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スピーカー 2
建設の知らない世界,聴くから始まるまちづくり。 このポッドキャストは建設業を愛し、建設業に愛された男と、建設業界に日々向け合う株式会社 アスピアの皆さんと一緒に、学校では教えてくれない建設業の面白さを
学んでいく建設エンターテイメント番組です。
パーソナリティの株式会社新建新聞社の小池です。 アスピアの永田です。同じくアスピアの小清水です。
この番組は長野県松本市にある株式会社アスピアの本社からお送りします。
前回前々回と続いて3回目になりますが、川田建設の山越さんにお付き合いいただいております。山越さんよろしくお願いします。
スピーカー 1
よろしくお願いします。
スピーカー 2
早いですね。
スピーカー 1
もう終わっちゃいますね。
スピーカー 2
もう終わっちゃうんですよ。始まったと思ったらもう終わっちゃうんですよね。
いっぱい話を聞いたんですけど、オンサイドX、過去振り返ると2回にわたってオンサイドXを中心にお話を聞いてきたわけですが、ここでね、一切山越ってどういう人なのっていう話は触れてこずにいたんですよ。
もうこの回で全てさらけ出しに丸裸にしちゃおうかなと。
スピーカー 1
してください。
スピーカー 2
でもおそらく自分のプロフィールをここまで話すってなかなかね、機会がないじゃないですか。
なのでちょっとどこまで話すかお任せしますが、言いたいことはここでバッと話してもらうと、今後のプロフィールの時にね、詳しくはPodcast聞いてくださいって言ってもらえると思うので、ちょっとその線で思う
存分話してもらいたいなと思います。
スピーカー 1
ありがとうございます。
スピーカー 2
思います。僕が知る山越って本当に直近なんでね、数年ぐらいですけど、僕は割と慣れ慣れしいじゃないですか。なんか負けない慣れ慣れでした?みたいなところも良さだったり。
あとあのすげー体格いいけどなんかスポーツやってたんだっけとか、なんかそういう話とかもねちょっと聞いてみたいなと。何よりね暑いんですよ。お酒飲んだ席ではもうなんかもう熱く語る人だったりするんで、ちょっと
その辺もなんかいっぱい聞きたいことがあるので、もうみんなでね。
君さんもユウさんも一緒に掘り下げていきたいなというふうに思っております。心してお願いしたいと思います。それでは始めましょう。せーの。
スピーカー 2
最高建設。最高建設。なんてね、ホリハホリなんて言いながら、うちのあのポッドキャスト編集者は優秀なもんでですね、ちゃんとオンサイトXのサイトにあるあの山越さんのプロフィールをですね、ちゃんと手元に用意
してくれました。小池が何を聞き出すのかも不安だったんでしょう。
スピーカー 2
ここにね、あるものまずプロフィールから簡単にご紹介させていただきます。山越隆さん、静岡県の三島市生まれ、三島の生まれなんですね。
沼津東高等学校、潤天堂大学大学院を卒業後、株式会社田辺コンサルティングへ入社。建設業界を中心にビジョン策定から組織、人事、教育まで幅広くコンサルティングに従事した後ですね。
2024年に川田建設に入社して、オンサイトXへ参画と、コミュニティの活性化と競争機会の拡大を通じて、地方建設業がともに変革成長し続ける環境づくりに取り組んでいらっしゃるということなんですが、このプロフ
ィールは間違いないです。間違いないです。
スピーカー 2
嘘を偽りなく。大丈夫ですか。三島生まれなんですね。そうです。三島生まれだからやっぱり川田建設に導かれたのかなーとかってちょっと後で聞いてみたいと思うんですけど三島に生まれたのが何年ですか?
1994年です。1994年現在32歳。32歳ですって。うん。若いですね。何してました?栃水さん32歳の時何してました?私何してたんでしょうね。たぶん設計部にいましたね。あ、もうアスピアで設計部でバリバ
リやってたと。ゆうさんは?32歳。
スピーカー 2
僕たぶん東京で葡萄屋と料理に駆け持ちしてた時代。駆け持ち時代。まだアスピアじゃなく。じゃないですね。34か5だんで僕。あ、そういうことですね。僕はあの東京で働いてたけどくすぶっていた時代ですね。で長野
に帰ろうっていうぐらいのタイミングに三島でオンギャーですよ。
スピーカー 1
オンギャーでした。マジですか。いやーうらやましい。あの高校からのプロフィール書きましたけど書いてありましたけど三島に生まれて三島で育ってずっと高校卒業まで三島育ちってことですか。高校は沼津の高校に行
スピーカー 2
ったのでまあでもそのあたりですね。住まいは三島。三島。
スピーカー 1
自転車で10キロぐらい通って。自転車で10キロ通う距離ですか。1時間ぐらいこう通って。沼津って隣の市でしたっけ三島。そうですね。隣接。そうですよ。ほぼ隣接。
スピーカー 2
でそうなると高校からちょっとだから遠征的な感じになるんだと思うんですけど中学時代までは三島にいたわけですよね。そうですそうです。三島で小学校ぐらいとか中学入るとかっていう時に何かね中してた打ち込んでた
みたいなものって。でもずっと野球をやってて。野球。もう野球だけです。野球。体格がね。
腕っぷしが。野球だけですね。野球はポジションはどのあたり。小とかセカンドかですね。まあ内野種をずっとやってて。内野種。はい。内野種。それ野球はいつから始めたんですか。小学校3年生の時に。何かきっかけ
は。一応こう近所の人。ちょっと先輩お兄さん的な人が野球少年団に入ってて。でそこで一緒に入ろうということで。でもずっとサッカーやりたかったんですよ。あれ。
スピーカー 1
小学校の時はサッカーの友達がいっぱいいたのでサッカー家だったんですけど。でも兄が野球がしたいと言いまして。お兄さんいらっしゃるんですかね。そうです2つ兄にいるんですけど。でまあどっちかにしてくれと言わ
スピーカー 2
れたので弁公除列で野球になったっていう。そうなんですね。
なんかその野球きっかけなのかわかんないですけどそのサッカーじゃなくて野球をやろうってなってからのどうだったんですか。鞭込み具合というか。まあでもやっぱサッカーもやりたいなーみたいなぐらいだったのか。
いや野球にのめり込んでる感じですね。えーそれも小学校から。そうですそうです。少年団の。あれその少年団強かったんですかね。
スピーカー 1
いやそんなに強くなかったんですけどその監督だったまあおじいちゃんだったんですけど。おじいちゃんが監督。僕のおじいちゃんじゃなくてその年齢的におじいちゃん監督だったんですけどとにかく褒めるのがうまい
から。もう何しても褒めてくれて。へー。褒められて喜ぶ山越少年はだすら。もう褒められて伸びるタイプ。そうですそうです。
スピーカー 2
でそこで打ち込んだ野球であの中学もだから野球部。そうです野球部高校も野球部。坊主頭の。そうです。もう中学高校からですかね。中学と高校坊主。中学高校坊主でずっと野球に打ち込んでた野球少年。野球少年
でした。たくやし。はい。お兄さんは2校衛ですけどやっぱり地元ずっと一緒に過ごして。
そうですね。ずっと地元で。で兄も野球やってて。野球やってて。じゃあもう兄弟揃って野球兄弟で。そうですそうです。やってきたからまあ自分の打ち込むものイコール野球ですっていう。そうですね。中学高校は野球で
精神を育てましたみたいな。そうです。でそこから順天堂大学ってことで大学院まで行かれたってことですけど大学進学はなんかあれだったんですかきっかけ。
スピーカー 1
もうその頃はとにかく教師になりたかったんですよ。体育の先生になりたかった。体育の先生ね。もう中学の時に野球部の顧問だった先生が中高そうなんですけどめちゃめちゃ魅力的でもう自分は教師になるものだと思って
中高ずっと過ごしてたんですよ。なので体育の教員免許を取れる順天堂大学に行ってスポーツ研究科区部に入り4年間ずっと勉強したっていう。へー。
大学卒業して教材も受けたので。教員採用試験も受けた。受けました受けました。で2時1時で受かって2時で落ちたんですよ。集団面接で。それ当時狭きもんだったんですか。体育の教師は狭いんですよね。狭いんだ。
毎年毎年契約者みたいな感じなんですけどそればっかりで順番待ちをしてる。無理じゃん。それはすごい狭いですね。もうあったし。あとは大学の時の。大学も野球部だったんですけど。野球部で4年の時に学生監督を務
めてて。
スピーカー 2
でその中でねやっぱりいろんな挫折もあってやっぱりこのまま教師になるという道で行くのはなかなかくぶるししいなと。え、学生監督っていうのはプレイヤーでありながら監督もやるみたいな?プレイングマネージャー的
な感じ?
4年生で一人監督を出すんですよ。その人が部員120人ぐらいの監督として。あ、そういうもうルールで。そうですそうですそうです。へー、だから駒野監督みたいな人がいないんだ。そうです。すごいな。でその中
スピーカー 1
から学生監督をやったんですか。そうですそうですそうです。
それすごいですね。すごいですね。百何十人いる子たちを束ねる役割をそこで経験して、それでやっぱ挫折というか辛さもそこで味わったんですか。そうですね。まあ学生監督とはいえ日々一緒に授業を受けてるメンバ
スピーカー 2
ーと日々一緒に酒を飲んでるメンバーに対してやっぱりレギュラーとレギュラーじゃない、AチームAチームじゃないを決めなきゃいけない。
スピーカー 1
まあその勝敗の責任みたいなのがやっぱり言ってくるわけじゃないですか。でやっぱり勝てないとか、どうしたら勝てるんだろうなーみたいな世界も。
スピーカー 2
そうやって毎年その4年生で一人監督ができる方が一個上の先輩で監督経験者とかそうやってまあ出来々の監督経験者も先輩としてはいるわけですね。そうですね。その人たちからなんかアドバイスもらったりとか、頼れる
人他にいないじゃないですか。
スピーカー 1
そうですそうです、だからもう本当に孤独なんですよ。でOBは大体まあ先生になっていくので、まあいい経験だよと表現はするんですけど、まあその時やっぱりしんどかったんですよね。やっぱりその時に組織に対する
なんだろうな、組織って難しいなって思ったんですよね。
で、このまっすぐ先生の世界に入るというよりかは、一回その組織について考えてみたいなと思って、で経営組織を学ぶゼミ、大学院に入ったんですね。あ、そこで大学院なんだ。そうです。えー。
スピーカー 2
部長先生もそのゼミの先生だったので、で、まあ来ないかと言われて、じゃあ一旦2年間、モラトリアムも含めて行きますと。そうですそうです。そこで学んだ2年間を経て、なんとなくだけど大学院まで行くとその道へ
っていうなんかこうルートが用意されてるというか、そんな気もしたんですけど、就職先みたいなのはそこで院を経験してると、その先もあったり。
スピーカー 2
そこで学び始めた経営っていうところの右腕左腕的なお仕事っていうのがそのままいきそうなもんだけど、そこから、でもそっかそこで建設業に触れる機会があったわけですか。
スピーカー 1
そうなんですよ。
で、たなべに入った時に業界を選べたんですよ。
建設業界、業界軸と機能軸、建設業とか製造業とか飲食業とかという軸と、あとは人事制度とか財務とかITとかいう軸がこう。
スピーカー 2
機能っていう軸ですね。
そうですね、あって。で、どこがいいですかと。
スピーカー 2
どこがいいですか。
スピーカー 1
新卒なので変な話。どこでもいいんですよね。
なんですけど、一番仕事があるのってどこなんですかって聞いたら建設ですって言われたんですよ。
で、たなべ経営、当時たなべ経営だったんですけど、30億から300億くらいの地場企業のコンサルをする会社だったんですよ。
で、そうなると基本的には地場でそれくらいの規模がある会社って、やっぱり圧倒的に建設業が多いんですね。
だからお客さんも一番多いし仕事も多いというので、じゃあ建設で。
そこでが建設の出会いですね。
スピーカー 2
それまでは建設業に触れるっていう企業は。
スピーカー 1
全くないです。自分が建設業というものに関わった経験はほぼない。
ないんですね。
記憶もないですね。
スピーカー 2
だから地元で過ごしてる時なんかは野球に打ち込んでるし、なんか周りにね、それこそ変わった建設っていう存在もしてたんですか?あのちっちゃい頃。
スピーカー 1
知らなかったです。
スピーカー 2
知らなかったぐらい、だから分かんないわけですよね。
スピーカー 1
全然分かんない。
分かんないですよね。で、建設っていうもののそのお仕事のジャンルが建設業界になった途端。
スピーカー 2
でもこれはあれですよね。東京で就職。
スピーカー 1
そうですそうです。
スピーカー 2
ですよね。エリアは全国の会社。
スピーカー 1
基本的には関東。
スピーカー 2
関東圏の、関東って言っても広いですもんね。
そうですね。
スピーカー 2
その中での会社を保産するっていうお仕事になったんですね。
静岡っていう縁は、その時もその仕事からあったんですか?
スピーカー 1
たまたま僕が新卒で田辺に入った時に、川田の、川田良一とうちの役員。
で、熱海でキャンプをするっていう話があったんですよ。
はい。えっと、えっと、川田社長とうち田辺系の役員がワンワンで、
スピーカー 2
ワンワンでキャンプ?
スピーカー 1
10年後の1000億ビジョンを描くっていうキャンプをすると。
スピーカー 2
キャンプ。
スピーカー 1
一泊二日で。
スピーカー 2
はい。
で、たまたま山越新卒で入ってて、暇だったんで、
スピーカー 1
お前三島だろと。今度三島の会社とキャンプ場から来ていいよって言われて、
マジっすか、ありがとうございますって言って、
行って、川田社長と初めて会ったっていう、新卒の思い出ですね。
スピーカー 2
総年は、だから新卒だから24?
スピーカー 1
えっと、4です。新卒なんで。
スピーカー 2
新卒で4とかのことなんですね。
え、そん時は?
スピーカー 1
そん時はもう1000億ビジョン描くっていうキャンプだったので、
壮大なこと言ってるんですよね。
で、いやこういう会社三島にあるんだーっていう出会いです。
スピーカー 2
なるほど。
で、その時の川田社長、社長じゃないのかまだ。
スピーカー 1
社長ですね。
もう社長で。
スピーカー 2
社長との第一印象って言うんですか?
対面で、あのね、まあすごいキャラクターじゃないですか。
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
コイイじゃないですか。
第一印象って覚えてます?当時。
スピーカー 1
いや頭いいなーっていうか、頭の回転早いなーっていう。
そのキャンプがすごい特殊というか、本当にもう事例ベースで、
とにかく情報、リッチな情報バーって出すんですね。
で、その情報の中から川田社長が、
これはこういう繋がりできるかもしれないというか、
自社事業これチャンスあるみたいなのを、ずっとバーって言うので。
えー、ワンオンワンですもんね。
スピーカー 1
そうです。基本的には。
で、もう一人なんかサブみたいな人がいたんですけど、
スピーカー 1
海外の事例もそうだし、建設業以外の事例もとにかく出して、
で、そのインスピレーションから、
あー、静岡県東部だ、こういう事業構想できるんだよみたいなのをまとめる。
スピーカー 2
へー。
という強烈な。
スピーカー 2
面白。なんかそこにでも導かれてる気もしますよね。
スピーカー 1
そうですね。
あれは。
スピーカー 1
全然知らなかったけど。
スピーカー 2
いくつもある会社の中でたまたまそこで、
かつ三島の出身だからってことで呼ばれたっていう。
変なそれだけの話だったわけですよね。
スピーカー 1
そうですね。
やっぱそれはなんか導きですね、たぶんね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
面白い。で、河童社長側から、後になって、入社後で構わないですけど、
あの時にっていう話を聞いてるんですか。
その河童社長が当時ワンオンワンやってた時山越いたんですみたいな。
スピーカー 1
はいはいはい。それはもう向こうも理解してましたし。
スピーカー 2
なんか印象とかは特に。
スピーカー 1
なんかしてた?って。
スピーカー 2
ははははは。
スピーカー 1
なんかしてた?って普通に言われますけどね。
でもやっぱり当時新卒の山越少年が、発言できないぐらいもう。
スピーカー 2
飛び立ってんだ。
スピーカー 1
追いかかったんだ。
スピーカー 2
へー。それはなんかいい思いですね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
印象深いというか、なかなか経験できない。
スピーカー 1
そう。だから河童という会社が近く感じた、地元企業としてすごく近く感じた出来事でしたね。
スピーカー 2
出身であり、建設業のことはよくわからなかった少年だけど、
なんかこのワンオンワンの様子見て、すまにこんな会社あるんだっていうところでのインパクトはありそうですね。
スピーカー 1
そうです。かつそれが全然建設業っぽくない議論をしてたっていうのも、すごく面白いなぁと思った覚えがありますね。
全然建築土木どう伸ばすかみたいな議論をしてなくて。
スピーカー 2
なくね。
スピーカー 1
土木の中でいろんな産業ある中で、それを河童建設という会社がどう取っていくのか、自分たちで作り上げていくのかみたいな話をずっとしてて。
へー。面白い。
スピーカー 2
なんかその辺の話を持ち帰って、まあとはいえ日々のコンサル業務仕事っていうところに打ち込んできたわけですよね。
なんかその自分の中で地元だったりとか建設業っていったところに向いていくタイミングって言うんですか。
プロフィール上はね、もう幅広く関わったんだなーってことはわかるんですけど、やっぱり2024年大きな転機として河童建設っていったところに来るきっかけがあったと思うんですけど、どんなきっかけがあったんです
か。
スピーカー 1
天守くん決めたのは、正確には23年だったんですね。で、きっかけとしては群馬の会社さんのコンサルタントに入ってたんですよ。で、それもたまたまなんですけど、その会社さんが河童に視察に来ると。
群馬の会社さん、建設会社さん。
スピーカー 1
そうです。千葉前根くんが三島の河童建設に視察に行きます。で、あれ山越くん三島だったよねと。今度河童さんと飯食うから来なよって言ってくれたんです。
それまた。
スピーカー 1
ぜひぜひって言って、で行って、で棒、うなぎ屋で座るわけじゃないですか。で、向こうの社長と河童社長は離れてたんですけど、そのときたまたまオンサイトを立ち上げた半年ぐらいの、立ち上げ前ぐらいから、
仲良みがあったんですけど、当時の事業責任者をしてた人間がいて、で、その人と話していって。で、その人もたまたま半年前に河童に転職をしてきた人で、大手のエサ屋で事業をしていて。
で、まあいろんな夢を持って地元に戻ってきて、オンサイトでプラットフォーム立ち上げたいと思ってるみたいな話をしてたんですよ。で、むっちゃ面白いですねって言って、一緒にやりたいって言って、その場で転職
します。
で、その後ゴールデンウィークまた一緒に二人でその人と飯食って、じゃあもう一年後でって言って決めました。
スピーカー 2
えー。その群馬の会社さんって今もあるよね、オンサイトに。そうですそうです。いらっしゃるあの会社だと思うんですけど、そこの要はまた一緒に美術館の会社行くけど、一緒にどう?みたいな。そうですそうです。縁が
またそこで。
スピーカー 1
すごいですね。本当に縁だなと思って。しかも多分あのタイミングじゃなかったら難しかったと思うんですよね。もう例えば行って完成されてるとか、全くアイデアがない状況だったらイメージもつかないしね。ある程
度あの人がボールを持って進めようとギラギラしていた。まあそれに一緒にやりたいなと思ったって。
スピーカー 2
まあだから転職決めるそのね、たぶん熱量みたいな部分とかも、お互いにね、事業立ち上げる熱量となんか新しいチャレンジできるさみたいな熱量が一致したっていうことですね。
そこの時点でもすごい縁が生まれてるんですよね。とはいえですよ、その東京で過ごしてた時代、まあ当然群馬の会社さんとのお付き合いもあるっていうことですけど、関東圏で仕事をしていたので、もうそれなりに重足は
してたわけでしょ。
はい。むちゃむちゃ面白かったんですよね。 その仕事はその仕事で面白かった。で、そこで暮らしてた生活を一気にこう変えるっていうある意味ね、英談というかだったわけですけど、そこはもう迷いなくって感じだ
スピーカー 1
った。迷いっていうかずっとやっぱりモンモンとしてた部分はあって、コンサルの時に。面白かったんですけど、コンサルの時にまあいろんな経営者の方々と話すじゃないですか。
で、いろんな経営課題がある中で、やっぱりその時思ったのは、なんでこの人たちは挑戦しないのか、まあファーストペンギンのような一歩目の挑戦をしないのかというのをすごく思ったんですね。で、いろんなアイディア
はあるし、島の建築家さんお金を持ってるし、地域との人脈もネットワークもあるし、やっぱりその会社さんがなぜ挑戦をしないのかというのをすごく考えていた。
で、それはまあメンバーなのか、上級なのかというのはいろいろあったんですけど、僕が出した答えは、やはりロールモデルがないからだと思ったんですよ。で、まあ島の会社さん、全部が全部そうじゃないですけど、基本
的にはその安定してるので、無理な挑戦をする必要はないんですね。
スピーカー 1
で、じゃあよりその挑戦のハードルを下げるためには、ある程度ロールモデルを作って、で、ロールモデルをみんなが真似できるモデルを作ったら、それは全員が幸せになるし、一気にスピード上がるなと思ったんです。
で、その時に、まあ日本でロールモデルになり得る会社どこだろうというのを思った時に、当時はたなびは川高さんはさん。
ああ、大阪の川健さんさん。 そう、いわゆるまちづくりという路線で走るか、あとはもう特殊領域で突き抜けるか、戦国展開するか、この二軸だとした時に、まあ勝負できるのは川だなというのは
ずっと思っていて、で、まあずっとロールモデルを作りたい、作ったらみんな成長できるなというのは思っていて、で、まあただそのコンサルとしてそこに関わるのか、自分が中に飛び込むのか、これ全然大きな違い
なんですけど、
スピーカー 1
でも結局コンサルとして関わり続ける限り、メンバーじゃないなと。自分が作ったとは言えないなと思ったので、やっぱり自分がそのロールモデルを作る側に回る。いろんな人たちと一緒にロールモデルを作
る。で、それが今までコンサルとしてお世話になったこの経営者さんたちにできる恩返しだなと思って、そっち側に回ろうって思いました。
スピーカー 2
なるほど。だからコンサルってお仕事は、もしかしたらどっかで本当に自分で作るみたいなことをやろうと思ったタイミングでは、もういよいよ右腕左腕的なポジションのありようはあるけども、本当の意味で自分が
やれたって言えるもの、やりたいと思った時点でその転職っていうのがもしかしたら発動っていう。
スピーカー 2
で、それがその時出会ったオンサイトXの立ち上げからの、もっとこうしたいんだみたいなビジョンみたいなところに共感するタイミングがそこだったっていう。
スピーカー 1
そうですそうです。まさにオンサイトXって今言ったモデルで、もう全国のロールモデルをみんなで横展開して真似する。しかもそこに別にコンサルを返したりするわけではなく、直接学び合うっていう。それが当然
解像度も一番高いし早いし、一番ベストだよねと思ってたので、本当にそれだとやりますって言って飛び越えましたね。
スピーカー 2
すごいな。そこの出会いが、もうなんか山越の今のポジションを決めたというか、そこの時点で決まったっていうところですね。なんか引っ越しをしてね、唐上島に行くわけじゃないですか。地元に帰るみたいな
喜びみたいなものあったりしたんですか。そこはどうだったんですか。
スピーカー 1
当時は。
スピーカー 2
よくあるじゃないですか。地元に帰って何か貢献したいから、地元の企業を転職先に探すっていうケースって一番多いと思うんですよ。僕も割とそれに近いんですけど、そういう意識とはまた違うね。簡単だから
実現できるっていうのがあったものの。
スピーカー 1
だから地元っていう感覚があんまりなかったんですよね。それこそ、中学は地元でしたけど、高校で。常に沼津に、朝一行って夜に帰ってくる。三島と触れ合う機会ってないじゃないですか。
スピーカー 2
ベッドタウンみたいな。
スピーカー 1
そうそうそう。で、高校卒業したら、大学千葉だったので三島で変わらないし。だからその、町とはみたいな学生の山越は触れることはなかったんですよ。
スピーカー 2
ましてやその企業の数とかね、企業のことさえも知らないですもんね、学生時代は。
スピーカー 1
で、しかも教師になることしか考えてなかったので。企業なんて、司会に入ってないんですよね。
あーなるほど。
そんな中で帰ってきて、だから川田に入って初めて三島の町というものを見始めた。というのは正直なところです。
スピーカー 2
新鮮だったわけですね。
スピーカー 1
めちゃめちゃ新鮮でしたね。しかも三島に住んだと言っても、やっぱり三島も一定広いので山の方に住んだんですよ。
スピーカー 2
あ、山の方だったんですね。
スピーカー 1
だから今という三島のせせらぎとか、緑とかと縁同位。
あの三島大社周辺のね、すごい水が綺麗で静かなーっていう。
スピーカー 1
そうですそうです。
スピーカー 2
じゃあ、ナックル。山の。
スピーカー 1
そう、山から降りてきてバイパス通ってここに行くみたいな。
そうか。なるほど。
スピーカー 1
実体験としてそこの町に触れたという経験はほぼなかったですね。
スピーカー 2
ましてやその地元に帰るっていう感覚はなかなかね。
スピーカー 1
そうです。
スピーカー 2
そう、もう持てない感じですね。
スピーカー 1
しかもやっぱり大反対されてんの転職だったので。
あー、やっぱり。
まあコンサルトメンバーからしたら、都内かと。
ね、遠くで働いてて地元に帰るとか。
あとやっぱり親も行って年収下げて地元企業に戻るみたいな話もあったし。
スピーカー 2
まあベース側変わっちゃいますもんね、収入もね。
スピーカー 1
山越しどうしたみたいな。地元企業に転職すんのみたいなのもあったので。
やっぱりそういう意味では最初はやっぱり地元に帰るということ自体はあんまりポジティブではなかったですね。
その以上にね、場所こそ三島だけど、全国を視野に入れた取り組みが行われようとしている枠々はもちろんあるわけだから。
スピーカー 1
そうですそうです。
そこへのモチベーションは。
スピーカー 1
むちゃむちゃあったんですけどね。
スピーカー 2
そうですよね。でも地元って目を向けた時には周りからの声だったりとかで割とネガティブな声が多いから。
あんまりそこに対して帰ってきてよかったみたいなふうに思うにはちょっと環境的にはしんどかった。
スピーカー 1
本当に移住者と何も変わらないぐらいのスタンスでしたね。ただいまともな。
このすごいな三島って。
スピーカー 2
だからこそ新鮮さも味わえたし、今の仕事の関わり方もまた違うのかもしれないですね。
ずっとどっぷり三島の街を新設した立場とはまた違う今目線で仕事もしてるんでしょうし。面白いですね。
経験とするとじゃあ三島に帰ってきた河田建設っていうところに席を置いてオンサイトXに参画。
スピーカー 2
オンサイトXの人間としてこれから活動するぞみたいなところは入ってからは日々突っ走ってる感じというか。
スピーカー 1
そうですね。
行って突っ走りつつ。あとはやっぱり社内をどう巻き込むかみたいなところは中途だったので苦労しましたね。
まあいまだにそこはあれなんじゃないですか。課題も持ちつつやってる感じ。
スピーカー 1
それこそコンサルから来たっていうか。
形ばっかりが走るので。やっぱり行って建設する。なのでキーマン見つけて飲み行きましょうって最初半年ぐらい。とりあえず飲み行ってくればみたいな。
スピーカー 2
ある意味こう社内営業というか。
スピーカー 1
そうですそうです。
スピーカー 2
自分を売るというか知ってもらうための時間をそれなりに費やしていきたい。
スピーカー 1
そうですね。
あとあれですもんね。オンサイトX自体が社長直下のセクションでもありましてね。
スピーカー 2
はい。
建築屋のセクションの中にあるポジションじゃなくて、もうあなたのベースができた中での山越氏みたいな感じですもんね。
そうですね。
スピーカー 1
いろんな苦労もありつつも、一本筋を通しながらずっと来てるのは賢く生きながらも自分の道は反れずみたいなところで来れてるっていう感じですか。
スピーカー 2
野球少年だった山越氏の熱量みたいな部分は今その仕事にも向いてると思うんですけど、
スピーカー 2
なんか今までの話ですよ。整理すると、すごくあの潤風満帆、まあ時に挫折も味わいながらもですけど、惚れてるっていうね。もう俺ポキッと折れたわみたいなタイミングっていうのがそんなに見当たらない。
なんか本当はもうなんかあるんじゃねえかなって。
一同 笑
ちょっと思っちゃったりしたんですけど。
スピーカー 1
多分その、これ自分の言うのなんですけど、僕じゃなかったら、多分ボッキボクに折れてる。
一同 笑
じゃぐらいその、なんだろうな。要求は高いですし。そう、で、転職室最初の頃は本当に、あ、失敗したなって正直思ってたんです。事業会社簡単じゃないなと。
コンサルの時は、いやいやこれが正しいですよね。理論上もそうだし、下事例を見てもみたいな話をするんですけど、まあとはいえ差があるじゃないですか。
スピーカー 1
で、それをやっぱり見えてない自分とか、あといろんな関係地を見て、いやあ動かないなって失敗したわと思って、腐ってた時期も半年ぐらいでしたね。
それはそれで苦しい時期ですね。
スピーカー 1
そうです。
スピーカー 2
だってそういうのをやりたくて入って、心を決めて帰ってきて、働き始めたら、環境がなかなかそうもう変わらんぞというところにぶち当たり。
スピーカー 1
でかつオンサイトも頑張るっていうのはあるんですけど、じゃあ建築部のことを一時情報としては知ってるか知らないので、じゃあそこもやっぱり言ってどう考えるかもあるし。
だから最初はこう、まあ自分がどうしようもない部分に目が向いてしまってたので、現職した時は相当折れてた時期もありましたね。
スピーカー 2
そういう時に、今も含むそのオンサイトっていうところに関わる皆さんとのなんかこう支えとかいうところもやっぱり大きいんですか。
スピーカー 1
そうですね。やっぱり変化が生まれていってることを近くで見れるというところだったり、やっぱり必要としてる仕組みだなというのが感じられるので、それはいいなと思うし。
常に要求してくる情緒がいるので、必死に食らいついてるっていう感じですね。
スピーカー 2
でもさっきね、自分じゃなきゃボケボケに折れてるっていうのも、その要求っていうものに対する打たれ強さとかもしくは何くそっていうのももちろんっていうのはやっぱり自分の中でも鍛えられてる感じがある
んですか。
そうですね。でも一時期本当に社会の人に、いやもうやめようと思いますみたいな話をしたことがあったんですよ。その時にコンサルからそもそもなんで転職したんだっけみたいな話をされて、
スピーカー 1
でやっぱりこういうダマダマしいリアルな部分を当事者として変えたくてきたんでしょうっていう話があったので、まあ確かにそうだかもしれないって言って、そっからはもうなんか、まあ僕は宇宙理論と呼んでるんです
けど。
スピーカー 2
宇宙理論。
スピーカー 1
やっぱりこれ目の前のことを解決しようとすると日々苦しいじゃないですか。でもそれって見しましレベルで見たらなんか影響あんのと。
で見しまし的にもなあと思ったら、いやそれ日本全体から見たらほんとちっぽけだよねみたいな。でこれ最終的に宇宙から見たらお前なんでもねえよと言われたことがあって、それだと。
スピーカー 2
宇宙理論。
スピーカー 1
その考え最強っすね。やっぱりなんかうわーってなってる時ってもう今目の前のことだと。でもそんな宇宙から見たらお前だということなんて、というのを日々こう自分で言い聞かすの。
スピーカー 2
そうだからこう言い聞かせるっていう意味でも本当に自分が向き合ってるものでなんでやってるのかっていうアドバイスだったりとか。
だからこうちょっと落ち込んだっていう時の考え方としてもう宇宙を。宇宙の絵がこんなちっぽけなもんっていうことの切り替えができるっていう性格なわけですね。
スピーカー 1
でも変わったのに来てですね。そこは成長したかもしれない。一番成長したかな?変わったかな?
スピーカー 2
それはだから建設さんとしての会社のスピードとか社長の考え方みたいなところの影響が多分ある。
正解と思います。なるほど。
スピーカー 2
いやなんかすごく強靭なね、ハートと肉体と。まだね、あそこ32ってことでは全然エネルギーもまだまだ豊富にあるのかなって思うんですけど。
スピーカー 2
自分のすごいね、今強いなって思ったんですけど一方で弱点ってあえて言うならあったりするんですか。
スピーカー 1
やっぱり街作りに対する一時情報がないっていうことですかね。今現時点で。
スピーカー 2
それは三島に対してってこと?じゃなくて。
スピーカー 1
まあ静岡県当分もそうですけど、やっぱりあんまり関わってこなかったというところもあるんですけど。
やっぱり川田が目指してる地場ゼネコの成り方って街作りも含めて、街に目指していく。やっぱりそれをどう作っていくかっていうのはこれからの課題だなって思いますし。
逆にそれが一歩踏み出してチャレンジしていくっていうのが次の課題だなって感じです。
スピーカー 2
山越としての、自分パーソナリティとしての弱点みたいな。
パーソナリティの弱点。
脇腹めっちゃ弱いんですみたいな。
スピーカー 1
パーソナリティの弱点か。
自分の弱点って考えたことあります?
スピーカー 1
しっかり打たれ弱い。
今、結果としてね。回復できてるけど、基本打たれ弱い。
スピーカー 1
しっかり沈む。
スピーカー 2
でも大事なことですよね。
スピーカー 1
沈んだ時に助けてくれるのはオンサイトなんですよ。
なるほど。
スピーカー 1
やっぱり社内でいろんなこと言われてもないし、他の自分の力不足を感じた時に、
やっぱりオンサイトで忙しいながらも入ってきて頑張る。
会社変えようとしてるエネルギーを持った人と話すと、
いや、こんなこと言ってる場合じゃないなって思うし、
いや、俺も頑張らなきゃなっていう。
スピーカー 2
その中でオンサイトっていうのは、あくまで川崎建設社内はもちろんだけど、
その外にいる皆さんってことですね。
関わり合いを持てる皆さんのモチベーションだったり、
やろうとしてるチャレンジングな気持ち、熱量みたいなところで戻れるってことですね。
スピーカー 1
だってオンサイトなんて給与やんなくてもいいじゃないですか。
自分の現場で利益出して、しっかり給与稼いで家に帰る。
スピーカー 2
自社のことだけ考える。
スピーカー 1
だけでもいいのに、やっぱり外に出ていって新しい情報を取って、
自社に還元して、周りの人も良くしようとしてる。
いや、すごい。いつも思うし。そういうのを見て、
スピーカー 1
ああ、頑張ろうって思わせてくれるなって。
スピーカー 2
そこの共感できる仲間たちも増えてるから、
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
これが本当数人だけの、なかなか規模が大きくならないっていうことで
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
本当に周りを巻き込めてるっていう表現なのかもしれないですね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
うーん、そっか。打たれ弱いんですね。
スピーカー 1
しっかり打たれる。
一同 笑
みんなそうは見えないって言うんですけど、すっごいショックって。
スピーカー 2
そうですね。なんかちょっとお酒とか飲んでる時に、
弱音が出がちとかだったりするじゃないですか。そういうタイプ。
スピーカー 1
そうですね。でもお酒飲んじゃうと、もう気持ちよくなってくるんで、夢語り始めるんですよ。
スピーカー 2
一同 笑
夢の方が勝っちゃう。
そうそうそう。
スピーカー 2
ああ、なるほどね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
いや、なんかそういう交流みたいなの、僕もね、
三島行っておもてなしいただいたりとかも経験があるんですけど、
ホントにメンバーの皆さんとの交流ってそこもいいですよね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
なんかこう自分、自社に持ち帰って自社を見直した時に、
なんか全然うまくできなくてどうしようみたいな。
スピーカー 1
そうそうです。
スピーカー 2
音のだらけじゃないですか、多分皆さん、各社がね。
だからそこをシェアできる仲間が外にいるって結構心強いですよね。
で、三島に戻ってきて、今あれでしたっけ、ご家族と一緒にお住まい?
そうですそうです。
スピーカー 2
なんですか。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
そこでの拠点で、今後も活動して活躍していくぞみたいなところなわけです。
スピーカー 1
そうですね。なので29で転職して引っ越し、家を買い、子供が生まれ。
スピーカー 2
家を買った。
これがもうすごい。30にして先生の転役だな。
スピーカー 2
えっ、じゃあお子さんまだちっちゃいですね。
スピーカー 1
そうですね。1歳9ヶ月。また来月一人生まれるの。
ほら。
スピーカー 2
おめでとうございます。来月?
おめでとうございます。
スピーカー 2
おめでとうございます。
スピーカー 1
逆にその視線で、親という視線でどういう街に関わるか。
そこがまた新しい目線になるんだろうなと。
ワクワクもありますし。
自分としてじゃなく、子を持つ親の目線としてってことね。
スピーカー 1
いろんな視点も変わるし、ワクワクしてるんですけどね。
スピーカー 2
街づくりっていう意味ではアスピアさんの目線もね、今の話すごく面白いですよね。
街を知らないからこその目線を持てるのが、なんかもっとポジティブに取り組みにつながっていくといいですね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
いやあ、なんかちょっとまとめようと思ったけど、なんか綺麗すぎて。
なんかご不満で。
不満なんて言うのはないですよ。明らかに不満顔だったけど。
でもなんかこういう人が今ね、オンサイトXっていうところで関わってやってらっしゃるっていうのは、聞いてる皆さんにもすごく面白い話じゃないかなと思いますので。
どうですか?僕はオンサイトの話がすごく面白かったんですけど。
スピーカー 2
ニューさんなんか気になったことありますか?
スピーカー 1
ニューさん ちょっと二つありまして、まずその、やっぱり改めてそのオンサイトXに興味を持たせていただいて、
前の回でもお話ししちゃったんですけど、改めて本当にこのオンサイトXの価値というか、改めてちょっともう一回考えてやっぱり会社に伝えていきたいというか、っていうのは思いましたね。
スピーカー 2
もう一つはやっぱり山越さん、僕が見たあれですけど、やっぱその場面場面キャリアの中の、やっぱそこにちゃんと思いがあるんだ。
スピーカー 1
そうですね。
自分のお仕事に置き換えても、自分もいろんなこと挑戦してるタイミングではあるんですけど、やっぱこう不安でいっぱいになるときもあれば、むしゃくしゃするときもありますし、
だけどやっぱそこが二つあると多分突破していけるんだろうなっていうのをすごく横で聞いてて思いました。
スピーカー 2
熱量ベースがしっかりとあるっていうところに加えて、宇宙理論。
スピーカー 1
宇宙理論。
スピーカー 2
もうこんなちっぽけな悩み、宇宙に比べてはこんなもんだっていうね。
スピーカー 1
そうですよね。
スピーカー 2
そこにちゃんと行きつける、マインドというか。素晴らしいですね。
星文さんどうでした?今、プロフィール聞いて。
星文 そうですね。一番思ったのが、転職されるときに宮尾コーチみたいなお話もあったと思うんですけれども、
私たちも今人材を探している中で、それこそ会いたんですとか言ったんですとか、いろんな方を採用していかなきゃなっていう中で、そういう思いの方もいらっしゃるんだなっていう中で、
やっぱ一番大切なのはそこの会社のビジョンですとか、そういうものが本当に大切なんだなっていうのを改めて思いまして、
ちょっと自分たちもね、その強いメッセージで作っていけたらなっていうふうに改めて感じましたね。
そうですよね。
カート建設さんって、たぶんある意味で社長のパワーみたいなものが、もう災害的にも影響力あると思うんですけど、
社内で掲げてるビジョンみたいなものを、今でいうと、例えば山口さんが社員にも電波するというか、
その体制がうまくできてるけど、それでも分かんない人は分かってないというか、それでも伝わってなくて、なんかこっちはすごい伝わってないなってへこむというか、
ということがまだ起こるぐらいなわけじゃないですか。
やっぱそれってやり続けないといけないものだったり、もしくはその社長一人が言うんじゃなくて、やっぱ周り理解してる人たちがどんどん言うみたいな文化が必要なんですよね。
特に建設業界っていうところは、そういう文化をもっともっと根づかせないといけないのかなって思いますね。
まあちょっとね、綺麗すぎる話をね、このまま終わらせるのがちょっと残念なんですよ。
スピーカー 1
怖い、綺麗すぎるじゃないですか。
怖かった、こういう顔気をつけますけどね。
スピーカー 2
とはいえ、未来あるこれからを担う若者も建設業に目を向けて欲しいなって思いもあったり、
一応そのカーターっていうところの会社の良さみたいなところも今はしばしで感じられた方もいらっしゃるんじゃないかと思うんですけど、
山越さんの言葉でいいので、若い人たちに向けて、これからの人たちに向けたメッセージというところを、
ちょっとこの3本の最後の言葉というふうに示させてもらいたいなと思うんですけども、メッセージなんかもらえたりしますかね。
スピーカー 1
山越 ありがとうございます。やっぱり僕がマウンサイトの仕事を通じてもそうですし、今カーターにいる中でもそうなんですけど、
やっぱり何をやるかっていうのも当然大事なんですけど、やっぱり一番誰とやるかだなというふうに思っていて、
新卒の時は東京でコンサル担当になる、キラキラっていう世界を追い求めて就職しましたけど、やっぱり本当に思いを持って何かを成そうとしている、
そこに対して一生懸命走っている人というのは、それはもう場所関係なく、やっぱり全国にいろいろいるので、
やっぱり本当にそういう人を見極めてこの人と一緒に走りたいと思う人のところに飛び込んでほしいなと思うし、
それがマウンサイトであり、カーターであり、マウスピアさんでありというところであれば最高だなというふうに思っているので、
ぜひぜひ熱い思いを持って飛び込んできてほしいなというふうに思っています。
スピーカー 2
カーター建設にこの人が来てくれたら。
スピーカー 1
もうこのポッドキャストを聞いて、西北に来ましたって言ったら、僕が無条件通します。
合格だった。
いいですね。でもそれぐらい面白さは伝わったはずですよね。
スピーカー 2
いいきっかけになればなというふうに思います。建設業というところを変えようというね。
変えるというと今が悪いみたいな言い方になっちゃいますけど、もっと良くなるだろうというところの入り口を持って、
オンサイトXという活動がどんどん発展していくその様子も僕はすごく楽しく見させてもらっていますし、
何ならもっともっと関わらなきゃなって改めて思わさせていただくすごくいい回になったかなと思いますので、
プロフィールは切れすぎたというところは最後にもう一回言って、とはいえすごく素敵な3回のお話を聞かせてもらえたというふうに感じました。
最後出演して3回にわたって話していただきましたけど、どうですか?感想を聞かせてもらってもいいですか?
スピーカー 1
めちゃめちゃ面白かったです。本当にこういう思い、僕以外のいろんな人が出ているかつ自由に思いを語れる。
それがあるって素晴らしいなと思うし、もっともっと注目して広がっていければなと思いました。
スピーカー 2
ありがとうございます。お二人から改めて3回にわたるゲスト回を振り返っていただいて。
そうですね、まだまだやっぱりジバのゼネコンっていうのはなかなか外に出れないっていう会社さんが多いと思うんですね。
うちの会社も含めて。その中でこのオンサイトX、逆に言うと助けの場だなっていうふうに思ってまして、
たぶん情報を入れるスピードも全然速いんだろうなっていうので、
悶々として社内で困っていることが解決できればなんじゃないかなっていうふうに改めて感じましたんで、
これから積極的に参加させていただければなと思いますのでよろしくお願いします。
じゃあ、ユウさん。
スピーカー 1
3回にわたってありがとうございました。
すごくいいお話を聞かせていただいて、
スピーカー 1
オンサイトのことはこしめさんがお話しされていたのであれですけど、
思いと熱量、ここを持ちつけていくことっていうのは世代問わずですし、
そういうふうな共有っていうんですかね、新しく業界に入ってくる人も含め、今いる業界にいる人も含め、
そういう思いもどんどん横に伝わっていくと、技術的なこととかDXとかそういうところだけじゃなくて、
そういう部分も横に広げていければすごくいいなと思うんで、
前回出たように長野県の方で僕らもちょっと頑張って一歩踏み出せればなとすごく思いました。
スピーカー 2
ありがとうございます。
オンサイトX並びに川田建設知りたいな、自分で聞いてみたいな、もう一回話したいなって、
もし思っていただける場合に取り出し先、概要欄の方にも書かせていただきたいと思いますので、
もしアクションしていただけるなら、アスピアさんや神経新聞の方にも聞いていただけたらなと思います。
スピーカー 2
はい、それでは全3回に渡りまして、改めて川田建設、山越、高谷さんにご出演をいただきました。
山越さんありがとうございました。
スピーカー 1
ありがとうございました。
ありがとうございました。
それでは今日はここまでです。
スピーカー 2
建設の知らない世界、菊から始まるまちづくり、最後までお聞きいただきありがとうございました。
ご感想、建設、土木、不動産などにまつわる質問は概要欄のお便りフォームよりお気軽にお寄せください。
もし気に入っていただけたら番組のフォローとレビューをいただけるととても嬉しいです。
神経新聞社やアスピアの情報は概要欄からご確認ください。
この番組は毎週木曜日朝7時ごろ配信されます。
それでは次回もお楽しみに。ありがとうございました。
スピーカー 1
ありがとうございました。