生物学者と書店員のインターネットラジオ、本の虫のススメ。
本を偏愛する生物学者のつばきと、書店員のさとが、本にまつわるあれやこれやをゆるっとお届けします。
今回も始まりました、本の虫のススメ。いやー、なんか感慨深いですね。 久しぶり。久しぶり。いや、久しぶりじゃないんだけど。
オンライン上ではね、全然久しぶりじゃん。 毎日のように、ラインしたり電話したりはしてるんですけど。面と向かってね。
今、横浜丹町の四人家書房って私たちが運営している本屋さんがあるんですが、そちらの本屋さんで2人で対面して、久しぶりに収録してます。
嬉しい。やったねー。
ていうかさ、なんかイベントで公開収録はしたけど、2人でさ、四人家書房で収録するのって何気に初?
え、初だっけ?あ、そうだっけ?
え、だって5月はさ、やろって言っててできなかったから。 すごいあの、突然2人のコミュニタ話。
で、3月はさ、やったっけ?ここで収録。
えー、やらなかったっけ?3月。でもなんかバタバタしてできなかったっけ?もしかして。
できなかった気がして。
おー、じゃあ初なんだ。
すごい、きれいにすべき日な感じ。
そうそう、あの、椿さんがあの、シンガポールにね、今住んでるので、なかなか実際にこう直接会うことができなくて。
そうそうそうそう。
そう、今日は椿さんは素敵なお衣装を着て。
イェーイ。これは去年ね。
カタツムリと、カタツムリを食べる、何て言うんだっけそれ。
マイマイカブリ。
マイマイカブリって言うのか。
そうそうそう。
虫?
名前の通り、あの、オサムシとか、あの、コウチュウとかの仲間なんですけど。
すっごいね。
あの、カタツムリが地域ごとにいろいろいるので、それに合わせてこう、いろんな顎の形がちょっと違う。
へー、食べるカタツムリに合わせてチェンジしてるってこと?
そうそうそうそう。
はー。
なんかで、あの、ここの虫飛べないんですよ。
あ、そうなんや。
そうそう、地上をうろうろ歩き回る、まあ私たちと一緒ですね。羽があるくせに。
羽があるんだ。じゃあ、タイカというか。
タイカ的な羽はあったはず、あるはず。
へー。
なんだけど飛んで移動っていうのができないから、なんか結構そうなるとさ、あの、
カバとかがあって渡りませんとか、道路ができました渡りませんとかね。
あー。
結構その。
あー。
なんていうの、バリエーションが結構こうなるっていう。
そうそうそうそう。
へー。
だから結構ね、あの、そういう生物学的にも面白い種類だし。
へー。
あと単純にやっぱりさ、あの、巻貝を食べるって言っても、鳥とかだとさ、口でバクバクみたいな感じで食べれるけど、
あの、からわって食べれるけど。
あ、からわって食べるのね。なんか、ちゅうちゅう。
鳥はね、あの、鳥はそう、そうっていう話。
あ、そうなんや。へー。
え、でもまあ、種類によるかもしれん。
あー。
でもなんか、あの、山とか歩いてたら、あの、たぶん鳥とかが食べたんだろうなっていう感じの。
うん。
あの、割られた。
か、かたつむりが。
へー。
ヤンバルクイナとかもかなり食べるよ。
あ、え、そうなんや。
私沖縄で調査してたんだよ。
はいはいはい。
よくあの、ヤンバルクイナがいる森だと。
ヤンバルクイナも飛べないんだっけ?
あ、あいつも飛べない、飛べない。
確かそうやんね。
うん。
顔がね、かわいい。
顔がかわいい。
そんな話してる?
あははははは。
そうなんや。あんまりちゃんと見たことがないかもしれん。
今度沖縄一緒に行きたいね。
あー、ぜひ。
バーズウォッチングに。
ぜひぜひ。
なんて贅沢な研究者と一緒に。
いやいや、理工探偵は私も完全に趣味やから。
なんか昔さ、あの、あの、トドロキ渓谷っていう東京都内にある渓谷を
あーうんうんうん。
二人で歩いたことがあったんですけど。
あったね。
その時に見てる視点が違いすぎて、
なんか私はこの木の木漏れ日とか、川のせせらぎとか、そういうとこ、
あ、綺麗だなーとか言って見てたんだけど、
椿さんは、あの、その斜面の方に、
確かハイヒールでツカツカツカツカって。
あの時なんか別に、トドロキ渓谷に行こうって約束したんじゃなくて、
じゃなくて、そうそうそう。
なんか近いし行かへん、あ、行こうやみたいになったから、
だからあれですよ、別にあの、ハイヒールでトドロキ渓谷行ったんねんと思ってたわけ。
じゃあないよね。
そうそうそう、いきなり行ったからあれなんですけど、
でもそう、なんか全然、なんかこう、その、見てる視点が違って、
斜面の陸外とかそういうところをやっぱり見てて、
全然見てるところが、なんか同じ景色を見に行っても違うなって思った。
いやそうやんね、私なんかこのラジオでも一回話したことある気がするんですけど、
私が行ったんじゃないんですけど、なんか苔の愛好会の観察会で、
面白そうやな。
そうそうやろ。
それに行った人の話か本で読んだかも、もうすべて忘れたんだけど、
すごい好きな逸話があって、
なんか苔ってさ、結構その、本当にどこでも結構生えてるやんか。
だからなんとか山の苔観察会みたいな感じだったらしいんやけど、
登山道の入り口に車止めるやん。
そしたら、なんか駐車場の苔がすでにもう豊かすぎて、駐車場から出れないまま帰った。
そういうの聞くとさ、だってほんまになんか世界ってなんか豊かやなってすごい思うよね。
自分がそれをさ、感じられないだけでさ。
そうそうそう、そうやんね。
だから皆さん、生き物おすすめですよ。
身近なほど結構その、日々の生活の彩りになるかななんて思ったりしますよね。
椿さんが海面すてきなスカスカっていう岩波書店から出てる本を書いてるんですけれど、
なんかその本も全然その、海面ってあのいわゆるその昔あれですよね、体を洗うのに使ってた海の生き物のスポンジ、
英語で言うとスポンジ、日本語で言うと天然海面っていうその生き物を椿さん研究してたんですけど、
その天然海面というか海面のことなんて全然その何も知りもしない。
そうやんね、なんかちょっと雑貨屋さんで、このサイズで2500円高いなぐらいの、
なんかそのぐらいの存在やね。
ロフトとかで見て、天然海面っていうのがあるんやっていう。
あ、えー、結構高いんやな、やっぱり貴重なんかなぐらいの、それぐらいのさ。
そうやんね、赤ちゃんの絵描いてる、母にいいんかなみたいな。
それぐらいの、天然だからいいんかなみたいな。
もやっと。
もやっと、ふんわりした知識しかなかったけど、
でも海面ステキなスカスカを読むと、人間との関わりが古くからあったりとか、
まあ身近な生き物だったりとか、他の生き物とも密接にいろいろ関わりがあったりとかして、
すごい面白くて、私あのイルカの話がすごい好きで。
イルカかわいい。
かわいいよね。あれ口糞っていうの?口の先?
長くなってる口先のところに。
そうそう。
そう、著者じゃないのにあれなんやけど。
なんか聞きたい。
なんかすごいかわいくて、イルカがその口糞って言われるその口糞の先にスポンジをひっつけて、
海の底をゴソゴソするんですけど、何をしてるかっていうと、
そのかわいいかわいいそのお口の先が岩とか貝とかかな、そういうもので傷つかないように、
スポンジで干渉剤として守って、自分のご飯を探してるらしいんですよね。
すごい賢いなっていうふうに思うんですけど、
なんかそういうふうにして、めっちゃ利用されるスポンジは、海綿はたまったもんじゃないけど。
でもまあ人間がその体を洗うのにその生き物を使うみたいに、いろんな生き物がそうやって関わり合って使って、
使って使われてしてるんやなっていうのはすごい興味深くて。
そう言ってもらえるとすごい嬉しい。ちょっと手前ミソなんですけど、
私最近なんかちょっといろいろ書き物してて、久しぶりに自分の本を読み直したんですよ。
そしたら経歴的にはいろいろと元研究者をやってて、
フリーランスのサイエンスライターっていう科学的な情報を専門に記事とかにするようなライターをやったりとかして、
いろいろその後自分の会社作ったりとか、いろいろやってるんですけど、
私のやりたかったことがもう後書きにすごい書いてたなと思って、
ちょっとそれが自分的に結構、自分が書いたことなのに新鮮に驚いたので、ちょっと読ませてもらいますね。
そしてこうやって読ませてもらいますねっていう時に、今本屋さんよにげ書房にいるので、
すぐに手に届く位置に海綿スティックのスカスカが置いてある。
これあの公開収録の時もね、そうやって私すごい喜んでて、
あの本に書いてて、ほらここにあるみたいなのができて、
きっとねそういうのここで収録またしていたらいっぱいあるんだろうなと思ってたけど、早速。
ちょっと長いんですけどちょっと読ませてください。
ちょっと背景を話しますと、私の出身の大学院の研究室っていうのが結構変わった研究室で、
なんか普通植物なら植物、貝なら貝、キノコならキノコみたいな感じで、
それぞれ扱っているその生き物っていうのはある程度限られるっていうのが普通なんですけど、
私が所属してた研究室は植物やってる人もいるし、その植物の花粉を運ぶ虫、昆虫の研究してる人もいるし、
また純粋に昆虫同士の関係とかいうのをやってる人もいるし、キノコとか、あとは貝、で私は海綿だったり。
で私実は最初に書いた論文は砂浜に住んでるお魚、魚の研究だったんですよ。
魚の研究やってる人もいたりとか、本当になんかありとあらゆるとは生き物が多様すぎるので言えないですけど、
でも本当に広い分野の、分野じゃない、広い分類群の生物を扱っている研究室だったんですね。
でなんかそういうところでこうやっぱり自分の研究観とか生き物を見る目っていうのが育まれたなと思ってるんですけど、
そういう流れがあってちょっと書いた文章なんですけれども、
私も先生や研究室の仲間たちと一緒にフィールドを飛び回り、分類群を問わずたくさんの生き物たちの生き様に触れるうちに、
生き物同士は食う食われるなどのわかりやすい関係だけではなくて、一言では表現できないような多種多様な関わり方をしていて、
名前のないたくさんのそんな関係たちが織り重なって、生き物の現在の姿や周りの環境が形作られていることに初めて気づいた。
そういう視点で一層歩いてみると、すべての生き物が複雑に関係し合う海の中で、背景に徹する生き物なんて存在するわけもなく、
それまでは面にも止まらなかった生き物たちが輝き出して、私の世界は一気に色づいた。
そのため海面の名前を冠した本書ですが、他の生き物との関わり合いや生態系の中での振る舞いを通じて、
生き生きとした水の中の世界の一端を感じていただきたいと意識して執筆した。
美容によっては針の穴から天を覗くようなやり方かもしれないが、
生物はみんないろんな生き物と相互作用しながら生態系を作っていくため、
どんなにちっぽけに見える振る舞いでもそれらが複雑に絡み合って全体に変化をもたらす。
そう考えると海面に限らず一つの生き物にこだわってその糸を手繰り寄せていくと、
いずれ生物学のもっと言うと自然科学の遠景、大きな景色が薄ぼんやりと見えてくるのではないだろうか、
っていうふうに書いてて、私のやりたいことってそういうことだなっていうのを改めてちょっと長かったんですけれども、
自分が成長っていう言葉好きじゃないんですけど、
全然前に進めていない、変わっていないなっていう焦りをすごい感じることもよくあるんですけど、
でも角の部分が変わっていないっていうのは成長してないっていうよりも、
ずっと同じことを違う方向からやろうとしてるんだなっていうことが確かめられた気がして、
なんかすごい原点に立ち返るじゃないですけど、やっぱり自分ってやっぱりすぐに変わらないから、それが焦りにももちろんなるんだけど、
そうじゃなくて、すぐいつでも帰ってくる母校みたいな場所を自分で確かめるっていうのも時にはすごい大事なことなんだなとか思ったりしましたね。
あんまり海面の本の話って言うほどこのポッドキャストの著者なのにね。
他になんて面白い本が世の中にはありすぎる。
いやいやいや、その面白い本の一つですからね。
本当に。
なんかその生き物がその関わりあって、その名前がつけられないようないろんな関係性で成り立ってるっていうこと、そこまで深くそれを理解してるわけではなかったけど、
前、ポッドキャストでも本の虫のすすめでも話したかなと思うんですけど、一回私小笠原諸島に行って、海の中でぷかぷか浮かんでるときに、ある魚がある魚を追いかけてて、
ずっと追いかけてるのをじーってただただ見てたんですけど、それを見てたときにめちゃめちゃなんかこう、なんかすごい深いレベルで安心したというか、
なんか自分がこの世界にいてもいなくても全然いいんだっていうふうに思うことで安心、なんか逆っぽいんですけど、そう思うと絶望しそうな気がするけど、
なんかそれでなんか絶対的な安心感というかを得たことがあって、なんか天でバラバラにみんな好き勝手に生きてて、それで関わり合ってて、なんか完璧に世界ってなんか成り立ってるんやなみたいな、
そこに自分がいてもいなくてもどっちでもいいっていうことになんか安心感を得たというか。
でも私はそれは本当にあの生き物を知ることのすごい一番いいことかなと思ってて、なんか大学院とかってその将来研究のプロフェッショナルとして生きていくためにとか、
あの企業であの専門的な知識を持って活躍するためにとか、そういう文脈ですごい語られがち、私まあそれ時代を否定することでは全くないんだけど、
私の個人的なその大学院での一番の収穫って、なんかそういうなんだろう、世界っていうのは自分というかまあもっと主語を大きくしてしまうと人間がその感知できるレベルを遥かに超えて複雑で多様で、
そのなんか入り口に立って自然と神戸を垂れる態度みたいな、あまりに大きくて複雑で精緻で、そして美しい、世界はすごく美しいっていうことなんだろう。
結構あの私の指導教官の先生が背中で語るタイプだったっていうのもあって、あまり指導を口でするタイプじゃなかった。
だしご自身がやっぱりその本当にその生き物に見せられてしまって、
知りたい知っても知っても知りたいことが尽きないっていうのを本当に子供みたいにキラキラした目で研究されている方だったから、
でなんだろうそういう世界との接し方っていうか、なんかあの人間が人間のために作ったゲームの中で勝つっていうんじゃなくて、
なんかこの大きな地球っていう本当になんかレベルの中で身を置いて生きていくということっていう、
その中でこう人間っていうのはもちろん自分も人間だし周りの大切な人も人間だし、すごいこう私にとっても愛着があるし、
愛着があるっていうのもなんかおかしいけど、でもなんかそれ人間は尊いけど他の生き物も同じように尊いというか、
なんか人間だけを特権視する理由を見失ったっていうか、それってなんかでもすごいさっきののりこの体験にたぶん似た感覚だと思っていて、
そうなるともうなんか自分のやっぱりこう辛いこととかがあってもなんだろうちょっとそこで調整できるというか、
私がこんなに辛くても生物はこんなに豊かでこんなひれ伏すほどに美しい。
なのでちょっともうちょっと頑張るっていうか生きて、生き物とこの世界と接触してみるかみたいな気持ちになれるというか、
だからこの世界へのある意味信頼を得たかなって私はその生物学という学問の大得を通じてと思っている。
なんかあれやね、人への愛着っていうさ、言葉からさ、もうすでにさ、なんか人に、人間に興味を持ったり愛したりすることが全てじゃないってことを含んでるやん、その言葉って。
なんかそれが研究者らしいというかさ、レミさんがそれを得たものの現れかなっていうふうに聞いてて思った。
なんかその人を愛すること以外のことっていうことがない場合が多いと思うやんか。
もちろん生物好きの人とかはなんかそういう視野があるかもしれないけど、なんかその人間が作った人間の世の中で生きてるっていうふうには、それだけじゃないってもちろんわかってるやろうけど。
だけどやっぱりそう思いがちだから、なんかそのそもそも人間に愛着を持つ以外の選択肢があるということが現れてて面白いなっていうふうに思いましたね。