はい、というわけで録音を始めました。ちょっとなんかドキドキしちゃうけどね。
じゃんさん、ほんとよく喋ってるから、ミーティングとかでも。
ほんとですね。
気になると緊張しますけども。
今日もスペシャルな心理学者と呼んでよいか分かりませんが、まあ心理学者ですかね。
そうですね、だと思います。
心理学者の方に来ていただいて、研究の話を一緒にしていきたいと思ってます。
まず、みくにじゃんさんです。
今日はよろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。呼んでいただいて。
ウィン大学で、今、ポスト学で研究をしているみくにじゃんと申します。
よろしくお願いします。
お願いします。
さあ、どうしましょうね。
何からのしましょうね。
じゃあ、じゃんさんの、基本情報的なところで、どんな研究をしているかとか、
自己紹介の延長みたいな感じで聞いてもいいですか。
ウィン大学で今、ポスト学をしているんですけど、今いる研究室は、
視覚経験理学研究室って呼ばれる感じのところにいて、
視覚的な芸術だったり、視覚情報っていうのを人間がどういうふうに理解して評価して、
そこからどういう感情が立ち上がってきて、
そのプロセス自体が人にどういう影響を与えているのかっていうような、
その処理全般を見るような研究室に所属しています。
で、もともとは、学部生の時とか学生の頃は割と絵画を対象にした実験をよくやってたんですけど、
ポスト学になってからは割と絵画の枠を飛び越えていますか、
日常経験の中にある心理学みたいなところに目を向けて実験をいろいろしていて、
例えばその都市環境とか都市の空間を人がどういうふうに利用して、
どういうふうに知覚して、どういうふうに評価して、
人が幸せな暮らしを送るような都市環境をどういうふうに作れるのかみたいな研究もしてますし、
あと共同研究でしているのは、人間と動物の関係性みたいな、
その動物と人がどういうふうに知覚してて、
人がその動物の、やっぱり私も犬飼ってるんですけど、
そういう関係性ってものすごく長いんですよね。
犬とか猫と人間の生活の共存の歴史って、
その中で人に適応したというか、人がブリードしてるんですけど、
そういう知覚的な評価とか、感情の模倣みたいなものですよね。
おペットっていうのもすごい学習してるので、
そういう視覚的なペットの情報っていうのが、
人と動物の関係性を説明するのにどういうふうに役立ってきて、
どういう機能を果たしてるのかみたいな研究もしてますし、
いろいろセンサーつけて、
人がどういうふうに空間を動き回るのかみたいな研究もしてますし、
もちろんその一環の中で、
アートとか芸術っていうのが人の生活を豊かにしたり、
人の暮らしを助ける、手助けになるツールになるのかみたいな研究もしてるので、
何か問題解決のツールに使えないかっていう、
研究態度というか姿勢は結構一貫して変わってないんですけど、
もともとは行動分析みたいなものにすごい興味があって、
KO技術ってすごい行動分析で有名な研究室がたくさんあったので、
いやーここしかないと思って行ったんですよね、KO技術。
もともと勉強してることを何か解決だったり、
そういうふうな何か役に立ちたいっていう思いが結構強くてですね、
それで心理学が何かの解決になるんじゃないかっていうので、
高校生の頃はそんな感じでやっていて、KOに受験して受かって、
KOで行動分析の研究室に入るぞって、
すごい行動分析の本とかめちゃくちゃ読んでたんですよ。
で、その中でKO技術の中に、
日本で経験美学の研究室ってすごい少ないんですけど、
その中に一つの経験美学の研究室がKO技術にたまたまあってですね、
で、その先生の授業を受けてる時に、
絵画、心理学、絵みたいな感じだったんですね、私。
何をする学問だろうって純粋に興味があって、
ていうのも、もともと私美術館とか大っ嫌いだったんですよ、子供の頃。
絵画とかどうやって見ればいいかわからんし、
美術館とか行ってもめっちゃ疲れるし、
でも何を研究してるんですかって先生に聞いた時に、
絵画を心理学で扱ってるのはとにかくすごく難しいと。
なんで難しいかっていうと、個人差がそもそも半端ない。
私が見て美しいってものを他の人が見て美しいって言うとも限らないし、
それがどういうメカニズムで発生してるかっていうのをまだよくわかってらんと。
で、その先生に言われたのは心理学の学問としての、
歴史は経験美学長いんですけど、とにかくまだわかってないことがたくさんあって、
その経験するのがめちゃくちゃ難しい学派の一つなんだみたいな話をされたんですよ。
で、それを聞いた時にですね、なるほどと。難しいのかと。
でも、難しい、そもそもチャレンジが好きなので、難しいとか言われると解決したくなる性格なんですよね。
っていうので、そんなに難しい心理学の学問があるんだったら、
その学問を行動分析だったり、他の心理学で知られている問題解決のアプローチを使ってアプローチできないかと思って、
絵画とか芸術の心理学に入ったっていうのが、そもそもの研究の始まりでしたね。
難しいって言われてテンション上がったんですよね。
はい、超上がりました。
で、難しいと言われてテンション上がって、その画家科に入ったのはいいんですけど、
次にぶち当たる問題がですね、やっぱりそもそも興味ないとあんまり身が入らないんですよ。
そう思いますね。
最初はすごい面白い問題なんだなって研究したのはいいんですけど、
ちょっとやるにつれて、そもそも経験美学とか学会とか行っても、
アートがものすごく好きな人とかが多いんですよね、私の研究分野って。
もう自分でアート作ってますとか、子供の頃から美術館大好きですみたいな人がめちゃくちゃ多いんですよ。
で、そういう話に囲まれながら研究をしてることに気づいてですね、学分とかその博士の途中ぐらいから。
で、その中でちょっとミニミッドライフクライシスみたいなのに壁に仕当たりまして、
いや、こんな態度で私みんなすごいモチベーション高いのに、
そんな中で私こんな感じで研究してて本当にいいのかなみたいなのをつらつらと考えるようになるんですね。
そんな困難をしてるうちにWINでポス読とかを始める前かなぐらいに、
いや本当にこれ次にポス読に進んでいくんだったら、本当に自分がもう心から面白いと思って、
これで何か世界を解決、問題を解決したいって自分から本当に内側から湧き上がってくるようなモチベーションがないと、
たぶんアカデミアはもう生き残っていけんと、論文書かなきゃいけないし、
課研費とかもう今日放送とか大変だし、
自分の中のモチベーションがやっぱりないとダメだってことに気づきまして、
ようやく博士終わって。
で、その辺からですね、エイブリデイエステリックスっていう研究内容にどんどんシフトしていったんですね。
っていうのも、私、もともと家庭環境というか育った環境からして、うち父が料理なんですけど、
料理人だったりデザイナーだったりインテリアデザインとか、そういう、なんていうんですかね、
ものすごくプロフェッショナルで完成経験をマスターしてるみたいな人が私の周りにはすごく多かったんですよ。
で、その食経験だったり、デザインだったり、音楽だったり、触覚だったり、
なんていうんですかね、質感みたいなものにものすごく長けてる人が周りにいて育ったっていう影響もあって、
私の中では、これ本当にすごいなとか綺麗だなって思うものは、絵画っていうよりもやっぱり身の回りね、
自分が毎日毎日の経験の中で経験するようなものがものすごく多かったんですよね。
そういうものに着目して、視点をちょっと変えて経験美学の研究で扱えないかって思うようになってから、
日常経験の経験美学っていうのにテーマを変えるようになって、今に至るって感じですかね。
なるほど。そこの変えようと思ったのに、もうちょっと聞きたいんですけど、
ずっとやりたくて、いい区切りでそっちにシフトしたみたいな感じなんですか。
そうですね。でもきっかけとしては、これも私いろんなところで言ってるんですけど、
博士にいたときに、私、研究者としては論文とかの成果が出るのが結構遅かったんですよね。
最初、博士1年、2年目ぐらいのときに論文書いてたんですけど、論文が全然世に出なくてですね、
めちゃくちゃ時間がかかったんですよ。最初の1,2,3本ぐらいの論文が出るまでに。
で、そういった生活をしてる中でですね、私はものすごくストレスをかかるようになりまして、
そこから不安症がみたいなのになっちゃったんですよね。周りと比べるし、周りからも成果はどこにあるんだみたいな感じのプレッシャーを
言われないにしても自分で感じるようになってしまって、不安症がみたいな症状が結構大きくなってきちゃってですね、
ひどかったときはもう外に出られないみたいな、バスにも乗れないみたいな感じの症状というか、
心理学で言うと内受容感覚とか言ったりするんですけど、自分の鼓動だったりだとか脈拍だったりとか、
自分の体の中の感覚に異常に敏感になるような症状がすごい強くなってしまって、
で、その病気不安みたいなのもすごく、外に出て具合が悪くなったらどうしようっていうような不安を抱えることが
すごい長くなってですね、その症状がずっとあって、本当に長いことそれと戦ってたんですね。
5、6年ぐらい、25から30ぐらいかな。で、いろんなストレスが原因だということは分かってたので、
自分も心理学やってたので、いろいろ心理療法だったり、テラピストの方とかいろんなところに行ったんですけど、
なかなかやっぱり自分に合う先生を見つけるまでに結構時間がかかったんですけど、
その最後に会った先生が認知療法の先生だったんですよ。認知行動療法の先生で、
その先生から、ウィンで出会った先生なんですけど、パニックになりそうな時に、
自分の五感の情報だけに集中するような努力をしてごらんって言われたんですよね。
で、なんでもいいと。3つ、自分の五感の中で身の回りにあるようなものに集中してごらんって言われたんですよ。
なんでもいいんですけど、自然の色でもいいし、自分がどこかに座ってるんだったら、
その座ってる椅子の質感でもいいし、そういう五感から得られる情報に、
自分がどういうとこにいるのかっていうところに集中してごらんっていうアドバイスを、
ものすごい簡単なアドバイスじゃないですか。特に薬を飲むわけでもなく。
で、それに集中し始めてから、本当に嘘のように良くなったんですよね。
で、それがその五感のセンサリングっていうのが、こんなにも簡単な解決な糸口になるのかっていうのを
自分で体験してから、環境デザインとか日常の中にあるセンサリーインフォメーションと言ったりしますけど、
あれでしたっけ、美術館でも研究されてたんでしたっけ。
これはですね、これはコロナ禍での実験だったんで、
基本的にオンラインとか実験室でやってた実験が多かったですね。
美術館でやらせてくれるところがあれば是非やってみたい。
今回の論文もそうですし、
やっぱり身体的な疲労とまた違いそうだというか、
それもあるんだろうけどみたいな。
美術館でただただ2時間歩いてて疲れるなとか立ってて疲れるなみたいなのも、
分からずあるなというふうに思っていて。
実験数で起こるってことはそれだけじゃないんだよなっていう。
もちろん美術館とかで見るときは、
身体の疲れっていうのはある程度あるけれども、
注意の減算とか評価が下がっていくっていうのを説明するのに、
どれぐらいの割合で身体的疲労が関わってて、
どれぐらいの割合で飽きが説明できるのかっていうのを、
細かく隅分けて見ていくためには、もうちょっと研究が必要っていうのはそうでしょうね。
ただ陣平さんがおっしゃったように、実験室でも起こるなら、
やっぱりそれはもう一つのエビデンスとして、
身体的疲労だけでは説明できない何かが関わってるっていうのは言えると思いますね。
なるほど。
身体的疲労以外のところで、どんな要因が考えられるのか。
いろいろあるんですよ。
いろいろあるんだよ。
いろいろあってですね。
身体的疲労もあれば、飽きとか慣れみたいのもありますし、
あるいはその、日本語でなんていうのかな。
情報型、いろいろ短いタイムスパンの中で、
いろんな作品を処理したりだとか、いろんなラベル、その作品の情報を読んだりして、
そもそも処理する情報量が多いから、それによってストレスを感じてて、
精神的に疲れてるのか。
あるいは、美術館ってそもそも私たち毎秒毎秒意思決定してるわけですよね。
っていうのも、どの作品を自分が見たくて、どのルートをたどりたくて、
どの作品を見るかを決めるためには、自分でその道を決めなきゃいけないし、
作品自体も決めなきゃいけないし、みたいな。
そういう複雑な意思決定が降落してるような環境で、
そもそも一つの要因の効果を検証するのってめっちゃ難しいんですよ。
そもそも美術館で実験をしようとする段階で、
全てが関わってる可能性が高いので、それをひも解いて
一つ一つどれぐらいの効果があるのかって見るのはめっちゃ難しいんですけど、
いろんな可能性が言われてると。
そういう文脈の中で実験室っていうのは、ある程度いろいろな要因を
コントロールするのには適してる環境なんじゃないかっていうのも、
実験室研究をやってるモチベーションの一つではありますね。
もちろん実験室の中でも目が疲れたりとか体が疲れたりとか、
同じ姿勢をとって疲れるみたいな身体的な疲労はありますけど、
美術館と比較したときに比較的身体的疲労の度合いは低いと。
そういう中で他に身体的疲労がある程度コントロールできてる状態の中で、
じゃあ他の要因がどれぐらい関わってるのかっていうのを
見ようというモチベーションではあったんですけど、
今回の論文の中で私たちが注目したのは
潤下と言われてる現象です。
なんでそもそも潤下に着目したのかっていうのも、
そもそも潤下って行動分析の中でめちゃくちゃ研究がされてる分野なので、
それはその行動分析とかそこから分かっている知見を使って
博物館披露っていうのをどれぐらい説明できるのかっていうのを
見てみようっていう感じの実験でした。
どんなデザインだったかもうちょっと教えてください。
デザイン説明するのめちゃくちゃ難しくてですね、
そもそもその潤下って呼ばれる現象自体の定義が
博物館披露の現象とすごく似てるんですよ。
美術じゃなくてもいいんですけど、例えばハトとか
例えばラットとかでやってる実験とかでも、
実験動物とかって実験箱の中でボタンプッシュとか
しますよね。そういう反応自体が時間の経過とともに
どんどんどんどん少なくなっていく。なのでその行動自体が
減っていくっていうのを定義としては潤下っていうのは
博物館披露の現象とすごく近いんですよね。で、その減っていく
理由ですよね。というのがどういう理由でその
行動が減ってるのかっていうのを、
潤下研究の文脈の中で説明しようしたときに、やっぱりその
体の疲れっていうのは一つの大きな要因としてあるんですけど、
じゃあ体の疲れだけじゃないっていうのを証明するために
どういう実験デザインが考えられるのかっていうのを行動分析の
研究は結構してるんですよ。長い間。で、例えばラット
私が引用したのはラットだったかな。ラットにボタン押し
みたいなのをさせて、ボタン押したら餌が出るみたいな実験パラダイム
みたいなのを学習させたときに、やっぱり飽きてくるんですよね。お腹いっぱいになってくるし
そういうときに、もしそのボタンを押すっていう
体の疲れっていうのもあると思うんですけど、それが原因で
その反応の現象が起こっているのであれば、押し続けていったら
時間の経過と長くなって、時間の経過とともに
その反応が下がっていって、何か寝たりとか
身体的な休息を入れないとその反応は復活しないはずですよね。
ただ、これまでの研究の中ですね、例えばボタン押しずっと
してます。で、そのボタン押しをしている最中に、例えば
実験ボックスの中の環境が著しく変わるようなイベントが起こります。
例えば電気が消えたりだとか、あるいはものすごい大きな音が鳴ったり
だとか、そういう環境の変化って直接的には
身体の疲れを回復しませんよね。ただ、その環境の変化が
あった時に、動物のボタン押しの行動が
吊られて上に上がるというような研究が報告されているんですよ。なので
そういう文脈を考えると、身体の疲れだけじゃなくて
そもそもボタンを押しているっていうその行動、その環境
自体に動物とかその個体が慣れてきて、それにその
環境に注意をまた払わなきゃいけないシグナルが出てきた時に
その行動が復活するんじゃないかっていうのを持って
その飽きとか慣れっていうのが身体的疲労の他にも
原因として関与してるんじゃないかみたいな
実験パラダイムがあるんですよ。昔から。で、私は
その実験パラダイムをこの博物館披露の中でも応用したんですね。
この実験ではですね、120枚だったかな。
絵画使ったんですけど、で、実験条件
実験条件と統制条件っていうその
明確な区別はないんですけど、そもそも被験者さん2群に分かれてて
で、何が違ったかっていうと、その絵画の定時順序っていうのを
変えたんですよね。この2つの実験の中で。で、1から
1枚目から120枚目の絵画を見て、そのどれぐらいに
鑑賞時間が変化していくっていうのを追跡するっていうのは2つの実験
同じなんですけど、その絵画の順番を違った順番で見るっていう2つの
条件で比較してます。で、1つの条件っていうのは
実際の美術館の展示とかを思い浮かべていただいたらいいんですけど
例えば時系列順で展示が行われてる
ところってありますよね。16世紀から19世紀にかけてみたいな。で
そういう刺激セットって、その例えば16世紀セクションの中に
いろんな絵画混じってますよね。肖像画だったり風景画だったり
いろんなその刺激のバラエティが多いような条件がまず1つ。
で、もう1つの群では刺激カテゴリー順に並べたんですよ。
例えば美術館で言うと1つ目のセクションは
肖像画のセクションで、2つ目のセクションは生物画のセクションで
みたいな、似たようなテーマの作品を連続してみるみたいな
感じの群を設けた時に、私たちの仮説としては
新規性がより高い、つまり実体列みたいな順序の時では
博物館披露みたいな披露というか、その巡回の速度が
遅くなって、カテゴリーみたいな、ごめんなさい間違えました
カテゴリー、似たような刺激を見る群の中では
巡回の速度が遅くなって、新規性が高いような順序で作品を見る時には
その鑑賞時間の減りが遅くなるんじゃないかみたいな
仮説を立てて実験をしましたね。で、そうじゃなかった
っていう結果だったんですよね。
なので、やっぱりこの実験だけをもって
その巡回っていうのが関与してないって言い切ることは難しいんですけど
私たちが使った刺激とこの実験のパラダイムの中では