私も冬に、日本の冬で、ボディクリームとかすぐ塗らないともう、月のクレーターみたいになっちゃって、足とか。
あーわかるわ。
わかる、なんかもう、よくあのほら、教科書とかでさ、昔さ、干ばつ地帯みたいな。
砂漠になってしまった地域みたいな。
あのガッサガサのやつ。
そう、土めくれてなんかぺらぺらになってるやつ。あれ、あれになってしまうから。
そうそう、あれ血も出るやんか、最悪やん。
いやー、最悪やんね。
そうそうそう、そのね、あの、椿さんがその、よにげ書房に来てくれた時に、公開収録やったじゃないですか、3月。
うん、やったね、やったね。
9日やったかな、10日やったかな、やったやん、オープンの時にさ。
で、その時にさ、今読んでる本がこれなんですけどって、紹介した本があったんやけど、
その本、その本を2ヶ月以上経った今、ようやく読んで、読み終わりました。
おー、素晴らしい。いやでも本ってそういうもんやんね。
いやそう、なんかさ、本読まれる皆さんやったら共感してくれるんちゃうかなと思うんですけど、
本読む、なんかベストタイミングみたいな、なんかこう、今が波に乗ってる時みたいなのがあってさ、
いやあるある、めっちゃわかる。
そう、なんか今日の午後、2時間ぐらい時間があるみたいな時に、読めたら、たぶんその日とかその次の日ぐらいに、
勢いに乗って読み終えられたはずのものが、なんかそれを逃してしまったがゆえに、1ヶ月2ヶ月、下手したら何年とかさ、
いやーよくあるよくある。
そう、読もう読もう思いながら読めないまま、なんか終わっちゃうみたいなのがあるじゃないですか。
なんか今回読んだ本は、残像に口紅を、篤井康隆さんの本ですね。
あれですよね、あの、そうだった思い出した、紹介してたわ佐藤さん。
してたよね。
どんな本ですか。
これは世界からだんだん、言葉がひらがなというか音が消えていくっていうこと。
世界の設定のお話ですね。
だから日本語だと、ああいう絵を描く曲は、サシスセソとか、パビブベポ、ハヒフヘホ、パピプペポとか、いろんな音があると思うんですけど、
その音が1音ずつ消えていくんよね、1章に次。
だから最初はアが消えて、みたいな。
次はパが消えて、みたいな感じで消えていくんやけど、
消えたとともに、そのパならパで作る単語も消えてしまう。概念とか物とか人も消えてしまう。
それがユニークやんね、だってすごいさ、ちょっとでも含んでる言葉ってなったら、めっちゃ増えていくよね、きっとね。
あ、そうなんよね。
一文字でも。
そう、パが消えただけで、パンっていうものも全て世界から消えてしまうし、パプリカとかパイナップルとか、
なんだろう、パパラッチとか、わからないけど、全部そういったものが消えてしまうっていう。
で、しかもすごくこの小説なんですけど、小説の面白いところが、そのパが世界から消えてるから、この小説からもパという音が使えないって縛りがあるんよね。
すごい、悠々白書みたいってあの時も言った気がするね。
言ったね、言ってたね。悠々白書は何だったんだっけ。
なんかね、クラマっていう、なんていうの、キャラクターがいるんですけど、それが敵と対戦するときに、クラマは頭脳派なんで、その頭脳派のゲームみたいな、デスゲームみたいなのをやるんだけど、それもなんか一文字ずつ使えなくなっていって、
でもなんか会話は続けなきゃいけないかな、忘れちゃったけど、でもそれはただ使えなくなるだけなんだけど。
で、最終的にはアから始まっていって、ンで終わるみたいな。
で、すごいもう2人とも頭脳派やから、ワ、ワ、ワ、ワをンのワまでいって、ワで決着がつくっていう、なんかまあ、少年漫画の金字塔なんで、ぜひみなさん読んでほしい。
そうそう、それをね、彷彿とさせる設定やなと思ったけど、たぶん、篤井靖香さんにきっと、遊白は、遊白書は、きっとインスパイアされてんでしょうね。
これが刊行されたのが89年、1989年らしいので、おそらく遊白の方が後なんかな。
若干後じゃない?
若干後やね、たぶんね、だと思うんですけど。
そう、なんかすごく、残像に唇をっていう、あの、このタイトルがすごく美しいなと思って、これ結構初期の方に。
タイトルがさ、聞いたらさ、忘れないもんね、一度。
いやー、そうなんよね、そうなんよね。そう、なんか、この残像に唇をのタイトルの元となっているエピソードは、最初の、結構まあ、ある前半の方に出てきてるので、言っちゃっていいかなと思うんですけど。
その直前まで、主人公が、まあ、作家、小説家っていう人、男性なんだけど、その人が見ている世界の中から、その音がなくなって、物音か人とかがなくなってしまうんやんか。
だから、サトゥーのサーっていう音がなくなったら、サトゥーがその場からスーって。
え、人もなの?
あ、人も消える。
まあ、そっか、だって呼べないもんね、そうなったら。
でも、そう、サトゥーさんって言おうとしても、サがないから。
え、じゃあ、私より先にノリコが消えるんや。
サーやったらな。
あ、そっか、ヨーヨー順じゃないんか、別に。
あ、じゃない、じゃない、出席番号順みたいなわけだから。
あ、そっかそっか。
それはランダムっていう設定だし。
よかった、よかった。よかったんか、もうよく分かんないけど、そうなんや。
よく分かんない、よく、よくないけど。
そう、で、それで、えっと、えっと、なんやったか、まあ、ちょっと、たとえば、
ユミっていう名前の娘がいたとして、その作家にね。
で、そのユミっていう娘のユの字がなくなってしまったら、
さっきまで食卓をたたんで囲んでた、そのユミっていう、その高校生の女の子がいなくなってしまうわけよ。
そう、で、だけど、あの、いなくなったっていうことを、一瞬、少しの間はちょっとこう、認識できるわけよ。
認知できる。
だからその、消えるっていう事象自体は、その目の前で起こってるわけやから。
そうそうそう、えってなるし、たとえばそのユミっていう女の子がいたっていうこととか、
顔とかはおぼろげながら覚えてるけど、だんだんそれが、顔とかも思い出せなくなっていくみたいな。
っていうことで、でそのユミっていう、そのユミじゃないんだけど、その娘の名前が、たとえばユミとして、
ユミっていう高校生の娘さんが、化粧をしない子だったので、まだその学生さんということもあって。
で、だから大人になって化粧したら、綺麗、可愛い子になったやろうなーって。
だから、今その、自分の頭の中に残っている残像のその娘のユミの口に紅を刺してやろうっていう、そういう一文が出てくるんです。
それで残像に口紅をっていうタイトル。
すごい風景やな。風景っていうか、心象風景というか。
そう、なんかすごくさ、ありえないシチュエーションの物語なはずなのに、結構鮮明にその、
映像が浮かぶような、鮮烈な印象が与えられるような作品やなっていうふうに思って。
残像がまた認識できるっていうのが、より残酷やね。
そうやね。だけどこれ、なんかこう重層的な話になっててさ、主人公がそういう作品を作ってるっていう、その虚構の中で、自分が虚構の物語を作って、虚構を現実として、虚構に生きているみたいな話なんや。
いわゆるメタ構造みたいな。
みたいな、そう。だから自分の作ってる話で、私自身も虚構の存在なんやから、何やってもええやんけ、みたいな、そういうところがあって。
そう、だからね、結構、なんていうの、キテレツなこといろいろ出てくるんですよ。
たとえばちょっと、これはもうなんか実験的小説って言われるけど、まさにそうで、
妻の名前の一音が消えてしまうことで、妻が結果的に概念としていなくなってしまうのね、その作家さんの。
で、でもその妻がいたっていうことは覚えてるんだけど、だけど妻は今存在してないと。
だからその、仕事関係で知り合った女の人を、なんとなくうっすらいいなって思ってて、その作家さんは。
はいはいはい。
でも、結婚してるからそんな、いいなとかいうことをさ、表層的なさ思ったりとか。
言い出したらあかんよね。
そうそうそうそう、あかんから、全く口にものぼらせてないし、自分でこの人いいなってこう意識的に思ってもないんやけど、
でも妻っていう概念がなくなってしまったら、その女の人の家に行って、手出しても浮気にならへんわけよ。
まあそうやな。
だって妻がいないから。
ということで、恐慌みたいな一人もう一人女やんか、その作家と一緒にその物語を作ってる、
友人役の人がいて、音をランダムに消してってたらどうやみたいな、実験的で面白いみたいな話をして、
で、その二人がなんとなくその世界の、
創造主というか。
創造主というかな感じなんやけど、この人が今からいたしてこいって言うわけよ。
もうむちゃくちゃな世界やから。
むちゃくちゃや。
そうそうそう、物語のそろそろ中盤やからスパイス必要やでっつって。
あーもうそんなにメタやねんな。
そう、メタメタ、超メタやねん。
そう、だからその恋愛をこれからやってこいっつって。
で、まあいたすシーンも結構長く描写されてるんやけど、
でも世界から音が消えてるからさ、すごい表現がなんとも言えない独特な言い回しなわけよ。
えー面白そう。
面白い面白い。
例えばさ、午後、午前午後の午後っていう言葉を言いたいのに、午っていう音がないから表現できないわけ。
だからそれをさ、いろんな違う言い回しで、難しい午後みたいな言い回しですることもあれば、
1日を半分で割った時の後半の前の方とかさ。
あーなるほど。
なんかでもあれやな、ちょっとそういうのを聞くと、なんかその残像に口紅をっていうすごい綺麗なタイトルと、
すごい裏腹のなんか悪だくみみたいな本当に、そういう印象を受けるから、全然なんか中と全然ギャップがあるんやね。
あるね、なんかそうやね、すごくそのシュールでナンセンスななんかブラックユーモアみたいな、でもおかしさというか、
なんかいたしてる行為自体すごい美しい描写で描かれてるんやけど、
なんか美しく描かれてれば描かれてるほどなんか笑えてくる。
滑稽さが。
滑稽さがそう。
だってあれやもんな、私も家で犬飼ってるんですけど、賢くて大事な言葉すぐ覚えるんですよ。
散歩とかね。
はいはいはい。ご飯みたいな。
そういうのをさ、どんどん使えなくなっていくのよね。なんかそういうので工夫して、なんかディナーのタイムね、みたいになったりしていくんやけどさ。
え、それって何?人間のディナーの話?
そうそうそうそう、人間の方も反応するようになってきて。
あー、そろそろご飯食べるとか作るとかって言ったらご飯ってなっちゃうわけね。
あー、そうやね、そうやね、そうそう。そういうなんか、それを避けてユーモラスな言い方にしていくみたいな、なんかそういうなんやろうちょっと、
ひきんな面白さみたいなのもちょっと聞いてて感じたりした。
完全になんか遊び、壮大な遊びだな、みたいなこともこの小説内で言われてるんだけどね。
なんか本当に、なんかすごく不思議な感じで、なんかこう虚構の中に虚構が入ってて、なんか現実と虚構が入り混じってるみたいな、すごいこうぐちゃっと入れっこ構造みたいになってる小説だからさ。
なんかこう、読んでいくうちに自分の生きてるこの現実って現実なんやろうかみたいな、なんかそれが危うくちょっと揺れるような感覚があって。
なるほど、まさにあれやな、読書体験やな。
いやそう、本当に読書体験だと思う。
この本ね、80年代に出た本ですけど、何年か、結構10年は言い過ぎやけど、結構前に何かでバズって、本屋さんの平台とかに一時期平積みにされてたんですよね。
最近?
最近ってことではない、たぶん7年とか8年とか前かなとは思うけど。
で、この話をさ、進めるにあたってさ、どんどんさ、アイウエーを書き研究がなくなっていくわけやからさ、どういうふうにこう、進めていくんやろうっていうのがすごい楽しみなところでもあって。
文末に使う、たぶんであるみたいな言葉が使えなくなっていってさ。
あー、なるほどね。
そう、だから主人公が工夫をし始めて、おじいちゃん、昔の時代劇のおじいちゃんみたいなしゃべり方を途中し始める。
なんとかなのじゃ!とか、であるからして、なんとかであるのじゃ、ござるみたいな話し方をしたりとか、
主人公以外の登場人物もだんだん言葉が使えないっていうことで、だんだん変になっていくよね。
あるやろな、それは。
そう、なんか、例えばそのレストランのメニューを持ってくるはずの人とかが、最初に門切り方みたいに、いらっしゃいませって言いたいのに、そのいらっしゃいませの言葉が言えなくて、ただつったってるだけになってるとか。
あー、そうやな、たしかに。
で、あれはあるかねっていう、そのメニューっていう言葉を言おうとしてもメニューが出てこないから、品書きはあるかねみたいな、ある、いやないとか、しかもそのしゃべり方が、
あの、通常例えばその、かしこまりました〜〜でございますね〜みたいに、いろいろこう柔らかく修飾できたはずの言葉がだんだんなくなっていって、
われ思うみたいな、われないみたいな、なんかそういう、なんかこうちょっとずつ削られていくみたいなところに、
なんて言うんですかね、その、設定の規律さによってカオスな世界なはずなのに、なんかこう筋が通ってって、なんかその、巧妙に整えられたドタバタ劇の、そのお盆の上で踊らされてるみたいな感覚になる小説でしたね。
なんかさ、聞けば聞くほど、全然結末が想像できない。
そうやろ、そうやろ。しかもそれがさ、音がなくなっていく中で作られていくから、一番最始後の方とかさ、わかんないけど、例えば、かとるとんだけしかさ、使えない。
そうなんだ、そうなるってことだよね。
でもそれもね、すごい見事な幕引きをしてましたね、その。あ、なるほど、こう終わるんやね、みたいな。
それこそ私もぬいぐるみ結構好きで、
集めるってほどじゃないんですけど、見つけたら買ってしまったりとか。
日本やとよくしてたんですけど、こっちやとなんかまだ、
そのなんかグッとくるものに、ぬいぐるみとかサブカル的なものとかで、まだ出会えてないので。
なんかやっぱりぬいぐるみとかああいうかわいい系のものって日本の中で天国みたいな。
まさにまさに本当に。
こっちにそういえばオタクハウスっていう、おいお前みたいな、大丈夫かその名前みたいなお店があるんですけど。
オタクハウス。
すごいストレートな。
そうそうそう。日本やとドキッとするような名前のセンス。
そこがもうなんか結構ほんとにノンジャンルになんかジブリ作品から、
もう最近の萌えアニメみたいな、萌えアニメって今言わへんのかなわからんけど。
可愛い女の子が出てきてキャッキャするみたいな、
ノンジャンルで売ってるお店とかもあるんですけど、
そことかに行くと、たまに胸がポケモンのぬいぐるみとかにときめいたりするんですけど、
日本のもんやなみたいな感じ。
そうやんな。シンガポール初のものではないもの。
そうそうそう。まだちょっとね、こちらでときめきを、すなわちお金をここに使いたいって思うようなものが出てきてないなみたいな感じですかね、私は。
ながなさんのチーカワだっけ?チーカワみたいにさ、
シンガポールで爆発的に流行ってるキャラクターとかマスコットとかそういうのはあんまりないんかね?
そういう文化じゃないんかね。
かなりね、かなり日本のキャラクターに接見されてるよ。
あ、そうなんやね。
うん、それこそチーカワとかもめっちゃいっぱい見るし、サンリオもいっぱいあるし。
あ、そうなんや。えー。
半魚丼なんかさ、水族館とコラボしてたよ。
えー。そんなに?
しかも贅沢なコラボしててさ、半魚丼マントウになってたよ。私食べた。おいしかった。
マントウって何やったっけ、まんじゅうじゃない?
あ、そうそう、なんか肉まんの皮みたいなやつ。
なんか中国の食べ物というか。
肉まんの皮みたいなやつで、中身入ってるやつもマントウもあるんやろうけど、半魚丼コラボのやつは入ってなくて。
ほんのり甘い皮の香りと半魚丼の水色の皮膚が合わさって、何とも言えない気持ちでおいしかった。
それ何、プリントされてるってこと?半魚丼が。
ちゃうちゃうちゃう、もう完全に半魚丼の色の生地で作った半魚丼型のマントウ。これめっちゃよくできてる。
へー。へー。
あいつが私、コラボ系とか弱いかもしんないですね、キャラ。
あ、なるほど、なるほど、なるほど。
財布の紐が焼き切れることがよくある。
焼き切れる?緩むどころか焼き切れるってすごいね。
後方もなく。
後方もなくか。
なんか、エピソード99回でシナモロールにハマってるみたいな話をしたんですけど。
そうそうそう。いまだにシナモロール結構好きで、いろいろ見たりするんやけど、私全然さ、なんかこう経済回さない系オタクでさ。
はいはいはいはい。
なんかこうYouTubeで公式が出してる動画とかさ、画像とかそういうのを見て満足してしまってさ。
なんかあんまりグッズとか買わない系オタクっぽいんだよね、どうやら今のところ。
いやでも最近多いんじゃない?そういう人も。
そうなー。
なんせオンラインでのさ、コンテンツが充実してるやん。昔はさ、買わなかったらさ、CDだってなんだってさ、この絵柄が欲しいって思ったらさ、やっぱりそれ買わな。
もうなんかデジタルで見るなんて無理やったからさ。
うーん、そうやね。
やっぱり全然やっぱ違ってきてるんじゃない?
うーん、なんかね、こうせっかくだからグッズ買いたいなーとかってサンリオのショップとか行くんやけど、シナモロールってさ、そうなんかこう、なんていうの、メルヘンな、キュート可愛いみたいなグッズが多くてさ。
うんうんうん。
なんか私はそのシナモロールの世界観を愛してるんじゃなくて、シナモロールのあのフォルムを愛してるんだなっていうことに気付いた。
いや、でもそのグッズとの相性はすごいあるよね。
うーん、そうなんよね。だからあんまり、そうですね、グッズ系でお金をかけるってことはないんですが、私は食べ物が食いしん坊なんで、食い気に走りがち。
いや、私もでもそれはそう。
食い気に走る?
走ってるよね、私たち。
まあね。
でも、れみさんそんなに、まあそうか、おいしいもん食べてる印象はあるか?確かに。
食べてるよ。もうシンガポールでも確かにショックかも。シンガポールの食べ物はおいしくって、そこはね。
まあ、それはそうやんね。
ジャブジャブって感じですね。
ジャブジャブ。
本当においしい。
うんうんうん。
シンガポールといえば何みたいなメニューってあるんですか?
え、わかんない。
わかんない?
タイといえばトムヤムクンみたいなのあるやん、なんか。
ああ、どうなんやろ、でもラクサーっていう、なんかちょっと辛すっぱいみたいな。
あれがシンガポールみたいな。
ああ、なるほどなるほど。
でもまあまあ、やっぱいろいろありますよ。
いろんな民族が住んでるんで。
中国系のルーツがある人と、マレー系のルーツがある人が多いから、その融合料理ってプラナカンっていうのが結構あって、
それがこの代表料理何?って言われたらわからんけど。
なんかおいしい。
インド料理とかもあるし、何でもある。おいしいです。
めっちゃいいなあ。最高やなあ。
やろう。やろうとか言って。
そうそうそう。
なのでうん、食は私もよくよく気持ちわかる。
5月5日に子供の日があったんですけど、その日あったんですけど、っていうか子供の日じゃないですか、