はい、始まりました。 inajob の試しに録音してみた、略してため録、talk40ですね。
このポッドキャストは、30代後半、ものづくりが好きで子育て中のエンジニアである inajob の何でもない雑談をお届けするポッドキャストになっています。
それでは始めていきます。
では、前回の振り返りですね。
井戸端でいろいろ話をしていました。表現としてのものづくりをしていて、ものづくりの話をしている中で、
実は作ったものが表現だったんじゃないかって話が出ていましたね。
これ何の話かというと、自分はものづくりをしているんだけど、これは単にその確認作業のものづくりであって、
イメージキャストのお二人のような表現のような見せ方はしてないよねっていう話をしていたんだけど、話の流れで、
実はとは言ってもね、確認と言って作ってはいるんだけど、その作っているものも何か内なるモチベーションがあって作ったわけだから、
それは見方を変えたら、違う方面から見ると、一種の表現として捉えることも解釈も可能なんじゃないかっていう話を前回したわけなんですけど、
そこに関してそう思ったっていう意見をCFQさんとかMOTSUさんからいただきました。
そう、CFQさんね。今までCFQ2F7RULYPさんって呼んでいましたけども、直々にこの間、CFQでいいですよ、私のことはって言われて、
それで明らかだしなと思ったので、今日からそれで呼ぶようにします。そんなことを話していました。
前回のポッドキャストを振り返ってみると、振り返りパートが14分ありまして、全体で確か38分とかがあったので、半分ぐらい振り返りをしていて、
いいことだな、たくさんフィードバックをもらえていいことだななんて思っています。
で、それからですね、他何話したかっていうと、3歳の息子との電子工作をしている中で、実はこれワークショップにつながるんじゃない?って自分の中でね、
ワークショップするなんて考えてもないわみたいな話をした直後に、実はこれはこういう気持ちからワークショップ始めようって思うんじゃないかななんて話をしていって、
MOTSUさんが機運が醸されているとか、自分のために作るまでじゃなくて他人に公開するモチベがあるっていうのが、
ワークショップがしたいっていうところのモチベーションにつながるのかもしれないねというふうなコメントをいただいていました。
ちょっとこれを見てどうなんだろうなと思っていて、自分が何か公開することはするんですよね、確認作業とはいえね。
それは人のためにっていうのはもちろんあるんだけど、ある種の自己満足とかどうやってやりたいとか、自己実現、自己表現みたいなものなのかなって
感想を抱きながら、まてまて、自己表現って言ってるなーって思って、やっぱり私の作っているものも何か表現なんだなっていうところを、
ここの一連のやり取りをしながら再度確認できましたね。じゃあ何なんだ、何を表現したかったんだみたいなところを、私は自分に聞く必要が今後出てきそうな気がしますね。
それから前回、Futsuota自動生成システムの話をちょっとしたんですけど、タネノブさんからこういうのを使わせたいのであれば、
OBSっていう配信用のソフトがあるんだけど、それで使いやすいように作っておくといいんじゃないだろうかっていうアドバイスをいただきました。
確かにね、OBSっていうVTuberとかが多分使うツールだと思うんだけど、私も1回使ったことあるんだけど、
HTMLをオーバーレイで表示することができるんで、多分そのまま動くような、どうなんだろうな、ちょっとやってみないとわかんないですけど、
画面のサイズとかその辺が設定できるようになってればいいんですかね、ちょっとやってみようかなって思いましたね。
それから東急の命名の話で電子の軌道の話をちょっとしたんですけど、その流れでMotosuさんが場計画で右手系と左手系があって当時わからなかったので、
とりあえず右手、左手と仮置きして異論を作ったら、後にそれが正しいとわかったっていう、そんな話を思い出したよっていう話で、
この話は電子の軌道はK格から、KL、MってアルファベットのKから始まってるんだけど、これはさらに内側に軌道があるかもしれないから、
Aから始めずにKから始めとこうっていう風に仮定を置いてルールを決めたら、実はKが一番内側だったのでおかしなことになったって話なんだけど、
この場計画の話はAやで決めたことが結果的にうまくいったっていう例ですね。
それ以外でいうと、このうまくいかなかった話だと、電流と電子が結果として逆向きになってるっていうのは、これは予想が間違ったパターンですねっていうのも挙げていただきました。
そうですね。電流が流れる方向っていうのは電子と逆向きの方向になっていて、これは歴史的経緯によって電子が発見される前に、とにかく電流の向きを決めなきゃいけないっていうことがあって、
それで向きを決めちゃったんだけど、それは結果的に電子が流れる向きとは逆になってしまっていて、
今ね、そのままみんな覚えてますけどね、そういうこともありましたねなんていう話に広がっていって、
これは東急の命名の話じゃなくて、この予想してAやで決めたことがうまくいった話、うまくいかなかった話っていうところに雑談が広がっていていいなと思いました。
同じく東急の命名のところでCFQさんから21大集の命名を思い出したっていうふうに言われていて、
私はこれ聞いてパッとわからなかったんだけど、ページを作っていただいて何か見てみると、古今和歌集とか新古今和歌集とかこういう和歌集が21冊あるらしいんですよね。
それに名前がついてるんだけど、もう今言ったね古今和歌集と新古今和歌集あたりからなんか怪しい匂いがしてきますよね。
いろいろ見ると新俗古今和歌集とかもあるらしくて、もう本当に順番わからんってなりますけど、そんなのがあるんだなっていうのを教えてもらいました。
それから全体のところで春日さんからオープニングとエンディングの音楽、オープンハットのタイミングにものすごく違和感があるなんてコメントいただきました。
ちょっと私ね、この入りと出の終わりの音楽いつもオープンソースじゃないや、クリエイティブコモンズのパブリックドメインの音楽を選んで入れてるんだけど、
正直ちゃんと聴いてない、ちょろっと聴いた、いい感じと思ったら使うようにしているので、あまり意識してなかったんだけどと思ってて、
この収録前に一回聴いて確かにずれてるねって話しようと思ったのに聴くの忘れてたんで、ずれてるかどうか自信がないですがずれてるそうです。
ちょっと気になる人は前回話聞いてみてください。今回同じ音楽にするかは収録の後これから編集の時に決めるんでわからないです。
もしかしたら今回も同じようにずれてる音楽になってるかもしれないし違うのにしてるかもしれません。
前回の振り返りの中でもう一つあって、私のよく聞いているポッドキャスト、イメージキャストでワークショップの話を出てきました。
先週の話かな。その話もこの後したいなと思ってるんだけど、前回の振り返りコーナーじゃなくて普通に日記の中の話でしていこうかなと思いますので、その話は後話しします。
テッドさん曰く、学校以外のサードプレイス的な場所が自分が欲しかったっていうのがあって、それで今になって自分の子供を含めた他の子供たちのためにもあるといいだろうというところで、それを自分がやっていくんだっていう、そういうモチベーションがあるというふうにおっしゃってました。
そういうサードプレイスっていうのは、学校という場を相対化できるような別の場っていうのがあるといいんじゃないかということですね。この部分は私もすごい共感するところがあって、自分も振り返るに、人生において、そういうサードプレイス的な場所が結構いろんなフェーズで用意することができて、それによって自分という人物の成長がいいほうに動いたような実感があります。
場というほどじゃないんだけど、例えばうちの親は大人の集まり、子供が普通来ないような大人の集まりに私や弟を一緒に連れて行くっていうのを結構やってくれていて、置いとくのが心配だったとかっていうのもあるし、自分が参加したいからしゃあなしに子供を連れて行ってたっていうことが実態だと思うんだけど、子供としてその時はつまんねえなと思っていたんですけど、後から考えるとやっぱりそういう場にいて大人と話したりとか、
いつもと違うコミュニティの人、年齢の結構離れた人と話すような機会があったので相対化はできてただろうなと思っていますね。
自分がちっちゃい時には山の教室っていう田舎なんでね、かっこよく言うとボーイスカウトみたいな集まりがあって、そこにも参加させてもらっていて、そこでの体験も結構いいものだったので、そういうサードプレイス的な何かが大事だよねってとこはすごく共感するし、
確かに今身の回りを見た時にそういう場があるかって言われると、ちゃんと調べてないからわかんないけど、私が欲しいような形のものはなさそうな気がするので、欲しければ作ったらいいんじゃないっていう気持ちになるのも確かにわかるって思って聞いていました。
ただなんか話を聞いていると、子供に何か良いことをせねばみたいな脅迫的なある種脅迫的なモチベーションがテッドさんには今あるように見えていて、なんかちょっと無理してそうで心配だなと思って聞いていました。
自分はね、こういうなんかね、やらねばとかって強く思う姿勢で何かやるのは長続きしてないので、あんまり勤めてやらないようにしています。
これは前回話した、勝手にやることっていうところの、勝手にやるっていう言い方にも現れていると思うんだけど、無理してやるんじゃなくて、ほっとくとそれをやらざるを得ない、やっちまうっていうようなものはどんどんやっていけばいいんだけど、やるべきだよね、では私がみたいな、そういう何だろうね、理論だけでやるべきって考えてやることはなかなか続けるのが難しいなと個人的には思います。
もちろんね、やるべきっていうところをちゃんとモチベーションにしてうまくいく人もいるので、無理してるって思ってるのはもう私だったら無理だなって思って聞いてたっていう感じですけどね。
テッドさんもそれが無理だっていうのはどうやら自覚もしてるらしく、エピソードの中では自分にブレーキをかけてみたり、やっぱりやったほうがいいんじゃないかみたいな、そういう心の葛藤なんかも含めて語っていただいていて生々しいなと思って聞いていました。
で、できる人がやるべきだよねっていう話はされていて、それは確かにそうで、ノブリス・オブリージュとかいうのかな、そういう思想もあって、それで物作りをできる第三の場所を作るってなると、やっぱり自分が作るべきだよねっていうか、作ることができるからやろうよっていう、そういう話になっていましたね。
で、そのメタな話として不具合があると思ったら自分で直すっていう、その姿勢を自分が実践してその姿を子供に見せたいんだよっていう側面があるっていう話もされていて、これもすごく納得していて、不具合があると自分で直すっていうのもそうだし、その姿勢を見せる、子育ての仕方として子供に何か教え込むんじゃなくて、大人が何かをしている様子を見せてそっから感じてくださいっていう、そういう教育の仕方というのが、
割と自分もそういうモチベーションがあるなと思っていて、私のまた話をしますけど、私はあくまで親がやりたいことを子供を巻き込みつつ実施するっていう感じでそういうのをやっていきたいなと思っていて、どこかで話しましたけど、自分の親がそうだったんですよね、その登山に連れ回される幼少期ではございました。
登山が良かったか、何だろうな、連れ回されて、登山良いものだと思ったかって言うとそんなことはないんだけど、その副産物として例えば自然科学にすごい興味が湧いているとか、あと登山の過程で行く地域のマイナーな科学感や博物館が結構好きだったんですけど、そういうのがいいなと思ったりとか、あとその登山中は暇なので、弟がいるんですけど、兄弟で暇つぶしの遊びを開発するいい機会になったなと思ったり、そういう副産物なんだけど、結果として得られたものとかもあったりします。
開発って言いましたけど、要は暇つぶしが上手くなったとか、ある種の忍耐力がついたみたいなところですね。
その中、そういう副産物もありつつ、あと親が本当に登山が好きで、子供を連れて行ってまでというのかな、人生をやらされ仕事とかではなくて、やりたくてやってる活動っていうのに打ち込む姿っていうのを見られたので、
自分も大きくなったらそういうものを持ちたいなとか、持つべきだろうなっていうふうな考えに自然に至るようになったので、そういうふうなことを自分も子供にやってあげたいなと思っていますね。
そういう話は確かね、トーク29のエンタメを見出す能力の時とか、うちの親もね、ものづくりを勝手にどんどんやる人だったんですけど、その話もトーク29なければ作ればいいってところでね。
私がクリスマスオーナメントをね、自作した話をしたんですけど、そんな中でオセロの駒を親が勝手に作ったとか話をしましたけど、
そういう親の姿勢が子供に影響を及ぼすのは、私が知っているので自分もそのようにしたいなーなんて思っているなーっていうのを思い出しながら聞いていましたね。
子供のために自分がやりたいことをやるというのはすごく自然なことだと思っていて、子供のためにやるんだと、自分はやりたくないけど子供のためにやるんだなんてことをやっていると、
なんかこれは子育て後の人生のバランスの取り方がすごい難しくなるんだろうなという気がしています。子供のためにっていうのが大きな主語になっちゃってると、
じゃあその子供が独立した時とか、子供がそれはやりたくないって言った時に、なんかこの不思議な変なモチベーションで人生をドライブしていかないといけなくなっちゃうと思うので、
できれば自分がやりたいことを子供と一緒にやるっていうスタイルでやっていきたいし、そうしかできんだろうなっていう気持ちが私はあります。
子供をきっかけで始めたことが、自分の新しい興味関心人脈につながるみたいなこともあると思うので、そういうのと併用していく感じにはなると思いますけどね。
ただ今、自分が興味を持っていたり関心があったり、そういう子育てプラス自分の興味の合う人脈みたいなのがあるんだったら、それを利用しない手はないので、
そういう意味でテッドさんの主催していただいたワークショップは非常に私のモチベーションとも合致したので、楽しく参加させてもらいましたね。
そんな話をイメージキャストのトーク178でしていただいていたので、私もそれに合わせて話していました。
その後はフリーランスの仕事の話、土日に仕事をするってどうなの?それは恥ずかしいことなんじゃないの?みたいな話とか、
自作キーボードの話とかをされていたので、もしイメージキャスト興味がある方は聞いてみればいいんじゃないかなと思います。
私の話とは関係なくなっちゃうので、ここら辺で感想のところはおしまいですね。
それからテッドさんから写真が送られてきまして、ワークショップの時の写真を撮っていただいてたんですけど、
すごい腕がいいって、腕は私わかんないんですよ。
わかる技量を持ってないからわかんないんだけど、私が撮った写真よりも明らかにいい表情をしているうちの娘を撮っていただいて、
それもすごくいい思い出になりましたね。
実はディスコードサーバーを始めてみました。
何も分からず始めてみました。
最近ディスコードサーバーを活用してコミュニティを運用している例を見かけることが増えたなと思っていて、
もともとディスコードって聞くとゲーム配信の界隈で使われているツールで使っている人がいるなぐらいだったんですけど、
最近電子工作だったりとか、それこそポッドキャストのコミュニティとしてディスコードを使われている話を結構見かけて、
自分もいくつかのサーバーに入れてもらったりしていて、
なるほどこういうものなのねっていうのはなんとなく分かってきましたっていう感じです。
特に私がおじさんみたいな発言するんですけど、
若い人の間でこのSNS、Yet Another SNSとして使われ始めている雰囲気が感じられています。
私たちおじさんからするとですね、
SNSっていうのは草の根の頃から知っているから、
なんか好きに自分の発言を壁に向かってする場所でしょっていう第一印象がまだまだずっと残って使ってますけど、
振り返って今のツイッターXを見てみると、
もうそういう場じゃないよねっていう風な感じがしました。
初めて今のXをパッと見たときに、
それをそういう壁に向かって、
誰に聞かせるでもない話をする場所って捉えるかといったらそんなことはなくて、
もっとそのインフルエンサーの人が話した内容が何十万何百万いいねされているやつが、
ボンボンボンボン流れてきて、
個人の話なんてのは全然流れてこないような場所とかに見えたりとか、
あと炎上している場所に見えたりとかっていう風に多分見えるんだろうなと思っていて、
そのXで子としての発言をするっていうのは、
あんまりそういう場所の第一早期にはもうならないんじゃないかなという気がしていて、
そのカウンターがディスコードなのかは知りませんけども、
まあでもそういう若い人がやっているっていうのもあって、
やってみないとわからないと思うんで、
私はまだXを自分のつぶやきをする場所だっていう認識はあるので、
それでいいじゃんって気持ちもあるんだけど、
でも批判しててもしょうがないんで、
ちょっとやってみようと思って、
自分のディスコードサーバーを今用意しています。
で、一方でこのタメロクは、
スクラップボックスプロジェクト井戸端に対応するページを作って、
そこで感想だったりコミュニケーションをしているっていうところがあるので、
実はもうそこでいいじゃん、
ディスコードっていうのは打則じゃねっていう考え方もありますが、
で、なんかわからないですね、
私の中でスクラップボックスはすごくいいツールだと思っているし、
今井戸端にいる人たちもそう思っていると思うので、
その考えからするとディスコードってのはスクラップボックスよりある種劣ったツールだと、
というかなりの主観を持った評価があるので、
ディスコードを今持ってくるっていうのはなんかちょっと打則感がすごいんだけど、
でも多分この考えは間違いで、
ディスコードにはディスコードの得意なコミュニケーションの仕方があるし、
スクラップボックスにはスクラップボックスの得意のやりやすいコミュニケーションの方法があると思ってるし、
どっちが好きな人もいるだろうし、
特にこのディスコードサーバーの中でも、
今回は私のディスコードサーバーっていう人を中心としたコミュニティを作ろうとしているっていうところが、
まだちょっと自分の中でも挑戦だなと思っています。
人を中心としたコミュニティの反対としたトピックを中心としたコミュニティっていうのがあると思っていて、
ディスコードではないですけど、
私がやっているものづくりのためのスクラップボックスプロジェクトであるファブウィキとか、
子育てのスクラップボックスもやっていますけど、
こういうようなトピックを中心としたコミュニティになっていて、
コミュニケーションをするというよりは、そこに情報を集めたりとか、
あるトピックを中心にそれに関心のある人が集まっているっていう形になっているんだけど、
人を中心としたコミュニティっていうのは、
ポッドキャストは間違いなくそうなんだけれど、
これはコミュニケーションというよりは一方的に伝えて聞いてもらっているっていうところもあるので、
もう少しやりとりを頻繁にする場としてのスクラップボックスとかディスコードを考えてみると、
最近の言い方でいうとファンコミュニティとかっていうのかな、
ファンっていうと、いわゆるアイドルとかタレントの人がファンに向かって何かコミュニケーションするようなイメージがあるけど、
そういうトップダウンというかヒエラルキーがあるようなものではなくて、
もう少しフラットな、単純に私に興味のある人が私と何か話がしたくてやってくる場とか、
そういうふうな育ち方をしてほしいなと思って、
人を中心としたコミュニティをできればいいかななんて思って作っているところもありますと。
私の発信としてはいろいろ発信をしていて、例えばTwitter、Xに発信をしてるし、そっからポッドキャストをやってるし、
さらにその集まりのディスコードを今回作りましたけど、この順番かな、X、ポッドキャスト、ディスコードの順番で、
より私に近づいてきてる感じの場になっていると思ってます。
近づけば近づくほどノイズも多くなると思っている。
その私に興味があるんじゃなくて、私の発する電子工作の話に興味があるとか、
私の発する子育ての話に興味があるとか、そういう人もいると思うんですけど、
そういう人は多分近づきすぎるとノイズが多くなるから適切に距離を置いて、
ポッドキャストXのところで止まっといてもらえればよくて、
いやいや、私そのものに興味があるんだよっていう人はどんどん近づいてきてもらって、
ディスコードのところに来るといいんじゃないかな、そんな興味のある人いるのかっていう話もあるんだけど、
一応場として用意しておくことは損ではないと思うので、
そういうのを用意しているかなと思っています。
こういうある種の興味のある人を集めて、
クローズドな、誰でも入れるようにはしますけど、
ある種反クローズドなコミュニティを作るっていうやり方は面白いなと思う反面、
あんまりたくさんの人をそれでつなげることはできないなと思っています。
Twitterとかみたいな感じでフォロワー7000人とかってなってますけど、
そういうのは無理じゃないですか、7000人のディスコードに入って何かコミュニケーションするのは無理だと思うので、
このやり方はかなり多くの人とやり取りをするための仕組みではないなと思っていて、
みんながこんなことを、私の友達の興味のある人がみんなこれをやり始めたとして、
私がみんなそこに入るかっていうとそれはしないので、
スケールしないやり方をとっているなという気はしつつ、
どういう時にXで追いかけていったらよくて、
どういう時にディスコードに入ればいいのかみたいなのもちょっとやりながら、
自分も人のディスコードをどうやって選別しているかみたいなところを考えながら運用していきたいなと思っていますね。
私が参加している個人ディスコードサーバー、人を中心としたコミュニティでいいなと思うやり取りは、
個人の活動とかに対する助言とかを周りの参加メンバーの方たちが進んで行っているような、
そういうやり取りのアルバが結構いいなと思っていて、
助言も教えてあげるよっていう上からでもないし、
ぜひ話させてくださいっていう下からでもなく、
お裾分けとかお互い様とかコミュニケーションよくみたいな、
そういうものにドライブされて行われているもので、
どっちが上、どっちが下とかではないウィンウィンの関係から生まれているように見えていて、
こういう場ができると嬉しいし、
私のディスコードがそうなるかわからないけど、
そういう場があったら私も参加したいなと思うし、
そういうものをどうやったら作れるのかとか、
どういう条件が揃うとそういう場になるのかみたいなところにも興味があるななんて思っていますね。
なんかこれはすごいカトキーで、こういう自分の周りに何かコミュニケーションできる主体がいて、
その人と話をしながら自分の行動を決定していくような、
そういう時代、そういう仕組みが、
なんかこの今最近流行るAIとかの活用によって来るんじゃないかなと思っています。
わかんないけど。
その予習として人間間でこういうお互いがお互いのアシスタントになっているような、
そういう構造を作るっていうのは、
ちょっとそういう未来を先取りする意味でも面白そうだななんて思っています。
ディスコードに限らず、私はスクラップボックスプロジェクト井戸端にもその系を感じていて、
今こうやって話して悩み事だったり今やろうとしていることをちょっと書くと、
それを付随する情報を何の尊徳感情もなく伝えてきてくれる主体が、
人たちでいうのはそういう機能を持った場っていうのがあるっていうのは一つ場所を知っていて、
それがスクラップボックスプロジェクト井戸端なんだけど、
それがスクラップボックスが適しているのかディスコードでもそういうことができて、
ある場合にはディスコードの方が有益というか時系列に沿って、
サッと隙間時間にかけるとかっていう意味ではディスコードの方が良さそうだし、
なんかそれぞれ比較することもできそうだし、
両方やってみようって思ったりして始めてました。
長いな、モチベーションの話こんな長くして大丈夫。
予防線としてね、始めたけどかんこどりですと誰もこんですってなる確率はすごく高くて、
別にそれでも始めりゃいいとは思うんだけどね、別に金払ってるわけでもないし、
誰かに対して恥ずかしいってわけでもないんだけど、
でも私はもうおっさんですから、そういうちょっと失敗するかもしれないことを挑戦するのは、
こんな些細なことでもなんか嫌なんですよね。
嫌かどうかわかんないけど、ちょっとネガティブに思っちゃうんだよね。
予防線としてね、これもし誰も来なくても私が使える場所になるっていうその言い訳が立つのがいいなと思ってね。
予防線としてね、ここは私の発信の情報、私が発信する情報が流れる川だと、
そういうたてつけで作ろうと。
だからもし誰も人が来なくてもそこには川が流れてるだけなので、
なんていうのかな、自分が川を見るために川を作ったんだっていうつもりで、
まずは自分用に作ったっていう予防線がありますというか、
そういう予防線を思いついたから作るに至りました。
変わってどういうことかというと、私の発信したブログのポストとか、
私がSNSに書いた内容とかが、ボットがいて、そのボットが私の発信をRSSとかをチェックして、
その内容がどんどん適切なチャンネルに流れていくような仕組みを作っているので、
誰も発信を、誰も参加しなくても、誰も発言をしなくても、
このディスコードチャンネルには私の活動の足跡がどんどんどんどん残るという仕組みになっています。
とか言って予防線を張って始めたら、井戸端から何人か参加してきてくれていて、
別に何か盛り上がってるってことはないですけど、参加してくれて、
いろいろ最初は話をしたりとか、あとCFQさんなんかは過去回、
このポードキャストの過去回を聞いて、その感想をだらだら書いてくれたりとかしていて、
非常に好きに使ってくれていいのよという気持ちで私は思っているんだけど、
本当に好きに使ってくれていて、何かが起こる予感みたいなのをしてきています。
こういうね、まず最初の私がやろうよって言って始めたところに対して、
さっと入ってきていろいろ活動を展開してくれている。
これはセカンドペンギン的行動ということで、非常にありがたく思っています。
二人目に踊るバカになれなんて話もありますけども、
そんな感じでCFQさんには非常に感謝しつつ、
みんな別に使い方があるわけじゃないんですよ。
ここまで話したところ、何も私は計画がないので、
イナジョブ川っていうのがそこにあった時にみんなどうする?
何かしたいことはある?っていう状態で、とりあえず川を開放しますので、
皆さんぜひ来てみてくださいっていうところですね。
予防線があったのもそうだし、あと2月なんかね、私健康のコーナーでよく言ってますけど、
そわそわするっていうね、どうも落ち着きがない。
自律神経の乱れもあって、ちょっとねメンタルに来てるところがあって、
別に落ち込むとかじゃない、落ち込むちょっとあるけど、
気分が安定しないこととか、あと集中が途切れちゃうっていうのがあって、
その集中が途切れるってことはつまり、
いろんなことに手をつけたくなるっていうそういうメンタルなので、
逆に言うとこういうディスコードを始めるみたいな、
普段だったらちょっと尻込みしてできないようなことも、
やるかっていう、そういう気持ちに慣れる時期っていうのもあって、
それで始めてるっていうのもあるんじゃないかなと思っていますね。
そんな感じで始めたディスコードサーバーなので、
ぜひこの概要欄から、たぶん概要欄とか、
あと井戸端の該当ページにリンクを置いておきますので、
興味のある方、その川どんな川か見てやろうっていう人は、
ぜひ参加してみてくださいね。
今んとこね、作って便利に思ったことは、
聞いてるポッドキャストをメモするとかの時に便利で、
メモだったら別にGoogleキープでいいじゃんって話もあるんだけど、
時系列でどんどん書いていけることもそうだし、
もしかしたら私のポッドキャストと同じものを聞いてる人がいたり、
この私の書き込みを見て、
そのポッドキャスト面白いって思ってもらえるかもしれないし、
そういうもしかしたらも期待しつつ書ければとして良さそうだし、
モバイル端末からも書きやすいしね。
あとこれはこの場に書くべきかってね、
例えばXだったり井戸端だったりで思うような内容のこともあるんだけど、
一旦そういうチェックは無しで、
プライバシーさえ守ってれば書いていいやって思える場として、
このDiscordがあるなーっていう風に1週間運用して思ってみたりとかしました。