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こんにちは、ドキンちゃんです。ドキンちゃんのお金と豊かさ研究室へようこそ! 本日は、「決めるということ」についてお話しします。
はい、えーとね、タイトルは、「どんな結果も引き受ける覚悟を持つことが決めるということ」というタイトルでお話しします。
はい、あのー、皆さんの人生の中で何かとても迷った時とか、あのー、人生の分岐点に立つような時に、あのぜひちょっとこの配信を聞いてもらえたら、
うん、そして背中を押せたら嬉しいなぁと思ってね、はい、話をしてみたいと思います。
はーい、えーと、まず一つ前の配信に、あのちょっといろいろあの反応をいただきましてありがとうございました。
あの私の話を受けてご自身のチャンネルでね、ちょっと多分関連しているような配信を撮っていただいた方もいたり、
あの本当にあの優しさが染み入るというか、うん、まあありがとうございます。
ありがとうございますなんですが、あのでもあの過剰に、あの心配しなくて大丈夫ですよっていう、あの皆さんご存知の通り、私はとっても強いので、
あのこれ強がってるっていうんじゃなくて、私って本当に心が強いんですよね。
なので皆さん多分本当にそんなに心配はされてないとは思うんですけど、うん、あの、えーと何というか、ほら私ここ最近の話で話してますけど、
注射とかもめっちゃ苦手で怖いし震える、いやーっていうそういう弱さももちろん持ってるし、あの痛いのやだよーとか怖いのやだよーなんて話もしてるんですけど、うん、あの、
それも含めて、あの人生だと思っているので、ちゃんと自分の足で立って歩いていける人間なので、あの全然、あの必要以上に、はい、あの心配されなくて大丈夫ですよ、皆さんは皆さんの人生に時間を使ってくださいね。
ただ、温かい気持ちや応援の気持ちはちゃんと受け取っておりますので、えー誠にありがとうございます。
はい、ということでここからが本題ですが、うん、決めるということですね、あの皆さんもなんかその人生の中でこう決めなきゃいけない時ってあると思うんですよね。
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例えば転職、今働いてる仕事を辞めて新しい職場を決めるとか、結婚離婚とかもそうですよね、パートナーを決める、そう、うん、他にもいろいろ決めることってあると思うんですよ。
あのその時に、まあその自分が決めたことを、まあどうやって納得して進んでいくか、みたいなところの話を今日していきたいんですが、あのここ最近私が決めたちょっと大きなことを決めたことがあって、それをちょっと事例、あの一つの事例としてお話ししながら決めるということは、
結果どういうことなのかっていうのをちょっと皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
はい、最近私が決めたのは、自分のそのがんの手術、取り除く手術をした時に、取り除く手術をして、それと同時にその自分のその胸をね、作るっていう再検手術っていうのを一緒にする方っていうのがいるんですけど、
この再検手術をしないというあの決断をしました。
はい、で、あのこれはもう8月末の段階で、私があのがんが見つかった時からこうしようっていうふうに思ってたんですが、あの実は手術が近づいた今、ちょっと一時的に気持ちが揺れていたんですね。
その決めるということの裏側にある、本当にそれでいいのかなっていう気持ちがむくむくと湧いてきちゃった、湧いてきちゃったというか別に湧いてきていいんですよ、いいんです、大いに悩んでいいんですけど、
でも、事実湧いてきたんですね。そう、なんかあの、もやもやと湧いてきて、結構その再検手術のことを調べたり、うん、なんかしたらどういうことが起こるんだろう、しなかったらどうなるんだろう、それぞれのメリット、デメリットは?
みたいな感じで、あの自分が決めたはずのことの、そのメリットだったりデメリット、その先何が起こるの?みたいなことを、なんかこう、そういうことに心が奪われ始めてしまったんですね。
皆さんも経験ないですか?何か決めた時に、これでよかったのかな?これが合理的な判断だったんだろうか?私間違えてないかな?みたいな感じのね、まあそういう、その気持ちの迷いみたいなものが出ることってないですか?
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私は、あの、その気持ちの迷いが出てきたので、自分のノートにいろいろ書いてたんですよね。私って今なんでこれ迷ってるんだろう?っていう問いが自分の中に立ってきて、なんで、あの、こんなにどっちにしようか迷ってるんだろう?決めたはずなのに、っていう風に思ってノートに書いてみたんですよね。
そしたら、あのすごく大事な意見が出てきて、さっきちらっと言いましたが、なんか合理的に間違えないように判断しなきゃって思ってたり、私が後悔しないようにちゃんと決めなきゃ、みたいな感じのそのことを思ってたから、なんかちょっと迷いが出始めていたんですよ。
ここすごい大事なところなので、ちょっと丁寧に紐解いていきます。
これは、この私の事案だけじゃなくて、決めるという全ての事案に対して、この決めたことを揺らがす最も大きな原因になり得ると思います。
合理的に決めなきゃ、間違えないように決めなきゃ、後悔しないように決めなきゃ、っていうことが迷いを引き寄せるってことですね。
なので、そういうことが起こった時に、それ本当?っていう風に聞いてみてください、自分の心に。
本当に間違えちゃダメなの?本当に正解導き出さなきゃダメなの?ってね、聞いてみてください。
そしたら必ずぶち当たるのが、どっちを選んだっていいことも悪いこともあるよ、っていうところに絶対に導き出されます。
はい、それこそ人生の大きな決断もそうだし、今目の前にある食べ物、何でもいいですよ。
チョコレートを食べる?食べない?っていうところであっても、どっちを選んだっていいところも悪いところもあるよ。
欲望のままにチョコを食べたら美味しい思いもできるけれども、その分裏側の太るぞお前っていうのも引き受けなくちゃいけないよ、みたいな感じでね。
決めるということは、選択の代償、影響の範囲の代償はあれど、全てに対して表側もあるし裏側もある。
ちょっと前の配信でも言いましたが、因もあれば要もある。セットなんですよ。2個1なんです。
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うまい思いだけっていうのはできないようにできてるの。
うまそうなのよ。
そうそう。なので私の場合だったら、もう本当にいろいろ考えたんですよね。
もし私が再検手術、胸の再検手術をしたら、胸が痛くなっちゃったっていう損失感は減るかもしれないよねっていう。
これ表面。
でも裏面では、ただもしかしたらその代わり引き受けなくちゃいけないこととして、ちょっと後遺症が残ったり、
あと、胸以外の部分からね、脂肪を持ってくるので、他の自分の健康な体を傷つけなくちゃいけない。
損傷してしまうっていうプラスアルファの苦しみだって生まれるかもしれないよね。
みたいな感じでね、表もあったら裏もあるのが普通のことなんですよ。
もちろんそれには再検手術しなかったらっていうバージョンの表もあるし裏もあるんですよ。
何を選んだって、何を決めたって、その表も裏も両方とも引き受けなきゃいけないの。
そういうもんだから。
そういうもんなんですよね。
それでね、いろいろ考えてたんですよね。
もし、取るだけで、再検手術しないっていうことを決めたなら、鏡見るたびに凹むかもなー、みたいな感じのことも考えてて。
でね、気づいたことがあるんですよ。
凹むかもーって思ってるけど、それって未来の私の感情のこと心配してるじゃないですか。
わかります?
未来の私の気持ちって、未来の私にしかわかんないんですよね。
どれだけ考えても、今の私には想像でしかなく、わからん。
なんとなく想像はできるけどね、多分凹むだろうねっていう。
なんだけど、なんかそこまで未来の私に配慮しなくて良くない?みたいな。
そもそも正解ってなんだよ。
正解じゃなきゃダメとか、後悔しちゃダメとか、間違えないようにしなきゃって言ってたからさっき由来出たけど、
正解なんてないかもねってことに気づくんですよね。
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どっちの道を選んだって、どっちにも表もあれば裏もある。
だからどっちも正解になりうるし、不正解にだってなりうるんじゃない?
だって正解なんてないもん、幻だもんと。
だから、どんなことでも立場が違えば状況が違えば、正解なんていつだって変わる。
これは柳瀬隆さんの、正義というのはっていうやつですよね。
正義というのは立場が違えば状況が違えば、いつだってひっくり返されるんだっていうあれをね、今オマージュして言いましたが。
はい、正解なんていつだって変わるんですよね。
だからどの選択をしても、私が責任を持ちますって力強く言えるのであれば、それでいいのでは?って思ったんですよ。
どっちの選択をしても後悔するかもしれないけど、でもその後悔っていう気持ちごと丸ごと受け入れる覚悟を決めますって決めれば、私はどの選択も正解にしていけるんじゃないかなって思ったんですよね。
あと自分のノートに書いてあるのは、人生はいつだって軌道修正できるじゃないかって。
1回決めたことを一生守り抜かなくちゃいけないなんていうルールはないし、自分の軌道修正力を舐めるんじゃないっていうふうに書いてあって。
いやーすごい、なかなか骨のあることが書いてありますね。
だから正解を探すってそもそも良いとか悪いとか、これが正解、これが不正解、ブブーみたいな感じで2極の考え方なんだよね。
そんなちまちました考えをせずに、もっとどっしりいこうっていうふうに書いてあって。
そうね、だから決めるっていうのは、決めなかった選択肢も含めて、丸ごとどっちが出ても何が出ても私はその先の人生まるっと引き受けますっていう覚悟を持つのが決めるということだと思います。
なので皆さんで言うと、例えば転職の時とかでもこの気持ちさえあれば、どこに行っても大丈夫なんですよ。
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だって自分の足で立って決める、この選択が私の決めるということなんです。
裏側も引き受けますっていうところまでまるっと決めているのであれば、もうそれはその先に何があっても大丈夫っていうことなんですよね。
今日はね、それを伝えたかったです。
はい、なんかヨガやっててよかった。ちょっと唐突にあれですけどヨガやっててよかったなって思うのが、今みたいな考え方っていうのが全部全部そのヨガ哲学の中で出てくるんですよね。
起こる出来事は全部良いとか悪いとかそういうものはありませんと、良い悪いっていうのを勝手にジャッジしているのは自分なんですよみたいなところとか、
自分がいろんな感情に飲み込まれている時に、もうちょっと斜め上の空から自分のことを自分の心の目で見てみましょうっていうヨガの中ではそれを本当の私アートマンみたいな感じの言い方をするんですが、
ちょっとここを掘っていくとすごくあのさらにもう1時間でも喋れちゃうので、ちょっとここはあのこの辺で切り上げますが。
はい、なのでね、病気になる前に私はヨガと出会えてヨガ哲学のことも学べて本当に良かったなと思います。
はい、どんな感情も自分のものだ。
どんな感情も受け入れていいっていうのもあの学べたし、これはちょっといがらしみちこさんがやっているノートコーダーとかから学べたし、ヨガからも同じような学びを得ることができたし、本当にありがたいなと思います。
はい、全部対等、全部素晴らしい経験。
だから、悲しいっていう気持ちもね、蓋しなくていいよっていうことも含めてですよね。
はい、ちょっととっちらかりましたが、今日はそういうことをお話ししたかったです。
皆さんも何か決めたとき、決めたことが揺らぎそうになったとき、ぜひ今日のお話の軸でもう一度捉え直してみていただけると、自分の選択、決断に自信が持てるのでは。
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まあみんな持てるよね。
さらに持てるのではないでしょうか。
はい、最後に私のノートからちょっと一節書いてあったことを読み上げて終わりたいと思います。
これも決めるということ関連ですね。
はい、大きくドーンとね。
そこからどうするかはいつも自分で決められるっていうのが書いてあるんですけど。
病気自体は私が選んだことではないけれども、病気になった後のことは全部私が選べる。
どう過ごすかも、何を選択するかも、手術も治療も選ぶ自由がある。
それはとても幸せなことのように思うということをここ最近の私は考えているようです。
最後まで聞いていただきありがとうございました。
皆さんも自分で決めて決めたことに責任を持つ素晴らしい自立した人生を共に歩んでいきましょう。
それではまたね。