017 馬のいる暮らしは、なぜ豊かなのか〜手間暇という問い/公開収録@森のようちえん全国交流フォーラムin長野【前半】
2026-11-01 48:47

017 馬のいる暮らしは、なぜ豊かなのか〜手間暇という問い/公開収録@森のようちえん全国交流フォーラムin長野【前半】

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3日間、空き時間さえあれば馬のところへ通ってしまう人がいる。将来の夢に、馬が登場してしまった子どもがいる。第21回 森のようちえん全国交流フォーラムin長野の最終日、早朝の冷えた空気のなか、馬の伊織のそばで、大堀・黍原・横山晴樹さん(うまや七福)の三人と参加者が輪になりました。

問われたのは「なぜ馬なのか」という素朴な疑問です。犬でも牛でも羊でもなく、なぜ馬なのか。手間暇のかかる暮らしの豊かさ、馬が刻む朝夕の生活リズム、雨の気配に洗濯物と放牧中の馬を同時に思い出す子どもたち、馬耕と循環の暮らし。話は、思い通りにならない相手とどう関わるかへと進み、馬と一緒に「歩く」という中動態の感覚や、片目で見る「ながら」のコミュニケーションにまで広がっていきます。

森のようちえん、野外教育、子育て、療育に関わる方には、自然とは人の思い通りにならないものだという感覚を、馬という身近な存在から捉え直すヒントになるはずです。馬を迎えたいという参加者の不安と覚悟に、「産んでから母になる」と応じる場面もあります。馬の息づかいが聞こえてくるような早朝の時間を、ぜひ最後までお聴きください。

第21回 森のようちえん全国交流フォーラムin 長野
https://www.morinoyouchien-forum.org/archives/forum/21nagano

森のようちえんフォーラム公開収録、馬と子どもの出会い
馬との出会いが人生を動かす:北海道とニュージーランドへ
子どもと命:虫の命と馬の命のちがい
馬と人の関係:手間暇のかかる暮らしと豊かさ
馬耕と循環、自然の中の学び
人と自然:自然から切り離された暮らしと馬のいる意識
なぜ馬なのか:思い通りにならない自然と馬
中動態と関係性の教育:馬と一緒に歩く
非言語コミュニケーション:片目と両目の馬
馬を迎える不安と覚悟:産んでから母になる

▼配信(毎月 第1・第3日曜 朝7:00)

▼ゲスト

横山 晴樹(うまや七福 代表)
https://umaya7fuku.jimdosite.com/

▼パーソナリティ

大堀 貴士(認定NPO法人ハーモニィカレッジ 理事長)
https://www.harmony-college.or.jp/

黍原 豊(一般社団法人三陸駒舎)
https://kamakoma.org/

▼コメントや感想、質問はこちらから(リスナーフォーム)

https://forms.gle/DXXT9babMNjbaaZq5

■ 関連エピソード

007 なぜ私たちは「馬」と向き合うのか? ——思い通りにならない他者との調和がもたらす身体感覚

「なぜ馬なのか」という問いを、思い通りにならない他者との調和と身体感覚から掘り下げる回。中動態的な関係性にも触れます。

https://open.spotify.com/episode/5UPXo1qsm1sUG6KhAOajMz

003 なぜ牧場は「本当の居場所」になるのか?|馬がくれる役割と役立ち感

馬が必要とするから生まれる「役割」と、子どもが得る「役立ち感」。便利すぎる暮らしで失われがちな、手を動かす喜びを語る回。

https://open.spotify.com/episode/1iNkF0gQVQ2xrSGpvkvg8j

004 なぜ馬の時間は子どもの心を整えるのか? ── ルーティンが作る「安心の居場所」

馬のご飯とケアを中心に回る「馬時間」のルーティンが、子どもの心と体を支える居場所になる理由を語る回です。

https://open.spotify.com/episode/6FuUPvRiqCcDFdHiBz0SZd

#答えは馬が知っている #馬 #ホースセラピー #森のようちえん #野外教育 #自然体験 #子どもの成長 #馬と人の関係 #関係性の教育 #非言語コミュニケーション #中動態 #馬のいる暮らし #手間暇 #自然の中の学び #非認知能力 #人と自然 #動物と人 #三陸駒舎 #ハーモニィカレッジ #森のようちえん全国交流フォーラム

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サマリー

森のようちえん全国交流フォーラムで、馬の伊織を囲み、「なぜ馬なのか」を語り合う。馬との偶然の出会いが人生や子どもの将来の夢を動かした経験が紹介され、馬と暮らす手間暇が、役割や家族の共有体験、朝夕の生活リズムを生むと語られる。馬耕では稲作、わら、馬糞がつながる循環が生まれ、手作業を家族や地域で分かち合う豊かさが示される。馬がいると天候や放牧、洗濯物など自然の変化を生活の中で意識し、自然から切り離された暮らしの中でも馬が意識をつなぎ止める。犬や牛などとの違いを問う場面では、馬は思い通りにならない一方でコミュニケーションできる存在であり、日々変化する馬の状態を人が感性で読み取る関係が語られる。馬と「一緒に歩く」という中動態的な感覚や、片目で周囲を感じながら行う「ながら」の非言語コミュニケーションも説明される。馬を迎えたい参加者は、希望と同時に安全や責任への不安を語り、経験を積んでからでなくても、馬を迎えてから学び母になっていくという応答を受ける。最後に、馬の誕生だけでなく命が終わることにも目を背けてはいけないという話題へつながり、後半への予告で終わる。

フォーラムで馬と出会う子どもたち
答えは馬が知っている。馬という鏡が見つめる本当の自分。
はい、今回オープニングは三陸駒舎の黍原がソロでお送りいたします。
というのは、2026年10月に開催された森のようちえん全国交流フォーラムin長野で公開収録をしてきましたので、その音源をお届けいたします。
前半・後半と2回に分けてお届けいたしますので、
ぜひ後半もまた2週間後に配信いたしますので、併せてお聞きいただければ嬉しく思います。
今回、野外での収録のため、かなり編集で頑張って直したんですけど、それでもちょっとお聞き苦しいところがあるので、
ご了承いただければと思います。それではどうぞお聞きください。
じゃあ時間、もう過ぎてるんだ。
じゃあ、こっちからお願いします。
もう天気いいけど、昨日ほど冷えてないから良かった。
昨日やっぱり。
昨日もっとギリッと冷えてて、昨日の朝あの時間やるの?みたいな、ちょっとえーみたいな感じでした。
ね。
ね。
昨日流れ星見えたの知ってた?
見えた?知らない知らない。
見た。
お母さんが流れ星見た。
ほんと。
星だもんね。
これぐらい星がね、上に輝いてるだけの。
銀が見えたよ。
やった来て良かったな。
事務所が大きな方はぜひ声出ししていただいて、質問とかコメントもらえながらまたやり取りしていただきたいと思っておりますので、
今日ヨッサンもいてって感じです。
はい、じゃあ行きますね。
答えは馬が知っている、馬という鏡が見つめる本当の自分。
この番組はハーモニーカレッジの大掘りと、
三陸駒舎の木原が鳥取と岩手の牧場で馬と子供たちに向き合いながら、現場での出来事やこれからの生きる時間について語り合う対話番組です。
はい、ということで今日は森の幼稚園全国交流フォーラムin長野で来ておりまして、
2026年10月12日早朝6時37分、いおりという馬の前でいます。
今日もう一人前にいるのがヨッサン。
ヨッサン、簡単に短く自己紹介。
この長野県の高島から馬を連れてきた、いおり君を連れてきた馬屋主婦の横山はるきと言います。
ヨッサンと呼ばれています。よろしくお願いします。
はい、ということでこの3人がメインに来ますけど、お仕舞いしている回なので、皆さんともちょっと色々やり取りしながら1時間ほどお話ししていきたいなというふうに思ってますけども。
リアルに馬がいてという感じですけど、どうですか?3日目になりましたけどフォーラム。
大森さん、どんな感じですか?今。
今回驚いたのは、ここ今馬のことでお話しするんで、
森の幼稚園フォーラムの中でこんなに馬を語るとか、馬を見てもらったりするフォーラムって初めてやったなと思って、
なんかかなり関心持ってもらってることになってるんやなって、それがすごい驚きでした。
で、あとはもう一つはなぜ馬なんですか?みたいな素朴な疑問を多分たくさん投げかけられたと思うんで、
そんなところ深掘っていけたらなと思ったりしてます。
どうでしたか?
そうですね、毎日の日に来てくれる子もね、馬のところに。
社長がいるから。
本当に馬と出会ってしまって、もう馬の道に行くんだみたいなことがこのフォーラムの中で起こってしまった子もいたりとか。
将来の夢もね、聞かせてもらったらすごいんですよ。
言っていいですか?自分で言います?
自分で言う?自分で言う?
えっと、将来の夢は、船に馬を乗せて、釣った魚を馬車に乗して、馬で市場に運んでいく。
市場。
素晴らしい。
すごいイメージ。
おっさんも生きてたら使ってあげるって言ってもらってるんで。
いいなあ。将来安心やね。
そうそうそう。
安心でその魚ちょっと食べてみたい。
ねえ。
ここで馬と出会って、将来の夢に馬が登場するようになってしまった。
でもなんか、すごいみんながみんな別に馬ってわけじゃないんですけど、結構コアな感じで、馬って何?みたいな。
気悪な感じで馬と最初触れるようなプログラム参加いただいたら、馬のことが気になってしまって、ずっと馬のことを考え続けてしまっている人も出てきたりとか。
本当にちょっと触れただけで、そういう変化が起こるっていうのがやっぱり馬のすごさだなあっていうのを改めて思い出したというか。
僕も震災後に釜石市というところに入って、そこで仮設住宅、いい場所作りしてたんですけど、そこに馬を連れて行った時に、
子どもたちがパカーンと開いて、本当に一瞬出会いで変わるっていう経験をしたところで、完全に馬にやられたんですけど。
僕もそうだったと思って。そういう力が馬にあるんだなあっていうのを改めて感じさせていただきました。
ヨッスさんどうですか、この3日間。
僕の最初の馬の出会いは、小さい頃保育園で、遠足で動物園でポニーとかに触れ合いさせてもらったっていうのが、記憶に多分あるのかもしれないですけども。
大人になって働いて、それが自分にしっくりこなくて、放浪した時に北海道で親馬、子馬を見て、この感覚だよなあと思って。
お勧めしてもらってニュージーランドにワーキングホイデーに行って、そこで馬を調教するおじいさんと出会えて。
僕もそこでこれだ、これだったらずっとやっていけそうな予感がするっていう漠然的な思いで始まって。
だから今までそういうことはなくて、結婚する相手だとしても自分が開けたっていうのがすごい嬉しかったですね。
なるほど。ありがとうございます。
全然今日どう進めるか決めてなくて、せっかくなんで来たのかっていうのを聞いてからそれに対してまた受けていくといいかなと思って。
なんでここにこんな早くに。
あ、パスしてもいいです、マイク。
奈良県の森の幼稚園ミズナチュラの卒業時の保護者で、息子が小児でキャンプのほうに行ってるんですけど、
1年生から鳥取の鬼キャンプにも参加させてもらってて、
私自身も一度行かせていただいて、馬と触れる機会を持たせてもらったんですけど、
馬はすごい惹かれるところがあるけど、やっぱりまだ身近ではない。
だから馬の魅力を知りたくて参加させてもらいました。よろしくお願いします。
大阪から、大阪の石ころ園っていう園から来ました、佐々木です。
何年間前から実家にある土地を整備しようと思って以来、馬の人にすごい出会うようになってしまって、
ハーモニー彼氏さんも行かせてもらって、なぜか息子を木原さんのところに送り込んでみたりしながら、
ずっと馬が近くにちらちらいるっていうことで、今回もお話し聞きたいなと思って来ました。お願いします。
同じく大阪の石ころ園から来ました、松浦です。
私はフォーラムは5回目くらいなんですけど、毎回必ず馬がいるような印象なので、何でなのかなっていうのをもっと知りたいなと思いました。
神奈川から来ました、井上さんです。大森さんといろいろやらせていただいて、
大森さんのところでやっているハーモニー彼氏学生さんの就活支援とかをさせていただいていて、
久しぶりにフォーラムに来たので、馬が好きな方を観察しに来ました。よろしくお願いします。
鳥取から来ました、マリマリと言います。よろしくお願いします。
鳥取なんで、塩戸さんのいる牧場幼稚園パッカさんの、
そのフィルターを通して馬と子どもたちが触れ合っている素晴らしさ、すごくメッセージをもらっているんですけども、
普段は、農工場とか近くに私たちの園にはいまして、
保護者さんであり、うちのスタッフである方が、よくご存知の岡津さんが、
同じような感じの、ずんぐりした感じの馬さんと、子どもたちは近くでうろうろしているような生活をしているんですけど、
何年も農工場の近くにいるのに、あんまり何もわかっていないので、
馬界隈の人、すごく興味があって、馬界隈の人ってすごく面白いらしいので、馬界隈の人を見に来ました。
静岡の森の幼稚園の野外保育豊かなきょういと申します。
森の幼稚園、11年目なんですけど、一昨年の年長児が、
虫の扱いが、虫が好きすぎてすごい取るのも知識もあるような子たちが何人かいたんだけど、
ちょっと虐待をしているみたいなふうになってしまって、
その命ってものを私たちどういうふうに伝えていったらいいんだろうかっていうのが、
結構その年ぐらい、すごく私たちも1年ぐらいずっと話してて、
そんな中で、ここの長野のポッコさんのメンバーとちょっと知り合いだったりしたので、
ポッコさんに昨年、日帰りで行かせてもらったんです、年長だけ連れて。
そしたらなんだかすごいぞってなって、
ポッコの子たちの朝の馬のお世話の様子も、何でしょう、本当に仕事してるみたいな印象を受けて、
なんだかよくわからないけど、今年のお泊まり保育はポッコさんに行かせてもらおうって言って、
去年初めてポッコさんでお泊まり保育をさせてもらって、
今年もサライス行かせてもらうんですけど、
やっぱり温かくて、自分よりもとてつもなく遥かに大きい馬の存在って、
少し子供たちにとっては虫の命と馬の命って違うところにあるような気がしていて、
そんなでちょっと馬とか生き物っていうのに今、うちの園ではちょっとホットな話題なので、今日参加しました。
大丈夫?
さっき喋った夢を語ったという感じの皆さんがいますけど、今の話聞いててどうです?
馬と暮らす手間暇の豊かさ
馬を一緒に暮らしたり活動したりっていうことをしてるんですけど、
馬がいて、でも関わり方いろいろあって、
例えばここの3人結構共通してるのは馬と暮らしてるっていう部分が結構大きいなって思ってるんです。
でもスポーツとして競技として馬をされてたり、
早く走って、勝った負けたい、そういうギャンブル性のある競争馬とかもいるし、
そういういろんな馬との関わり方がある中で、
多分皆さんが興味持たれたりしてるのは別に競技とかそういうところじゃないのかなっていうのは、
なんとなく今お話聞いて、
今日は馬と暮らしてる僕たちがメッセージできることとかがあったら一番いいのかなと思って、
僕は暮らしって、馬がいる暮らしですごくいいなって思うのは、
手間暇がかかるっていうことが結構いいなって思ってて結構大変なんですよ。
人の暮らしってもともと大変やったと思うんです。
洗濯するにしても、料理するにしても、火を起こすにしても、
でもそれを人はいろいろ考えて、どうやったらもっと便利に早く安全にできるかとかって、
突き詰めていって、今のライフスタイルが多分あると思うんで、
そうすると手間暇が結構かからなくてもある程度暮らしていけるようになる。
その中で生まれた時間もあるんですけど、
昔の人と比べて今の人がじゃあすごい時間に余裕ができて、
豊かな暮らし、豊かっていうテーマもちょっといろいろな捉え方があると思うんですけど、
本当にそれが豊かな暮らしなのかって思ったときに、
手間暇かかる生活って結構豊かなんですよ。
面倒っていう側面もあるけど、自分に役割がある。
だから子どもたちにもできることがたくさんあって、
暮らしてその役割もあなたは何々をしてくださいとか、
与えられて今日は僕この当番だからっていうよりは、
大人も暮らすのに必死で、子どももその中で自分の中でできる役割があって、
それをやるとなんか心地よかったり、ありがとうって言われたりする。
そんな関係性の中で子どもたちの役割が自然となんかできてくるっていうのが、
僕はすごく言葉がいらないんですよ。
馬との関わりも全部言葉が返さなくて、
それでいてみんなで共有し合えるっていうのがいいなって思ったりしてます。
ちょっと話し出したら止まらんようになるんで、どんどん振って。
皆さんメモするようになってきましたよ。
でも今の大堀さんの話聞いてて、浮かんできたことがあって、
うちの家族のことなんですけど、10年前から馬と一緒に暮らすようになったんですよ。
当時娘は年長だったかなぐらい、今中3ですけども。
学校に行かなくなったのは小1からあんまり行ったり行かなかったので、
本格的に行かなくなったのが小2の頃だったんだけど、
学校がないから朝学校に行かなくなったけど、
馬がいて、いっとう娘が担当するってことになってて、
起きてこないと、エマちゃんっていう馬の担当だったんですよ、小さいポニーの。
エマ、エサ待ってるよって起こすんですよ。
別に起きなさいとかじゃなくて、馬のために起きるんだよみたいな感じになって、
馬が生活リズムを刻んでくれるっていうのがあるのがすごくいいなと思って。
あとずっと思春期って結構早くに、
お父さんうるさいとかよく言われてたんですけど。
でも一緒にスタッフも来てお世話もするけど、
休み日とかはうちのキビハラ家でお世話をしたり、
年末年始はだいたいキビハラ家がずっとお世話をしたりしてるので、
馬がいることで家族共通のプロジェクトがあるというか、
そこに共有する体験があって、
すごくこれいいなと思って家族関係を築く。
毎日朝6時半に馬の朝食みたいなのがあって、
お世話して、スタッフとかがいないときは僕たちが馬のエサの準備したりとか、
いろいろして、また夕方5時に馬のエサなので、
どこかでかけても、もうそろそろ帰らないとやばい、間に合わんとかって感じで帰ってくるんだけど、
そういうふうに結構馬がいることで忙しくなる。
それがすごくいいなというか、馬がいろいろ繋いでくれるんですよ。
そういうのを聞いてて浮かんできました。
今暮らしで馬のエサの時間だとかって、
暮らしに目を向ける瞬間が馬がいるとすごいあるんです。
僕は不登校の子どもたちと一緒に暮らす15年間をしてたんですね。
一つ屋根の下暮らしながら馬の世話をする。
馬のことも自分の生活のことも結構同じで、
天気が、その時買い出しにみんなで行ってて、
買い出しに行ってるときにパッて空見たら、中学生の子どもたちが
やばっとかって空見て、俺今日洗濯干してきてもらったとかって言って、
もう雨が降りそうなこととかを察知してて、
なんか匂いがあるでしょ雨降る前の。
で、それとあともう一人は、あやばい馬放牧したままやとかって、
で、自分たち買い出ししたいのに、早く帰ろうとかって言って、
自分たちの買い出し途中でやめて、
で、帰って、結果雨降ったんですけど、
服またびちょびちょの服になって、
あ、もう取り込まずにこのまま置いとこうみたいな。
そしたら結構雨がずっと続いて、
お前あれオブジェみたいになってるぞとかって言ってたんですけど、
でもそうやって自然と暮らすと生活の中って、
天候を見ながら今日は晴れてるから外に放そうとかあるじゃないですか。
ああいうのが子どもにも馬がいると、
そういう場面を与えてくれるからいいなって思って、
馬のいるだけで取り戻せるのがいいなと思って。
吉さんどうですか。
馬耕と循環する暮らし
うちも馬と一緒に家の中では暮らしてないんですけども、
2キロ先で遊び場の中で暮らさせてもらって、
馬小屋と放牧場丸場場もあって、
夜は主家柵が学校跡地なんでフェンスがあって、
山には線一本で電気が入ってないんですけど、
そこまでしか行かないのが分かってて、
自由に遊び場の中で馬が水飲んだり足引っ掛けたりして、
一頭だけですけども鹿がいたりとか、
多分そういう自然体の中ではのびのびは暮らしていけて、
草を草刈りもしてどっちもウィンウィンで行けてるんですけども、
あとは馬行っていう耕すことをメインにしてて、
それにはやっぱ手間暇かかるし、
やっぱり手作業と馬力が大まさまって感じで、
みんなと一緒に作っていく暮らしのメンバーであるし、
みんなも小さい子から稲刈り、
1歳半くらいから窯持って、
ドロンコになって足で踏んでみたいな、
あぜぬりとかも昔のことも技術も学んで、
足踏みだっこ機とか遠いみとか、
今度はもみすり機もゲットできそうなんで、
最後まで完結はできそうなんですけども、
わらが出るので、それを在来場で食べさせて、
馬糞を取って循環、寝かせてね、
それができることがやっぱ循環を楽しめるっていうことですね。
あとは手間暇かかる分、人が3代、昔は3代で、
おじいちゃん、4代で暮らした人たちもいると思うんですけども、
大家族で暮らすっていうことが必要だったと思うんですよね、
手間暇かかって。
朝からたぶん馬の草刈り行って、
4時前くらい起きたっていう人もいるけど、
朝巻きくべて、こうやって皮膚器房でふうふうして、
本当に豊かだったんだなと。
それを家族ですると回らないんですよね。
でもそれを僕も、おじいちゃんが茨城に、
自分ちの親父はもうファジーな暮らしをしてたんで、
でもうちにも家族ができて、
子供が生まれる前に馬一頭でもいればいいなって暮らしを実現して、
子供が生まれた時におじいちゃんがいればいいなと思って、
おじいちゃんも呼び寄せて、巻き割りとかしてもらうことで、
おじいちゃんもね、生き生きしてきて、したことがないですよ。
その世代ちょっと70歳くらいだったんで、
空間のそういうない、逆に高度経済成長で、
より豊かなって。豊かは何なんだろうっていう。
たぶんそこでも豊かさを求めた。
たぶん行き詰まったと思うんですよね。
で、僕たち世代が逆な方向にもこういうふうに、
豊かってみんなですると楽しい。
大変なことも分かち合って楽しいよねっていう、
なんかそういうのが、やっぱ楽しいもん入れたいんですよね。
循環もあるしっていうので、そこを目指していろんな人と。
で、馬尾と出会って、いろんなとこ連れて行けて、
こういう皆さんと出会えてご縁だなって感じられるし、
ここでまたどこの保育園でも来てくださいって言ってもらえたので、
僕が自分家の暮らしもそうですけども、
他の地域でもそういうところがあってもいいし、
もうコミュニティできてるんだったら、
この良さはちゃんと皆さんで確立していけば、
馬文化はちゃんと芽吹いていくんじゃないかなと思って。
馬文化あるって言われればあるのかもしれないし、
馬文化ないといえばなくなってきちゃってるっていうのはあるんで、
それを車も押していけば一応物も運べるし、
馬車っていうのもワクワクもしますし、
馬の長期をといってトレーニングっていうよりは、
毎日の作業を馬としてたってことで、
やっぱりできる人がいるっていう中心の人がいれば、
ある程度形作られてるっていうので、
僕が初めて馬小屋を掃除したのは、
ハーモニーセンターだって知ったポニー牧場で、
そこで馬の楽しさと子供のこんなに働くし、
自分も牧場で一人でなって暮らして、
今日はおじさんしかいないからねって言われて、
30頭のボロ掃除して、
なんか大変だったけど達成感もあったし、
それでいろんな馬を知れて、
まだ今でも生きてるよっていう馬とかいると、
やっぱすごい関わりを、
また行くと兄弟みたいな人たちが、
初めての人も雰囲気も似てるし、
こんな感じです、まとまりないです。
馬が自然と生活をつなぐ
さっきの大堀さんの話って、
寝ても覚めても馬がそこに片隅に意識になるっていうか、
現代は自然と切り離された生活にどうしてもなっちゃう。
本当は夜、電気になって寝るかみたいな。
電気あるからいつまでも、僕もそうだけど、
こういう機器も使っていって、
どうしても今、いかに自然の中の暮らしをしたいって言っても、
なんだかそういうのが都会的なものに入り込んできてて、
離室無理みたいなところがあるじゃないですか。
でも馬がいると、
常に馬のことを考えたりとか、
常に天気のこととか、周りの環境のことが気になってる。
馬がこっちに来てると、
残っている馬たち大丈夫かなとかって、
どっかにあるんですよ、意識の中に。
そういったとこで、
もちろん森の知恵って、森に入って、
自然との繋がりの感覚を取り戻すんだって言ってるけど、
言ってる間はそうかもしれないけど、
帰って、スイッチとかやったりとか、
その時はたぶんすっかり忘れてると思うんですよ。
本当に今回象徴的で、
寝ても覚めても、朝なら来ててみたいな。
もう空き時間あったら、
馬のところにウロウロして、
頭から馬のことが離れないみたいな。
そんなことが起こっちゃうようなことが、
馬の魅力だし、
さっき教諭さんが、みんなすごい働くみたいなこと言ってたけど、
思わず体が馬の前にいると、
動くっていうか、
それあんまり選択がないっていうか、
あんまり選択をさせましょうとか、
福祉の現場でも意思決定支援ですとかって話があって、
でもその決定するのに、
でも親の顔色があって、
勉強した方がいいから宿題しようかなって、
あったりするじゃないですか、
どうしても社会的な目線みたいなのがあるから。
そこの人間、世界からちょっと切り離されたところで、
生きていくというか、
生き物として生きるみたいなことが、
そこの馬の生活だとあるんじゃないかなって思ったり、
お二人の話聞いて思いました。
ここまで聞いてて、
感想とか、
もうちょっとこういうところすごい気になったよとかってあったら、
皆さんに振りますけど。
どうぞ。
質問じゃなくてもいいです。
コメントでも。
なぜ馬なのか、思い通りにならない他者
すごい素人っていうか、
そこまで今のことはできてないと思うんですけども、
生活っていうか面倒を見るっていうか、
一緒に暮らすっていう形だったら、
動物、犬とかでも同じ。
世話の大きさとかも全然規模とは違うと思うんですけども、
どうして馬なのかなと思って。
実際その豊かが何かっていうのは、
確かに皆さんおっしゃった通りの感じで、
自分はもうちょっと違う方の豊かの方に自分は落ちたという形で言うと、
家族とかで旅行に行きたいとかになった時に、
なかなかそれがアドル。
アドルっていうか、
じゃあその、
ほんとは一緒に行ける場所に行きたいんだけども、
なかなかそういう場所がないのでしょうがなく。
当然皆さんで旅行行こうって、
じゃあ馬預けましょうって無理じゃないですか。
預かる場所も大事だよね。
ある程度、
制限がされる場面って、
でもそれが逆に豊かなのかなって感じがするんですが、
ほんとに出会ったからって話があったんですけど、
なぜ馬だったのかな。
他の動物でもあったのかな。
なぜ馬だったのかなと。
もうちょっと一覧、
深掘ったところを教えていただけると。
すいません、無茶振りで。
いい問いです。
じゃあ忘れないうちにします。
僕ごっつなんですけども、
おじいさんが戦時中に、
しょうこさんのいい馬をあてがられて、
世話してて、
他の人は戦争行って帰ってこないって言うんですけど、
おじいさんだけ大きくて、
がたいが良かったんですけども、
生き残れたっていう馬にお世話になったっていう、
エピソードもあって、
今住んでる高島っていうのが、
藍洲若松のお殿様が、
高島のお殿様が福島に行って、
藍洲若松に行ったっていう、
お殿様なんですけども、
文化が似てるんですよね。
僕のおじいちゃんは、
藍洲若松出身なんですよ。
高島に僕が住んで、
なんでお前が馬してそこに住んでんだ、
みたいな感じではあって、
たぶん何かが、
三世代ぐらい遡ると馬がいた暮らし、
ここに高島とか長野に住むと、
やっぱり馬の、
隣近所の人さんざん馬行もして、
馬も小さい頃から飼ってた、
っていうお話が聞けて、
馬との暮らしが当たり前にあって、
本当に家の中で、
日当たりがいい、一番いいとこで、
家族っていうよりは、
家族とも言いますけども、
神様みたいな存在、
その、やっぱり馬がいなかったら、
暮らしが成り立たない、
そういう感じで、
最悪子供が何人も生まれるので、
家族を手放しても、
馬を守ったって言うんです、
って聞いたりとか、
そういうことを聞くと、
僕も馬の息遣いを、
家の中で飼って、
一緒に住んで、
かよびきやねとか、
いろいろ飼いたりして、
それを自分でも知ってみて、
他の人にも体験してもらって、
その空気感を知った時に、
何を感じるかとかっていうのも、
これからの馬も、
小馬をそこで産んでとか、
徐々にそういう、
逆戻りしてるけど、
今の技術もちゃんと、
匂いも、ハエとかも、
そういう何かが、
今の技術でもうまく
映えよがすとかにもできるような、
循環の暮らしを、
皆さんに来てもらいたいというかね、
したいなとは、
夢を持っているんですけども、
何の話でしたっけ?
何で馬なの?っていう問いですよね。
そういうとこに行きつけますね。
他に馬とかじゃなくて、
他の動物もいるけど、みたいな。
今聞いたら、
馬がいなかったら、
自分がいなかった。
戦争で馬がお世話してたから、
戦争がしてた。
いなかったら、
今の自分がいない。
ルーツに馬がいるって思いもある。
出会っちゃった時に、
なんかしっくりきた。
じゃあ僕も。
僕はそういうルーツとかには、
全然馬は関わってなくて、
僕も最初、何で馬なんやろうって、
すごい疑問があって、
これ犬じゃダメなんかなとか、
牛とか羊はどうなんだろうって、
すごいそういうのもあったんですけど、
牛とか羊と、
僕は暮らしたことがないので、
そことの対比はできないんですけど、
思い通りに行かないけど、
コミュニケーションが取れる、
っていうところが、
僕はいいなって思ってて。
森の幼稚園、
昨日のしおみ先生のお話でも、
森の幼稚園イコール、
森じゃないとダメなのかとか、
海でされてるところもあれば、
結局その森が、
イコール、
ニアリーイコール、
自然っていう。
自然って何なのかって、
人の思い通りに行かない。
天候もそうですし、
いろんな人の、
人知の及ばない災害も含めて、
いろんな思いがけないこととかって、
いっぱい起きると思うんですけど、
その馬っていうのも、
自然やなって思ってて、
自然の移ろいとかって、
例えば四季でいうと、
1年かけて変わっていくじゃないですか。
それが馬の場合、
もっとギューッと短くなって、
日々変わっていく。
自然も農業されてたりとかすると、
日々変わってたり、
海のことされてると、
毎日海の表情が違うとか、
それと同じかなって思って、
馬も毎日表情が違うし、
気持ちがあるんで、
すごい今日、
機嫌が悪いというか、
ストレスが溜まってる時があったりとか、
するんですけど、
それって今日はイライラしてるよとかって、
教えてくれないんですよ。
でも、毎日いると、
我が子の様子って、
お母さんが一番よく分かってたりするじゃないですか、
それって、
あれ?今日ちょっとしんどいかも、
とか、
その感性っていうのかな、
馬は話さないんですけど、
人がすごい感性を働かせて、
言葉通じないのに、
ちょっと体調悪そうとか、
便通がちょっと良くないな、
運動が足りてないのかな、
水があれかな、
食べ物かなって、
いろんなことを想定して、
試していくんですね。
そんな風に、
思い通りにいかないけど、
すごい他者のために、
自然のために、
人がすごい考えて、
自分から自らやることが、
できることがいっぱいあるっていうのが、
馬はもたらしてくれるんで、
それを面倒とか、
大変って捉えると、
そんな風になるんですけど、
むしろそれをありがたいって思うと、
日々そういうことが起こりまくるので、
人が力を出さざるを得ない。
そうすると、
子どもが生き生きしてくるんで、
馬の体調悪くなって、
怪我してる時とか、
熱出てる時とか、
子どもら、逆に張り切っちゃうっていうか、
ちょっと何かあったら、
呼んでなとかって言って、
僕ちょっと、子どもらに任せて離れて、
別の仕事してたら、
ちょっとあったら、
本当にすぐ呼びにくるんですよ。
ちょっとしんどそうとか、
まだ大丈夫かなとかって言って、
やたら呼ばれて、
俺もうここでおるわみたいな、
感じになるんですけど、
でもそれぐらい、
子どもたちの感性が開かれて、
対話しようしようっていうことが、
自然に起きるっていうのが、
僕は馬が、
結構小型やったりとかすると、
人の思い通りになるじゃないですか。
でもそれがもう、
どう考えてもならないので、
でもその側面、
どっか出かける時に、
じゃあどうするのってなった時に、
出かけられないですよね。
で、その時に起こるのが、
ご近所付き合いみたいな感じで、
お互い様みたいなのが、
例えばトモちゃんが今、
現場を離れてるけど、
保育の現場離れても、
現場の保育が続いてるのは、
そこで残ってやってくれる、
保育士さんとかがいるから、
お母さんたちがいるからやと思うんですね。
そうやってお互い様、おかげさまの、
関係の中で、
馬を飼っていくことができるんで、
それがサービスとして、
ペットホテルに、
お金を払って預けるってなったら、
おかげさま、ありがとうね、
っていうよりは、
これ払ってるからお願いね、
ぐらいの感じになってしまうのかな、
って思うから、
そこでもし何かあったら、
ちゃんと見てくれてました、
ってなるけど、
お互い様、おかげさまやったら、
その時に、たとえ馬が体調悪くなっても、
ごめんね、こんな時にお願いしちゃって、
とかって言って、
いやいや、私がちょっと見れてなかったからかもしれない、
とかっていう、お互い様みたいなのが、
自然にできるっていうのも、
いいなと思って、
それをいいと捉えるか、
大変と捉えるのか、もちろん人それぞれだと思うんですけど、
はい、そんな感じで。
馬と一緒に歩く中動態
何かさっき言った、
思い通りにならないって話の、
もっと先がある感じがあって、
犬だと、
犬とコミュニケーション、
やり取り、犬がいて、僕がいて、
何かそこは何か、
ずっと変わらないっていうか、
馬の場合は、
思い通りにならないけど、
コミュニケーション取れるっていうのが、
最近、中動体って言い方するんですけど、
例えば馬と一緒に歩くっていう時に、
馬を歩かせるとかじゃなくて、
馬と一緒に歩くみたいな感じなんですよね。
本当にそろそろ溶け合うような、
僕と馬がいるのによって、
馬と僕が一緒になるみたいな、
そういう感覚があるんですよね。
これって多分他の動物ではないっていうか、
犬だといつまで経っても、
犬を散歩させているとか、
家に引っ張られて散歩、
僕が支えられているみたいな時もあるじゃないですか。
そこはずっと、
一対一の関係って、
ずっとバラバラのまま、
コミュニケーションは取れるんだけどもちろんそこで。
馬ってもっと深いっていうか、
またちょっと違う感覚がそこにあって、
これは何か、
もともと馬自体が、
群れで過ごして、
周りの環境に対してすごく敏感っていうか、
周りの環境変化に合わせて、
自分の体を変えて、
環境に調和するような変化をするっていう特徴があるから、
馬と付き合っていると、
そういうふうにこっちもなっていくっていうか、
馬からそうさせられちゃうみたいな気づいたら、
知らない間に。
これってなんかこう、
今回この森の一園のフォーラムのテーマが、
世界平和大作戦っていう、
誰かと仲良くなるっていうか、
対立じゃない関係、
じゃないって何だろうっていうときに、
分かり合うとかとまた全然違う、
馬との関係があって、
これってすごく馬から学べる、
僕らの社会を作っていくヒントでもないかなって思うし、
一瞬で怒ったりとか、
身近なところで味わえるっていうのは、
すごく大きい。
彼はたぶん、
彼はたぶん初日、
馬と出会ってしまった彼なんですけど、
そういうのはたぶん、
言葉じゃないところでなんか味わって、
馬と一緒になったときの、
心地よさというか、
彼がもう川沢の中に入っちゃったんじゃないかな、
っていうのを僕は見てたりとか、
してました。
動物の中では、
コミュニケーションがある程度、
人間と取りやすいっていうところ。
でもやっぱり、
思い通りにはいかないけども、
でもやっぱり、
よりコミュニケーションが取りやすい、
動物一緒に暮らしをしてたからっていう、
そういうイメージも分かりました。
勝手なイメージで言うと、
たぶん日本にいたから、
皆さんは馬で、
たぶん皆さんがもしタイにいたら、
ゾウ使いになってたのかなって。
たぶん感覚的に、
同じような感覚だと思うんです。
たぶんゾウが後ろにいて、
3人がゾウ使いでいたのかなって、
いうのを想像してました。
ありがとうございます。
またちょっと気づいたこと。
ニュージーランドに行ったときに、
言葉を、
自分が高校ぐらいの英語力で、
言って、
ここまで思いはあるけど、
そこから勇気を振り絞って、
間違わないように、
どう言うかとか、
パパパパって言ってるネイティブの人に対して、
リアリーとか、
アイスリーとか、
そんな感じで、
物つかないときに、
オオマさんと出会してくれた人が、
コミュニケーションを大切にとる人で、
僕にとっても、
その人は、
ボディーランゲージとか、
馬さんを触るときはこうだよ、手を取って、
こう触るって思って、
馬は地球に、
人間より先にいて、
上から見れば、
二次元が操っているつもりでは、
いるのかもしれないけど、
馬をリスペクト、
長くいる動物だしって、
マルババ入るときも一礼してたり、
日本人をリスペクトして、
クロスアキラの映画を見たとかって、
そういうのもあったんですけども、
そこにコミュニケーションが、
僕も英語を学ぶより、
馬を学びたいって、
思いができて、
その人との会話も、
反省会も、
今日は君が違かったねとか、
今日は良かったよとか、
そういうのを褒めてくれたりとか、
いう感覚が気持ちいいし、
自分が変わろうとか、
変えようとか、
自然にできちゃうこととか、
馬を、
あっちの遠くの群れから、
あの馬を、
自分の馬だから連れてきてって言って、
まずはイメージして連れてきて、
あっちから来てもらうんだよっていう、
手法っていうか、そういう声をしたらいいよって言って、
とりあえず一人教えてくれたことで、
そういうことを、
日本じゃ教わらなかったな、
勉強しすぎじゃないことを、
なんか違うことを教わってたなと思って、
こういうことを子どもたちにも伝えたいな、
っていう勝手な思いだったりとか、
なんかその、
僕7年くらいバックパッカーで海外で、
37カ国ぐらい行ってて、
なんか遠くへ行って、
山奥へ行くほど家畜とか飼ってて、
そこでは、
まだ働く動物が活躍していて、
遊行とか、
馬行は見なかったんですけども、
やっぱそういうところには、
豊かさが本当になんか、
みんなでご飯食べるとか、
夜まで遊んでいるとか、
プレーパークみたいな感じだなと思って、
プレーパークっていう言葉は、
日本に帰ってきて知ったんですけども、
イメージができたんですよね。
そういうところだったら、
自分の子育てしたいなって。
そしたらたまたまプレーパークのリーダーと結婚しちゃったんですけど、
あの、
言葉じゃないことを、
どう気持ちを伝えるかっていう、
本当に好きな人にはやっぱね、
気づいてほしいとか、
やっぱそういう力をなんか持っちゃうと思うんですけども、
子ども向きの、
自分たちからボロトリしたいって、
入ってきてくれて、
ああ、してもらいたいなって、
山の奥にみんなでリアカーで、
捨てに行こうって言って、
結構寄付があるから、
帰りとか大変だったと思うんですけど、
疲れたって言って、
もう嫌だって言って、
じゃあご褒美に馬車でも乗るかって言ったら、
わーいって言って、
重たいけど、
そっちには全然重たさを感じないで、
気持ちがね、
やる気スイッチ入った時の、
わーいっていうのが、
彼らもそうだったんですけども、
ああ、これかと思って、
僕もそれで動いてるなって思って。
片目で見る馬のながらコミュニケーション
僕さっき、
中道隊の話があったと思うんですけど、
馬とコミュニケーション取る時に、
馬と、こうやって
井上さんと今、面と向かって
向かい合ってるコミュニケーションも、
馬って取れるんですね。
すごい注目した時って、
馬って両目で見るんですよ。
でも横でひいて歩いてる時って、
片目で見るんですね。
馬って、
片目でも草食動物なんで、
全方向、
360度って言われてるんですけど、
50度って言われてるんですけど、
見えてて、
その見えてない残りの10度は、
音で察知したり、
ちょっと顔を動かしたりして、
確認できるんですけど、
片目の時って、
馬もリラックスしてたり、
要は注目してないというか、
でも人で言ったら、
ながらで、
運転しながら喋ってるとか、
家事しながら喋ってるみたいな感じ。
でもコミュニケーション取れるじゃないですか。
で、
面と向かうっていうのは、
本当に向かい合って、
実はさ、とかって言って、
深く話す時っていうのが、
結構できる動物やなって思ってて、
犬はどちらかというと、
トゥーアイズって、
2つの目でずっと見て、
違ったらもう寂しいってなったり、
もう全然自分のことを知らしたりっていう、
ながらのコミュニケーションというよりは、
馬はそのながらのコミュニケーションが
すごいやりやすいので、
いっつも注目し合うわけでもなく、
片わらなんか、
存在感をお互いが感じて、
同じ歩くとか、
長時間馬と、
いろんなことができるのは、
そこが歴史上も、
たぶんすごい、
人と馬の歴史って何千年ってある、
たぶん唯一の動物なんかなって、
思うんで、
そこがコミュニケーションの質が違って、
そういうことが、
しやすいとかできる動物やなって、
思ってます。
馬を迎える不安と母になること
私今回このフォーラムに来た理由は、
馬が来てるから。
もし馬が来てなかったら、
第3回目からずっとフォーラムに参加してて、
初めて参加を迷ってたけど、
シュートと喋って、
僕も行くよって、
キビーとヨッサンが、
馬のことやるって聞いたんで、
来ました。
できるだけ馬のことを、
今回、吸収したくて。
今、北海道の牧場で、
森の幼稚園をやってるタジミに、
馬を迎え入れたくて、
研修中で、
今のシュートの話で、
たった2ヶ月しかまだ、
私は馬と暮らしてないけど、
やってきてることが、
ああ、そういうことだったんだっていうのが、
すごい腑に落ちるというか、
片目で見てるながら、
2ヶ月、
私なりにやってきて、
フィードバックをいただけたような、
聞けてよかったなって思ってます。
正直、
馬を小さな、
赤ちゃんがお腹にいるお母さんからいる、
コミュニティなので、
そこに馬を入れるっていうのは、
私には本当に、
入れたくて入れたくてしょうがない、
迎えたくてしょうがないんだけど、
こういった経験を、
私からすると、
大先輩の人たちで、
たった数ヶ月牧場で研修したとって、
全然足りてないのに、
入れたい気持ちだけはすごくあって、
でも、
実際危ない思いも、
自分も牧場にいる中にあって、
本当に不安な気持ちもすごくある。
希望の方が、
ものすごいあるから、
入れる方に向かって、
動いてはいるんだけど、
いつもこの人たちが一緒にいてくれるわけじゃない中で、
私が園長として、
大きい子供の命を守る責任がある中で、
馬を迎えられるってことの、
大きさにおののきながらも、
でも絶対に実現したいって思う人で、
なので、
今回、さっき同じ部屋の人に、
友ちゃんずっと馬のところに行くよねって言われて、
いやいや、
もう今、吸収したくてしたくて、
全然足りてないのは自覚してるから、
今回この3人と、
あと、
この3人の関係者の馬の人たちが、
結構今回来てるなって感じてて、
ありがとうございますっていうのが言いたかったです。
すみません長谷さん。
友ちゃん頑張ったね。
なんかあの、
子供を本当に産む、
母みたいな、
産む前は不安がいっぱいあって、
でも、
産まれたら、お腹決まるじゃないですか。
子供が産まれるから、
母になれるわけであって、
馬を飼うから初めて、
馬のことが分かってくる。
だから、全部分かって準備できてから、
産まれた馬を迎えるって、
やりたいけどできないと思う。
それでいいと思う。
お母さんも、
そこからがいろいろ学んで、
だと思うんで。
前キビーとサンコバに行ったときに、
9月に軽水にちょこっと行かせてもらったんですけど、
とにかくやり始めることだよって、
言ってくれたんですね。
でもその言葉では母ちゃんたちは、
友ちゃん、
プロじゃないよねとか言われて、
いやいやいや、
その通りですって感じなんだけど、
ただね、
今私お母さんたちと、
いろんなお母さんたちと出会ってて、
産んでも飼う子が決まらないお母さんもいるんですよ。
だからこそ、
馬を入れたいっていうのがあって、
そのお母さんたちの不安とか、
逃げ出したお母さんたちいっぱいいて、
だからこそ、
馬の力もお借りしたいっていう感じ。
ありがとうございます。
いやでもなんか、
僕もね、
買いたいけど…みたいな人に、
いやもうやらないと始まらないよって言ってるんだけど、
今の例えいいなと思って。
確かに子供が、
父親側のほうなんかも特に、
自分で産まないから、
子育てする中でようやく、
父になってくってあるから、
その例えこれから使わせていただきます。
あとはね、
やっぱこんだけ真摯にね、
いろいろ学んでる人がいれば、
サポートしたいなって思いますし、
親を産む、
お腹に赤ちゃんいるお馬さん飼ったら、
その産むところからケアして、
環境はしっかりね、
お馬さんにとっていい環境を整えてあげれば、
馬の誕生と命の終わり
その馬から学ぶっていうところを、
暴れ馬になっちゃうとどうするの?
とか思うんだったら、
そこからまた考えていけばいいのかもしれない。
僕のアイデアは、
もう馬の出産から立ち会って、
もう愛着っていうか、
母馬子馬のそこを見せたい。
見てもらいたいし、
馬から学ぶものはいっぱいあって。
私が最初に出会った馬は、
お腹に赤ちゃんがいるお母さん馬だったんですね。
そのお母さんが出産に向けて
運動をしなきゃいけないから、
ちょうば作やろうっていうのがスタートだったんです。
なのでその子の馬も、
出産には立ち会ってないですけど、
産んだところの動画見せてもらって、
そこの牧場には生まれた子どもと
一緒にずっとは見てたんで。
母としての馬が出会いができたの、最初と。
馬も本当に、
馬もいっぱいいて、
いろんな馬がいて、
4頭目、5頭目とかなんですけども、
その出会い、
別に嫌だから
切ったわけではないし、
そこにはやっぱりいろいろ
屈辱の決断とか無くなっちゃったり
っていうのもありますけども、
その一頭一頭持ってくるものがあると思うんで。
出会いがね、
いい出会いがあれば。
ここは、
馬の誕生とか、
そんなとこも大好きなんですけど、
もう一つは、
目を背けてはいけないなと思うのは、
命あるものがいつか無くなる。
はい、いかがだったでしょうか。
公開収録の前半をお送りいたしました。
前半では、馬を迎える覚悟から、
馬が生まれる場面、
というとこまで流れがありましたけど、
後半はその続きとして、
生まれる場面もあれば、
終わる場面もある。
見取りと別れの後に残るものについての
お話が続いていきます。
後半もぜひお聴きください。
お聴きいただきありがとうございました。
本番組は、
毎月第一・第三日曜日の朝7時に更新されます。
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それでは良い一日を。
48:47

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