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「AIっぽい」って、何を見てそう思ってるんだろう
2026-08-24 06:49

「AIっぽい」って、何を見てそう思ってるんだろう

「あ、これAIが書いたな」って思う瞬間、ありませんか。

でも、なんでそう思ったのかは説明できない。

自分の書いたものを読み返して、そう感じてしまったのが、今回のきっかけです。

今回は、その「AIっぽさ」の正体を、文体ではないところに探しにいった回です。

絵文字を減らしても、箇条書きを揃えても、消えないものがたしかにあります。


▼ 話していること

・「AIっぽさを消す方法」を一通りやってみて、それでも残ったもの

・テンプレの挨拶メールも、どの会社にも貼れる紹介ページも、AIより前からあった

・見ているのは文章のうまさではなく、「差し替えても壊れないかどうか」かもしれない

・体験を書けないテーマで残せるのは、思考の経路と、迷った跡の方

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普段、マーケティング、ブランディングの仕事をしているkoyukiが、日常の中で感じた「ちょっとした違和感」や「なんとなく気になったこと」を取り上げ、その裏側にある構造や仕組みを「ひとりごと(ジャーナリング)」として言語化していく番組。
教える番組ではない。一緒に考える番組。

答えを出す番組ではない。「見え方が変わる」番組。


【出演・企画・構成・編集】

koyuki(SNSリンク:https://lit.link/koyuki_spicalink)


#ひとりごとカイギ


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サマリー

このエピソードでは、「AIっぽい」文章の正体について考察します。AIが登場する前から存在した、心がこもっていないように読める文章の例を挙げ、AIはそれらを大量生産できるようになっただけではないかと指摘します。文章の巧みさではなく、「差し替えても壊れないかどうか」という視点がAIっぽさを見抜く鍵であり、人間らしさは思考の過程や迷いの跡に残るものだと結論づけています。

「AIっぽい」と感じる瞬間とその違和感
ひとりごとカイギ、はじまります。
最近、文章を読んでいて、「あ、これ、AIが書いたな。」って思う瞬間、ありませんか?
僕もあるんです。でも、なんでそう思ったのか説明できなくて、なんとなくしか言えない感じなんです。
文体を見てるわけじゃないんですが、そんな気がするんです。
じゃあ、何を見てるんだろうっていう話は、番組の後半で。
ひとりごとカイギ、この番組は日常の中のちょっとした違和感を、僕の視点で深掘りしていく番組です。
答えを出すというより、一緒に考える時間になれば嬉しいです。
作業のお供に、舵の絵馬に10分だけお付き合いください。
AIっぽさを消す試みと残るもの
きっかけはですね、自分の書いたものを読み返していた時だったんですが、
なんかこれ、自分が書いた感じがしないなぁと思って、
これ他人の文章に対してではなくて、自分が書いたものに対して思ってしまって、
そこが引っかかったところです。
最近、AIっぽさを消す方法みたいな話、よく見かけるようになりまして、
絵文字を減らすとか、箇条書きを3つずつ並べない、いかがでしたでしょうか?で締めない。
これ実際直すと、ちょっとはマシな文章になります。
僕も一通りやってみたんですけど、全部直しても残るものがちょっとあるんですよね。
綺麗になって読みやすくなった。
なのに誰が書いたのかわからないまま。
で、AIっぽさってなんだろうって考えて、
気づいたのが、AIが出てくる前の文章って全部人間っぽかったのかっていうところなんですけど、
そもそも人間っぽいっていうのは何なんだろうっていうところなんですよね。
AI以前からあった「心が通わない」文章
思い出してみると、テンプレの挨拶メール、綺麗にまとまっている議事録、
どの会社に差し替えてもそのまま成立しそうな会社紹介のホームページ、
ああいうものを読んで、なんか心がこもってないとか、血が通ってないなって感じたことあるんですけど、
しかもそれAIが来る前の話なんです。
ということは、AIは新しくAIっぽさっていうものを作ったわけじゃなくて、
前からあった心が通っていないよう大量に作れるようにしただけなんじゃないかなと思って、
だとしたら、感じている違和感の正体はAIじゃないのかもっていう風になります。
これさっきの会社紹介のホームページと同じ話なんですけど、
あの手のページってなんで心がこもってないように読めるのか。
「差し替えても壊れない」文章の構造
多分こういうことなんですけど、その段落を丸ごとコピーして、
全く別の会社のページに貼ってもそのまま成立してしまう。
差し替えても壊れない。
逆のケースを考えてみると、こういう名詞が入っていたり、数字が入っていたり、
誰かに実際に言われた一言がそのまま書いてある。
こういう段落は差し替えると壊れます。
別の会社の話にはできない。
つまり文章の上手さでAIっぽさを採点してるんじゃなくて、
差し替えても壊れないかどうかを見ているのかもしれないなと。
ここまで来て最初の話に戻るんですけど、
僕がAIっぽいっていう風に感じていた時、見ていたのは文体ではありませんでした。
差し替えても壊れないってことは、その人にしか置けなかったことがそこに入っていないっていうことなんですよね。
多分そこを見ていたんです。
体験を書けないテーマでの人間らしさの表現
でもこれ困ることがあって、具体的な体験をかけないテーマってなんとなくあるじゃないですか。
手引き無能な仕事の話とか、まだ手元に実例がない考え事の話とか、
そういう時何をどうやって残せるんだろうって考えた時に、
思考の過程っていうところかもしれないと思って、
例えば最初はAだと思っていたけれど、途中でBかもしれないと思い直したみたいな修正の後とか、
迷いとか何を捨てたかっていうのが人間っぽさなのかなっていうふうに思います。
例えば最初はAだと思っていたけど、途中でBかもしれないと思い直したみたいな修正の後とか、
そういう迷いとか何を捨てたかっていうのが人間っぽさなのかなっていうふうに思います。
AIは正解をかけるけど迷った後はかけない。
なぜなら迷ったのは自分だからです。
だからなんですけど、人間らしさを足すっていう発想がそもそも逆向きであって、
足すんじゃなくて削らずに残すっていうイメージなのかもしれません。
自分の癖も言い淀みも結論までいけなかった部分も、
消さないと決めたもののそばに残っているのかもしれないなっていうふうに思います。
「足す」のではなく「残す」人間らしさ
前に読んだ三宅嘉穂さんの好きを言語化する技術という本にあった一節なんですけど、
世間や他人がインストールしてこようとする言葉に対して、
自分は本当にその言葉でいいんだっけっていうふうに立ち止まる。
そして自分だけの感情や思考を取り戻して言葉にする。
これって今日の話と少し重なる気がして、
なんか自分で作った言葉って考えた過程とか迷いとか決断とかあるから、
生きた言葉になるのかもしれないと思って、
だからまだインストールされたままの言葉を使うと自分っぽさがなくなるんだろうなと。
実践:固有名詞と数字を消して見えてくるもの
今日一つだけ試せることがあるとしたら、
最近自分が書いたものを一つ開いてみてください。
SNSの投稿でもメールでも報告書でもいいです。
そこから固有名詞と数字を全部消してみる。
わからなくなったらそこに何を入れられたかなと考えてみてください。
今日も聞いてくださってありがとうございます。
まとめと感想の募集
今日はAIっぽさと人間っぽさの定義から足すんじゃなくて、
残すっていう話をしてきました。
感想やリクエストは、
ハッシュタグ一人ごと会議で教えてください。
それでは今日も良い一日を。
06:49

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