#33 暮らしの中から世界を見つめ直す
2023-07-28 23:12

#33 暮らしの中から世界を見つめ直す

・3.11を東京で体験して
・暮らしの中から電気の源を考える
・身の回りにあるもので暮らしを紡いでいく
・国産の綿を育て紡ぐ活動
・一番近くて一番遠い「衣食住」の「衣」
・「私たちの暮らしを支えている人たち」の暮らしを考える

話し相手▶ 徳岡真紀さん(クラシノワ舎主宰、40代女性)
クラシノワ舎HP https://www.kurashinowa.com/

#クラシノワ舎
#フェアトレード
#エシカル


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マキレイカ(チャコール・マキ/通称 チャコ)
SUMIYOI(炭よい)プロジェクト主宰

1976年青森県弘前市生まれ、広島県三次市在住。
夫と保護犬2頭、保護猫3匹とともに、
田園風景の広がる里山で暮らしている。

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10歳の時、カルガモの親子に出会ったことをきっかけに環境問題に関心を持つ。
大学で海洋生態学を学んだ後、環境NGOにて勤務。その後フリーランスで地方自治体の自然再生事業や環境教育事業に携わる。
2008年より炭を使った森林再生事業を開始。
2018年からは「炭よいプロジェクト」を立ち上げ、もみ殻の炭を作り始める。
2020年に広島に移住し、里山での暮らしに“いのちが安心する”感覚を得る。
現在は、開かれた場所づくりと心地よい生き方を探求中。

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自分が見ている世界と、
自分以外の人が見ている世界が違うと知った瞬間、
しんどい時もあるけど、面白いとも思う。
そこに人生の醍醐味があると感じる。

リスナーの皆さんが見ているのはどんな世界なのか、
私の話や視点を通して発見する機会があったとしたら、
これ以上うれしいことはありません✨

比べるのではなく、ジャッジするのでもなく、
それぞれの人がそれぞれのままで、
心地よく生きていけたらいいな、
と思う今日この頃です。

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▶︎こんなテーマを話しています♪

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おはようございます、こんにちは、こんばんは、マキレイカです。私とあなたの世界を映すラジオ【チャコめがね】です。 今日のお話し相手も、徳岡マキちゃんに来ていただいています。
よろしくお願いします。 徳岡マキちゃんが主催している【暮らしの和写】という活動。
前回のお話で、ネイティブアメリカンの恐竜区に行って、そこで体験したこととか見てきたお話を少ししていただいたんですけど、その体験から、今の活動につながっているというところのお話を聞きたいなと思った
んですけど、
ネイティブアメリカンの人たちの暮らしとか、生地を食べる羊を飼いながらラグを追っているおばあちゃんだったりとか、カナダのメディスンマンの方のお話とか、いろんなことを見たり異文化で体験したものを日本の自
分の故郷に帰ってきたときに、
日本にもあるじゃん、みたいな気づきからの活動というところまでお聞きしたんだけど、一番最初に何をしたんですか?
暮らしの和写で、暮らしの和写は結局それは本当に20代のお話だったので、暮らしの和写って本当に震災の後2014年、15年か15年に立ち上げたので、
すごい間が空いてるんで、その間、結婚したり、出産したり、東京に行ったりっていうことがあったりして、他の仕事もたくさんやってたりとかしたんだけれど、
そのルーツとしては、暮らしの和写を立ち上げるルーツとしては、すごくネイティブアメリカの居留地に滞在させてもらったときの体験っていうのは大きくて、暮らしの和写を本格的に自分でなぜ立ち上げようかと思ったか
っていうと、
震災が大きくて、3.11の当時、私は東京都調布市の仁台寺っていうところに住んでいて、仁台寺で子供がまだちっちゃかったので、生まれて3歳までそこで過ごさせてもらって、
3歳になったぐらいにちょうど3.11を経験することになって、東京に私被爆産生なので、おじいちゃん、おばあちゃんが被爆者で、
広島でね。だから、福島の原発が爆発したって言って、爆発かもしれないっていう状態だったんだけど、その時にもうこれはちょっとまずいかもっていうのを直感的に思っていて、
で、私の原発のことの取り組みをやっている広島の友達とかにすぐ連絡して、どうしたらいいんだろうって言って、要素材をとにかく薬局でっていうことで、もうその3.11の日はずっと夫が自転車で要素材を探してく
03:10
れた1日だったんだけど、
で、もうその次の日にはやっぱり子供を第4、被爆4歳とかにしたくないなっていう思いがすごくあったので、東京なんて300キロしか離れてないんだから、すぐやってくるかもと思って、なのでとにかくもう遠くに逃げ
ようと思って、広島に3月の12日に帰った。
次の日に。
そう、次の日に。で、飛行機が夜に出たので、ずっと飛行機しかないなと思って、陸路も難しいだろうし、ガソリンスタンドいっぱい並んでるっていうし物資はないっていうし、とにかく飛行機が出たら帰ろうと思って、
で、すぐ帰って。
帰っても本当にもう原発のことがね、私は気になっていて、やっぱり命の根源だと思ってるから、核兵器と核と人間は共存できないっていう森滝さんっていう広島でずっと活動されてた人の言葉は私の中にもすごい残って
て、
うちの祖母の息子、私のおじにあたる人も発血病で小学校上がる前に亡くなってたりとかするので、うちの息子も同じことになってしまうんじゃないかっていう恐怖みたいなのがあって、
それからずっと原発反対の活動をね、もう3年デモやったり、国会議員に会いに行ったり、もうあらゆる手段で原発を止めようと思って、とかそういう反核の団体の人だったりとか被曝者の団体の人だったりとかと一緒にず
っと3年活動してたんだけれど、
でも止まらなかったし再稼働するとか言い始めて、そうなんだと思って、これはやっぱりアプローチの方法を変えないときっと同じことを繰り返してしまうというか、きっと変わらないんだなと思って、
じゃあ自分たちの暮らしの中から結局コンセントの向こう側に何も意識してなくて、原発が爆発するまで自分たちがどこから電気をもらってきてどういう形で作られてきたかっていうことに意識を向けてなかったこと
っていうのがすごく大きな原因なんじゃないかなと思って、
じゃあもっと自分たちの暮らしを自然に寄り添ったものだったりとか電気の熱源だったりとかに意識をして、今も薪ストーブとか薪風呂で暮らしてるんだけれど、やっぱりそういうエネルギーの源、自分の暮らしの中から変
えていくっていうことを少しずつ伝えていくことが
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ゆくゆくは原発をなくすことだったり、平和に繋がっていくんじゃないかなっていうふうに感じたんだね。それで暮らし農舎っていうのを作ろうと思って、そうやって皆さんに一色十有、お手当て、それは薬草だったり
とかっていうことなんだけれど、身近にある薬草でお手当て。
すべて東京では全部お金を出さなきゃ買えなかったエネルギーだったり物だったり薬だったり病院だったり、いろんなことが三好に帰ってくると自然の中にそれが全部揃ってたっていうことに気づかされて、
それでもう自分の身の回りのものでできるだけ暮らしを作っていけることができる三好で、やっぱり私ここで暮らして、それを皆さんに伝えていきたいなっていうふうに思って。
もうすでに職とか住まいとかっていう部分は皆さんがやってね、地域でされている方が多かったので、お友達もね自然農とかやってたりとか林業をやったりとか家を建てたりとかするお友達が周りにいたので、じゃあ私はい
いの部分をやってみようと思って。
で、ずいぶん昔に読んだガンジー自立の思想っていう本があって、ガンジーさんは非暴力不服従とか言うけれど、あれは有名なんだけれど、ひそかに自分で糸を紡いで自分の服を自分で作っていたんよね。
で、全部手紡ぎで作っていて、それはやっぱり機械に頼ってしまうとどんどんやっぱり人もいらなくなってきたりとか大量生産で大量商品になってゴミになってしまったりするような良いの世界を、あの人はやっぱり地域で
その産業が廃れてしまうっていうことが、
本来のインド、産業はインドなんだけどイギリスに全部そうやって支配されてしまうということを憂いて、やっぱりそこをきちんと自給するっていうことで、自分の暮らしも国も成り立っていくっていうことを伝えてた
んだけれど、
私も本当にそれをすごく感銘を受けて、じゃあ今ある急行電も全然使われなくこれかで工作法基地になっているような場所がたくさんあるからそれを使って、じゃあ日本のもともとあった綿、外国産の綿ではなくて和綿
っていう日本の綿を使って、じゃあ何かしらもう作ってみたいなっていうのを感じていて、
できれば赤ちゃんのものとか作りたいなと思ってたんだけれど、千葉にある鴨川和綿農園という綿を育てている人たちがいて、そこに勉強しに行って、そこで糸紡ぎだったり、がんじーさんの思想だったり、そういうことを
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教えてもらって、地元に帰ってで綿を紡いだりすることを、実は震災より前に
そうやっていて、その気持ちっていうか、そういう思いはずっとこうふつふつと、3年ぐらい綿を作ってたんだけれど、結婚したりして、またおみよしを離れなきゃならないことがあって、その時にもうやめてしまっていた
んだけれど、もう1回それをじゃあ自分でやってみようっていうふうに思ったのが震災がきっかけ。
去年の綿のワークショップ年間の5月ぐらいから始まって、種まきして育ててみたいなワークショップに参加させてもらって、毎月の。
なんかね私も、確かに衣食中の衣っていうのが自分でできる気がしない。一番離れてるよね。毎日体に接している衣類なのに、布から作るっていうか、その素材を作るっていう発想はなかった。
それで、綿ってこんな植物なんだとか、種取るのが大変だったりとか、そこからまた紡いでとか、もう私すっごい不器用だから、紡ぐのとかも全然できないし、ブチブチ切れたりとか。
綿の中にある種を種取り機みたいに取るんだけど、それさえも詰まったりとかして、これ1枚のTシャツ作るのにどんだけかかるんだみたいにクラクラしてきて。
だからそういうこと考えると、1枚数百円で売ってるTシャツとかが、これ綿100って書いてるけど、どんだけの量でどんだけ、たとえば普通に農薬とか使うだろうし、そこで働いてる人とか。
農家の労働ってすごい大変って聞いたことがあるから、奴隷がやってたとか。
農地が農薬で汚染されるとかっていうのもチラッと聞いたことがあったから、全部を自分で叶うことは難しいけど、でもそれを体験することで見え方が変わるっていうことを去年のワークショップで感じたんよね。
暮らしのワークショップのやつですごくあれ面白かったね。
良かった本当にね。でもそれをね伝えたいなと思って。何気なく着ている服なんだけれど、食べ物って結構気にするでしょ。
何が入っているかとか、どんな作られ方をしているか。でも服って誰が作ったのかとか、どこから原料がやってきたのかとかって、ほとんど気にしなくて可愛いか。
12:05
そう、安いか。せいぜいオーガニックとかね。
そこだなと思って。でも裸ではみんな暮らせないわけで、なのにも関わらずすごく良いって、日本でもほとんど98%はもう海外から輸入の材料、原料でやっているっていうことだけれど、
じゃあどこからどういう人が作って育てて、どういう工場とかで作られてっていうのって、ほとんど知らないよね。なんで980円で買えるのかっていうのが。
でもその980円を自分で種をまいて、草取りをもう1年ずっとやって、糸に紡ぐまでっていうところまでやろうと思っても、本当に大変で。
寝切り虫とかね、種まいて、あんなに種ないで来て移植したのよね。全然全部は育たんかったよね。雨で流れたりね。
そんな大変な世界ないよね。植物で一つ一つできているっていう、一枚一枚ね、服ができているっていうことに思いを馳せることだけでも、やっぱり暮らしのあり方とか、自分の買い物に関しての意識って変わってくるだ
ろうなと思って。
やっぱりワークショップっていうね、そうやって種をまいて、糸に紡いで、最終的に草木で染めたりして、一枚の布にするっていうことを年間通してワークショップをやっているんだけれど、それはやっぱり皆さんにそうい
った思いを伝えたいっていう部分もあれば、
急行電の問題だったり、さっきベイカーさんも言ってくれたけど、本当に奴隷の人たちの仕事だったっていう面科の作業はね、黒人の人たちがどういう状況でそういうことをね、ずっと労働しられてきたかっていうのも、い
ろいろな映画とかも見ると、そういう映画もあったりして、アメリカの昔の映画はね。
だからそういうところから私たちの服につながっているっていうことに、やっぱり少しでも思いを馳せてもらったり、今はインドとかでもね、面科の、インドが一番多いけれども、面科を作っているところって、
女装剤がね。
女装剤とかでね、たくさん健康に被害を及ぼしたりとか、それを買うためにお金をたくさん使ってしまって、自殺する農家さんっていうのがすごく多くて、それが社会問題になったりして、さらに今はBTコットンってい
って、
もう耐性が無心にとか、枯葉剤に耐性ができた遺伝子組み替えのコットンが主流になってきていて、反対のオーガニックに立ち戻っている流れもあるんだけれど、そういった栽培もやってたりとかして、生態系とかの影響
15:15
っていうのもすごく懸念をされていることもあったりして、
だからそういうところまで、やっぱり私たちの暮らしの中では全く見えてこない。
そうだよね。
そう、だからそういうところにも少し意識を持っていくことができれば、消費だったり、社会の仕組みだったりっていうのが変わるきっかけになるなっていう風に思ったりする。
なんか私がね、徳岡真希ちゃんをすごい、知り合ってもう2、3年になるけど移住してから、一番この人すごい信頼できるなって思ったのがいくつかあって、
お家に遊びに行ったときに、やっぱりさ、お家にあるものが全部木のものとか布にしても、なんていうかな、プラスチックすごい少ないじゃん。
うちも気をつけているとはいえ、やっぱりプラスチックとかついあるからさ、全然その家の中で選んでいるものとか暮らし方が全部家の中にあるもので表している。
すごいな、言ってることとやってること本当に一致してると思って。私さ、密かに感動しとったんよ、家で。
なんかそういうところってさ、出るじゃん。当たり前にしてないとっていうところで、自分のことを変えりみたりしたんだけどさ、
なんかそういう実際の体験とか、切実なネイティブアメリカンの方の協力でね、暮らしぶりに接したりとか、いろんな現実を見たときに、
頭だけとか、その主義主張とか反対反対とかだけじゃなく、実感の中から生まれてきたのが暮らしの場所なんだろうなって聞きながら思っとったから。
その部分は大きかったかなって。やっぱりもう一つすごく私の柱の中では、バングラディッシュっていう国に応援があって、
大学の時にね、そこにバングラディッシュに学校建てるボランティアやっている近所のおじさんたちと一緒に行かせてもらったことっていうのがね、すごくやっぱり私の中では大きくて、
自分たちの今も服のこともそうなんだけれど、やっぱり日本に届いている服って、メイドインバングラディッシュのものがかなり多くて、
そういったところのね、服を作っている現場っていうところが、どんな状況なのかっていうと、
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あれ?縫製工場崩れたとこもバングラだよね。そうだよね。ニュースになったよね、何年か前ね。
村から出稼ぎに来ている女の子がね、10代の女の子がたくさん亡くなったのね。
やっぱりそういう現実と裏腹に私たちの生活が成り立っているっていうことを、やっぱりその途上国って呼ばれている国に行ったことですごく私実感したことがあって、
自分たちの暮らしを支えている人たちの暮らしが、やっぱり幸せでないと、やっぱりおかしいよなって、何かおかしいよなっていうのをすごく思っていて、
だからやっぱり買い物だったり、フォトフェアトレードのものを買うだったり、ちゃんと作り手がわかるものを買うっていうことだったり、
自分で作るっていうことだったり、もう少しそういう自分の暮らしの中からできることっていう、例えばその学校を建てるっていう、私は向こうに現地にいてやったけれども、
そうじゃない私たちの暮らしの中を変えていかないと彼らの暮らしも変わらないんだなって、
安いものをずっと買い続けることが、ランナープラザのすごい賃金で朝から晩まですごい劣悪な状況で働かされている若い女の子たちの環境を変えることはできないんだろうなっていうふうに思うと、
やっぱり一つ一つの買い物だったり、暮らしの中の自分たちの行動っていうのはすごく大事なんだなっていうのを感じた。
それで暮らしの輪っていう、暮らしの輪社の社はなんていうの、校舎の社だもんね。暮らしの輪っていうのがそういう自分の身の回りだけじゃなく世界も見た。
本当にすごい古い言葉だけれど、シンクグローバリー、アクトローカリーっていう言葉ずっと好きで、私はバングラディッシュに出会ってからね。
やっぱり自分の暮らし、自分の足元と世界ってすごく遠い気がするけど、すごく近くに繋がってるんだなっていうのを実感して、やっぱり世界的な視点で考えて、自分がじゃあ地域でどのように動いていくかとか暮ら
しをどういうふうに作っていくかってすごく
社会的なもっとちっちゃい取り組みかもしれないけど、そこが社会を変えたりしていく、原発を止めるっていうもう一つのアクションっていうか、そういう流れにいつの間にか繋がっていくんじゃないかなって遠回りのよう
だけど、一番そこが近道なんじゃないかなっていうふうに思った。
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そういう哲学とか、実際の体験と哲学思想を持って暮らしの話者もやってるし、その延長線上で司会議員っていうね、活動もしてるっていう、そういう人あんまりいないもんね。すごいよね。
原稿一致っていうことで行動してくれてる地方の議員さんっていう、そういう人が本当に、まあ議員さんだけじゃないんだけど、世の中を変えていくし、やっぱり地方自治とか地方政治ってなんか大変だけど、でもそこに
結構面白い差があるよね。
本当に、まあね、原稿一致してるかどうか私もね、まだまだいっぱい課題はあるし、もうできないこともたくさんあるけれど、でもやっぱり言うんだったらやろうよって思ってしまうよね。やっぱり議員ってどうしても提
案したり指摘はできるんだけれど、結局行政ではないから自分たちが執行することってできなくて、
じゃあ自分の暮らしだったりとか自分の生き方だったりとかそういったことで、あの実行できることはやりたいなって環境を良くしてくださいって言いながら自分の暮らしじゃどうなのってなったときに、やっぱりそこは繋
がってないと自分の中で納得いかんし、みんなに伝えれないなって実感ないよなって思うよね。
なんか私あと、コーヒーのさ、話、南米に行った話めっちゃ好きだから、なんか次でその話聞いてもいい?
私コーヒー飲めないんだけどさ、いつもね、コーヒーのその話。じゃあ引き続き次回もまたコーヒーの旅の南米の話をお聞きしたいと思います。ありがとうございました。
23:12

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