今、あの、バッシーのスポーティファイ。はい、チラ見えしちゃって。そう、チラ見えでかねこあやのが出てて、あ、かねこあやのだってなったんですけど、
僕ね、かねこあやのを知ったきっかけが3年前ぐらいにあって、これ、バッシー話したかな。3年前僕はヨーロッパを一人旅してました。
ちょっとイギリスからイタリアまで縦断してたんですよ。1ヶ月ぐらいバックパックしてて。で、フランスでということで、
ちょっともうずっと体調悪くて、ほんとに結構、僕体弱くて、体調悪くて、もうほんと一人の家の結構寒い中、2ヶ月ぐらいでマイナス2度とかだったんですね。毎日が。
で、結構きつい中のいつもボロヤドを泊まってたんですね。で、そこのフランスのボロヤドで、
あの、結構微熱もありながら、シャワーを、まぁシャワー室があったんですけど、で、浴びてたら、ニコ隣からかねこあやのの曲、日本語の曲が流れてきて、
だからスピーカーで、スマホのスピーカーで流してるやつがいたんですよ。日本人と思って、めっちゃ嬉しいみたいな、ほんとに誰とも会ってなかったんで、めちゃめちゃ嬉しいって思って、
で、おシャワー浴びたんだけど、ちょっと待ってたんですよ。話しかけたいなと思って、ほんとに寂しかったんで、バーンって出てきたら、ゴリゴリのヒゲのアメリカ人出てきて、
名前がダンって言うんですけど、34歳で旅をしている、シスメンジャーみたいなやつで、日本が大好きだと。で、かねこあやのをダンから紹介してもらって、でも、俺は一番祝日がめちゃめちゃいいんだとか言って、
教えてもらって、もうずーっとかねこあやのについて、バーッと喋られる。英語であんまり3割くらいで聞き取れなかったんですけど、それで気づきなのが伝わってきて、
でも、とにかくかねこあやのが日本をすごい表す、僕はミュージシャンだと思ってて、すごい言っていて、でもそいつとは日本語が大好きだから、
1年前くらい、今は最近連絡取ってないんですけど、1年前くらいまでは、2ヶ月に1回くらい電話して、日本語でしゃべる30分と英語でしゃべる30分みたいな電話をしてました。
ダンとは。
へー。
3年前でかねこあやのね。
そうですね、それが僕の最初のかねこあやので、そこからギターの人だったりするんで、結構聞いてて、バッシングも聞いてるんですけど。
確かに、私とかねこあやのの出会いは、6、7年前に、
前の人だよね。
そう、大学1年生の時かなに、仲良くなったオシャレな女の子に教えてもらって、言っていいじゃんってなって、
で、最近聞いてるのは、詩がめっちゃ好きで、歌詞がすっごい好きで、今の自分の自由なモードにめっちゃ合うから、
結構かねこあやの単体で聞き続けてる、それいろんな曲を、すごいしっくりくるんですよね、今の。
なるほど。
しっくりとした気持ちでいたり、自ら選んだ人と友達になったりして、そう!そうです!と思いながら歩いてる。
一貫してるね、ちゃんと言ってるアーティストが好きみたいな。
言ってるアーティスト?
魂から込めた言葉とか、自分の枠にはまらないような、歌詞の表現をしてるアーティストとかだし、よく聞くんだよね。
確かにね、結構詩がめちゃくちゃ聴いてる。
納得、納得。
アイリーさんとかも?
そう、アイリーさん2人が聞いて、「あ、かねこあやのじゃあそう?」とか言ってたら、
え、意外だけど!2人が好きなの、意外!みたいな。逆になんでやろうと思って。
え、わかんない、なんか石橋ちゃんはアイドルとかなのかと思ってた。アイドル好きだったじゃん。
まあ、そうですね、おハマりって感じではない。アイドルは曲もいいねって思うのあるけど、真ん中って感じじゃない?
タイクはまだなんかわからんでもないって感じ。
シンガーソングライトだし、すごい影響を受ける人が好きな。
でも今理由を聞いてすごい納得した。すごい納得、納得。
へー、不思議。
アイリーさんは?
絶対今二人のうちのどっちかじゃない?
じゃんけん?
じゃんけん?
どっちも話そう。
お互いどっちも。
二人でじゃんけんは?
分かった。
分かった。
勝ったほうがいい。
じゃあやろうか。
口でも言ってやろうか。
最初はグー、じゃんけんチョキ。
言わなかった。パーです私よりは。
やばい。
自分で提案してるのが一番自分でびっくりしてるのさ、
どういうこと?
意外。
ねえ。
何を楽しんでるの?
カメラで浴びてるやつ?
どうなしたの?みたいな。
怖いんだけど。
どこの視点が?
何任せてるの?
じゃんけんって50%50%だから意外とかあんまないからね。
公平な勝負だからね。
何任せてるよって。
いい?
いいよ。
いいですか?
いいよ。
AIに任せる部分が増えすぎて怖い問題。
はい。
率直に。
いろんな業界あると思う。
二人ともちょっと聞きたいなと思います。
お願いします。
お願いします。
そうなんですよ。
これ本当に感じてて、
一個の事象があったときに必ずAIに聞いて、
逆にファクトチェックみたいな。
組織の内部資料みたいなところが、
人間がさばききれる量じゃないので、
それを機械に検索してもらうみたいな部分の文脈でも
かなりAIを活用していって、
ってなったときに明らかに精度が違う。
リサーチ力も通るし。
その資料を本当に100何件読み込んで、
かつそこから統括した筋みたいなのを提示もしてくれてたとか、
人間よりすごいじゃんとかってなっちゃって、
僕、マジでいる意味というか、
価値って何かなっていうところを真剣に考えないと
マジで終わるぞみたいな感じを最近特に思ってきて、
元々それこそハルシュレーションじゃないです。
間違った回答を出すとか、
あったから人間がチェックしなきゃいけないとなってるけど、
そういう精度もどんどん上がってきて、
ほぼないというか自己検閲もできるようになってきてるから、
ってなったときに本当にどうなってしまうか。
そういう意味でも2回前くらい話したかもしれないんですけど、
生存本能みたいな話をすると、
本当に仕事がなくなるんじゃないかみたいな。
よく言われることなんですけど、
本当に腑に落ちて身に染みて感じてきていて、
すごいというか。
世の中を見渡しても、
Twitterとかの文章も50分くらいAIの言葉だったりするじゃないですか。
映像も本当か嘘かわからないみたいな状態。
この中で人間の意味というか、
怖いのはAIの画像とかでも、
人の心が動き出しちゃってるみたいな。
そこって今までは人の感情とかを操られる、
その部分がAIに勝てる筋みたいな、
そういう論調あったけど、
いよいよちょっと変わってきた。
AIで作った曲とかが、
すごい良い曲だとか思っちゃったりとか、
しちゃってる状況って、
どうなっちゃうの?みたいな。
そういった文学とかでも起こる可能性もあるじゃないですか。
出会った時に、
どうなっちゃうんだろうと思っていて、
仕事の文学で考えることは僕は多いので、
そういう観点で話したいし、
お二人方も多分いろいろあると思うから。
バッシュの業界とかではどういうアレなんですか?
確かに企画考えるって意味だと、
AIを使うたびに私は嬉しい気持ちになってて、
逆に一回考えてみてもらったら、
絶対私の方がセンス良いって思う。
毎回。
人の機微を汲み取って、
それこそ大量に演算して、
合理的に答えを出すのが得意だと思うけど、
人間の、肉体は持ってないからAIは、
人間の感情とか、
言語化もされないこのふわっとした機微に、
どう反応するかなみたいな、
微細なことは分からないじゃないですか、多分。
っていう意味で、
AIに聞いてみて、
プププみたいな。
え、面白くない?みたいな。
時に逆に。
本当にブツ刺されるとかってなるとそうかもしれない。
そうかも。
だから、
そこから選べる自分に人間を感じるというか、
合理で出された答えの中に、
でもこれはちょっとキモいかもとか、
これは好きだけどなんで好きなんだみたいな、
自分の肉体を持って考えていることも結構好き。
だから、
仕事上、任せられないからどうしても。
人間の開在価値を逆に感じているみたいな感覚が。
アウトプットの質がやっぱりちょっと、
違う部分でこの差が出てきている気がする。
合理と絶対ミスをしないっていう方向になっちゃってるから、
それはAIの方がいいよねってなっちゃってるかも。
確かにそれはちょっと怖いわ。
怖いよなって。
AIの方がいいもんだってそれは。
そうだよね。
さっきのちょっと心動くなんちゃらかんちゃらって言ったのも、
ブツ刺さりはしないけどみたいな感じかもしれない。
BGMの量産とかはめちゃめちゃすごいみたいな感覚がある。
けど、魂を揺るがす本気の作品を作るみたいな文脈だと、
確かにAIだと飛び抜けない気はするけど、
でも圧倒的にパイは少なくなる気がするというか。
結構シビアな見方をすると、多分学習のさせ方次第だからさ、
あっという間に超えていくと思う。
人間を動かすっていう目的で、そういう方向で学習させると、
もしかしたら傑作みたいなところも、
あいつらは出してきてしまうかもしれない。
その気味の部分だ、心の気味に関して。
だから、最近やってないけど、
すごいチャットGPTとバトってた時期があった。
言ってましたね。
あの時に一旦仲良くしてみるかと思って、
代わりバンコに詩を書いていくみたいな遊びをしてた時期があって、
一行ずつね。
そしたらさ、あまりに私好みの表現とか出てくるから、
これ何だろうと思って、
何をソースにこの文章を作成してるかとか言ってたら、
あなたは哲学的な思考があるから、
これは西田貴太郎のなんとかなんとかの説をアレンジして、
なんとか引用してみましたみたいなさ。
ありとあらゆる哲学的な名文。
名文じゃないところからピックアップして、
彼らは結局文章を組み合わせていくわけだよね。
天才クリエイターみたいな。
たぶん私があえて外したりしてるのも、
彼らは学習するから、
そのまま正当に組まない方があなたは好みだから、
あえてちょっと外してみましたみたいなことを見たりするわけ。
それがそんなに上手ではないんだけど、
見たときに、
それが今や、いわゆるそういう正式な本とか、
著書とかだけじゃ、著作だけじゃなくて、
それこそノートのブログだったりとか、
そういうものから全部学習していってるじゃん。
AIが。ってなると、
よりリアルな機微とかも彼らは学んでるわけじゃない。
おそらくなんですけど、
チャットGBT自体もいろんな人が書き込んでるから、
データもすごい溜まってるだろうし、
あれは使われちゃうので。
って思うと、
たぶん私ちょっと前だったら、
クリエイティブとか音楽とかも絶対に超えることはないだろうって思ってたけど、
全然たぶんもう超えちゃうんだろうなーとか思ってて。
音楽は危ないと思う。
本当にすごい。
私音楽は絶対そんなことないと思ってたの。
ちょっと前まで。
でももうたぶんそれも作っちゃうんだろうなって思ったときに、
本当に人間だからできることってなんだろうみたいなことも考えてて、
もう一回生まれてみたいな。
ビジネスの話からはちょっとそれて大きな話になっちゃうけど、
私の中では、いかに非効率なことをしていくか。
彼らは基本効率だからさ、
非効率がいいとも思っていないわけだから、
その非効率で生まれる偶然性みたいなもの。
直感みたいなものをどれだけ自分が本当につかめるかみたいなのも考えてたりするし、
あとさ、もう全部がさ、
能動的にならずに回ってくるようになってるじゃん。
SNSとかも。
それもあってやめたのもあるんだけど私。
だから一旦ここから断ち切って、
自分が能動的になるとか、
それはコミュニケーションを取るにしても、
もうさSNSとか自動で取れちゃうじゃない。
でもそうじゃなくて、
意思を持ってコミュニケーションを取るとか、
っていう環境とか場を作っていかないと、
なんかいけない気がするみたいなのもあったんだよね。
意思っていうところは改ざんきちんとするっていう。
意思、意思っていうところを改ざんきちんとする。
そうそうそう、意思、意思。
だからちょっとそういう、
だって言ってみればSNSやめるも非効率じゃない。
この今の社会で考えれば。
でもなんかその逆にちょっと。
逆張りか。
そうそうそう、ちょっと負荷をかけるみたいなね、ある意味。
っていうことをしていかないと、
なんかダメだな。
ダメなんだろうな。
その結果どういうふうに差別化できるかとか、
っていうところまでは分かんないけど、
なんかそれこそ直感的に、
めちゃくちゃ多分分けて、
本当に人間らしいことやっていかないと、
分かんなくなっちゃうなって。
あんまり未来がない仮説かもしれないんですけど、
組織とかいわゆる一系として、
人間の役割は、
全ては人間が納得をするために、
人間が開在しているだと思っているんですね。
何かというと、
僕は正直経営判断とか、
全てAIに向かっても、
それなりに回ると思うんですね。
でも、例えば株主の視点からすると、
AIがこう判断しましたから、
みたいなことの説明だと納得誰もできないじゃないですか。
だからAIの出力は、
一社員が見て、
それはなんでAIがこうやったのかって、
論理とかもAIに説明させて、
こういう説明ですみたいな国語を作って、
どんどん経営人とか、
逆に経営人はその国語で、
対外的に言っていく、説明をしていく。
これ全て、
人間が納得するための行為だと思っているんですね。
そのために、
AIの中で完全にブラックボックス化させないっていう、
営みを切磋としているだけなんじゃないかって、
ちょっと思い出してきて、
だから、未来がないかもなんですけど、
そういうふうに、
現状になっちゃってるような感覚もあって、
そうだと思うなあ、私も。
本来それでできちゃうんだけど、
それだとあまりにも、
社会が当たらない。
人間が生きていけない。
AIの判断がブラックボックス化していくかつ、
それによって統制される社会になっちゃうと、
本当にディストピアなあの世界。
火の鳥みたいな、
未来伝説。
ジョージョエルみたいな世界になっちゃう。
もうなんか、
本当にそこまで来てるなっていうところをすっごく感じてて、
これがいつでもブラックボックス化できるというか、
もう全部判断をAIに委ねて、
その根拠も人間が納得するものでもなく、
もうAIが出力したからっていう、
神みたいなものになっちゃう。
そういう感覚に、
本当になってきたのが怖くて、
そうなんですよ。
その中で人間が何をバリュー出せるかとかは、
ちょっとマジで、
いやーちょっとこれ3、4年くらい遅いのかもしれないですけど、
僕は今ちょっと本当に死になってます。
仕事の文脈とか関係なく、
一、命としては、
海在価値など考えなくてもいいのではという、
でもこの世界に生まれて、
とても発達してしまったら、
命を喜ばせて死ぬみたいな感じはありますけど、
でもさっき思ったんですよ、
よく言うじゃないですか、
ベーシックインカムになり、
AIが仕事をし、人々は自由に創作をするみたいな、
でも詩人みたいに、
とても自由に表現する人って結構一部かもなと思って、
そうした時に、
たぶんほとんどの人はスマホとかに目を奪われ、
マトリックスみたいな世界観とかになりそうだなと思った時に、
生きててよかったなと思える瞬間を増やしたいですよねって思いました。
海在価値はとらわれすぎてる。
組織いるとやっぱり、
呪文のように海在価値としか言わないから、
確かに、いるだけで価値がある。
人間の尊厳みたいなところは、
確かにあまり感じられてないかもしれない。
そうですよね。
七夕の願い事の回にも繋がりますね。
繋がるな。
社会の中での自分が内面化されているかなり。
そうだね。
AIが全部仕事をして、人間は、
ってなった時に、
労働って結構人間の生きる価値というか、
その感覚も多分あると思っていて、
働くことが人生の意義の重要な一部を占めるみたいな、
そういう観点もあるから、
それがなくなった瞬間、人間ってどうなっちゃうのか。
崩壊しちゃうんじゃないかとか。
労働が価値なのって結構最近の話じゃないですか。
昔は労働は奴隷がやるものだみたいになっている社会もあったりするし。
農作業とかは仕事だなと思ったけど、
確かに仕事をしていない人たちもいたってことか。
割とそれも今の社会の価値観な気がする。
なるほどね。確かに。
それよりもっと前に行くと、
本当に生きるための労働みたいな活動をしていたみたいな感じだと思うんだよね。
育てる、狩りをするとか、作るとか。
構造の一部じゃなく、命と共に育った。
だからそういう労働になっていくのかなって思う。
もっと命と密接な労働。
今って時間を食っていくような労働って感じじゃない?
労働のために生きているみたいな。
それが逆転していく感じがすごくあるよね。
現象に戻るっていうか。
でもそれが戻るっていうよりかは、
今の時代に合わせた未来型になっていくんじゃないかなって思ってるんだけど。
どこかでその感覚って、もともとあったものだけど、
あまりに飼い慣らされちゃって、そこの感覚ってほぼ、
すごく衰えてきてるじゃない?
生きることと労働が密接な状態とか。
それってあまりに非効率だした。
今の社会の中で考えると。
そこの感覚をいかに目覚めさせていくかみたいなことも、
自分の中でずっと今考えてることかも。
働くエリックというか、働いていって得られる体感みたいな話。
生きるっていうことにちゃんとフォーカスするっていうか。
だから、今ベランダ栽園してるんだけど、
ちゃんと土に触れて育てるみたいなこととか、
その育てたものを自分が食べるみたいな感覚とか。
実験でやってたけど、めちゃくちゃ楽しくなってきちゃったりして。
こんな育ってくれるの?みたいな。
水あげてるだけで、こんな何倍にもなるみたいなこととか。
めちゃくちゃ可愛いじゃんみたいな。
なんで分かってなかったんだみたいなことも。
めちゃめちゃいいですね。
それも生きる感覚というか。
台風の時とかちゃんとレインコートみたいに着せてあげて。
トマト水に弱いから。
一時産業的な話になるのかな。農業とか。
作物を作る、食みたいなところ。
でもそれさえも、職業の話になっていっちゃうと、
それさえも多分AIでできるようになっていっちゃうから。
確かに。サイバーシステムとか。
そうそう。だから、仕事っていう意味では多分ほぼほぼAIがやってくれる。
だから、いかに仕事がない状態でも人間として生きられる状態になっているかっていう。
そこのそれがイコール自立みたいなのができるってことか。
なんじゃないかなと思うね、私ね。
今までは経済的自立みたいな話しちゃったじゃないですか。
でもそこもAIになっちゃうから、そもそもの生きるスタンスの自立みたいな。
なんかその感覚も大事になってくるのかな。
お金が入れられるか入れられなくなるかはちょっとわかんないんですけど。
仕事じゃないというか、全部AIがやるとしたら。
自分でしょ。それな。
生きれる大前提を確保するってのはそうだけど、
まあでも楽しいことをするっていうのはあるかもしれないので、
作品とかを見て感動するみたいな日々を送るみたいな感じ。
だから意外と改めて古典文学の良さにみんなが目覚め始めたりとかね。
本当にオリジナルなんて今ほぼないようなもんだけれども、
そこのオリジナルを探求するみたいなことも私は流れとしては出てくる気がする。
オリジナルっていうのの定義は?
オリジナルの定義すごい難しいけど、何をオリジナルとするかみたいな。
もうさ、オリジナルなんてない状態がAIじゃない。
全部学習して。
だから本当にオリジナルとはみたいなところになる流れも起きる気はしてる。
それは全部AIにとられる前の表現かもしれないけれど。
だからものすごいピュアな本当のオリジナル表現をしてる人がものすごい価値が出てくるという感じはするけどね。
不可逆ですしね、そのAIがどんどんすごくなる。
もう逆らえないからね。
オリジナルって自分の言葉で書くみたいな話になるんですかね。
自分の魂からというか血肉から出た言葉。
そうだね。
言葉だけじゃなくて表現みたいな。
だから自分が本当にどれだけ体験してるか経験してるかっていうのが価値になってくる。
そうっすよね。どんだけ本読んだからって言っても、本って言ってもAIのほうが良い。
もう学習しちゃってるから。
学習量はもう勝てないですからね。
そうじゃなく、有言の肉体があることが人間の強さである。
とにかく経験欲しい、感じ。
そこだけだと思うね。
傷つきもして、そこで血肉になったものがオリジナルになって、それが価値になる時が来るし、今もそれは価値になってますよね。
確かに今のこの時代は。
そうっすよね。
でもそれも何かしらの影響を受けたりしてるわけじゃない。
自分が体験することとか、体験しようと思ってるものも影響を受けてるかもしれないし、
その判断も影響を受けてるかもしれない。
無意識でもこんだけ情報がある。
それもまたさらに影響を受けてないかどうかの情報をそぎ落としていった時に、多分何箇所かでオリジナルみたいなのが生まれ始める。
めっちゃ影響を受けてる気がする。無理な気がする。
でもそれを意識して、意識すれば肺でいけると思う。
特徴はあるからね。
やっぱり腹から出る声とかは分かるよな、違いは。
何か物借りてるなっていうものと自分の血肉というか。
それはやっぱり経験量、思考量って感じですよね。
経験量かな。思考はね、もうどうしたって。
立ち戻って開在価値で言うと結局人間と人間だから。
合理的なものを伝えるにしても、その相手への伝え方とか、
ボディを持ったコミュニケーションは有限な肉体を持った人間にしかできないから、そことかにも宿るのかなと思ったりしました。
組織のメールの仕方とか伝え方一つもめっちゃAIに作ってもらってます。
そっちの方が上手く伝わることも多くて、それも悲しいですね。
本当に相手にこういう印象を抱かせたいんだけどみたいなインプットの仕方でそういう出力をすると、
きちんと論的に整理もされてるし、表現も相手に違和感なく伝わる。
その状況に最適な、僕のインプットの仕方にもちろんよるんですけど、
上手くすれば自分よりも上手いものは返ってきちゃうから。悲しい。
だけどね、ビジネスの場ではそうかもだけどね。
そうだな、ビジネスではそうかも。
私結構一発でわかるからさ、どんな上巻あるふうに書いてたとしても一発でAIが入ってるかどうかってわかるから、
結構それ見ると、そういうのが必要な場は別にいいんだけど、
そうじゃないもののほうが全然響くなって思う。
そっか、場面によりますね。
絶対そこを起こしちゃダメなときは、
あっていいんだけど、
例えば前者メッセージとかね。
社長が従業員に向けてのメッセージをAIで作るとかは論外な気がしますね。
極論ですけどね。
わかる人はわかるからね。
なるほど、だから本当に伝えたい文章ってなったときには、
文章力を高める訓練みたいなのは絶対必要ってことかと。
文章力というか、書くっていう営みは逃げられないっていう。
書くのもそうかもしれないけど、
自分が感じたことをそのまんま出すみたいなこと?
体験したことをそのまんま出すみたいなのは、
むしろそれも人間だからこそできることだからね。
ハグとかってどうなんすかね?
人間みたいなAIができたときにハグをすることって。
なるほど、心体接触の話。
そうだな。
でも人間ぐらい嬉しくなれるのかな?
確かに。
温かさとか鼓動とかね。
ちょっと想像できないよね、確かに。
だから、よりそこを感じられる身体感覚を目覚めさせておくことも
すごい大事なんだろうなと思う。
確かに。
会社のリモート環境も良くないのかな?
人間がなさすぎるっていう。
分かりやすい。
最近、一番メインの業務委託先がオフィス移転して
めっちゃ広くなったし、超日当たり良くなって
駄菓子とかも食べ放題で、マジ最高なんですけど。
対面の打ち合わせが増えたんですけど、もう全然違くて。
日々の感覚とか、楽しさも違う。
打ち合わせ自体の弾み方も本当にリズムが違いすぎて、
自分の気持ちも一人でずっと家で提案とかミーティングしてた時より
かなり開けた気持ちになるというか。
リアルなボディを持ってのコミュニケーションって
本当に人間にとって本来大事なんだなっていう気持ちが最近芽生えたんです。
本当にそう思うね。
どうなんだろうね。
人と仕事をするからっていう前提があるじゃん。
それがどんどん相手がAIとかになっていっちゃうと
そういうワクワクとかもなくなっちゃうのかな。
今はお金を出してたりとか、そういう人が人間だから
対人間のコミュニケーションっていうのは成立すると思うんだけど
今後はAIが自分でお金をどんどん生み出していっちゃって
AIがファンドを作ってみたいなことになっちゃうと
どうなっちゃうんだろうなっていうものとか
考えろ考えろときりがないんですけど。
確かに。そんなことはしない方がいいですよね。
だけどね、すごい世界になっちゃう。
だからまず先に倫理みたいな部分を
AIの会社とか国を挙げて統制していくっていうのは
確かにその筋は合ってるなと思うけど
止められない部分もある気がするというか。
止められないよね。どうなっていくだろうね。
そういう意味でもこの世界を形成するというところに
まだ人間が開催しているわけだから。
まだね。
だからいかに正しいっていう言い方は違うのかもしれないけど
ちゃんと人間としての人間らしいあり方で
どれだけ言い続けられるかっていうところな気もするな。
優しいね。はいはいはい。
そこがなくなっていっちゃうと
なおさらAIとのバランスがおかしくなっていく気がするな。
ってなると人間らしさっていうのは
ある意味弱さとかも映っちゃう部分があるんだけど
でもそこもちゃんと愛しく思えるようになるのかな。
目指している理想が人間離れしちゃってる部分というか
あってそことギャップに苦しんでるみたいな部分が
最初の問いに戻るとね。
なるほどね。
あると思うんだけど
逆にその弱さとかが価値というか
そりゃそうだよ。
そういうことかそういうことか。
そうだよ。
ってなったらまた肯定できる気がするな。
なんかわかんないけど
もっと言うと弱さみたいなところってさ
分解していくとその速度では答え出せないなとかさ
だったりするじゃない。
とかその時にもうちょっと思いやる表現
僕だったら入れるけど入れられないんだなとかさ
っていうところだったりするじゃない。
それを今とりあえずタイ君は弱さと言ってるけれども
それがものすごい人間らしさだったりするから
本来はその部分が絶対尊重されなきゃいけないはずなわけ
でもそれを無視して効率化していくと
そういう風なAIの文明になっていくんだよね。
そこの非効率の部分を絶対なくしちゃいけないってことだと
それが人間らしさだから
弱さじゃないんだよね。
人間らしさ。
弱さっていう表現を使ってるのちょっとワーディング良くない?
そうだよ。
仕事の側面では弱さと思えるのかもしれない。
パッと最適解を出す。
そうだね。その前提立つと。
そこでいらない不要な感情が芽生えちゃうことを
僕は弱さと言っちゃってるんだけど
感情を感じるのは人間だからしょうがないような気もするし
どうしようもない部分を苦しんでる部分が
ちょっとあるから
エラーみたいな感じののもあると思う。
感情が不要なのは目的付けがあるからですよね。
感情って出てくるものだから
いるいらないとかじゃないというか
それを設定している時点で
構造の中ではあるという感覚。
感情が出ること自体を否定している部分が
あってもそうではないというのは
当たり前のことだけど
あるかも。
あれとAIはかなり話せました。
あえて非効率を残すオリジナリティとか
まだ人間に全然勝てることがあるぞという
と思っている。
でも信じないとね。
確かに。
それを信じることも重要だと思う。
それも人間らしさね。