開始です。
よろしくお願いします。
これはタイトルは、母と次女の時差ボケ座談会ですね。
4回目やで。
4回目やで、もうびっくりやね。
覚えな。
はい。いいタイトルつけたなと思ったのにな。
えーと、ちょっとじゃあ、何を最近楽しんだかっていうところから開始しようかなと思うんですが。
私もあるよ。
例えば、どんなことがある?
最近ね、モマにまた行きましたっていう。
いいね。羨ましい。モマ美術館ね。
友達のデイビッドと約束があったときに、2時集合だと思ってたら、向こうがこっちに連絡し忘れて、4時にしか来れないっていうのね。
ニューヨークはあるあるです。
えー。
時間にルーズ、みんな。
で、2時間、でももうすでに家出ちゃったから、2時間どうするよって思って。
あ、でも待ち合わせ場所のちょうど歩ける距離にモマがあるわと思って。
で、自分はシティユニバーシティオブニューヨークの学生であり、
で、またそこでカレッジアシスタントとして働いている身なので、
その特権を使って無料で入れるから、お金を使いたくないし、一人で時間を潰せる2時間、最高じゃん。
モマって思ってモマに入った。
で、思った通り無料のチケットをゲットして入ったんだけど、
そうすると一番上の階で、マルセルデュシャン展やってたのかな。特別展で。
ベンキの展示で有名な人か。
そうそう、ファウンテン作った人ね。ベンキにチャチャって自分の名前サインして、
これ僕の作品で発表したモダンアーティストね。
で、マルセルデュシャンは元からファンってわけでもないんだけど、
ファンの人にとってはすごく作品数が豊富で面白い展覧会だと思うんだけど、
でも今回何を話したいかっていうと、別にマルセルデュシャンではなくて、
その下の方の階の常設展近くにあった、
フェリックス・ゴンザレス・トレスっていう人の作品で。
どっかで聞いたことあるな。めっちゃ精密なやつ書く人?
違う。ゴンザレス・トレスはモダンアーティストで、
エイズとかが流行った時代に、エイズのこととかを反映させたような作品を作った人で、
昔ね、見た記憶があるんだよ。
あそこで見たんじゃないか?兵庫県立アーティゾン美術館か。
自分は多分アーティゾン美術館、東京で一回見た記憶があって、同じ作品を。
モマに行った時に、何を見たかっていうと、
銀色の包み紙にくるまれたキャンディが床にばーって散らばってたのよ。四角形に。
それをお客さんたちが手に取って食べてるんだよ。
食べていいの?って思うじゃん。
美術館で働いてる人の顔をチラッと見たら、何も気にしない顔してるのよ。
だから気になるじゃん。
気になって、その作品の横にあるプレートを読んだら、
ゴンザレス・トレスが、実際に食べていいって書いてあったのよ。お客さんは。
タイトルは何かっていうと、アンタイトルドなんだけど、だから無題なんだけど、
カッコがあって、そのカッコの中に、
Portrait of Ross in LAって書いてあるのかな?
LAにいるロスの肖像っていうカッコがついてるんだよ。
LAにいるロス?
ロスって人の名前ね。
ロスって誰かっていうと、作者のパートナーなのよ。
その作者のパートナーは、エイズで亡くなってるのね。
だから、亡くなったパートナーをオマージュ、なんていうの?
オマージュしてるんだ。その人のことを。
その人がそのクッキーだったり、その食べ物、チョコか、だったりが好きでっていうこともあったわけ?
いや、それ面白くって、毎日お客さんがキャンディー食べてたらさ、キャンディー減ってくじゃん。
キャラメルキャンディーなんだけど。
だけど、毎日毎日、次の日の展示のために美術館で働いてる人たちがキャンディーを補充していくのよ。
その補充する量が決まってて、そのキャンディーの全体の重さがロスの体重と同じくらいになるまで足すのよ。
エイズの人ってさ、どんどん痩せていくじゃん。
だから、そのキャンディーがどんどん減ってく様子が何か、ちょっとエイズのせいで体重が減ってくのを彷彿させるというか。
だけど、面白いのが、キャンディーが減ってって足されて減ってって足されてが繰り返されるってことは、そこに作品は本当に存在するのかっていう哲学的な質問に行き着くわけよ。
作者の言わんとすることは、存在しないものはそもそも殺せないっていうのよ。
だから、作品の物体として実物はそこにないけど、でも作品のアイディアがそこにあるわけじゃん。
その作品が死んだとしてもアイディアは死なないじゃん。
その作品は常に変化し続けるわけだよ。その変化し続けるそのこと、それこそが作品なわけだよ。
モナリザとかってさ、燃えちゃったとしたら無くなるじゃん。
でもこの作品はさ、アイディアが作品だからさ、キャンディーどっかで買ってきてさ、それを床に散らばせたらそれで作品なわけじゃん。
ってことは、この作品は一生無くならないわけだよ。一生消えないわけだよ、この世の中から。何が起こっても。
概念自体がね、消えないわね。
概念が作品だから。ってなると、一生死なないじゃん、この作品。
だから自分の死んじゃったパートナーをアイディアとして、いまだにこうやって生かし続けてるんだって思って。
だって美術師ね、こうやって一生残るじゃん。
そうだね。
見ててジーンとして。
マルセル・デュシャン自身がやっぱり工業製品、しかも非常にありふれた、どこの家にもあるようなものにサインをすることによって自分の作品だとして、
作品という概念自体を変えた美術としてのっていう、そこにつながって、それと同じ要するにモダンアートとしてね、
トレスという人が、だから自分の彼氏をそういう形で残したっていうことなんだろうね、パートナーを。
そうなんだと思う。で、普段自分はあんまりそういう作品に関する説明のプレートを読まないタイプなんだけど、
でも今回、いや読まなきゃダメな作品もあるよなってすごい思って、
モダンアートってやっぱりそのコンテクストが大事というか、文脈そのものが作品だったりする。
なんか作品って美しいから有名なんじゃなくて、そこに物語があるから有名なわけじゃん。
モナリザだって別にモナリザの微笑みが美しいから有名なんじゃなくて、盗まれたっていうストーリーがあるから有名なわけじゃん。
だからこう、プレート、説明書きなんか読まずに私の関心を引いてみろって作品に対しては思いつつ、
でもやっぱ文脈あってこその作品も世の中にはいっぱいあるから、大事だよなって思ったっていう話。
だからそのそれ文脈が必要とするっていう段階ですらビジュアルアートと言えるのかってよくなんとなく思うんだけど、そうではなくて、
例えば西洋絵画の古いものだって、象徴性みたいなものがあったじゃん。
ディアナには必ず月が出てくるとか、弓が出てくるとか、一緒に動物が出てくるとか、
そういう、あるいはアテネはリンゴだっけな。
とにかくそういう偶和的なね、偶意みたいなものがあって、それがわかることがヨーロッパ社会の立場あるというかね、
人たちの貴族社会の知識階層の存在証明みたいな、絵を見た上でそこに何が書かれているのか、
偶意をつかむことができる教養みたいなものが、貴族社会の中での自分の仲間を固めるというか、そういう役割をしてた。
だから美術ってそこに見えてるものだけで作ってるものじゃなくて、そこにある概念ごと楽しむというか楽しめというか、そういう部分がどっかにあるっていうことだよね。
松本 東京芸大出身の映像作家2人の対談みたいなのを東京にいたときに聞きに行ったことがあるんだけど、
その2人のうちの片方は私映像作家ですって言ってて、もう1人は映画監督ですって名乗ってたのね。
で、その肩書きの違いって何なんだろうねっていう対話をパネルディスカッションみたいな感じでお2人はしていらっしゃって、
で、その時に彼らが言ってたのは、アートっていうのはそこに文脈コンテクストが必要で、
で、映画っていうのはその映画1本単体で成立しなきゃいけない。
だから監督のバックグラウンドとか、作品のバックグラウンドとかを知らずにエンターテインメントとしてそれ一体で楽しめるものが映画であって、
で、アートとしての映像っていうのはそうじゃない?
誰が作ったのかとか、どういう意図で作ったのかっていうのが大事になってくる。
それがアートと映画の違いだっていうふうに言ってて、なるほどと思った。
でもその敷居の高さっていうかね、アートの敷居の高さってそこにある部分もあると思うのね。
マルセル・ディシャンの弁記を見た瞬間にさ、それを見て、
おーアートだって、ほーって言えるっていうこと自体が、そもそも選ばれた民みたいなところがどっかに出てきちゃうから、
だから美術館で現代美術って言われると、俺いけないんだみたいな人が出てきちゃうっていう部分もあるよね。
そこが課題だよね。楽しめるかどうかっていうのは人それぞれで。
でも今回の展示を見てて思ったのは、小説を楽しむように楽しめばモダンアートは楽しめる。
だから作品そのものを視覚で楽しんでるんじゃなくて、そこに付随する物語を楽しんでる。こっちは。
だけど、それと同時に自分がモダンアートに心を開き始めた時って何でかっていうと、
色が四角くポポポポって並んでるものを見て、これがキッチンにあったら可愛いかなとか、
これが自分のブランケットの模様だったら可愛いかなっていう風に思って見始めると楽しくなったってことがあって、
本当に21歳くらいまでは全然モダンアートそんなに心から好きだったことなかったのよ。
それまでずっと自分は子供時代偶像画が好きで生きてきたけど、モダンアート見ていいなって思い始めたの多分自分が20代に入ってからで、
やっぱりモマとか行って初めていいなって思い始めたくらいで、
やっぱそのカラフルな四角が並んでるのが楽しいって思った瞬間があったんだよね、どっか。
最終的にはすごく好きなものを並べていく作業だったりすると思うのね。
もちろんそのこだわりもあって、デュシャンのいろんな作品見ててもわからんなっていうのが基本はあるんだけど、
見て美しいとかそういうのを思わないとどうもなっていうのがどっかにあるんだけど、とはいえ概念ごと変えていったっていう意味では面白いよなっていうね。
そう、だから今回のフェリックス・ゴンザレス・トレスの作品を見て泣けるなと思って、文脈を知ると泣ける作品もあるというか。
この人もう亡くなってる人なんだ。
イメージ的にアンディ・ウォーホルくらいの世代かな。
本当だね。お母さんのちょうど10歳上だ。
フェリックス・ゴンザレス・トレス、1957年11月26日から1996年1月9日まで、キューバ生まれの芸術家、1996年エイズによって高いと書いてあるわ。
聞いたことある、名前は。で多分どっかで見てるな。
なるほどね。
母さんが最近いいなと、読んでほーって思ったのは本で、これもKindleで読んだんだけど。
タイトル、申し訳ない。恩者を潰したのは私です。
何かっていうと、要はコンサルタント。非常に大きな会社でコンサルタントをしていたある女性の子供も男の子2人を育てたお母さんでもありっていう、そういうめちゃめちゃ優秀なコンサルタントをしていた人で、
そのコンサルタントっていうのは会社を出て、すごい良い大学、MITを出た人なんだけど、MITを出てそのままコンサルタント会社に入り有名な。
でそのコンサルタントとして各会社のその事業会社、例えば物を売ってたりするような会社に、恩者はここが無駄になっているからこういうふうに変えていくべきだみたいなことをどんどんやっていって、あるいはその人事制度をどんどん変えていくべきだみたいなことをやっていくのがコンサルタントの仕事だったりするわけだけども。
でもそれ一つ一つが実は効率を良くするためにこういう人事制度にするべきだ、効率を良くするためにこういう工場のね、備品の整備をするべきだみたいなことをどんどんそれぞれの現場にコンサルトしていくわけよ。コンサルティングしていく。
だけどそれのこう理論とかね、理屈とかセオリーとかっていうのが実は全然効果が証明されていないものが多かったと。コンサルティングに決してこう意味がないとは言わないが、私が進めてきたものの中には何の意味もなかった、逆に会社を潰しかねないものがたくさんあったことを懺悔する。
エッセイなんだね。
エッセイというか、いろんなことを考えて、エッセイに近いね。日本語で言うところのエッセイって言われるとエッセイ?ビジネス書だよねとは思うんだけど、でもアメリカの英語で言うところのエッセイではあるね。
事実を開示する。
要は私自身がいた会社でもそうなんだけど、人事制度でみんなが一緒に昇進していく。それで何かの時になったらふわっと誰かは昇進するけど、部長になるけど誰かはならない。
でもある程度のところまではみんな一緒に上がるし、管理職になるまでは給料の上がり方っていうのはみんな同期一斉みたいなところがあったんだけど、ある時から目標制度みたいなものができて、自分の自己達成度みたいなのを自分で考えろ。
自分で目標を年度の始めに考えて、それで年度の終わりにそれが本当にどこまで達成できたのかできてないのかっていうのを結構一生懸命いろんなアスペクトに分かれて文章に書けっていう世の中が始まったのね。
それで言わんとするところは分かったけれども、それによって会社の中で昇進するやしないやつっていうのが非常に分かれていって、会社の中で社員をランク付けしていくっていうそういう世の中が始まってしまったんだけどある時を境に。
それが全体の効率を上げる、あるいはやる気のあるやつを引き上げる、全体の働く意欲を上げていくみたいなことが当時も言われてたし、このコンサルタントも言ってたんだけど、それは実験した結果、人間の心理に何の影響も及ぼさないというか全然良い結果がないという論文がいっぱい出てるんだって。
確かに思い当たる節がいっぱいあって、それが始まるなり会社の中でいい雰囲気が消えてったっていうのかな。なおかつメンタルを病む人が増えた。
それから、お母さんが思うのは人間って、自分の能力っていうのはだいたい2割増しから5割増しで考えてるんだよ、人間誰しも。だいたいそう思ってる。この中にもあるんだけど、会社の中で自分は平均より上だと思っている人間が98%。
絶対それ男性だらけの会社じゃないの。だって周りの女の子みんな自信なさすぎても、もっと自信持っていいよって周りの女子見てて思うけど。
そうね。女子が自信ないのは何でだろうな。
いやだってね、なかなか持ちにくいような。
育ちにくいよう。
でもそれってつまり、評価される世界に入ることによって、自分と他人を比べちゃうのかな、人って。
要は物事を切り分けていくとか、ランク分けしていくことによって、逆に全体の統一感だったりとか、幸福感だったりとか、何かに目標に向かって走っていく意欲だったりとかいうものがそがれていくっていう現実がデータとともに書かれているのが一つね。
あとは工場の効率化なども、それぞれのセクションで目標を立てて、それぞれのセクションで頑張ってやっていこうとすると、営業の人と、それから実際に物を作っているところ、それから倉庫を管理しているところ、それぞれの利害って一致しないのよ。
やっぱり営業は、いっぱい作ってもらって、欠品がないようにしてもらわないと困る。ところが工場側は、欠品が出たり遅れが出たりすると大変なことになるからとかね。あるいは何か発注が途中でごろっと変わっちゃうとどうするかとか。
その時にこっち側はラインを1回止めて、作るものを変えて、もう1回流すみたいな。流してしまえばすごい早いのに、1回止めるってなると、工場自体の全体の機能が止まる。その時にお客さんにいい顔をしたい営業と、それから実際の作っていくものの数によって成績が決まる工場と利害が一致しない。
じゃあ最終的に会社としては何を目標にすべきなのかって言ったら、いっぱい売上が上がって、もちろんお金を儲けることなんだけど、お金を儲けること以上に大事なのは、顧客満足度が高くなって、世の中のためになって、次の仕事もこの会社に頼もうと思ってもらえる世の中の存在になっていくっていう全体としてね。
そっちが大事なんだけど、でも自分の成績を頑張って何とかしようって思っていると、そんな全体のことなんかどうでもよくなっちゃうじゃん人間って。
それが今のアメリカの資本主義社会だよ。個人の。
まさに全体の幸せ。会社の社長がそれを始めてみて、一人一人がやった結果の悪さみたいなのに社長が呆然とするっていうシーンも出てくるんだけど、でも一人一人の社員に落とし込んでいくと、だってそりゃそうでしょって。
こういうふうな評価になっている以上、その評価に自分を合わせていこうと思うと、自分が損になるのに全体のためになるようなチームプレイになるようなことをやる意味がないよね。だってそういう評価になってないんだからっていうそういう結構ね。
面白いと思って。なんかどっかで見た風景だなっていう感じがしたのね。
中高生の時に国語の授業で読んだエッセイがまさにそんな話をしていて、学生時代ってみんな受験勉強とかっていう意味で競争をしてるわけじゃん。
受験とか学校のそういうアカデミックな世界ってすごく特殊で、なんでかっていうと、自分が注いだ努力は全て100%自分にしか返ってこないから。
そうなんだよ。
だけど、大人になってみんなやりがいがないって言って辞めていく若者がいるわけじゃん。それが書かれた当時ね。今もそうかもしれないけど。
それはなんでかみたいなことを多分追求しようとしてたエッセイで。
大人になると、誰のものともつかない仕事が発生する。
会社っていうのは部署がいくつか分かれてるけど、でもこの仕事ってあいつの部署のやるものなの?それともこれは僕の部署のやるものなの?っていう、誰の仕事ともつかない仕事っていうのが発生する。
それを誰かのケツを拭うように自分がカバーしたとして、自分の給料が上がるわけでもないし、なんでもない。
会社全体が渡航するのであって、その自分がそこで誰がカバーするか決まってない仕事を自分がカバーすることによって自分に利益が返ってくるわけじゃない。
それは会社全体の利益になってしまう。だからそこの学生時代と大人になってからのそこのギャップに追いつけない若者が出てくるみたいな、そういう感じのエッセイだったと思うんだよね。
当時読んでたら。それを思い出した。
少なくとも何らかのチームプレーをやったことがないとね。チームプレーって別に小学校の中の班でお互い何かやるとか言うのでもいいぐらい。別にスポーツでやる必要ないけど。
団体としての達成みたいなものにカタルシスを感じたことがないとすると非常にそこは辛いよね。
会社とか何らかのグループ、何らかの組合だったりとか共同組合だったりね。何かのグループでみんなで仕事しましょうっていう時っていうのはもちろん一人一人の成績も大事かもしれないけれども、
それぞれのパフォーマンスが最大になるようにそれはもうコミュニケーションは必要なんだけど、ランク分けはいらないんじゃないか。
昔本当にそこは思ったことがあって、上司が部下に対して何らかの面談をしながら、もうちょっとここをこういうふうに伸ばすべきじゃないかみたいなことを言わなきゃいけない部分があるのね。
よくあるんだよ。あるいはこういう書き方をしたらどうだとか、こういうふうな今後スキルを伸ばしたらどうだみたいなことを言うわけだけど、
お母さんが女だったからかもしれないけど、自分で言いながらどの口が言ってるってよく思ってたんだよね。
要は一社員より例えば課長が、課長より部長が、部長よりも本部長が、本部長よりも役員が、
より人としてスキルも高く、人格も高潔で、何もかも分かってて、コンプライアンスもあってみたいな、そういう感じのヒエラルヒーがあるという前提のもとに作られてるわけじゃん、それって。
でもそんなことないじゃない。人としてより優れているから管理職になったわけじゃないじゃん。たまたまだよ、言って。
年齢的なものとそれまでのやってきた経験とね、であとはこいつが部長になればなんとなく世の中まとまるんじゃないかっていう割とそういうね、
ファジーな感じで、あるいは社長に好かれてるとか、そんなにね、はっきりと、もちろん何をやらせてもうまくいくよね、この子って言って部長になっていくとか、
局長になっていくとか、そういうのがあるけれども、それは部下にいる人間よりも非常に人格がなってるからそうなってるっていうわけじゃないのに指導しなきゃいけない。
なんかね、指導っていうよりは話聞いて励ますぐらいが関の山じゃねえのって思った記憶があって。
何を不満に思ってるとか、なんかちょっとつらいことないかとかね、あるいはなんかちょっと不便になってることないかとか、こうなったらいいなとか、自分から見て、こんなこういうふうにしたらもうちょっと業務うまく回るんじゃないかっていうアイデアあるかとかね、
なんかそういう話をコミュニケーションで話すんだったらわかるけど、そうじゃなく指導?指導ってどの口が言う?みたいな。
自分この秋学期にアシスタントディレクターとして手伝う作品が2個くらいあるんだけど、アシスタントディレクターをADをここ1、2年くらいやってないから久しぶりにやるので少しナーバスになってるんだけど、
やっぱりADも管理職に近いのね、日本語で言うADとアメリカで言うADってちょっと意味が違ったりするんだけど、ADってもうちょっと助監督って意味で、
助監督って別に日本だと監督見習いみたいな感じで見られるのかな?だけどこっちだとADって言うと、ディレクターがクリエイティブなことに集中できるように、クリエイティブじゃないところを面倒見る役割。
なのでスケジュール管理とか、あとクルーの中でのコミュニケーションとか言うたら、それぞれの役割の人たちの間に立つ橋渡し役がアシスタントディレクターっていう見方なので、なので常にみんなと話さなきゃいけないし、だけど何て言うんだろう、人にあれをやってこれをやってってお願いする役割じゃん。
なんかこうライト持ってきてとか、監督がこれを必要としてるからこうしてとか、人にあれやってこれやってってお願いする立場だから、威圧的に見られるときは見られるのよ。
で自分はそれをどうやって、威圧的じゃなく気持ちよく人にあれやってこれやってって指示するにはどうすればいいんだっていうのは常に考えることで。
お母さんはどう思う?なんかその人に指示をするときに、場を濁さずに指示する方法とかってある?
場を濁さずに指示をする方法。
いやあのね、昔からだから、所属長になったとき、男性っていうのはまるで部活動のようにね、部活動の先輩後輩のように接することができるの。
あれを見たときにね、羨ましいなって思ったんだよね。あるいはその、おー飲みに行こうぜって言えるのよ。
だけど言えないのよね、女の人が。おー飲みに行こうぜって。
難しいよね。
難しい。プラス、やっぱり頼み事をするときは、ものすごくね、下手だね。基本的にはもう下手しかない。
そう、なんかこう偉そうに言って、自分女だから言われるんじゃないかっていう恐怖がね、常に頭の片隅にある感じがするんだよね。
それはね、離れることはできない。だけど、母親っていう立場をやってみて、同じだなとは思ったよ。
子供に何かさせるときも、おーなんとかせいやとかさ、言わないでしょ。まあなんとかしなさいとは言うけどさ。
でも、理屈を込めて話すっていうかね。で、あとは大事なのは全体像を相手に見せた上で、どんな立場の人に話すにしてもよ。
全体像をこれに行きたいんだ。だから、あなたにはこれをやってほしいとか、大体ザクッとしたこの流れの中であなたの役割っていうのはここにあるから、だからこれをやってくれっていうようにはしてた。
ただ単に歯車になれって言うんじゃなくて、これをやることによってこういう効果があるから、だからこれをやってくれ。
自分がADやってるときに気にかけるのは、特に今回一緒に働くのが初めての人の名前を呼ぶこと。
だからこう、これやってって言うんじゃなくて、誰誰さんこれやってくれるって言うと、その人もあ、この人名前覚えてくれたって思うじゃん。
で、自分が、シンプルなんだけど、だけど自分が名前呼んでると、みんなお互い名前呼び始めるのよ。
うん、大事。
で、名前ってすごくシンプルなんだけど、それだけで場の空気変わるんだよね。仲間意識が強まるんだよね。
だから、自分なんていうの、あんまりコミュニケーションめっちゃ上手な方ではないと思うんだけど、英語圏においては。
だけど、名前をなるべく早く覚えるほど、うまくいくんじゃないかなっていうのは自分の中のモットーというか、セオリーというか。
昔、あるベテランの学校の先生をしてたおじいさんと、ラジオ番組のコメンテーターをしてもらってたおじいさんなんだけど、その人に連れられて、養護施設みたいなところに連れてってもらったことがあって。
で、そこには脳性麻痺の人とか、いろんな障害を持っている人が共同でいろんな作業をやっているようなところだったのね。クッキーを作ったり、何か瀬戸物を作ったりみたいなこともして、一日を過ごすっていう場所だったの。
で、そこへ連れてってもらったときに、そこには十何人かぐらいの人がいたのかな。あとはそれの世話をする係の人がいて、職員さんがいてっていう状態のところで行ったときに、一人に声かけたら全員に声かけろって言われたの。
反応がなくても声をかけろって。
一番近くに興味を持って近づいてきてくれる人はまずいるわけじゃん。子どもでもあるいは大人でもね。そのときにはその人が来るからで、一緒に喋るじゃない。
その人で終わるなと。それ以外にもそこに本当に横たわっているだけの、反応がないように見える人にも話しかけろと。とにかく全員見てるぞと、あなたを。全員に声をかけて、要があろうがなかろうが全員と話をしろ。
それを全員が覚えてるからって言われて、あーなるほどなって思って。全員一人一人、今日はここなんですね、こういうことやってるんですねとか、今日はどうしたんですかとか、なんかとにかく何でもいいから、どこから来たんですかとかね、何とかですかって。
そういう話ができない人でもとにかく何か話せって。その人は覚えてるって言われたので、そうだと思ったよ。
自分もプロダクションアシスタントとして、フリーランスみたいな形で何個かプロジェクトをお手伝いしてたときに、今回で一緒に作業するの3回目だよねっていう撮影監督さんがいたのね。
5人くらいのクルーだからさ、小さいクルーじゃない?これがね、100人くらいって名前まだ覚えてないんだったらわかるけど、5人程度のクルーなわけだよ毎回。
3回目のときにその人に、自分プロダクションアシスタントっていう役割だからPAってよく言うんだけど、PAにカメラ見といてもらえるかなってポンって言ったのよ彼が。
で、堀1メートル先にいるのよ彼の。堀に、はるかちょっとカメラ見といてくれるって言えるときに、そこにいたそのプロダクション会社のCEOさんに、PAにこのカメラ見といてもらってって言ったのよ。
なんかこう、二重にね、私の名前覚えてなかったとしても私に直接言えばいいし、見といてくれるって。名前覚えてなかったとしてもよ。だから二重にね、PAって呼ばれたよって思ったのよ。
ひねくれてるのかもしれないけど自分も。でもね、やっぱりねフレンドリーな人はね、アシスタントカメラの人でも1日ではるかって名前覚えるしね。なんか大事。
自分は透明人間だって誰にも思わせないっていうことが多分大事なんだと思うのね。なんかこの人に私見えてないんじゃないか。ただの一種の機能としてしか見えてないんじゃないか。機械のようにしか思われてないんじゃないか。みたいなことを思わせないことが大事なのかなと思う。
男の管理職の人の中にはだからすごくそうやって部下とね、人間関係を作っていくのがうまい。本当に男対男でね、うまいこと作っていくよなーって思うときはもちろんある。だけどそういう人は逆に女の人とうまいことを作っていけるかっていうとそうではない場合もあると思うんだよな。だからそれぞれがね得意不得意あると思うのよ。
大学にいたときに友達が授業の一環でドキュメンタリーみたいなのを作ったのかな。どういう内容かっていうと、うちの大学に在学している女の子たちにインタビューして、今までセットで働いてて、何かこうちょっと差別的だなとか理不尽だなって女の人としてね、感じたことはあるかっていうインタビューを受けたのね。
その時に私が言ったのは、今までうちの学校結構多様な学生がたくさんいるから、個人的にこの人にひどい扱い方されたって思った瞬間は実は一回もない。
一回も。
記憶の限り一回もないんだよね。
だけど、自分のインターナルボイスというか、自分女だからあんまりシャシャリ出たら、なんか嫌な目で見られるんじゃないかとか、マウスプレーニングされるんじゃないかとか。
自分がそういう監督とか、あと撮影監督とかアシスタントディレクターみたいな管理職側についたときに、この女の人なんかこうイキってるなとかシャシャリ出てるなって頭の中でどこか思われてるんじゃないかとか。
特に班の中で5人が男子で自分だけが女子のときとかなおさらそうだし、そういうときに自分をつい小さく見せようとしてしまったりする。
シャシャリ出てるなこいつって思われないように先になんかこう手を打っとくというか、あえて自分をね、自分やってることわかんないから教えてねって先にテヘッて言っておくみたいなね。
そういうのをやっちゃったりするんだよね。
男子は逆で、俺言ってることわかってるよって結構最初から言ってたりするのよ。
俺経験あるからみたいな。
蓋を開けてみたらシャッタースピードの意味もわかってなかったりするんだよ。
あったんだよ何回か。そういうこと。
でそれを見ててね、別にジェンダーギャップって誰にどう扱われるかだけじゃなくて、自分を他人にどうプレゼンするかっていうところにも現れてくるよなっていうふうに思うっていう話をしたんだよね。
だから管理職やってるとそういうことも頭の中によぎる。
あのなんていうか、もちろんだから男だったら良かったなって思う瞬間もあるかもしれないけれども、女だったら良かったなって向こうは思ってる時もあると思うのよ。
で、おばちゃんになって何が良かったかっていうと、若い女の子の時はね、若い女の子でシャリ出てって確かに思ったりもしてたんだけど、
ある程度以上の年齢以降になった時に、男の人からいわゆる女って見られる率がどんどん下がっていくわけですよ。
性的な対象としてのね。そうなってくると楽になるんだよねこれがね。
で逆に、じゃあおばちゃんで何か得なことがあるのかっていうと、警戒されないってことよね。
脅威だと思われない。脅威だと思われないから、いろんな意味で脅威だと思われないがゆえに向こうが油断するんですよ。
人が油断している時っていうのは大変もう楽なのよ。
で、あと何て言うの、多分お母さんとかね、テレビ局の記者とかやってたからわかると思うけど、
自分もインタビューとかする時にさ、自分背の低いアジア人の女だってことわかってるからさ、
どうからどうやったって威圧的になり得ないじゃん私って。
なるかもしれないけど、でも基本的に威圧的になる要素少ないじゃん。
だからね、質問する時に相手をそんなに緊張させずに済むんじゃないかなってふと思ったことはある。
そこが保険でもある。
ってことは入り込みやすいのよ、どこ行ったって。
どこ行ったって怖がられないじゃん。
で女の人である以上ね、とりあえず警察官からあいつなんかちょっと危ないぞなんて思われたりもしない。
そうやってね、触出されちゃうある一定の気の毒さっていうのはもちろん置いといて、それも確かにあるんだけど。
でもそういう警戒心は誰からも抱かれないっていうありがたみはあるんだよ。
だからドキュメンタリーを作る人間とかジャーナリストを目指す人間としては得なんじゃないなと思うよね、そういうところ。
空気になりたくないっていう思いは確かにあるんだけど、そういえばでも思い出したけど、長編のドキュメンタリーを撮った時、17歳の夫婦を撮影した時、本当に実際空気にならなきゃいけないんだよ、撮影側って。
普通の生活してもらわなきゃいけないから。
家の中でカメラマンとライトマンの男の子と、それからお母さんが普通の会話をしているその夫婦と、それからそのお母さんとみたいな赤ちゃんとみたいな、そういう世界でいるんだけどいませんみたいな。
会話してるところは見えてるけど会話には絶対入りませんみたいな、そういうことずっとしなきゃいけないわけだよね、何十時間も。
いやだからね、内気な人間にとっては天職だなって思うの、ドキュメンタリーって。
だってさ、アメリカだと特に人間関係の、人の骨がキャリアで物を言う世界だから、本当に対人関係ってめちゃくちゃ大事なわけだよ。
だけどドキュメンタリーにおいては、カメラの後ろにいる限り黙ってないといけないじゃん。
喋りすぎちゃダメ。もちろんこう、相手を何か促進するために喋ったりすることあるかもしれないし、インタビューで質問もしなきゃいけないし、
質問の仕方だって大切だから、喋らなくていいことはないんだけど、でもBロール回してるときって喋っちゃダメじゃん。
喋らなくていいって楽だなと思って。
だからね、本当に得意不得意だと思うんだよ。
だから管理職になれないってことは全くなくて、圧迫感を与えない管理職になれるかもしれない。
あるいは同じことを言ってもパワハラになる管理職とパワハラにならない管理職がいるかもしれない。
お母さんが結構きついことをちょっと言っちゃえと思って言ったとしてもやで。
なんかあの、堀内さんに圧迫面接されましたって言われないかもしれないじゃん。
えっ?
言われるかもしれない。
いや、言い方によるよねきっと。
そうだね。
習い事の先生だってさ、怖いときは怖いじゃん。
まあ、その意味でね。
どうでもいい話なんだけど、
あの、ポッドキャスト始まる前に、これなんかお題としてあったら面白いんじゃないかと思って、
金曜日の夜にね、ルームメイト、私二人いるんだけど、
仲いい人と住んでると毎日お泊り会でしょ?
いいね。
金曜日の夜もさ、ほらお泊り会ムードやん、みんな。
お家におったら。仕事も終わってみんな。
で、二人のアイディアで、はるかにデイティングアプリのプロフィールを作ろうと。
おいおい。
私今まで使ったことないんだけど、全く。
全く分かんないって言ったら、ルームメイトのドリュウが、
作ってあげるよ、私エキスパートだからみたいなこと言うわけ。
おもしれ。
ヒンジって日本にもあるのか分かんないんだけど、
何ヒンジって?
ヒンジっていうデイティングアプリ。
ニューヨークの市庁のマンダにも奥さんとヒンジで出会ったっていうことで有名なんだけど、
今デイティングアプリ多分一番人気なのヒンジだと思う。
アメリカで。
そうそう。で、ヒンジってどういうものかって言うと、
自分の顔写真とかと、あとはプロンプトって呼ばれる、
ちっちゃいボックスがいくつかあって、三つくらい。
そのボックスの中に軽いフレーズを書いていくわけよ。
それで私どうしていいか分かんないとか言ってたら、
ルームメイトのドリュウの助けを借りて書いたんだけど、
そのうちの一個が、あなたの音楽のテイストが良かったら、
あなたのことを好きになると思うみたいな、そういうプロンプトを書いたわけよ。
そうすると、そういうところにそれを見た男子とかが、
そこに反応を返していくわけだよ。
ハートをそこに返したりとか、
僕こういう音楽が好きなんだよねってアプローチかけたりするわけよ、男子が。
そうやって会話がスタートするっていう感じなのね。
自分全然さ、遊び半分で作ったからさ、全然返事返してないんだけど。
でも、その中で、兄とドリュウの助けで3人くらいマッチした人がいたのかな。
そのうちの一人が、まあまあまともそうな人だったから、ちょっと返事返してみたいな。
そしたらさ、どんな音楽が好きなの?って聞いてくるからさ、
こういう音楽が好きって返すじゃん。
でも向こうのさ、好きな音楽もさ、こっち聞かないとダメじゃん。
だからどういう音楽を聞くの?って。
具体的に名前あげれる?って聞いたら、
なんかホリがあんまり知らないインディ系の、でもバラード系のミュージシャン2,3人と、
クイーン、ジョン・レジェンド、クリス・マーティン、ボブ・ディラみたいな。
悪くないのよ、全然。悪くないの。
でもクリス・マーティン出てきた時点で、うん、違うなって思ったの。
わかる?
わかる。
初期コールドプレイ本当に素晴らしいと思うの。
初期のコールドプレイ本当にいい曲あるし、
本当になんかもう参加みたいな感じの曲あるじゃん。
だけど、クリス・マーティン。
クリス・マーティンあかんってわけじゃなくて、あんたのテイストじゃないってことだけはよくわかった。
そうそうそう、そうでしょ。なんていうの、彼のテイストは素晴らしいと思うのよ、それとして。
だけど、じゃあ私のテイストに合うかっていうと、合わないじゃん。
なんかね、クリス・マーティン出てきた時点でね、違うなって思ったんだよね。
残念だね。
自分はビートが欲しいの。自分はリズムが欲しいの。
そうね、わかる。16のね。
そう、彼がね、ビートルズ、クイーン、クリス・マーティン、ジョン・レジェンドってなった時にさ、
white, white, white。
わかる?なんかこう、白人音楽、白人音楽、白人音楽みたいな。
で、白人音楽よりの黒人音楽みたいな。わかる?
なんかね、違うなって思ったの。
で、その人、顔写真ではイケメンだったの?
顔写真ではまあまあイケメンなんだけど、
多分インド系かどこかわからないけど、多分そっちの、
なんていうの、西アジア系?西?南?そこらへん。
南アジア?
ブラウン系の人なんだけど。ね、イケメンなんだけど。
でもなんか、会話も別にそんなに楽しくないしさ、もういいやみたいな感じなんだけど。
で、お題としては、この曲好きなんだよねって、今お母さんが20代でね、初めましての男の子にデート連れて行ってもらったとして、
僕この音楽が好きなんだよねって言われて、うん、イケメンってなるのはどういう音楽っていうお題。
何聞かせられたら、でもあのほら、なんだっけ、アンディ?
アンダーソン・パーク?
うん、アンダーソン・パークとか聞かされたら、いいねって言うと思うな。
なるね。アンダーソン・パーク聞く。
なると思う。てか思うのが、これ関係性あるのかわかんないけど、音楽の趣味合う人って気合わない?
合う。
なんとなく?
割と。
全く同じプレイリスト聞いてなくてもいいんだけど、音楽に求めてる方向性が似通ってる人たちって、なんとなく自然と仲良くなる気がするのね。
そうなのか?
で、私と私のルームメイト、3人とも、たぶん聞いてるプレイリストは違うのよ。2位はブラジル人だし、ブラジル系とかラテン系の音楽やっぱり好きだし。
でもそれもいいよね。すごくいいな。
いいんだよ。ビートがいいんだよ。踊りたくなる曲多いんだよ。で、私はR&Bとかソウル系、ソウルフルなものが好きなわけよ。
パーティーでそれぞれのリスト見てるだけで楽しいよね。
で、ドリューはもうちょっとポップ寄りで、だけどそのポップの中でもホリが好きなポップを聞くんだよ。だからK-POPも聞くし、XGみたいな日本とK-POPの間にいるようなグローバルアーティストも聞くし、だからK-POPは私より詳しいし。
で、アリアナ・グランデの本当にいい曲とかもたくさん知ってるし、シザーとか、あとケンドリックラマーとシザーがコラボした曲とかもたくさん好きだし。
なんかね、ポップが好きなんだけど、ポップの中でもホリが好きな方のポップを聞くのよ。
なるほど。
そう。で、3人とも仲いいじゃんか。
だから必ずしも完全一致する必要はないけど、相手が自分の知らない世界っていうか、あんまりそんなに深くは知らない世界の中で面白いので、自分にいいんじゃないって思えるものをピタッと持っててくれるとすごくいいよね。
そう。だからドリュウがさ、自分の洗濯物を畳みながらリビングでなんか音楽かけてたりするのよ。
ほんで、これ最近出てきた新曲とか言って聴いてたりするの。
そしたらニーがさ、そこら辺通りがかってさ、「うん、いい曲だね。え、新曲?」とか言ってたりするわけ。
そこで会話の花も咲くじゃん。
咲くね。
だから、パートナーに求めるもの何?っていうふうにさ、そのデイティングアプリにさ、聞かれたときにさ、音楽のテイストって大事じゃない?って思って。
そうやな。
だって、先週もさ、ゼンデイヤとトム・ホランドの話になったけどさ、あの2人がさ、ビヨンセのコンサートでさ、ラブ・オン・トップをさ、お互い見つめ合って歌ってる動画とかあるのよ。
なんだそれ。
ビヨンセのコンサートに行ったときに、ラブ・オン・トップをビヨンセが歌い始めたときに一緒に歌ってくれるパートナー欲しくない?
欲しい欲しい。
でしょ?大事じゃない?
あんなリズム感よくて。どっちも。
そう。大事じゃない?
一緒に歌ってくれる。しかもあんな目してね、なんかもう、僕ゼンデイヤ大好きっていうそういう目でね。かわいらしいわ、ほんま。
なんていうの、別にアンダーソン・パーク聴くパートナーじゃなくてもいいけど、ラブ・オン・トップのサビの歌詞くらいは知ってるパートナーが良くない?っていう。
ハーニー、ハーニー。
なるほど。いいじゃん。
でもね、だから産んで、あなたたちを産んで、君がこう意外にリズム感いいなっていうので、だんだん聴き出した音楽のリストを聴いて、そのリストがかかってるときにお父さんが足を止めるっていうのを見てたときに、遺伝子って偉大だなって思ったよ。
いやだって、ホリのさ、スポティファイのアカウントにいくつか公開のプレイリストがあるんだけど、スポティファイのアカウントってお互いフォローできるじゃん。
うん。
ホリのスポティファイフォロワーが一人だけいて、それお父さんなんだよね。
面白いね。
知ってた?
知らなかった。
そんなんなんだ。
そうだよ。
いや時々ね、楽曲をさ、YouTubeで見始めて、それがリストだったりするんだけど、でそれこう並んでるの見てて、どっかで見たようなリストだなあ。
まあいいから聴いてるけどさ、これホリじゃない?みたいなときあるんだよ。
多分そのまんま言ってるんだよ。
あのね、あのね、うちのね、学校、大学時代ね、大学院じゃなくてね、大学時代ね、もううちらの学年中の女子みんながイケメンだと呼ぶ男子がいたのね。
うんうん。
んで、コロンビア系のイケメン男子なんだけど、まあ今彼女いるんだけどさ。
うん、残念だね。
でも、多分当時シングルでさ、みんな彼に片思いしてる感じだったの。
あーいいね。大変だ。
うちの学年のイケメンって言ったらみんな彼を名指しする感じだったのね。
あ、彼ね、みたいな。
で、彼だよね、みたいな。
これうちの学年にイケメンいるじゃんって言ったらさ、あ、彼?みたいな感じじゃない?みんな。
あの子ね、みたいな。
みんなすぐにピンとくるんだよ、っていう男子がいるんだけど、その男子のプレイリストだけは今まで聞いた誰のプレイリストよりも素晴らしくて。
なんかね。
趣味、テイストまでイケメンやったんや。
そうなの。いや、普通ね、自分のテイストが大好きだから、他の人が曲流してると自分のプレイリストに差し替えたくなるのよ、普段よく。
彼だけは、彼だけは、もうお好きに曲選んでくださいって感じになるのよ。
でも、カリーナのパーティー、私の親友のね、私の親友のカリーナのパーティーの時に、カリーナが大きいスピーカーを用意して、そこにパソコン、誰かのパソコン繋げてSpotifyでどんどんどんどん曲をわーって入れてったのよ。
最初DJいたんだけど、途中から彼が乗り移って、彼が曲選び始めたのよ。
もうね、最初いたDJよりも彼が選ぶ曲の方がずっとセンスよくって。
もうね、もうお好きに選んでって感じだったのね。
その子のSpotifyアカウントちょっとちょうだい?
見つけられるか知らんけど。
そうだよ、聞いといて。
でも彼と一緒に撮影した後に、撮影した後さ、打ち上げみたいなこともあるじゃん、たまに。
そういう時に彼がバックグラウンドでパソコンから音楽がーって好きに選んで流してて、それがもう次から次へといい曲だらけで。
その中で彼が聴いてたのがジョージャ・スミスっていう歌手で、これまた綺麗なクリスピーなボイスの、ラスティーボイスのお姉さんなんだけど。
ジョージャ・スミス。
ジョージャ・スミス。
彼女の青いアルバムカバーがあるんだけど、多分1,2年前に出てきた。
2年前?
2年前に出てきたアルバムじゃないかな。青いアルバムカバーがあるの。名前忘れたけど。
それが彼女のベストソングをまた集めたようなアルバムで、それを彼が書き始めた時に趣味いいって思ったのよ。
Lost and Found。
それかな。
それが2018年。
2023年にFalling or Flyingっていうのを出してる。
また概要欄に書いてもらったらいいと思うんだけど。
聴きに行こう。
だから初めましての初デートで、僕こういう曲好きなんだよねって言われたら惚れるアルバムこれだよね。
本当?そうなんや。聴きに行こう。行く行く。
これ聴く男子はね、私のターゲット層、私。
あとはほら、あんたが聴かせてくれたジャズとか女の人いるじゃん。髪の毛こういう感じの。
リアンナ・ハバス?
あれリアンナ・ハバスだっけ?すごい可愛くて。
エスペランサス・ポールディングでも。
エスペランサス・ポールディングに似てる人。ちょっと似てる。
リアンナ・ハバスじゃないかな。
リアンナ・ハバス?
リアンナ・ハバス。
リアンナ・ハバス。
リアンナ・ハバス。
じゃない?
多分この人かな。ライブが可愛い人。
オリビア・ディーンのことか。そっちそっちそっちそっち。
オリビア・ディーン?
オリビア・ディーン聞くんだよねって言われたら、女心わかってんなこいつって思うな。
そうなの?歌詞がいいの?
オリビア・ディーンなんか切ないよね。自分は別に歌詞深読みしたことがあるわけじゃないけど、ちょっと心配性な女の子の切ない心みたいな、そういうイメージがある。
この人はロンドン・ハーリン・ゲイクから出てきた人。
でもね、ヒンジでマッチした人と喋ってて、会話続ける気にならなかったコメントが一個あって、それが何かって言うと、
Not much into hip-hop.
ヒップホップはあんまりかなって言ったの。
それをね、2位に見せた瞬間にね、ああ、ないわ。
ルーメイトの2位が、ないわって言って、もうそこで会話終わらせていいって言って。
彼最初可愛いなって思ってチャンスあったけど、ヒップホップ聞かないって言った時点で、もう遥かもう会話続けなくていいって言って。
ヒップホップそのものは好きじゃなくていいけど、ヒップホップってポップのベースじゃんみたいな2位切れてた。
面白い。大変だね。曲によってあれだから。音楽によって。
でもアンダーソン・パークだってさ、ヒップホップじゃん。
まあね。
彼R&B寄りのヒップホップだし、ケンドリックラマーとかだってさ、ヒップホップ、R&B寄りのヒップホップだしさ。
そうだね。
ケンドリックラマー好きじゃない男とかあんまり見たことないっていうか、人生で。
音楽で彼氏を選ぶっていう観点はなかったな。
もう一個あるわ。彼が言ったこと。
ホリが君はきっとバラード系が好きなんだね。私はもうちょっと踊れるようなビートがある曲が好きなんだよねって言ったら、
勘違いしないでね。ハウスミュージックは好きだよって言うの。
ハウスミュージックかみたいな。
なんかビートがある曲の中で唯一乗れないのがホリハウスミュージックなんだよね。
難しいな。
ビート大好きなんだけど、ビートがある曲の中で唯一入り込めないジャンルがハウスミュージックなんだよ。
だからね、サンレンちゃんでダメ?なんかヒップホップがダメ?彼。
私、ヒップホップになれなみたいな。
ヒップホップがまず彼、あんまり好きじゃないでしょ?
うん。
クリスマーティン出してくるでしょ?
で、ハウスミュージック出してきたわけだよ。
ないか。
うん、合わないかも。
じゃあ引き続き募集中なわけね。
いや、もうアカウント凍結した。
嘘?
もう2日で、凍結?
凍結ってわけじゃないから、2日経ってデーティングアプリは自分向きじゃないって思って、誰のオススメにも出さないっていうボタンを押した。
あ、そう。いいんじゃない?
お母さんは経験したことがないけどね。
友達にまずなりたいから、私。
そうね、そっちだわね。
初めましての人とデート行って、人のことを、なんていうの?恋愛のフィルター越しに人を見れない。
初めましての人。
友達として知ってて、この人はいい人だなって知って初めて恋愛のフィルターが出てくるものだと思ってるから。
向いてないわって思って。
まあ、親の立場から言うと別にそんな危ない橋渡らんでもという気はするけどな。
危なくはない。色々とね、セーフティーのフィーチャー付いてるの。セーフティーの機能。
フィルター?
たくさん付いてるのよ。
何かあった時に連絡するためのホットラインとかそういうの全部ちゃんと付いてるのよ、ヒンジ。
そうなんだ。
で、一回この人とは会わないわって思ったらもうそこに戻れないのよ、なかなか。
無料版はね。
有料だったらもうちょっと柔軟に動けるんだと思うけど、無料版はもうこの人ダメだって一回×押したらね、なかなかそこに戻ってこれないような仕組みになってるのよ。
うーん、なるほど。
まあ面白くなかったわけだな、結局ね。
と、be more interesting みたいな。
have a better taste みたいな。
あれ、だからフランス語会話をやってても先生と会話してても、本当に会話の続く先生とそうじゃない先生がいる。英会話の先生もそうだし。
メロニーちゃん音楽のセンスいいんちゃう?もしかして。
いや、めっちゃいいと思うよ。彼女はジャズやポップスやもう何でも知ってるし歌えるし。
話しててさ、この人気合うなっていう人ってさ、やっぱり音楽のセンス似通ってない?
プラス、視野が広いっていうか幅が広い。何から何まで語れる?ところが、違う言語を使っていても英会話をやってた時もそうだったし、今もフランス語をやっててそうだけど。
日本語でもこいつとの会話は続かへんわっていう人いるじゃん。
だからフランス語なんて尚のことそうで、この人の言ってることをもっと知りたいと思うから頑張って語学をしようっていう気になるんだよね。
そうじゃないと語学なんか続ける気にならないよ。だからメロニーちゃんだから続いたんだと思うな、お母さんは。
メロニーちゃんというのは私がフランス語を習っている先生のお名前です。めちゃくちゃ頭のいい人で。
喋ってて楽しい人だよね。
うん、すごい楽しい。英語も喋れるからね。ホリトもよく喋ってたし。また日本に帰ってきたら会って一緒に喋ったらいいんじゃないかな。