江沢民元主席生誕100年記念大会の開催
この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で、 多様な視点を提案するCatch Up。
月曜日は、元RKB開設委員長で、福岡女子大学副理事長の 飯田和郎さんです。
飯田さん、おはようございます。
はい、おはようございます。
さて、先週の…先週か、この時間はですね、 先日多開した中国の主要記元首相を取り上げました。
かつては、中国のゴルバチョフとも呼ばれましたけどもね。
で、その主要記使がまあ首相在任中に支えていたのが、 高拓民主席ということになりますが、
先日その高拓民主席生誕100年の記念大会が、 先週の17日に盛大に開催されたということで、
今日はその記念大会から見えてくる中国政治の 現在地を探っていくということですね。
高拓民主要記、この時代が1990年代から 2000年の初頭にかけてありました。
高拓民さんは4年前の2022年に亡くなったんですよね。
生まれたのが1926年の8月17日。
生まれてから丸100年の今月17日がちょうど100年ということで、
北京の人民大会堂で式典が開かれました。
高拓民氏は96歳で亡くなり、 そしてその主要記使は97歳で亡くなったということですけども、
中国の要人の方は印象として長寿の方が多い気がするんですよね。
確かにそうですよね。
東昌平さんですね。改革開放の代号でかけた人ですけど、
この方は30年前に亡くなったんですけど、 その時でも92歳だったんですよ。
もっとびっくりはですね、
今年3月にやはり最高幹部の一人だった 宗平という方が亡くなったんですけど、
この方はなんと108歳だったんですよ。
でも直前まで会議に出てたんですよね。
確かに長寿が多いですよね。
なぜかと考えてみると、日中戦争や国内での内戦、
これを戦い抜いた強靭な精神力と体力が 長生きに見つめているのかなと思いますよね。
それとくぐり抜けてきた権力闘争への執念というのが 操作したのかもしれませんね。
それはこの戦い続けた人生っていうものが 長寿の秘訣にもなっているってことなんですかね。
そうですかね。
中国の要人は引退した後でも 最先端の医療が施されるわけなんですよね。
田畑さん、このシーン覚えてますか。
去年の9月に北京でのことだったんですけど、
習近平主席が隣にいたロシアのプーチン大統領に こんなこと言ってました。
今世紀中に人間は150歳まで生きられるかもしれない。
マイクが拾ってたんですよね。
おっしゃる通り、この会話を中継マイクが拾ってたんですよね。
テクネロジーの発展を話すっていう会話の流れの中で 出た言葉なんですけど、
これだけ中国の要人に長寿が多いと、
この150歳まで生きられるかもっていうのは 単なるジョークじゃないような気もしますよね。
そうですね。
江拓民氏というと習近平主席の前の前のトップ ということになりますけども、
江拓民氏の生誕100年の記念大会というのは どういうものだったんですか。
江沢民氏の功績と習近平氏の政治的意図
会場の北京人民大会堂の一番大きなホールに 6000人が集まりました。
そこで習近平さんが江拓民さんの功績を称える 重要講話を行ったんですよ。
私から見るとポイントは2つ。
その2つはいずれも江拓民さんを称賛しつつ、
習近平自身が今成し遂げようとすることの 正当性を強調していたんじゃないかな、
そんな内容だったんじゃないかなって 私には思いますね。
その2つのポイントってどんなものだったんですか。
1点目は習近平演説のこの部分なんですよ。
これは江拓民さんが中国のトップに抜擢される前、 上海のトップだった時の行動についてです。
橋本さんに紹介してもらいます。
はい。1989年の春から夏にかけ、 我が国で深刻な政治的騒ぎが生じた際、
江拓民同士は共産党中央の正しい決定を 断固として支持し実行、
そして上海の安定を維持することに努めました。
この1989年の春から夏にかけて中国で生じた 深刻な政治的騒ぎっていうのは
天安門事件のことを指しているんだと思いますけども、
江拓民氏は上海をうまく治めたっていうことなんですかね。
そうですね。民主化要求をしていた学生市民に対して軍隊が発砲して、
多数の死傷者を出したのがこの天安門事件でしたね。
首都北京での流血とは異なって、 中国第二の都市上海は比較的平穏だったんですよ。
上海を混乱させなかった功績もあり、 江拓民さんは中国のトップに大抜擢されるんですけど、
この生誕100年の記念大会で改めて 江拓民さんは評価されたわけなんですよね。
これはもちろん中国共産党としては 江拓民氏の立ち回りは大きな功績なんですが、
これは同時に習近平さんが最も重要視している政策と一致する。
つまりキーワードで言うと治安・安定。
つまり江拓民氏を讃えることで安定を最優先し、 治安強化を進める自分の路線、
つまり習近平路線の正当性を アピールしたんだと思いますね。
確かに今の中国国内は締め付けが かつてないほど厳しいですからね。
ポイント2つ目は?
習近平さんはこんなことを言ってました。
我々は江拓民同士の揺るぎない政治的信念を 学べなければならない。
さらに江拓民さんのかつての発言を 引き合いに出していました。
共産党の路線や原則、党中央の要求に合致し 明確な判断が下されたならば、
迅速かつ力強く実行に移さなければなりません。
後期を逃す迷いや遅れは断じてあってはなりません。
中央委員会総会で協議されるメインの議題が 既に決まっています。
その一つの項目が全面的で厳しい党の中の政治、 党内政治なんですよ。
これは習近平さんの理念のど真ん中にある 統治方針なんですよね。
具体的には組織や規律、思想の引き締め、腐敗の撲滅、
そういうことで共産党の求新力や指導力を 強化するってことなんですけど、
今の中国の権限は習近平さん一人に集中してますから、
共産党の求新力や指導力を強化するっていうのは、
実はこれは習近平さんの権威をさらに高めることと 言ってもいいかもしれませんね。
確かにですね。
つまりは江沢民氏の過去の発言を引用しながら、
習近平さんとしては自分がやろうとしていることは正しい。
そしてそれについて来いと。
そういうふうな結びつけているようなことなんですかね。
おっしゃるとおりですね。
李強首相の発言と習近平路線への結束
この生誕100年の記念大会では、
習近平さんの演説に続いて李強首相も マイクの前に立ってました。
我々はより深く学習し実践を重ね、
習近平同士を核心とする共産党中央の周囲に
より緊密に団結しなければなりません。
習近平同士を核心とするってわけですよね。
習近平さんを補佐する李強首相が念をしたと言ってしまうと
言い過ぎかなと思いますね。
かなと思ってしまいます。
先ほど紹介したように、
政治的に重要な会議が始まっていくというタイミングで、
江沢民さんをたたえて、江沢民さんの功績をなぞらえつつ、
実は真の狙いは習近平路線の推進。
そんな意図が見えてこないだろうかなと思ってしまいますね。
中国の権力継承と江沢民派の排除
江沢民氏も習近平氏も、歴史認識問題では
日本に対して強硬な態度というイメージがありますよね。
そうですね。
中国のトップは江沢民氏から古今東氏へ、
そして現在の習近平さんへと継承されてきました。
でもですね、そこには派閥や系統の違いがあって、
さらに健忘術数が渦巻くわけなんですよ。
一枚はじゃないわけなんですよね。
江沢民さんと古今東さんは、そういうバックグラウンドが異なるので、
江沢民さんは自ら後押して古今東さんを据えたわけじゃないんですよね。
さっきも言いました、東生英さんが決めた陣地だったからなわけなんですよ。
江沢民さんは当然自分が築いておいた後、
古今東グループの勢力が拡大していくのは面白くなかったんですよね。
そこで習近平という人物を中央へ送り込んだわけなんですよ。
というと、習近平氏にとっては江沢民氏には恩があるという感じなんですかね。
普通はそう考えますよね。
ただし、これまでも紹介してきたように、習近平さんはトップになり、権力を固めていくにしたがって、
江沢民さんの息のかかった高級幹部たちを排除したり、時には失脚に追い込んでいったわけですよ。
江沢民派を追いやっていったわけですよね。
そして今日があるわけですよ。
その一方で今日紹介したように、習近平さんは江沢民氏の100年の記念大会を大々的に催して、
そこで江沢民同士に学ぼうと強調しているわけなんですよ。
江沢民さんの功績をなぞらえつつ、習近平路線を推進していくってわけです。
ですから、そんなことを考えると、やっぱり中国の権力の世界っていうのは奥が深いのと、恐ろしさまで感じてしまいますよね。
確かに怖さを感じますね。
まとめと今後の展望
ということで、この時間は飯田和夫のキャッチアップをお送りしました。
飯田さん、ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。