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#237 人生を遊ぶように生きるって、どういうこと?
2026-10-14 12:22

#237 人生を遊ぶように生きるって、どういうこと?

「人生を遊ぶように生きる」

こう聞くと、どこか不真面目な生き方のように感じるかもしれません。

でも、子どもが夢中になって遊ぶ姿は、驚くほど真剣です。

遊びは単なる息抜きではなく、人間が本来持っている好奇心や創造性にもつながっています。

今回は、ホモ・ルーデンスや荘子の「逍遥遊」、身近な遊びの姿を通して、人生を遊ぶように生きるとはどういうことなのかをお話しします。

毎日の仕事や生活に、少し遊び心を取り戻すヒントになれば嬉しいです。

真剣に生きる。でも、深刻にならない。

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人生を遊ぶように生きる。 こう聞くと、なんだか不真面目で、適当に生きているように聞こえるかもしれません。
でも本当にそうでしょうか。 子供が夢中になって遊んでいる姿を見てほしいんです。
あれほど真剣な姿ってなかなかありませんよね。 今日は、私が理想としている人生を遊ぶという生き方についてお話をしたいと思います。
こんばんは、藤田勇です。 ゆるどうラジオ、耳から整える言葉の針の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
なんかね、遊ぶって言うとね、なんか不真面目なイメージとかね、なんかもたれがちだと思います。
子供にね、遊んでばかりいないで勉強にしなさいとかね、仕事は遊びじゃないんだとかね、人生そんな甘くないぞと、遊びじゃないんだからとかね、真面目に努力して頑張ることが大切だとかね。
なんかね、遊びっていうのはなんかね、ちゃんとやった仕事とかなんかそういったものの後に、こう、やる、よかにやるものみたいな、そんな立ち位置というか捉え方をしが、されがちだと私は思うんですね。
でも本当に遊びっていうものが真剣なこととは反対の存在、立ち位置なんでしょうか。
遊ぶっていうことは本当に不真面目なことなんでしょうかと私は真剣に言いたいわけです。
子供を見たときね、もしくは自分が子供だったときに遊びっていうものをね、本当に夢中になって真剣になってこうやってたっていう記憶はないでしょうか。
またね、そういう子供を見たことはないんですか。時間も忘れて、もう没頭するわけですよ。
失敗したとしてもね、またうわーってやろうよみたいなね。
これね、よくある聞く話ですね。子供にね、絵を描かせると。好きで描いてると。
もうね、ずっと描いてるわけです。
そういう子にね、これだけ描いたらお金とかお菓子とかなんかをあげるよみたいなことを言いながら描かせていくと、だんだんとそのね、報酬がないと絵が描けなくなってしまうっていうそんな実験というか報告というか話があります。
そういうんじゃなくて、自発的にも真剣にやるっていうことが遊びの本質だと私は思うわけですね。
この遊ぶっていうことに対してね、こうもう哲学的な感じでこうね、深めていった人がいます。
ホランダのね、学者っていうんですかね、ホイジンガっていう方ですね。
この人はね、遊ぶ人っていう、人間というのは遊ぶ人だと。
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ホモサピエンスっていうのは考える人っていう意味らしいですね。
じゃなくてホモルーデンス。
遊ぶ人っていうのが人の本質だっていう、そういう本をね、書いてるんですね。
私非常にその本大好きでね。
遊びっていうのは単なる暇つぶしではなくて、もう人間のこの世界、社会を形作る上でね、もう深く関わってきた、そういう要素だっていうふうにホイジンガは言ってるわけですよ。
人間というのはそういう遊ぶことによって発展してきたもんだっていうことを言うわけですね。
競争することとかね、スポーツとかね、芸術とかもそうですよ。
全部遊びの要素があるわけですよね。
だからこそ人間ってそういうものを楽しんで、真剣になって深めていく。
結果、進歩、人間の進歩につながっていくっていうところ。
これが人は遊ぶもの、生き物っていうホモルーデンスの考え方に近いわけですね。
私の大好きな創始ですね。
ここでもね、遊ぶっていうことがすごく重視されているわけですね。
創始の書物、これは創始、同じ創始っていう書いて創始って読むのが書物。
そういうルールがあるので、一応そう言いますけども。
創始の一番最初の編ですね、商用遊編っていう、遊ぶっていう字が入ってるんですね。
自由にこうね、ゆったりとのびやかに遊ぶように生きる境地っていうのを商用遊っていうふうに言ったりも解釈もできたりするわけです。
世間のいろんな価値観とか評価とか固定観念に縛られず、自由に狭い枠に閉じ込められず、
大きく、大きな視野で遊んでいく。
人生そのものがそういう状態でいることによって、それが尊いんだ、そういう尊い状態、在り方だっていうのが創始の考え方。
これはもう完全に私のユルドーの原点です、これが。
遊ぶっていうことの中で真剣さっていうのが存在するわけですよ。
でも、この真剣さと深刻さ、ここの違いを感じ取るというか、考えを分ける必要があるわけです。
真剣に取り組むっていうことは素晴らしいこと。遊びっていうことも真剣にやるっていうこと。
でも、そこに深刻さが入ってきてしまうと途端に面白くなくなってしまうわけですよ。
たぶん真剣に遊ぶスポーツとしても、そこに勝ち負けのこだわりとかが強く入ってきたら、これ深刻になってくるわけ。
そしたら最初に好きでやってたスポーツ、例えばサッカーでやってたのが、勝ち負けだけにとらわれて深刻になってたら面白くないですよね。
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やってても楽しくないでしょう。勝つためには汚い手もやるみたいな、どんどんどんどん変な方向に進んでしまうなんてこともあり得るわけです。
なので、真剣さは大切だけれども、深刻さっていうのにとらわれない。
ここも非常に大事ですね。
この遊ぶようにいろんなものをやっていくことによって、どんな状況になっていくか変わっていくかですね。
ここをちょっとしてほしいなと思うんですけど、まずやらなくちゃいけないという義務感からやりたい、好奇心になるわけですね。
例えば上手くいかなかった、失敗したら嫌だなじゃなくて、こんな風に上手くいかない、じゃあ今度はこうやってみようかっていう風に転換できるわけですね。
完璧にやろうと、結果を得ようとしたら緊張してしまうわけですね。
でもそうでなかったら、遊んでいるんだったら、じゃあこれ上手くいかない、じゃあもっと上手くいくために工夫をするっていうことにもつながることができるわけですね。
で、できない。そういう自分をね、もうダメだ、俺ダメなんだと、できてないんだと。
遊びの中では、じゃあどうやれば成長できる、まだまだ伸びしろがあるっていう風になっていくわけですね。
孫悟空と一緒です。
孫悟空もね、もう戦いを遊んでるわけですよ、彼は。
強いやつが来たら、俺はワクワクするぞと。また強いやつが来たら、こんな強いやつらが世の中にいるのかと。
もうワクワクするぞと。
負けたら死んじゃうような世界でもね、遊んでるわけです、悟空っていうのは。
これがね、楽業につながるわけですね。
で、世の中っていうのは真剣に生きていくわけです。
でもそれは深刻ではないわけです。
真剣に生きて、チャレンジして、で、うまくいく、うまくいかない。
そういう遊びの感覚の中でやっていく。
これこそが楽業として、魂を磨いて成長していくってことにつながるわけですね。
で、ちょっとね、話のトーンが変わるんですけども、
このね、遊ぶっていうところに、私の大好きな知川の栗まんじゅうがね、ちょっとつながってきたりもするわけですよ。
彼はね、彼はって言っていいのかね、栗まんじゅうはね、
もう美味しいものとかお酒をもう、うまそうにこう味わってるわけですよ。
で、これもね、なんかね、食わなきゃとか言って食ってるわけじゃないわけですよ。
本気で味わって楽しんでる。
自分の世界を作って、もう楽しんでる。
そういう世界ですね。
これも楽業とか遊びっていう世界とね、オーバーラップするんです。
だからこそ、私は知川の中で栗まんじゅうが一番好きなんですね。
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でね、こういった遊ぶっていうことをですね、視点を持ってね、仕事も人生も取り組んでみてほしいなっていうふうに思うわけです。
やるべきことはしっかりやる。
仕事だったらね、そこもね、もういい加減にやっていたら結果も出ないわけですよ。
じゃなくて、結果を出すために深刻にならず、真剣に遊ぶようにやることによって、
それが一番結果を生みやすい状況を作るわけですよ。
ワクワクしながら、楽しみながら、うまくいかなかったらどうすればうまくいくんだろうと。
うまくいかない自分を感じたら、ああ、だめだじゃなくて、まだまだ伸びしろがあるんだと。
いうふうにしながら進んでいくことによって、気づいたら、あ、こんなステージまで来てるみたいな。
遊びながら生きることを楽しみながらそれをやっていくことによって、
そういった生き方を続けることができるわけですね。
これ深刻になってたらね、疲弊をしてしまって、ああ、もうだめですとなってしまう。
それがメンタルに来たら鬱になったりとかいう可能性もあるわけですね。
じゃなくて、楽しみながら、遊びながら、真剣にやっていく。
深刻でなく真剣にやっていくということですよ。
さらにですね、この遊ぶっていうことを真剣にやっている。
さっきのね、栗まんじゅうにもつながるんですけども、
今に生きるっていうことになるわけですね。
過去のうまくいかなかったこととか、失敗したこととか、だめだったことにとらわれる生き方でもなく、
未来にどうなるかわからない、その未来を不安に思ったりとか、大丈夫かなと思ったりとか、そういうこともなく、
今、目の前のことを真剣にできる限り楽しみながら、もっと高めていく。
こうしていったら、この生き方を続けていったら、全然未来が変わっていくので、
そうしながらですね、皆さんにもそんな今を生きながら、今を味わいながら、
人生を遊ぶ、遊びながら、楽しみながら、自分らしく成長していくっていう生き方をですね、
私はもうその生き方を死ぬまでやりたいと思ってますので、
これを聞いている声のある皆さんも、そういう生き方をしていただきたいなと思うわけです。
だからこそ、ゆるく楽しく、自分らしく、遊ぶように生きる道、ゆる度を、私はこの世に広めていきたいなというふうに思っているわけです。
人生を遊ぶように生きるというのは、適当に生きることではありません。
自分の人生に真剣に向き合う、でも深刻になりすぎない。
失敗することも、できないことも、その過程さえ楽しむ。
12:02
そうやって余計な力を抜いて、もっと自由に、自分らしく生きてきたらいいですよね。
最後に今日の言葉の針です。
真剣に生きる、でも深刻にはならない。
人生はもっと遊んでいい。
今日は以上になります。ありがとうございました。
12:22

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