#32 ネイティブアメリカンのから教えてもらったこと
2023-07-25 25:32

#32 ネイティブアメリカンのから教えてもらったこと

・ネイティブアメリカンの居留地を訪ねて
・インディアンのおばあちゃんとの暮らし
・セージを食べる羊たちを追う生活
・病気を治してくれるリトルピープルの話
・日本に帰ってきてからの気づき

話し相手▶ 徳岡真紀さん(クラシノワ舎主宰、40代女性)
クラシノワ舎HP https://www.kurashinowa.com/

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マキレイカ(チャコール・マキ/通称 チャコ)
SUMIYOI(炭よい)プロジェクト主宰

1976年青森県弘前市生まれ、広島県三次市在住。
夫と保護犬2頭、保護猫3匹とともに、
田園風景の広がる里山で暮らしている。

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10歳の時、カルガモの親子に出会ったことをきっかけに環境問題に関心を持つ。
大学で海洋生態学を学んだ後、環境NGOにて勤務。その後フリーランスで地方自治体の自然再生事業や環境教育事業に携わる。
2008年より炭を使った森林再生事業を開始。
2018年からは「炭よいプロジェクト」を立ち上げ、もみ殻の炭を作り始める。
2020年に広島に移住し、里山での暮らしに“いのちが安心する”感覚を得る。
現在は、開かれた場所づくりと心地よい生き方を探求中。

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自分が見ている世界と、
自分以外の人が見ている世界が違うと知った瞬間、
しんどい時もあるけど、面白いとも思う。
そこに人生の醍醐味があると感じる。

リスナーの皆さんが見ているのはどんな世界なのか、
私の話や視点を通して発見する機会があったとしたら、
これ以上うれしいことはありません✨

比べるのではなく、ジャッジするのでもなく、
それぞれの人がそれぞれのままで、
心地よく生きていけたらいいな、
と思う今日この頃です。

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▶︎こんなテーマを話しています♪

#生き方 #暮らし方 #ビジネス #環境 #活動 #教育 #持続 #サステナブル #移住 #多様性 #価値観 #発見 #自然 #五感 #体感 #現代アート #パーマカルチャー #エコヴィレッジ #自然農 #有機農業 #コミュニティー #メンタルモデル #フリーランス #40代 #50代 #親友 #仲間 #手放す #ライフスタイル #田んぼ #米作り #不耕起栽培 #古民家再生 #DIY

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00:00
おはようございます、こんにちは、こんばんは、マキレイカです。 私とあなたの世界を映すラジオ【チャコめがね】です。
今日は、私のお友達の徳岡マキちゃんにお話し相手をしていただきます。 よろしくお願いします。
お願いします。
徳岡マキちゃんは、私が住む三好市で生まれ育っていて、今、市会議員としても活躍しているんですけど、
その前に、今、私たちがいるのは三好市の三和町の、なんていうとこ?神?
大土山?
大土山の岩倉神社。
天の岩倉神社。神宮だ。
山のてっぺんの近くに巨石がいくつもあって、その巨石を祀っている神社なのかな。
去年も一回二人で来て、このラジオを収録するの、あそこ行こうか、みたいな感じで、
忙しい中時間を作ってもらって、わざわざ山のてっぺんで収録しているんですけど、
それで徳岡マキちゃんは三好市の市会議員の活動もされているんですけど、
今日はその前に、私が前からじっくりちゃんと聞いたことがなかったなって思うライフワークっていうかな、
暮らしの和写っていう活動を議員になる前からされていて、
そのルーツとか、どういう活動でどういう思いでやっているのかっていうのを、
知っているようで知らなかったなと思ったので、じっくりお聞きしたいなと思って、
ネイティブアメリカンの居留地に行ったり、いろんな旅をされているので、
そういう話もじっくり聞きたいなということで、お話し相手に来ていただきました。
マキちゃんは三好で生まれ育って、大学で外に出て?
高校で広島に出て、大学も外に出て、就職も外に出てっていう感じで、
三好にいたのが中学校卒業まで。
そうなんだ。
それからずっとてんてんと三好を離れて出て、
でも初めて就職したところがヤオハンジャパンって言って、
スーパー、アタミが本社でスーパーを経営して、
そこが私が1年就職した時点で倒産したよね。
あの頃って本当なんだろうな、最初のバブルが弾けて、
すごい証券会社とかが倒産したりとか、
ヤマイチ証券とか。
そうそうヤマイチ証券とかね。
なんかああいう時代で、
私本当ベビーブーム、第2次ベビーブーム48年生まれなので、
だからすっごく就職の時も超氷河期って言われる時代で、
今も大変だと思うけど、
その時は多分本当に今までになかった就職超氷河期だったと思うんだけど、
03:07
それまでにはなかったね。
それでやっと就職できて、
本当前は低手余田だったらしいでしょ。
大学卒業したら誰でもクルーズとか知ってもらったとか言う人とか。
バブルの先輩はみんなね。
でもそんな時代じゃなくて、
すごくみんな苦労してて、
就職にやっと一部上場企業に就職できたにも関わらず、
1年で倒産して、
企業って何なんだろうみたいな思い始めて、
自分の好きなことをした方がいいんじゃないかってその時に思った。
一企業の歯車として働くっていうことが、
自分の存在って何なんだろうって思って、
すごく思ってしまって。
なので、働いては旅に出て、働いては旅に出て、
みたいな生活をそこからするようになって。
あ、そうなんだ。
一番最初に行った海外は?
高校の時にホームステイでカリフォルニアに行かせてもらったのが初めてで、
その時にちょっと衝撃的だったのは、
日本にいたらありえないなんて言うんだろうな、
映画館とか行くでしょ?
そしたらポップコーンとか買うでしょ?向こうの人。
そしたらポップコーンを日本だったらこぼすとか、
こぼしたらはしたないとかそんなダメとか。
拾うよね。
そう拾うでしょ。
でもアメリカってでっかいポップコーンに手をガサーって突っ込んでボロボロボロボロってポップコーンが落ちても、
別に下に落ちても気にしてなくて、
それがちょっとすごく衝撃で、
あ、なんかこんな感じでいいんだみたいな。
あんまり気にしなくてもいいんだみたいな。
それがいいか悪いか別として、
ちょっとなんか自分の殻が破れた感みたいなのがあって、
なのでそれが海外にすごく関心を持つきっかけになったかなと思って、
そこからもう海外に行きたいっていう、
日本じゃなくてもっと外国の世界が見てみたいっていう衝動に駆られたかな。
その場所を変えると、
同じ行為でも全然違うみたいな何かが構成の時に衝撃を。
はじけたっていうか。
特に印象に残ったっていうか、
06:00
自分の人生の中でこの旅はっていうのはある?
そうでもさっき最初にれいかさんが言ってくれた、
ネイティブアメリカの拠点に行ったのは私の中ですごく大きくて、
2000年にパソコンを買って始めて、
私ずっと興味のあった自分に猛コハンがあるでしょ?日本のマッソって。
猛コハンがある民族ってどれだけいるんだろうって思った時に、
世界中にね。
そしたらネイティブアメリカの人たちと、あとモンゴルの人たちっていうのがちょっと分かって、
初めて買ったパソコンでネイティブアメリカンっていうのを検索した。
そしたらその時に出てきたのがネイティブアメリカンの拠点で石炭資源を巡って、
さらにその人たち強制的に移住させられてきた歴史があるにもかかわらず、
またそこから移住させられようとしているっていう問題が一番にぶつかって、
それに対して平和行進というかピースウォークっていうのをやっている日本人がいるっていうのを知って、
よし私も行こうって思ったのが。
その時大阪にいたの?
その時は三好に。
一回帰ってきて仕事辞めて。
バイナリーで働いてた。
働いてまたどっかに行こうと思ってお金貯めてた頃でピースウォークに。
日本にこういう人たちがいるんだって思うような、
本当ヒッピー的な皆さんでコミューンで暮らされてたりだったりとか。
ピースウォークは日本で?
日本でずっと日本で平和のそこは母なる大地だから、
やっぱりそこの土地をそうやって怪我したりとか、
そうやって強制移住させることっていうのは、
やっぱり地球全体に影響が及ぶっていうことで、
そういう意識を持った人たちが。
そして私も平和の灯火を持ってずっと歩いて。
私もずっと仕事はやってたから、
時々参加させて長野でしばらく歩くとか、
広島に来られてしばらく一緒に歩くとかさせてもらってて、
彼らがその灯火を持ってアメリカに行くっていうことで、
アメリカに行かれて、
09:01
私もちょっとちゃんと自分の目でネイティブの人たちが
今現在置かれている状況を確かめたいなと思って。
その後しばらくしてアメリカに行って、
一緒に歩いていた人がアメリカのネイティブアメリカの人で、
それはニューヨークの、あ、違う、ボストンのネイティブアメリカの人だったんだけれど、
ヘロシマまで来て、日本まで来て、
そうやって一緒に歩いてくれって言ったのね。
で、その人たちと一緒に歩いて、
人を訪ねて、そこの距離地とか、
その近くの色恋族っていうところの距離地だったりとかにお邪魔して、
ずっとホームステイさせてもらったりとかして、
で、カナダのシックスネーションズっていう、
そういう部族の人たちがいらっしゃるところの距離地でまた滞在させてもらったりして、
それからずっと旅をして、ナバホールのところに、
強制移住をさせられようとしている人たちのところまで行って、
そこで執事会のお手伝いをしたっていう。
その期間はどのぐらいの期間なの?
半年弱ぐらいかな。
一人でいきなり行って、頼って行って。
最初は一緒にピースウォークしていたお友達と一緒にボストンには行ったんだけど、
その後別々行動をして、
私はナバホの距離地でお手伝いしたいって思ったので、
そっちに旅をして、車を借りて、
20代でしょ、そこらで。
20代だったっけ。
そこで距離地でどんな暮らし、何をするの?
ボストンとかにも距離地があるっていうこと。
ボストンからニューヨークにすぐ移ったんだけれど、
ニューヨークにも色濃いインディアンっていう、
だいたいアメリカの国の憲法の、
昔のそういった基礎となるようなものを作った人たち、
そこを参考にして作ったって言われてるんだけれど、
その人たちの部族の規則を参考にしてって言ってるんだけど、
そういう人たちの距離地があって、
ニューヨークにそういう距離地があることすら私も知らなかったんだけれど、
そこのオノンダガインディアンっていう人たちの距離地に私、
12:03
長老の家にずっと泊まらせてもらってて、
毎日長老が糖尿病で、
やっぱりネイティブの人たちってお酒にすごく弱い民族で、
だから白人の人たちがやってきて、
お酒をこうやっぱり飲まして、
彼らの力を奪っていったっていう歴史もあるようで、
だから今は距離地でもお酒だったり、ドラッグだったり、
武器だったり、そういう問題がすごくあるっていう話は聞いてたんだけれど、
彼らも同じで、
9.11の時に狙われたビルなんだっけ、
ワールドトレードセンター、
あのセンターの基礎を作ったのが色恋のインディアンの人たちで、
アイランワーカーって言ってなんだろうな、
鉄工職人みたいな、飛び職みたいな、
あの人たち高いところが怖くない部族の人で、
だからああいう人たちを使ってビルディングを建てていて、
そういうすごく誇りを持った部族の人たちなんだけれど、
実際、距離地の中では本当に糖尿病だったりとか、
私が滞在している間も銃でね、殺人事件みたいなのがあったりとかして、
結構ちょっと大変な問題を抱えているような感じで、
そういうのを色々聞きながら、
あと伝統のお話、昔の神話っていうようなのを地域の人が教えて、
うちに来て私たちに教えてくれたりとか、
一緒に保存職を作ったりだとか、そういう暮らしをして、
そこの色恋の場所をすごさせてもらっていたかな。
それからずっとタバコの距離地にどうしても行きたくて、
そこで強制重視させられようとしている人たちの現状を何かしら助けられないかなと思って行って、
そしたら本当電気も水道もないところに住まれているおばあちゃん一人暮らしだったりとかして、
このおばあちゃんもナバホ語しか喋れないから、
もう身振り手振りとかで話すんだけど、
そのおばあちゃんはラグを、伝統的なナバホの人の衣装を着て、
いつもターコイズのアクセサリーを必ず身につけて、
伝統的な暮らしを、羊のお肉をいただいて食べて、
フライブレッドっていう揚げパンを食べる朝のお食事はそういうのが出たりするんだけど、
そういうのを作ってくれたりするんだけど、
そういう伝統的な暮らしをしているおばあちゃんたちで、
15:02
でもそこの場所から石炭が出るからそこを強制的に移住させろっていうふうに言われていて、
でも彼女たちは字とかが読めないし書けないから、
だからもう何だろうなわけのわからないままサインをさせられてたりとかして、
強制的に移住させられようとしていて、
でそれをアメリカのボランティア団体の人たちが羊を、
私たちが外部の外国人だったりとか白人の人たちが地域で、
そうやっておばあちゃんたちと一緒に羊を飼ったりとか一緒に暮らすことによって、
なんていうんだろうな、鳥で向こうの警察とかからおばあちゃんたちを守る役割をしようっていうボランティアの人たちがいて、
そのボランティアの人たちにこの家に行ってこの人助けてあげてくださいって割り振ってくれるんだけど、
私はグレナっていうおばあちゃんのところに滞在させてもらって、
ずっとヒスク島ぐらい行った。
おばあちゃん一人でヒスク島飼ってるの?
そう。おばあちゃんと娘さんとかが時々来たりとか、しばらく娘と娘さんの子供たちが滞在したりとかはするんだけれど、
基本的におばあちゃんが羊を飼って、その羊の毛でラグを打って、そのラグを打って生計を立てている感じです。
おばあちゃんが羊飼いをしないでいいことで、おばあちゃんが集中してずっとラグを折れるのね、私が羊飼いをすることによって。
羊飼いしてたんだ。
そう、羊飼ってた。もう本当暑い暑い40度超えとかの中をずっと羊はシュッシュッとか言いながら。
砂漠みたいなところ、砂漠ってか岩と土の場所?
そう、なんか赤い感じの土に、それでセージっていうカーブのブッシュがずっとテンテンテンとあって、
そのセージをずっと羊がはんで、水場が遠くにある水場に連れて行くっていう。
でも水場がどこにあるかもわからないし、私地図とかも全くわからないまま、羊に連れて行ってもらっているみたいな感じで。
羊が100頭ぐらいいるんだけれど、やっぱりあっちに行く羊もいればこっちに行く羊もいて、それを一生懸命牧羊圏と一緒にまとめながら、
夢中になるとね、セージにこうやって夢中になると、なんか違う方向、ずっと下向いて。
18:01
迷うのね、迷える子羊ね。
そうそう本当に迷える子羊みたいになってしまって、どっか行ってしまうその3匹の群れとかが、それを探すのとかがすごい大変だったんだけれど、
カレー団にとってはそれがライブストックっていうか、もう本当にもう財産がね、糸が。
それを売って、お肉にしたりとか、犬にしたりとかして、やっぱりお金をね、なんとかして。
すごいね、お肉にもなり、ラグにもなり、その大地に生えてるセージを食べるんだ。
一番美味しいって、世界で一番美味しいって、いつもおばあちゃん言ってた。
だからここの羊が一番美味しいんだよって言って、セージしか食べてないからねって言って、だからお肉がハーブの香りがするんだよって言っているけど、
私にはちょっとよく、そんなにお肉を食べない人なので、
もともとね。
その羊のお肉を食べることすらちょっときつかったんだけれど、結構匂いがあって、だけれど他のお肉とは違うって言って、
そう、セージの香りがする。
すごい、そんな生活したら、東京とか都会で暮らせんくなりそうだね。
なんか現実に戻るまですごくこう、自分の意識をどこに置いていいのかが、あとちょっとよくわからなくなった時はあるかもしれない。
おばあちゃんが言ってたのはやっぱり、今まだこの時代に、そうやってアメリカの国内でネイティブアメリカンの人たちが、
強制的に移住させられようとしているような現実があることを、帰って国で伝えてほしいっていうことを言っとって、
やっぱりほんとそれって、ネイティブアメリカンの人たちは、もうずっと先住民って言われるぐらいだから、アメリカにずっと最初に住んでた人たちなんだけれど、
もういないことにされてるって、カリバはいつも言ってて、自分たちの存在はないことにされているって言って、
で、黒人の人はまだいろいろなテレビとかで取り出されたり、俳優とか女優とかとして活躍しているけれど、
ネイティブの人たちっていうのは、なかなかそういう取り上げ方もされないし、ほんとにもう抹消されているんだっていうことをいつも言ってて、
だからまだこう言ってほしいっていう。
もうそのおばあちゃんはたかえされたんだろうね。
まだまだ元気。
すごい!
なんかフェイスブックで、もうほんと現代ってすごいなって思うけど、あの当時はね、そんなフェイスブックとかなかったから、
21:02
でも今、おばあちゃんの孫とか娘さんとかとフェイスブックでつながってて、今でもずっとおばあちゃん元気って言ったら元気よって足は痛そうだけれど元気よとか連絡があったりして、
コロナの時もラグがなかなか売れなくて困ってるっていう話とかも教えてくれたりしてね。
へーすごいなそれ。
もう一回会いに行きたいなーと思って。
へー。
なんかさ、あれ、おばあちゃんの話だ、誰かの話で、メディスンなんとか、なんだっけ?
何だっけ?薬草かな?なんかすごい不思議な話をさ、
あまりにしてくれることあったよね。
あーそっか、リトルピープルの話?
そうだ!なんだっけ?
なんかね、それはね、ナバホのおばあちゃんのところではないんだけれど、
カナダのネイティブアメリカの居留地にいる時に、私と一緒に旅行していた、一緒にピースウォークで歩いてたお友達がすごい体調悪くなって、
で、もうこういう話ってなんか本当信じてもらえるか全然わからない世界なんだけれど、
そうそこに滞在していた人のね、家族のお父さんは、そういう薬草を使う人で、
ほんとメディスンマンって向こうで言われてるんだけど、
そう薬草をね、ずっと自分で採取して処方するっていう人でね、
で、調子悪くなってきた時に、私の友達がもう起きれなくてずっとベッドで寝てたら、
そしたらちょっと待っとけって言って、川のちっちゃいポーチから何も見えんのだけど、
シャーっと出す感じ?枯れ木に花を咲かせましょうみたいな感じで、
こうなんか出す感じのジェスチャーをしとって、
そしたら今、リトルピープルがね、つまり小人、リトルピープルが彼女をきちんとテイクケアしているから、
安心してって言って、ずっとね、シェイカーって言って、
ラトルって言うかな、なんて言うんだろう、ずっとこう、
ガキ?
そう、ガキ、声ガキをシャッカシャッカシャッカシャッカって振りながら、
歌を唱えて、ノリとみたいな、ずっと歌を唱えて、
それでリトルピープルがずっと彼女の体を治しているからって言ってから、
そういうね、
面白い!
ずっと私見たけど、でもリトルピープルとかは見えないけど、
彼にはその人たちが見えてるんだろうなぁと思いながら、
ヤクソンのお茶とかもらったりとかね、
すごく不思議な体験だった。
またそういうアニミズム的な暮らしが、
24:02
彼らの中にすごく残っていて、
ネットワークアメリカの拠点から帰ってからも、
やっぱりそのヤクソンとかにすごく私、関心が出てきて、
日本でも、やっぱり昔ね、
おばあちゃんが、私転んだりしたら、
おばあちゃんがよもぎを擦って、
その擦りむいたところにつけとったらすぐ血が止まるで、
って言ってくれてたのを思い出したりとかすると、
自分たちの身の回りに、
ヤクソン薬箱あるじゃんっていうふうに思ってきて、
すごくそれは豊かだなって思った。
別にそんな病院にすぐ駆け込まなくても、
ちょっと絆創膏の代わりによもぎでやっとけば、
いいこともたくさんあるよなと思い始めて、
そこらへんがすごくクラシノワ社のルーツになっているかなっていうのは思います。
じゃあ、次回クラシノワ社のこととか、
また深くお聞きしていきたいと思います。
キョウリュウチに行くまでの話、初めて聞いたから。
そうか、そうだ。
そうそうそう、経緯っていうかね。
すごい面白かった。
ありがとうございました。
また次回もお願いします。
はーい、普通に喋っちゃいました。
うん、全然、普通普通。
ありがとう。
25:32

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