00:00
おはようございます、こんにちは、こんばんは、マキレイカです。 私とあなたの世界を映すラジオ【チャコめがね】です。
今日もですね、一人で語る回です。 前回も一人語りだったんですけど、面白いっていう感想をいただけて、まあ嬉しかったっていうこともあるんですけど、
なんか、言いたいことを言えてる感じが気持ちいいって言ってくれた友人もいてですね、
多分、一人で話してるっていうこともあると思うんですが、最近の心境の変化というか、言いたいことを言ってもいいし、反応を気にして言うのをためらわなくてもいいっていう許可を自分にしたことも、ちょっと大きいか
もしれないなぁと思ってですね。
私も独自の世界観の中で生きてきて、どうせ人に理解されないっていう感覚を強く持ったまま、この年まで生きてきてしまったので、
これまで、自分の本当の独特な世界をあまり全開にしてこなかったんですけども、
でも、理解されるかどうかよりも、表現したいことを表現するっていうことを大事にしたいなっていうことを、最近改めて思っているので、今日もですね、感じたこと、思ったこと、考えていることをお話ししていきたい
と思っています。
ということで、今日のテーマはですね、映画、「君たちはどう生きるか?」のネタバレあり、超主観的感想のシェアと題してお話ししていきたいと思います。
この映画に関しては、以前も一度ネタバレなしでお話ししたんですけれども、今日は思いっきりネタバレありで、そして超主観的で、個人的な体験も含めてお話をしていきたいと思っています。
ここでお願いがあるのですけれども、映画をまだご覧になっていない方は、今回の私の話は聞かないで、まず騙されたと思って、一度映画を見ていただきたいなと思います。
この映画はですね、見た人の半分くらいは面白くないとか、意味がわからないという感想になると思うんですね。
賛否は分かれる映画なんですけれども、どっちにしても見る価値はあると思います。
実は今日、あるオンラインコミュニティでこの映画の感想シェア会をしたんですね。
私がやりたくて主催したんですけど、私は実は今日2回目を見て、もう何回見ても飽きないなって思いながら感動したり号泣したりしてたんですけど、全く響かなかったっていう人ももちろんいて、
でもその方のどうしてそう思ったのかっていう感想もすごく私共感できたんですよね。
だから映画はもう面白いと思っても面白くないと思ってもどっちでもいいんですけど、まず見ていただいて、
自分の感想を持った上で、私の感想なり人の感想を聞くとすごく面白くて、
03:07
自分や他の人が世界をどういう窓から見ているのかということの一端を知ることができると思うんですよね。
そのぐらい深い映画だと思うので、ぜひ先入観を持たず一度見ていただきたいと思っています。
ということで見ていない方はもうここでこれ以降の私のお話は1回ストップして見てからお聞きいただきたいと思います。
では早速なんですけれども、私今日までに2回見たんですよね。
7月の20何日かと、今日8月24だったんですけど、1回目に見た時に前半の3分の1くらいまで見て、途中からストーリーを追うことをやめました。
特に主人公の魔人が自分で頭を石で傷つけて出血して、その後寝込んでいろいろ夢を見るシーンがあるんですけど、
そこから青鷺から直接声をかけられるようになるみたいなところから、もうこれは現実の話じゃなくて夢の中の世界の話かもしれないから、
辻褄を合わせようとして、ストーリーを追わない方がいいなって直感で思ったんですね。
例えばこの青鷺は何者なのかとか、この塔は何なのかとか、地下はどこなのかとか、その答えを回収しようとすると、もう純粋に描写を楽しめなくなるんで、
自分が寝てる時に見てる夢も辻褄が合わないけど、見てる時は妙に説得力があるっていうことってよくあるじゃないですか。
例えば私だったら、見たことのない風景の中に自分の家があるのに、それが当たり前と思ったり、
現実では行ったこともないのに、何回もそこ行ったことあるような風で車で通っていくとか、
あとおじいちゃんが普通に若い時の姿で出てくるとか、しかもその若い姿、私の人生の中で一度も見たことないし、みたいなこととか、
辻褄が合わないけど、見てる時は別になんとも思わず見てる、みたいな。
そういうものとして受け入れながら、それを見ながら自分は何を感じるのかっていう、それだけでいいんじゃないかなって映画で早めに気づいたので、
もしかしたら逆にストーリーを追うことをやめたことで、この映画の世界を楽しめたのかもなぁと思っています。
そうですね、ちょっと話がずれるんですけど、よく最近世間ではコンセプトとかストーリーがすごい大事ですよ、みたいな、ビジネス上でよく話が言われて、
商品とかプロダクトとか企画にしても何でもかんでもストーリーで語れ、みたいなことをよく言われるんですよね。
06:06
この商品ができるまでみたいな、あとそのできるまでの思い、ストーリーみたいな、実は私は結構もうそういうのがあんまり好きではなくてですね、
なんかうんざりしてるっていうか、あまり信用していなくてですね、というのもやっぱりライターとしてストーリーを書く側だったので、
その使い勝手の良さもわかるんですけど、なんかそのインチキさっていうか、うさんくささも身に染みてしまっていて、もうなんかストーリーストーリー言うなって思っちゃうんですよね。
ストーリーなんて、まあはっきり言って小手先でいくらでも作れるんですよね。嘘でも作れる。もうもっとぶっちゃけ言ってしまえばプロフィールのストーリーでもね、創作できるんですよ。
でもなんか私はそういうね、仕事というか片棒を担いできて思うのは、本物はもうストーリーなんかいらないんですよね。本物、本当の真実っていうのはね、大事なのは思想であり哲学だなというふうに思っていて、そう
いうものって説明しなくても毛穴から出てくるんですよね。
私はもう毛穴から出るものしか信頼しない、信用しないって思ってるんですけど、どんなストーリーも毛穴から出るものに比べたらペラペラで安っぽいものに感じちゃうんですよ。
まあなんかストーリーライターっていう肩書きで仕事で稼いできた私が言うんで間違いないと思うんですけど、なんかまあだからそういう仕事もつまらなくて辞めちゃったんですけど、
なんかいつもこうイメージとして思うのが、例えば白い紙に小さい丸を2つ、小さく丸を2つ真ん中に書くとします。
その丸と丸の間を結ぶ線って、もう行く通りにでも書けるんですよ。
もうその丸と丸を直線でもいいし曲線でもいいしギザギザでもいいし、いくらでもその点と点を結ぶ線は書けるんですよね。
まあそれがストーリーなんですけど、でもその線がどういう形なのかどうつなぐかっていうのは思想とか哲学とかが決めることなんですよね。
曲線なのか直線なのかぐるぐる遠回りしてつなげるのかとか、それってもうやっぱり背景にあるもの、毛穴から出るものなんですよね。
って思っていて、ちょっと何の話してるんだかあれになっちゃったんですけど、言いたいことはストーリーに載せられてわかりやすいものの中に本当のこととか大事なことって本当に語られてるんだろうかっていうこと
なんですよね。
なんか寝てる時に現れてくる夢みたいに断片的で意味の繋がりのないようなことの中に真実があるかもしれないしないかもしれないみたいな、逆に言うとわかりやすさばっかり求めるから騙されるし洗脳されちゃうん
09:17
じゃないかっていうこともあったりして、
なんか大事なことは何を感じているか感じ取るかみたいな感じなかったことも含めて自分の中に沸き起こることこそ自分の真実なんだって最近はなんか思うんですよね。だからもうそこには正解もなければ善悪もないって思
っています。
なんかそういう感覚で私はこの君たちはどう生きるかっていう映画と向き合って楽しんだ感じですね。
映画の話に戻りますと、前回7月のラジオでですね、ネタバレなしの感想の時に私が大号泣した箇所があるっていうお話をしたんですけども、
そこがどの場面かっていうとやっぱり最後の方にですね、本当に最後の最後かな、真人と姫がドアの前で私はこっちのドアに帰ると、真人は夏子さんと青鷺とこっちのドアに行けって言って、自分が出ていくドアを選択する
場面があるじゃないですか。
なんかね、あそこがすごくね、泣けてきたんですよね。姫が私はこっちに行くって言った時に真人がそっちに行ったら火事で焼け死んじゃうって言ったら姫がそれもいいじゃないかって、お前を産むことができるって言った
んですよね。
それもすごい感動的なセリフではあるんですけど、なんか私がなんで感動したかというと、私のなんか姿勢感というかこの命の理解の仕方、自分が実際体験したこととかから感じているのは、
自分はやっぱりこの世界にこういう肉体を持ってこの時代の日本という国に生まれるっていうことを自分で決めてこの世に来たっていうふうに思っているんですけど、
そのことを思い出したっていう感じなんですよね。魂の記憶を思い出したという感じ。私はこっちのドアを開ける、あなたはこっちのドアを開けるみたいな、なんかそういう別の扉の向こうにはまた昔の友がいて、
12:02
自分はここで生きていくっていう覚悟をしてここに来たみたいなことを思い出した。うまく言えないんですけど。
1回目に見た時に、映画でも感動して泣いてはいるんですけど、映画エンドロールも全部終わって、トイレに行った後にまたそのシーンを思い出した時に、
あれって映画で感動しただけじゃなく、自分の魂の記憶を思い出したんだなっていうことに気づいたら、なんかすごい本当に深いところからの感動というか涙が出てですね、もう号泣っていう感じでしたね。
トイレの個室だから良かったですけど、本当にトイレットペーパーで鼻を噛むみたいな。
なんかね、急にね、そういうことがありました。
すごく不思議な感じでしたよね。
パラレルワールドの片鱗みたいなものも感じましたしね。
ここら辺はちょっとうまく言えないんですけど、また3回目4回目と見て、いろいろ自分の中で何を受け取るかみたいなことはちょっと考えたいと思うんですけど。
今日ですね、2回目見たんですけど、1回目に見て大まかなストーリーを分かった上で、2回目見てるので、また新たな発見とですね、別の号泣ポイントが他にあったんですよね。
そこ、それはですね、人は前半では母さんのところに連れて行くぞとか、いろいろアオサギに言われて、アオサギにムカついてアオサギの羽根で矢尻作ったりとかして、弓と矢を作ってたんですよね。
その矢を作っている途中で、机に積んであった本が倒れて、その中から君たちはどう生きるかのお母さんのメッセージとね、大人になった真人くんへっていう母寄りっていうメッセージを読んだ上で、そこから本に没頭
して、時間が経つのも忘れて、時に涙しながら読んでいったんですよね。
たぶんその君たちはどう生きるかの本を読んで、真人は覚醒というか、自分に問いをつけつけられたんでしょうね。
ちょっと私その君たちはどう生きるかの本自体を、昔漫画で読んだんだけど、ちょっと内容忘れちゃったんですけど。
その本を読む前に、義理のお母さんの夏子が寝巻きを着たまま森の方に歩いていくのを窓から見てたけど、別にスルーして矢尻作ってたんですよ。
15:11
本を読んで窓を見たら、みんな夏子を探しに行ってたんで、自分も探すって言って、弓と矢を持って駆け出すんですよね。
その時に謎の古い塔の方に行って、その時におばあちゃんのキリ子が一緒についてきて、危ないから行くなって足を止めるんですよね。
その時にお坊ちゃんは夏子さんがいなくなった方がいいと思っているのにそれでも行くんですか、みたいな。やめた方がいいって言うんですよね。
でも人はそれを振り払ってでも、自分が行かないといけないって言って行くんですよね。
それって多分、その本を読んだっていうことが大きいんだろうなと思いました。
最終的に夏子が安置されている産屋のところに、ひみに導かれて行くシーンに遡って、
ひみは産屋までの石が自分たちを歓迎していないって言って、ビリビリってなったりとか電気みたいなの走って、産屋の前に来て、
ここから先はすごい危険だから自分なら行かない。お前は行くのかって言って行くって言って、人はやっぱり行くんですよね。
実の母ではない受け入れがたい義理の母、義理っていうかママ母を命を懸けて助けに行くっていうところに、
感情を超えてその産屋の中に助けに行くっていうところが、やっぱりちょっとグッときましたね。
産屋のところに白い紙がいっぱいぐるぐる回りながら、あれは結界だと思うんですけど、
結界の中に入るっていうことが結果的にインコたちを怒らせる、近畿を犯すとかって言ってたと思うんですけど、
たぶんあの結界の中にいる夏子は本性がむき出しになった状態だったんですよね。
それまでは人さんとか言ってこんな傷になってお姉さんに申し訳がないとかいろいろ言ってたけど、
産屋の中ではお前なんか大嫌いだ、あっちに行けみたいなことを言うんですよね。
もうその本性を隠せないというか、そのまんまのむき出しの本人。
だからこそたぶん結界を張って守ってるんでしょうね。
この子供を産むっていう状況の中を、わかんないけど、白い紙、結界を張ってたんだけど、
その中に行って助けに行こうとして、でもお母さんって、そこで初めて夏子お母さんって叫ぶんですよね。
18:10
自分の感情を超えて本当にその相手を助けに行こうとするっていうところに、
なんていうかな、単なる血のつながりとか、親とかだけじゃない。
もちろん夏子は実の母の妹なので血のつながりはあるって言えばあると思うんですけど、おばあなのでね。
なんかそういう感情とか血のつながりではないところで、それでも自分は命を懸けるっていうようなところにぐっときたんですよね。
2回目はそこがすごくいいなっていうか思いました。
私自身も、人にとっての君たちはどう生きるかのような本があってですね。
三浦彩子の塩刈り峠っていう小説が私にとっては多分それに当たると思うんですけど、
三浦彩子はすごい敬虔なキリスト教信者で、書く題材もキリスト教のお話が多いんですけども、
その塩刈り峠っていうのは、主人公の名前も忘れちゃったんですけど、すごく誠実で人のいい善良な一市民のある男性が電車の車掌さんになったのかな。
いろいろ端折ると本当に結婚前の幸せの絶頂の真っ只中で、確か車掌さんも憧れて憧れてやっとなった仕事だったのかな。
実はらしいんですけど、休憩車のところで列車が壊れて、ストッパーが何かが効かなくなって逆走し始めて、
このままでは乗客全員がそのまま坂を逆走して落ちていくみたいな時に、自分の身を抵して自分の命と引き換えに、
その電車が落ちていくのを止めた、みたいな話でした。
それを私も中学校2年生とかに読んで、衝撃を受けて、母親に読んだらって言って何気なく渡されて読んだ本だったんですけど、
こんな良い人がこんな幸せ目前、結婚目前みたいな時に、人のために自分の命捨てられるの?みたいな衝撃を受けて、
そこからすごい自分の命をどう使うか、みたいなことを考え始めるようになったんですよね。
そういう本でも何でもいいんですけど、自分の中に一度できた問い、君たちはどう生きるのか、お前はどう生きるのか、みたいなことを問われた時に、
21:14
それを行動で持って示していこうとするっていう、若い時はそういう純粋性があったな、みたいなことを思い出したりとかしましたね。
なんか号泣ポイントというか、私の中での感動ポイントはそういう感じなんですけれども、
あとはもう何と言っても、青鷺の声の須田まさきが本当に天才だなと思って、内容というよりは表現というかキャスト?
本当にびっくりしたんですけど、1回目に見た時に、声優が誰かとか情報がないまま見たんで、最後のエンドロールで須田まさきの名前が2番目に出てきて、
須田まさきどの役の声をやってたかなって思ったんですけど、まさか青鷺とは思わなくて、
その青鷺が須田まさきだって分かってから、もう2回目は須田まさきが声をやってる青鷺として見たんですけど、
いやもう本当にすごくて、はまってるというか、こんなことできるんだね、やっぱすごいな須田まさきと思って。
なんかね、須田まさきと米津玄師のyoutubeの対談があって、すごく興味深かったので、リンクを概要に貼っておきたいと思うんですけど、
やっぱり須田まさきもいつもと違う喉の場所を使ったから、数日使い物にならなくなったって言ってたんですよね。
それとは逆にですね、1回目の時から、キムタクの声は、これキムタクだってすぐ分かりました。
真人のお父さんの声。何をやらせてもキムタクはキムタクって言われますけど、本当に声だけでもそうだなと思って。
それはそれですごいことだなと思いました。で、ちゃんとはまってたし、キムタクの姿形がある時のキムタクとはまた違う魅力がすごく感じられました、私は。
昭和とか平成のスターっていうのは、何をやってもその人以外何者でもないっていう人がやっぱりすごい人って言われてて、高倉健とか吉永さゆりとかがそうだと思うんですけども、キムタクもそういう意味ではそうだと思
うんですよね。
でもなんか最近はやっぱり、令和は違うのかもしれないですね。何にでもなれる、もう全然予想もつかないことができちゃうみたいな、須田まさきみたいな人が、なんかすごい時代が変わったなぁみたいな風に思いました。
24:07
で、ふと数年前に須田まさきとキムタクについて考察した、比較した文章を読んだことがあって、これめちゃくちゃ面白いなと思ったことがあって、その時は私、須田まさきっていう存在を初めて知ったっていう記憶があ
ったんですね。
どういう記事かなと思って検索してみたら、まさにその記事がまだ残っていました。ありました。ミッツマングローブさんが書いたアエラドットの2016年の5月16日の記事で、
三つも驚愕、木村拓也を過去にした神レベルの須田まさきっていうタイトルの文章だったんですけど、これはですね、これもリンクを貼っておくので、ご興味ある方は読んでみてください。
ちょうど2016年の7月から、この君たちはどう生きるかの映画の構想が始まったようなんですけど、その直前の記事なんですよね。だからなんか偶然なのか、時代の必然なのか、その木村拓也と須田まさきがこの歴史的
映画の俳優を張ってるっていうのが個人的にはすごく面白かったです。
あと、本当個人的な話なんですけど、主人公の名前がマヒトで、苗字がマキなんですよね。私と同じマキバのマキ、一文字のマキマヒトだったんですよ。
転校した学校の黒板にマキマヒトって書かれてて、苗字はそれ一回しか登場しないんですけど、下の名前のマヒトについては、地下の海の世界の船の上で若い時代のキリコに名前を聞かれてマヒトって答えて、キリコがマコ
トの人か、道理でお前は死の匂いがプンプンするって言ってたんですよね。
そういうシーンがあって、マコトに生きようとする人間が生と死のギリギリの狭間にいるっていうことなのかな、みたいに思ったんですけど、このマキっていう苗字にも絶対何か意味あるんだろうなって考えたときに、
牧場の牛とか馬のように飼いならされてる人間がいる、そういう世界の中のマコトの人っていう意味なのかなとかってちょっと思いました。
あとですね、めっちゃ面白ポイントが個人的にあって、すごい絵が雑な場所があって、2回目でそれに気づいて爆笑してたんですけど、最後の方に大王子に会いに行った姫を助けるために、マヒトとアオサギが大王子の
ところに行こうとして、巨大な木の扉が出現して、そこを開けて別世界に入るっていう。
27:02
入ってみたら美しい庭園の回廊に出るんですよね。そこで姫と再会するんですけど、遠くで小さく描かれたときの2人の顔がめっちゃいい加減、目が点2つみたいな、すごい手抜きされてるなみたいな。
アップになったらちゃんともちろんしてるんですけど、その2人が再会して抱き合う前の遠くにいて、ちっちゃく描かれたときの顔のいい加減さがちょっと一人でつぼりました。
なんかどうでもいいんですけど、もしまたもう一度見に行かれるっていう方はね、あそこチェックしてみてください。
あんな目描くくらいだったら顔なくていくねみたいな。すごい適当だなぁみたいにちょっと思ったんですよね。見間違いかな?いやそんなことないと思うんですけど。
とにかくですね、もうなんか細かいことを話してたら、キリがないぐらいいろいろ語りたくなっちゃうんですけど、
私は本当にすごい大好きな映画というか、実写じゃない映画で、映画館で2回見た映画って初めてじゃないかと、初めてですね確実にね。
2回見た映画自体だって高校生の時のボディーガード、ホイットニー・ヒューストンとケビン・コスナーのボディーガードあれ2回見たくらいですからね。
それ以来じゃないですかね、映画館で2回見るっていうのは、なんか私にとっては個人的に魂の記憶を呼び覚ますような深い体験をさせていただいて、本当にすごい作品だなって思っております。
皆さんはどんなご感想をお持ちだったでしょうか。よかったら聞かせていただきたいと思います。
ではでは、今日もお聞きくださりありがとうございました。次回もお楽しみに。