はじめてのカタカムナ
この番組は、書籍、はじめてのカタカムナをより詳しく、一つ一つ丁寧に解説していく番組です。
カタカムナを日常にすぐ活かせる形でお伝えさせていただきますので、ぜひ楽しんでください。
ごきげんよう、マコットです。あっこさん、今週もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
なんかいよいよ、今週から入っていきそうなテーマになってきましたよ。
はい、楽しそう。
楽しかったですよね。先週までは、あっこさんがどういう風にしてカタカムナに出会ったのかであったりだとか、
淡路島に何をきっかけで行ったのかみたいなところをお話ししていただいたんですけれども、
今週からタイトルだけちょっと読むと、
あいうえお、母音的な言葉の力。
イエーイ!
どんどん引き込んでいってください。あっこさん、今週もよろしくお願いいたします。
はじめてのカタカムナ。
いつも通り、あっこさんの朗読からお願いいたします。
はい、76ページですね。すべての音に母音がついている。
北米大陸のタコマ、ヤキマ、ナナイモという私が出会った言葉だけでなく、
ネイティブアメリカンの部族であるホッピー族とか、ラコタ族、オセアニアにも占領しているアボリジニ、
マオリの言葉、南米の先住であるマヤ、インカ、そしてネイティブハワイアンの言葉も、
なんとなく漢字で書けそうな音なように思えます。これが謎だったんですよね。
なんでなんやろうと思っていて、例えば神戸の六甲山にもマヤ山という山があるじゃないですか。
マヤ文明は変化したけれども、マヤという音だけを聞いたら、
同じ音の響きを持つその土地の存在感は別々の国にあっても同じなのかもしれないと思ったんですね。
ニュージーランドに行った時には、昨日お友達が淡路島に来てくれてたんですけど、
荒滝っていうとこが本当にあるんですよ。
日本じゃないですか。
アコさんがご縁ありそうなとこやから、荒滝ビジターセンターっていう観光事務所みたいなのがあって、
そこに連れて行きますと連れて行ってもらったんですね。そこはまさに荒滝、荒い滝なんですよ。
なるほど、そのまんまですけどね。
そのまんますぎて何も言われへんみたいな。
で、淡路島にも例えば身近にも荒滝不動明王さんとかって南淡路の辺に祀られてたりするんですよね。
そのまんまでやっぱり音が同じなんだなと思いました。
またお知り合いのオフィスの名前が、マオリ族の言葉を元にして来て来てオフィスっていうのを運営されてたんですけど、
それはそのまま日本語の来て来てっておいでおいでっていう意味で。
でね、留学生の圧戦とか会社の海外に運営するとかっていうののサポートとか確かされてたんですけど、
おいでおいでニュージーにっていう意味で来て来てっていうオフィス、マオリの言葉。
マオリ族の言葉なんですよね。
そうなんですよ。そういうね、例えばホピーの人たちの言葉も日本の日本語で結構通じるとかね。
そうなんですね。そう、なんかそういうのが不思議だなと思ってたら、その後なんですけど、
日本語とポリネシア語など、関太平洋火山帯を中心とした先住民の文化、文明の言語には大まかな共通点があるらしく、
でこれがね、それはすべての音に母音がついているということなんです。
で、あの言語学とかね、この本書く時にもね、一応本当にそういう研究がなされてるのかっていうのを結構調べたんですけれども、
言語学ってものすごい結構バラバラなんですよね。
先生の主張によってめっちゃ違うみたいなのがありまして、ざっくり言うと母音的な言語っていうのがあって、
で、例えば英語やフランス語なら、TとかYとかXでも言葉が終わっちゃうんですよね。
TとかXとかで終わっちゃう、そのような親的な言語は音が明確には区切れてないから、漢字で書けないんですよ。
で、軽く流れるように聞こえるから、対して日本語の音はすべて伸ばして発音したら、
どの音にも必ず母音がついてるから、
で、一つ一つの音を区切って発音できて、また音の響きが比較的はっきりしてるので、
こうした母音的な言語の中でも、日本語ととっても似てる感覚の言葉はポリネシア語なのだそうで、
ただ先ほどのニュージーランドのマオリもそうなんですが、
ポリネシアも今では実際の公用語が英語とかフランス語とかスペイン語とかになっちゃってるので、植民地化されてたりとかしてね。
つまり1億を超える人々が未だに毎日母音的な言語を発して話している国は、世界中に日本しかないということです。
これをやっぱり日本語を話している当の日本人の人たちがほとんど知らないということなんですよね。
で、それを知った時にはまたびっくりして、
一説で日本は今も存在する古代国家であるんじゃないかと言われるのは、その言語が主な理由でもあるのでしょうと書いてます。
なるほどね。古代国家って言われるとなんかあまりピンとこないですけどね。
でも超古代から続いているかもしれない古代語をそのままコミュニケーションに使っている民族っていう意味で言うと、
だいぶレアなんじゃないかなっていうことなんですよね。
それをやっぱり外に出ないとわからないことだったし、
その一音一音の音の強さっていうのを、これどこにも書いてるかな?わかんないけど、
私いつも言うのは、例えばカフェとかのBGMって、なんかこうフランス語のボサノバとかさ、
なんかこうゆるい感じの、例えば藤井風さんってだいぶ外国語的な発音なさるじゃない?
で、ああいうのを始まったのはサザンオールスターズとか。
なんかどこで切るねみたいな感じね。
だからあれは母音をはっきり発音してないんですよ。
流すような感じにするとBGMっぽくなって、軽くなって聴きやすい感じになるんですね。
バックグラウンドで聴きやすい。
でも例えば本来の長歌とか、例えば桜みたいなのがカフェで流れてたらリラックスできひんねっていうのをね、いつも思うんですけど。
僕も家でいつもYouTubeかけるときに、例えばボサノバとかその辺をかけたら集中してできるんですけど、
日本語の歌を聴くともう頭がそっちに行ってしまうんで、仕事できないんですよ。
入ってきちゃうんですよ。
なんか私も方角を普段聴くのは嫌いなんですけど、苦手なんですけど、洋楽ばっかり聴いてた理由ってそれだったのかみたいな。
重いんですよね。
その音域っていうのを教えてもらったときも、やっぱり日本語の音域ってすごく重たいので、やっぱりお腹に入ってきちゃうみたいな。
で、いい意味で言うと、大和言葉で話すと腹に入るみたいなことと同じなのかなって思うんですね。
他の英語とかフランス語ってすごい軽いから。
ていうこともね、なんか色々調べてて分かりました。
ひょっとしたら後にも出てくるかもしれないですけど、日本人的に、前もおっしゃってましたよね、虫の音を聞き分けるとか。
そう、日本語人的なのっていうことですよね。
その振り分け方が、やっぱりその自然の中の音を言語として解釈するっていうのが非常に特殊だと。
他の言語を話す人にはそれは単なるノイズなんだっていう。
同じ日本人、僕は日本人なんて聞き分けてしまうので、それがノイズになるってイメージがわからないですもんね。
でも、そよそよ風って音立てて吹いてるわけじゃないんだけど、その情景を描写するのに、そっていう音とよっていう音で、それを繰り返すと表現できちゃうみたいなのは特殊性だなと思います。
次ですね。
78ページ。母音の言葉は感覚の言葉。日本語のような母音の言葉は感覚の言葉で、例えば素晴らしい作品に感動したときや、本気でびっくりしたときに、シーとか言いません。
ミとかラーでもなくて、やっぱりアーとかオー、エーなど音が自然と出るんです。母音って全部そうなんですよ。
イーホントニーズみたいな。
今もアー言ってますもんね。
アー思い出したとかっていうのが。
母音は感性のまま、感受性をそのまま表す言葉で、歯とか舌とか喉とか唇とか何にも遮られないで、いわば腹の底からまっすぐに出る音なのって、それだけ思考に邪魔されてないっていうこと。
思考が邪魔する隙がない言葉っていうのが母音だなと思ってるんですね。
で、より根源的な感じがします。腹から出てる。本気だみたいな。
で、母音的な言語はその特徴としても共感性が高くて、コミュニケーションにおいてもより感覚的に伝わりやすい。
だから赤ちゃんとかが発する言葉とか、共感性がある。
そもそも音の響きにあるものはあんまり難しいことじゃない赤ちゃんが発するぐらいだからと思っていて、
例えば、あーってどういう時に使うかなというふうに単純に考えると、
そしてまた先にお伝えしたように、一音の響きには正反両方、ポジティブやネガティブ、どちらものニュアンスが含まれているので、
お友達を、例えばですね、ユニバ行って夏休みにお友達見つけて、びっくりして嬉しい時に、
あーこんなとこで会えたって言うじゃないですか。
で、せっかく作ったお誕生日のケーキをね、バチャンって落としちゃいました。
あーって言うやんって。
で、とっても嬉しい時もとってもがっかりな時にも簡単の音、あなんです。
そうですね。
言われてみないと気づかないんですけど。
そうなんですよね。
あーやってもたって言う時のなんであなんやろうってことなんですよ。
きーって言わない。
たーとか言わない。
で、こんな風にカタカナ的な捉え方では、その音も形も実は女性たちや子供たちなど感じ性が豊かな方たちに、
まずはシンプルに、あ、そういえばそうやんなっていう、単純シンプルだと思うんですよ。
そうですね。
に響いてもらえるもんだろうと本来は思ってるんですね。
で、日本民族は世界有数の絶滅危惧種と言っておりますけれども、
どういうことですか?どういうことですか?
これがね、もう10年ぐらい経つから、しゃべりだして15年前ぐらいではほとんど報道もされてなかったんですよ。
少子高齢化の現状とか、その統計はほとんど外れないこととか、やっぱりなんか避けられてたんだと思うんですね。
あんまり言われてなくって、これはいかんと思って言いふらしてたんですけど、
で、日本は今では人口1億人以上過労死でありますけれども、
民族としては先進国の中でも圧倒的な減少スピードで絶滅危機に瀕しています。
今これを知られてるから、じゃあね、あの移民の人入れるしかないですよねとか、介護の人数足りなくなりますよねとか、具体的に言われ始めてますよね。
人口の統計予測はほぼ外れがないので、ご存知のようにこれからもさらなる少子高齢化に激減していく予定でございまして、
よく知られるようになってきましたが、2018年時点のデータでは減少スピード1位の国は紛争が大きい。
ここから戦争始まっちゃったわけですよ。
チェルノブイリのあるウクライナだったんです。
3位は経済破綻となったベネズエラだったんですね。
日本では紛争も経済破綻もないにもかかわらず、明確な理由がないんですよ。
でも自然減、勝手に減ってってる。
で、世界第2位の減少率となってたんですよ。
この辺ね、東アジアは全部減ってるから、先進国はのきなみ減ってるから。
日本だけっていうことではないんですけど、減少スピードが異常っていうところは知っててもらったらいいかなみたいなお知らせをしてたんですね。
もちろん先進国はほぼのきなみ少子高齢化を迎えますし、
自然環境やこれからの食糧事情のことを考えれば、今回の地震であったりとか、
もちろん気候の状況ですよね。だからやっぱ熱中症でヨーロッパの方がとか、
山火事が毎年こんだけあって水が足りないとか、気候変動とかもあるじゃないですか。
人口の減ることは一概に悪いことではないかもしれないんです。
特に地球の自然環境にとっては。
ただ母音の言語のルーツがポリネシアでも失われていったため、
この日本にしか残っていないとしたら、日本語を話す人、これを聞いてくださってる人も非常に貴重な人材ってことです。
そうなんです。日本語の響きを理解できる人が減るのはとても残念なことのように思います。
で、独特の文化の希少性で言えば、珍しいことで言えば、以前にイタリアの世界遺産や遺跡を旅していたときに、
今皆さんがこういうね、ちょっとボソッと言われたんですけど、
今皆さんが喜んで見に来てるのは大理石が剥がれた廃墟ですよって。
イタリア人のガイドさんがね、何やってんすかみんな喜んでみたいな感じで言われたんです。
コロッセウムとかね。みんなほら、こぞって見に行くじゃないですか。
でも廃墟なんですね。その貴重な、価値のある大理石ってやっぱりすごく、いわゆる高価なものが使われてたから、
戦争負けたりした時点とか、戦争中で大変な時に全部大理石は剥がされてるんですよ。
で、だからその跡形をね、見に来て、何が嬉しいんですかねみたいな感じで。
で、みんなわかんないと思って英語で言われてたわけ。
でも私はもうそこを聞き逃さなかった。
さすがですね。
で、一方、日本で大切にされている伊勢神宮は世界遺産ではないってよく言われますよね。
で、なぜならその理由は、大理石さんは遺産ではないから。
で、残されたものではなくて、いまだに20年ごとに戦偶が繰り返されて、改められて、生きている、活用されているので、遺産にはなり得ないんだっていうことを聞いてますよね。
で、今日本は世界中からの観光客、インバウンドの方であふれています。
で、地方に残っている風習や地名も古代のままに残ってたりしますから、日本は地球上でもかなりワクワクする貴重な場所だと改めて感じますと。
本当にそうですよね。
円安の影響もあるとは思うんですけれども、やっぱり世界中から日本に来て、その日本の良さみたいな。
逆に日本人の方が日本人らしい振る舞いをされるみたいな方もおられるじゃないですか。
そうなんですよ。
ちょこちょこお話する私、岐阜とかも何だかんだ寄せてもらってね。
びっくりするわけですよ。その名所に行くと中津川っていうところに寄せてもらったりすると、バスがバンバンバンバンついてくるわけですよ。
で、降りてくるの日本人一人もいないみたいな。海外の人がね。
小連れの海外の人とかが喜んで回ってらっしゃるのは何かというと、江戸ペリオドから。
江戸時代から。変化をしていない街道が未だに残っているっていう。
250年以上前からね。の街道がそのままに残っている。
その街道のトレッキングに来られている。
そうなんですね。
そこを歩いていかれる。で、治安もいいし、食べ物も美味しいし、自然環境も豊かなので、小連れで夏休み来るのに最適なわけですよ。
で、その辺の妻米とか孫米とかっていう有名な名所のところのおじいちゃんおばあちゃんも、全然もうだって英語でお商売されてるの。
そうなんですね。
500みたいな。チョコバニラオッケーオッケーみたいな感じで。
だって日本人来ないんだもん。
そうかそうか。
世界では先住民族である多くのネイティブの方たちの国土や国家その言語が失われてきましたと。
シアトルの大学でも授業がありましたが、シアトルという地名ももともとネイティブの州長の名前なんですよ。
シアトル州長の名言って残ってるんです。
空を切り売りはできないけれども、誰が土地を切り売りできるって考えだしたんだろうかみたいな意味のことをね。
読み人知らずではあるんですけれども、シアトル州長の残した言葉じゃないかって言われたりとかしてるんです。
なので通常の英語を話す人にはシアトルという地名はちゃんと発音できないってことを前もお伝えしてたかと思うんですけど、
私が留学してた頃に出会ったおばあちゃん世代の方がやっぱり大学に教えに来てくれたりとかするんですよ。
その土地の文化風土を理解しようみたいなね。
子供の時に英語を話す学校にいられて、うっかり自分たちの元の言葉で話そうとすると、
手の甲を叩かれたってここでは書いてるんですけど、ハンマーで叩かれたって言ってます。
ハンマーって。
そういったところの先住民の人たちとか、植民地化されたところの人々がどういった扱いを受けたかっていうのはやっぱり世界的に、
例えば日本がやらかしちゃった部分もあったりなかったかみたいなのあるじゃないですか。
言語を習得させるっていうのがまずやっぱり手段で、それが権力者側は知っていたんだろうなって教えてくれたので、
誰がどうという話でなくてもそれは争い事の多かった厳しい、
それこそさ抜きな男性性の強い世の中では世界中で行われていたことなんではないかなと思います。
神話を語り継がない民族は滅びるっていう一説があったり、または言語が失われるとその文明や文化が失われると聞いたことがあります。
それは自分自身のルーツ、身近なことで言えば生まれ故郷や実家など、自分の寄って立つ根っこに思いや関心があるか、
またはそこに誇りを持てるかということに通じているように思うんです。
本当にフラクタルで言うとね、実家好きなのかとか、生まれ故郷好きなのかとか、すごく似てるなと思います。
国に思いがあるのかって、いわゆる愛国心とか言うとすごい右っぽい予言になっちゃうけれども、
戦時中っぽいカラーを嫌う人もいるけど、やっぱり自分のルーツに誇りが持てるってすごく大事なことなのかなって。
そういう意味で言うと家でもそうですけど、一旦外を見る、海外に出るとか、
普通に実家に暮らしてたのを一人暮らししてみるとかで、本当に家であったりとか自分たちの地域、日本という国みたいなところの良さっていうのが見えてくるんでしょうね。
本当にそうなんですよ。実験的に言うとあれですけど、うち子供たちみんなお外に出してみてね、やっぱり日本がいかに恵まれているのかとか、
水も豊かで治安も良くて食べ物も美味しくて、だからこそみんながこぞってここに来たがっちゃうみたいなね。
エイアスの影響も非常に大きいですけれども、それはやっぱり差を取るってそういうことですよね。違いを知るって。
やっぱり出てることのメリットももちろん大きいですし、でも中にいることのメリットっていうのも同時に踏まえて自分はどうしたいか。選択肢があるってすごく大事かな。
そうですよね。中にいるだけだったらそれは見えてこないっていうところもあるんで、やっぱり外を見るみたいなところは大事かもしれないですね。
だから、日本語に訳すと、Take it for grantedっていう英語がありますけども、見過ごしてしまうとか、そこに価値を見ないでおいちゃうとか、当たり前だと思っちゃうってことですよね。
それはやっぱり動かないでいると差が取れないから、当たり前のことに感謝ができなくなっちゃう。ありがたいと思えなくなっちゃう。
で、やっぱり実家でずっと暮らしてるとさ、勝手にご飯出てきて、選択がいつの間にかできててとか、それに感謝がなくなっちゃうっていうのと本当に似てるかなって思いますよね。
そういうのって子育てでどこのタイミングで外を見させるのかっていうのもなかなか難しいですもんね。
うちは女の子だったりとかしたんで、やっぱり安全性っていうのはすごく、そこには例えば気を使ったりお金を使ったりとかって必要だなとは思うんですけど、男の子だったらもうちょっと違うことやってただろうなって。
それこそよくあるじゃないですか、私たちの知り合いの中で、日本一周自転車でやってのぞくしてこいみたいな。
で、あれね、女の子だとやっぱりできないんですよ。
だから男の子だったら比較的ね、完全に安全とはもちろん言えないんだけど、比較的海外出すとか、家を出すっていう意味でもさせてあげられる冒険っていうのは、去年の夏休みと今年の夏休みって本当に違うから。
それはね、本当に夏休みも力を込めて言いたくなっちゃうんだけど、毎年考えてました。
例えば小学校3年生と5年生と、うち4つ離れてるから中2とかがいるとするじゃないですか。
その子の正午の夏は今年しかないんですよ。
なるほど。
6年になったらもっとできること、でも正午だから恥ずかしげもなくできること。
ありますね。
で、今年は正午と中2は一緒に遊べるんですよ。
でも正三はそこについていけない。
でも来年になったら正四と正六だったら一緒にやれることがあるとか。
フォーメーションが本当季節ごとに変わっていくんで、何の組み合わせでどういった遊びとかプログラムが遊べるようになるか。
テーマパークとか行くとわかりやすいじゃない。
身長が130越えたら乗れる乗れないみたいな。
だったらママと乗るしかないねみたいなやつとか。
でも去年は乗れなかったんだけど今年は乗れるじゃない。
子供たちでとかでもありますよね。
で、それを考えるのがすごい毎年楽しかったんですよ。
去年できなかったけど今年しかできないこと。
で、それがうちの場合は2歳を超えると飛行機で1人前の料金がかかっちゃうってとこですよね。
だから毎回それぞれの子供が2歳を超える前にちょっとどっかに旅行に行くっていうのを、そこで貯金はたくみたいなね。
楽しみにしてたんですよね。
で、それは記憶に残らないかもしれないの。
2歳未満だから一番下の子が。
でも上の子は覚えてるし。
で、2歳未満で一応お母さんのサインを持ってパスポートを取るっていうのがちょっとした一理図感みたいな感じにうちの場合はなってたっていうのを。
近場でもいいのでね。
例えば韓国旅行行くとか台湾旅行行くとか国内より安かったりとかもするんで。
夏休みの冒険としてはパスポートをまず作ってみるとか。
いいですね。
そういうのをやってみてもらったらいいんじゃないかなとか思っております。
ぜひぜひ皆さんも日本を出れるんだったら差を取るっていうところも含めて出ていただけるといいのかもしれないですね。
出る可能性とかルートだけでもね、子供に与えといてもらったらすごく将来的に。
いいかもしれないですね。
開いてくるかなと思うんでぜひぜひ。
チャレンジしてみてください。
本週もあっこさんありがとうございました。
よろしくお願いいたします。