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2016年何してた?この10年を思い出してみました
2026-10-18 12:54

2016年何してた?この10年を思い出してみました

今朝は、スタエフ配信されているかいほさん、えなさんが話されていたのテーマ「2016年の私(今から10年前)」について振り返ってお話ししています!
10年前の2016年は、長女小1、次女3歳。ドラッグストアを辞め、子育てを優先にするために研究所の契約職員として働き始めた頃でした。
そこから子育てが一段落して「もう一度正社員で挑戦したい」という思いの芽生えや、家族のステージの変化、独立して自立していくまでの少々波乱万丈な10年間をじんわりと語っています😊

🎧 本日のお話
○ 2016年(10年前)の私:小1と3歳の子育てと、新たな研究所での契約職員スタート
○ ホワイトな職場環境と、子育て優先の働き方の心地よさ
○ 「もう一度しっかり働きたい」子育て一段落で見えてきた自分のキャリア
○ 家族の転機と働き方の衝突:「調整するのはいつも私?」の葛藤
○ 激動の10年を越えて:よくやってきた自分と、今の会社での5年間

「家族のため」だけでなく「自分と社会の繋がり」を大切にしたい。さまざまな葛藤を乗り越えてきたからこそ、今の穏やかな暮らしがあるのだと実感する振り返りになりました✨
皆さんは10年前の2016年、どんな毎日を過ごしていましたか?ぜひコメント欄で教えてください!

#日常の雑談 #10年前の私 #2016年の私 #40代の働き方 #キャリアと家族 #女性のキャリア #ジャーナリング #学びと気づき #自分史 #40代の暮らし
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📖今回話をするきっかけをいただいた配信
🎧かいほさんの配信
https://stand.fm/episodes/6ac8a191edbc43c82a1dafcd

🎧えなさんの配信
https://stand.fm/episodes/6ad1b08d7d40330c5b3edfc9


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00:05
おはようございます。 10月18日日曜日です。こちらはアウトプット雑談プログラムとして、書くことで穏やかに暮らして、私がチャーナリングのように雑談をするラジオです。
さて、私がよく聞いているかいほさんやえなさんが、2016年の私 というタイトルというかねテーマでお話をされていて
ちょうど今から10年前私何してたかなあということにもちょっと思いを馳せていたので、私の10年前のお話をね、ちょっと振り返りながらしておこうかなと思います。
さて、2016年は、
長女が小学校1年生、 次女が3歳になる年でした。
私は次女の育休中に、 正社員で勤めていたドラッグストアを退職して、
家の近くの研究所のスタッフとして働いていて、
その研究所が変わるタイミング、 2つ目の研究所に働き始めた年でしたね。
雇用形態は契約職員という形態なので、
その時はその時はというか、その辺りから5年縛りっていうのが施行されているというか決められていて、
1年ごとに更新をかけるんだけれども、マックス5年までしか更新できませんよっていうので採用されています。
当時は子供もまだ小さくて、夫も忙しかったし、 夫の収入も安定してるというかあったので、
私が別に正社員で働く必要はないなと思っていて、 契約職員という働き方で、残業とかもないし、お給料がある程度もらえて、
週5日働くようなスタイルで、 扶養を外れて働いてはいたんですけれども、
職場自体はすごいホワイトな職場だったと思います。
研究所って公務員、純公務員みたいなところだったので、私が行ってたところは。
みんなものすごい、悪い人いないという感じでした。
上の人はわかんないですけどね、圧かけてくる人いるかもしれないですけど、
契約職員の私たちはとても働きやすい職場で、
子供の急な熱とかね、そういう病気とかで休むことも割とやりやすかったですし、
課の中も女性の働いている人が多いこともあって、すごい理解のある職場だなと思っていました。
そういう意味で、子供が小さいうちはこういうところで働くのもいいなと思って、
5年間働けたらいいなという思いで働いていましたね。
この契約職員というのは場所にもよるんですけど、私がいたところは自給制ですね。
働いた分だけお金をもらう有給もある程度ある。
03:03
有給?あったかな?もしかしたらないかもしれないな、今思えば。
ぐらいで、もちろん特別休暇とかほとんどなく、
性職員に比べると、そういう福利構成面では最低限という感じだったかなと思います。
だけど働きやすい。
人間関係も割と良好というところですね。
コンプライアンスとか、パワハラとかセクハラとかいうのもすごい啓蒙されている感じがして、
今まで勤めていた会社とは、民間の会社とはちょっと違うなって思うし、
ちょうどその頃からもしかしたらいろいろとやり始めた頃だったのかもしれないなと今思えば思います。
ここで5年満期働くんですけど、
仕事としては給与に関する仕事をしていたので、毎月やることはもう決まっていて、
自分たちが給与支給するために集めた情報を、
担当の職員さんと連携して給与を出していくという部署ではあるんですけれども、
私自身が給与の支払いに直接関わることはなくて、
あくまで給与を支給するための準備、
例えば銀行口座の管理とか、新しい人が入ってきたらその人の情報を集めるとか、
そういう仕事をしてましたね。通勤手当の算数とかもやってました。
この仕事はこの仕事で、すごい取り立てで面白いってわけではないんですけれども、
やりがいも特にはすごいあるってわけではないんですけれども、
いいペースで仕事があって、自分のペースでさらに進められるっていうのは非常に合ってたのかなと思うんですけど、
やっぱりちょっとなんか物足りなさみたいなのも感じてくるんですよね。
どんなに頑張ってもお給料は変わらないし、
自分なりにこういうやり方、いいのあったと思っても、それが評価されるわけではないというか、
なるので、あんまりこの、やってよかったみたいな感じもなければ、
やらなくてよかったってこともないっていうか、
なので、なんだろうな、なんか不満が大きくあったわけじゃないんですよね。
その時は本当に定時で帰れて、子供を時間内に迎えに行けて、家のこともそこそこできたっていうのが、
私の中では順位としては高かったので、あんまり不満には思ってなかったんですけど、
やっぱり次女が小学校になるくらいになると、
わりとちょっと子育て一旦落ち着いたなみたいな感じが出てくるじゃないですか。
だからその頃になって、もう一回正社員で働くってどうなんだろうな、みたいなのを考え始めるんですよね。
06:01
そこの研究所は、正職員転換試験っていうのがあって、それに応募することができるんですけど、
ちょうど辞める年のタイミングで受けてみようかなと思って受けてみるんですが、
先には進めない、書類選考で落ちちゃうんですけど、
そういうふうにして、だんだん自分の働き方を元に戻すって言い方が変ですけど、
前みたいにもう少し力を入れてできたらな、みたいなふうに考え始めたのがその頃だったかなと思います。
それが2020年ぐらい、コロナ禍ですよね、ちょうどね。
コロナ禍に私たち夫婦は別居したりもするわけなので、
なかなか激動の5年間だったような、最後の1年ぐらいが激動だっただけなんですけど、
この10年間はその後半の5年間がなかなか重めの5年間ではあるんですが、
自分の人生みたいなのをもう一回見直す機会が来てたのかなと思いますね。
夫が別居する原因になっちゃうんですけど、
自分の実家に戻りたいって話をされるわけですね。
お父さんが亡くなって、お母さんがちょっと調子が悪いみたいな話で。
実家自体は車で1時間くらいのところなんですけど、
私はここで基盤を作っていて、子供たちは学校に慣れていて、
もちろん気乗りしないわけなので、
言い方も悪かったけど断ったみたいな感じになるわけですね。
それに対して夫が機嫌を悪くするというか、やってられないってことになっちゃうんですけど、
その時に仕事はどうするの?私の?っていうのを聞いたんですよ。
契約職員で任期が切れるっていうのもあったと思うんですけど、
すごい結構バッサリとね、やめてもらうしかないよねって言ったんですね。
それが私としてはちょっと気に食わなくて、
ん?って思って、やめてもらうしかないし、
今までみたいに週5回で働くとかいうのは難しいだろうね、
みたいなことをさっと言うんですよ。
ん?って思って、要するにお母さんの面倒を見ながらやれる範囲の仕事をしてねって、
やりたいのであればみたいな感じなんですね。
そこもちょっとモヤっとしたし、
その夫の仕事は、追った夫でね、
自分の稼ぎが必要ってのもわかってるから自分は辞められない。
けど、あなたは別にそんな仕事じゃないから、
辞めても大丈夫だよね、みたいな感じに私には受け取れたんですよ。
で、これから夫はどう考えてたかわからないし、
私も将来的なビジョンを話してはいなかったから、
私も悪いと思うんだけど、
09:02
これからもう一回ね、子育てが一旦落ち着いたので、
もう一回ちゃんと働きたいって思ってた矢先にそういうことを言われたので、
私もカチンと来ましたよね、やっぱり。
なんだと思ってるんだ、みたいな。
で、なんかそういうやっぱり、
家族のステージによって、
働き方を変えるのはいつもこっちなのか、みたいな感じになっちゃうわけですよね。
もちろんあの状況で夫が仕事辞めてね、
お母さんの介護するわ、みたくなったらもちろん困っちゃってたわけなんですけど、
それにしてもなんか、そうだな。
もともとね、すり合わせがうまくいってなかったからそうなっちゃってはいるんですけど、
なんかそういう軽めに考えてるなと。
うん、なんか、
なんていうのか、なんか働かなきゃいけないから働いてるんでしょう、みたいな感じに思われてたのかもしれないし、
確かに研究所の仕事はね、民間の仕事に比べると契約職員ということもあって、
あの大変なことはなかったかもしれないけれども、
やっぱりこう、その仕事云々の前に、
社会、家族じゃなくて社会とどれだけつながってるかみたいなやつが私には必要だったのかもしれなくて、
そこをバッサリとね、あの、
切れって言った人。
ちょっとその時は信じられないなって思いましたよね。
だからそういう意味では、あの2016年からの10年間で、
自分が契約職員で働いていて、もう一回チャンスがあれば、
もうちょっと仕事を頑張ってみたいなって思った年、期間でもあるし、
その間に別居もしたり離婚もしたり、一人で生活していかなきゃいけなくなったりとかして、
かなりね、色々変わってきた10年だったかなと思いますね。
なんか皆さんのお話を聞いてると、多分、
私よりも10歳ぐらい年下なのかな、それ以上年下なのかなという感じで、
私がちょうど結婚とか出産で悩まれた時期みたいなのと被る方が多かったんですけど、
私はもうある程度そのキャリアみたいなものは諦めて、
じゃあ今後どうしていこうかなという時期に差し掛かっていた時期が、
まあ2016年、今から10年ぐらい前だったのかなと思いますね。
なんだろうな、あの、やっぱりね、
10年ってあっという間のようにね、今思い返してみると結構長いですね。
もうジョジョはね、高校2年生になるし、ジジョも中学生になるし、そっかーと思って。
結構バタバタだったし、生活は荒れてたとは言わないけどね、
やっぱり一杯一杯でやってましたよね。
夫は仕事と、あとギリの両親のことで忙しかったので、
割とワンオペ気味だったし、
大変だったな、よくやってきたなみたいな10年だったかもしれないですね。
12:04
今の会社に入ってもう5年ぐらい経つので、
まあ契約職員の期間5年と、
あとは今の会社の5年ぐらい、ちょうど半分半分ぐらいになるような時期ですよね。
懐かしいと言えば懐かしいし、覚えてないと言えばほとんど覚えてないから、
それなりに忙しかったし、心の面でもいろいろ動いた10年間だったなと、
今思い返してみて思っています。
今日はそんなところで、私が2016年から、
そこからもうこの10年ぐらい何してたかな、
というのを思い出しましたっていうお話をしておりました。
最後までお聞きくださった方がいたらありがとうございます。
今日も良き1日となりますように。
ではまた。
12:54

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