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Tシャツが乾くまで
2026-09-19 10:12

Tシャツが乾くまで

千
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サマリー

9月19日の帰り道、話者は住宅展示場の案内や個別案内を終え、U-NEXTでドラマ『Tシャツが乾くまで』を見終えた感想を語る。ドラマでは、友達でも恋人でも不倫関係でもない、言葉にしにくい男女の関係が描かれ、ミツルや先子の複雑な生育環境が、失踪や結婚を繰り返す行動に影響していると受け止めている。夫婦や家族は近しいからこそ、関係を壊したくない気持ちや一方的な思い込みによって、コミュニケーションの歯車がずれるという。話者は、家庭を保ちながら素直な自分でいられるサードプレイスや、話を聞いてもらえる場所の必要性を考え、そうした関係を一律にやましいものとは捉えない。悪役ばかりの不倫ドラマではなく、日常にいそうな「みんないい人」のリアルな作品として評価している。

仕事を終えた帰り道とドラマ視聴
9月19日、土曜日、午後4時48分、帰り道です。 今日は、はなちゃんの誕生日。
え、何歳になったの?
え、18歳?
お、成人か。おめでとうございまーす。 今日は、
午前中、 筑波展示場を案内して、ママハッピーの方ね、ドクターの方だった。
午後は、 えーと、
午後は、あれです。 遠坂くんの、豊村様、個別案内、北川家。
一回行ってみようと思ってたから、北川くん、よかったです。 まあ、すごい話しやすいオーナーさんっていう感じで、よかったのかな。
この人どうやって進めていこうかなーっていうのは、ちょっと考えなきゃいけないけど。
ユーネクストのなんか無料期間中に見とこうと思って、昨日今日でTシャツが乾くまでを全部見ました。
今見終わったとこで、あれこれ最後の、 えっと
ご飯作って、 ピンポンって鳴って、はーいって青い湯、青い湯っていうか、さっきこうパンって出てったのはミツルなのかな?
多分。 あーもう忘れちゃったよ。あの、カホの旦那さんの身を知る。
あ、記憶力。 でもね、このなんかTシャツが乾くまでって、何て言うんだろうな。
『Tシャツが乾くまで』の男女関係と生育環境
この関係がどうなってもいいって思うほど、 本音の会話ができて、お互いにとって心地いい関係になっていく。
で、それは
なかなかその言葉には友達でもない、 恋人でもない、不倫関係でもない、
なんて言うんだろう、言葉にできない関係性? っていうのが、まあそういう男女関係なんかある?
っていう感じ。で、その、
嫌われたくない、 まあ好きだから嫌われたくないって思えば思うほど、
楽しくない関係になっていく。 だから失踪したり、
結婚を繰り返したり、 っていう感じにやっぱりなっていって。
まあでもなんかそこにはやっぱりこう、老いたちみたいなのがすごく影響されてて、
自分がこのままでいいっていう風にきっと思えないものがあって、 育児放棄をされて、全く愛情のない家庭に育ったミツルと、
逆に過干渉で、親の
押し付けがもうすごく強い
人。 先子のお母さん。
まあそこの環境からやっぱり逃れようとする本能、
そういうのが働いて、
結婚を繰り返してしまうとか、 たびたびいなくなってしまうとか、
そういう特性を持った人がいるという感じ。
あ、ちょっと待って、電話が来ちゃった。一回切ります。
夫婦・家族のコミュニケーションの難しさ
ママくんから電話が来たから一回出ました。
個別の入居案内の代打ちをして、 今はそのまま直記して、
パパは今日帰ってこないそうです。 まあちょうど良かったな、今日英語だしな。
夕飯めんどくさくないしな。
まあちょっとね、この t シャツが乾くまでは、やっぱりこの夫婦とか家族って難しいなぁ。
近ければ近いほど、関係を壊したくないがために言いたいことを言わないとか、
あとはそういう自分の、なんて言うんだろうな、
目線でしか物事を考えられないから、 自分の範疇の中で想像して言葉を発して、
それが相手にとって思い込みを押し付けられるような印象になったり、
それでだんだんこうコミュニケーションが、歯車が合わなくなってくる。
難しいなと思うけど、でもなんかそれは家族で身近だから、
身近であればあるほど起こりうる話かなっていうふうには思った。
だからなんかちょっとこう感情むき出しの、こうドロドロのなんか不倫ドラマとか、
夫とか妻とかの関係がうまくいってなくて、
愚痴をして誰かが悪役でみたいな、そんなドラマじゃなくて、
そもそも相手ののろけ話とかを外でしたりとか、
まあ要はすごく良い夫婦、良い夫婦というか、
サードプレイスとリアルなドラマの魅力
ちゃんと付き合っている夫婦同士の話だけど、
ちょっとそういうボタンの掛け違いがあって、
まあでもそこから生まれる別の、何て言うんだろうな、
心地よい、壊れても全く影響のない、言葉にできない関係の人と話ができれば、
家庭環境も家族との関係も保てる。
だから結構これを見て思ったのは、
自分をやっぱり壊さないためには、
すごくそれぞれみんなサードプレイスじゃないけど、
そういう自分らしさ、自分が楽で楽しくいられる居場所みたいなところって、
やっぱり必要なんだなって。
それがまあその自分、ちゃんと家庭に持てていれば別にそれでもいいと思うし、
だけどやっぱり家庭でどこかうまくやろうとか気を使ったりしていると、
一番いい関係でありたい人との関係がただただ義務感として苦しくなっていく。
だからこそ他に素直な自分でいられる場所を求めてしまうんだな。
それを求めてしまうことが世間的にはやましいことなんじゃないかって世間の思い込みでは言われるけど、
全然そういうことだけではないのかな。
ただここはやっぱり理解を得るのは確かに難しい話。
一緒にバスに乗るとか、コインランドリーで月一約束して会うっていうことも
狙って会いに行くわけだから、
確かに後ろめたさは持っちゃうかなと思うけど、
まあでもそういうカギオープンの場で話をするだけだからありかなと思うし、
ありかなしかみたいなのはもう本当にその個人の物差しでしかないから、
わざわざ言う必要があるかどうかで言うとそのレベルだったら言わなくてもいいかなっていう。
でもそうやって喋れる場所、話せる場所っていうのは、
幼少期話を聞いてもらえなかった人たちとかっていうのは、
すごくやっぱり聞いてほしいっていう承認欲求は誰しもがあるんだなっていうふうに思いました。
こういうリアルなドラマだったら私かもしれない。
明らかにいじめとか嫌味とか、
なんかひどい人がいてみたいな感じだと、まさにドラマっていう感じで、
そんな日常の日曜ってそこまで悪人っていないよなって思ってるから、
という意味だと今回はみんないい人。
なんかすごいいいドラマでした。
5時になりましたね。もうそろそろお家に着きます。
ではでは。
10:12

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