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マッチングアプリについて考える──コンテンツ化する出会いの場
2026-09-02 1:03:08

マッチングアプリについて考える──コンテンツ化する出会いの場

「親ガチャ」の反対にあるのは、マッチングアプリなのではないか。

親や生まれた環境は選べない一方、マッチングアプリでは、年齢や仕事、趣味、価値観などの条件から、これから関係を築く相手を選ぶことができます。しかし、選択肢が増え、より自分に合う相手を探せるようになることは、そのまま人生の豊かさにつながるのでしょうか。

今回は、1950年代のコンピューターによる相性診断から、Match.com、Grindr、Tinderのスワイプ、Pairs、そしてAIがプロフィールやメッセージまで提案する現在まで、マッチングサービスの歴史をたどります。

選べないガチャと、選び続けるマッチングアプリ。その間に、どのような人との出会い方があり得るのかを考えます。

マッチングアプリを実際に使ったことがある方の体験や感想も、ぜひお便りで教えてください。

番組への感想・質問はこちら: https://tally.so/r/obKDNV

参考資料

Stanford「Punch-Card Love」

Computer History Museum:初期サービス創業者の対談

Mar Hicks:コンピュータ・デーティング史

Gary Kremen:Match.com創業インタビュー

Joel Simkhai:Grindr創業インタビュー

WIRED:Tinderのスワイプ開発史

日本のオンライン婚活プラットフォーム史

Omiai創業者インタビュー

Pairs創業者・赤坂優インタビュー

Hinge創業者・Justin McLeodインタビュー

Bumbleのスワイプ廃止計画

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【SNS】

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鈴木:note:https://note.com/taiga_szk X:https://x.com/home

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00:00
はい、えー、こんにちは、バグキャストです。 この番組は音楽家の鈴木とプログラマーの伊藤が、
社会や文化について気になったことを調べたり、 面白がったりしながら話すポッドキャストです。
今回は第26回です。いやいや伊藤さん。
はい、なんでしょう、大沢さん。
えーとですね、前回はね、「人生はガチャなのか?」っていうテーマで、 ガチャについて考えてみるゲーム回だったんですけど、
まあね、そこでおよそどんなことを話したかも ちょっと要約してみたいんですけど、
親ガチャとか、配属ガチャっていう言葉が 広く広がっているだろうと。
自分では選べない条件によって人生が左右される感覚を こういった言葉はかなりうまく捉えているよねと。
ただ同時に全てを当たり外れで評価してしまったり、 本来は変えられるはずの制度まで偶然の結果として受け入れさせてしまったりする
危うさもこういった言葉には含まれているよねと。
まあ、なので前回は人生をゲームとして考えること自体は否定するんじゃなくて、 ゲームにはガチャ以外の考え方もあるよねと。
偶然に出会った仲間と関係を作っていくタビーパーとか、 ルールを修正するパッチ、
既存の仕組みに別の可能性を加えるモットーという言葉を使えば、
人生や社会をガチャだけで説明せずに済むのではないか、 ということを考えていたっていう話だったんですね。
でね、実はね、そこから先に進んで、 今日つながっているテーマとして、
マッチングアプリについて考えてみたい。
マッチングアプリですか。
マッチングアプリっていうのも、 非常に今人々に広がっているアプリだと思うんですけども、
前回の話をした後でね、
親ガチャの反対にあるのが実はマッチングアプリなんじゃないかって思ったんですよ。
親ガチャについて考えていった時に。
親ガチャとマッチングアプリ。
そう。
つまり親ガチャが自分では選べない人間関係を表す言葉だとすれば、
マッチングアプリは人間関係をできるだけ 自分で選べるようにする仕組みじゃないですか。
親や生まれた環境を選べない。
けれどこれから一緒に生きる相手については、
年齢や仕事、趣味、価値観といった条件を見ながら、 自分で選ぶことができる。
そう考えるとマッチングアプリは選べない人生に対して、 選べる人生を提供するように見える。
そういうことね。
もちろん選べない関係によって苦しむ人がいる以上、
自分で相手を探して環境を選べることには 大きな意味がありますよね。
ただ親ガチャという考え方を批判して、
人間関係はもっと自分で選べるべきだと言い続けていくと、
どこかでマッチングアプリが提供する自由を そのまま商用することにつながってしまうんじゃないのか
っていうところで考えてたんですよ。実は。
そこには少し立ち止まって考える必要がある。
っていう風にして思ってたんですね。
ガチャ的な概念に対して、
人生はゲームじゃないよねっていう風に言っていく。
ゲームの外側からガチャを批判する考えをぶつけていくと、
どこかでマッチングアプリの問題が出てくるなと。
じゃあマッチングアプリっていいの?みたいな。
03:00
なるほど。
俺はそれはいいと思ってないんですよ。実は。
マッチングアプリ?
そうそう。
自分で選べる自由が最高じゃんっていう言い方は?
思ってないんですよ。
だからそれはそっちでは行かない方がいいなと思ったんですよね。
要するに何が考えたいかというと、選択肢が多くなり条件を細かく設定し、
より自分に合う相手を探せるようになることは、
本当にそのまま人生の豊かさにつながるのだろうか。
人と出会う前から相手を条件によって比較し、
より良い候補がいるかもしれないと考え続ける。
そこでは人間関係そのものが検索し評価し交換できるものに近づいていってしまう。
選べないことにはすごい苦しさがあるんだけど、
しかし同時にあらゆる関係を選択の対象にすることにも、
別の種類の貧しさがあるんじゃないの。
親がじゃという概念は相対化したい。
だからといってその反対側にある全てを自分で選べる自由を無条件に交代したいわけでもない。
今回は選べない人生の苦しさと選ぶことを求められる、続ける人生の貧しさ。
その間に何があるのかをマッチングアプリを通して考えてみたい。
前回と繋がっているのですが、今回のテーマは
マッチングアプリについて考える。コンテンツ化する出会いの場。
大前提として鈴木自身はマッチングアプリを使ったことがないんですよ。
ここから述べる情報は公式の遠隔とか開発者インタビューを元にしています。
番組概要欄に参考にした資料を貼っておくのでそこから確認してもらえればより詳しい内容が見れるのではないかと思います。
まずマッチングアプリとは何かということから簡単に見ていきたいのですが
簡単に言うと面識のない人同士がお互いを見つけて選んで連絡を始めるためのサービス。
ここら辺実際に使ったことがある人って結構いると思うから
そういう人たちからしたら何を今さら言ってるんだって思われるかもしれないけどそういうものですね。
ここで気になるのがマッチっていう言葉。
一般的なマッチングアプリではお互いがLikeを送るとマッチが成立する。
でもその段階では2人の相性がいいと証明されたわけではないですよね。
まだ一度も話していないし実際に会ってもいない段階なので。
つまりマッチとは相性が確認された状態というよりお互いに連絡を取ってもいいと判断した状態を指している。
ソフトウェアに例えるなら通信路が開いたという段階ということですね。
その後会話が続くかどうか実際に会うか関係が生まれるかはまた別問題なんですよね。
06:03
マッチングアプリの役割は大きく3つに分けられる。
1つ目は普段の生活では出会わない人を見つけること。
2つ目は会う前にメッセージなどでやり取りができる。
3つ目はプロフィールや行動データを使って誰を候補として表示するのかその順番を決められる。
例えばね動画サイトについて考えてみるといいと思うんですけど
動画サイトがコンテンツを推薦するってことあるじゃないですか。
その時視聴者はコンテンツを選べばそれで成立するよね。
コンテンツの側から拒否されることはないよね。
人間同士の場合は自分が相手を選ぶだけでは成立しなくて相手からも選ばれる必要があると。
そのためマッチングアプリでは利用者はサービスを使うユーザーであると同時に
誰かに表示され評価される対象にもなる。
言い換えると自分自身がコンテンツになっていくってことですね。
写真を選び自己紹介を書き趣味や職業を登録して自分を分かりやすい形に編集していく。
プロフィールはある種人間のポートポリオになっている。
それでその上でコンピューターを使って恋愛相手を探すっていうこういった発想は
どこから生まれてきたのか調べてみた。
なのでここから先はマッチングアプリの歴史を追いながら
どのようなサービスがいつ現れたのか
そこにどのような論点があったのかを見ていきたいと思います。
確認できる初期の例として1959年にスタンフォード大学の学生が行った実験があるんですよ。
男女に質問表を書いてもらいその回答をパンチカードに記録して
IBMの大型コンピューターで49組を組み合わせた。
1964年にはイギリスで結婚紹介所を運営していたジョーン・ポールが
コンピューターを使った紹介サービスを始めている。
1965年にはハーバート大学の学生がオペレーションマッチというサービスを開始している。
いろいろあるんですけど、オペレーションマッチでは利用者が質問表とサンドルを送り
コンピューターが選んだ複数の候補者を受け取ると。
質問は性格や価値観、デートの好みなどについてのものだったと。
ここで面白いのは本当に高度な相性計算が行われていたかどうかではないんですよ。
コンピューターが選んだという説明自体に強い説得力が生じていた。
当時のコンピューターは一般の人にとって中で何が行われているのかわからない巨大で特別な機械だった。
人間の選ぶより科学的で公平で正確なのではないか、そう感じさせる力があった。
これは現在のAIが選んだオススメにも少し似ているような気がする。
仕組みが見えないからこそ自分には理解できない高度な判断が行われているように感じる。
最初の論点なんですけど、アルゴリズムは本当に相性を発見しているのか
それともコンピューターが選んだという権威を作っているだけなのか問題。
というのがここにあるなと思いました。
これが初期の例ですね。
これが1990年代になるとコンピューターの役割が少し変わってくる。
09:03
相性を計算することよりもたくさんの候補者を検索できることが重要になってきている。
この頃のマッチドットコムの創業者であるゲイリー・クレメンは
新聞の個人広告や有料電話のデートサービスを利用した経験から
この仕組みはインターネットに向いていると考えた。
最初のマッチドットコムは現在のようなウェブサイトではなくて
電子メールで命令を送り、特命のプロフィールを取り寄せる仕組みをやっていたらしいですね。
その後ウェブブラウザの普及に合わせてプロフィールを検索できるサービスになっている。
ここで起きた大きな変化は相性を正確に当てられるようになったことではなくて
それまでなら家族、友人、学校、職場などを通さなければ出会えなかった人を
自分で探せるようになったことだと。
家族や友人が担当していた誰かを紹介するという役割を
データベースと検索画面が引き受けるようにやっていく。
オンラインの出会いは仕事が忙しい人、地方に住んでいる人、
身近に同じ価値観がいない人に新しい可能性を開いていく。
周囲に自分の性的指向を明かしにくい人にとっても大きな意味があります。
この頃、同性愛の方がまだ自分の性的指向をカミングアウトするのが難しい時に
結構こういうツールを使って出会っていたというのがあったみたいですね。
アメリカでは一斉カップルが知り合う方法として
オンラインが友人の紹介を上回るようになったというのが報告されている。
これ最近のデータですけども。
この意味ではマッチングアプリは単なる娯楽ではなく
出会いのための社会インフラになりつつあるようになったと思います。
ただし、友人の紹介には最低限の身元保証があるじゃないですか。
全く知らない人を自由に検索できるようになるとその保証がなくなっちゃうよね。
そこで本人確認、ブロック、通報、監視といった機能が
ツールの中に必要になってくると。
マッチドットコムの創業者は女性利用者に話を聞き
女性を開発チームに入れることで
ブロックなどの安全機能が改善されたと振り返っていました。
これは結構重要な話だなと思いますね。
出会いの範囲を広げると
同時にそれまで友人や共同体が引き受けていた信頼の仕組みを
ソフトウェアの側で作り直す必要が出てくる。
2000年代にはeハーモニーやOKCupidのように
質問への回答を使って相性を数値化するサービスが広がっています。
例えばOKCupidでは
自分の回答だけでなく相手にどのように答えて欲しいか
その質問をどれくらい重要だと思うかといった情報を
組み合わせて相性を計算している。
あなたたちの相性は何%ですという形で
利用者に表示されるらしいんですよ。
これ結構すごいですよね。
事前のアンケートを取っておくと
相性のパーセンテージが出てくると。
数値が表示されると
12:00
相性が客観的に測定されたように感じる。
でもその数値が示しているのは
質問への回答がどれくらい一致したか。
一緒にいると落ち着くかとか
会話の間が合うかとか
恋や雰囲気を心地よく感じるか
みたいなことは当然わからないですよね。
心理学の研究でも
性格や価値観など100項目以上の情報を集めたとしても
この2人が実際に会った時
特別に惹かれ合うかを事前に予測することは難しいとされている。
まあそれはそうだろうって気はするんですけどね。
予測しやすいのは誰からも好かれやすい人や
他人を好きになりやすい人といった全体的な傾向ですね。
誰と誰の間にこういう化学反応が起きるのか
化学反応ってなんか比喩ですけど
そこまではデータだけではなかなかわからない。
そう考えるとマッチングアルコリズムの実際の力は
運命の人を発見することよりも
誰を、誰の画面に、どの順序で表示するかにあるだろう。
この表示順にはすごく大きな力が生じている。
よく表示される人はより多くの反応を得る。
反応が多い人は人気があると判断して
アルコリズムがさらに表示する。
そうすると一部の人に注目が集中していくと。
つまりアプリは人気を図っているだけではなくて
人気そのものを作ってるってことですね。
ここから格差や差別の問題も出てくる。
例えば利用者が持っている人種、性別、年齢、体型、職業などについての偏見は
アプリの中にも持ち込まれていってしまうということですね。
オンライン上の寄り取りが人種によって
強く分かれているという研究もある、実際に。
ただしアプリが差別を再生産するだけかというと
それも一方向ではない。
普段なら接点を持たなかった相手が表示され
実際に交流することで
別の集団への関心が広がる場合もある。
これ可能性の話なんだけど。
なのでアプリは社会にある偏見を増幅することもあれば
少し崩すこともあるよねと。
そのどちらになるかは誰を表示し
誰を表示しないかという設計に左右される領域ということですね。
ここまでがだいたい2000年代ぐらいまでの
マッチングアプリのトレンドですね。
2009年に登場したグラインダーは
別の方向からマッチングアプリを変えてます。
グラインダーが中心に置いたのは正確診断ではなく
GPSです。
創業者のジョエル・シムカイは
その発想をGPSを使って
近くに誰がいるかを見ると説明しています。
そのまでサービスが条件上
自分に合う人は誰かを考えていたとすれば
グラインダーは今この場所で会える誰かを
扱っているということですね。
理想的な条件の相手が遠くにいることより
少し条件が違っても実際に会える場所にいることを重視しているのが
グラインダーということですね。
ここで相性というものに距離、交通、
都市構造、生活時間みたいなものが入ってきている。
また周囲に自分と同じ性的指向の人がいるか
15:00
分かりにくい環境では
近くにいる人を探せること自体に大きな意味がある
ということですね。
一方で位置情報はかなり敏感な個人情報じゃないですか。
出会いやすさを高めるために現在地を使うことが
利用者の行動範囲や生活場所を
推測される危険にもつながってくる。
便利さを作るために集めたデータが
そのまま危険の原因にもなり得る。
これは現在まで続く論点ですね。
2012年にTinderが出てきますね。
Tinderが広めたのが
プロフィールを左右に動かすスワイプ操作。
実はTinderの最初のバージョンにはスワイプがありませんでした。
開発チームの証言によると
アプリを試した人たちが次の写真を見るために
自然に画面を払おうとしたことが
スワイプを作るきっかけの一つになったとのことですね。
写真のカードをイエスとノーの山に分けるような感覚でスワイプしていく。
これ僕やったことないからわかんないけど
右だったらイエス、この人の写真はノー
みたいな感じでバーっとやっていくってことだ。
聞いたことがあるね。
Tinderの開発チームはそれまでのオンラインデーティングを
面倒であまり楽しくないものだと考えていた。
そこでゲームのような幸運と
触っていて気持ちのいい操作を取り入れたんだと。
だからマッチングアプリ、ツールを
ゲームみたいに触れる。
触っていて楽しいっていうツールに変えていったってことですね。
画面に相手の写真がペッて出てきて
うん、あり、うん、なしみたいなのを一瞬で判断する
ゲーム性が取り込まれたわけですね。
そう、みたいですね。
このUIはUIとして非常に優れてるんですよ。
ただし操作が簡単になったことで
人を短時間で拒否することも簡単になっている。
そういうことだね。
優れたUIは利用者に特定のコードを命令するわけではない。
でもあるコードを簡単にし
別のコードを面倒にしていく。
例えば鍵盤の配置によって
弾きやすいフレーズが生まれてくる。
みたいにしてスワイプというUIによって
一瞬で人を分類し
次のコーポーへ進むというコードが
ここでTinderが生み出してるんですよね。
候補者が次々に表示されると
一人のプロフィールを長く見るよりも
次にもっと会う人がいるかもしれないって考えやすくなる。
候補者を続けてみていくと
利用者がだんだん拒否的になるという実験結果がある。
厳選していくみたいなことだね。
たくさん選べることが
選びやすさではなく選べなさに繋がってくる。
本来ならあってから生まれるはずの印象まで
写真と短い文章だけで事前に判断しようとすると
その負荷がいわゆるアプリ疲れにも繋がっている。
ただここは慎重に考える必要があって
アプリの利用と孤独感や不安、
自己評価の低下に関連があるという研究はありますが
アプリが直接その原因となっているとは限らない。
もともと孤独や不安を抱えている人ほど
長時間アプリを使うという可能性もある。
18:00
だからここら辺Tinderを巡る問題点として
ここでよく言われるんですよ。
何というか、
自己評価の低下とかに繋がりやすいんじゃないの?
みたいな。
自己肯定感下がるよね?みたいな
マッチングアプリをやっていると。
でもそれはアプリが原因になっているのか
というのはちょっと考えなきゃいけない。
アプリで出会ったカップルの満足度についても
研究結果はここで結構分かれているんですよね。
オンラインで出会った夫婦の方が
わずかに満足度が高く分かりにくいとした研究がある一方を
近年には満足度や関係の安定性が
少し低いという調査もある。
昔の結婚情報サイトと現在のスワイプ型アプリでは
利用者も目的も違いますよね。
ですからアプリで出会えば幸せになるとも
アプリの関係を長続きしないとも
現時点では断定できない。
まだちょっとあれだよね。
まだデータが足りないみたいなことがあるんじゃないかな。
関係するかしないかも分からないと思うね。
選択肢が増えることと
良い関係が増えることというのは同じではないよね
ということは言えるだろうと思いますね。
日本にはこういった海外の
マッチングアプリの歴史とは
違う歴史がちょっとあるなと
いうことをこれから見ていきたい。
日本においては1999年頃から
iモードなど携帯電話のインターネットを使った
出会い系サイトが広がってきた。
しかし犯罪やトラブルも問題になり
2003年に出会い系サイト規制法が制定され
2008年には届出や年齢確認などの規制が
強化されています。
その結果日本ではインターネットで
知らない人と出会うという行為に
強い警戒感が残っていますね。
これ僕はすごくありますね。
たしかに感じるね。
おそらくこの頃に見たニュースとかを元にして
インターネットで知らない人と出会う
ということに何というか拒否感
危機感がかなりありますね。
2012年に
お見合いとペアーズ
というのが登場してきているんですけど
これね技術的な制度よりも先に
これは以前の出会い系とは違う
ということを示す必要が生まれたんですよ。
そうだよね。
みんなが怖いと思っているから。
そこで使われたのがフェイスブック。
当時のフェイスブックは
実名利用が基本だったため
そのアカウント情報を身元の信頼材料として
使いました。
ただしマッチングアプリの中では
実名を公開せず
フェイスブック上のユージャンにはアプリを
利用していることが見えないようにした。
現実の知人同士が
候補として表示されにくい
仕組みも作られているみたいです。
バレないように。
そうなんだ。
マッチングアプリをやっているのを人にバレるのを
ちょっとなっていう感覚もあるってことか。
そうだね確かにね。
運営側には現実の身元との
繋がりを持たせながら
他の利用者や知人からは
プライバシーを守る。
だからそれをフェイスブックとひも付けることによって
やったんですね。
21:00
それがペアーズとお見合い。
つまり信頼と秘密を
同時に実装したってことだった。
これはある種の日本における
マッチングアプリの
固有の文脈ですね。
ペアーズ創業者の
赤坂優さんの
インタビューがあって
これがかなり参考になった。
サービスを始める理由について
率直に話しているんですけども
最初に開発した自社アプリが失敗した後
既に利用者がお金を払っている
出会いの市場に
注目したと。
早く収益化できるサービスとして
ペアーズを企画し30分で参入を決め
その日のうちにデザインを作っただって。
一方で
ゲームよりも人と人のコミュニケーションを
扱うサービスの方が長く使われるだろう
という考えもあった。
アルゴリズムのローカライズについても語られていた。
例えば日本と台湾では
遠距離の間隔が違うため
単純な直線距離では
候補者は選べません。
地図上では近くても
鉄道が通っていなければ会えにくい。
逆に少し離れていても電車一本なら
会いやすいということがある。
つまり相性アルゴリズムは
普遍的な数式ではないんだと。
交通、都市、宗教、
仕事、生活時間、結婚家など
その土地の文化や環境に採用されている。
数学だけで完結しているように見えて
実際にはかなりローカルな生活感覚が
組み込まれているということですね。
でね
日本で現在特に大きな問題になっているのが
安全性ですね。
嫌がらせ、ストーカー、
成りすまし、性的被害、投資や
副業への勧誘、ロマンス詐欺などが
あります。警視庁によると
2025年のSNS型
ロマンス詐欺は
認知件数が5604件
被害額は552億円を
超えているとのことですね。
最初の接触手段として
最も多かったのがマッチングアプリで
警察が認知した
事件の3割強を占めていたと
いうことですね。
これはマッチングアプリの利用者の3割が
被害に遭うという意味ではないんだけど
認知されたロマンス詐欺事件のうち
最初の接触場所として
マッチングアプリが厳に使われた割合
ということですね。
詐欺の場合アプリで知り合った後
LINEなどの外部サービスへ移動させる手口が
非常に多く使われているみたいですね。
そこで本人確認を
もっと強化しようという議論が
出てきている。独身であること
などを確認できれば
なりすましや既婚者の虚偽申告を減らせるかもしれない。
なるほどね。
より詳しい情報を。
しかし確認を強くするほど
運営会社が扱う情報も重くなってくる。
顔写真、現在地
性的指向、
交際相手への希望、会話の内容
マッチングアプリが持っているのは
かなり親密な個人情報になってくる。
安全のため
本人確認を強くした結果
情報漏洩や目的外利用が
起きた場合の被害は
より大きくなってくる。
匿名性はどこまで残すのか。
信頼のためにどれだけの情報を
サービスへ渡すのか。
出会いやすさ、安全性、プライバシーの
3つを同時に最大化することは
すごく難しい。
24:01
東京都が公的な
マッチングサービスを運営していることも
この問題の熱潮にあるだろうと。
行政が本人確認を行うことは
民間アプリに不安を持つ人にとって
安心材料になるかもしれない。
みたいなね。
一方で恋愛や結婚という
主的な領域に行政が
どこまで入るべきなのか。
税金を使う妥当性はあるのか。
民間サービスを
圧迫しないか。
結婚を望まない人や
制度が想定する家族像に当てはまらない人を
阻害しないかという批判が
あるだろう。
マッチングアプリの
ビジネスモデルについて
考える必要が出てくるよね。
現在の主流は
無料で始められて
一部の機能に料金がかかる
フリーミアム型になっている。
月額課金のほか
追加のライク、詳細検索
優先表示、ブーストなどが
販売されている。
ここで売られているのは相性そのものではなくて
選択肢の多さや
誰かに見つけてもらいやすくなる可能性。
人と会う権利というより
人の注意を得る
確率に料金を払っている。
ここには構造的な難しさがあって
利用者にとっての成功は
より良い相手と
出会いアプリが必要なくなることだよね。
一方、事業としては利用や課金が続いたほうが
売り上げになる。
だからといって運営会社が
意図的に利用者を失敗させているとは
言えないんだけど
実際に出会えるサービスだという評判がなければ
新しい利用者も来ないからね。
ただ何を成功指標にするかは
アプリの設計に影響する。
アプリを開いた回数、スワイプ数、
ライク数、マッチ数、メッセージ数
こうした数字はソフトウェアで
簡単に測れる。
でも安全なデートになったのか
交際が続いたのか
その人がアプリを使ったことに
満足しているのか、そうしたことは
簡単には測れないよね。
測りやすい数字と
人間にとっての成功が一致していない。
これはマッチングアプリに限らず
多くのサービスが抱えている問題点だろう
ということですね。
こういった問題に対して
ヒンジーは2016年に
スワイプをやめました。
機能としてのスワイプをね。
プロフィールを少し長くし
写真や短い質問への回答を
登録させるようにした。
そしてその人全体にライクするのではなく
特定の写真や回答に
ライクやコメントを送る仕組みにした。
操作を一つ増やすことで
理由のないライクを減らし
会話の入口を作ろうとした。
一般的なUIでは
操作を減らすことが容易とされている。
でもヒンジーは
あえて少しだけ摩擦を戻している。
簡単にしすぎることで
失われた思考を少しの面倒さによって
取り戻そうとした。
ここら辺が僕ちょっとUIの
観点から見ると面白いなと思いましたね。
ヒンジーのね
Designed to be deleted
27:00
という言葉が象徴的ですね。
成功したら
削除されるために作られたアプリというね。
これ面白いなと思うんですよね。
ここで大事なのは
摩擦は少ないほど良いとは限らない
ということですね。悪い摩擦は
人を途中で諦めさせる。
でも全ての摩擦を取り除くと
相手について考える時間や
自分の言葉で話しかける
時間まで消えてしまうかもしれない。
そして2026年
バンブルはスワイプを廃止する
計画を発表した。
全面一致はまだ一般提供前ですが
その背景には利用者のスワイプ
疲れがあります。
一部で試験されている
BというAIアシスタントは
利用者に価値観や希望を質問し
候補者を探し
実際のデータを進むことを助ける
構想だと。
これはね歴史的に見るとね
面白い循環が起きるなってことですね。
1950年代から60年代には
質問票に答えるとコンピューターが
相手を選んでいくということがあった。
2010年代にはコンピューターに
選んでもらうのではなく利用者が
自分で大量の候補者を
スワイプするようになった。
これはTinderに
代表されるものですね。そして現在
スワイプに疲れた利用者に代わって
もう一度AIが候補者を
選ぼうとしているということですね。
ただし現在のAIは
相手を選ぶだけではなく
プロフィール文を書き
写真を選び
最初のメッセージまで提案してくれる。
AIが?
アプリの中でね。
こういう風に自分をアピったらいいんじゃない?
ってアドバイスしてくれるんだ。
AIが自分を魅力的に
編集し相手側のAIが
そのプロフィールを選び
AIが提案した文章で会話が始まった時
相手が決めたのは誰なのか
っていう問題が出てくる。
そうだね。
もちろんこれはAIだけの
問題ではない意義ですよね。
プロフィール写真や自己紹介文の時点で
私たちはすでに自分を編集しているから
服を選び、写真を選び
言葉を選ぶこともある種の自己演出
だよね。
AIは自己演出を始めたのではなく
その精度と規模を大きく
するものだと考えた方が
いいかもしれない。良さそう。
少しくらい言葉に詰まったり
うまく自己紹介できなかったりすることも
その人らしさの一部
だったはずなんだけど
効率を上げるために
その不器用さまで消してしまっていいの?
みたいな。どこまでが支援で
どこからが本人の代行なの?
これが
AI時代における
マッチングアプリの
新しい能天になるんじゃないの?みたいな
ところがありますね。
現在に来たということで
ございます。どうですかね?
ここまで
マッチングアプリの来歴
歴史を送っていくことによって
どういうサービスが
出てきて
そこにどういった問題点があったか
論点があったかっていうのを見てきた
わけですけど、どう思います?
僕も使ったことないので
何とも言えないんだけど
聞いたりはするスワイプ疲れ
30:00
って言葉とか
出会い系っていうのが社会問題になったこと
覚えてるんだけど
やっぱり
俺も全く使ったことないんだけど
それが大きいかな
やっぱり
出会い系サイト問題みたいなものがすごく
ネガティブに働いていて
僕たちは使わないって思うのかな
っていう気もするんだけどね
世の中的に知らない人と出会う
ネットで知り合った人と会うのって
怖いっていうのが
当たり前のようにみんなの中にあるのは
出会い系問題とか
確かに危ないよね
そこでみんなって
僕らよりもっと下の世代は入ってないでしょ
俺がすごく意識したのは
10個ぐらい下の
同僚が
Tinderガチ勢で
毎週のようにいろんな人に会ってたの
その子は
女性だったんだけど
その子から
いろんな話を聞いて
面白いなっていうのが
俺のマッチングアプリの最初の印象で
だったんだよね
だから10個ぐらい下になってくると
いわゆる出会い系危ないよね
感覚みたいなのがあんまりないから
もっとナチュラルに
Tinderとかやってんじゃないのかなって
気もすんだよね
たしかにたしかに
あれが影響として大きかったのかな
っていう気がするけどね
人と出会うってことが
これだけビジネスになりうるぐらい
需要があるっていうのは
昔からお見合いみたいのは
あって
お見合い係の
おばちゃんみたいな人が
あの子とあの子
多分会うから
見てみないみたいなことやってたのが
どんどん大きくなって
サービス化していって
結構一大市場だよね
多分みんなやってるイメージもあるし
宣伝とかもすごいされてるから
そういう風に
変わっていってるってことだね
でついに新しい技術を取り入れて
今はAI
そうそうそう
ていう
なるほどね
ここら辺さえ
折れつむいともさ
基本的にマッチングアプリを使ったことない
おじさんとして
ぼんやりと話すしかないことではあるんだけど
これをきっかけに俺は結構調べて
これからやっぱりゲームとの関係とか
テクノロジーとの関係とか
UIとの関係みたいなことを
いろいろ考えていったら面白いだろうな
っていう風に思ってるってことですね
僕としてはね
ここまでいろいろ調べてみて
考えてみたいなと思った論点
があって
今見てきたようなマッチングアプリで
起きていることを一言で表すと
どうなるか
僕は人間がプロフィールという
コンテンツに変換され
そのプロフィールを先行する行為を通じて
選ぶ側の人を
見る傾向まで作られていくことだという
風にして思った
これちょっと僕の暫定的な
論点提示なんだけど
この構造自体はマッチングアプリで
突然生まれたものではないよね
例えば
人間がコンテンツに
33:00
変換されるっていう論点でいくと
対戦ゲームとかオンラインゲームでは
以前からプレイヤー自身が
コンテンツになってるじゃん
対戦ゲームでは同じルールと同じ
ステージを使っていても相手によって毎回違う
展開が生まれる
運営会社が用意するのはルールや
キャラクターフィールドだよね
でも実際の駆け引きや緊張感を作るのは
そこに参加しているプレイヤーだから
実は自分がコンテンツになってんだよね
コンピューターが用意したデキではなく
別の人間が参加することで
予測できない体験が生まれると
プレイヤーはゲームを遊ぶ人であると
同時に別のプレイヤーにとっての
ゲーム内容になってる
マッチングアプリはこの構造を
出会いの場合持ち込んでるんだなと思ったんですよ
アプリを開いた時に
画面に表示される中心的な内容は
運営会社が
制作したキャラクターや映像ではない
そこに登録している他の利用者
ですよね
利用者が写真を選び
自己紹介を書き年齢
職業趣味居住地などを
登録していくその情報が
1万円のプロフィールにまとめられ
別の利用者の画面に表示される
つまり人間が画面上で
閲覧できる形式に変換されていっている
もちろんね
プロフィールを作ること自体は単に悪いことではなくて
知らない人同士が出会うためには
自分がどんな人なのかある程度
分かりやすい形で伝える必要が生じてくる
写真や
自己紹介がなければ会話を始める
きっかけも作れないよね
ただプロフィールに変換された瞬間
その人は比較できる存在にもなっちゃう
写真年齢
職業学歴趣味身長居住地
異なる人間が
同じ項目に沿って並べられていく
本来人間はプロフィールに書かれていない
部分がたくさんあるってさ
そんな
言わなくても分かるようなことですけど
話す速度声の感じとか
まあそういう一緒にいるときの
雰囲気ですよね
実際に会わなければ分からないことが多いはずだよね
ところがアプリでは
その人に会うかどうかを会う前に
判断しなければいけないので
プロフィールに表示できる情報が
その人を選ぶための情報になっちゃう
表示できないもとは
判断の外側に落ち出されちゃう
ここから
人間のコンテンツ化が始まるんだろうと
利用者は
他の人のプロフィールを見る一方で
自分自身もプロフィールとして見られていく
そのため自分という人間を
短時間で理解してもらえる形で
編集しなければいけない
どの写真を一枚目に置くか
趣味はどこまで詳しく書くか
真面目に見せるのか
面白く見せるのか
仕事について書くのか
結婚への願望希望をどこまで明確にするのか
こんなこと考えるんだね
これは自己紹介であると同時に
プロフィールという形式に合わせた自己編集だよね
そしてアプリの中で起きていることは
プロフィールの表示だけではない
誰を見たか
どのプロフィールで手を止めたか
誰にLikeを送ったか 誰には送らなかったか
誰に返信したか
どの会話は続きどの会話は途中で終わったか
こうした行動がデータとして記録されていく
これはアプリの内部で記録されていくということね
ここでは
プロフィールと行動データを分けて
考える必要が出てくるだろう
36:01
プロフィールは他の利用者が見るコンテンツ
一方スワイプや返信などの行動は
プラットフォームが
推薦や予測に使う原材料ですね
うんうんうん
この部分がね
初者のズボフっていう人が書いている
監視資本主義論に繋がってくるなと思いましたね
あの
初者のズボフが問題にしているのはね
単純に利用者が商品になる
ということではなくて
人間の経験や行動がデータへ変換され
企業活動の原材料として
取り出されていくということですね
検索したこと バックリックした場所
滞在した時間 移動した経路
こうした行動から次に何を
思想化が予測できるようになっていくと
マッチングアプリの場合
その対象が恋愛や出会いになっていく
誰を魅力的だと感じたのか
どんな条件の人に反応したのか
何時頃アプリを開くのか
どの相手には返信し
どの相手には返信しないのか
本来はかなり主的な判断が
推薦システムを動かすためのデータになっていく
当然それがまた
ある種の広告を表示する何かのデータになっていくわけだけど
あの
マッチングアプリをね
ただここで言ったみたいなマッチングアプリの作用を
GoogleとかFacebookと
全く同じものとして扱うことはできない
ってことはあると思うんですけど
マッチングアプリには月額課金とか
追加Likeとか
優先表示
ブーストなどの収益期限があるから
利用者のデータを広告主に販売することだけが
ビジネスの中心ではない
ってことは一応言っておく必要があるんだけど
それでも人間の
親密な構造がデータ化され
そのデータによって次に誰を表示するかが
決められるって構造はある
プラットフォームは
利用者の好みを観察し
その好みに合いそうな人を表示していく
っていうことが起きるわけですね
ここから不思議なことが起きてくる
つまりアプリは
利用者の好みを外から観察しているだけではなくて
何を表示するかを
決めることで
利用者が次に何を見るのかにも
関わってきてしまう
つまりアプリは好みを発見しているだけではなくて
好みが形成される
環境そのものを作っているでしょう
ここで
道具が利用者自身に働きかける
っていうテクノロジーの問題がある
って思うんですね
つまり道具はすでに人間が持っている目的を
実現するだけのものではなくて
道具の形によって
やりやすい行動とやりにくい行動が生まれてきちゃうんだよね
例えば鍵盤
ピアノ
ピアノにはピアノだから弾きやすいフレーズと
弾きにくいフレーズ
メロディーがある
ギターにはギターに弾きやすいフレーズと
ギターに弾きにくいフレーズが出てきちゃうんですよ
道具が
ユーザー側に働きかけてきてしまう
ってことだね
そこで先行が作られていってしまう
みたいな
だから道具っていうのは頭の中であるものを
実現するだけではなくて
その道具を使っているうちに何を作ろうと思うのかまで
変えていってしまうっていう面があるじゃないですか
これは何度も言うより
テクノロジーの問題そのものだよね
あらゆることに言える
そうそうそうそう
道具を使うということを全般にして言えることですよね
マッチングアプリにもそれと同じことが当然起きている
39:02
スワイプは
人をイエスとノーに分ける行動を簡単にする
検索条件は年齢
職業身長学歴などを
比較すべき項目として
目立たせる
候補者が途切れずに表示される設計は
この人と会わなくても次の人がいるという感覚を
自然にするみたいな風にして
人間側の先行を作っていっちゃうんだよね
好みの
そういう設計になっているからね
そうそう
これさ僕が前に
物理メディアが衰退していくときに
言及した論理なんですけど
つまりここでは
道具が生まれるということがあって
その道具によって可能になる行為
というのがあるんだよね
でもそれは単に自由を作っているだけじゃなくて
その道具を使うことによって
作られる自分の側の傾向性
とか
行動の軸というものが
生まれてきちゃうんだよね
そうすると単に自由が増えているということにならないでしょ
みたいな
それは自由と管理みたいなものが
ある種の循環関係の中にあるからなんだよね
っていうような
タイプの
そうだね
もちろんマッチングアプリというのは
いろんな人に出会えるような自由を
作っているとも言えるんだけど
その代わりその道具を使うことによって
生じる自分の中の傾向とか
人を選ぶときの基準というものが
出てきちゃうから
本来の自分が好きになるはずだった人を
好きにならなくなるかもしれないよね
それは十分あるよね
そうそうそう
という意味である種のここには自由と管理
みたいなものの
循環関係が生じているだろうということを言及したい
ということですね
みたいな
だから最終的に残るというアプリは
自分に合う人を見つけてきてくれるのか
じゃないはずだ
アプリを使うことで
自分はどんな目で人を見るようになるのか
ということを問わないといけないんじゃないの
というふうにして思いました
そこにマッチングアプリという
道具を考える上での一番大きな問題があるんじゃないか
っていうのが
とりあえず
今回いろんな
マッチングアプリについて調べていった結果
見えてきた
射説
射説だね
この射説を言うときには
あんまり自分の中で
どうなのかな
と暫定的にこの問いを
置いておきたいなというときなんですよ
もうちょっと本当は考えるべきなところが
あるんだと思うんだけどね
とりあえずそんなことが言えるかなというところですね
どうでしょうか
これは
俺も聞いてて
確かに物理メディアの回で
特に思い出したのは早送り機能
というのが生まれたと
あれは自由にコンテンツを楽しむ
権利を手に入れたと同時に
次々とコンテンツを消費しなければならない
という環境に置かされたと
ということで
自由ばかりじゃなくて
そういう傾向にさせられている部分もある
っていう話を確かに思い出したね
つまりあのときは
その
プラットフォーム側の
いろんな機能が
42:02
これは制限だから
良くないとかもっと自由に
すればいいんだみたいな論点
ではダメで
自由だと思っていることにも制限が伴っているし
で制限にも
それはプラットフォームの安全を確保する上で
必要な要請だという
その
お互いの側面があるじゃないっていうことだよね
だからマッチングアプリも
なんか知らない人と出会って
それって本当の出会いなの?みたいなことを
言いたいわけじゃなくて
これで何が起きるのかを考えなきゃいけないって
話をしてるんだよね
自分の
そうだね
そうなんだよね
っていうことですね
これによって減る出会いと増える出会いがあって
それ分かってますかってことだよね
そうだね
ここから先はちょっと
雑談導入のための問いかけなんだけど
マッチングアプリ使ったことあるかっていうのは
意図使ったことないっていうことらしいので
ちょっとこのリスナーさんに聞いてみたい
使ってみてどうだったかっていうのは
本当マジで聞いてみたいですね
俺ね
意外とマッチングアプリを使って
いろんな人に出会ってこんな体験したって話は
女性側からしか
俺あんまり話を聞いたことがなくて
男性は
どうなのかなっていう
マッチングアプリを使った実感みたいなもの
聞いてみたいなって感じは特にしますね
どんなイメージがあるか
って言うと割とさ僕たちの世代は
出会い系最多危ない問題みたいなものが
すごく言われた世代でもあるから
ちょっとこれ危ないなと思っちゃってるんだよね
どっちかっていうとね
特に男女の出会い
恋愛に関して多分マッチングアプリって
友達探すとかさただ知り合い見つけたい
みたいな使い方してる人もいると思うけど
男女で
恋愛とかだと
やっぱこうトラブルが
すごく起きやすいイメージがあるね
じゃあさもう全然
雑談になってくけど
バグキャストを広めるために
俺がバグキャストって
めっちゃ面白いポッドキャストがあるんだよ
みたいなそれは詐欺みたいな話なのか
いやでも
それができるのもある
例えばさ恋愛結婚マッチング
アプリみたいなのがあってそれは
ちゃんと見込んであること証明しなきゃいけない
色々あるけどただのさ
サークル作るための
だったら多分
半分ビジネスみたいなやり方でも
ちょっとこういう風にやってますみたいな
一緒にポッドキャストについて話しませんか
みたいな多分できるんじゃない
なってもいいと思うから
なるほどね
あとコンピューターにね
相手を選んでもらうみたいなものについて
やってみたいかどうかとか
あとはプロフィール
自分がプロフィールを載せるとしたら
何を載せるか
相手のプロフィール
見るとしたら最初にどこを見るか
あとねこういう画面を見て
毎日見てたらこういうっていうのは
いわゆるTinderみたいな
スワイプで次々人を選ぶような
ことを毎日してたら
人の見方も変わるかどうか
はいはいはい
あとね最初の問いに戻るんだけど
選べないガチャと選び続けるマッチングアプリなら
どちらがいいか
45:00
両方良くないよなってことになっちゃうんだけど
普通に考えるとね
まあそうだよねそれだけじゃダメだよって話で
そうね
つまりさ
ガチャって選べない問題じゃん
選べないには選べない
なりの良さが実はあんだよね
つまりお見合いで
世話焼きの人が
お見合いで連れてきた人
と結婚するっていうのが
ある種の楽だっていう感覚
いわゆる本当に自分が
その結婚
恋愛市場に参入して
いろいろやんなきゃいけないことって
しんどいわけじゃん
だからある種選び続けるマッチングアプリ
みたいなものについての
なんていうか貧しさを
確認していくと
じゃあガチャにはガチャなりの良さがあるよねみたいなことも
言えるなっていう風にしては
思うんですよね
みたいなみたいな
っていうのが雑談として
残してみたい
っていうことですね
だからね僕はねやっぱ偶然性って
すごい大事だと思うんですよ
人生における
なんでもかんでも自分が選べるってなったら
なんか人生
すごい貧しくなるんじゃないかって
気がすんだよね
なるほどね
つまりだから例えば親とか
先生とかって選べないじゃん
うん
それ選べないってところから
つまりなんかすごく
僕の人格が
形成されてると思うんですよ
ふんふんふん
先生とかってさ選べないじゃん
まあおおむねそうだよね
でもさじゃあダメな先生に当たったら
ハズルかっていうと
すごくマクロに見ると
そうでもないみたいな
つまり反面教師
そいつを反面教師にして
自分がめっちゃ成長してることもあり得るじゃん
まあそれは学校の先生とかは
やっぱ中学の時に
あの先生
もう人間なんだな
ってやっぱ思った
至らないことがいっぱいあって
それって大人としてどうなのみたいな先生もいたから
それはさ
伊藤は先生に嫌われるタイプの生徒だった
っていう話でもあるよね
まあそうかもね
だからこう
何なんだろうねそれはね
先生に嫌われる
タイプの生徒っているんだよね
だからやっぱ伊藤がちょっと
逆白に見えるとこがイラッとするんじゃないの
でもそれってさ
関わっていく中で
つまりさ
相性が悪かったんだよね
でも相性の悪い人と同じ空間にいる
ってことが起きてるわけじゃん
俺すごい覚えてるのは
中1だか中2の時に
教育実習生の先生が来て
先生って言ってももう大学生だよ
でも当時は先生だなって思って
数学教えてくれてた
授業の終わりに先生が黒板に書いた
数式を先生ここ間違ってますよ
こっちの方が効率いいですよって言ったら
うるせえって言われたの
ヤンヤンヤン
それはさどうなの
伊藤が間違ってたの実際には
俺が当てたと思う
もっといい解き方があるって言ったんだよね
48:00
でもうるせえって言われたんだよ
そううるせえって言われた
それはなんか
うるせえって言うんだっていう
ショックもあったけど
でも
気持ちも分かるよね
そんなこと言うなよってお前と俺の立場
分かってんのかっていうことじゃないですか
そこは
相性の合わないマッチングが
そこで行われてて
ってことは俺はその先生に
全部の信頼を
おいて授業を受けるってことはできなくて
もっといい教材とか
いい先生を探すべきなわけじゃないですか
みたいなことがやっぱ起きる
そういう経験が
その生きるよね
これは指摘して
いい人なのか指摘しちゃいけないのか
みたいなことを考えてなるわけです
っていう経験は
そのやっぱこの無差別な
マッチング
だからこそアンマッチだからこそ
起きる経験みたいのは
必ずあるなと
そうだね
生かされる場面ってのはある
伊藤にとって最高の先生がいたら
そういうことは考えなくなっちゃってたってことだよね
そうもう完全に俺が言ったら
なるほどねそういう方ありますね
褒めてくれって言ったら
次々それをやり続けて
そもそもそんな
ミスをしないような先生が
確かにそうだね
そこで望ましい先生なわけじゃん
でもそういう先生だとしたら
そういうこと考えなくなっちゃってるし
先生が言うことは正しいって思うようになるかもしれないよね
いつも正しかったら
そうだねずっとね
でもそれで最後まで生きていくってことが
無理だよね確かに
難しいから
ってことなんだよね
つまり
狂ってって言われたって面白いね
でもそういう
なんか
上手くいかなかったことが
人生の糧になるってパターンは
よくあるじゃないですか
でそれを
上手くいかない続ければいいのかって言ったら
それまた違うわけだよね
相性の悪い人とだけ
関わり続けてたら苦しいわけじゃないですか
だから
バランスだとは思うけど
そういう意味では
その
俺がね思うのは
スワイプで自分のいい人を
選べるようなことを
毎日していたら
人の見方変わるかって思うと
多分変わると思うんだよね
変わっちゃうと思う
なんか嫌なことあったり合わないかなと思ったら
はいもうこいつのことは考えない
っていうような人間関係の作り方を
しそう
それはあんまり豊かではないから
選べるがゆえの貧しさ
みたいなものに
繋がるのかな
そうだね確かにね
しかも
これは選べるんだって思ってるけど
それはさ
選択を先送りにしてるってことじゃないですか
次にもっといい人が来るから
俺はこれを選ばなくていいと思ってるけど
最終的には相手からも
選ばれなきゃいけないわけだから
51:01
最後まで選べないっていう
可能性あるよね
期待値としては
だからこれ選んでるって言うけど
選ばない
をしてるってことだよね
なるほど
っていう風に思った
選び続ける自由みたいのは
自分がいい悪いって言うのは
勝手だけど
相手から言われることを考えると
つまり
この人に決めるってことを
先送りにしてるだけで
それは自由なのかなっていう
なるほど
やっぱ貧しさみたいなものと
繋がってくる感じは
あったかな
なるほどね
だからシンプルに選べないガチャと
選び続けるマッチングアップどっちがいいかって言われたら
やっぱ選べないガチャで出てきた
出会いを
どう楽しむか
っていう思考になっちゃうのは
これ世代もあるのかな
わかんないけどね
まあでもさ
普通の話をするとさ
でもそれで言うと結構そういう
生まれの
条件によって
選択肢を狭まれちゃって
困難を抱えてる人っていうのも
確かにいるわけじゃん
そういう人に対してっていうことがあるよね
確かに
そういう人はいるから
ある種どこかでね
っていう
選べないガチャで生きていけよっていうのも
また違うよね
かなり厳しい話になっちゃってるよね
みたいな
あとさ
もうちょっと違うところに話を持ってくとさ
ゲームでさ
例えば
マイクラ
マイクラってさ確かさゲーム始める前に
ワールド設定とかを
かなり細かく設定できるじゃん
俺あれ嫌いなんだよね
つまり自分が望む世界を
先に作れてて
その中でやるってなんか
なんかおかしい気がする
つまりそれは
ゲームをやっていく過程で
俺が知って適応していくのが楽しんじゃうって
思っちゃうわけ
だから
選べるっていうことについての
貧しさってことを考えると
それが俺思い浮かぶんだよね
あーなるほどね
選んじゃってるじゃんってこと最初に
例えばさ難易度ってあるじゃん
ベリーハードノーマルイージーみたいな
あれもうやめてほしい
開発者側がこれで楽しんでくれ
っていうのでやりたい俺は
よく
バイオハザードとかだと
アクションゲームが得意な人向けの難易度
最初選べるよね
それなんか接待されてるって感覚になっちゃうんだよね
俺子供の頃に
自分の
祖父が自分と将棋するときに
手加減してやってた
っていうのがほんとやだったんだよね
っていう
なるほどね
なんか接待されてるのがある
イージーモードでやってくれてるわけじゃん
それがねなんかすげーやだったんだよね
みたいな
54:00
なんか
これは話ちょっとずれちゃってるけど
なんかつまり
自分で
自分を楽しむための世界を
自分で構築するって
何も生まれてないじゃんと思っちゃう
っていう
なんかこう
なるほどね
だから俺の難易度モードを選ぶときは
ノーマルかベリーハードでやる
必ず
一番難しい
っていうのをやりたいんだよね
みたいな
それってさ
おじいちゃんはさ
古典版にしたらもうつまんないこんなの
って言うかもしれないから
ほどほどの難易度で
達成感みたいなのを与えたかったわけじゃん
ってことだと思うよね
それは今タイガが
何か教えるときに
気を使うってことが
いいこと言うね
俺はね子供とかと将棋とかカードゲームやるときは
全力でやるんだよね
あーなるほどね
叩きのめす
これが大人だみたいな
そこで
わかってほしい
ゲームやるときはね
みたいな
遊びの中では
会話をするときに
普通に大人と話すようにしてても通じないから
意味わかんないじゃん
そういうのは別に相手に落としたりするってことは
絶対必要だと思うけど
ゲームは普通にやる
なるほどね
イージーモード用意しておきましたみたいなのは
なんか俺は嫌なんだよね
違うじゃんって思う
でもさ普通さ
例えば小学生くらいだとしたら
例えばトランプやりましたって
普通にやって別に楽しめるはずだよね
普通に考えて
運要素とかもあるしね
でも確かに将棋とかだと
実力みたいなのは
出てきちゃうから
そうだね
だからそういうのは
運って大事じゃん
運要素が強いゲームの方がみんなで
楽しめる
だからさほらマリオカート
あれ結構そこら辺絶妙にしてるよね
実力かなりあるんだけど
実は運をすごい取り入れてるじゃん
ゲームって
最下位のやつが
アイテム引きみたいなさ
あれとかっていうのは
面白いシステムだと思うんだけど
深掘りしていったらね
実力と運を
うまく配分することによって
みたいなさ
誰がやっても楽しめるようにしてる
完全な自己責任論みたいのは
大変だし
かといって完全な運ゲーっていうのも
微妙だからやっぱそのバランスで
いいゲームっていうか
楽しい楽しくないあるかもね
これ何の話だったんだっけ
だからマッチングアプリ
マッチングアプリだよね
これさ出会いっていうさ
人と人とがすごく
重要視してるコンテンツ
要素
人生の要素を
コンテンツ化してアプリ化して
ビジネス化することにおいて
どんなことが起きるのか
っていうのが多分テーマだよね
そうだね確かに
57:01
結局さかなり抽象的な
議論にまた戻っちゃうんだけど
結局さ
要するに個人がいて
社会構造があるじゃん
その間にテクノロジーをかます
ってことがビジネスじゃん
その時にある種の
循環構造を作るっていうのが
上手いビジネスなんだなって思う
なるほど
本当にめっちゃいい
マッチングアプリができちゃったら
循環が生まれないから
すぐ本当にいい相手と出会えるようになっちゃったらさ
ビジネスにならないじゃん
そうだね
っていうことなんだなって
インフラ化していくわけで
そうそうだから
なんていうか
それは思ったんだよね
個人と社会構造の間にテクノロジーをかまして
終わらない循環環境を作る
っていうのがビジネスがやることなんだな
って思ったんだよね
そういう風にして考えていくと
ある種行政が間に入って
ちゃんと普通にいいアプリを作る方が
本当はいいのかもしれないけど
それに税金使うのってどうなのって
現状はあるはずだから
意見として
強いから無理かもしれないけど
なんかそれは
思ったね
削除されるためのアプリっていう言葉が
すごく染みるね
これね俺も染みたんだよね
つまりさこれでさ実はさ
これさ
今僕たちはさ子供の側から考えて
親ガチャとかさ
こと言ってるじゃん
でもさ先生とか親の側からだって
本当は俺たち考えなきゃいけないはずなんだよ
伊藤はさ
責任とかって言うじゃん
責任が大事だよみたいな
力を持ってる人は責任が大事
みたいなこと言うじゃん
伊藤はそっちから考えないといけないはずなんだよ
つまり先生とか親って
自分がいなくても子供が
自立できるようにってことなんだよね
自分がやってることは
自分を消滅させるためにやるんだよね
ここは本当深いんですよ
消え去る立法者っていう概念があってさ
最初に
立法いい法律を作る
人は
実はめっちゃすごい権力を持ってるはずだから
それを作った後は
自分が消えなきゃいけないみたいな
自分の存在が
邪魔になるわけだよね
政治哲学の概念があってさ
いい近代的な
あれを作るのって
すごい権力が必要なんだよね
でも作った後に自分はいらない
消えなきゃいけないっていう
これ消え去る立法者
っていうこの概念はね
実は親とかね
先生っていう側に立つと
すごくよく理解できるはずなんだよね
自分がいないように
いなくても
いいようにするっていうのはね
深いんだよね実は
これがね
俺はね
責任っていうものの本質だと思うね
どこかで
自分が消えるってことを
想定して動く
何かできる
ってことなんだよね
本当は
っていう
1:00:01
そういうものを持ってる
人たちと
これがビジネス化するってことだよね
そうだね確かに
ビジネス側の人が
消されるためのアプリっていう
表現を使うのがやっぱすごい染みるなと思うけど
そういう思いの中で
でもさ結局
人を騙してっていうと言い方悪いけど
無限に
出会えそうで出会えないアプリを
作り続けることが
利益の最大化なんだけど
それって人と人と
マッチングさせるっていう
行為そのものにとっては
おかしいじゃんっていう
ちゃんと抱えてる人みたいのもいる
ってことだよね
だからそれは利用者側がある程度
分かっとかなきゃいけないことだよね
どこかでそういうアプリ
マッチングアプリってそういう意味あるなって
ある程度
作っとくっていうのが大事
なのかなと思うね
前回から今回引き続いてて
親ガチャその対局にある
マッチングアプリみたいなことで考えてたんだけど
俺が一個心配になってるのは
これ
聞いてる人は
ポッドキャスト
ガチャに
外れてるんじゃないか
っていう
ヤンヤンヤンヤンヤン
アマターあるポッドキャストになったら
たまたま聞いたのが
大丈夫なのかなみたいな
ここまで聞いてくれてる人は
当たってると思ってるか
連続して聞いてくれてる
続けてくれてる人はね
多少なりとも面白いと思ってくれる
聞けてないはずだもんね
そうだね外れたなって思った人は
ポッドキャストガチャはさすぐ次のガチャ回せるじゃない
確かに確かに
でも次のガチャ回さずに
楽しもうと
努力していただきたいってことだよね
そっちとしてはね
いや大丈夫楽しめる方法あるからみたいな
なるほどね
まあまあそんな感じで
最後不安になっちゃったところでですね
感想今まで言ってきたんですかね
っていうところで
伊藤くん締めを
はい
今回はマッチングアプリについて考えると
コンテンツ化する出会いの場
昔から出会いっていうのは
コンテンツ化されてきた
だろうけど
まあそれがテクノロジーによって
かなり
コンテンツ要素が強い
かつその環境が
強く人をコンテンツ化させていく
っていう循環が起きてて
まあ我々やってないんですけど
特にやってる人は
そういう場にいるということを
自覚してないと怖いよね
っていう話でもあったのかな
と思いましたね
かつやっぱ人との出会いっていうのが
いかにみんなが大事にしてるか
っていうことだよね
っていうのを感じました
なのでぜひマッチングアプリ
使ったことあるよっていう人
もしくはマッチングアプリいいよ
やってみなよっていう
人がいたらぜひお便り
送っていただけると
知らないことだからね
聞いてみたいなと思います
1:03:01
感想やお便りは
概要欄のホームからお願いします
また番組のフォローもお願いします
それではまた次回
01:03:08

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