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#37 あなたは高価で尊い Part2
2022-12-12 48:25

#37 あなたは高価で尊い Part2

このエピソードでは、コーチングに関するテーマについてお話ししていく時間になります。

本日は前回に引き続きテーマは「あなたは高価で尊い」 です。


コーチとして求められている能力の中で、【今ここに在り続ける】というのがあります。

この能力の定義が下記になります。

「開放的で柔軟で安定的で自信に溢れる態度をもって、クライアントに対して感覚をフルに開き、今ここに共に在り続けている」


コーチングの哲学を体現していくときに大切になるのが、この【今ここに在り続ける】という能力です。

そこで本日は、この状態になれていないときはどういう状態なのかをチェックできる12個のリストをみていきます。


CAMは、2005年にアメリカにて設立され、3000人以上のプロコーチを輩出してきたICF認定コーチングスクールです。CAMやその日本支部であるCAMジャパンについて知りたい方は、camjapan.jpで検索ください。

感想

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00:05
皆さん、こんにちは。CAM Radio へようこそ。
CAM Radio は、コーチングスクール CAM の代表やスタッフが、社会で活躍されるプロフェッショナルとともに、
葛藤や生き方について考えていく番組です。
今回は、CAM Japan ディレクター兼講師の浅井もときがお送りいたします。
そして、今回のゲストは、前回に続いて、そのままですね、話していますけれども、
このバスケットマン、桜木ではなくて、ノリエルをお迎えしております。
お願いします。
前回、「あなたは高価で尊い」という聖者の言葉を借りながら、
コーチング哲学ですね、深めていきつつ、
どういう時に、自分に対して、そのコーチング哲学、かけのない存在というところを、
適応できていないと感じるか、また人に対しても、どんな時に、という、
なんかより、哲学は知っていたけれども、こうして具体的に話してみると、
人それぞれ違いそうだな、という、
ボタンというか、どこでウッと思うかというか、
それは、やっぱり人それぞれ違うなと思うと、
それを落とし込むことの重要性みたいな、思ったけれども、
最後、終わりにあたって、自分に対して、コーチングの哲学、
あなたは創造性と、また、才智にあふれ、かけのない存在であると信じる、
ということ、自分に対して信じられていることが、
このコーチとしての在り方という、
開放的で柔軟で安定できる自信にあふれる態度を持って、
クライアントに対して感覚をフルに開き、今ここにともに在り続けている、
そんな在り方がコーチとしての在り方、重要な部分、
それの土台となる、自分が自分に自信を持っていて、
自分が自分自身を受け止められ、
ありのままを認めている状態の時に、
それは良いところも、改善したい部分も、
それも含め、自分であっていいということを認められている時に、
このコーチとしての在り方の土台となって、
そしてこれが在り方として滲み出るという、
そんなお話をしてきたかと思います。
聞いてくださっている方々は、1週間多分空いていると思うので、
こんなことを話したということを振り返ってみたのですが、
そこの中で改めて、ノリの中で一番前回に残っていることとか、
どんなものがあります?
前回に残っていることですよね。
03:05
そうですね。
コーチング外の話でしたけど、
自分が他の人に希望を見出せていない時は、
すごく哲学を感じれていないなと思うところは、
すごく最近のテーマでもあるなと思っていたので、
ちょっと言い方が変かもしれないんですけど、
コーチングの方が体現しやすい、それは、
とは思いますね。
それが残っています。
コーチとしての役割に自分が入るから、
そのモードに入りやすいのか、
また同時に相手もコーチにおけるという姿勢になっているから、
やりやすいのか、
どんなところが要因なんだろうね、
その方がやりやすいというのは。
でもやっぱり設定?
お互いに同意してそこに立っているので、
それはやりやすいのかなって。
コーチング外だと設定していないじゃないですか、
そういう関係性って。
その中で自分は表現しようとするけど、体現しようとするけど、
その設定がないことで、
自分がまだそこに立てていない時とか、
それこそ前回話した過去の話とか、
フィルターがかかっちゃうと難しさというか、
できていないなって僕が思うときはそんな感じですかね。
うんうんうん。
それもすごく分かる。
日常の中で、
ふと気づいた時に自分が、
本当の意味で可能性に焦点を当てずに、
今のそれこそ問題であったり目の前の難しさとか、
その人の過去の失敗とか、
そういうところを全部知っているが故に、
すでに知っている、
友人関係やパートナーとの関係や、
身近な人との関係の中で、
可能性だけにしっかりと目を向けていくということが、
難しくなっている状態に自分で気づくとき、
あるよねっていうところを話してきたところですね。
ありがとうございます。
そんな中でですね、
コーチとしての在り方というところを、
コーチの哲学を土台として、
コーチとしての在り方、
在り方なので、
これは二方向で言えることだと思うんですが、
一つは、
在り方の中で自分で意識的に、
あることを選択している状態という、
なので自分が、
周りがどんな状態であっても、
相手がどんな状態であったとしても、
それに影響を受けるのではなくて、
自分で自分の在り方を選択している、
例えば目の前の人に優しくあろうって、
相手が怒っていても、
目の前の人に優しくあろう、
それは相手から投げられてくるものや、
06:03
伝わってくるものに反射的に反応するのではなくて、
それを一度受け止めつつも、
でもそれにおいて自分がどうそこに対応するか、
どうあるかを選択している状態という、
自分発信の状態が、
一つの在り方であると思うんですが、
同時にここでもう一つ出てくるのが、
相手にとっても、
それがちゃんと伝わっていたり、
その場に対しても、
それが同じように伝わっているかどうかという、
なので開放的で柔軟で安定的で、
自信にあふれるというのが、
自分は自信を持ってそこにあろうと、
自信のある在り方を、
体現しようとしているけれども、
相手からしたら、
そわそわしてそうだなとか、
緊張してそうだなとか、
なんかちょっとテンパってそうだな、
みたいな、
オブザーバーしていると伝わってくることがあるよね。
ありますね。
そういうのがちゃんと場に、
この在り方、
自分が大切にしていきたい在り方、
コーチとしての在り方が、
場にちゃんと同じように浸透して、
また相手もそれを取れるような状態になっているか、
というところが、
在り方の自分発信と、
また客観的視点と両方あって、
その在り方が完成されている状態かと思うんですが、
改めてこのコーチとしての在り方という、
もう一度読むと、
開放的で柔軟で安定的で、
自信にあふれる態度を持って、
クライアントに対して感覚をフルに開き、
今ここに共に在り続けている。
この文章の中では、
何が一番引っかかるというか、
心に留まりますか?
今この瞬間はですね、
共に在り続けているですね。
今ここに。
今こうやって話している間でも、
共に。
ありますか?
あります。
今はありますよ。
共に在るって、
何でそれが留まるのか、
それとどんな意味なのかというか、
そういうことを思うとどうですか?
でも、
やっぱり違和感を感じるときは、
共に入れていない感じがするんですよね。
何か噛み合っていないなとか、
ただ噛み合っていないだけだったらいいんですけど、
話が、それは修正できるので。
ただ、
何て言ったらいいんでしょうね。
それこそテンパってるときとかは、
もう噛み合ってないですよね、こっちは。
こっちは噛み合ってないし、
相手が噛み合ってないときは、
それこそ何か言いたいことが言えてないだろうなとか、
何て言ったらいいんでしょうね。
何かそこに出せてない感じがある。
09:02
それを別にこっちが聞けばいいんですけど、
それを何かちょっとまだ探り探りというか、
とかは感じるときありますよね。
確かにそれ何か、
お互い感じてるのに、
それをそのまんまどうにか合わせようと、
またどうにか調整しようとすればするほど
空回りするみたいなのありますよね。
ありますよね。
本当にはそういうときほど、
開放的で柔軟で安定的で自信にあふれるというところにおいて、
これ私の感覚なんでもし違かったら全然教えてほしいんですけれども、
何か微妙な話噛み合ってないなっていうか、
ちょっとギクシャクしている感を、
この場に対してすごく感じているんですけど、
それ聞いてみてどうですか?
この対応をより良くするために、
コーチとしてここでもっとできることとか、
少しアプローチの変え方とか、
どんなふうにすると、
クライアントさんあなたにとって、
この場がより考えやすい場になりますか?
っていうふうに聞いちゃってもいいんだよね。
そうですね。
意外とそれが難しいことって最初あったりすると思いますね。
いいですね。
共にあり続けるが残ってるですね。
はい。
自分これを見つつ、
感覚をフルに開きっていうところをすごく残るな、
今日って思って。
クライアントに対して感覚をフルに開いていても、
相手の状態や相手から伝わってくるものや、
また言葉の裏にあるものであったりとか、
また本質的なその人の願いや、
本当に感覚をフルに開いていったら、
こちらとしてもその人の可能性の幅というか、
相手が見ているのが、
例えば5メートル先だったら、
こっちとしては1キロ先くらいまで感覚をフルに開いて、
それは押し付けではなくて、
心から相手に対して、
1キロ先のところまでも可能性がすごく見えるくらい、
その人と共にありながら、
1キロ先に自分が行っちゃったら共にないので、
そうするとギャップが生まれるんですよね。
あなたこういうことできるよ、
こういうのが素晴らしいと思うよって、
君も共にいなくて1キロ先行っちゃってるじゃん、
そういうギャップを励ましたいがゆえに、
その人の可能性を見るがゆえに、
共にあるので、
相手の気持ちを共有しつつ、
12:01
でも1キロ先まで見続けているときに、
本当に相手の今の思いとか、
今どれくらいその人が受け取れるかっていうところを、
大切にしつつ、
時には1キロ先見えてるけど、
別にそれを言葉にしなくてもよくて、
でも見えてるだけで、
多分相手に伝わる感覚変わってくるんですよね。
この人本当に何か知らないけど、
自分のこと信じてくれてるんだなとか、
何か知らないけど、
この人本当に自分に可能性を感じてくれていて、
これできる、あれできるよっていう風に、
言葉でポンポン言うわけじゃないけれども、
でもすごく寄り添いつつも、
でも大丈夫ってこの人の話をすると思えるんだよなって。
そこを感覚をフルに開きつつ、
共にあるっていうところの深さかなって話してて、
思うところですかね。
いや、面白い。
これちょっと自分で今話しながら、
俺話しながらプロセスするタイプなんで、
ちょっとした発見でしたね。
いや、例えもすごい分かりやすかったです。
こんなとこはコーチとしての在り方っていうところで、
コーチが一番すごく大切にするところであり、
この在り方がよく表現で使うのが、
あなたは温度計ではなくて、
温度調節器でありましょうっていうところで、
部屋の温度を設定する存在っていうと。
温度計だったら、
相手が冷たかったら、その場所が冷たかったら、
その温度計も今低くなっていて冷たくなっていく。
でも相手がどんな状態であっても、
セントラルヒーターシステムみたいな感じで、
その場の温度28度だったら28度に、
自分の在り方で設定し、
その自分の内側から溢れるもので、
その場を満たしていくっていう。
相手もそれに対してそれから影響を受けていくっていう、
そんなことが在り方の力強さ。
なぜそれが重要なのか。
それの質によって相手がどれくらいフリーで、
自由に考えられるかが変わってきますよっていうところが、
この部分かと思うんですが、
そこをちょっと今日考えていくにあたって、
また前回も少し聖書の言葉を使ったんですけれども、
今日もちょっと聖書からの学びも、
少し問い入れていきたいなと思っていて、
聖書の中であるエゼキエル書っていうところの中にあるのが、
あなた方に新しい心を与えますよ。
新しい礼を授けますよ。
そういう部分があって、
すごく疲弊していたりも、
希望を失っていた人たちに対して、
大事は新しい心を与えるから。
そういうふうにある部分なんですが、
15:01
そこで続くのが、
私はあなた方の体から石の心を取り除いて、
あなた方に肉の心を与えますよ。
石の心と肉の心って、
そういう例えを使うんですけど、
石の心なのに、
かたくなになってしまっている。
頑固になってしまっている。
そういう心。
自分もそうなることあるなって思うし、
周りでもすごく、
かたくなになってしまっている心あるよなって。
石の心ってどういう表現をされるか、
どういう意味を持つかというときに、
石の心は傷つけられることを回避するために、
心をかたくする。
結局、自己防衛的なところから、
この競争社会や、
傷つけ合う、
またちょっとガードを下げたら、
すごく傷ついてしまう。
そういうことを回避するために、
少し自分を麻痺させたり、
心をかたくしてしまったり、
弱さをさらけ出すことを避けるための、
心の壁とか、
また行動であって、
他者との距離をあえて作るもの。
また、人からの言葉を受け取ることを妨げるもの。
そういう表現を石の心でされていて、
石の心から肉の心、
より一般的な表現をするならば、
しなやかな心とか、
オープンな心とか、
硬いから柔らかい心。
そういうところで、
より感じることができたり、
より受け止めることができたり、
重要な人としての機能が回復している状態。
これがオープンな在り方、
これが解放的な柔軟で安定的な自信にあふれる、
また感覚をふるい開きに、
共にあることができるためには、
肉の心というしなやかな心、
そんな状態に心があることが重要ですよ、
というところがつながるんですけれども、
今日一緒に見ていきたいのは、
石の心のチェックリストみたいなのがあって、
前回もちょっと話したのが、
こっちの哲学というものを考えるときに、
それができているときよりも、
できていないときに気づきやすいよね、
というところをちょっと話したと思うんですが、
これも一緒で、
自分の肉の心とかすごく大切に、
オープンに、柔軟に、
自信を持ってあり得る状態のときは、
そこまで今十分柔軟だなって、
そこまで多分思わない。
思わないですね。
でも石の心が硬くないなっているときを、
しっかり気づけるようになっていくと、
そこにチューニングしていくことができる。
18:03
なのでチェックリストを一緒に、
今日見ていきたいと思います。
これ結構あるんだよね。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12。
なので3個ずつぐらい見ていきましょうかね。
はい、わかりました。
結構短いので見やすいと思いますが、
じゃあ最初の3つですね。
自分の石の心になってないかということを、
チェックリストで確認する作業ですが、
最初の3つ。
人との距離を置いている、
またちょっとそこを置きがちである、
というところが1つ目。
また保診的、保守的である、
自分を守ろうとする癖がすごくある。
そして3つ目。
いい顔をしているが本音で話すことが苦手である。
いかがですか、これ見てみる中で。
チェックリストですもんね。
すごいめっちゃ具体的ですね。
具体的というか、本当にある。
やってる人、僕も思うことはありますし。
めっちゃチェックリストだなって今思ってました。
チェックリストの3つを聞いた感想が、
めっちゃチェックリストっていう感想でしたね。
いいですね。
でも距離を置いているとか、
保診的、保守的である。
これは多分、そうだなって思う人もいれば、
自分ではそういうつもりがないから引っかからない、
とか思う人もいるかもしれないけど、
3つ目とかは、
そういうとこあるなって思ってたらグサッと来そうだ。
いい顔してるけど本音で話すことが苦手っていう。
本音で話すときに、
それは自己防衛的な側面でもあるっていう。
相手に嫌われないようにとか。
でも本質、また真実であったり、
そういうところをしっかりと話をしていって、
相手と向き合う覚悟みたいな。
そういうところは自信を持ってっていうところに
つながっていったり、
オープンであるっていうところも、
そうであったりっていう。
でもこれはこっちの哲学が土台にあるから、
相手をかけのない存在として認識しているがゆえに
攻めるための本音ではなくて、
相手を立て上げる相手が成長するために、
また共により深い関係を築いていくための
21:01
対話であるっていうところがすごく重要な部分ですね。
大事ですね、それ。
今が3つ言ったので、次4つ目から6つ目いきますよ。
4つ目、家庭や人間関係で強い人の役割をする。
自分がしっかりしなきゃ。
自分は弱さを出さない。
例えば長男、長女とか。
父親とか、母親もしかしたらそうかもしれないし、
子供だったら上司としてとか。
自分が強い人であらなきゃ。
5つ目、人前で感情を表現することが苦手である。
自分がどう感じているのかってことを表現することは、
相手に伝えることが苦手である。
6つ目、自分の感情を押し込み我慢することがある。
自分の感情があるときに、
もうそれがわからなくなっている人もいると思うんですけど、
必死の心のだいぶ固くなっている人は、
自分が何を感じているかがわからないっていう人もいると思いますが、
押し込み我慢することがある。
7つ目にあった。
自分の感情を感じることが難しい。
強い人の役割をする。
その他3つが、人前での感情表現、
押し込み、感じることが難しい。
世の中のフィルターに近しいじゃないですか、これって。
そうあれ、みたいな。
これ相当難しいし、
大変ですね、これ。
社会や世の中が、より良いもの、
崇高なものとして表現していることが、
強いことであったり、
自立していること、
一人でも強く歩んでいける。
孤立っていうと、よりネガティブな表現になるけれども、
一人でも生きていける力強さみたいな。
別に依存的であるかっていうところの話では、
これはなくて、
でもそう、あらなきゃいけない、あらなきゃいけない、
あらなきゃいけない、
強い存在でなきゃいけないっていう風にやっているときに、
本当の自分の下につながる感情表現が苦手になったり、
24:00
それを感じることが難しくなったり、
そういうとこにつながるっていうイメージですね。
そうですね。
そうだよね、世の中の教えだよね。
そうなってしまうよね。
また感情を感じることが難しくなっている人って、
本当にコーチングをやってて、感情の質問とかしたり、
またそことそれこそ一緒に向き合っていく対話を
もっと感じられるようになりたいとか、
そういう風な合理設定を持って
コーチングをすることもあるんだけども、
どこに置いてきちゃうんだろうね。
感じられなくなっていくっていう。
本当に結構捨ててるっていう人もいるじゃないですか。
もう感じないんでって話を進めようとする人も多いなってやっぱり思いますね。
必要がなさそうな感じで話す感じ。
より効率的にまたログイン的に物事を進め、
早く進むために身軽にしてるみたいな感じで。
そうですね。
より早く進む、競争社会においてより成果を上げていったり、
早く進むために感情っていう重荷を捨てていってるみたいな。
でも人が人としてより豊かなものを
この社会に表していったり、
また家族や人間関係の中で豊かなことを生み出していくためには、
この感情っていうところが起点となるので、
ちょっと矛盾するところがありますよね。
一回捨てると戻すの難しいんだよね。
それに慣れちゃうとね。
たくさんそういう人見てきたなって思いますね。
職業外は難しい人もいますしね。
すごく印象的だったのはある看護師さんが、
やっぱり最初はすごくいろんな人に寄り添っていたけれども、
でも目の前で人が亡くなっていくことを日々見ていく中で、
一つ一つにすごく感情移入していたら、
もう自分の体が持たないので、
そこはだんだんとシャットダウンしていくように
慣れていってる自分に今気づきました。
話をしてくれた方とかもいらっしゃって、
いやそうだよなって。
27:02
それを言葉にできるだけまずすごいことだなって思いますしね。
確かに。
というところ、チェックリスト今7まで来ましたね。
じゃあ8、9、10見ていきたいと思いますが、
8つ目が完璧な人生だと思っている。
他の人たちも自分みたいにもっとしっかりしてほしいと思う。
また、10、感情をさらけ出している人、弱くて幼稚だと思う。
なんかちょっと経路が変わったよね。
変わりますね。
強い人の役割をするとか、
感情を感じることが難しいみたいなのが前のところがあって、
それを通った後に、
自分の人生はもう本当に完璧、
本当に素晴らしい人生だな、完璧な人生だなって
思ってしまっている時点で、
人からの言葉をもらうことが柔軟に変わっていくことが
難しくなっているっていう。
なので不完全不完全と思う必要はもちろんないけれども、
でも、いろんな人たちの意見や視点に対して
固くなってしまいがちというか、
自分の価値観を柔軟に変えて、
人の価値観を自分の価値観と同じように重要なものと
捉えることが難しくなってしまっている状態が
この完璧な人生だと思っているっていうところだったり、
他の人たちはもっとしっかりしてほしいって思う。
感情をさらけ出している人を見ると、
弱くて弱い人だと思う。
でもこれあるなと思っていて、
結構経営者の人とか、またマネジメント層の人たちで
みんなでもっとしっかりしてほしいっていうことを表現する。
自分はしっかりできているけれども、他の人だっていう。
でも360度評価とかの、
見ていくと部下からの評価がすごい悪いみたいな。
上司からの評価はいいっていう。
部下からの評価が悪いっていう。
だから部下からすると、
いやしっかりしてよって思われている。
逆にね。
なんかそこは、確かに盲目になってしまっていたり、
本当の人のニーズを受け取ることができなくなっていたり、
そういう状態になっていることで、
石の心っていう堅くなな心になってしまっている。
この3つなりはどうですか?
そうですよね。
いやー難しい。
石、これ完璧な人生だと思っている。
難しいですよね。
これやらないといけないとか、
30:00
時にはまずこれで進もうみたいな、
ちょっと表現違うんですけど、
いかないといけない時もあると思うので、
でも石ではないんですよね、その人たちって。
それがそのちょっとした差なんだろうなって今聞いてて、
もっとしっかりしても別に思っちゃいけないわけじゃないじゃないですか。
でもその中で自分がどう一緒に関わっていくかっていう、
それこそ肉にして、心を肉にして関わっていく必要があるなっていうのは思いますね。
石だなって確かにこれは思いますね。
また戻っていきましたけど。
そうね。
この中で完璧な人生だと思っているが、自分は引っかかりやすいなって。
自分のこと好きだし。
ライフランゲージってコミュニケーションの特性を数値で測る、
そういうライフランゲージっていうツールがあるんですけど、
それでプロフェッショナルアセスメントバージョンって、
一番深くまで数値が出るやつの中で、
自己需要みたいな、自分が思っている自分のイメージにどれくらい満足しているかっていう、
どれくらい自分のこと好きかっていう数値であって、
一般的な50とかそれより低かったりする人が結構多くて。
俺98だったんだよね。
高すぎる。
自分大好きやんみたいな。
すごいな。
で、そこの注意書きに、
これは高い人は人からの意見とか、また自分の改善点とか、
そういうところが見えなくなってしまいがちなので気をつけてくださいっていうふうに書いてあって、
高ければ高いほどいいっていうものでもなく、
自分らしくっていうふうなことがよく言われる中で、
それが大切なのもあるんだけど、
でもそれが行き過ぎるとすごく人の意見を受け取れなくなったりとか、
自分はこれでいいっていうふうな。
これは自分のスタイルだから。
それを言っちゃうともう何も言えないっていう。
それはある意味、意思の心。
一緒ですね。
そういう意味では、自分に自信を持つっていうところのある意味難しさ。
神ひとえって言ってくれたところ。
33:00
日本ではあんまりないけど、海外だとすごくありがち。
アメリカとかの若者をメンタリングして行ったときに、
そういう仕事をしていた時期もあって、
何十人のアメリカの後半から20代前半の子たちを見ているときに、
自分がナンバーワンだと思っている子たちが結構いて、
そういうふうにやっぱり親に励まされて育ったし、
あなたが一番本当に素晴らしい。
うちの子も最高みたいな。
自己肯定感がダダ上がりなんだけど、
でもメタ認知ができなくなっている。
自分を客観的に眺め、
いや、俺、音楽うまいからみたいな。
めっちゃ音外すやんみたいな。
いやいや、いやーみたいな。
でもそこじゃどう、高くなっている鼻をへし折るわけではなく、
でもその人が自分のことを客観的に認識し、
柔軟に成長しやすい、英語だとよくティーチャブルって、
教えられやすい体質っていうことの重要性について話したりもするんだけど、
人の意見や新しい教えを組み取り認識し、
自分はそれを通して必要性を感じ変えていく力みたいな。
だからこの完璧な人生で、
また結構日本の価値観や社会が海外からの影響をすごく受けやすい中で、
ここはもともと自信があまりない、
自分中心や自信を持つってことがあまり文化にない日本だからこそ、
振り子のように一回バンと自信を持って、
自分はもう最高だって言っていくことが、
今どちらかというと正解とされてしまっている風潮があるなっていうのを
話していると思う。
そこは神一人だし、俺も気をつけなきゃなっていつもだからこそ思っているところだなって思いますね。
これも長引くやつですね。
最後2ついきたいと思います。
人に助けを求めることが苦手である。
また人を助ける、また人に対して働きを行うことはあるけれども、
自分が相手から受け取ること、施しを受け取ることが少し抵抗感があるという部分ですね。
36:05
人に助けを求めることは苦手である。助けて。
また人を助けることは、人から施しを与えることっていうか、
施し与えるってちょっと上からっぽいけれども、そうではなくて、
そういうことはあるけれども、人から受け取ることに抵抗がある。
これも意思なんですね。
これは今普通に刺さってますね。
そうだよなーって。
助けを求めること。
助けを求めること苦手だった時期があるなーって。
これも紙一重だよね。
じゃあめっちゃ助けを求めればいいのかって言ったら、
いや自分でやるよみたいなところもあるし。
ありますね。
でも大変な時に助けてもらうことができる。
それを求めることができる。
そこの自分のラインみたいなところを確かめる必要があるよね。
確かに。
発するのが大事ですよね。
求めていくことが大事ですよね。
答えちょうだいよっていうのはちょっといやいやってなるんですけど、
これちょっと今こういうことになってて、
ちょっと相談したくて話したいんだけど、
それは必要だなって思いますね。
適度なそういう助けを求めるっていう、
謙遜さっていう表現もできると思うけど、
その適度なそれは人との人間関係をより深めていく。
確かに。
ある人が、
それこそこの間、
免疫マップを使いながら、
自分のマインドセットを変えていきつつ、
行動、変容、目的、目標達成をしていくためのモデルを使って、
やっていた中で、
あの一つのアクションとして、
人に相談をするっていうのは今まで自分はほとんどしてなかったけど、
してみるっていう実験をして、
それを通して自分のマインドセットがどう変わるか。
そのように人に相談をしてみる。
自分でやった方が早いっていう風な価値観、
マインドセットをもともと持っていたけれども、
人に助けを求めてみたらどうなるか、相談してみたらどうなるか。
アウトプットとしての違いもおかれ少なかったけれども、
それ以上に周りの人たちが相談してもらって嬉しかったとか、
感謝されたとか、
39:01
相手が信頼関係がより深まっていったっていう、
そういう結果が出て、
だから早いかどうかも一つだし、
成果物の質とかそれも一つだけども、
それ以上にやっぱり人に助けを求める、
謙遜さや柔軟さとかいう時に、
それは逆に言うと相手の視点や相手を尊重している、
相手の価値を認めていることを行動で一つ示せる関わり方は、
助けを求めるということ。
だから助けを求めると言うと、
自分に焦点が当たって申し訳ないなというか、
思いもあるけれども、
でも逆に客観的にそれを見てみるときに、
相手の価値を尊重しているからこそ、
そういう行動に至るということもあって、
適度な形でそれを行うことはやっぱり、
すごく謙遜な心、肉厚な心、柔らかい心、しなやかな心だなって思いますね。
なるほど。
めっちゃ学びですね。
大切な部分ですね。
最後の部分も人に対して何かを与えたり、
行ったりすることはあるけれども、
人から与えられたり、受け取るという抵抗がある。
同じ分野であったり、コンサルティングをしていて、
コーチングをしていて、自分がプロであるときに、
他の人からコーチングを受ける抵抗があったりとか、
自分の専門領域のこと、コンサルティングの関して、
相手から同じ分野でのコンサルティングを受けることが苦手とか、
そういうところもあります。
それをジャッジしてしまう視点が生まれてしまっていたり、
例えば自分が研修講師をしていて、
それは自分もやってるから、
研修講師をしているときに人の研修を受けるのが、
ちょっとスッと、すんなり受けられない自分がいる。
これも意思の心の一つだし。
これはね、無意識のうちになっちゃってることがあるなって、
自分もすごく思う。
確かにこれはすごく意思ですね。
固いですね。
ジャッジしてしまう。
コーチとしても、よくうちのスクールでの、
相手の言葉とか視点に関して、
ジャッジしてしまうとかも言いたくなっちゃう。
42:00
それはすごくわかるなって思いつつ、
ここにちょっと当てはまる部分かもしれないね。
相手の視点を認め、評価、判断してしまったり、
分析してしまう視点がある。
ちょっとニュアンスは違うけど、根源は似ているかな。
そうですね。
そんなところを今、12だったかな、話してきました。
ちょっとパーッと最後に12個連続して言いたいと思います。
お願いします。
人との距離を置いている自分がいないか。
補修的であること。
いい顔をしているが本音で話すことが苦手。
家庭や人間関係で強い人の役割をする。
人前で感情を表現することが苦手。
自分の感情を押し込み我慢することがある。
自分の感情を感じることが難しい。
完璧な人生だと思っている。
他の人たちも自分みたいにもっとしっかりしてほしいと思う。
感情をさらけ出している人は弱くて幼稚だと思う。
人に助けを求めることが苦手である。
人に対して何かを与えたり、何かを行うことはあるけれども、
人から何かを与えられたり、受け取ることが抵抗がある。
チェックリストでした。
今日はコーチとしての在り方という
開放的で柔軟で安定できる自信にあふれ
大量を持ってクライアントに対して感覚をフルに開き
今ここに在り続けているということ
あなたは高価で尊いというタイトルで
パート1、パート2話してきた中で
コーチの哲学を自分のありのままも
かけのない存在を認識し、また目の前の人も
そのように捉える。そのような在り方が土台として
このコーチとしての在り方がナチュラルに
そこに場に、また相手に対して表現でき
そしてそのコーチとしての在り方というものは
体現されるためにこの心、自分の心のチェックが必要で
その一つとして石の心と肉の心という
聖書の認識をちょっと借りつつ
今自分の心が開放的や柔軟で安定的で
というところと逆の方向に行っていないか
ということをチェックするためのチェックリストを
見てきました。はい。いかがでしょう?
45:02
この全部パート1、パート2やってみる中で
ノリはどんな時間でしたか?
そうですね。そうだな。でもやっぱり
コーチの在り方の話だったと思うんですけど
すごくここにコーチは向き合い続けていく
何だろうな、ことが必要、しなきゃいけないというよりは
すごく人生通してこれを向き合い続けるものだな
って思うので、それが少しでも
体現できるようになったときに本当に
いろんな人と接するときに違いが生み出されていくんだろうな
っていう素晴らしいことを皆さんやってるなって
思います。コーチの方々。
そうだね。本当に自分もこうやって改めて振り返りつつ
これって今締めのためのセクションではなくて
あなたはこれが足りない、まだコーチとしてこれができてない
こういうことが固くなっているということを
進めるための時間ではなくて
これを気づくことでより自分たちがもっと楽になっていく
もっと自由になっていって、それこそ生きやすくなっていく
プロセスであって。人のそういうプロセスを助けるのが
コーチでもあり、また同時に
コーチ自身がより変えられ続けていったり
より柔軟にいろんな人の視点やそういうところ
客観的に、また自分の大切にしたいものを大切にしつつ
しなやかな生き方をしていくということが
やっぱり大切になっている。
これは一つの自分がもっと楽に生きるための励ましであって
ありのままであなたは高価で尊いというところ
そこはタイトルにしている中で
本当に一人一人がまずそれを味わい受け取り
自分も含め大切にしていく
それがやっぱり土台であるというところが
どこまで行ってもポイントになってくるなというのは思いますね
多分今まで最長のセクションになってしまいましたね
ぜひ洗い物から始めて
でもまだちょっとしゃべり続けるか
あれっと思いながら他のことやるかって
掃除機かけ始めて
洗濯物を回し始めてってやってる人ももしかしたら
いるかもしれませんが
最後まで聞いてくださってありがとうございました
ありがとうございます
じゃあまた次のポッドキャストでお会いしましょう
ありがとうございました
ありがとうございました
48:04
CAMは2005年にアメリカにて設立され
3000人以上のプロコーチを輩出してきた
ICF認定コーチングスクールです
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それではまた次回お会いしましょう
48:25

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