00:06
みなさん、こんばんは。こはるです。 今日も聞きに来てくださってありがとうございます。
今日は、あなたの受験ストーリーを聞かせてください。 第2弾ということで、素敵なゲストをお迎えしています。
会社員クリエイターとして活動されている、アリキノサラさんです。 この企画を始めた理由を、最初にちょっとだけお話をさせてください。
はい。私はこれまで受験の現場でたくさんの生徒を見てきて、 だいたい200人ぐらい個別伴奏をさせていただいてたんですよね。
で、受験で合格した大学とか偏差値とか、どこに受かったの? 第一志望どこだった?みたいな結果で語られることってすごく多いと思うんですよね。
でも、その人の受験の話をじっくり聞いてみるのって、実はそこだけじゃないんですよね。
なんでその学校を選んだのか、うまくいかなかったときどうしたのか。 誰かに何か言われた一言がずっと残っていたり、逆にあの時こうしておけばよかったなっていう選ばなかった道があったり。
そこにその人が何を大切にしているのかっていうのが隠れているような気がしています。
だから、私はこの受験っていうのを一つの出来事を入り口として、人はどうやって自分の人生を選んできたんだろう、選んでいくんだろうっていうことを、ぜひゲストの皆さんと一緒に考えていけたらなと思っております。
みなさんこんばんは。バリさんありがとうございます。いわしーさん、もんぴーさん、りーさんもどうもありがとうございます。
では早速なので、サラさんをお呼びしたいと思います。
すみません。
こんばんは。サラさんすみません。お待たせしました。
うまくいかなくて、すみません。
大丈夫ですかね。聞こえてますか。
ありがとうございます。今日はお仕事だったんですかね。
そうでした。もうお家に帰ってきました。
お家ですか。大丈夫ですか。お疲れ様でした。
では早速ではあるんですが、サラさんの方から簡単に自己紹介と、今回私のあなたの受験ストーリーを聞かせてくださいっていう企画に、サラさんの方からありがたいことにお声掛けいただいたので、
お話ししてみようかなって思ったきっかけなども少しお伺いできるととっても嬉しいです。
はーい。すみません、遅れています。バリのサラと申します。
改めましてすみません。こんばんは。
東北に生息しており33歳、お一人様会社員です。
お疲れ様です。
03:01
今回、僭越ながらオファーというか、私から立候補させていただいちゃって、悔しくなったんですけれども。
いやー、とっても嬉しかったです。
前回のいちいちさんとの講演というか、お話です。
はい。
聞いていただいてて、いちいちさんのお話と、おはるさんの問いかけとか、自分と重なる部分がすごく多くて、
いろんなことを思い出して。
そうなったんですね。
交換のあまり、私もお話ししたいって思いました。
ありがとうございます。
ちなみに前回のしつじさんのお話で、どういったところに一番共感されたんでしょうか。
自分で嫌だとか、やめたいって言えなかった。
そういう発想にならなかったっていうところ。
あと、しつじさんはご両親とかを結構応援してくれたっていうところで、
みんなが応援してくれるから、自分も頑張ればみんな喜んでくれるみたいな。
そんな感じだったと思ったってことで、そこを一緒だって思いました。
そうだったんですね。
そうすると、さやさんも苦しいことがあっても、なかなか自分からはやめたいとは言えないというか、
どちらかというと、周りがすごく応援してくれるから、それに応えて頑張らなきゃみたいな気持ちの方が強かったという感じですか。
そうですね。あんまり無意識で苦しいとかって思ってなくて、
やるべきことはこれみたいな感じで。
良かったんですね。ありがとうございます。
今日はさやさんのお話、どこから聞いていこうかなってすごい悩んでるんですけども。
さやさん、カリンさんとのコラボライブの時にもお話が出てたんですけど、受験の時っていうのは、
東日本大震災も重なってしまって、受験ができなくなってしまったっていう機会もあったりとかで、
なかなか思うようにいかなかったこともあったんじゃないかなっていうところがあったんですけど、
実は幼少期にも漢字検定にすごくはまっていたっていうお話もチラッと聞いていたので、
できればそのあたりからちょっと私はお伺いしてみたいなって思うんですけども、
どんなお子さんだったんでしょうか。
そうですね、子供の頃は本当に野山で駆け巡ってる、
小さい頃の私は土遊びしてるのしかないぐらいで遊んでました、庭で。
06:03
結構やんちゃだったんですか?
なんかもうやんちゃどころか野生ですね。
その頃は山の中だったので、
今でもなんかこう、雪の匂いはわかります。
そうなんですか、なんかその頃好きな遊びとかっていうのはどんなことがあったんですか。
一人で遊ぶのを好きでしたね、何か作ったり、泥だったりとか。
さっかいそうか。
雪に登ってたぐらいですかね。
えー、そうだったんですね。
じゃあ何かこう、熱中するというか、外で集中して遊んだりとか、
何かドラマを読めたりとか、そういったことをしながらも、
勉強しなきゃとか、勉強しようかなって思ったタイミングとかって何かきっかけがあったんですか。
いや、根本と小学校1年生の時から学校行くのか、みたいな感じで。
ご飯食べて、学校行って帰ってきて、劇をしてみたいな。
ピアノもやってたんで、ピアノもやってみたいな生活してて。
で、ランチ研究をやるきっかけがですね、
僕の親はですね、小学校3年生の時に、なぜか先生に嫌われてたのか、
国語のABC判定でCが出たんですよ。
えー。
これは足りないんですけどっていうので、
それで母が学校の成績は当てにならんって言って、
公共のものというか、文科省検定というのを持ってきた。
で、親が漢字とか苦手だったからっていうのもあるんですけども、
で、学校の勉強だけじゃなくて、官憲っていうのも始めて、
小学校3年生だから、8・9から始めて、
で、そこからほぼ毎年、官憲って年3回あるんですけども、
そこから7・6・5・4・3・10・12・12・9とインスタントに出たっていうのがあって、
ちょうどお盆の時に、病床書じゃなくて核症という写真を撮ってきました。
本当に私撮ったよねと思って。
あ、そうだったんですね。
え、7・6・5・4・3・2・2ですか?1まで撮ったんですか?
いや、1は。
1は難しいんですか?
平成13年に8・9、で、次の14年に7・9。
で、平成15年に6・5・4と3回。
え、3回も受け取りなの?
3ヶ月に1度の試験で、2月の試験終わったら、
09:01
なんかアクション日付があれなんですけども、年3回あるんですけども、
1回受けたら、はい、次、次、次ってやって、
平成15年に3・9受けて、
10・2・9と平成16年、3ヶ月後に受かってますね。
うわー、すごい。
じゃあ、本当に官権だけでもかなりチャレンジされてきたっていう感じですよね。
そうですね。12歳の時、小6で準2級を持ってて、
で、その後6年生の時に2級を受けるんですよ。
え、2級ってちなみに何年生レベルになるんですか?
2級だともう大人レベルなのかな?
高校は卒業とか?
2級だと全ての常用漢字と、
だからまあ、大人持ってしまうとかそんな感じですね。
ちょっとマニアックな常用漢字じゃないのも入ってて、
で、2級を12歳、小6の最後に受けるんですが、
ストックで来てたのに、
はがきで通知が来て、
あら、なんかペーパーレスになったのかしらと思ったら、
初めての不合格で。
はー、その時ってどんなふうに思いましたか?
2点足りなかったんですよ。
2点っていうことは、あと1問のほかですか?
1問のほかですね。
で、次のその3ヶ月後、
中1の夏ぐらいですね。
やっと合格できたんですけど、
そしたら中学校で団体受験とかしてるから、
3点取った人ってなんか協賞されるんですよ。
それで謎に私中1で一番上の級だったから、
なんか協賞されてしまって。
めっちゃ注目の的じゃないですか、それは。
母国語の先生が、
あなた本当に2級なの?って。
へー、そうなったんですね。
いや、すごい。
それと、お母様もあれでしたよね、
サロさんが、この子はもっとできるって思ったからこそ、
あれだったんですね、きっと関係に役にないっていう感じで
声をかけられたんですかね。
自分を感じるのなくなったから。
それで最初関係始めた時っていうのは、
どんなモチベーションだったんですか。
嫌いじゃなかったんですね、たぶん。
だから感情を結構好きな方だったんですね。
目標法で。
12:00
そういう関係の傾向がはっきりしてるので、
過去問題、過去問集でザーッと。
基本的にこういう検定もなくて、
過去問を中心に何回も読むスタイル。
簡単と、次の勉強、次の勉強っていう風に。
この型を覚えとってるみたいな感じで。
自熟語の意味とか文化とか、
そういった特殊なのもあるし、それも何回も
反復、復習というか、できないものはなかなかできないので、
そういったものを練習するときは、
私が間違えた問題を記し印つけたり、
時間を測るとかいうのを親がやってくれてました。
それはお母様ですか、一緒にやってくれてたのは。
そうですね、母当時専業主婦だったので、その時期は。
お母様が一緒に伴奏するような形で時間を測ったりとか、
繰り返しやったらみたいな感じで、
一緒に受験したというか、やったっていう感じなんですかね。
本当に勉強を教わった記憶はなくて、
学部はないと大変失礼だけど、
そんなに勉強ができた感じはなかったけど、
近く、いつもいるんですよ。なんかいるんですよ。
リビングとかでお勉強されてたんですか?
リビング部屋なんてない、狭い家の部屋だったので、
リビングテーブルで弟の私もできるようになりました。
じゃあ、いつもお母様がそこにいて。
お母様がいて、とか言ってましたね。
ただ言うだけだったんですけど、
それはありがたいっていうか、
それはやんなきゃじゃないですけど、
みたいな感じに無理なくできたかなっていうふうに。
本当に。
小学校時代はなぜか、
勉強がよくやってたなって自分でも。
そうだったんですね。
ついたら、戦略ができてるし。
戦略ができるってね。
受験生ですよね、本当に。
時々演説に。
勉強してました。
お母様から何か言葉をかけられた時とか、
印象的な場面とかって覚えてますか?
関係にまつわるところがあったり、
15:01
小学校の勉強に関して。
ないんですけど、
勉強終わったら次のカゴムン買ってきてくれてた。
覚えてます。
その日の夜に、
その日の夜からまた次の級の勉強が始まる。
その日の夜から?
はい。
お母様もすごいし、
それ嫌ってなったこととかはないんですか?
漢字に関してはなかったです。
ルーティンでしたね。
それこそこの間の羊さんじゃないですけど、
これは私に助けたみたいな感じだったんですか?
そんな感じで、
漢字に関しては、
ルーティン化してやって、
嫌だとかやめてたんですけど、
結果では取りたいって思ってました。
そうだったんですね。
それで中学校の時に表彰されて、
その後はどうなったんですか?
私の過去の栄光は、
中1であっけなく終わるんです。
中学校の時、
なんであんな勉強ができたんだろうっていうくらい、
能力のピークはそういうことだったと思ってて、
中学生が一番勉強を染め込んでいい時期なんじゃないかなって、
今となって思ってて、
やっぱりそれができるっていうか、
頭柔らかい、やっぱりなんでもできるなって思って、
私、中1の中間テストで、
一番最初のテストで、
ほぼ満点で、
学年1位だったんです。
え、すごい。
それは半々でした?
たらさんからしたら。
いや、ちょっと中1予習をしてたっていうのはあった。
質問とか言って、
でも、そこからあっけなくスタートしていくんですけど、
中学とかあって、
やっぱり小学校とか中学校の最初の頃とか、
自分たちでうまく説明できないけど、
何を勉強してたかなって。
ただそこから、
科目が増えたりとか。
うんうん、そうですよね。
中学校になると一気に難しくなりますよね。
高校行ったら欲求がもっと増えて、
なんかあれーってなって、
ついていけなくなりましたっていうところで。
もうその頃っていうのは、
流石にお母様がそばで見てるっていうことはもうなかったですか?
中学生の時は。
そうです。
母もついていけない。
みんなしてついていけなかった。
そうですよね。
18:00
私も子供が中学生とかになったら、
結婚見れないだろうなって思いますもん。
中学校も、
高校はここに入るっていうのだけは決めてたっていうか、
これも地方あるあるなんですけど、
県の新学校に入ればとりあえず安定じゃないですかね。
分かりました。
私も地方出身なので、あるあるで。
県立の新学校に行けば。
それです。
いわしさんが分かるって。
本当にそれでした。
まさに一応、
親も高校入ってばあといいからみたいな感じで。
中学校でついていけなくなったけど、
ギリギリ入れるまではなくて、
雰囲気よく入れたけど、
そこからも何も見えなくなりました。
そうだったんですね。
中学生のときって、
何か勉強はしてたんですかね。
してたけど、
なかなか思うように成績が上がらなくなってきたっていう感じだったんですか、
そのとき。
そうですね。
親って思ってて、
なんか怪しいぞみたいな。
怪しいぞってなってるから。
かといって、
得意な科目っていうのを得意じゃなくて、
謎の感じでしたね。
そっかそっか。
だから勉強をやってるけども、
テストで何か思うように成績が上がれないっていう感じだったんですかね。
中学校のときはギリギリでね。
高校行ったら何かもう、
あの、
何でしょうね、
もう、
高校行ったらどこにいるんでしょう、私みたいな感じになってました。
それって、
例えば、
官憲のときみたいに、
何かこう、
明確な、
ここに向かってやるぞみたいなものが、
なかったからではないってことに考えられるんですか。
だと思います。
本当に目に見える勉強がないと、
私は生まれないなって思います。
みたいに、
暗級。
大学どこ行きたい?
何を学びたいとか、
終わってしまいますかね。
中学校のときに、
勉強以外で夢中してたものとかありますかね。
中学校のときは、
大体、
中学のときはピアノが知ってました。
そうなったんですね。
小学校のときもやってたんでしょうかね。
5歳のときからずっとやってましたけど、
ピアノもさほど好きじゃないけど、
なんかこれはやんなきゃっていうので、
あんま好きじゃないけど、
やってたの。
21:00
なんかやりなさいって言われたわけではなく、
気づいたら習わすの?
気づいたら習わされてて、
ピアノを唯一楽しかったのが、
本当に賞が決まっている。
賞が決まっている。
とか、
県大会で2勝とか2勝とか、
要するに競技みたいな、
結果がはっきりわかるような、
だったので、
ピアノも音楽が好きじゃなくて、
大会に出て賞を取るために来てます。
そうなんですね。
だから全然面白くないんで、
力入れないんです。
えー、そうなったんですね。
私もずっとピアノを楽しかったし、
要するに基礎練習は嫌いな人で、
ハモンですか?
え、なんですか?
そうですね、ハモンとか嫌いで、
はい、ハモンです。
嫌いで、
私はどちらかと言うと、
発表会は好きだった。
コンクールとかはあんまり興味がない。
私の場合、
川浜教科先生がコンクールとか、
好きな先生だったっていうのもあって、
発表会ももちろんありましたし、
発表会も、
割と人前で演奏するのが好きだったから。
あー、なるほど。
さらに評価ついたらなお良し。
目に見える形で、
何か周りからの反応だったりとか、
ショーがあるっていうのが
モチベーションになったっていう感じなんですね。
そうです。
新聞に名前載ったりとか。
それ嬉しいかもしれません。
嬉しいですよ。
だけのためにやってました。
なんかちょっと違いますよね。
そうですね。
今日の配信で、
さらさん、
看護の方を目指したっていう話も聞いたんですけども、
そうなんです。
今日も予習のために言ったんですけど、
高校の時に本当に何も見えなくて、
何したいのかわかんなくて、
とりあえずって言って、
大変失礼なんですけど、
手に触る。
本当は教育学部とかも思ったんですけど、
学校の先生じゃないしなとか思って、
文系の子でも行ける看護学部というか、
理大の看護学部みたいなところは、
文系クラスの子でも受けられたので。
通学なしでも受けられる?
通学はあったけど、
受けるゴリゴリの理系みたいな感じではなかった。
受けられる感じだったのですが、
前期はもちろん落ちてて、
24:01
後期試験3月12日だっていう前日に、
震災言い訳にしてますけど、
普通に震災なくても落ちてたと思う。
あれはダメだなって思いました。
岩井さん言ってくれてる。
働き口少ない。
医療職だったら、
それくらいしか。
やっぱりその時に、
いろんな職業の知識とか、
ネットもあんまりわからなかった。
調べてなかったし、
どういうことがあるのか。
親みたいに会社員とかしかわからない。
親もその辺わからないから、
アドバイスとか人脈とかもなくて、
あといって東京の大学とか、
無理そうかもとか、
経済的にも無理そうかも、
みたいな。
そんなことを思ってました。
それで看護学部っていう風に、
一丁前に医大の看護学部とか受けようとしてて、
天に阻まれるという。
やめたほうがいいですよって思って。
そうでした。
あといってこの時はもうどうしようもないし、
どうしようもなかったですね。
でもそこから震災で中止になっちゃったけど、
そこから結局どこも私立とか向けてなかったので、
行くとこなくなってしまって、
でも浪人まで行きたい大学もないんですよ。
でも大卒ではありたい。
そうなんです。
どうしようどうしようと思って、
ちょうど災害時の机上用のCMやってた時に、
うちの地方で定員割れしてる女子の短大があって、
そこで追加募集しますよっていうテロップ流れてきて、
そうなんですね。
じゃあそこって言って門を叩いて、
行きました。
それって3月の何、いつ頃だったんですか?
本当3月の初かとかその辺だった気がします。
本当にレベルですよね。
そして入学式も5月に延期みたいな感じだったから、
4月に面接とかそんな感じでした。
あの時は本当に震災の当日とか本当にカオスでしたね。
海の近くとかじゃなかったんで全然大丈夫だったんですけど、
天気も一気に悪くなったりとか、
なんかカオスでしたカオスでした。
水出なきにとかね。
27:02
本当に非常事態みたいな感じの時に、
電気通ってテレビ映った後に、
そんなチャンスとも思わなかった時に、
なんか門があるから入ってみましょうみたいな、
木が流れてきたみたいな感じで、
溺れかけてた木を捕まえてみたいな感じでした。
とにかくどこかにみたいな感じだったんですね。
そうです。
そしたら私と同じ境遇の子が1人いまして。
もうそれこそ電気工学校の子で。
その子と一緒に3台入ってっていうところで、
これまた3台入って大体みんな就職するんですけれども、
そこでまた運良く編入というものがあるということを知って、
3年次編入っていう3年生から割り込み入学して、
4台卒業するよみたいな感じに卒業できるっていうのを知って、
私また大学受験も無駄に多くやってしまってるんですよね。
編入試験ってまた特殊な勉強を。
そうですよね。
話を戻すと、最初の大学受験までの間って、
モチベーションとか気持ちの波とか、
モチベーションチャートでいうと、どんな気持ちでしたか?
モチベーションは、勉強をしなきゃっていうイメージしかないけれども、
そこで全部が苦手科目すぎて、どこから手をつけたらいいんでしょう?
みたいな感じでした、高校は。
そっか、さっき得意科目もそんなになくてっていうことをおっしゃってましたもんね。
かといって、例えば英語がよくできるとかだったら、
私立文系とかに絞ってできたんですけど、
どれもこれも冴えないんですよ。
でも国公立だったってことは、それこそ5教科7とかフル科目だったってことですか?
そうなんです、数学も謎になんであんな4つもあるんですか?
そっかそっか、1A,2Bまでか。
理系じゃなければCまではやってないけどっていうことかね。
あ、そうだそうだ、そうですね。
なんかそういうのがあって。
理科基礎とかも2つぐらいあったのかな?
少し文系だったから、2つぐらいあった気がするっていうので、
テキスト、教科書開いてたら終わったみたいな感じで。
ちなみに塾とかって通ってましたか?
それが通ってなかったのがまたあれですね。
独学で。
キャンプした塾とか通うべきだったのかなってちょっと思ってます。
30:01
でも本当に新学校入って人権得た終わりになっちゃってたのは本当に痛めるかな。
周りのできる子はできる子で、
あんまりよく見えないところに行ってたっていう感じなので。
受験勉強はどこで一番しましたか?
お家でしたか?図書館とか?
勉強できる子についてて、市民センターみたいなとこ行って、
勉強した気になって。
その勉強した気になってっていうのがそこわかると思います。
勉強した気になって。
勉強がありましたね。
だから本当にどこに焦点当てたらいいかな。
本当に見えないまま終わっちゃった。
もったいなかったなって思ってます。
範囲も莫大だし、課目も多いし、
看護学部っていうところも自分の中ではモチベーション的には最後。
どうだったんですか?行きたいっていう感じでもなかったってことですか?
そこがダメですね。
とりあえず入れたらラッキーってしか思ってない。
どうだったんですかね。
でもそこで、本当は教育学とかそっちの方も気になるんだよなと思ってて、
それで短大に入ったことで、
学校の先生じゃない、教育学とか障害学習っていう、
一緒だね、それに出会うことができたんですよ。
そっか、短大では教育学の方を専攻されてたんですね。
短大はキャリア教育学科みたいな感じで、
いろんなこと、工学とかとにかくいろいろやるっていうところで、
そこでそこにいた先生、
カリスマ。
カリスマ姉さんですね。
カリスマ姉さんですね、噂の。
カリスマ姉さんで県入という道を教えてくれた。
そうだったんですか。
じゃあそれこそ短大に入った頃に、
最初から県入を考えてたとかっていうわけではなかったんですか。
はい。短大入ったらもう就職みたいな感じで、
でもそこもなんか就職してる絵が出ないみたいな、自分の中で。
やっぱり4年生大学卒業っていうのが欲しいなっていうか、そんな感じでした。
なんとなく自分の中でもこのままでいいんだろうかみたいな気持ちとかもありましたか。
そうですね。父の親なんてはもう女子大の地方の地元の三大の力使って、
名門企業みたいな入れたらいいんじゃないみたいな感じで言ってましたけど、
でもなんか大学生活、大学って言ってみたかったなって思ったんです。
33:02
はい。
それこそあれじゃないですか、本当に流れてきた気につかまるような思いで、
短大にそれこそ5月とかに入ったと思うんですけど。
はい。
その時の気持ちってどんな感情だったのかって聞いてもいいですか。
そうですね。
正直言って、なんて言ったらいいでしょうね。
こう、負け組じゃないですけど、高校の先生もすごく優しい単人の先生だったんですけれども、
やっぱり有名学校に行った生徒とかのことはすごく印象に残ってる感じ。
でも私が単大に入る、受験するとか入学するとかっていう時に、
ちょっと学校に訪問した時、ちょっとそっけないみたいな感じで、
なんか、ああ、みたいな感じ。
やっぱり高校も進学率とか、どこの学校に何人いたっていうのが、
高校率何人とかね。
そうですね。なんか何にも貢献できなかったなって思ったんですよ。
でも同時に、いつかビッグになって、この学校に多額の寄付をするって思いました。
すごい!
そういう時に思いました。
なんかそれ、でも学校にそうやっていう思いがあったっていうのは、
先生だったりとか学校への思いみたいなものはずっとあったんですかね?
そうですね。学校自体はすごい好きだったし、自由活発、交付もあってたし、
今でも仲いいのはそこの学校の友達だったし、
やっぱりなんだかんだ、なんでしょうね、誇りじゃないですけど、
思ってるところはあって、ただ、私はこの有名大学に行くってことで、
貢献できなかったけど、必ず帰ってくるじゃないですけど、
なんか、寄付できるレベルになろうって思いました。
いやー、かっこいい!
なんかね、先生の微妙な表情がね、なんか微妙に、
それも点でしたーって思って。
で、現に今、地元で市長になった同級生がいるんですよ。
あ、聞きましたよ!
そう、超有名人で。
なんかそういう人もいて、
なんかそうなんですけれども、私はそのうち学校に寄付しようと思いました。
やっぱりなんでしょうね、大学とかであんまりそんな風に思わない。
1年ずつとかしかいないから、これまた微妙なんですけれども、
あと、4年代に三年次編入した時の話なんですけれども、
36:07
これまたアウィで。
え、三年次編入ですよね?
そうです。で、大学3年生。
みんなが大学3年生だって、
普通の学校もほとんどゼミとか、だいたい1週は終わってるっていう。
で、ゼミに入るみたいな感じで、
私行ったとこも教育学部に行ったので、
なおさら教育実習とかで終わった人たちとか、
結束、コミュニティがもう出来上がってるんですよ。
だからもうよそ者。
3、4年はもうよそ者で終わりましたね。
浮いてる転校生みたいな感じでした。
それこそ、私も実は大学入った時に、
編入を考えていたんですね、最初は。
大学から大学へって。
そう、大学から大学に編入を考えていたんですね。
あまりにもすごく悲しい結果だったので、
っていうのは、私ちゃんと受験勉強してないからっていうのがあるんですけど、
考えてたんですけど、やっぱり1、2年を大学で過ごすと、
その場に流されてしまうっていうか、今が楽しいから、
一個のまま4年生まで行っちゃえばみたいな感じになって、
大学の先生とかからも編入受けてみたらみたいな感じで、
そういう声をかけてもらってたのに、
いや、もういいですみたいな感じになっちゃったので、
私としては寅さんが3年受験をしたっていうのは、
本当にすごいことだなって思っていて、
私にとっては選択しなかった側の道だから、
どんな思いで編入試験を受けて、
それこそアウェイだっていうのが分かっている状態で
そこに行って、あと2年過ごすっていうのは、
どんな気持ちだったんだろうっていうのがすごい気になっていて。
なるほど。
でも、小春さんは編入しないで、結局大学で頑張って
主席で卒業されたっていうことなの?
そうです。
すごい。
すごい。
私の場合は本当に単大だったっていうのは大きいかもしれない。
これ4年生大学だったら、
ここに導かれたんだしっていうふうに思うと思うんですよ。
単大だったかもしれない。
地元の企業か、
ただ、たぶんどこかで地元に出たかったのかもしれないです。
そっか。
たぶん、一人暮らしとか、東京とか出てみたかったのかもって思う。
39:02
受けたのが東京女子大と日本女子大。
そして、女子大の単大に2年間行ったら、
気楽というか、そっから驚愕には行きたくないなと思ったんですよ。
ずっと驚愕だったんですけど、単大で女子大に行ったら、
なんか、こっから女子大だなって思ったし、
女子大のほうが就職、面倒見てもらえるっていうときだった。
で、女子大に絞りましたね。
ちなみに、編入試験ってどんなことされたんですか?
編入試験は英語と小論文。
英語と小論文。
はい。もう英語もできないんですけど、
英研みたいな感じ。英語の長文読解みたいな感じでしたね。
よくわかんないけど、勘でなんとなく取ったっていうやつ。
そんなことないんだろうって。
英研2級も仕方なく取りました。
そのためにっていう感じですか?
そうですね。官研はあんな喜んでやってたのに。
あと、小論文ですね。
小論文もカリスマ先生がいっつも添削してくれてて、文章そんなに得意じゃなかったんですが。
お手紙書くのはすごく興味がある。
お手紙ね。
小論文ね、なかなか難しくて書ききれないときとか多かったんですが、
試験の当日、奇跡が起きて。
え、なんなんですか?
テーマが地域貢献とかっていうキーワードで、
要するに私が短大で、短大の2年間も授業とかで忙しかったんですけど、
震災の後に入ったから、産学連携の復興プロジェクトとか、
そんなのもやらされて、その課外活動といいますか、
それを書ける題材だったんですよ。
すごい、さらさらにぴったりの題材だったんですね。
そうなんです。あんなにパーってなって、なんでこんなのやってんだろうって思ってたのが、
それで本当に原稿用紙最後まで書ききったっていうのがあって、
これは奇跡だと思ったっていうのが、
そういうのがあって、
それで無事3年次編に言っているのが、
かなったっていうところで、
それダメだったらもう就職、短大だったら就職がどっかできるかなっていう感じだったので。
そんな感じで見ました。
やっぱり、チャンスの神様は前髪しかないって言うじゃないですか。
42:00
言うけども、それこそテレビのCMでちょうど流れてきたとか、
それだってその時に、たまたまかもしれないけども、
そこでちゃんと行動していたわけだし、
その編入はカリスマ姉さんから声かけてもらったっていう感じだったんですか?
そうですね。
でもそれってきっと大学三大で一生懸命活動されてたりとか、
勉強されてたりっていうのを見てくれていたから、きっと声かけてくれたって感じですよね。
かもしれないですね。
その先生も私ともう一人の新学校卒の子には何とかしてって言って、
道を教えてくれたみたいな感じでした。
その中に入った子も編入しましたね、国立大に。
私の子は大学院まで行きました。
すごい。
だからちょっと流れてきたものをキャッチできる力っていうのがやっぱりたださんあるんですよね。
自分でこれって思って目標立て進むっていうよりも、どちらかというと、
いつも断崖絶壁みたいなね、いつも溺れそうなんですけど、
溺れそうなとこなんか浮き輪みたいな木が流れてきて、何とかぷかぷか浮いてるみたいな感じですか。
そんな感じ、そんなことばっかりでこんなはずじゃない、こんなはずじゃない、
でもそこでなんか来た、とりあえず捕まれへんみたいな感じです。
そっかそっか、でもそれってこんなはずじゃないって思ってないと、たぶん捕まれないと思うんですよね、私は。
あー、なるほど。
なんとなく言いたいことを伝わりますか?
はい。
あ、もうこれでいいやみたいな。
そうそうそう。
投げやりになってたら、たぶんそのままサラサラって流れていっちゃったようなチャンスがたぶんたくさんあったんじゃないかなって。
あー、確かに。そうかもしれないですね。
なんとかんだ、そうですね、その後も就職も一旦やめちゃうけど、その後も台風で第二新卒をめちゃくちゃ就活したりとか、
なんかそうですね、なんか遠回りだけどなんか掴めるものを探してるみたいな感じで、
なんか不器用だな、容量悪いな、コスパ悪いなって思いながら、
ただどうしてもやっぱり本当に世の中安全とか安定とかってどこにもないっていうのを結構喰らいまして。
えー、そっかー。
え、それでつまり就職、最初に新卒で入ったのは金融機関ですか?
新卒がNPO法人の福祉施設でした。
で、その大学編入して、とてもアウェイなところですよね。
45:05
なんかもうちょっと友達できたりするかなと思ったけど、学部が学部でもう全てが出来上がっててもうみんな終わりですみたいな。
で、必修授業を一、二年生と一緒に取らなきゃいけないとか。
よくわかんないところで、私がそのアルバイト先にハマってしまってという。
カリスマおじですね、それが。
そうですそうなので、カリスマおじ。
カリスマおじは100キロ長級の金髪おじでした。
すごいな、めちゃくちゃパンチありますね。
パンチある人に引かれてしまってっていうところで。
そこからわー違うってなった時にまた再起動エンジンがかかるっていう。
なんかその違うって思ったのには何かきっかけがあったんですかね。
最初から見えてなくなったんですかね。
確かにですね。一生懸命合わせに行ってたっていう感じです。
それが最初はすごく楽しいけど、なんかあれ、これまたちょっと周波数違うかもみたいな。
ちょっとずつなんかやっぱり自分がこうありたいとかこういう風にいたいっていうのとズレみたいなのをずっと感じ始める。
そうですね、そうですね。
こうじゃない、こうじゃない、こうじゃないっていうのがだんだんだんだん重なっていって、やめて、どれくらいいたんですか、そこには。
大学3、4年ボランティアで始めてそのままアルバイトでいて、でも正社員で入ったけどもう8ヶ月、12月には辞めてきたみたいな感じなんで、本当にダメダメですね。
そこでまた第二新卒ってあるのを知るわけで。
これは何かこうあれですか、なんかきっかけがあって知ったんですか、第二新卒のことは。
なんかその時ハローワークに通い詰めました私。
短時間労働、地元に帰ってきて、センターのアルバイトをして、6時間働いてその後は若者ハローワークって。
それまた作文の練習とかですよ。
再起動のための勉強ばっかり、やりたくしたことばっかりです。
第二新卒っていうのがまた新卒の振りして入社できる。
3年次編入もいかにも最初からいましたよの振りして卒業できるみたいな制度じゃないですか。
第二新卒も新卒ですよの振りして入れるみたいな。
48:01
サラさんとか自分の違和感に気づくのが早い方なんじゃないですか。
そうかもしれないです。
普通の方って言ったらあれですけど、多くの方ってやっぱりそこに気づくのに時間がかかったりとか、
その違和感を割とそのまま放置しちゃって変化しないっていう方を選んだ方が楽なことって多いと思うんですね。
でもそれでも結局サラさんはこれじゃない、これじゃないって言ってちゃんと求めてるから流れてくるんだなーって。
好きになる気が流れてくるんですね。
そんな感じがすごいお話聞いてて、だからちゃんとチャンスをつかめる方なんだろうなーって。
でも東京のカリスマおじのときは結構違和感に気づいても結局おじのカリスマが吸引力が強すぎて、
違和感に気づきつつもファインドコントロールされてちょっとだいぶ伸びましたね。
そうだったんですね。
結構人に惹かれるっておっしゃってましたもんね。
環境とかっていうよりかは人っていうお話が出てたから。
その後、結局第二心卒で今の会社、グループ会社に入るんですけど、
最初営業職で入ったので、今度また試験、今度は検定試験が始まるわけです。
外務院とかですね、証券外務院とかですね。
そういうときに、やっぱり小学校のときとか検定ものをやってたってことが生きてきたかなって思ってて、
また過去も解きまくるとか、たぶんあの勉強をこうしたら勝てるみたいな、そういうのがありましたね。
そっか、じゃあそこでまた小学校のときの成功体験みたいなものが生きてくる。
そうですね、もう過去すぎてね、なんかもう話にならないんですけど。
逆に中学とか高校のときっていうのは、その関係の経験みたいなものは何か力になったっていうことはあったんですか?
うーん、なんかあの勉強を、なんかそれは親に言われましたね。
あの勉強をやってきたんだから大丈夫、みたいなことは言われましたね。
ペンダコが。
ペンダコがね。
で、自分自身でも、あんだけ小学生のときにやったんだから大丈夫とか私はできるみたいなふうに思ったのって、何かありますか?
このこれこそここまでの期間で。
そうですね、なんかこういう検定もの、テスト系をやるときは思い出しますね。
51:04
あの、何でしょうね、あのときの感覚、カムバックみたいな感じで。
なんか試験会場の雰囲気とか緊張感とかそういうものも蘇ってきたりするんですか?
そうですね、意外とそういうの好きなのかもっていうところが、コンクールとか試験会場とか、割と好きなんですよ。
燃えるんですね。
小春さんもたくさん、結構受験生に対応される方が多いのは高校生ですか?
そうですよ、私は高校生と浪人生の指導がほとんどあったんですよね。
だから本当に、検定頑張ってきた子とかっていうのもいましたし、中学受験はうまくいったけど、大学受験全然うまくいかなくてっていう子もいましたし。
でも地方にいると、地方の学校でなんちゃってエリートみたいな気になっちゃうけど、
世の中を見ると、ああやって小学生でも中学受験とかしたりして、
こういう人と大学受験を一緒に戦わなきゃいけないのかって思いました。
いや、そりゃあ世界の人強いわって思いました。
地方組ってね、いろいろ知らないことも多いよなって世の中に見て初めて知ります。
すごいなと思って、中学受験するドラマみたいなので、かわいそうとか思っちゃったんですけど、
どれくらい勉強できるのが小学生なんだよなとか思ったりして。
そうか、逆にさらさんのこれこそ探検の小学生。
確かに中学生のときに頑張りなさいって言われて、やれたかわかんないですね。
そうですね、中学校、高校とか手に負えなくなってしまった。
やっぱ大学受験、これからだと、センターしかいけて今言わないですよね、確か。
そう、今ね、共通テスト。
共通テスト?
共通テストやんですけど。
もうすぐ100日ですとか。
そうなんですよ。
中学生よりも家族、弟とかが受験生のときの方がよっぽどピリピリして嫌でした。
じゃあ自分が受験生のときとかっていうのは、なんかすごいもうやだやだやめたいみたいな感じでもなかったですか?
なかったですね。自分が目標に向かっているみたいな、なんかやることあるってときは楽しいので、楽しいというか集中しているので、なんとも思わないんですけど、
家族があったかっていうときは結構大変でした。気持ちが。
気になっちゃうしね、心配になっちゃったりとか。
そうですね。
やっぱりサラさんはあれですね、目標があるとそこに向かって力が出るとかね。
54:05
かもしれないですね、目に見える目標。いかに叶えられそうな目標を見るところに置いておくかっていうのが大事かもしれないですね。
なんか今ちなみに何かあるんですか?あるんですかって聞いて、差し控えなければ何か目標にしていることとか、こうありたいなとか、今はこうじゃない、こうじゃないっていう感じではないですか?
そうですね、今淡々と、でも不思議とこのままだかこの会社にいる絵が出てこないんですよ。
多分違うとこにいる気がするって思って、また木が流れてくると思って。
そんな感じがしますね、じゃあ。
なんかそれは思ってて、またどんぶらこうと木が流れてきたら、掴もうと思います。掴めるようにセンサーを貼っておこうと思ってます。
一番自分自身がもう倒れない大木であるってことが一番大事だって気づいたんですね。
めちゃくちゃ大事ですね、それは。
震災でござると、会社の不祥事で営業できませんとか、あとコロナですとか、なんかもうおこそという時に食らってくると、もう安定なんてどこにもないから、自分、どんな世の中になっても自分だけを生き延びるみたいな。
なんかそういった、自分が大木みたいな、太い木にならないとみたいな意識は20年くらい経ってます。
本当にこれまでサラさんの話聞かせていただいて、それこそ自分じゃコントロールしようがないことだったじゃないですか、震災とか。
そういうのを経験されてるのを聞くと、やっぱりサラさんすごい強いんじゃないかなとか、メンタル安定されてるんだろうなとかって思うんですけど、
実際どうでしたか?振り返ってみて、自分じゃどうでもできないことに対してどう気持ちを切り替えていって、どうジャッと生きて生き抜かせていかれたのかなっていうのがすごい気になりますね。
そうですね、本当に思い通りにならないということをまず受け入れていくしかないし、そこでやっぱり高校受験とか大学受験とかもうまくいかなかったのは、そもそも自分がちゃんと目標とかちゃんと考えてないからだから、当然の報いであって。
57:01
だったらもうこれが自分の現実なんだから、もう責任取りなさいじゃないですけど、あとはもうなんとかして掴めるもの掴んで立ち上がりなさいって自分で思って。
たられば言っててもしょうがないからっていうのは思って、でも本当にそれが意外とこの先特にどんな世の中になるかわかんないけど、何が来ても受け止めて跳ね返せるぐらいのマインドを持っていようみたいな、そういう意味で強くじゃないですけども、
折れないようにしようというふうに思いました。で、いろいろその震災とかも振り返って、多分この15年とか経ちましたけど、時間経てば日は昇るなじゃないですけど、時間経てばこんなに変わるっていうか、
そうですね。ガシャンってなっても。前向き続ければ必ずそのうち道は開けるっていう。何もないようにちゃんと計画立てて行動できればいいんですけど、ある程度予測して軌道修正していくしかないのかなっていうふうに思ってます。
でもね、そこで腐っちゃう人だっていると思うんですよ。
あー、腐らない。
そこで腐らないじゃないですか、たらさんは。
それは何を言えたかもしれないですね。
前向きだって言ったらすごい簡単な言葉に聞こえちゃうんですけど、そう、いわしさんありがとうございます。バリティーですよね。そのバリティーって結局自分ではどこから来てるんだと思いますか?
あー、そうなんですか。何でしょうね。なんか自分、なんか、あ、そっか。なんか長女気質もあるのかな。なんか自分で切り開いていかなければみたいな意識がなんかこう、最初からインストールされてるみたいな感じなのかな。なんか自分でやらなきゃみたいな意識が昔からありますね。
そっか、それは誰に言われたわけでもなく。
そうですね。で、気づいたら人からド根性みたいなこと言われて、そうなのかみたいな感じ。
バリキ、そう、バリキがね。
そう、バリキがね。だって本当に誰もができることじゃないなって、たらさんのお話聞いてて、私はすごい感じましたね。
えー、なんか、どっか爪が甘いんですよ、私。そこの爪って思って。爪が甘いんですよ。だからその分も、余計なことが多いなっていうふうに思ってるんですけど。
1:00:11
えー、でもどうですか、今日お話をちょっと一緒にさせていただいて、その爪の甘さも含めて、ご自身のちょっと遠回りした経験っていうのも、今のたらさんにどう繋がっていると思いました?
そうですね。でもなんか、もう、来たものそのまま受け入れて、受け止めて流すみたいな感じしか、私は真っ向勝負しかできなかったので、戦略性もあるようもないような感じなんですけども、本当にさっきおっしゃっていただいたように、腐らないっていうことしかないかなと思って。
やっぱ、そうですね、小春さんが採用されている高校生とか親御さんとかに何かお役に立てることって言ったらなんだろう。なんか、でも高校生の方だったら、たぶん今思い描いてると思うんですよ、みんないろんな自分の将来を。
たぶん思い描いてると思うんだけど。
思い描いてると思いますね、ちょうど夏終わり。
でも、たぶんそれ以上にもっと幸せな未来にいるって思います。
いやーすごい、これはさらさんの言葉として聞けるっていうのがすごく重みがありますよね。
私も高校だって思い描いてた未来はありましたけど、それと全然違いますけど、でもあの時思ってたよりももっと面白い世界にいるなって思います。
なんかこう受験落ちた、思い通りいけなかったとかってなっても、そこからまた道が開けると思うってことをたぶん受験生とかに、たぶん親御さん含めて、なんかそんな感じかなーって思いました。
私これ採用の説明会でも言いましたよ。
そうだったんだよねー。
受験者とかでも、そこで行ったとこ勝負みたいな感じかなって思います。
でもすごい今の高校で受験とか控えてる時の気持ちめっちゃわかるんですよ。
これ落ちたら、受かるか落ちるかでも人生決まるみたいな。
そう、そうなんですよね。
もうそうですよね。ここしか生きる道ないとかって思うんですよ。
もうそれがね全てな感じがしちゃうんですよね、受験生にとっては。
あらの這い上がり。私は高校にいつか寄付できるのでしょうかっていうところに移るんですけど。
寄付する未来しかないでしょうね。
1:03:02
寄付しよう。
親御さんとかはそうですね、たぶん応援してあげればいいんじゃないでしょうかっていうのも。
いわゆる近い人の応援っていうのに一番聞きますよね。
原さんは何か思い出に残っている言葉だったりとか周りの人の言葉だったりとかありますか、その応援というところで。
そうですね、思い出すのは言葉とかっていうよりもたぶん、私の場合は親が例えば朝ご飯作ってくれるとか、
報道でバックアップを示してくれるみたいな、よくわかんないけど一生懸命みたいな。
一生懸命パフォーマンスやられるけど。
一緒に伴奏してるよみたいな感じと、こっちも影響を受けて頑張れるかなっていう感じですね。
やっぱり嬉しいですよね、こうやって隣にいてくれるっていうのは。
いるだけでいいんです。置物としているだけでいいんです。
適当そうに、あれしなさい、これしなさいとか言ってくれるのも嬉しいし愛情の一つだとは思うんですけど、それだけが全てじゃないというかね。
そうですね。
学校だと一緒に頑張る友達とか、あと環境置きですね、一緒の周りの環境。
どこに自分を置くか、どんな人と出会うか。
どんな人を選んでいくかということの連続なのかなとは思います。
本当にそうですね。
本当に今日は素敵なお話を聞かせていただいて本当にありがとうございました。
本当に楽しかったです。ありがとうございます。
さらさんどうですか、最後に何か今日の感想でもいいですし、今回は受験というところを切り口にして、さらさんのこれまでの結構経験だったりとか、今回は思い通りにいかないとなったときにどうやって選び直して自分の納得した道にしていくかっていうところをテーマでお話しさせていただいたんですけど、いかがだったでしょうか。
そうですね、結構こんなはずじゃなかった、塗りつぶしたい風になかったことにしようとしてたのか、なんかこう紐解いていかれた感じで、まあしゃあないかっていうところを受け入れることができましたね。
1:06:04
なかったことにしようじゃなくて、それも一つの歩みだったし、こうするしかなかったし、でもなんかたくましく生き延びて来られてよかったなというふうに思いました。
そうですね、これから若い方っていうじゃないですか。
若い方に何かメッセージがあります。
若い方、若い方。大志を抱いて、たくましく進んで、何でもやっちゃって、みたいな感じで。
確かにそうですよね、何でもやっちゃってですよ。
本当です、本当です。
いくらでもね、軌道修正ってできたりするんですよね。
そうです、軌道修正いくらでもできるなって思いました。
本当に、やっぱりサラさんみたいに自分の違和感に敏感になるというか、なんかちょっとずれたことやってるなって思ったら、やっぱりそこでもがくっていうか、ちょっとジタバタするっていうのもすごく大事なことだなって私今日感じました。
そうですね、違和感は。
でもなんだろう、ジタバタっていうかなんだろうな、サラさんのお話聞いてて、やっぱりサラさんは薙ぎのようなというか、
薙ぎ?
うん、やっぱり来たものをちゃんと受け止めるけれども、これを必要以上に手を持っていって、折れちゃわない?
ちゃんと跳ね返していく力もあるし、そこがサラさんの強さなんだなっていうのを感じました。
本当にありがとうございました。
他の方の応援されてるのを見てすごいエネルギーをもらうんですよね。
そうなんです。
今月は応援をする才能っていうのにスポット当てていただいて、自分でもびっくりしたんですけど、
これなんでだろうって思ったんですけど、たぶん私、ズーズーしく参加したいんだなって思いました。
ちゃっかり私も参加したい、参加せざるを得ないみたいな、混ざりたいんだなって思いました。
良くないですか?これで。
ズーズーしく混ぜてって。
そうですね、知らん顔できない性格なんだし。
そうですね、すごい一体感を作ってくださるというか。
一体感作りに来ますね。
なので話し取れちゃうんですけど、私、佐賀さんとカリンさんのプロマネコアさんの応援ハイライトじゃないですか。
1:09:00
あれすごく感激して。
あれたくさん聞いていただいて嬉しかった。
カリンさんごめんなさいっていう白旗あげるのと、みんな黙ってるけどどうしたんだっていうか。
大丈夫かいって。
それでみんな離れ離れになったら嫌だって思ったんです。
嫌って思って。
また黙ってらんない性格が出てしまって。
とりあえずワシはこういうふうにしますっていうところを言ってしまったかもしれない。
ワシはアイちゃんが今のコメントくださって。
ワシはって。
ワシはね。
すごい黙ってて可愛かったです。
あれ帰ってきた後の時余計黙ってて。
でも本当にそこが佐賀さんの魅力だなって感じたので。
本当ですか。
自分の思いにちゃんと素直にちゃんと言葉にできるっていうところ。
それが多分したくてもできない人もいるし。
佐賀さんがそうやって言ってくれたことによって励まされた人もたくさんいると思うんですよね。
同じような気持ちで。
本当に。
アリさんが佐賀さん本当に可愛いですよね。
宮本さん本当に可愛い。
ありがとうございます。
うらやましい。わかる。
うらやましいですね。
なんか愛されキャラですよね。
恐縮嬉しい。ありがとうございます。
すみません。ちょっと話最後が取れてしまったんですけども。
いえいえ。とっても嬉しいです。
今日は本当にありがとうございました。
ありがとうございます。
佐賀さん何か皆さんにお知らせしたいこととかはありませんか。
お知らせですか。引き続き楽しんで聞いてください。
引き続き私も佐賀さんの配信楽しみにしておりますので。
ありがとうございます。
引き続き。
引き続きよろしくお願いします。
いわゆきさんも引き続き佐賀さんの配信楽しみにしていきましょう。
ありがとうございます。
もしよろしければぜひこのあなたの受験ストーリーを聞かせてください。
ご登壇してもいいよっていう方がいたらぜひご紹介いただけると嬉しいです。
そうですね。
立候補生いいんじゃないですか。次私。
次は信じて。
次は信じてぜひ言う方がいらっしゃったらぜひお声掛けください。
1:12:01
アイさん。アイさん次いいですか。
アイさんの話聞きたい。
アイさんも絶対ね受験の話はたくさん持っています。
ですよね。
ぜひぜひ。
こんな感じで毎回募っていく企画にしたいと思います。
楽しみにしてます。
ありがとうございます。
ということで遅くなって長い時間になってしまいましたが本当にありがとうございました。
どうもありがとうございました。
引き続きよろしくお願いいたします。
皆さんも本当に今日はありがとうございました。
皆さんありがとうございました。
アイさん、リーさん、イワシさんありがとうございました。失礼いたします。