であとはなんだろううなずくだけじゃなくてその質問そのものを豊かにする
質問をなんか今日1日何がありましたかって質問があったとしたら今日1日何がありました かって一文で聞くんじゃなくて
なんで私は今この質問をしているのかっていうことまで説明しながらその質問に たどり着く
だから去年の夏頃にカーリーヘアーウェイビーヘアーの人たちにたくさんインタビューしたことがあったんだけど私の個人的なね
パッションプロジェクトで で
その時に自分が質問するときに工夫したのは あの子供の頃どういうビューティースタンダードを見て育ちましたかって聞くんじゃなくて
自分はこうやってカーリーヘアーウェイビーヘアーの人用の映画を ドキュメンタリー映画を作ってるんだけど私が子供の頃映画とかを見ててプリンセスダイアリーズ
日本語でなんだあのアンハサウェイと ジェノビアの話だよね
そうそうジェノビアの王女様の話 後でちゃんと書いて
そうそうそれプリティプリンセスや
あれを見ていてアンハサウェイが最初髪の毛くりっくりで出てくるんだけど
自分が王族の人間だってわかった途端にあのメイクオーバーするシーンがあるじゃない
その可愛くメイクして次の日学校に現れたらみんなが振り向いて誰この美女
昨日ダサかったあの子ってなるシーンがあるんだよ
でそこでくりくりだった髪の毛がまっすぐになるのよ
でそれをそういうのを見て育ってしまうとやっぱりこうくりくりの部屋よりもあのストレートの部屋の方が可愛いよねっていうそういう固定観念がやっぱり強調されるよねっていう
だからこういう例が私の頭の中には今思いつくけど
あなたが子供の頃映画とかテレビとかSNSとか見てて何かこう自分のビューティースタンダードを形作ったなっていう影響を受けたメディアはあるかっていうふうに質問するのよ
あなたのビューティースタンダードを形作ったものはありますかって一文で聞くのとこうやって私の経験はこうです
であなたにも似たような経験があるか知りたいですっていうふうに聞いてあげると
そうするとね向こうもね私が喋ってる間にずっと考える時間があるでしょ
でそうするとああそういうのあったよね私の場合はヴィクトリアズシークレットのファッションショー見ててみたいなみんなこうブローアウトっていうウェービーヘアでなんかこうくりくりのウェービーヘアじゃなくて豊かな
ブワッとしたコテで巻いたようなウェービーヘアばっかりを見ててあれが欲しかったっていうふうに言ってくれたりとかするのよ
だからうんうんってインタビュアーとして頷けない代わりにそうやって質問そのものを豊かにしてインタビューイーに投げかけることによってより豊かな会話を生もうとしたっていうことが去年あったな
うーんそうねあの面白いねそうやって質問の仕方と答え方みたいなのがあってあとは大阪のおばちゃんにインタビューするっていうのは本当に面白かったな
マイク持って立ってるじゃない本当向こうの方でなんとなくこっちの方へ歩いてきてくれる人とかあるいはもう何も考えてなくてもほいって持ってったら遠い側苗っていうのかな本当にあの呼吸がいい人がいるんだよね
何の質問をしても答えてくれるでそれってこうあのおばちゃんなんだよおっちゃんでもびっくりするぐらい幸福絶倒の面白いおじちゃんおっちゃんにはあった記憶がないんだよね
でもおばちゃんはマイクテレビとかってそんなって言いながら絶対面白いのあれはなんやろうなと思ってね買い物してる真っ最中のおばちゃんっていうのは本当に素晴らしいあるいは商店街のおばちゃんとかね
ああいうのがすごく良かったなぁ東京行ってあの似たようなインタビューするとなんかちょっと違うのなんでだなんでああいうふうに行かないんかなっていうふうに思うけどね
ゴシップがね好きだよねみんな大阪のおばちゃん本当に面白いね
大阪のおばちゃんに限らずこうなんて言うんだろうやっぱりこうゴシップってすごい楽しいあの忍さんとなるみさんの独自アメリカンライフっていうポッドキャストを聞いてたときに過去のポッドキャストを聞いてたのかな
でそこでなるみさんが言ってたのかななんかこう旦那さんのジェイコブさんにジェイコブさんだったかなでもなんかまあトピックとして彼らが喋ってたのは女性人の場合はお互いゴシップがあるときにねほりはほり全部聞く
だからこう彼氏と別れたっていうふうに友達が言ってたらなんで別れたの誰が悪いのそこに誰が関わってるのどういう関係でっていうのこうねほりはほり聞いて全部把握してくるのが女子で
逆にこう彼氏とかがね家に帰ってきてなんか友達が彼女と別れたらしいよって言ってたとしてでそしたら彼女がさえなんで破局の理由はって聞いたら彼氏そこ聞いてないとか言うの
なんでそれに対して彼女が一番ゴシップでジューシーなところをなんでお前は聞いてこないんだって意味がわからないっていうそういう会話があって
ジューシーね
確かに私と親友のアーニャとかも会うたびにそういうゴシップに花咲かせるわけよ
でアーニャとかはこの前ヒンジで会った男性がイケメンだからとかさこの前ルームメイトを通して会った人がいい人なんだけどでもなんかその人の友達が意地悪とかさ
そういう話たくさん聞かせてくれるのよでアーニャはほりと年齢が同じなのでライフステージが私と一番近いのね周りにいる中で
だから25歳じゃん25歳のシングルのニューヨークに住んでる美人でしょアーニャって
美人までつけたんだうんいいよどうぞ
アーニャ美女じゃん女優だしさ
だから会うたびにねゴシップが花咲くんだよアーニャとは
面白いないいねニューヨークね
ニューヨーク生活楽しんでるみたいだね最近楽しんだものなんか報告してもらっていい
ブルーノマーズ先週もやったけどブルーノマーズ見てきました1週間1週間も経ってないな水曜日にメットライフステイリアムで見てきたのブルーノマーズ
いいなー
えあのかなり遠い席だったんだよね
あの一番後ろのセクションだね3階席
えでもちゃんと見えた1階2階3階見えないよ
野球場会場行ってさ大谷君だとかってさ見るじゃん背番号読めないでしょ大谷君の背番号
大きいモニターにバーンってあの映される大谷君を見てあ大谷君あそこに立ってんだってやっとわかるレベルでしょそんな感じよ
米粒
米粒だけどあのそのスクリーンに映し出されるあのブルーノを見てキャーってなるわけ
あれ第一だってなんか前座があったんでしょ前座が
前座がね素晴らしいのまずあのDJ Peewee aka Anderson Parkね結構そのブルーノファンはたくさんいるけどアンダーソンパークファンとは限らないじゃんそこにいる人たちみんな
だからそのDJ Peeweeとアンダーソンパークが同一人物だって知らないままコンサート行った人も世の中多いらしいんだよなんだけどDJ Peeweeカツラかぶってるしねカツラかぶってメガネしてるから確かにわからない人にはわからないと思うんだけど
でも私は知ってたからあのまずDJ Peewee Anderson Parkが出てきてほんでDJしてくれるんだよで一曲目があのアバのダンシングクイーンね
でニューヨーカーの堀くらいの年齢の人がマジョリティなわけだよやっぱりブルーノマーズのターゲット層って私くらいの年代の女子なのね
意外とね女子が多かったのアバのダンシングクイーンなんてニューヨーカー当たり前に歌詞知ってるじゃん
だから全員歌えるの全員歌詞全部歌えるのダンシングクイーンって
で2曲目がアリシアキーズのニューヨークのコンクリートジャングルそれもさみんなさ歌えるに決まってるじゃん歌詞全部
ここにいるのみんなニューヨーカーなんだからニューヨーカーとニュージャージー州の人間たちばっかりなんだからみんなもちろん歌えるわけ当たり前に
で会場多分8万人くらい席があってそのうちの半分くらい埋まってたのかなそのDJ Peeweeが出てきたとき
その段階でね
そうだから多分4万人くらいでみんなで合唱なわけだよ
すごいね
7時から
そう
ドヨメクよね
でそこでもうみんなが知ってる曲を次々に流してってんでその中の一部にはあのブルーノマーズのあの絶対今回のパフォーマンスではパフォームしないだろうレイジーソングをかけたりとかあとはあのアンダーソンパークの代表曲の1個そのものをかけたりとか
なんかこう最近の曲とあとモータウン系のもうちょっと古い曲とか
Ain't no mountain high enoughもかかったし
いいね
みんなが歌詞知ってる曲どんどん流してくれるのよ
Ain't no mountain higherか
そうそれが45分間くらい続いてでもその45分の間踊る人はみんな踊るよね
踊るよね球場でな
でそれでBJPWEEがそれで撤退してでその後15分くらいに出てくるのがレイ
I want like a ring I want like a ring
あの最近Where's my husbandっていう曲を出してさらに大ヒットしてるレイっていうミュージシャンで
あのねブルーノマーズファンはアンダーソンパークとレイが好きだろうっていうのね誤命当って感じ
でニューヨークはレイが前座だったけど他の場所では誰だったかな
レイオンブリッジスかなんかねこの他の州では他の前座の人たちがいるんだけど
その前座のねリストがね全部ねブルーノマーズ聞く人たちはこの人たちも聞くでしょっていうリストなんだよ
それがね誤命当って感じなの
ほんでレイがこれまた40分か45分くらいパフォーマンスしてそれでまたレイが撤退して
それであとなんか20分くらいした後にブルーノマーズがやっと出てくるんだけどその頃までにはほぼ9時
その間20分待つの大変やね
その間15分から20分くらい待ってんでやっとブルーノマーズが出てくるのがほぼ9時
大変そう
DJPWEEが出てきたのが7時ね
でもうねそのブルーノマーズが来る頃までにはもうその2時間の間でうちら踊ってるわけだよ
でももちろんブルーノマーズレイが終わってブルーノマーズが出てくるのを待っているその20分くらいはうちらもちろん座って携帯見てたりするんだけど
でもあのブルーノマーズ出てきたらさまたさそっからさみんな立って踊るじゃん
ほんで次から次へと曲流していくんだけど
ブルーノマーズってディスコグラフィー50何曲しかないのね実はこの長いキャリアの中で
なるほど
でその少ない曲数の中で2時間みっちり間空けずに演奏し続けるわけだよ
もうね濃度が濃い
昔から思ってるんだけど彼ライブで喋らないよね
全然喋んないね
全然喋んないよね多分ね喋るの苦手なんだと思うよマジで
てか音楽が彼にとっての言語なんだと思うの
そうなんだけど1個も喋らないじゃんほとんど
その音楽の中でアドリブでなんかお客さんと交流したりするのよ
なるほどね
その音楽でブレーキダウンとかちょっとスローダウンした時に
休憩みたいな感じで後ろでバックのダフーリーゲンズって呼ばれる彼のバンドが
演奏してる間に彼がちょっとお客さんにこうちょっと交流パパパってして
それでまたバーンで音楽がまた始まってみたいなそういう感じなわけよ
だから音楽の中でお客さんと交流するから
だからこう曲と曲の間でちょっと休憩して汗拭きながら喋るってのはないのよ
で私の場合よもう全曲ほとんど知ってるから
もうほぼほぼ歌詞も分かってるのばっかだから
もうね濃いのよで前座が長かったから
もう始まって1時間くらいでもうこっちも疲れてんだよお客さんも
でもうそろそろコンサート終わってもおかしくないよねっていう感覚的には思うのよ
ってところでシルクソニックが出てくるの
おーいいね
ブーツィー・コリンズのレコードされた声で
シルクソニックがバーンって出てきて
ほんで4曲か5曲くらい一緒にアンダーソン・パークと歌って
ほんでもうこれでコンサート終わってもいいでしょってくらいになって
また今度はピアノが出てきてあれが出てきてこれが出てきてって
まだ歌い続けるのよ
で今度は古い方のブルーノの曲
When I was your manとかさ
Talking to the moonとかバラード系が次から次へと流れてくるの
でもうこれ以上彼ヒット曲なくないって思ったら
また別のヒット曲歌い始めて
確かにこの曲もあった確かにこの曲もあった確かにこの曲もあった
っていうのが永遠に続くのその後
すごいね
終わったの何時?
終わったの11時近く
すごいね
だから7時から11時近くまで踊りっぱなしで
私25歳だからいいけど
周りに座ってた中年くらいの人たちとか中年以上の人たちは
もう最後の30分くらいずっと座ってたね
無理だよあれ
体力使われる
踊るにも限度あるよね
踊るにも限度がある
いいな
隣にいたラテン系のカップルがいたんだけど
その2人ね全然踊んないの
ブルーノマーズのコンサート来てさ
ずっとなんかさ動かずにさ
そこ座ってたりするの
で立つときは立つんだけどさ
踊らないの
ブルーノマーズのコンサート来て
体ムズムズせずに踊らずにいられる感覚が私わからなくて
意味わからないなって思って
踊りに来なくてどうするよみたいな
歌ってもないしね
だけどそれ以外の人たち
私の周りにいたね同じセクションにいた女子は
みーんなブルーノの曲歌詞全部覚えてるから
一番後ろのセクションとはいえ
曲がかかるごとにみんなで合唱よ
そこがね私ねニューヨークの多分好きなところで
日本だったらどれくらいみんな歌詞覚えてるのかわかんないんだけど
少なくともこのニューヨークのスタジアムでは
みーんな全曲歌えるみたいな感じだから
そのコンサートそのもの
ブルーノそのものもかっこいいんだけど
それと同時にその周りにいる人たちもみんな一緒になって歌詞覚えてるっていう
そこが幸福感あって
でしかもそのモニターにバーンって映るブルーノ
カリスマ性がやばいの超かっこいいの
なんか今まで全然
ブルーノマイズセクシーみたいな思ったこと人生でなかったの
音楽は好きだったんだけど
だけど今回あのライブ見て初めて
なんで女子たちがみんなキャーキャー言うのかがわかった
なんでわかったの?
あれはかっこいい
かっこいいんだ
かっこいい
あそう?
もうカリスマ性みたいな
あそう
やっぱりライブ見るべしって感じ?
スワッグがあるのよもう彼の
スワッグが
日本にも来るけどね
来る日本にも来年来るよ
そのライブ行こうかな行かないかなって迷ってた週末に
ブルーノマイズの映像テレビで流しながらずっと見てたのよ
いいなライブあるんだよな2日後に行きたいな
でもどうしようかなって思いながら
youtubeで見つけた動画をテレビで流してたの
それを大音量で流してたら
ルームメイトの兄がそこ通って
いいねブルーノマイズとかって言って
ちょっとそのソファー座ってさ
5分くらいホリと一緒にブルーノマイズの映像を見てたの
そしたら兄が
いやーかっこいいね
いやーかっこいいねって兄が言うわけ
いやー様になるねカリスマ性があるね
でめっちゃあのリブラ
リブラって星座日本語でなんていうの
天秤座?
兄があのブルーノ見ながら天秤座っぽいっていうの
本当にそうなんだ
彼絶対絶対天秤座だと思う
もうめっちゃ天秤座っぽいっていうの
で遥か調べてごらん天秤座だと思うっていうから
ブルーノマイズ誕生日星座って調べたら天秤座って出てきて
天秤座だって言ったら兄がやっぱりっていうの
どうして?
天秤座は様になるんだって
様になるの?
天秤座はこういうカリスマ性があるんだって
でそういうもんなんだよ
そう?
ご冥筒みたいな感じだったんだけど
そのライブが終わった数日後にケミオくんのポッドキャスト聞いてたら
ケミオくんが私天秤座だからこういうとこ適当なんですよねとか言ってて
ケミオも天秤座なんだみたいな
やっぱりカリスマがある人天秤座なんだっていう
カリスマ
ケミオくんのあれはカリスマ性なの?
カリスマ性で生きてる人じゃんケミオくんなんて
そうなんや
カリスマ性ね
あの人の喋りの面白さで見てしまうっていうか
カリスマ性っていうのはつまり人を魅了するチャーミングな人ってことだよ
だからその他に天秤座誰がいるか
Libra celebrityって検索してみようか
ウィルスミスとか
ヒュージャックマンとか
エミレム
スヌープドッグ
セレーナ・ウィリアムス
カマラ・ハリス
だから2位がLibraだねって
言うのが面白かったよっていう
なるほど
ライブを見ながらね
人生のポイントってこれやんなって思って
ポイント
人生ってこのためにあるんじゃんって思って
キャリアへの情熱とか学業への情熱とか
そんなんで気にめいてるのも馬鹿らしいなって思って
こういう瞬間のため?
そうこうやって音楽聴きながらみんなで踊りながらみんなで歌いながら楽しいっていう風に思うために人生生きてなきゃダメじゃないって思ったの
だから来週から本格的に学校始まるんだけど
新学期始まるな新学年始まるな
ナーバスだな不安だなみたいな気持ちが全部吹っ飛んだの
ルームメイト探しとかもさナーバスだなとかって思いつつさ
いやでもね最悪なことなんも起こんないきっと
将来これになりたいとかあれになりたいとか色々自分の欲望あるけど
もうそんなんなんかどうでもよくないって思ったの
人生そんなシリアスじゃないみたいな
Life is not that seriousみたいな
This is what life is all aboutって思って
今後人生ブルーノマーズのコンサート行きたいなって思った時に
気軽に行けるだけのお金と時間と余裕さえ築ければ
もう人生それで良くないって思ったの見てて
だからねこれセラピーじゃないって思って
ブルーノマーズのコンサートイコールセラピーじゃないって思って
ほんで次の日カレッジアシスタントとしての職場に行って
オリエンテーションみたいな日だったからさ
新しく来た新入の子たちもいるのよ
だから自己紹介しようみたいな感じになって
オリエンテーション二日目だったから
自己紹介もなんもなかったんだけど特に
でももう一回自己紹介って感じになって
その時に今学期についてみんなどう思うか一言みたいな感じで
ワーって一人ずつ言ってたんだけど
その時に昨日ブルーノマーズのコンサートに行って
昨日までは新学期についてナーバスだったんですけど
ブルーノマーズのコンサート行ってから
なんかどうでもよくなりました
バクションされたんちゃうの?
なんかもう人生がバラ色に見えてきたっていう
もう嬉しいみたいな
音楽聴けたら私それでいいみたいな
今学期が楽しみですって
今日朝あの職場にね歩いててね
もう思ったのって自分がね好きなことを勉強できて
好きなことをやってお小遣いもらえるアルバイトで
もうそれだけで人生幸せじゃないと思って
もう学校のね宿題がどうなって悩むかもしれないけど
でも悩む以上に自分の好きなことを勉強できて
それをフルタイムで勉強できるその幸せとはっていう風に
前向きに思えるようになったブルーノマーズのコンサート行ってって
っていう自己紹介をしました
なので今ストレスフルなことがちょっと募ってるんだけど
ルームメイト探しとか新学期がスタートするとか
新しくまた短編映画を監督しなきゃいけないとか
そういうのでいろいろ心配事が詰まっているものの
いやブルーノマーズの音楽さえあれば何でも乗り越えられるって
今人生前向きになってる
だから音楽とかね
そうやって自分の楽しむためのエンタテインメントって
そこに意義っていうか意味っていうか
会ってくれてありがとうっていうかそういうのがあるよね
だから親がそもそも大学のバンドで出会ってるじゃない
そうなんです
自分は音楽演奏する側じゃないけど
聴く側としての愛はすごく子供の頃からある方だと思うから
音楽って楽しくないと
人生音楽なかったら生きていけなくない
音楽ねいいんだよ
やっぱりこの間音楽の趣味でそこで性格も分かるような気がする
みたいなこと言ってたけど
音楽をやってる側から言うと
本当若い頃に音楽をやってましたよっていうので
それでやっぱり30,40の頃って忙しすぎてとてもじゃないけど
それやれないんだけど
それが50過ぎてとか子供が独立してとかってなってくると
まだちょっと戻ってくる余裕が出てくるのね
それによってもう一回同じことができるというか
当時の仲間が今SNSもあるからね
当時の仲間見つけられるんだよ
それでそれによってもう一回集まってみようよって
音合わせてみようよ
できるよみたいな感じがあって
でバンドまた集まって音楽をやって
ライブやってみて
集まってくるのは当時の友達も多いから
当時よりだから30年ぐらい経った
40年ぐらい経った顔ぶれがやっぱり揃うんだけど
でもそれで良くないって楽しいからね
お金を音楽でもらえるような立場にはとても慣れなかったけれども
音楽でつながれるっていうのはとっても嬉しいなと思うんだよね
であと音楽ってアートの究極の形だと思ってて
その前のエピソードでもそのモダンアートについて話したじゃん
モダンアートって何かこうすごい敷居の高いものとして見られてしまう
そこの課題みたいなことについて話したじゃん
で思うのがどんなアートも音楽くらい市民権を得られるのが理想なんじゃないかなって個人的には思うのね
そのバレーとかモダンアートとかって敷居が高いから分からなきゃいけないものって思っちゃうじゃん
分からない自分がダメみたいな
だけど音楽に関してはさそんな風に思う人いないじゃん
テイラースウィフトが大人気だからって別にテイラースウィフトを聞かなきゃいけないわけじゃないじゃん
ケンドリックラマーが大人気だからって
一般市民にとっての価値と個人にとっての価値って別物じゃん
だからそこを音楽だったらみんなすぐ理解するのに
モダンアートとかバレーとかそういうクラシックなものとかになってくると
人ってそこの理解が一気に消える
分かってない自分がダメみたいな風にみんな見始める
でもそういう問題じゃなくて
世の中で値段をつけられるその価値っていうのと
自分個人の中での価値っていうのは完全に別物であって
別に私がオリビアロドリッグを聞くのはみんながオリビアロドリッグを聞いてるからじゃなくて
単純に自分が好きだから聞いてるだけで
ブローノマーズだってそうだし
ブローノマーズは8万人を集められるスタジアムで
4日間ニューヨークで演奏できるけど
でも8万人集められるだけの力を持ってるから
私はブローノマーズ聞いてるわけじゃなくて
自分が単純に好きだから聞きに行ってるだけであって
そこが音楽がみんなの中で市民権を得てる素晴らしいところだと思うのね
他のアートもこのくらいのレベルまで行ったら理想なんだけどなって個人的には思うんだよね
ブローノマーズが日本に来るって言うんで
チケットの売り出しが始まっていきなりもうソウルドアウト
日本中どこでもソウルドアウトになってるみたいね
大変なんだよ
最初からだからそのレースには加われない
売り出されるんだろうなって話聞いて
こっちでやるんだろうな
行けないよねって反応上だよねって
行けたとして高いよねみたいなのもあってね
やる気そがれるよね
アメリカだったらアメリカ国内でたくさんのシティとたくさんもっとたくさんやるから
なんだかんだ言って売り切れづらいと思うの
でも日本ってなると滅多に来ないじゃん
だからそれもあってみんなこぞって買いに行って
それですぐ売り切れになるのかもしれないね
同じこと思ったのがフェルメールのパールイヤリングの少女なんだよ
シンジの耳飾りの少女あれも今来てるけど
あるんだ日本に
あるんだよただなんかねフェルメール店と目打ってフェルメールの作品はどうも2つかはそこらしかないらしくて
結構行った人がものすごく良かったって言ってる人もいるんだけど
いやちょっと待ってよって言ってる声も見るのね
何年か前に来た時にさ行ったじゃないあんたがまだ小学生の時かな
わー覚えてる
あの神戸に来たでしょで一緒に見に行ったじゃない
でその時にあの超だの列そのフェルメールの真鍮のイヤリングのね
あの女の子のところへ行くためだけのなんか列みたいなのがどわーっとあって
それをヘビのとぐろ巻いたようなところもあって最後見たけど
それがガラス越しであんまりよく見えなかったっていうので
いやーあれね展示の仕方がね子供ごころに気に食わなかったんだよね
一つの小さい部屋にあの1枚だけがあるのよ
そうだったね
だからその部屋に入った瞬間にその列に並ぶしかないのよ
あれがその部屋の中に複数絵があってそのうちの1枚が
真珠の耳飾りの少女だったらその真珠の耳飾りの少女の前に行くまでに
他の作品見てればいいじゃん
だけどそうじゃなくて一つの部屋の中に真珠の耳飾りの少女が一個だけあって
でしかもそこなんかテープ貼ってさ列組まされたじゃん
だからそれを待ってる間ずっと暇なわけだよこっちは
でやっと目の前に行ったら後ろの人がいるので早く歩いてくださいって言われるの
そうやったね
急かされるのよ
だから何分並んでたのか全然覚えてないんだけど数分並ばされて
数分じゃないよ結構並んだ
結構並んで結果的にやっと前にたどり着けたと思ったらもう
2,3秒ですぐなんか急かされて前に行かされるっていうので
子供心になんだこれはって言うんだよ
ぶんすか怒って家帰ったよね
ぶんすか怒ってたね
小学生だったかな私
でなんか手紙書いたでしょ
そうそんなに怒るんだったら美術館に手紙書けばってお母さんに言われて
じゃあわかったって言って手紙書いて美術館に私はがっかりしましたみたいなこと書いたんだよね
子供心に
でそしたらねお返事来たよねちゃんと
お返事来たよ
美術館から
あのやっぱりマウリッツハイス美術館とのやり取りにおいてこういう風な展示の仕方をしろという向こうからの指示が結構きついらしくて
だからこそああいう展示になってしまったがそのせっかく来てくださった
あの方特に未成年の方にそういう風にってなったのはとても残念だみたいなこと書いてあったように思うのね
でその手紙が戻ってきたっていうことにお母さん自身は感謝してね
いろいろご事情あったとは思うけれどもこうやって一人のね小学生の手紙に対して返事をくだせたことに
親として感謝しますって返事を出した記憶があるわ
今まで忘れてたわ手紙送ったこと
あれそうなの?
思い出したよ
あのねあれは何で手紙かけって言ったかっていうと自分が思ったことについてをフェアな方法において発言するっていう経験があってもいいんじゃないかなと思ったんだよ
これについては私はこう思ったんだと非常に観覧車としてお金を出して並んで子どもとして美術ファンとして見に行ったのに
期待には凄わなかったと
それについて凄わなかったですっていうことをSNSにバーンって書くっていうんじゃなくて
実際の主催者に対して出すっていうのはとてもフェアだと思うのね
フェアな不平不満というか不満の表明の仕方だと思って
で感謝の手紙を書いたのもそういう行為は無駄じゃないんだということを子どもに教えてもらったと思ったからね
ああいうのはこういうのはすごく大事だしそういう観客のコメントに対してのレスポンスを返すっていうのはその表現者というか表現側の義務でもあると思うんだ
主催側のねだからすごくいいやりとりだったと思うんだよ
いやプルノマウスの話からどうやって振る舞えるまで行ったんだろう
要はものすごい人気だっていうものを展示するのは大変だっていうことよ
そうねあまりに人がねこう人が来ないのも大変なんだけど
人がね殺到してしまうのも大変だよね
そうねで1回あたりにその1個のチケットが10万するとかさそういうのもだって
でも人は来るからじゃあ10万払えるやつだけ集めてたらいいのかっていうのでそこに
もちろん10万払えるんだったら来いやになるんだけど難しいよなあっていうね
最初はプルノマウスのチケット高いよって思ってたけどでもね実際に行ってみた感想としてはそもそもアンダーソンパークとレイとプルノマウスを3人とも同時に一夜で見れるって考えたら確かになって感じなんだよね
もうアンダーソンパークとレイを見るだけで100ドルの価値があるわけだよ
でプルノマウスのコンサート見れるので100ドルの価値あるわけだよもう200ドルそれで消えるよね
でも今回あのもうね2日酔いみたいな感じだよね次の日本当に2日酔いなわけじゃなくて気持ち的にねエモーショナルハングオーバーなわけ
昨日のは何だったんだろうみたいな夢見心地みたいな感じのがねその後ね2日3日続くの
でTikTokもさ私がさプルノマウス大好きだってことにさ気づくとさおすすめページ全部プルノマウスになるのTikTokもインスタグラムも
ほんであのプルノマウスの過去のインタビューとかもさ見てたりしたんだけど
彼ってあんまりインタビュー答えないことで有名なのねあんまりインタビューたくさんしないのよ
だからほら喋るの苦手なんだってだからさっき言ったようにMCしないじゃん
苦手ではない苦手ではないあのアンダーソン・パークはね完全にね喋るの苦手な人だよ
アンダーソン・パークは僕喋るの嫌いみたいな僕シャイなんだははとか言ってるんだよ
ブルーノは答える分には答えるんだけどまあ言葉を持ってる人だからねブルーノの方がどっちかっていうと
ブルーノの方が考えちゃう人なのよ
あの真面目なんだと思うのよすごい真面目だと思う
であのブルーノマウスでさえ曲を作るのってすごく大変書くのってすごく大変
何かやっぱ生み出すってなるとこれファンは好きかな
ファンはバラードを次は聞きたいかなでもファンは踊れる曲を本当は聞きたいんじゃないか
その心配が頭の中やっぱり行ったり来たりするからだから曲を書くそれを発表するってのはすごい怖いことなんだよね
っていうのをいくつかのインタビューで言ってて
で今回あのオーストラリアとかニュージーランドでもあのパフォーマンスするっていうのを数日前に発表したので
あのオーストラリア系のメディアの取材に久しぶりに超久しぶりに答えたのよ
でその時にブルーノマウス君はめっちゃセクシーだよねっていう風に言ってるインタビュアーがいて
でブルーノが笑いながらありがとうって言うんだけど秘訣は何みたいなこと聞かれた時に
楽屋ってまあ普通に楽屋っぽいじゃんそのステージ上とは全く空気感が違う
でいきなりステージの前に出て数万人の人の前に出なきゃいけないわけだよ
それって楽屋とは全く違う世界だからハルクの写真かハルクの絵かなんかを鏡に貼ってるって言って
あそうか要するにこう緑になってガーッとこう人が変わるってことね
そうそうそうマーベルのねハルクってあの緑色のキャラクターの写真か絵かなんかを鏡に貼ってる
で自分はステージに出たら今の自分よりも大きい自分にならなきゃいけないって言い聞かせてステージに出るって話をしていて
なんかねそういうインタビューを過去のものも最近のものも全部ワーってこう見漁ってて思ったのが
こんだけ才能ある人でもそういう不安とかセルフダウトみたいなものっていうのはやっぱあるんだなっていうのがなんかね
自分もねこう脚本書くときにこんなシーン書いたらなんかあの臭いって思われるかなとか
私はサイファイを過去に書いたから次もサイファイ書いたほうがいいのかなとか
サイファイって何
えっとSFサイエンスフィクションサイファイ
だからSFを過去に書いたから次もSFのほうがいいのかなとか
あの前作はホラーだったから次もホラー書いたほうがいいのかなとか
ファミリードラマにしようかなでもコメディ書いたことないからコメディも書いたほうがいいんじゃないかとか
なんかこう書きながら自分の中でのセルフダウトがたくさんこう生まれてくるわけよ
邪魔な声が頭の中に生まれてくる
でブルーノマーズレベルのポップスターでもそういう感覚ってやっぱり未だにあるんだっていうのがなんかこう
まあそうだよなって思うと同時に
だからこそシルクソニックアンダーソンパークとブルーノマーズって素晴らしいデュオなんだなって思うし
あのプロのスマイルって曲がねシルクソニックであるんだけど
最初インタビューによるとねブルーノマーズがこういう曲があるんだけど
なんかいい曲かわかんないんだよねみたいな感じでアンダーソンパークに持ってったらアンダーソンパークが
It sucks. It's a trash. ゴミだみたいに言ったんだって
この曲はダメだゴミだみたいな
でそれでこうドラムのとこに座ってこうやってやるんだよって
プロなスマイルじゃーんみたいな感じで
あのドラムセットに座ってなんかこうドラムはこうすればいいんだよってダダダってやって
その途端にね良くなったんだって曲が
だからブルーノマーズは一曲一曲をこうしようかなこうしようかなこうしようかなってこう練りに練る人なんだけど
アンダーソンパークはもうその場に座ってジャジャジャジャジャジャジャーンってはいおしまいってやる人だから
だからブルーノマーズがさアンダーソンパークと過去にコラボしてだけどリリースしなかった曲をまた再び持ってきて
これあの数年前に一緒にやった曲だけどさあのもう一回書き直さないとか言ったらさアンダーソンパークが
えーそんな過去のことは忘れたみたいなそういう感じの反応するんだって
ほんでleave the door openもさ
あれもうワンテイクなのかなアンダーソンパーク
あれワンテイクなのすごいね
ワンテイクで撮ったみたいな感じのこと言ってたよインタビューの中で
詳細はダブルチェックしてもらった方がいいと思うんだけど
でも私が見たインタビューの中ではあれワンテイクで録音したっていう話をブルーノマーズがしててアンダーソンパークが
寝入りに寝るタイプと一発の人なのね
そうだから頭で考えて作るタイプのブルーノマーズと
でブルーノって考えなかったら結構さらにいいアルバム書くと思う正直
私もクリエイターとして考えがちの人間だからわかるの
で私のボスのアルビンっていうフォトグラファーの人
彼はもうベテランフォトグラファーなんだけど彼は考えない人なの考えるなハルカ考えるなってずっと言ってくるの
正解を作ろうとするなってルールは破れって常に言ってくる人なのね
でなんで彼を私はメンターとして慕ってるかっていうと私と真逆だからなのよ
そう私は頭で考えて何が正解かっていうのを考えちゃうんだけど
アルビンは何が正解かじゃなくて
何がかっこいいか直感に従えて自分の直感を過ぎとませ
研ぎ澄ませって人なのね
研ぎ澄ませろって人なのね
でブルーノマーズとアンダーソンパークを見てるとすごくねその2人の関係がすごくわかる
アンダーソンパークにとってブルーノは
ポピュラーなねポップミュージックを作る上で必要な人だし
でブルーノマーズにとってアンダーソンパークは頭でっかちにならないために必要な存在だし
インスパイアリングなんじゃないの
2人ねケミストリーがあるのよミュージシャンとしてすごく
でコロナ禍で2人ともライブが大好きな人間じゃん
ライブパフォーマンスすることに生きがいを感じている人間がコロナ禍で
ライブできなくなっちゃったっていう時に2人はタッグを組んだわけだよシルクソニックとして
でもし僕たちがライブで今人の前でパフォーマンスできるとしたら
どういうセットリストを組むかっていう手でシルクソニックのアルバムを1個作り上げたわけだよあの2人は
だからこうライブミュージックっぽいサウンドが詰まってるんだよねアルバムの中には
で最初ブルーノがアンダーソンパークに一緒にやろうぜって電話した日が
たぶんアンダーソンパークの誕生日か誕生日の次の日くらいだったのかな
で電話したら俺酔ってるみたいなこと言うんだって
I'm drunk
結構最初メタメタだったらしいんだけど
2日酔い状態でスタジオ来るみたいな
たぶんそんなレベルだったんじゃないかなノリとしては
ほんでプロのスマージャーとか
What you doing? Where you at?
ノリで叩いて帰ってくみたいなたぶんそういう感じだったんだと思うよ
あの人かわいいよね
かわいい2人ともかわいい
BTSの後ろですっごい嬉しそうに叩いてるときに
アンダーソンパークが叩いてるじゃんBTSの後ろでみたいな
マジかよみたいな
あのコロナ禍でアップルミュージックが主催したのかな
アンダーソンパークとブルーノマーズと
あとはアンダーソンパークを昔から知ってる人が
その3人でインタビューしてて
でその時にそのインタビュアーが
アンダーソンパークってシャイなんだよねってポロッと言って
Yeah I'm shy みたいな
喋るの嫌いみたいなことぶっちゃけて面白かった
でもシャイに見えないけどシャイだよね
あのシャイだからこそ真面目に質問答えられないんで
恥ずかしいから真面目に質問答えるの
だからふざけるんだと思う
なんかねいつもすごいふざけた格好とふざけたことしか言わないイメージがあって
そうそうそう
でもブルーノマーズ真面目だから
あえてふざけてほぐしてくれる人が必要なんだと思うよ
そうやろうな
でもどっちもね
どっちもよくよくよく見ればどっちもシャイじゃん
うんそうだと思う
なんかブイブイ言わすタイプじゃないでしょ
いやでもブルーノマーズ
ブイブイ言ってた?
ブイブイは言わないけど
カリスマ性をまとい始めるじゃない
そのインタビューでもさ
彼だってねそういう気の利いたジョークを言うの上手なのよ
アンダーソンパークは常にふざけてるんだけど
ブルーノマーズはウィットに飛んだ気の利いたジョークをパパーンって言うたりするわけ
でそれがね面白い
面白い?そんなに?
2人ともねすごく面白い
I'ma leave the door openって歌う代わりに
I'ma leave my shirt openって言って自分のシャツこうやって開けてくの
開けてきてそれがさモニターにさバーンって映るじゃん
その瞬間さ女性客にギャーって
それ前日の方の映像とかそのホリが行った後の方の映像とか
TikTokに上がってるの見てると多分あれ毎晩やってる
そうなんや
必ずそれがお決まりなのね
お決まりでやってる
たまにね歌詞の一部をね変えたりしてね面白い
であの2人の何がいい?
あの2人だけじゃなくて
アンダーソンパークのバックバンド
フリーナショナルズっていうバックバンドがいて
でブルーノマーズにはブルーノマーズで
The Hooligansっていうバックバンドがいるのね
でブルーノも一途だよね
Hooligansともうずっと一緒にやってるわけで
ブルーノマーズっていう1人のブランドとして出来上がっていると思うんだけど
でも実はもうデビュー当時からずっとThe Hooligansと一緒にやってるわけだよ
メンバーはねそれぞれのなんか私的な理由でちょっと変わったりはしてるんだけど
日本メンバーはずっと一緒で
ドラマーはずっとブルーノマーズ本人のお兄ちゃんだし
もうずっとそこは変わんないのよ
お兄ちゃんだよ
そうそうであの2人もそうだし
そのバンド仲間もそうだけど
ミュージシャンとしてこうライブ演奏しながらそのサプライズし合う
わかる?なんかこうちょっとリフを変えるとか
なんかそういうことミュージシャンってするじゃん
ジャズみたいな要素もあるけど
ライブでちょっとおちゃらけたことをして
それでこうバックバンドがおちゃらけたことをするから
それでブルーノマーズも乗って次のフレーズをおちゃらけたことをして
それにまたトロンボーンが反応してみたいな
それでまたバーンって決まった台詞を演奏するみたいな
その駆け引きがあるわけじゃんミュージシャンとして
それがライブの良さだよね
それがライブの良さで
それが簡単にできてしまうそのかっこよさと面白さと
私見てて思うのが音楽とコメディの神話性の強さ
そうそうそうなんだよ
だから植木ひとしとかだって日本でいうと
ミュージシャンから出てきたコメディアンっていっぱいいるからね
ブルースブラザーズとか見てて育ってるけど私だって
わかるんだよねブルーノマーズもアンダーソンパークも
コメディ的な面白さがあるじゃんあの二人って
インタビュー答えてるだけで面白いねあの二人
なんでかってリズムわかってるからなんだよね
コメディってリズムだからね
ブルーノマーズって曲をアンダーソンパークに持ってったらね
アンディがねIt's a trashって言うんだよって言って
そしたらアンダーソンパークがNo I said it sucksみたいな
その対話のリズムだけで面白いのあの二人って
コメディってリズムが命じゃん
リズムが命の音楽を演奏してる人たちが
コメディ的なリズムを兼ね備えてるっていうのは
理解できるというかね
ミュージシャンでコメディもやる
あるいはコメディセンスのあるミュージシャンっていうのは本当多いし
両方行ったり来たりする人も本当多いし
であとライブの醍醐味は
決めをわざとちょびっと外したり
いろんな仕掛けを入れたり
あれが楽しいんだよね
相手を信じていればこそそこで外しができる
だからこうちょっとマッシュアップしたりとか
あと何の曲だったかな
なんかの曲で
マイケル・ジャクソンの歌の
ワンフレーズ入れたりするんだろ
ワンフレーズ組み込んだりするわけよ
でまた自分の曲に戻る
っていうことをやるんだよ
上手いんだよね
誰かがちょっとやると後ろからベースが追いかけていったりとか
ベースが合わせていったりとか
でとりあえず決めまで行ってまた戻るみたいなことができる
上手ければ
で上手いから死ぬほど
アンダーソン・パークがもうやめたみたいな感じで
マイクを床に置いたりするんだよ
そしたらブルーノがマイク持って
マイクそこに置くなとか言う
一応お決まりの下りっぽいんだけどどうやら
でもそういう下りがあったりとか
するんだよね
それが全部楽しい
お決まりのことって絶対あるもんね
ジェームス・ブラウンも必ず上からガウン被せてもらって
退場してまた戻ってくるじゃん
同じだよ
本気だったのか本気じゃなかったのかよく分からなかったのが
アンダーソン・パークが退場する直前に
ありがとうみんな
ロングアイランドのみんなありがとうみたいなことを言ってたのかな
そしたらブルーノマウスが
ここはロングアイランドじゃなくてニュージーランドだよ
ニュージーランド
ニュージーランドじゃなくてニュージャージーだ
ここはニュージャージーだよって
ロングアイランドじゃないよって
ここはニュージャージーだよって言った
それは本気で混乱してたのか
単純に冗談言っただけなのか不明だ そうか
いやーあの 母さんからはなんかあの女性の記者たちの集まりの話をちょっとしようかと思ったけど
まあまあまああの喋ったんで今日はこんなところでいいかなでもいいんじゃない 1時間15分くらいとか1時間30分くらいになっても別に言えんじゃん
ちょちょうど昨日やってたんだよ えっと女性記者の集まりがあって小西美穂さんという
読売テレビと日本テレビの記者をやった人で今の関西大学かなのフェローの研究者をやって はる人なんだけどその人があの発表しているのをちょっと聞くというオンラインで聞いたんだ
よねでそれ何を話してたかっていうとあの bbc やファイナンシャル
タイムスかなあのいろんなこうメディアの中に登場する まあ男女の比率がちょっと違うよねっていうかあまりに男性に重きが置かれてるよねって
bbc があると気がついてそれを頑張って直してきましたよっていうそういう話を聞いた こうあの bbcですらで今あの bbc がやってるのがテレビ番組で5050
プロジェクトっていうのがあってでそれは スクリーンの上オフスクリーンの組織内の話じゃなくてオンスクリーンで実際にその画面や紙面に
出てくる人たちが 男性がだから8割みたいなそういう状態であるっていうことにある時気がついた
男性キャスターというかジャーナリストがいて でそれはちょっとまずいんじゃないっていう話になってそれから一生懸命
もう手でカウントし始めた ロスアトキンスとか言うねなんか男性ベテランジャーナリストがいて
でその人がのある時自分の番組を聞いてて自分というか自分の会社の bbc の番組を聞いてて番組スタートしてから30分経っても女性が一人も出てこない
1時間経っても一人も出てこないちょっと待ってこれまずいんじゃないっていうことに気がついて でそれでこう放送後にね議論になったとなんか
なんていうかななんかのデータの間違いがあったって言うんだったらすごい我々は番組が終わった後でわーわーわーやることになるだろうけど
単に出てる人が偏っているからっていうことを気がついてなかったんじゃない っていう感じででどんどんその女性が一人も出なかったっていうことについてそもそも編集してる我々が気がついていなかった
どういうことだっていうことであの一生懸命そこで女性たちを出していこう というプロジェクトを組んでいく
ベクデルテストって聞いたことある ない何
あのベクテルベクデルテストっていうのはフィクションにおいて 言われているまあリトマス氏みたいなものなんだけど
だからニュースとかそういうドキュメンタリーとかには当てはまらないかもしれないんだけど あの wikipedia で今調べてみて読んでもいいかなうん
ベクデルテストとはジェンダーバイアス測定のために用いられるテスト で
このテストの中ではフィクションの作品に最低でも2人の女性が登場するか 女性同士の会話はあるかどうか
でさらにその会話の中で男性に関する話題以外が出てくるか っていうチェックリストな
で2人の女性に名前がついているかっていうことも時としてテストの条件に付加される で私がの大学の中であの
women in film っていう映画の中の女性誌っていう授業を取っていた時にベクデルテスト っていうのがまあ
ねあのレクチャーの中に出てきてで次の週の あの宿題かなまあなんていうの追加の宿題みたいな感じでまあオプショナルな宿題だった
と思うんだけど自分が見た映画の中で あのこうリストを作ってその一個一個のリストの中でこの映画はこのベクデルテストの
この項目3つの項目を全部クリアするか っていうのをログをつけていくっていうような宿題があった気がする
元々は映画を評価するために用いられ現在ではあらゆるフィクションにおいて 用いられている
現代の映画の半分程度はこのテストをパスしないと言われており これは映画産業で働く女性の比率が低いことや業界人の観客の好みに対する想定
ゆえであるとされている 非評価はこのテストは相対として考えた場合は有益だと指摘している
個別の作品については性差別とは無関係な形でテストをパスしたりしなかったりし得る このテストはアメリカの漫画家アリソンベクデルにちなんで命名されている
あの 母さんがそのラジオの番組をやってたりテレビの番組をに参加してたりしたときにあったことだけどやっぱり
聞いてる方あるいはその見てくれている人たちっていうのを女性が非常に多いんだよね 家でやっぱりテレビを見られる立場にある人ってなると
主婦の人だったりあるいはもうリタイヤした人だったりってなると女性の割合がすごい多いんだよ
なんだけどその女性のために作られたニュースとかその女性が見たいであろう話っていうのが全然やっぱりある時期まではほんとなかったんだよね
っていうのはその作ってる側が30代40代の男性が中心だったから
だからどう頑張ったって女性が何に興味があってどういう生活感を持って生きているかっていうことについては想像する以外ないんだよ
その想像するにしてもものすごい働いてる男性たちだから死ぬほど会社にいてるからそんな意味で家にいる奥さんの姿なんかそう大して見ちゃいない
っていう現実があってね奥さんたちが何に苦しんでどういうことを毎日考えてどういうふうに家の中のことを回しているのかとか地域のことを回しているのかとかそういうことについて女性の人生ってどういうふうに回っていくのかとかいうことについてのリアリティっていうのがいまいち欠けてるっていう状態の中でニュースを作るとその人たちのためのニュースにならないっていうことがままあったんだよね
でやっぱりそれの指揮者についてもやっぱり女性を見つけてくる努力が足らなかった
自分はねその記者とかそこら辺の業界についてあんまり疎いとは思うんだけど自分は映像とは言っても映画とか物語フィクションの世界の勉強してる人間なんだから
だけどあのアノーラっていうショーンベイカーのアカデミー賞で作品賞を取った
あの作品を見たときに自分でしっくりこないところがたくさんあってあれはこうセックスワーカーのまあ1日か2日
1週間くらいかを描いてるんだけど結構どんちゃん騒ぎのコメディとして描かれてると思うんだけどでも確かにじゃああの映画はベクデルテストをパスするかって考えると
確かに女の子は出てくる
で他の女の子も出てくるけどでもそれって別に彼女の親友として重要なキャラクターとして出てくるわけじゃないしなんかこう背景にいるキャラクターとして出てくる女子しかいないし
しかも彼女が会話してることって全部そのベガスで結婚したリッチな若造の兄ちゃんのことばっかりだし彼を探し続けるだけの映画だからねあれって
その19歳くらいのバカなあのリッチな兄ちゃんとベガスで結婚したセックスワーカーの女の子があるひとつ前その彼のママとか彼の親が何やってんねんっていきなり舞い込んできてそれでその兄ちゃんが逃げちゃう
彼女はその人質みたいな感じに取られて
一緒になって彼を探しに行くっていうそういう映画なわけだよ
で作品全体をこうやって丸って考えると確かに
その男が逃げるところから始まるわけじゃん男と結婚して男と逃げる男が逃げてそれを追いかける話なわけじゃんってことは男とは関係ない会話をじゃあ彼女が映画の中で1回もするかって考えると
確かに記憶にないんだよね今パッと思い浮かべるとってことはじゃああの映画はベクデルテストパスしないんじゃないかとかね
だからこういう指針を持っておくこういうテストベクデルテストっていうこういうよく業界で持ち上げられるセオリーなんだよね
あのやっぱりこう作り手側が男性であろうが女性であろうがやっぱり気をつけておかなければいけないのは男には男の人生があるけど女の子には女の人生もある
LGBTQにはLGBTQの人の人生があるそれぞれの利害がありそれぞれの何か思いがあるからそれがちゃんとどっかでその人の人生を描くことがないと
結局その人はただに物語の添え物で終わってしまう
だからキャラクターを物体化してみるんじゃなくてキャラクターを人間として見てくれって言った時にピンとこない人たち多いのよ
キャラクターを人間としてみるってどういうこと人間じゃんみたいなどういうことかっていうとそのキャラクターにも人生があるキャラクターにも趣味があって
あなたが見えてる世界あなたがあなたにとって見えてるその人と彼女にとって見えてる彼女の人生は全く違うっていうことを理解しているかどうか
そこへの想像力があるかどうかだからそのアノーラの何が気に食わなかったかっていうとそのラストの方であのとあるキャラクターが
なんていうかセリフとして君のことを人間として見てるよみたいなそんなダイレクトな言葉じゃないんだけど言ったら
ようやくしたらそういう意味のセリフがあるのよなんか彼女がなんで私はあの時襲わなかったのって言った時にその男がだって僕はレイピストじゃないからっていうのよ
それで彼女は彼に気を許してなんかチャンチャンみたいな感じのエンディングだったのねそれ見た時にね本当に腹が立って
僕はレイピストじゃないからって自慢顔で言うんじゃねえよって思って
キャラクターとしてそんな必要最低限でしかないし人間として
スタートラインやただの
クソ人間じゃないだけじゃんみたいな
それだけ残ってる
でなんかねその程度でセックスワーカーを人間として描いた気になってるんじゃないかって
そう思う証明が素晴らしいフィルムメーカーだと思うんだけどでもアノーラ単体に関してコメントするとそう思ったのよ私は
人を人間として描くっていう目標を掲げてこの映画を作ったのであればじゃあなんで彼女の親とか彼女の親友とかっていうのが出てこなかったのか
私たちはその彼女が
そのセックスワークをしている時間以外の時間で何をしてるのか知らないわけよ
彼女は自分一人だけで時間を過ごしているとき彼女は映画を見てるのそれとも彼女は本を読んでるのそれとも彼女は携帯でティクトク見てるの
そこがねごっそりないのよあの映画の中には
ってことは装置になってるんだよね
っていうことはその
彼女を描いて
っていう様子を描いたドキュメンタリーなわけなんだよでも本当にもうガビガビの画質だろうがなんだろうが構わずあのカメラを回し続けた彼らの
ドキュメンタリー映画なのね
でそのドキュメンタリー映画の中で何が一番あの心に残ってるかっていうとその自分の兄弟とか自分のいとことかがイスラエル軍に殺された直後くらいにさ
それでも
あの人生は続かなきゃいけないわけじゃん
それでも飯を食わせなきゃいけない末っ子はいるしなんだっている
だから何が起ころうとみんな晩御飯
テーブル囲んで食べてんだよ
自分の
いとこが死のうが何にしようが
でその時になんかみんなでジョーク言い合ってたりするの
お前そんなバカなこと言ってたらイスラエル軍にお前も取っていかれるぞははって笑ってんだよ
で
ブラックヒューモアというかダークなジョークだったりするんだけどでもそれでみんなが笑って晩御飯食べてる
でそれを見た時に
うちらと何も変わんないじゃんって思うのよ
でそれとか一番末っ子の小さい幼い子が
iPadでうちらが見てるようなアニメ見てたりするの
アニメって今やワールドワイドだからね
で屋根のないお家でiPadで
あの
アニメ見てたりするその子たちの映像を見てると
彼らはたまたまその土地に生まれただけで
私だってその土地に生まれてたらああいう生活してたんだろうなっていう風に思うのよ
でそれを見た時にだからこう
なんて言うんだろうその
お兄ちゃんが殺されたいとこが殺された
で電気ジェネレーターを取っていかれたっていうそこ
大事なんだけど映画の中で
でも自分にとってそれ以上に見ててインパクトがあったのは
その彼らが笑ってる彼らが私たちと変わらない日常生活を前に進めようとしてるっていうその映像により自分は動かされたのね
でそれを見た直後にアノーラ見て
でね人を人間化する人を人間として描くって
君人間だっていう風に僕見てるよってこうペッてレッテル貼るんじゃなくて
そうじゃなくてこの人はあなたと何にも変わらない人生を歩んでるんだよっていうのを見せることが人を人間化するってことだと思うのね
だから女性をコミックだろうが映画だろうが
あとはドキュメンタリーだろうがジャーナリズムだろうが何か描くときに
その人の苦しみだけこう取ってきて描くとかその人の母親とか妻としての役割だけを引っ張ってきて
こう見せるレプリゼントするんじゃなくて
そうじゃなくてそこに付随するその人の今までの人生の歴史とか
なんかその人の人生にその付随するその感情とか習慣とかそういうところがくっついてきて
初めてその人を人間として見えるわけじゃん
私はこの人と何も変わらないっていう理解を生まなきゃいけないわけだよ
だからそこへの想像力をマイノリティにも
マジュリティの人には持ってほしいなって自分はいつも思う
さっきのだからイスラエルにやられたパルシチニアンの人たちのっていうのも
どんな爆撃があった日も結局は飯を頑張って作ってる人々がいるってことよ
食卓を準備したやつがどっかにいる
もしかしたらそれはそこの家のお母さんかもしれないしお父さんだったかもしれないし
今日この家族がいるからとりあえずちっちゃい子の子もいるし
飢えさせるわけにもいかないし
どっかから何か食べられるものを集めて
とりあえず食卓を埋めようってする
今日1日を作らなきゃいけない
その下支えをしている人っていうのがどの家族というか
どんな人生にも結局はいて
本人しかいなければ本人自分でやるしかない
そういうところにその人の日常生活
コティディアンっていうさっきからフランス語で頭の中に出てくるんだけど
そういうものがやっぱりその人を支えるベースになってる
それをやってる時の努力の中にその人の個性も現れてくるし
考え方も出てくるしそこにその人の人間性も出てくる
どんだけ辛いことがあってもね人生って続いちゃうんだよね
そう食っていかなきゃいけない
だから戦争ってなんかその戦争知らないね