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おはようございます。このチャンネルは、子どもが育った後のぼっかり感を抜けて、自分を育て直しながら、第二の人生を味わい尽くしていく、私、えみの声の記録です。
今日はですね、自分ができてないことを子どもに注意してもいいのか、という話をしてみようと思います。
子育てをしていると、子どもに対して片付けしなさいとか、時間を守りなさいとか、やるべきことはちゃんとやりなさい、
そういうことを言う場面ってありますよね。 その時に、ふとね、自分の中で私、矛盾が割って、そうまとのようによぎるんです。
いや自分だって全部できてるわけじゃないのに、こんな偉そうに言ってていいのかな、みたいな、そういうこと皆さんはないでしょうか。
そもそもね、私は、あの喫水のADHDっていうんですかね、注意力3万なんですよ。
小学生の頃から忘れ物が多くて、もうほんと恥ずかしくて笑ってほしいんですけど、ランドセルを忘れて学校に行ったことあるくらいなんですね。
そんな私がね、母になってしまって、そんな母に育てられた息子が、よくここまで育ったもんだって思うくらいなんです。
ということで今日はね、親は自分自身が完璧じゃなくても、それでも子供に言わなきゃいけないことがあるっていう、そんな話をしてみようと思います。
というのも、今私が参加している音声発信力プラスっていう、スタイフでも大人気の井原志佳林さん主催の講座がありまして、
その講座でご一緒している講座生の方にね、ワーママさんがいらっしゃるんですよ。
幼稚園生とか小学校低学年のお子さんを育てているっていうワーママさんが何人かいらっしゃって、その中のお一人の小春さんという方が先日ね、お話しされていたエピソードがあります。
遠足帰りのお子さんがすごく疲れていて、その日たまたま苦手なジャンルの宿題が出たと。
その答えを移してしまったと、宿題の答えを移しちゃったっていう。皆さんならこの現象についてどうされますかっていう話をされてたんです。
私その瞬間にね、答えを移して宿題をやり遂げたっていう、この事件というかエピソードから思い出したことが2つあります。
1つ目は、うちの息子が小学生だった時にね、テストの解き直しっていう宿題が出て、それを面倒くさくて答えだけ書いて提出したということですね。
これは間違えたところをもう1回やり直して、どの考えでその答えに至るかっていうことを頭の中でなぞり直しましょうっていうのが宿題なのに、答えだけ書いちゃってさもやりましたという手で出したっていうね。
でもそれって全然可愛いもんで、まだそこまで知識、知恵が回ってないので、途中の式がないとかですぐ分かっちゃうんですよ、考えてないなっていうのが。
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だからこそすぐ判明して、答えだけ移しても意味ないよねとかね、それやっちゃいけないことだよねっていうね、私はね、もちろん詰めますよ、その時。
割と厳しめに言ったと思います。
だけど、小春さんの配信を聞いて、ああそうだよねっていきなり詰めたら良くないよなって、なんでそうなったかっていうね、子供の立場も考えてあげるべきだったみたいな、今はね本当にそう思います。
で小春さんも遠足帰りで疲れてたよねとか、そんな時に苦手のジャンルはしんどいよねとかね、そこに思いを馳せられてて本当に素晴らしいお母さんだなっていう。
子供の気持ちを1回受け止めてるっていう、その上ででもねってやっぱり答えを移すのは違うよねって伝えたらいいなって、もう本当に100%大正解のこれこそ育児だなっていうのをねすごい思いました。
で私の中でものすごく後ろめたい気持ちがあるわけです。
冒頭でこのエピソードを聞いた時、2つ思い出したことがあるって言ったんですけど、1つは息子がかけ移しちゃった件で、もう1つはね正直に言いますけど、私自分でも答え移してやった体で出したことがあります。
それがね、ソロバン塾での話で、もう辞めたくてしょうがないソロバンの答え移して出して先生にバレて、それを親に伝えられてソロバン辞めたっていうね、そういう経緯があるんですよ。
だからこそ子供の気持ちはもう私の当時の気持ちですよ。
わかります。自分がやってたのにそれをね親になった途端に、それはダメでしょって正論で詰めるこの矛盾。
もうね自分でも言ってって歯が浮くっていうかがっかりするんですよ。でも言わないわけにいかないじゃないですか。
まあこのね矛盾を息子がだんだん大きくなって知識もなんなら私より増えて便も立つようになって、それからねしょっちゅう言われるんですね。
お母さんだってできてないじゃんっていうことですよ。もうねぶっ刺さりますね。だって本当にその通りなんですからね。
もう私だって時間守れないこともあるし、もう片付けだって完璧じゃないし、やるべきことだって後回しにしてギリギリにやっつけるみたいなね、そういうこともあります。
だから息子にもう言われるたびにウッって思うんですね。もう確かにっていうねおっしゃる通りですみたいな。でもねそこで引き下がるわけにはいかないんですよ。
なんか自分ができないから言えないっていうことになっちゃうともうなんか何にも言えないじゃないですか。
でもう一つここで自分の親のこともね思い出すお話をしたいんですね。
っていうのも私の両親はね両極端だったんですよ。で父はもうなんか自分はいつも完璧っていう体で、なんか上から度性論を振りかざしてくるみたいなところがありましたから、
あの子供にとって、私、子供の時の私にとってはもう全然素直に入ってこないんです。どんなこと言われても私の気持ち全然わかってないみたいな、
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もう相当反発してましたね。逆に母はなんか自分の不完全さをもろ出しっていうんですかしてる人で、私は勉強ができるわけじゃないからとかね、立派な人間じゃないけどっていう、そういう感じで
なんか自分を全然大きく見せない。でもそんな母が言う、だけど人としてそれは大事だよっていうそういうような言葉はねすごいすんなり入ってきたんですよ。
だから完璧な人が上から言う言葉よりも、完璧じゃない人が自分が完璧じゃないって分かった上で言う言葉の方が私は刺さったっていう経験で、だからこそ私も息子の前で全然自分は完璧じゃないっていうことをちゃんとまあ
エクスキューズというか言い訳になっちゃうけど、その上でだけど言うよっていう感じで言ってきました。息子の前で完璧じゃないお母さんっていうのは自分がそういうつもりでいたけど、多分家族の中でもそういう立ち位置に私はいますね。
なんかいわゆる家族の中のカーストで言うと最下位だと思うんですよ。でもね、不適な母でいいってもう開き直りじゃないけど、それでいいって思ってます。
だからお母さんだってできてないじゃんって言われても、できてないよ、だけど大事なことは言うよっていうのをね言い返してますね。
で、それと同時に常に言ってるのは、じゃあお母さんがもしねできてることしか言わなかったら、あなたは私以上になれないよねって、私以下でいいの?そんなしょぼいことでいいの?っていうと息子はそれは困るっていうわけなんですよ。
だから何か子供に悟したりするとき、別に親が完璧な必要はないって思うんですよ。
もちろんね、親だって不完全ですよね。失敗もするし、だらしないところだってあるし、言ってることとやってることが常に完全一致っていうわけじゃないと思うんです。
でもやっぱり子供に伝えなきゃいけないことは伝えなきゃいけない、そういうつもりで私はずっとこの21年間息子に接してきました。
今息子は21歳で、私より全然冷静に物事を見てるし、メンタルもねだいぶ私を追い越してるかなって思う場面も増えてきました。
だけど今振り返ると私は私でずっこけな母の姿勢のまま、私は不完全だけどあなたはこれやったらできるよねみたいな、そういう姿勢を貫いてきて大事だと思う方向を示してきた。
それで良かったなと思ってます。
ということで今日は自分ができてないことを子供に注意してもいいのかという話をしてみました。
皆さんは自分は完璧にできてないけど、それでも子供とかあるいは大切な人にこういうふうにしてっていうようなことを伝えていることはありますか。
もしよろしかったらコメントやレターで教えていただけたら嬉しいです。
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今回このエピソードを考えるきっかけをくれた音声配信講座のお仲間小春さんのリンクを概要欄に貼っておきます。
もしよろしければぜひこちらも合わせて聞いてみてください。
最後までお聞きくださってありがとうございました。また次回お耳にかかりましょう。素敵な一日をお過ごしください。エミでした。