって言って帰っちゃったり、特に理由とかも言わずに、
今日ちょっとごめん帰るわって言って、空気悪くして帰ってしまったりすることもあるし。
それってそこに居場所に自分が行っちゃいけないとか、お金持ってないから迷惑かけちゃうとか、ダメ、いいっていう正解不正解みたいなものをずっと外側に持ってたんですよね。
本当は自分ではそういうつもりはなかったんだけど、それが迷惑だとかダメなこととか思ってたりして、その他にも発言とか言いたいことっていうのも全部そうなっちゃってて、
決める時にも、例えばそのご飯でも友達と行くってなった時も、自分は数千円しか持ってなくて、焼肉行こうよってみんなでこうなった時も、お金払えないし、
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これ足んないからいいやって思って、やっぱり今日は家で食べるわとか言ったりして、行こうよって言ってもなかなか気が進まずに、やめとくとか言ってまた距離を取り始めたり、
お金が持ってないからダメとかいいとか、周りから見たらまたお金持ってないじゃんってなるとか、そういうのを自分の中で勝手に良し悪しを決めてて、前に進めなかったっていうのがあるんですよね。
やっぱりそうなってくると、全てにおいて丸抜きをつけて、それが良い時もあるかもしれないんだけど、結果自分の中ではあまり良いように左右動けなかったんですよね。
結局、それをすることで、正解な時はいいんですよ。これで多分間違ってないなっていう時はスッと動けるんだけど、結局それをすればするほど、正解じゃない時の不安がすごく大きくなっちゃって、
テストで100点を取らなきゃダメだっていう状態にずっとなってて、一問でも間違えると、もう今日はダメだ、動けないとなっちゃったり、動く前にもやっぱりこれは間違えちゃうかもしれないって怯えながら生きてたり。
それも発言とか、今いる会社でルールが守られない時が多くて、それを言った方がいいよなって自分の中では思うわけですよ。
僕はウォークリフトを使うんだけど、ウォークリフトのヘルメットをかぶってない人たちがいて、その人たちが上の立場の人、社長とか部長とかね、そういう人たちがたまにこうやってないのを見ると、「それダメだよね?」って質問してるんだよね。やっぱり思ってるし。
守ってる人たちからしたら、「なんで?」っていう疑問が上がるし。それはやっぱり言わなきゃいけないなっていうのは自分の心の中にあるけど、立場上言ったらちょっと悪くなるなとかね、そういうことってすごくいっぱいあると思うんですよね、生きてて。
で、その中で一つ学んだこともあって、大変な道、安全な道と大変な道が多分そのヘルメット一つを言わないにしてもあると思って、でもその時にやっぱり大変な道の方がその先には良いことというか良くなる風景がちゃんとあるんですよね。
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安全な道だともしかしたらずっと変わらないかもしれない。だけど自分は傷つかないかもしれない。だけど、難しい道を選択してその先にはきっとわかってるんですよね。良いことというか良くなるっていうのがわかってるからこそその前の障壁が大変であったりっていうのはあるし。
で、それは自分の中でちゃんとその正解を、正解っていうかね、自分の中でちゃんと納得して動くっていうのがすごく大事なのかなって思って、実は今日ですね、それをね、朝礼で話そうと思ってます。
うん、大丈夫かなっていう感じもするんですけどね。だけど、自分の中でね、ちゃんとこうした方がいい。それは人を避難するとかそういうわけじゃなくて、ちゃんとそれは良い方向に向かうための一つね、発言になると思ってるので、言おうかなっていう風に思ってます。
で、それもね、いろんな場面で外側に正解不正解を見つけるんじゃなくて、自分の中でね、それをどう捉えるか。自分はたとえアリカの評価や何かで失敗しちゃったとして、でもその事実的な仕事で間違っちゃったっていうのはあるかもしれないけど、その過程でわざとそうしてるわけじゃないし、
その過程で自分の中では多分理由があったと思うんですよね。道をまっすぐ歩けばいいだけなのに、ふと右に曲がっちゃったり左に曲がっちゃったり止まっちゃったりした時に、なぜかその選択をしなきゃいけない原因っていうものがたぶん小さからずあると思うんですよね。
ただそれは何か自然とそうやってしまったっていう感覚になっちゃうけど、でもその要因には何か道に何かがあったんですよね、きっと。だから普段と違う動きとかをしてしまって間違えたっていうのがよくあるし、で、それは周りから見たら何やってんだってなるかもしれないけど、自分の中でちゃんとこういう原因とこういう選択があってっていうのをちゃんと自分の中で納得して、で、そこにもしそれをどかせばよかったとかね、なるかもしれないけど、
それはそれでちゃんと自分の中で理解をしておく。で、それをずっと自分の中でちゃんと間違ってなかったって思えること、事実は直さなきゃいけないかもしれないけど、自分の中で一つの選択としてそこは間違わなかったっていうのを持っておくっていうのが前に進むためにもすごく大事なことかなって自分はすごく感じてます。
だからその他人軸とかね、自分軸って言ったりしますけど、やっぱりこの他人軸になっちゃうとやっぱり全てにね、こう合わせなきゃいけなくなっちゃうんですよね。
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誰かがAさんがいたらAさんの場が崩れないようにとか、BさんがいたらBさんの場が崩れないようにとか、で、AさんとBさんがいて、その二人が仲悪かったとしたらどうしようってなっちゃうし、自分はどっちについたらいいんだろうとかね、なっちゃうし、
中西に入った方がいいのかなとか、その場にいない方がいいのかなとかね、本当にそういう風になってしまったりして疲れちゃったり、で、自分が結果なんか大変アップアップになっちゃってね、かっかわいけなくなっちゃうっていうのは結構あるので、人間関係はね、特にそういうのが多いですけど、でもやっぱりその中でも自分のね、ちゃんと一つ答えっていうのを持っておくっていう、ブレない答えっていうのを持っておくっていうのはすごく大切なことかなって思います。
なのでね、正解を求めるとしたら、自分の中でちゃんとこれを持っておくっていうのはすごく重要なことかなって経験上ちょっとありましたので、もしね、話の例えがわかりづらいかもしれないかったんですが、何かきっかけになればと思いお話させていただきました。
今日もここまで聞いてくださいまして、ありがとうございます。
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