#29 「稼ぐ」ではなく、「生み出す」生き方
2023-07-14 20:24

#29 「稼ぐ」ではなく、「生み出す」生き方

・田舎暮らしと同時に手放したヨガ講師
・「お金を稼ぐ」より、「生み出す生活」をしたい
・太陽光パネルが自然の景観と一致している理由
・意志を持ってそこに置かれたモノたち


話し相手▶ のんちゃん(こうぐち(しおたに)しのぶ/2022年3月より岡山にて古民家を夫+ネコのどんちゃんと改修中/40代女性)

インスタアカウント➾ https://www.instagram.com/nonsun5


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マキレイカ(チャコール・マキ/通称 チャコ)
SUMIYOI(炭よい)プロジェクト主宰

1976年青森県弘前市生まれ、広島県三次市在住。
夫と保護犬2頭、保護猫3匹とともに、
田園風景の広がる里山で暮らしている。

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10歳の時、カルガモの親子に出会ったことをきっかけに環境問題に関心を持つ。
大学で海洋生態学を学んだ後、環境NGOにて勤務。その後フリーランスで地方自治体の自然再生事業や環境教育事業に携わる。
2008年より炭を使った森林再生事業を開始。
2018年からは「炭よいプロジェクト」を立ち上げ、もみ殻の炭を作り始める。
2020年に広島に移住し、里山での暮らしに“いのちが安心する”感覚を得る。
現在は、開かれた場所づくりと心地よい生き方を探求中。

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自分が見ている世界と、
自分以外の人が見ている世界が違うと知った瞬間、
しんどい時もあるけど、面白いとも思う。
そこに人生の醍醐味があると感じる。

リスナーの皆さんが見ているのはどんな世界なのか、
私の話や視点を通して発見する機会があったとしたら、
これ以上うれしいことはありません✨

比べるのではなく、ジャッジするのでもなく、
それぞれの人がそれぞれのままで、
心地よく生きていけたらいいな、
と思う今日この頃です。

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▶︎こんなテーマを話しています♪

#生き方 #暮らし方 #ビジネス #環境 #活動 #教育 #持続 #サステナブル #移住 #多様性 #価値観 #発見 #自然 #五感 #体感 #現代アート #パーマカルチャー #エコヴィレッジ #自然農 #有機農業 #コミュニティー #メンタルモデル #フリーランス #40代 #50代 #親友 #仲間 #手放す #ライフスタイル #田んぼ #米作り #不耕起栽培 #古民家再生 #DIY

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おはようございます、こんにちは、こんばんは、マキレイカです。 私とあなたの世界を通すラジオ【チャコめがね】です。
今日のお話し相手も、友人のノンちゃんです。 で、今、ちょっと私の膝の上に、ノンちゃんの愛猫、
いててて、あの、ドンちゃんが来てくれています。 今、深山県の赤岩市のノンちゃんの自宅のお庭で語らってるんですが、ちょっとドンちゃんが興奮してきて。
あ、いててて、ごめんごめんごめん。 前回は、ノンちゃんが今、この赤岩市で自分の小民家を再生したり、
田んぼやったり畑やってるっていうサイトにたどり着くまでのね、 その人生の選択をどういう風にしてきたのかっていうのを私聞きたくて、いろいろ聞いてたんですけど、
フィリピンに行ったり、インドに行ったり、 カンボジア行って、インドに行って、そして日本に来て、大阪でヨガ交渉をしていましたというところまでで。
で、まあ、ね、旦那さんはなはじめちゃんと田舎暮らしをするってなってたけど、 私だったらさ、ヨガしながら田舎暮らしとかさ、
生活の糧も必要かなとかさ、なんかこう、わかんないけど、いろんなこと考えちゃいそうなものを、 ヨガを手放したのが興味深いなと思って。
はい、えっとね、ヨガは、もちろんヨガがすごく好きだし、 人生というか生活に必要だなと思ってやってたんだけど、
田舎暮らしをしようと思った時に、田舎で何かお金を稼ぎに行くっていうことはね、 二人とも多分考えてなかったね。
あるもの尽きてもいいからやってみよう。 あるお金とかね。
尽きてもいいから、自分、 外にお金を稼ぎに行くっていうことを抜きの生活をしてみたいって思ったんだよね。
それは一致してたの?そこがはじめちゃんと。 はじめちゃんはさ、今62とか3とかで、 ある程度こうなんだろうな、いろんな、もうはじめちゃんの話したら1日かかるからちょっと置いといて、
ものすごい濃い人生経験をしてきて、 会社手放してやりきったからみたいなイメージできるけど、
で、20個近くした、違うんだっけ、歳が離れたんだっけ、 のんちゃんもそれができたのが不思議なんだけど。
多分そのまあ、カンボジアに、フィリピンに行ったとかカンボジアに行ったっていうところも、 そこから来てるかなーって思うんだけど、
やっぱり土に近い生活とかね、畑してみるとか、 自分でものを作って作り出してみるっていう生活が憧れてたし、 なんかできると思ってたから、
03:06
お金を稼ぐための仕事や時間の使い方っていうのはあんまり、 お金を稼ぐために時間を使うっていうことはあんまり
したいと思わなかったんだよね。
生み出す。 そう、生み出したい。
お金じゃなくて、お金も含めてかもしれないけど、
自分の生活の中でやりたいことをやってたら何かこう、野菜が生み出されたり、 お米が生み出されたり、結果お金が、とか人の繋がりが生み出されるみたいなこと?
そう。でも実際そうなってる。 なってるなってる。
なんか不思議だけどなってるね。 っていうのはやっぱり、
田舎に来たら、みんなそうしてるし、 おじいちゃんやおばあちゃんばっかりの集落なんだけど、
みんな畑とかで何かしら生み出してるし、 多いものはみんな分け合ってるし、
そういうことなんだなって今は思う。
知恵とかも含めて。 いろんなことを教えてくれるし、
アイディアもくれるし。 なるほどね。
なんか今目の前にあるさ、私とのんちゃんが座ってる 場所から見える、こののんちゃんとはじめちゃんがDIYをして作っている途中というか、
でもかなりクオリティ高いけどさ、素敵な小民家があって、 ハンモックも目の前にあって、
田んぼとか畑とかで、その中に太陽光発電のいろんな施設ができたりしてるけれども、
生み出される感じがすごいする。
今聞いて言われて思ったんだけどね、
家もハンモックも、田んぼも、太陽光を含めた土地もね、
みんなね、私たち与えられてる感あるのね。
ハンモックなんて、外行って帰ってきたら近所のおじいちゃんがあれ作ってたんだよ。
私たちが作ったんじゃないの。
勝手に私たちのために作られてたの。
とか、この家も不動産サイトで探したとかじゃなくて、
たまたまね、その話した人また長いんだけど、
たまたまであったんだけれども、
ギフトのようにめぐり合わせてもらった家だしね。
田んぼも、ここの集落に住んでる90歳くらいのおじいちゃん一族のものでね、
使ったらいいよって言ってくれてる土地。
太陽光も反対したんだけども、
作る代わりに、場所もちゃんといろいろ考慮してくれたんだけど、
06:05
それ以外の場所は自由に使っていいよって言われてる。
全く私たちのものでもないところを分けてもらってる。
使わせてもらってる。
だから全部与えられてるのね。
いや、わかる。すごいわかる。
それでさ、昨日の夜初めて、夜っていうか夕方初めてお邪魔して、
前から太陽光が近くにいっぱいできて嫌だっていうか困ったみたいな感じで、
大変だなと思って来たけど、来てみた時さ、なんか調和が感じられたんよね。
いいのか悪いのかわかんないけど、
これのさ、よくある田んぼ全面、太陽光みたいな感じとはちょっと違う、
なんとも言えない、栽培されてない元田んぼの草ぼうぼうの中にあって、
この太陽光があることで、現代と自然が、
現代の知恵っていうか、最新技術と昔の人たちが作ってきたものがなんか融合してるというふうにも見えなくもない。
よく撮ればね。
すごく理想のとこだったんだけど、
やっぱり私たちもこの昔ながらの棚田のある集落の中に無機質な太陽光ができてしまうのは、
景観的にもその土地をダメにしてしまうんじゃないかっていう意味でも猛烈に反対したんだけどね。
なんかよくよく考えた時に、自分たちの心の中を探った時にね、
美しい景色の中で過ごしたいっていうのもまぁエゴ。
太陽光を作ってお金を儲けたいっていうのも同じエゴ。
別に変わらんやんっていう。
太陽光が悪くて私たちが正しいとかじゃないっていうところに行き着いたのね。
すごいね。
その時に、ある意味受け入れられたのね。
太陽光を作りたいという人たちの思いを。
賛成はしないけど、受け入れることができた。
そのあたりからちょっとね、なんか状況が変わってきて、
作るんだけど、私たちの思いや意向も組みますということで、
本当はもう家の目の前、一番上の段がね、すぐそこにあるんだけど、
そこにもびっしり作る。そこもびっしり作る。
畑のあるところにも作るっていう話だったのが、
遠くなり、小さくなり、高くしてもらうことで目に入らなくなったっていうことがあったのね。
それとね、太陽光の下ってだいたいシート貼るんだよね。
で、暴走シートね。
それをやったら、水も添わなくなるし、良くないんじゃないかなと思って、
09:02
私たちが草刈りをするので、暴走シートを貼らないでくださいって言ってるの。
だからあそこも私、買ってるの。草刈りしてるの。
だから馴染んでるっていうのはあると思う。
わかる。これはこれで馴染んでるじゃんって、
最初のイメージしてたのと全然違う風景になってるからさ、
すごい不思議な感じなのよ。
それは太陽光業者さんと、はじめちゃんとのんちゃんが対話をしたり、
受け入れたりしながらの現れよね。風景としてもね。
はじめは喧嘩越しみたいな感じで話してたんだけど、
何回も来るようになって、最後の方は庭にキャンプテーブル出してね、
私たちといろんな話をするときに近所の人が来てくれるようになったりとか、
太陽光のおじさんが大阪の人なんだけど、来るときにね、
私たちのためにカレー作ってくる。
お土産とかじゃなく。
カレーを作ってくる。それで味どうだったとかって言うようになったり、
人としての関係作りもできるようになってきたかなって思う。
それが一番ね、私たちの望みだったからね。
一緒にここでお茶飲めるぐらいになったらいいなって言ってたから。
すごいよね。それはすごいと思う。来て実感するもんね。
本音で話せば。
本音で話せば分かり合えるというかね、
じゃないかなってどこかで私たちは思ってるからね。
ありのまま話そうよっていうのは思ってるかな。
やっぱりここに来る、お家に来るまで乗り合わせてさ、
私の夫とか友達二人と来てさ、こんな山奥なんだみたいな。
この先に家あるみたいな感じで来て、
集落になってて家がぽつぽつあって、
でも私が住んでるようなところに比べると、やっぱりすごい山に来たなみたいな感じなんだけど、
あんま寂しくないんだよね。
それね、みんなが言ってくれたんだね。
すごい不思議で。
明るいっていう感じのイメージがね。
それはね、そういう在り方?
のんちゃんとはじめちゃんが太陽工業者さんとも対話をする、
その時に近所の人たちも来る、
ハンモックがいきなり作られてるとかっていう、
そういうものが回ってるよね。
そうかもしれないね。
こうやって外でさ、録音しててもさ、風の音から雨の音から、
入ってるかどうか分かんないんだけど、
のんちゃん、どんちゃんがさ、来てにゃーにゃー言ったり、
鈴の音が聞こえたり、鳥鳴いてたり、
12:02
木菌じゃない、風鈴の代わりの木のやつとかさ、
今は今日は友人みんなで来てるからザワザワしてたりするけど、
そういうのも含めてさ、
たぶん一人でいても寂しくない場所だよね。
それは本当にそう思う。
すごいと思う。
都会の真ん中に住んでたってさ、めっちゃ寂しいこともあるよね。
それはね、今ね、都会に月一回大阪行くと思う。
命がないなって私は感じた。
土がないっていうことは、命がないんじゃないかなって。
もちろんコンクリートにだって命あるだろうし、
意識とかね、あるんだろうけれども、
生まれて死んでいくみたいな理性物にもあるだろうし、
虫にもあるだろうし、そういう意味の命が、
田舎には自然の中には溢れてるなっていうのは、今は感じてる。
都会に行くとちょっと寂しく感じるよね。
孤独感があるよね。どんだけ人がいても。
街中に人がいてもなんか、なんだろうね、人も命なのにね。
なんか今ふと思ったのは、
のんちゃんの台所に立ったときに、
一個一個これはのんちゃんが好きで選んだものなんだなってものが
いっぱい置かれてたって感じだよね。
調理器具でも、フォークとか置くやつでも、
もっと言えば流し台でも、リサイクルのあれかもしんないけど、
めっちゃいいソーステンレスもさ。
なんかそういうのが一個一個意思を持って、
はじめちゃんとのんちゃんが選んでここにありますっていう存在感があるのよ。
ある意味、気をかけられて選ばれてきた人たち、
人っていうか物たちで、
畑にしてもそうで、意思を持ってここに植えた、
こういう風にして植えたんだよとか、
田んぼにしてもこういう風にしてみたよとか、
全部なんか意思に沿ってそこに存在していて、
だから植物とか野菜とか稲も喜んどる。
愛かもね。
昨日夜、誰かが愛の反対は無関心だからねとか言ってたじゃん。
誰だっけ、のんちゃんじゃないっけ。
誰かが言っとって、だから無関心じゃないじゃん、全部に。
のんちゃんが。
だから太陽光だから嫌だからって無関心で、
もうあそこうちの戸じゃないし、太陽光だからって無関心なんじゃなくて、
そういうものでさえもちゃんとそういう関心を持って、
対話してカレー持ってきてもらって、
その人だってカレーどうだったとか、
のんちゃんたちに無関心じゃないわけじゃん。
15:01
それが全部満ちとると思うよ、この土地に。
なるほどね。
それじゃない?
でもそれ意識してやってたかも。
人の土地というか荒れてるところを私たちが草刈りすることもあるよね。
そうするとみんなが喜んでくれるしね。
土地も喜んでるような気がするしね。
そういう場所が増えたらいいなっていうのは思ってやってる。
思ったもん、私も。
もっとさ、うちのものに選ぶとか、使わないものはしまうとか、
意識、ものに向けないと場って作れないなっていうのはね。
荒れていくよね。
言語化できてなかったけど、思ったよね。
なんかこう、のんちゃん家とうちの違いとか、
どういうふうに場作りしていくかっていう視点で見てるからさ、私も。
参考にさせてもらっているからさ。
それは感じたよね。
一個一個ここにあるべくして置いてあるって感じがする。
それが15年もヨガの講師をやってたとか、
あり方を求めて旅をしたっていうかね、
やってきた積み重ねが生活に全部出てるよね。
なんか今思ったんだけどね、
ヨガ講師をしてる時にね、
ここを伸ばせばこうっていうとか言うでしょ、ヨガ講師って。
それも大事なんだけど、
私が上の先生たちに教えてもらったことってね、
たぶん気を配るってことだったの。
来てくれた生徒さんたち一人一人に。
それだけで生徒さんは元気になるの。
分かる。
だから名前をめっちゃ呼ぶの。
ちゃこちゃん、どう?とか、
みっくん、今日はどうですか?っていうのをね。
確かに。
名前とともに呼ぶとね、
すごくその生徒さんたちは、
こっちにも心を寄せてくれるっていうことをね、
すごい体験的に分かってるのね。
それをしてるのかもね、あらゆるものに。
そうかもね。
それやっとったら別にヨガ講師でなくても、
生活の中でできるっていうか、
その実験をしたかったかもね。
そうかもしれないね。
しかもそれで、コミュニティなり仲間なり、
お金なりが何か循環していくという、
無意識の実験だったんですか?
そうかもですね。
そうだね。そうかもしれないね。
面白いね。ほら、どんちゃんまでくっついてきた。
納得?どんちゃんどうなの?
気配られてるもんね、どんちゃんは。
18:02
はじめさんも同じことをしてるような気がするけどね。
はじめちゃんはしてるよ。
来てくれた人にね、みんなに悪い思いは知ってほしくないですかね。
誰よりも楽しんでるけど。
そうそうそうそう。
すごくそれは私もそうしたいと思ってしてるんだけど、
特別なことをしないっていうか、
人が来てくれて、なんていうの、いい意味で、
日常の延長線でもってなしてもらった感じがしたのよ。
それはすごく。
それってさ、付き合ってばじゃできないのよ。
それはすごいなと思って。
いやもうこれさ、パパパって作ってさ、料理。
はいはいはいはいって。
でもさ、それ大変そうじゃなく、
シュッシュッシュッってやってるから、
私たちも手伝おうかって一応社交じれてきて言うけど、
ただそれを見てたいなみたいな。
言われたら手伝うし、
でもどんちゃんは別に手伝ってもらいたいわけでもなく、
みんながくつろいでくれてるのが一番嬉しいから、みたいな感じでやってるから
安心して、私たちもくつろいで、おしゃべりして楽しめるみたいな。
それはさ、作ろうと思ってできんのよね。
日常のあり方がそうじゃないと。
たぶんそうじゃなかった時もあるよ、でも。
やらなきゃとかさ、特別なことしなきゃって思った時もあるかもだけど、
やっぱ疲れるし、
普段の自分たちが幸せって思うコーヒー、ご飯を食べてもらったらいいんちゃうっていう風に、
私もどっかで思ったから。
うん。
なるほど。
ちょっと引き続きさ、もうちょっと掘り下げたいので、
一回ここで切ってですね、
次回はもっと深く、
未来のことも含めたり、
心地よさって何かとかさ、のんちゃんにとってのとかさ、
さらに言えばさ、全然性格も世代も違うはじめちゃんとどうやって擦り合わせてきたのかとかさ、
そこらへんまた引き続きいいですか?
はい。
よろしくお願いします。
20:24

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