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2026-11-06 07:39

読むのが苦手な子に簡単な文章を渡すのは親切なのか?

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アメリカのディスレクシア専門校の校長が、学びに届きやすくすることと、学びを簡単にすることの違いを語った記事を紹介します。読むのが苦手な子に短い文章ややさしい問題を渡すと、理解できるはずの考えにふれる機会まで減らしてしまうことがあります。同じ点数でも原因は違うという事例を手がかりに、原因の見極めと、高い期待を支える指導の中身を考えます。

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こんにちは。国内外の教育の話題を分かりやすくお届けする、教育カフェテラスです。進行役の水野太一です。
アシスタントの高橋紗友香です。今回は、私が家庭教師で悩んでいることに近いお話だと聞いて、楽しみにしてきました。
どんな悩みでしょうか?
教えている中学生が文章を読むのにとても時間がかかります。
問題文が長いと止まってしまうので、私が短く言い換えたり、優しい問題に変えたりしています。
良かれと思ってしているのですが、これでいいのか不安です。
まさに今回の話です。
アメリカの教育メディア、eスクールニュースに、2026年10月29日に載った記事を紹介します。
筆者は、読み書きなどに学びの違いがある子の学校を率いる校長です。
テーマはリスレクシア、つまり知的な遅れがないのに文字を読むことに特有の難しさがある状態です。
筆者は、学びに届きやすくすることと、学びを簡単にすることは違うと強調しています。
リスレクシアという言葉は特別支援の授業で習いました。
でも、届きやすくすることと簡単にすることは同じように聞こえます。
短くすれば届きやすくなるのではないでしょうか。
短くすることが適切な場面もあると筆者も認めています。
ただ、文章を短くする、量を減らす、問いを優しくするという対応ばかりだと、第二の問題が生まれます。
読むことの難しさもせいで、本来なら理解できる考えに触れる機会まで減ってしまうのです。
お話を聞いて、少しドキッとしました。
私が問題を優しくするたびに、その子は考える機会を減らしていたのかもしれません。
気づけたのは大きいです。
読むことと考えることは別の力です。
例えば、視力の弱い人に眼鏡を渡すのは、見えるようにする支えで、物事を簡単にしているわけではありません。
筆者が言っているのは、そういう違いだと私は考えています。
なるほど。では、まず何をすればいいのでしょうか。
読むのが苦手な子と、ひとまとめに見ていたように思います。
今の言葉が筆者の出発点です。
読むのが苦手というのは見えている様子であって、なぜ苦手なのかを教えてはくれません。
文字を音に変えるところでつまずく子。
正確に読めても意味を覚えておけない子。
短い文章はわかるのに長くなると考えを保てない子。
この3人ら同じ読解の点数を取ることがあります。
同じ点数なのに必要なものは違うというのは、テストの結果だけでは何もわからないということでしょうか。
何もとまでは言えませんが、原因まではわかりません。
筆者の学校に来た2人の中学1年生の話が具体的です。
読解の点数はほぼ同じでした。
1人は長い言葉を推測で読んでいて、言葉の成り立ちなどを順序立てて学ぶ必要がありました。
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もう1人は正確に読めるけれど遅く、考えを頭に保てずに話を見失っていました。
この子には文章をくりり、理解を確かめながら読む支援が必要でした。
私の教え子はどちらに近いのでしょう。
音読をしてもらったことがあまりないことに気づきました。
それは良い入り口です。
音読の様子を聞いて、言葉の読み間違いが多いのか、読めているのに内容を覚えていないのかを見てみてください。
ただ、さやかさんは診断をする立場ではありません。
心配があれば、保護者や学校と相談するのが良いでしょう。
わかりました。ところで、理科や社会の授業ではどうなるのでしょう。
読むのが苦手なせいで、理科まで嫌いになってしまう子もいそうです。
筆者はそこを分けて考えるべきだと言っています。
文字を読むことが理科の学びを妨げているなら、立て直したい読む力と、学んでほしい理科の中身を別々に考えます。
アメリカでは小学4年生頃から、読んで学ぶことが求められるようになり、文章も難しくなります。
言葉を読み取ることに力を使うと、意味を考える余力が減ってしまいます。
日本で言うと、音声で聞かせたり、読み上げの機能を使ったりすることが近いのでしょうか。
タブレットは一人一台ありますから、できそうな気がします。
筆者は読み上げの機能に具体的に触れていませんが、中身に別の道で届ける支えの一つと考えられます。
ただ、注意も必要です。
筆者は、中学生になったからといって読む基礎も指導をやめてはいけないと言っています。
同時に、中学生に小学生向けの教材を渡して、低学年に戻された気持ちにさせてもいけません。
それはわかります。
私が小学生の時、別の教室で低学年のドリルをやっていた友達は、とても恥ずかしそうにしていました。
あの子の気持ちを考えたことがありませんでした。
その記憶は、これから先生になるさやかさんの財産になるでしょう。
筆者は、高い期待についても厳しい見方をしています。
身についていない力は、要求し続けるだけでは身につきません。
必要な指導と時間を与えなければ、高い期待は空っぽの言葉になります。
簡単にしてはいけないけれど、求めるだけでもいけないのですね。
現場の先生は、その間でとても悩みそうです。
40人近い学級で、一人ずつの原因を見極めるのは難しくないでしょうか。
そこが理想と現実のずれです。
筆者の学校は専門の少人数校で、集中的な指導ができます。
最近の卒業生は、在籍1年あたり読解力が平均1.9年分伸びたそうです。
入学時に59%が平均の下の方以下だったのが、卒業時には89%が平均以上になりました。
ただ、これは学校自身が示している数字で、どの学校でも同じになるという話ではありません。
それでも、原因に合わせると伸びる可能性があるのは希望です。
通常の学級の先生にできることは何があるでしょうか。
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私は3つ考えています。
1つ目は、優しくする前に、この子はどこでつまづいているのかと一度止まって考えることです。
2つ目は、読む力の目標と教科の目標を分けること。
3つ目は、特別支援教育の担当の先生に早めに相談することです。
全部を担任が抱え込む必要はありません。
子供本人の気持ちも気になります。
読めないことが続くと、自分はダメなんだと思ってしまいそうです。
筆者が最後に書いているのもそのことです。
辛い経験が続くと、子供は読むことを避けるようになり、練習が減ってますます難しくなります。
中学生になる頃には、自分は学べないのだと思い込むこともあります。
だから、どこが苦手で、なぜ苦手で、どこが得意かを本人が理解し、
必要な支えを自分で求められるように育てることも私たちの役割です。
今日、1番の宿題をもらいました。
次の家庭教師の時、問題を短くする前に、どこで止まっているのかを本人と一緒に確かめてみます。
それがいいでしょう。
読むのが苦手なことと、考える力は別です。
支えは手厚く、期待は下げない。
難しい両立ですが、今回はそのことをお伝えしたいと思いました。
お聞きいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願いします。
みなさん、ありがとうございました。
身近に読むのが苦手なお子さんがいたら、ぜひ少し立ち止まって見てみてください。
また次回お会いしましょう。
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