はじめてのカタカムナ
この番組は、書籍、はじめてのカタカムナを、より詳しく、一つ一つ丁寧に解説していく番組です。
カタカムナを日常にすぐ活かせる形でお伝えさせていただきますので、ぜひ楽しんでください。
ごきげんよう。マコットです。
アコさん、今週もよろしくお願いいたします。
どんどん進んでいって、今週からまた新しい扉を開いていく感じですよね。
そうですね。やっと音のとこまで来ましたね。ありがとうございます。
楽しみです。今週もよろしくお願いいたします。
はじめてのカタカムナ
改めまして、アコさん、今週もよろしくお願いいたします。
お願いいたします。
いよいよ皆さん、本をお持ちの方は108ページを開いてください。
よろしくお願いします。
カタカムナ的な音の捉え方というところまで来ました。
次に紹介する文章は、カタカムナのことを学ぶにあたって根本となっている、相似小学の資料からのものです。
一つ一つの音のカタカムナ的な捉え方をもとに、ここからはいくつか例を挙げて、一音の響きのことを共有していきたいと思います。
楽しみですね。
これがね、結構難しいと敬遠されちゃうとこなんですけど、大切だと思うのでね、そのままの文章をこちらに載っけてます。
本日の日本語の語源は、上古代にカタカムナ人の鋭い直感によって、天地宇宙の万象の発する響きを感受し、
それを人間の発音し得るほぼあらゆる声音48個に移して整理したところにあったのである。
もうここら辺でえーって。
そうですよね。天地宇宙とか万象のとかって。
深そうな。
でもなんか魅力ある文章じゃないですか。
そうですよね。
これが本当に端的に説明してくださってるなと思って私載っけちゃったんですけど、
したがって日本語の48の一音一音は、オノズから天地宇宙がそのような響きを発している様々な要素を表したものであった。
それでそのような音を2個3個と組み合わせて構成される日本語は、当面の意味の奥に常にそれぞれの音の意味する天然宇宙の様々な要素のニュアンスを一人でに、一人でにですよ。
包蔵していることになるソウジショウガッカイシヨリと。
なるほど。
やっぱり音が組み合わさって一つの意味なんですけど、それをまたさらに読み解いていくみたいな感じですよね。
そうなんですよ。
本当に一音一音からね、私初めてのなので説明差し上げているのは、
身っていうのが物事の本質だったとしたらみたいな話をいつもね、させてもらうじゃないですか。
で、言いで学び取ったものと、身で感受したものを合わせもって意味がわかるっていうこともね、毎度お伝えしているのは、
全部の言葉がそんな風にっていうのがものすごいカルチャーショックだった。
そうですよね。
そんなことを学校では全く教わらないので、もったいなさすぎるって思っているっていうとこになります。
そうですよね。だって普通に今おっしゃっていただいた意味っていうのも、
そんな物事の本質であったりとか内容みたいなところはなんとなくわかってても、それを身で感じるみたいなところまでは、
やっぱりカタカムナを学んだりとか、アコーさんに教えていただくまでは、
そんなことをこの意味という二文字で表現してたんですか?みたいなことって思わないですもんね。
なんで教われへんのやろ。だからその根本を教わったら、その組み合わせなんやって踏まえることができたら、
読み解けることがいっぱいあるし、本当は何だったのかっていうのを知る手がかりにめっちゃなると思うんですよね。
そうですよね。
その後から漢字やアルファベットやカタカナがどんな風になろうが、やっぱり一音一音に戻るってことは、
誰でもわかるじゃないですか。小っちゃい子でもわかるじゃないですか。
だからそれがもったいなさすぎるっていうことを言いたいわけなのです。
正しく小学校とかね。でも学校で軽く教えていただいて。
そうなんですよ。あいうえおを教えるときにちょっとついでにちらっとでも言うといてもったら、
大人になってからあれって何やったんやろうなみたいなね。
お母さんが言ったときカタカナとかハマってたなみたいなのだけでもいいので、
それこそ後々ね、本当は何なんだろうっていう疑問が湧いてきたときに、
それこそ検索したり、AIに聞いてみたり、文献を漁ってみたりすることにもなるじゃないですか。
その存在自体を知らされてなかったっていうことがちょっとした騙された感ですよね。
本当にね。もったいない。
なんで?なんで?みたいな。ほんまにめっちゃ思いました。
日本人としてそういう言葉を使っているのに、そこを知らないという。
知らないで使えちゃうっていうところがまたすごいんですけどね。
なるほど。そうかもしれないですね。
だからもう私、初めてのっていうことは語感とか感じ取れるもの、体感できるものの中から、
一音の意味ってこうですよねって、そう言えばそう、言われてみればそうっていう実感できるところからだったら、
皆さんね、興味を持ってもらえるかなと思ってね。
それがこの音の響きのとこなんです。
興味ありますね。
ありがとうございます。
ただこのもともとのね、たくさん残っている、一番量的にはたくさん残っている相似小学会誌というものが、
学会っていうだけでもちょっと怖くない?
そうですね。
印象的に怖かったり、いろんな意見の食い違いがあったりだとかね、歴代あるわけですよ。
そうすると肝心な、皆さんの暮らしに役立つところっていうのが伝わりづらくなってしまったり。
そもそもが非常に学のある先生がね、書かれたものですから、やっぱりその方が読み下されたことすらもまだ分かりにくいっていう。
そうですよね。もっと柔らかくひもとを入れてくれよって思いますよね。
そうなんですよ。だから私なんかでも分かるレベルのところをさらに噛み砕けば、
しかも噛み砕いてなんぼっていうわけじゃなくて、暮らしに生かせてなんぼっていうところにね、一音一音お話できたらと思います。
というわけで次のサの音のとこでございます。
お願いいたします。
はい、勢い早まるサ。
まあね、サッとする言ったら早いですよねっていう話なんですけど、
私は以前日本語を教えるボランティアをしていたことがあるのですが、
その時海外の方々たちからすると、サッとすることが早くする意味だとどうして分かるのかって問われても答えられなかったことがありました。
サ、シ、ス、セ、ソの音は全部歯の間を空気が通る音です。
なので小学校低学年ね、歯が抜けてるときはちゃんと言えない音ですよーって言っております。
狭いところを通るとき、風や水のスピードが早まる。
勢いが強まるんですね。
和歌で言うと背を早めーって流れる滝川のーってありますよね。
水は背を流れるときは流れが早まります。
サの音は爽やか、サラサラとまさにスピーディーな感じがします。
狭まると早まるっていうのはホースで水をやるときに、キュッて抑えると狭くなると強まるっていうイメージですよね。
で、先にお伝えしたママさんたちが言いがちなセリフ、
もーさっとーって夏休みとかね、よく聞きますけれども、
も、さ、と、という三つの音しか使っていません。
ほんまや。
もーさっとーっていうね。
で、もっていうのはまさにもやもやした状態で海で言うもの状態を表します。
もやっとしてるわけですね。
もやもやしたこの感じを、さっとスピーディーにと、同合させてくれ、ということですね。
たったの三音なのに見事だなぁと思います。
言われてみたら本当にそうですよね。
みなさんね、こういう風にお話するときね、
サ・シ・ス・セ・ソとか確かに歯の間空気が通ってるわって確認されるんですよね。
マ・ミ・ム・メ・モ。
なんかね、唇に傷がある時とかしんどい音みたいなのが。
唇を通じて最初に発する音がマとなりやすいらしく、
ママもパパもバーバーも、
濁音半濁音なんだけど、発音してみると唇を使うんですよね。
ただジージだけちょっと距離感があります。
唇使わないんですよ。
ジージはおそらくこれがね、使う頻度によると思うんですよ、単純に。
なんで定年後に再就職されてたり、畑やお庭に出てたり、
ビール飲んで野球見てたりね、ジージってね。
呼ぶ優先順位の違いだといつもお話してるので、
もしくは読んだとて、これどんなにしたらいいんや、お母さーんって呼ぶんちゃうかとすぐね。
だから読んでも使えない。
ジージはそうかもしれないですね。
しょうがないですよね、お勤め頑張っておられたわけですのでね。
で、赤ちゃんが呼ぶ優先順位によって自然と呼び方が決まってきたものなのかなと思います。
ご飯のこと、まんまと言いますから。
で、お母さんは胸に食料を抱えて運んでいる人で、まさにおっぱいはポータブルなご飯ですから。
お弁当ですからね。
ポータブルなご飯って。
だから片っぽからなったらもう片っぽあるっていう。スペアもちゃんとあるっていう。
すごいですよね。目とか耳とか鼻の穴とか2つずつあるもの。
人造とか肺とかもそうですけど、やっぱり片っぽがダメになった時もう片っぽが機能するっていうようなね。
大事だからこそ2つあるって。手足ももちろんそうですけど。
あまりそこまで考えたことなかったですよね。
それこそ旦那さんが体のことやってるっていうのもあるけど、なんで口は1個なんやろうとかね。
子宮は1個でいいのかな。卵巣は2つあるのにとかさ。
なんかいちいち考えますよね。
なかなか考えないんですよ。そういうのって。
いやいや面白いなと思います。意味なくそうなってると思わないので。
でもおっぱいはポータブルご飯であって、
だからお腹がすくのもおむつが気持ち悪いのもまんまんまーとあの人呼びさえすれば間に合う。
本当ですね。
そういうことで赤ちゃんの立場からしたらどっちでもいいのやと。
まんまんまー言うてて、私かなご飯かなってお母さんは知りたいけど、
でも赤ん坊の立場からしたらどっちでもいい。あの人が来たら何でも間に合うので。
こんなふうにままとまんまは赤ちゃんの立場からすると同じ意味を持っていて、
ちょうどよく間に合わせてくれるものなので、
反対の意味で言えば何かがしっくり埋め合わされないとき間が持たないって言うんですね。
間抜け。
なるほど。
また誰かが喧嘩をしているときにはさあさあとかむーむーとかゴーゴーって言わないで。
言わないです言わないです。
まあいいやないかって言えば不思議と場が収まるものなのです。
ほんまやね。
ほんまなんですよ。ほんまのまですよ。ほんま。
だから赤ちゃんだってやっぱりうまく自己が確立して、
自分は今何を欲しているのかってそれを言語で表現するっていうときまでは、
何が嫌なのか自分でも分かんないはずですよ。
まあまあまあまあまあって言ったら、なんかお母さんがご飯かなお尻かな熱あんのかなって様子見てくれて、
何らかの対処をしてくれるって。
そうですよね。
ママニア。
都合のいい言葉。
そうですよ。間がいいわけですよ。
その一音一音っていうのがね、その間っていうのがどうしてお母さん、万国共通でお母さんになってるかっていうのが、
やっぱりすごくね、今子育てでね、てんてこまいしてるお母さんにはすごく自信になるんじゃないかなと思うから、
それもあってね、間の音をお伝えしてるんですよね。
あとね、やっぱり女の子の名前に使われやすい音。
まなみちゃんとかまなちゃんとかね、やっぱり女性らしい響きがある。落ち着くとか。
女の子の名前に多い音っていうのはやっぱりね、そういった泡的な響きがね、あるなって思います。
で、何もないことそのもの。
舞台の練習などで、今の間が良かったねとかいうことがありますよね。
それは一体何が良かったんでしょうか。
本当ですよね。何もないこの空間とか時間というか、それが良かった。
最近ね、そのカタカナ音読法の松永先生と往復書館みたいなね、いろいろキャッチボールさせてもらってるんですけど、
その時にね、この間の音について、何もないことを言っているっていう表現が、
今ね、流行りのビジネス用語みたいなのだと、文脈ってよく言われません。
へー、もう初めて聞こえた。
そこにあるナラティブがみたいな。
難しいこと。
文脈を訳すとナラティブっていう言葉になるわけですけど、
あとね、僕そんなに解像度高くないんでみたいな。
なんかその流行りの言葉ってあるんですよね。
文脈って入れると今どきっぽく聞こえるって。
文脈って行間を読むとか、行間って結局行の間ですよね。
1行2行の間を読んでるわけですよ。
だから流れとか雰囲気とかいうものを、いわば文脈と表現されるんでしょうけど、
それってね、やっぱり明確に表現されていないもののことを言ってるわけですよ。
で、それはまだなって。
本当にそうですね。
この文脈を読めとかって言われても、読める人と読めない人っていても。
そうなんですよ。
だから日本語、和歌の空気読むと一緒で、
でも当然ながら文章表現がお上手だったり、
イコール勉強ができる人っていうのは必ず文脈を読んでいますよね。
でないと答えられないもんね。
著者がとかね、言いたいことは結局この文脈の中に入ってたりとかしますもんね。
そうなんです。
どういう文脈でこの音を使っているかっていうのを判断するから、
やっぱり一音で物事を表現するっていうのが、
葉って言った時にどの葉を表してるかって、この葉の葉っぱなのか。
人体の中の、航空内の葉のことを言ってるのか。
で、読み分けをするっていうことですよね。
なるほど。
で、一体何が良かったのかと。
絶妙なまっていうのは、絶妙な何なのか。
改めて他の言葉で言い換えようとするとなかなか難しいもので、
まは何もないことそのものであり、この場合は目に見えない空白のことを指しています。
だから、ブランクって言おうとしてみたりだとかね。
でももうわびさびぐらい難しいなって思うんですよ。
本当に。
なんか、物の哀れとかどう訳すみたいな。
で、天寺さんのあまもあまねくま、あらゆるまのことだそうですが、
あまという音は漢字で書くと、天とか海とか女ともなりますよね。
でもこのまという音の柔らかくてお母さん的な響きとか、
ちょうどよく隙間を埋めてくれるものという感覚をひっくり返すと、
間が刺すという時の間にもなります。
だから本当にその瞬間ふと間が刺した。
で、もうこの絶妙な間にしかそれ入らない訳ですよ。
本当そうですよね。
刺すんですよね、本当に。
で、確かにママを怒らせたら小さな子供にとっては一大事で、
まさかね、もう本当に命取りになっちゃいます。
だからゼロ歳児にとってお母さんがちゃんとケアしてくれるかどうかっていうのは、
排泄も胃動もできない訳ですからね。大事な哺乳類にとって大事ですよね。
で、両方の側面を持つので、一音ですが裏を返すと真逆の感覚にもなり得る例です。
まあ間はきりがないですね。
そうですよね。今聞いてただけでもその文脈の間と間が刺すの間。
うん。一緒なんですよ。すごくない?時間の間と空間の間が一緒なんですよ。
すごい。
間を発明した人すごいなと思うんですけど、
この本を持っていらっしゃる方は音のデザインを見ていただいたらと思うんですけど、美しいんですよ。
そうですよね。深淵というか丸に、上にちっちゃい丸、下にちっちゃい丸、どう表現していいのかがあれなんですけどね。
絶妙にバランスが良くて、このままアクセサリーにもできるようなバランスの良さがありますよね。
宇宙の始まりの様子、時間空間、で間とか、まことですよね。まこちゃんの間。
で、間が刺すの間、ちょうどはまるもの、急空間。立体の玉の間ですよね。
あらゆる間、やまと、まんま、まことと。まことって書いてるわ最後に。
本当にありがとうございます。
ということでございます。
だからね、音のデザイン、もし本とかカルタとか見ていらっしゃる方は、これが間を取り持つっていう素敵な音のデザインが見るとしっくりくると思うので。
そうですよね。だからこういうのも誰が考えてんって思いますよね。
無理でしょ。考えへんでしょ。
そうですよね。本当に深淵で空間もあって、本当に間を表現している図象だなっていう。
そうなんですよ。で、後から出てきますけどね。川とか島とかと違ってね、やっぱりこの急空間が再現があるわけですよ。
だから一つ区切られたもの。時間というものが特定されていて、空間というものが境界線があるっていうようなイメージも。
だから境界線があるからこそそこにちょうどよくはまるものが間が指すのではなくて、っていう絶妙な。
だってね、これが先にできて、後で言語ができていなければ辻褄が合うわけないんですよ。
そうですね。本当に。
これがあったから組み合わせたんでしょ?ってめっちゃ思わざるを得ないと思いませんか?
本当に思います。
だって言ったら、この空間っていうこの図象ができてて、この間だなってわかりますけど、いろんな言葉の間とかをひっくるめてこうやって表すんだよって作るのってすごい大変ですよね。
無理。無理だから四十八が先にあって、その組み合わせで言語ができていってっていう方が絶対にナチュラルですよね。
そうですね。
昨今ではね、私もいろんなyoutubeチャンネルとかね、読んでいただく時にもカタカナは宇宙語ですって言っちゃってしまっているので。
まあ私が思ってるのは、前も言ったかもしれないですけど、バベルの塔の反対になるって言われてるから。
でこの間もバベルの塔って何のことですかって言うから、だから言語を分けられたことによって人類はコミュニケーションが密に取れなくなってしまったわけなので。
で今それはそのAIの翻訳だとかね、Google翻訳とかですぐできるようにちょっとはなってきたわけですけど、やっぱり即座の心情なんかをね、伝えるにはボディーランゲージとかね、
顔の表情とかそういったものの方がよっぽど早かったりはする。
語感で感じるっていうところですよね、言葉の言語よりも。
なんかもうえらいこっちゃねーっていうのは、何語であろうが関係ない、なんか大変だよなーっていうのは伝わるじゃないですか。
伝わります伝わります。
なんかね助けましょうかーみたいなことはそっちの方がよっぽど早かったりだとか。
ただしやっぱり後々の世の中の人とかやっぱり遠方にいる人に明確にできるだけ正確に物事を伝えようとするときはやっぱり言語でしっかり表現した方が良くって、
その時にこれだけ宇宙全体を表現した言語がね、今でも現存するんであればこれがまあ世の中で使われるようになったらいいんだろうなーって。
本当にそうですよね。なんか共通語みたいな感じになると。
日本人は特にね馴染んでいるというか親しみやすい言葉なので嬉しいですし、海外の方でもこれをこういうことかってすごくね分かりやすいんじゃないのかなとは思いますので。
そのオイリハヒエついたものを後から勉強するって大変だと思うんですよね。
根本がわかっちゃえばそれの組み合わせなんだけだっていうことがわかるから、それは漢字で表記されてようが音だけだろうが、
特に今私海外の日本語話者の方とか日本語が好きで学ばれてる方の意見とかが面白くていろんな本とかyoutubeとか見るんですけどね、
やっぱり日本語が好きな人の共通語、その共感力の高さとか表現の抽象度の高さとかそういったものが共通されてるからこそ一生懸命表現してくださってるなと思うね。
でもそれ聞いててカタカナやからって思うんだよね。
そうはどっかで知ってあったとしてもちょっとオカルティックなものだから、物的証拠のないものなので言えないだけなのかなとか思ったりするのも楽しいんですけどね。
本当にこういうのが全世界に広がっていったらもっともっと伝わりやすかったりとか感じやすい。
本当に広まるきっかけはアニメが好きとかなんですよね。
インドでもオソマツ君とかドラえもんとかドラゴンボールとかもそういうのもそうですけど、とにかくアニメから入るっていうことは擬音語、擬体語っていうのがめちゃめちゃドゴンみたいなのとかで、
なんだ日本語ってっていうのを魅力を感じてくださっている方がこの夏とかもいっぱい日本に聖地巡礼に来られてるでしょう。
やっぱりアニメ好きの方がやっぱり日本語に興味を持たれるのが一番今のところは多いと思うので。
でもそういったアニメの擬音語を一文字で表現しているのってなんとなく伝わりますもんね。
そうですよね。それはなぜなのかを私たちは知らなかった。でもカタカナかもしれない。
そうですね。
っていうところだと思います。
ぜひぜひそういうのもこのラジオも通じていろんなものを通して感じて知っていただけるとすごくいいのかなと思いますね。
もっと知ってもらったらね、たぶん宿題だって言うと夏休みとかだったら思っちゃうんですけど、
でもそもそものやっぱり地頭が良くなる方法っていうのを私とか松永先生は思っているんですよ。
その好奇心だとか、さっきお話ちょっとしてたんですけど、意欲そのものだったり志だったり、
そういうのはどこから湧いてくるのかっていう時にやっぱりどうやったら育まれていくのかっていうのが地頭の良さかなとか思ったりするんで。
ぜひともちっちゃい時にこのカタカナに触れて地頭を鍛えて、
そこさえあれば怖いものないからね。
どんどんどんどんこれを広めていきたいなと思いますね。
ぜひよろしくお願いします。
お願いします。今週もあっこさんありがとうございました。
また引き続きよろしくお願いいたします。