めちゃくちゃある。
ありがたいですよね、本当に。
いや、なんか僕も20前半の時に出会いたかった。
そういうのありますね。
思うぐらい、なんかその入ってるメンバー羨ましいなというか、できることの幅がめちゃくちゃ広がってると思うので、
なんかそういうコミュニティができたことがすごいなって、僕も個人的に応援したい。
なんかそれがなんて言うんですかね、僕の気持ちでしかなくてあれですけど、
本当はね、もっといろいろ応援できたらいいなと思っているので、ぜひいろいろ応援させてください。
何それ。
いいですね。
いやでも、それでFood Heroesをやられたのが何年前なんですか、始められたのが。
設立、今年はこの前2期目が終わったんで、23年ですかね。
本当に最近。
コミュニティのスタートが11月、23年の11月。最近じゃ最近ですね。もうちょいできるコミュニティが。
それが始まる前は、前職というか、何をやられてて、こういうなんか若者たちにスポットを当てようみたいな風になってったんですか。
前職はですね、前職というか今もなんですけど、メディア、もともと紙媒体の雑誌の編集者として、17年、8年、今もやってるんで、現役ではあるんですけど、それやってたんですね。
で、皆さんも感じてらっしゃると思うんですけど、やっぱり本ってなかなか売れなくなってきてですね、自分の仕事っていうのがなくなっていくなーっていうのはすごい感じてて。
どっかで自分、紙媒体だったりなんかウェブの仕事とかもやんなきゃいけないと思いつつ、それ以外で自分でも仕事を作っていかないといけないよなーっていうのがあったときに、雑誌でやってた広告ってあるんですね。
雑誌の中でも広告があって、自治体の職材をPRして、お金をもらってそこの運営資金を貯めていくみたいなのがあるんですけど、
それを自分個人でやっていけば自分のミーリーもなるだろうなーっていうのがあって、フリーにコロナをきっかけに退職をしてフリーになったんですけど、
そのときにいろんな地域の仕事をやるようになってですね。
そのときにそれをやりながら、なんか自分らしい切り口がないと、結局ダンチューさんとか大きなメディアに取られていっちゃうような、取られていくっていうか、
そこからと違う仕事をしないと続かなそうだなーってなんとなく漠然とあった。
もう一方で雑誌をやってるときにすごい有名なシェフの話を聞くわけなんですよ。
トップシェフというの、日本で三ッ星取ってるとか海外で三ッ星取ってるシェフとか話を聞いて、
すごいなーこの人たちは相当努力してんだなーっていうのは感じる一方で、
いやーこれは本当にひと握りというか、努力というか、やれる人とやれない人が分かれるような。
で、やれない人っていうか、その頂点を目指せない人っていうのもいっていて、そこで料理を辞めていく人っていうのもいるよなーと。
若い人であっても、ちょっと経ってから会ったら、今もう料理やってないですとかっていう話も聞くんで、
それだけ結構悲しいことだなー。
料理人の離職率が高いのは、なんていうか、もともと料理をしたいと思って入ってきたのに、
そのモチベーションがなんか違う形で途切れちゃうっていうのは、なんか怖いなーっていうのがあったんで、
僕は逆にその、そういうトップの人の話を聞けば聞くほど、そこに行けなかった人たちのことに思いを、
あ、そうなんだ。
それで、それに対していろんな方法あると思うんですね。
モチベーションを上げながらマネジメントして、お店の中で、お店の人が若い人たちのモチベーションを上げるとか、
色々あると思うんですけど、僕は料理もできないし、お店はできないしっていうところで、
メディアとして何かできることがあるかなーと思った時に、そういう若者の人たちを集めて、
彼らの場を作ってあげるとか、ステージを作ってあげるようなことができれば、
僕らしい応援ができるかなっていうところで、
そういう自分としては仕事を何とかしなきゃいけないっていうところと、
もう一つ自分が感じてた飲食業界の辛い部分みたいなところをガッチャンコさせて、
社会にとってプラスになることをした方がいいだろうなっていうところで始めたっていうのがきっかけです。
うーん。
すごいね。なんか自分のできることをちゃんとやろうっていう感じがすごく伝わってきたんですけど、
ずっとメディア関係というか、本媒体は職関係をやられてたんですか?
そうですね。職は7年くらい。
でも、もともとはですね、やっぱり全然違う媒体をやってたんですね。
歴史とか美術とか。
へぇ。
高段者っていう雑誌があるじゃないですか。
そこが昔、みなさんの小学校の図書館とかにもあったと思うんですよ。
すごいでっかい図鑑。
ありました、ありました。
こんな風に持つような。
はいはいはい。
ああいうのって小学校も修理者も高段者もみんな作ってて。
へぇ。
世界の美術館の図鑑とか、世界の遺跡の図鑑とか、仏像とか寺院の図鑑とかあるんですけど、
あんなでっかいのもう家に置けなくなるんで、ちょっとずつちっちゃくして、
それを昔使ってた写真を流用して、再利用してメディアにしようっていうのが100冊揃えると、
レアゴスティーニみたいな。
ああいうのって、昔取った財産をどうやって再利用して儲けるかみたいなところで、
ああいう新しいライフスタイルに合わせたメディアを作り直したんですね。
ちょうど始まったところは、僕が雑誌の編集員に入った頃だったので、
それを専門にやってる編集プロダクションだったんですね。
そういうので、歴史をやったり、美術をやったり、自社物学の話をしたり、
みたいなことをやってたんですけど、ゆくゆくはその100冊もそのうち置けなくなってくるんで、
どんどんまた100冊合わせる本っていうのも、ちょっと時代が変わっていって、
じゃあどんどん次の仕事しなきゃねみたいなところで、
僕入って10年目ぐらいのときに料理の本を、
そこの編集部を自分が勤めてた会社の編集部を丸々受けようということになったんで、
それで偶然入ったっていう感じで。
だから手を挙げて、すごく料理やりたいんですって言って入ったわけじゃなくて、
なりゆきで入ってみたみたいなところが、なりゆき状態みたいな感じで。
だからすごい、同僚では嫌な人もいて、やめちゃって。
別に職みたいなこと知らないし、自分はカルチャーとかそういうこともやりたいから、
もうちょっと文芸寄りのことやりたいとかっていう人もいるんで、やめてった人もいるんですけど、
僕は結構、もともと美術もいろいろ全部やってて、
あと料理だけやっとけば全然、
ああ、先生派みたいな。
食いパフれないかなとか思って、じゃあ料理やるならやって、
1個それはそれである程度わかるようになったら何とかなるかなっていうので、
積極的にやったっていうところから。
すごいな、なんかそのどんどん変わっていく中で、
ちゃんと料理やってみるかって言って、今フードフィールドもやってるわけじゃないですか。
すごいですよね、なんかそのバイタリティっていうよりは、
じゃあこういうふうになったから、僕はこれできるからこれをやってあげようみたいな、
自分発信というよりもどんどん、僕ができることをやっていこうみたいなのに
どんどんなっていってるような気がするんですけど、
めっちゃ面白そうだなと、その考え方。
自分語りしてもいいですか。
もちろんです。
全然仕事できなかったんです、最初。
え、そうなんですか。
全く仕事ができなくて、入って半年で、
君は編集者向かないからやめたほうがいいよって言われて、
ずっと落ちこぼれていたんですよ。
同期が2人くらいいて、その人たちは自分の企画を持って自分でページをやって、
本の奥付けに名前が載っていくんですけど、
僕だけは1年経っても2年経っても名前が載らない、
ずっと下の方だけアシスタントみたいな感じだったんだけど、
ある程度勉強もできたんで、落ちこぼれることにあんまり慣れてなくて。
ああ、なるほど。
そういうタイプだったのに。
あれ、こんなに俺ダメなんだと思って、
周りの人も羨ましかったりとかもして、
こんな風にできたらいいのになーってすごい羨ましかったんですけど、
羨ましがってもしょうがないんで、
それこそ大地さんが言うように何かやらなきゃいけないみたいな話を考えたときに、
ちょうどデジタルに移行する時期だったんですね。
カメラもフィルムからデジタルに移行したりとか、
僕が最初に入ったときはまだフィルムでポジっていう切り分ける仕事とかがあった。
僕はフィルムをカメラ屋さんに持って行って、
それを受け取るとかっていうのがアシスタントの仕事としてあったんですけど、
それがデジタルに変わって、
本を作るときの版下っていうものもデータになっていくみたいなときがあって、
今だともう編集者の人がそういうのを使えるのは当たり前なんですけど、
当時はデザイナーしかデータは触っちゃいけないみたいな、
こういう分業制だったりとか。
そのときに、何かちょっとした表があるんですけど、
その表のデータを自分があるんですよ。
8と6と3だったのを、3を2とかにすると間違ってデータが出てくるじゃないですか。
これ間違ってるわって言って、
フロッピーとか言って分かるかな、皆さん。
ギリギリ分かります。
それにコピーして、15分かけて自転車でデザイナーのとこに届けて、
直してもらって帰ってもらってはいけなかったんですよ。
たった1個自分が数値を間違えただけで、そのやり取りをしなきゃいけない。
今だったら全部インターネット上でやり取りできたりとか、
クラウド上でやり取りできるっていうのは当たり前なんですけど、
当時はそういうことをやってなかったんですよね。
自分のミスも言われるとまた評価が下がるから、
だったらこういうちょっとした間違いのデータが直せたらめっちゃいいじゃんと思って、
自分で独学で使い方を、本とか見たのかな。
自分で考えて変えれるようにしようってなっちゃったってことですか。
そうそうそう。
そしたらそのミスも変わってくるし、
夜中の12時過ぎて気づくわけですよ。
あれ、このグラフ間違ってるよみたいな感じになってて、
もうデザイナーもいないし、
今日入稿しなきゃいけないのに、
明日の朝デザイナーに直したらまた出版っていうか、
登壇者の人に怒られちゃうよって、
印刷所止めなきゃいけないよみたいな、
もう本当に気持ち悪くなってくるわけ。
だったら直して入れ替えられたらそのミスもカバーできるし、
いいじゃんっていうちょっとしたミスを隠すできない社員みたいなもんですけど。
すごい、そうなんですね。
それをやってたら使えるようになっちゃって、
自分のペンプロの中でデザインとはできる人がいなかったんで、
お前ができるようになったら今度こそ直しとけよみたいな感じで、
仕事をもらえるようになって、
自分の絵も少しずつできてみたいな感じが仕事の原体験としてあるんで、
やっぱり何かやってないこと、自分にしかできないこと、
これからこうなっていくかもしれないみたいなことを予測して、
やっていくことを王道では勝てないみたいなところがあったんで、
そういうのは昔からあったかもしれないですね。
すごい。
いや、すごいな。
なんかそうやって今フードヒーローズにつながっていってるようなのが、
なんとなくこう見えてきたっていうか、
なんかね、この後もちょっといろいろ深掘りをしたいなと思ってるんですけど、
もう一方、田辺さんにもちょっといろいろお話を伺いたいなと思ってまして、
株式会社だしっていう名前でやられてらっしゃると思うんですけど、
そのだしっていう会社がどんなことをやられてるのかについて、
お聞きしてもいいですか?
ありがとうございます。
今年のですね、まだ3月に創業したばかりの会社でございまして、
だしというのはだし汁のだしですね。
そういうことか。
だし汁のだしで、だしっていう風にしていて、
一応ミッションを掲げているんですけど、
日本の旅に味わいよっていう、味わいを出すにはだしが必要なので、
日本の旅に味わいを出すための会社ということで、
会社名をだしっていう風にさせてもらっています。
もともとリクルートという会社にいて、
そこで地域活性のですね、担当する部署におりまして、
そこで自治体さんのですね、観光予算を頂戴して、
地域の地方創生っていう言い方が一般的かなと思うんですけど、
観光を使った地方創生のプロジェクトを推進するような仕事をさせていただいていました。
独立して、自分で会社の看板を背負わずに自分でやっていけたらいいなということで、
今そういう自治体さんの事業のお手伝いをするような事業をちょっとメインで今やらせていただいているっていうのが会社の一つの事業と、
あと二つあって、もう一つはずっとそういうプロジェクトやっていくと、
どこまで経っても部外の人でしかないので、自分たち自身がプレイヤーになりたいなっていう思いがあったりしたので、
自社コンテンツの開発と販売みたいなのをちょっとこれから今計画をしています。
あともう一つはランドオペレーターっていう風に業界では言いますが、旅行業みたいな感じですね。
みたいなのを三つの大きな柱にして、これから会社をやっていきたいなっていう感じで始めたところの会社でございますという感じです。
すごい面白いですね。
すごい。
気になることがたくさんありますね。
まず観光業っていうので、食と観光業ってすごい関わりが深いなと思っていて、
僕の地域もAちゃんが住んでいる地域もそうですけど、本当に人口が少なくて、
僕の地域に至っても鶴井村って2500人ぐらいしか人口はいないんですけど、
関係人口っていうんですかね、本当に観光客だとか長期滞在者がすごく増えていて、
そこに対して旅行と食ってめちゃくちゃキーワードになるなってすごく昔から思ってたんですけど、
そういうのをつなげてくれるハブになるような会社っていうのを多分やられてると思うんですけど、
すっごい僕個人的にめちゃくちゃ興味ある。
本当ですか。嬉しい。
Aちゃんもそうですよね。木曽町ってやっぱ観光客いっぱい来る市っていうのもありますよね。
そうですね。なんか僕が今一等菓子の宿を準備してて、僕自身もすごく料理にはないんですけど食が好きで、
本当にいろんな全国だったりとかそういったところの食好きなんですけど、
僕が特にやりたいのはただただ表面的にスルーって滞在するっていうよりも、
その場の食だったりとか歴史だったりとか文化、作家さんだったりとか職人さんのものに触れて、
もうちょっと日常にそういったものが少しずつ入っていくような形の宿というかを準備しているので、
日本の旅に味わうよってまさに向かってる方向は同じかなと本当に思っていて、
いろいろ本当にお聞きしたいなって思ってます。
ありがとうございます。めちゃくちゃ多分考え方が一緒だなと思ってお聞きしてました。
ありがとうございます。なんか話せる範囲にいいんですけど、こういった授業をやってるんですかとか、
具体例とか話せる範囲にいいんですけど、教えていただけると。
先ほどお伝えした通り3月に作ったばっかりなので、まさに動かしているばっかりなので、
まだ実績っていうところではそんなになくて、どちらかというと今日後でご紹介させていただく、
日本で最も美しい村のガストロノミーダイニングっていう企画を今クラウドファンディングでやらせていただいてるんですけど、
これが僕がこれからやっていきたいことを体験しているような企画になっていて、
食と地域の産業とか文化を体験して、単純に美味しいだけじゃなくて、
その裏にある生まれた文化とか背景というものを学んで地域を深く知ってもらう。
めちゃくちゃいい。
全国で展開していきたいなっていうのが僕の今のやりたいことですね。
もう最高ですね。
僕と大地君が向かっている方向はすごい本当にまさにそこだと思っているので、
多分かなりお話重なる部分あるんじゃないかなって思ってるんですけど、
エロくまさんと田中さんがどういうふうに出会ったのかというか、
そういったところもすごく気になるところなんですけど、
今これからクラウドファンディングでやられていることとかお話しすると思うんですけど、
その2人がどういうふうに交差するというか、
どういうふうにお知り合いになって今一緒にプロジェクトを進めてるんですか。
これはエロくまさん僕からで大丈夫ですか。
ぜひお願いします。
去年僕独立して自分の会社を立ち上げるまでに、
ある会社さんにちょっと業務委託という形で入らせてもらったんですが、
エロくまさんもそこと一緒に会社さんとお仕事をしていて、
単純に出会いの場としてはそこの会社さんを通して出会いましたという感じです。
とはいえそんなに一緒に何かプロジェクトをするという感じでは。
一緒にやってることはなくて、定例会みたいでたまに一緒になるみたいな感じ。
そこである日エロくまさんのお口から、
日本で最も美しい村連合という団体があると。
ここに何か貢献できるようなというか、
一緒にできるようなものがないかなというのを議題で挙げていただいて、
僕はちょっとその名前の響きにやられてしまいまして。
嬉しい。嬉しいですね。
すごい僕興味湧いてしまって、エロくまさんにいろいろと深掘りをさせていただいたら、
ブランディングというか集客みたいなところをもっと強化されていきたいんだみたいなお話があったので、
ちょっとこれは今までの僕の知見を活用できるなということで、
一緒に何かやりませんかということで始まったっていうのが出会いです。
そうなんだ。
でも本当に、実は僕とかAちゃんとかひとことラジオが創設したきっかけも全く一緒で、
日本で最も美しい村連合っていうのがキーワードになっていて、
僕の鶴井村もそうですし、基礎町も同じく亀町村になっていて、
若者で集まろうぜみたいな感じで、
集まった時に何か面白いことやろうって言って、
集まってラジオをまず始めて、ひとことサミットみたいなのを一回目やった時も、
それにエロくまさんが来てくれてっていう風な繋がりなので、
キーワードが全く一緒で、なんかちょっと今だいぶ僕らもニヤニヤしてた。
そうそう、だいぶニヤニヤしてた。
そうなんですよ。だから、ひとことサミットっていうのを開催する前の、
一番最初の出会いというか、これの始まるきっかけになったのが、
長野県の中川村っていう、稲田に行って終われるとこなんですけど、
行った時に、やっぱり自分たちがネットで見てるだけだと分かんない情報とか、
漢字とか雰囲気とかってあるから、
じゃあ見に行こうぜって言って、5人ぐらい若い人で、
30歳前半ぐらいかな、20代とかもいましたけど、行ったんですね。
で、ほんと林檎にすごい向き合ってる人とか、
古民家を守ってる人とか、
ほんとに、なんですかね、ほんとその場で暮らしてて、
その暮らしを大事にしながら、
自分たちがこうやってること、すごい誇りを持って生きてる人たちがいて、
これを僕ら5人だけが知ってるのって、
すごいもったいないんじゃないって話をして、
だからやっぱり少しでも知ってもらうようにっていうので、
僕、ポッドキャストがすごい好きだったんで、
ちょっと悪ノリでポッドキャストしようよって、
シェフに投げかけるっていう。
みんな乗ってくれて、今ここまで来たっていう感じなんですけど。
でもほんとに田辺さん言ってくれたみたいに、
なんて言うんですかね、
東京とかのレストランでもちろん、
すごく面白い取り組みいっぱいやられてると思うし、
なんて言うんですかね、
この生産者とかその土地の食材とか、
こうみんなで食べてっていうのは、
すごく僕もめちゃくちゃいい取り組みだと思うんですけど、
その反面、やっぱり田舎に住んでいると、
田舎に来てもらいたいというか、
この本当の景色とか状況っていうのを知ってもらって、
あと確か東京でも開催されるんですよね、この一つが。
よくご存知で。
それの案内もぜひ。
東京でも、やっぱりいきなり地域に行くっていうのも難しいですよね。
難しいというところもあると思うし、
まずはいろんな人に知ってもらうことの方が大事だよねってことは
田辺さんとお話ししていたので、それでタコ町のオーク牧場さんという
ニンニク農家さん、畜産牛を育てていらっしゃる
2つの産業をやっていらっしゃる農家さんがいるんですけど、
こちらが初めて経産牛というのをですね、自分たちで出荷して
自分たちで販売するということを取り組みを始めるということで。
これがすごい偶然、このタコ町のときに行ったときにお会いして
オーク牧場さんにお会いしたときに、その話を聞いて
経産牛を出すのってすごい大変なんです。
大変な地域、それを自分たちで販売するのがすごく大変なんです。
なんでそれを大変なのもよく分かってたんで、
それをやりたいということがいらっしゃって
それは大変だから応援しなきゃいけないよねっていうような感じで
ではその経産牛、まずは何か食べる機会を作りましょう
っていうのが始まったんですけど、それをタコ町でもやるんですけど
東京でグローラーという目暗にあるイタリアンレストランがあるんですが
ここで桐山さんというシェフがいまして
彼にお願いしてもらって、東京でも食べれる機会を2日ほど用意しています。
11月の前半と後半です。
まずはきっかけとして東京に参加していただけると
次につながるなと思うので、ぜひぜひ。
11月のいつでしたっけごめんなさい。
これ日程はこれからでしたっけ。もうちょっとか。
これは決まってます。
11月の5日と11月26日ですかね。
そうだ多分。いやでもあれですよね。
5日と26日です。
行ってみたいよな。
なんかそれも予約を先にクラファンでできるっていうことですよね。
今のところはオープンではやってないので
このクラファンだけのリターンということでやってます。
まず興味が出た方はとにかくチェックしていただいて
どんな内容なのかなっていうのを
キャンプファイヤーのURLを概要欄に貼ってますので
その概要欄からぜひ見ていただければと思います。
大地さんもご存じだと思うんですけど
計算魚って本当にどうなるかわからないっていう不安があって
初めてなんで
どんな感じに肉が上がってくるっていうか
お肉になってくるかっていうのはちょっとわからない中で
あとは赤身が強いんで
やっぱりこういったヨーロッパっぽいお肉の焼き方ができる方のほうがいいなってのはあったので
今回桐山さんはイタリアでもお肉を焼いて
イタリアでも修行というか研修をしてきてるんですけど
桐山さん自体が料理店
いわゆるレストランを回ったっていうんじゃなくて
ウーファーっていう農家さんに回っていくっていうことを選択した人で