第234夜 『横浜 港のマンション、ハマっ子たちの今昔物語。』
2026-09-18 38:50

第234夜 『横浜 港のマンション、ハマっ子たちの今昔物語。』

spotify apple_podcasts

放送回:「横浜 港のマンション今昔物語」(2026年9月5日)


本牧ふ頭のマンション / 陸の孤島 / 1,000円以内の港ランチ / つなぎ姿で暖簾をくぐる / 台風でも屋根をくぐる客 / マイカル本牧 / 幻に終わった地下鉄延伸 / こじらせ / テンガロンハットの自治会長 / 親子三代のはしけ乗り / ナポリタンとアイスの発祥地 / 開港記念日 / 付箋の貼られた自販機 / あえて残す昔の横浜

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

横浜港近くの築50年ほどのマンションを舞台にした72時間ドキュメンタリーについて、横浜出身の2人が感想を語る。交通の不便さから「陸の孤島」と呼ばれる一方、1階の飲食店街には港で働く人がつなぎ姿で訪れ、台風の日にも屋根伝いに住民が通い、1000円以内のランチや和洋中の選択肢が地域内の需要で維持されている。周辺では地下鉄延伸やマイカル本牧を核にした開発が期待されたが、地下鉄は商店街から客が流出するという地元住民の反対で実現せず、商業施設も寂れていった。

横浜港のマンションと「陸の孤島」
真夜中、コンビニの駐車場で。
このポッドキャストは、1つの場所を72時間にわたって定点観測する、某公共放送局のドキュメンタリーを大好きな2人が、番組についての感想や愛を語ります。
今回は、横浜 港のマンション 婚弱物語、ということで、舞台は横浜なんですけれども、
そこの横浜の中心部から車で15分ほど行った、横浜港の港の方に近くに立つマンションが舞台ということになっています。
地区50年ほどということで、割と古びた、昔から住んでいる人もいて、最近住んでいる人もいて、というところで、住民の人たち曰く陸の孤島と呼ばれているこのマンション。
1階の部分が、結構飲食街みたいなところにもなっていて、たくさん港で働く人たちのお腹を乱す場所みたいにもなっているような、ちょっと変わった場所に3日間密着しています。
さて、山口さん、今回いかがだったでしょうか。
横浜って感じですよね、この回は本当に。
ある意味、しかもそれがあれですよね、ザ・横浜ではないけど、これも横浜なのだっていうことなのかなって、僕は外から見ると思ったんですけど。
いやいや、ザ・横浜ですよ。
ザ・横浜。
そうですよ、もう何度もこのポッドキャストで話してますし、あれですけど、僕は横浜出身なわけであって、この中でも途中出てくる、浜っ子って言われるやつですよね。
横浜市の。
結構品質ワードじゃなかったですか、今回浜っ子って。
僕もだってあれですよ、浜っ子っていう小学校終わった後に学童保育みたいのがあるんですけど、その学童保育っていうかなんて言うんだろうな、小学校終わった後に親が働いている子供たちはみんな行くみたいなところがあって。
そこの名前浜っ子って言うんで、浜っ子は基本的に浜っ子っていうその学童保育みたいなところで生産されてるので。
生産。でも本当に結構浜っ子ってみんな言ってたし、浜っ子を自称する人がちゃんとベイスターズの帽子被ってて。
そうですよ。
横浜でしたね、なんでこんなに地元愛というか横浜プライドというか。その中でもこのある意味特殊な場所ではありますよね、この港のマンションっていうのがね。
そこが本目不当ですよね。ここの横浜出身で僕あるっていう話を今したんですけど、僕他の前のポッドキャストでも確かパンの会かな。
エッセンですね。
そうエッセンですね。パンの移動販売会の時に、あれは僕の実家の周りなんですけど、個人情報めちゃめちゃ出てるんですけど。
だから地元会多いですね。
そうですよ、地元会で出てて。そういうところ、いわゆる横浜の超中心地、港未来とかね、元町中華街とかそういうんじゃない横浜が僕の地元ではあるんですけど、今回それとは別で本目不当っていうところなんですよね。
で、これ本目不当は僕二つの思い出があって、一つは僕が住んでたんですよ、この近くに。
このマンション?
このマンションの近くってあるんですか?
あるんですか?
5分くらいかな。
ありますあります。
これ陸の孤島って、ちなみに陸の孤島っていうワードって一般的に使います?
使いますし、みんなまことしやかにささやく、僕の実感ですよ、僕結構いろんなところに住んだんで、陸の孤島って本当の陸の孤島じゃない人がよく使うワードっていう意識です。
今回も確かに大変そうだけど、僕もグーグルマップでちらっと見たら、全然普通にいい場所じゃんって思ったんですけど、どうですか?陸の孤島に関する。
陸の孤島って、僕横浜出身なんですけど、横浜が嫌になって東京に出てきてる人なので、僕は浜子は自称しないんですけど。
僕もさすがにちょっと分かんないんですけど、僕からしたらもう東京じゃんっていうね。
それちょっと大きく違って、やっぱ玉川を挟まないっていうのは大きな問題があって。
実際今回でも戻ってきましたって住んでる方が、都内の職場まで2時間かかるって言ってましたよね。
そうそうですよね。
結構遠いですよね、さすがに2時間っていうのは。
でもそんなもんですよ、横浜に住んでる人って。でもやっぱり横浜、玉川過ぎると落ち着くってみんな浜子って言われる人たちはいますよね。
だからいわゆる東京とは違うっていう地元の認識になっていく感じなんですよね。
僕はその浜子を捨てて、それで東京に来てる人間なんで、東京に来てからっていうか、なんか他、陸のことってめっちゃ横浜の人言うんですよ。
そんなに確かに本田さん言うように、別に大して陸のことでもないんだけど、本当に田舎の本当にやばいところに比べたら。
でも結構言うんですよ。それなんでなんだろうなと思って、久々に陸のことっていうワードを聞いたなと思っていろいろ思い返してみると、
やっぱり船があったりとか、あと川、川の水運があったりとか、そういう水にやっぱり近いところにいるから、
そういうことっていう表現が結構昔から横浜の人たちに馴染み深いんじゃないかなっていうのはすごい今回改めて見て気づかされたんですよね。
そうですよね。だから本当は島じゃないのに、なんか島に住んでるように感じるぐらい、なんていうか海辺の中にあって、っていうことですよね。
アクセスが良くないっていうことの比喩ではあるんですけど。
でも本当にそういう感じだと思いますよ。多分ね、大体陸のことって僕今まで聞いたことある場所とかって、それこそ名古屋も、名古屋港のあたりって交通の便が急に悪くなって、
なんか陸のことみたいに言われたりするんですよ。全く同じで、あと大阪ですね。南港って呼ばれるあのエリア、あのエリアも結構住宅地あるんだけど、
割と地下鉄とかからちょっと離れてるとか、やっぱり結構港町のところは、今回もすごいありましたけど、
日本の経済を支える物流的な場所でありつつ、人の生活の動線とはまたちょっと違うっていうのがやっぱり今回も肝じゃないですか。
そこがやっぱり陸の孤島感っていうのを演出させるのかなと思いましたけどね。
そうだ、そのこの不当のマンション、陸の孤島のマンションですよ。そこに本当にたぶん隣の隣ぐらいに住んでて、でも全然知らなかったですね。
何年ぐらい住んでたんですか?
僕が、これちょっと細かいこと話せなくなるんで話さないんですけど、僕が夏休み、大人の夏休みみたいなのを過ごしていた1ヶ月だけそこに住んでたんですけど、
その時に近くに住んでたんですけど、
小学校に通ってたとかっていう時代というよりは大人になってから。
大人です。なんですけど、全くこのマンションとか飲食店街のことは知らなかったんですよね。
なんか予告編で横浜港のマンション混雑物語とかってやるじゃないですか、次回はみたいな。
ありますね。
知ってる光景しか出なくて、マンションに行くまでの風景がですよ。
こんなとこあったかと思って調べたらすっごい近くで全く知らなくて、だからそれぐらいここって超ローカルなんですよ。
絶対そうですよ。
でもその本当に隣のマンションとかそれぐらいの人も知らないぐらい、ここの飲食店って本当に多分このマンションの人とか、
そこに昔ゆかりがあった人っていうのにだけ多分異常に注目っていうか認知度があるだけで、
周りに住んでる人は知らないと思うんですよね結構。
というか公安関係者じゃないですか、船系の仕事をされてる方の昼休みとかでコンビニ弁当じゃなくて、
今日外で空間の時の選択肢いくつかあるよ願いっていう認知ですよね多分ね、来てる人の。
何もないなと思って過ごしてましたね。
変な回でしたよね、だから本当にマンションの婚弱物語だっつってんのに結構その飲食店メインみたいにもなっていて、
しかもさっき言った通り公安関係の人が来るから、ちょっとドライブインの回のような光景みたいなものが働いてて、
まあこういう関係で働いてますとか、それこそ本当に港の出入りしてるんですみたいな人がつなぎ姿のまま食べに来るみたいなものが多くあって、
でももちろんねここ自体がそもそもそういう繊維関係の元社宅でみたいなこともあって、
長く住んでる人は昔そういう仕事してたのよみたいな人も出てくるみたいな感じで、
地下鉄延伸とマイカル本牧の記憶
これどこから見つけてきたかやっぱ一番の最初の疑問ですよね。
これはですねちょっと補足が必要な点が一個あって、
この本木地区ですね、本木地区っていうのは今回のこの話の中でも一瞬その店の人が話すんですけど、
地下鉄が延伸するって話があったんですよ。
ありました。
これ僕の子供の頃の話で、本木ってすごいそういうおしゃれな街に開発していこう、
もう地下鉄の屋敷が決まったっていうタイミングでみんなマンション開発したりとか、
僕がよく行ってた映画館、子供の頃一番最初に映画を見た映画館がマイカル本木って言うんですけど、
マイカル本木ってワーナー・マイカルがやってる映画館で、もう今ないんですけど、
ワーナー・マイカルって何ですか?
ワーナー・マイカルって知らないですか?
ワーナー・グループって映画の世界的に有名な。
ワーナー・グループがやってる映画館なんてあります?
あったんですよ、日本に。
それこそ関東話すぎますね。
ワーナー・グループがやっている、大きいウサギの何ていう名前かわからないキャラクターとかがいる映画館があったんですよ。
地方には東方と東映しかないんですよね。
ワーナー・グループの映画館があって、それぐらいあって、マイカル本木っていうのがあって、
僕はそこに子供の頃本当に一番最初に映画見たのがスターウォーズエピソード1かなんかを多分字幕版で幼稚園の頃に見させられるっていう、
何も話はわからないっていう感じで帰ってきた記憶だけがあるんですけど、それもマイカル本木だし、その後もずっと。
エピソードはめっちゃ面白かったでしょ。
英語だから話は一つも分からない。飛行機とかそういうのしか分からない。飛行機っていうか何ていうの。
そういうのしか何も分からないから、とにかくそういう映画の思い出があったりとか。
僕が行くところは結構栄えてたんですよ。文化的に栄えてるイメージっていうのが本木はやっぱあったんですよね。
なんかお台場じゃないけどそういう開発されたベイエリアみたいなのに一応なることが決まっていたはずの場所なんですね。
お台場ですねまさに。そういう場所で本当にゲームセンターとかそれ以外にももっといろんな普通に複合開発みたいなのがされてて、
マイカルの本木エリアでいうとビルっていうかイオンみたいなやつが多分ここぐらい集積してるエリアがあるんですよ。ワーナーマイカルのところって。
すっごいでかいいろんなお店とかがあるってエリアがあったりとか、今回のマンションの住む人たちも多分地下鉄の延伸っていうのが決まっているっていうので開発が進んだ中でこのマンションができて、
そこに住んだっていう人っていうのも多分一定多かったと思うんですよ。今回の飲食店街ね。もともとは専用住宅だったんだけど、それも多分新しくして1回も飲食店街にしてみたいな流れの中で多分今やってる人たちってそういう人たちが多かったんじゃないかなっていうのはちょっと。
特に話をしてた台湾料理屋でしたっけ。店主みたいなああいう飲食店街というかね本当にその路面店みたいな感じでバーっていっぱいあるところを多分最初に誘致した時にそういう話が出てた頃なんじゃないかっていう話ですもんね。
そうなんですよ。それが僕の90年代後半ですよ。その話はそのマイカル本木に僕が来てたのは0年代というか前半というか。
だから面白い場所ですよね。本当にだからグーグルマップとかで見る限りだと別にそういう開発が本当になされてもおかしくないぐらいここそんななんかエアスポットみたいになってるんだっていうのが驚きで。
でも確かにそのグーグルマップとかで見る限りそして今回の72時間で出てくる映像としても本当に横浜なのっていうか横浜のどこなのって思うぐらいのいわゆる港っていう感じの空間の見た目という感じになぜか唯一ポツンとマンションがあるっていう非常に面白い場所をよく見つけてきたなという感じですけどね。
マイカル本木に僕は大人の夏休み期間中1ヶ月ぐらいの間に近く住んでたときにやっぱ気になって行ったわけですよ近く住んでるから。マイカル本木になったら今はイオンに買われてマイカルっていう名前じゃなくなってるんですけどショッピングモールが廃墟なんですよ廃墟。
えっ? もうほとんどテナントが入ってない。映画館は当然のように子供の頃になくなってるし、廃墟。
始まったよねそういうところ。 でこれyoutube動画検索すると楽しい廃墟みたいな動画たくさん出てくるんですけど。
地域密着で残る飲食店街
廃墟扱い?
本当に廃墟として扱われてるぐらい本当に誰もテナント入ってないし結構あのエリアってそういう開発されててみんな期待して
でも地下鉄もなくなったけど何とか頑張っていこうと思ったんだけどやっぱりどんどんお店抜けちゃってどんどんどんどん寂れていってそうなっちゃってるっていうエリアなんですよね
だからこそそこのマンションのところがなぜあそこは生き残ってるかっていうとやっぱり地域密着型でそういう開発がもちろんきっかけではあるんだけど住民の人がちゃんと来るとか
需要が外からではなくて中でちゃんと回ってるからあそこはあんだけお店もあって台風の日あるじゃないですか途中台風だったりするじゃないですか雨すごくて
台風の日なのにその屋根をくぐり抜けて到達するっていう 濡れないで来る人とかが
ここで生きている人ですよだから本当に
ああいう需要があるところしか逆に言うと生き残れない場所なんですよこの場所って
だから本当にだから陸の湖東だから逆に湖東の中のお店は本当に中の需要で成り立ってるっていう話ですもんね
だから本当に値段もなんかすごい安いんですよ本当にこれ横浜かっていうぐらいの価格設定だったじゃないですか
安いんですよ
本当に1000円以内でねやっぱ食べれるみたいなランチだとぐらいの価格設定だったんでうわ今時あるんだっていうのもあるし
しかもそれがなんか本当に和洋中いろんな形であったじゃないですか
ナポリタンも食べれれば海鮮も食べれるしさっき言った中華も食べれてみたいな
この本当に住んでる人が今日どこに行こうかなって思えるという選択肢が残ってるっていう
本当にめちゃめちゃ面白いのになってて
なんていうんだろうな本当だからよくここを見つけてきたなっていう感じですよね
横浜の港町文化とアメリカの影響
でもなんかそういうそのいろんなものがあるっていうのもなんかめっちゃ横浜っぽいなって思うんですよね
なんかなんていうんだろうなこれ言葉にするのすごく難しいんですけど
特定のものが一個あるってよりも横浜の街ってその途中も出てきますけどナポリタン発祥の地とか
あと今回出てこなかったですけどアイスとかも発祥の地だったりするんですよね
やっぱ海軍基地とかがあるとねそういう洋のものが入ってきますよね
洋のものが入ってきてそれがその例えば横浜で言うとあんかけラーメンとかね横浜の名物だったりするんですけど
レモンステーキじゃないレモンステーキ
レモンステーキってなんすか
サセボね長崎県の海軍基地があるところはだいたいそういうなんか謎の洋のものを押す
でもあんかけラーメンなんだ
あんかけラーメンとかそういうのがなんかなんていうのかなだから洋食とか和食とかに限らず
そういうなんかいろんなものを食べるみたいなのがなんかなんとなく横浜の食文化な気が僕すごいするんですよ
和食だけ食べるってわけでもない魚だけ食べる港町でもないしむしろナポリタンもあるし
日本だからラーメンとかも食べるしみたいなそういういろんなものがあるっていうことが
すっごいこのマンションのバリエーションも含めてめっちゃ飲食店のバリエーションも含めてめっちゃ横浜だなっていうのは
なんか思ったんですけど伝わりますこの感じ
まあ一応僕も港町育ちでもあるし結構いろんな港町を見てきたんですごくわかるけど
横浜が特殊なのは隣に東京があるのにこういう港っていうものの入り口が一つあるっていうことが多分特殊だと思うんですよね
さっき言った通り名古屋とか大阪とか仙台とか仙台港とか名古屋港とかがあって
もうその経済中心地と直接つながって入り口になってるじゃないですか
だから大都会の港なんですよ
もうちょっと無機質というかだけれども関西で言えば神戸とかがやっぱり近いのかな
神戸とかあと横浜っていうのが東京っていうものの隣にあるのにあそこまで大きな経済規模の港として
成り立ってるっていうのがやっぱり太平洋ベルト的なそれを示唆するやっぱ大きさがあるし
だからこそさっき言った通り海鮮だけとかじゃない
三崎港でたらふく海鮮丼食えますとはまた違うわけじゃないですか
そこが横浜らしさっていうか神戸とかとかなり近いと思うんですけど
ああいう雑多にすべてが集積してくる力みたいなものを持ってる場所だなって横浜はいつも思っていて
ちゃんと自治会長覚えてます?自治会長
台風の日に水をかけてた
高橋さんね
あの人おもろいのがすごいテンガロンハットかぶってて
家に招かれて家もお邪魔するんですけど
家の中でもアメリカの保安官とかがするホルスターを入れる
拳銃を入れるつなぎみたいなの来てて
あれ絶対狙ってやってるんですよ
親子3代でハシケっていう船の小さい貨物船というか
大々やっていて日本の発展に寄付してきたみたいなことをプライドに持ってるみたいな
出立ちはテンガロンハットに保安官みたいな
僕の思う横浜これみたいなのをまさに体現したような人が本当に出てくるっていうのが
やっぱ今回が横浜のマンションなんだなって思うゆえんって感じでしたね
これすごい語弊がある言い方なんですけど
横浜って日本を捨ててる街なんですよね一回と思ってて
要はアメリカの文化っていうものに
沖縄とかは感じてるほどではないんですけどアメリカ感
でもかなり米軍というかそっち系が多いですね横須賀とかもそうだし
横須賀とかは実際に米軍がいるんだけど
日本を捨ててるって言ったのはどっちかっていうとアメリカ文化みたいなものが
すごく日本っていうものを上書きしてきてる土地なんじゃないかなっていうのは
昔の横浜はすごい思うんですよねあの世代の横浜
いやだから村上春樹とかの象徴ですよね
いわゆるジーンズとかそういうファッションとか
米兵が着てるとかそういうことではなく
日本人の中にそういう横浜のロックンロールとかロッケンロールとかもそうじゃないですかみたいなことも
72時間でも確かそういう会ありまして
横須賀あたりで そうですそうです
だから一回そういうタイミングで日本っていうものの文化よりも
アメリカの文化の方が強くなったっていうかみんながそれに憧れる
それでも俺たちは日本人なんだみたいなことよりも
新しくて面白いものが来てるからそっちに乗った方がかっこいいじゃんみたいな人たちが横浜の方に集まって
そういう文化がぐわっと広がってナポリタンとかアイスとかもそうだけども
そういう海外のものなんだけどなぜか今日本内でされているものっていうのが横浜で生まれてきているっていう気がすごいするんですよね
というか特にアメリカっていう感じがするな
やっぱり1950年代のやっぱりアメリカ文化の輸入で経済発展イコールアメリカ
そしてそこが一番最初に入ってくる場所横浜っていうもうその本当に村上春樹世界観を凝縮したような価値観を
やっぱり横浜のある一定の場所にすごく感じるが今回の回もそれのある意味お膝元みたいな話ですよね
横浜がその漁港ではなくてやっぱ商業港であるっていうところも大きいですよね
だからさっきの話の海鮮丼とかではなくてそういう輸入された者たちっていうので
洋食もそうだし和食もそうだしみたいなそういうものたちがあるっていう場所なんだなと思いますよね
開港記念日と戦後横浜の誇り
横浜の人あるあるで毎回出てくるしなんか今回もまた出てきやがったなと思ったのはあれですね
開港記念日っていうやつね
忘れてましたこれ
何でしたっけ開港記念日ってちょっと説明お願いします
開港記念日って
学校休みになるんですよね
そうですよ港を開く日ですよこの6月2日ですよね6月2日が開港記念日で確かに僕も休みだったんですよずっとね
でそうだそうだと思ってやってますけど
横浜だけですけどね
横浜の日ですからね
でもその学校が休みになるまでのそういう勝手になんか自治権を持ってるのって結構珍しいですよ
しかもだってこれね何の開港ってそのなんか日米通商条約とかその話ですからね開港記念日って
そういうことですよね
そうですよ1800年とかペリー来港の話ですからね
それがなんか6月2日かとかでなんかね謎すぎますよね
横浜が商業都市として港が開港しましたよとかっていうことではないんですよね
そういう多分意味が込められてそれを元をたどるとペリー来港みたいな話ってことだと思うんですけど
それで花火上がっちゃってそれでなんかお休みだから家族でねなんかご飯食べに来てみたいなのが
横浜の人にしかわからない思い出っていうかね
そうなんですよそれが不思議というかその休み学校が休みになるのって当然ですけど
開港記念日だっつってその翌年から別に休みになってないわけだ安静何年とかね
それから別に誰も休みになってなくて
まず学校制度がないでしょ
寺子屋とかねその時代ですよね
寺子屋にも休みとか概念ないしねたぶん
でも休みになるのがその開港100周年のタイミングなんですよね
1959年か今調べたら59年とかなんですけど
同じじゃないですかさっき言った
そうだからさっき言った話と一緒でこのもう1959年ってもちろんね
だってでも戦後だって戦後とは言えないけど境目ぐらいの時ですよ
復興をまず復興のど真ん中じゃないですか
朝鮮戦争の1950年の復興ど真ん中で
その一番最初の先駆けであるやっぱり東京そして横浜って話ですよね
そこのタイミングでもう59年のタイミングでよし学校休みするぞって言ってるわけですよ
もうアメリカに染まりきってる
わかんないけどでも本当に横浜らしいなと思うし
今回の回って本当にそれこそ1950年か60年というかそういう時代が
すごく本当に陸のことをよろしく包まれたまままだここにいますみたいになっていて
こんなに都心のねさっきからずっと言ってるような東京からこんなに近い場所で
とはいえ2時間かかるっていう
実際に住むとなるとちょっとなという価値観によって守られてるっていうのが
九州のとある港がずっとこのまま残ってるっていうのとまたちょっと違うわけじゃないですか
そこがなんか面白いなっていうところがあり
それがマンションっていう場所によって作られてるっていうのが
いわゆる80年代以降の都会人の暮らしっていう感じすごいするなというか
昔の横浜をあえて残す住民たち
マンション買ってそこに住んでその1階に本当はねもうだいぶシャッター街になってるけど
実はその中の1階の廊下部分とかも商店街みたいになっていて
今はシャッター街で唯一残ってるのがね自動販売機のコーナーがあってみたいなことも含めて
そういう経済成長期みたいなものがなんかこういう場所にこういう感じで残ってるんだなっていうのが
今回のマンションって本当に根弱物語っていうまさにそれだなーって感じでしたね
結構その陸の孤島だからなのかもしれないですけど
やっぱ閉じ込められてるっていうかその時代的に
僕がそれこそ子供の時とかに見てきた横浜の感じなんですよあれが
今よりももうちょっと前の時代の感じがすごいあそこの映像も含めてなんか雰囲気もするなと思ってて
言うじゃないですかその自販機のとこにも付箋でそのなんかジンジャーエール美味しいよみたいな書いてあるじゃないですか
いろいろあった確かに昔商店の店主が自販機持っててとかね
ありましたもんね独自の
でその人管理してる人も言うじゃないですか超高齢の住人たちのためにやってるんだって
実際確かに
あれもだいぶ事前事業だと思いますよね
確かに出てくる方は結構もちろん若い方もいるんだけどマンションに住んでますみたいなことは上の方とか
逆に浜っこって横浜愛が強いから親が住んでそのまま住んでたみたいなパターンも多いじゃないですか
それも結構横浜あるあるなんですよねなんですけどそれをさじ引いても
昔の横浜の感じっていうのがすっごい色濃く残ってる
ああいうアメリカの感じも含めてなんか残ってるんだなっていうのは非常に感じましたね今回は
あえて残してるって感じですよね
その住んでる人たちがそれを意識して住んでるって言うんですか
なんかそういう感じしたじゃないですか特にそのあの結構若い家族連れで戻ってきたんですっていう
それこそ都心の職場まで2時間かかるってそういう人とかもやっぱりここに昔住んでいてなんかやっぱりこう戻ってきたいと思ったっていう形でもう一度戻ってきているし
言ったらねその奥さんとかそういうのも含めて別にそこに住んでたわけじゃないのに
いやもうなんか僕のわがままというかこうあれで来てるんですっていう話もしてたぐらい
なんかその選んでるここに残ることを選んでるし
ということはそのさっき山本さんが言ってたようなちょっと昔の横浜みたいなのをあえて残したいというかね
なんかそういう気持ちすらはなんかはしばしに感じるところはありましたけどね
まあやっぱり一番に開講したことだったりとか新しい文化を受け入れることで自分たちがそういう日本の最先端であったっていう時期があることを多分誇りに思ってるんでしょうね
っていう気はするかな
でも本当にそうだと思いますよ
多分その正直僕も別に現実感があるわけじゃないけれども
本当に50年代とか60年代ぐらいの日本で考えた時に
いち早くアメリカの文化を取り入れるってことが多分どれぐらい今に実際に続くような現代的な価値観だったかっていうのは
はかり知れないと思うんですよね
結構50年代とか60年代とかの写真集とか見るの結構好きなんですけど
日本の農村部とかの写真とかって全然まだやっぱりものすごく日本的価値観を残してるというか
なるほどなと思ったのはめっちゃ寒い冬にコートを着てるんじゃなくて布団を着てるんですよ子供たちが
コートっていう感覚がないんですよ
大きな布で覆うみたいなね
そういうのでもちろん子供たちも学校行ったりとかちょっと家の手伝いをしてたりとか
それこそ女性たちがまだ洋装をしてないというか和装で住んでるとか
そういう写真を見るにつけその中でなんていうの
テンガロンハットを被るなんて多分イケイケのイケですよね
当時で言えばねそこのプライドっていうのはそりゃそうだろうなぁとは思うし
実際それが本当に現代の価値観にちゃんとつながってるからそりゃそうだなぁとは思うけど
よくそれがまだここだからこそなのかもしれないですけどね
本当の浜っこはみんなウェルカムで自由なんだよみたいなことを言ってたじゃないですか
本当にそのマインドなんでしょうね気持ちとしてはね
横浜らしさの複雑さと地下鉄反対
不思議っていうか東京とかとそこがやっぱ違いますよね
東京は逆に圧倒的に人の入れ替わりが起こる場所だからでしょうね
今回の72時間で言うと例えばトンカツオールナイトでトンカツっていう伊勢崎町かな
あれも近いんですよこれ場所的には
そういうところああいう雰囲気感もありつつ繁華街みたいな感じもありつつ
こういうローカルっていうか商業港の感じもありつつそこが続いてるんですよね
結局港の労働者がああいう繁華街を作ってきて
横浜で言うとメリーさんっていう有名な娼婦の人がいたりするんですけど知ってますメリーさん知らないですか
今あなたの後ろにしか知らない
横浜メリーっていう有名な外相がいるんですよ
街に立ってて白塗りの人がいてそれこそ僕は見てないけど母親が
今お子さんね
いやいやもう多分亡くなってるんですけど
僕が母親の頃とかにもずっと立ってたみたいな母親が若い頃とかにも立ってたみたいな感じ
伊勢崎町のところが似てみたいな
米兵相手の娼婦としてずっとやっていたみたいな感じの人なんですけど
そういう歴史がありつつもこういうアメリカの感じを受け入れようみたいな
一種の割り切りというかそういう感じが横浜だなって思うんですよね
だからアメリカの文化というか新しいものを受け入れている自分が正しいみたいなことを
結構強く思わないと生きていけないというか
それをアイデンティティにすることで前を向けるっていう
ちょっと複雑に絡み合った状況が横浜って
なんとなくある昔の横浜の感じですけどあるんじゃないかなっていうのは
ちょっと僕がいた頃とかはすごい思ってましたね
そんなこと
本当に僕もすごい詳しいわけじゃないですけど
やっぱりかなり神戸の人とマインドは近いですよね
伊勢崎 近いと思いますよ
多分さっきから戦後の話をしてきたけれども
実際その開講100周年っていうぐらいなので
横浜っていうのが元々そもそも戦前から世界に開いてたっていうことを
プライドは当時から住んでた人からしたらあるんでしょうね
要は戦争中の軍事的なマインドを
鬼畜兵兵みたいなことを言っていながら
いやいや横浜ってそもそもそういうので発展してきたじゃんっていう
多分その何というか二律背反するものが逆に戦時中にあって
それが戦後逆にこっちが正しいじゃんっていうことへの
すごくアイデンティティーの強いものっていうのは
それはあるだろうし
明治維新の時から続く歴史的にも経済的にもになってきたっていうものは
ある意味横浜の人が一番思うんじゃないかな
東京よりも江戸から東京へっていうことよりも
横浜っていうものが新橋から蒸気機関でつながって以降の
歴史としてはやっぱりすごいあるんじゃないかなっていうのが
なぜかこのマンションとは別にこの魂着物語からは
明治維新の香りはそんなにするわけはないんだけど
その残り香を感じるというのもあるし
特にそれがいわゆる大文字の歴史もそうなんだけど
来てるお客さんの人たちの普段の食事生活を見ていくと
かなり公安関係の働く人たちみたいなのが多いので
そういう本当に実際に汗水だらして働いている人たちみたいなものも
72時間の今回の回って収まっているから
そこがいいんだろうなっていうふうに思いましたね
今回の回の良さっていうか
話を複雑にするようなんですけど
さっきマイカル本目が地下鉄が延伸してくるっていう話したじゃないですか
でもそれがなぜ延伸しなかったかっていうと
地元住民の反対なんですよ
これは複雑な話がありまして
非常に複雑なんですよね
今みたいに新しいものを受け入れるという気持ちをやっぱり
そういう土壌はあるんだけれども
地下鉄が通ることによって商店街
今のイオンの話とかで一緒ですよね
人が出てっちゃうみたいな地下鉄が流れてくると
それが出てっちゃって他のところで買い物するから
うちの商店で買い物しなくなるじゃないかって言って
みんな反対したんですよ
それによって地下鉄が伸びなくなったんですよね
たぶん地権者交渉とかうまくいかなくなって
そういう非常に日本っぽい感じ
別にこれが他の地区で起こる話だったら
まあまあそういうことあるよねってなるんだけど
今話した横浜みたいなところでも
そういうことが起こるっていう
言ってもそういう日本的なところもあるっていう
こじらせてる感じが横浜なんですよね
都市の隣に残る横浜のエアポケット
これは冒頭に山口さんがはっきり宣言してますけど
それが嫌で東京に出た山口さんってことですよね
そうですよ
地元にいろんな思いが乗るということで
本当ですよ
前から本儲が僕が好きだった映画館なんですよ
なくなるのは悲しいんですけど
本当に悲しかったんですけどね
とにかく僕からすると
やっぱり横浜っていうあの場所にこんな場所があるんだっていうのが
やっぱりエアポケットじゃないですけど
都市の面白さの妙だなって本当に思いましたね
いろんな都市にこういう場所あるんでしょうけれども
こんなに横浜っていう東京の大都会の隣にある都市圏に
まだまだあるんだなっていうのは
本当に面白い回だったんじゃないでしょうか
そうですね
もうこんないろいろ横浜の回なんでね
ちょっと本編とは関係ない話が多めではあったんですけどね
スターウォーズエピソード1の話が一番関係なかったんですけど
でも横浜っぽい回だなとすごい思うんで
ぜひ本当横浜ローカルの感じはこういう感じなので
気になった方は見てもらえればって感じですかね
はいということで今回は以上となります
ありがとうございました
ありがとうございました
38:50

コメント

このエピソードのトピック

すべてのトピック →

それぞれのトピックから、ほかの番組の会話も探せます。

スクロール