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さて今年はですね、戦後日本を代表する作家であります三島由紀夫が生まれてから
100年という節目の年になるそうなんですね。で、そういうことで著書の復刊やイベントなど各地で行われているそうなんですね。
2020年が没後50年ということで、その時にもいろんな催しがあったようなんですけれども、それから5年しか経っていない中での
生誕100年という節目になります。この三島由紀夫生誕100年をどう受け止めればいいのか。
またどんな意義があるのかということについて、毎日新聞出版社長の山本修司さんにお話を伺います。
山本さんおはようございます。
おはようございます。確かにおっしゃるとおり、5年前に没後50年があって、その後生誕100年。
ちょっと近すぎるんじゃないのっていうことを、ある人に私も言われたことがあるんですけども、
実はこの没後50年っていうのは2020年コロナ禍真っ只中でですね、
あんまり誰れ的な催しっていうのはそういう雰囲気ではなかったということをまた思い起こすんですね。
だからというわけではないんですが、今年が昭和100年、昭和何年かで100年ということもあってですね、
つまり三島の万年礼と昭和の愛美というのが一致していると。
三島の人生が昭和と並走してきたということもあってですね、
後にも触れますけど、この5年間で世界がさまがわりしたということもあって、
ここで三島文学、また三島という人間をですね、振り返ってみよう、改めて捉え直してみようというですね、
そういう動きが今、文学会とか出版会で出ているわけなんですね。
没後50年の年、あんまりいろいろなかったって言ったんですが、
実際ここには3月20日に三島幸男vs東大全共闘50年目の真実というドキュメンタリー映画があったんですね。
これ私も見たんですが、見た数日後に緊急事態宣言が出てですね、
この映画は上映が中止になってですね、
見損なった人もいっぱいいて、私も早く見てよかったなっていうのを今でも覚えてるんですが、
この映画というのは、1969年昭和44年ですね、5月13日に、
東京大学の駒場キャンパスの900番教室というのがあって、
今は公道として使われてるようなんですけども、
ここで三島幸男と全共闘の討論会があったんですね。
ここに唯一中に入っていたのがTBSでですね、
その撮影したフィルムを後制作映像として復元してですね、
さらに芥田雅彦さんとか、そういう元東大全共闘の論客ですね、
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こういった人たちとか三島を研究して本にした平野圭一郎さんとか、
こういった人たちを新たにですね、また取材して構成して映画にしたんですが、
そのエネルギーの凄さと言いますかですね、
東大だからというわけじゃありませんが、
その三島とその全共闘の人たちの知性というかですね、
その議論の深さに圧倒された記憶があるんですね。
それでその後5年間、いろいろありましたけども、
三島周辺で一つ言えばですね、金閣寺という有名な語編小説ありますが、
実はこの現代画の人間病、人間の病ですね、
人間病というふうに構想されてたということを示すですね、
三島の手紙がですね、去年の12月に見つかったんですね。
この手紙は、この金閣寺は新聴という文芸雑誌で連載されたんですが、
その始まる前年にですね、1955年6月と言うんですけども、
編集者にあてて書かれたもので、この中に小説のテーマについてですね、
題は人間存在という病気の治療法について、
あるいは人間病院というのです、なんて書いてあるんですね。
これも予布のですとか、ある日はという、
そういう形で書いてあって、
なかなか感慨深いものがあるんですが、
こういったことが書かれてたんですね。
金閣寺っていうのは、実際に起きた放火事件を題材にして、
筆音でですね、コンプレックスを持ってた学僧ですね。
この人は芸術家でもありますけど、
この人の心理を描いた作品ですけども、
この手紙によってですね、
病を抱える存在の人間がですね、
その病というものを芸術によって癒すことができるのかとか、
またその病を癒すことってのは人間にとって幸せなのかというですね、
若干難解なというか、深いテーマがあったことがわかったんですね。
ですからこれ生誕100年を前の大発見というようなことが言えるんじゃないかと思うんですね。
でまた、三島川の1970年ですね、昭和45年の11月25日に、
東京の市街にある自衛隊の中途市で活服自殺をしたわけですけど、
憲法改正、特に憲法9条の破棄をために自衛隊に空出たを呼びかけたというものですけども、
そのときにバルコニーで演説した際に巻かれた劇文というのがあってですね、
これを実は託された記者がおりまして、
これは我が社マニ新聞出版、当時はマニ新聞出版局と言ってましたが、
サンデーマン氏の記者だった徳岡隆夫さんという人にこの劇文が託されてたんですね。
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当時ですね。
でこの方が実は今年4月に亡くなったんですけども、
この劇文というのは、中身はですね、
道風の劇、劇文のことでですね、
道風の劇及び同志の写真は警察の募集を恐れて差し上げるものですから、
何卒うまく引得された上ご自由に発表されてください。
何卒何卒ノーカットでご発表いただきたく存じますと書かれたものと、
一緒に道風されたものを託されて。
これ新聞各紙も報じたんですが、
雑誌でサンデーマン氏だけが全文を掲載したという経緯があったんですが、
この方が、
くしこも今年4月に亡くなったという、こういう経過がずっとあったんですね。
この劇文というのはなかなか激しいものでですね、
我々は戦後に本が経済的繁栄にうつつを抜かし、
国の大本を忘れ、国民精神を失い、
本を正さずして末に走り、本末転倒ですね。
その場しのぎと偽善に陥り、自らの魂の空白状態へと落ちていくのを見た。
というようなことが書かれているんですね。
鋭い。
鋭いというか日本の腐敗したというか、
そのように捉えてという、ドッキリとするんですが、
実はこの活腹自殺する、4ヶ月前に書かれたエッセイでですね、
果たし得ていない約束というのもあるんですね。
これ実はすごく有名なんですが、
私は先ほど言った映画を見る前に、
ある人にこんなエッセイ読んだかって言われて、
恥ずかしながら読んでなくてですね、
それはもうぜひ読めと言われて読んだんですけど、
ここに書かれていることはですね、
その私の中の25年間を考えると、
この25年間というのは終戦後の25年ですね。
考えるとその空虚さに今さらびっくりする。
私はほとんど生きたとは言えない。
鼻をつまみながら通り過ぎたのだと書かれてるんですね。
この4ヶ月後に自衛隊に行って演説したのちに、
活腹自殺ということだったんですね。
三島は戦後の民主主義というかですね、
戦後社会を先ほどの劇部にまりましたけども、
鋭く批判してですね、
とりわけ憲法上の矛盾を抱えた自衛隊の在り方とか、
それから戦後に人間宣言した天皇制の在り方ですね。
こういったものに猛烈に批判をしてたわけですね。
またエッセイはですね、
多くの人が亡くなった大戦を検証することもなく、
平和を享受してきただけの日本社会を
鋭く批判したということですが、
その一方でですね、
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自らも書かれてる鼻をつまみながら通り過ぎたとか、
空虚にとか、ほとんど生きてないみたいな、
心境でも濃々と生きてしまったみたいなんですね。
そんなことに自己嫌悪を感じて、
自衛隊に結局促しつつ命を絶ったということで、
ここに多くの人が一つの恥ずかしさというかですね、
私もジャーナリズムに身を置く者としては後ろめたさというか、
そういうことを感じてですね、
節目節目で三島を捉え直してるんだろうなというのを、
改めて感じたわけですね。
先ほど5年間世界がさまがりしたと言いましたけど、
ウクラナにロシアが侵攻したのは2022年、
没後50年以降ですね。
イスラエルはハマスに侵攻を受け、
それでガザエ今度攻撃を激化してるというイスラエル戦争、
これは2023年ですね。
それから今世界を翻弄してるトランプ2期目政権っていうのは、
三島の100歳の誕生日の1週間後に始まったと。
彼は大正10年の1月14日に生まれてますので、
1月20日にトランプさんを承認したと。
今イスラエルがイランと戦争状態になってて、
アメリカはどうするんだろうっていうことで、
こういうふうには、この5年間でもこれだけ変わったわけですね。
ところが先ほどの三島の言葉を借りればですね、
トランプに言えばトランプ関税の問題ですね、
経済の問題ってのは相当取り上げられて、
議論もされてますけども、
じゃあ今起きてる紛争に日本はどういうふうに関わるんでしょうかとか、
もし日本が侵略されたらどうするんですか。
誰が日本を守るのか、誰が戦うのかとか、
そういったことについての議論っていうのはですね、
やはりちょっと足りてなくて、
実際そういう議論がないまま通常公開間もなく終わりますし、
7月に国政選挙もありますよっていう状況を見ればですね、
やはり三島が批判した戦後社会の全体状況ってのは、
あまり変わってないのかなと。
相変わらず思考停止というか、
そういうのが続いてるということができるんではないかなと感じるわけですね。
なんとも言えないこの感じというかですね。
でも私は特に三島の研究者でもないし、
特別ファンでも実はないんですね。
それでもなお三島の作品とか劇文とかエッセイを読んでですね、
時代の通ったことをやっぱり意識せざるを得ませんし、
なんて言っても45歳で亡くなってるんで、
いつまでも三島というのは若々しいというか、
老人になった姿見てないので、
私の親より年上生きてればですね、
年上なのに若々しさ、輝いてる感じがあると。
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大きな存在感を示してるということですね。
そういったこともあって、この生誕100年、
今年ですね、改めて三島作品に触れたりイベントに参加しながら、
私ももう一回その社会のあり方みたいなことを考えてみたいなと思うわけですけども、
リスナーの方々にもですね、
そういったことをちょっと問いかけたいなということで、
この100年、生誕100年を捉え直してみたいと思っているところです。
そうですね、本当に世界情勢のこの中で日本は、
こないだG7でね、やっぱりG7側についてるけども、
じゃあ日本は日本でイランに対しての考え方は、
ヨーロッパとアメリカとは違うわけですからね。
そうですね。
そういうことも、きっと三島由紀夫からすれば、
当時の自民党から、何をやってるんだっていう思いがあったんだろうなっていうのは感じますけどね。
少しね、日本も主催性っていうものをね。
アイデンティティを持てっていうことなんだと思います。
ただ僕ね、これで思い出しても、確かに金閣寺を大学生の方が買ったんですよ。
挫折しましたね。
じゃあ今改めて。
そうですね、もう一度読んでみると。
読みたいと思いながら、もう今老眼で字が読めない。
でも確かに改めてね、考えてみるきっかけになればいいかなと思います。
そうですね、素晴らしいことだと思います。
はい、ということで今日は三島由紀夫の生誕100年ということで、
私を伺いました毎日新聞出版社長山本修司さんでした。
どうもありがとうございました。