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#66 【心豊かに生きる10の指標シリーズ】他者の視点や意見を手放し、ありのままの自分へ
2024-08-05 27:58

#66 【心豊かに生きる10の指標シリーズ】他者の視点や意見を手放し、ありのままの自分へ

“心豊かに生きる”ための秘訣とは?!


このエピソードでは「心豊かに生きる」というテーマを軸に、そのために大切な要素やマインドなどについてお話していきます。


ラジオをお聴きいただきながら、一緒にテーマについて考えを深める時間を過ごしてみませんか?


コーチングが気になっている方や勉強中の方、資格取得を目指されている方はぜひ聞いてみてくださいね。


CAM Japanは、2005年にアメリカにて設立され、3000人以上のプロコーチを輩出してきたICF認定コーチングスクールです。CAM Japanについて知りたい方は camjapan.jp で検索してみてください。

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皆さんのひとときにお邪魔します。 CAM ラジオの時間です。
CAM ラジオは、コーチングを軸にリーダーシップや組織開発、人間関係や生き方まで、様々なことについて考えていくラジオです。
今回は、CAM JAPAN ディレクターの浅井もときと共に、心豊かに生きるための10の指標、パート1ということで、
他者の視点や意見を手放し、ありのままの自分へ行くということについて、一緒に考えていければと思います。
少しまた、CAM ラジオをお休みしてしまって、お気づきの方もいらっしゃるかと思うんですが、鼻声でございます。
声を変えているわけではございません。
先週結構しっかり、なんですかね、夏風邪だったんですけど、コロナでもなくっていう、いろいろあれをしたんですけれども、チェックもして、
普通の夏風邪だったんですけど、鼻と涙が、目から液体出てくるみたいな感じで、ご飯食べてる方いらっしゃったら、申し訳ございませんが、
そんな1週間を過ごし、少し体調的には回復してきて、鼻詰まりだけ残っている感じになっているので、
少し鼻声の、私のこの、今日のCAMラジオも、ぜひスパイスとして楽しんでいただければと思います。
はい、ということで、長々としたタイトルだったんですけど、心豊かに生きる10の指標シリーズということで、勝手にシリーズを始めてしまって、シリーズが始まったのかと。
しかも前回、ライフランゲージズのコミュニケーションについて、これがシリーズになっていくのかみたいなところで、思っていらっしゃった方もいらっしゃったかもしれませんが、
それもおいおいちょこちょこやりつつ、今日何話そうかなというふうに思ったときに、
この最近のCAMの受講生の方々との対話や、コーチングを提供している際に出てくるトピックとしても、
少し改めてここをしっかりと共有しつつ、皆さんと考えるといいなというふうに思うことがあったので、このテーマをちょっと選んでみました。
CAMのラジオの4つ前だったと思いますけれども、コーチングの本質的価値みたいな話が少し出てきたかと思います。
大きく分けて2つコーチングで提供できる価値はあるでしょうと。
1つはもちろんクライアントの目標達成というところですね。
そして2つ目がより本質的な価値ということで、目標達成だけではなくて、そのプロセス、その過程を通してクライアントさんがよりその人らしく、
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よりウェルビーングに、より豊かな生き方へと向かっているだろうか。
その人が目標設定をしそこに達成していく過程の中で、その目標設定自体が時にその人にとって有害なものであったりとか、
科学的な視点から、研究の視点から見た時に、例えばお金持ちになりたいということでそれを追っていくことで幸せになるという研究もほとんどないですね。
一定性もちろん、経済的安定性がその幸せの基盤を作っていくということはもちろんあるんですけれども、
お金を持って富と名声とみたいなところを追い求めていくことで幸せになっていくということはほぼないでしょうと言われているかと思います。
皆さん周知の話だと思いますけれども、でも自分の思考回路であったりとか周りの人のゴール設定を聞くときに、
お金を稼ぎたいというふうにストレートに言ってなかったとしても、
じゃあ独立したいとか、こうしたいとか、その中で深掘っていくときに結局一番稼げることをしたいということで選んでいく方もいらっしゃいますし、
なので別の目標を相手が語っていたとしても、より深掘っていったその人の動機が有害な目標設定であることも多々あるでしょうと。
でもその見分け方であったりとか、それをどうよりその人の本質的状態やまたより健康的な状態にいくことを助けられるかというところの中で、
一つの研究がなされている、ウェルビングの研究にすごく近いもので、心豊かに生きるとはという研究ですね。
もともと人の特性を、特に恥に関して研究をしていた中で、心豊かに生きる人たちの特性を研究の過程で言語化していきながら、
それにおける10の指標みたいなところを言語化していった学者、ブレネ・ブラウンさんですね。ご存知の方も多いかと思いますけれども、テッドトークですごく有名なテッドトーカーの一人ですね。
そのブレネ・ブラウンさんの研究、僕もリアシップの研修とかでもよく使うんですけれども、20年にわたる研究に基づく科学的事実のあるもので、
何十万人の方々に、このブレネ・ブラウンさんの研究の手法がすごく特殊で、インタビューを基本的にしていきながら、それをバーッと広げていって、そのつながりを言語化していったりとかしていくような、
インタビュー形式の、また素材集めから素材を並べていきつつ、それを通し浮き上がってくるもの、認知、理解みたいなところをまとめていきつつ、そのプロセスにもちろんバイアスが入るので、そういうのも壊していきながらというところを何度もやっていく形で、
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仮説先に立てて、それに対して研究をしていくというよりは、ひとつのテーマを設定して、さまざまな人のストーリーを通し、研究を進めていくという、そういうプロセスですね。
そして、そのプロセスにおいて、自分の弱さというキーワードになるんですけれども、Vulnerability、弱さやまた、さらけ出す勇気みたいな訳され方もすることもありますし、不完全さみたいなところの訳され方もすることもありますが、
そういう弱さや不完全さも受け入れて、勇気あるリーダーシップを体現していく、そういう強いレジリエンスという言葉も最近よく使われますけれども、柔軟性を持ったしなやかさ、強いしなやかさみたいな訳され方がよく日本の言葉ではしますから、竹を、竹林の竹をよくモチーフに説明されることがありますけれども、
すごく強いけれどもしなやか、何かぶつかったとしてもそれを逃がしていきつつでも折れない、よく建物の建築にも使われるって昔はそうでしたけれども、強いしなやかさみたいなところ、そういう特性を持つリーダーの方々やまた人々をインタビューしていきつつ、特に心豊かに生きている人たちはどのような資質を持っているんだろうか、
そのところを10個まとめた研究があります。日本語の本ではネガティブな心の魔法みたいな訳され方をしていますかね、英語だとThe Gifts of Imperfection、英語の方がお勧めですけれども、読んでみると内容がよくいろいろ書かれているかと思います。
そこの中から10の指標があるんですけれども、心豊かに生きている人たちってこういうことをある意味手放しつつ、こういうマインドセットを大切にしている人たちでしたと、それが10個並べているんですが、その中の1つが一番最初が他者の意見を手放し、そしてありのままの自分を養っていくというか、それを自分の中に形成していく、みたいなそういう特性があります。
そのことについてちょっとお話をしていければと思います。改めてこの10の指標を見ていくときに、どんなアセスメントやそういう形式化されたものを対峙していく、そういうものを考えていくときにすごく重要なんですけれども、これコーチングの中でもよく強調してお伝えするんですが、
それを通し、自分これできてないな、これできてるなというふうに自分をジャッジしていくのではなく、その視点を通し自分の認知を深めていく、自分に関する気づきを生み出していく、それを自分がダメだなと思うのではなくて、こういうふうに自分は感じているんだなというふうに自分はこういう状態なんだなと、それを良い悪いジャッジすることなく、それを受け入れていくマインドフルネスの考え方ですね。
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その上で自分の願い、もっとこうなりたいなという願いが自分の中から出てくるときに、そのような方向へと自分自身を導いていくと。そのような距離感、考え方でこの内容を見ていけるといいかなというふうに思います。
では他者の視点や意見を手放してありのままの自分へ向かっていくというところですが、まず他者の視点や意見がその人の価値観を作っている状態についてちょっと考えていきたいと思います。
いかがでしょうかね。皆さん自分自身のことを考えたときに、他者の視点や意見が自分の決断や考え方、また行動、態度、言動、どれくらい影響を与えていると思いますかね。
僕もちょっと振り返ってみると、昔はもともとすごく強かったなと。八方美人、富は雷道みたいなことをよく四文字熟語で小学校の通知表にほぼ毎回書かれていたことを思い起こしますけれども、
人が求める自分になることはすごく得意で、相手を喜ばせることもある意味得意で、人間関係もすごく得意でしたね。でもその中である意味信念がないというか、流されやすいということで、求める資質としてこのクラスを引っ張ってほしいとか、
学園祭とか体育祭とかでも色調をすることが多かったので、部活も部長だったりもしたので、こういうことを求めているみたいな、期待している、でも周りの人にすごく流されやすく、一緒にふざけてしまう、一緒にこうしてしまうみたいなところで、そういうことをよく書かれていたなと思いますし、
今もその傾向はやっぱりあるなというふうには思いますかね。なので皆さんもそれぞれのストーリーや考え方の中で、この他者の視点や意見というところが自分のあり方や決断や行動にどれくらい影響を与えているか、ちょっと趣向を巡らせていただくといいかなというふうに思いますが、例えばみたいな例をちょっと挙げていきたいと思います。
一つ目としては、例えば自分が十分だと思っていても、他の人がそう思っていなかったらどうしようと考えてしまうと。なので例えばコーチングの学びの中で、人々はクリエイティブでリソースフルでホールであると、創造性と才知にあふれ、賭けのない存在であると、そう信じることを大切にしていますと、それが軸となります、土台となりますと、コーチングの学びで学ぶかと思います。
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そしてそれに加えて、CAMではそれを他者に向けていく前に、もしかしたら同時にかもしれないですね、自らにもそれを適用していくところから始めていくことがより健全な豊かなあり方かと。
なので他の人のことを賭けのない存在と信じられていたとしても、自分が自分のことを否定、ダメだ、自分はまだ足りない、これもできなかった、今日はこれもできなかった、まだまだこれももっとできるようにならなければ、コーチング十分じゃないとか、コーチング限らず様々なことに関して思ってしまうのであれば、他者に賭けのない存在と信じることができたとしても、
それが本質的な形で相手に伝わっていくことを妨げてしまうことが多いかと。それ以前にですね、やっぱりコーチングの方々が人の変化や幸せに携わるときにまず自分も幸せであるということは僕は心から願うことですかね。
その中でそういう価値観に触れた際に、じゃあもし自分が自分のことを十分だと信じるとしましょうと。そういうときに頭の片隅に、でもじゃあ他の人が自分のことを十分だと思っていなかったら、そうは言ってもここもあなた変わらなきゃいけないし、
上司やパートナーや身近な人がそういうふうに自分に向けて思っていたらどうしよう。そんな思考が巡ることないでしょうかというところが一つ目ですね。他にも挙げるとしたら、自分の不完全さを見せたときに他の人がそれを好まなかったらどうしようと。
こんなストレートに思うことが意外と少なかったりするかもしれませんが、リーダーシップの育成とか話をしていくときに真相真理で出てくることのナンバーワンはこれかなと思います。
結構ストロングスタイルのリーダーシップを発揮していたり、ディレクションをしていくので道筋をチームに伝え、そしてこういう決断をしていく、こういうふうにしていきましょう。
ビジョンを見せてみんなついてこいみたいなふうにしていくような成果を出しているリーダーも含めですね。
もっとそういう人がより人の話を継承できるようになれたら、みんなが心理的安全性を感じられるような、みんなの才能や能力が自由に発揮されるような場にしていきたいと願ったときに、
そう進んでいくことを邪魔する価値観は何かというと、これですね、自分の不完全さを見せたときに、自分がストロングスタイルのリーダーシップを手放したときに、自分の意見よりも他の良い意見がチームの中から出てきて、それが採用されていくときに自分の尊厳が低くなっていくというか、
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人々の自分への信頼がなくなっていくとか、他の人が自分の失敗や、リーダーの考え方が一番だと思うものではなく、違うものが見えてきたときに、それを好まなかったら、それを通し失望したら、どうしよう、それが怖いというところが深掘っていくと、出てくる方は本当に多くいらっしゃいます。
でも、それって逆で、やっぱり人が魅力を感じ、ついていきたいと思うリーダーというものは、ある意味不完全さも表しつつ、共にそこを補い、共に人々の力を借りながら、共に成長し前進していくことができる、そういうリーダーが社会に求められている、また人々がついていきたいと思うようなリーダーであるんだけども、
やっぱり今までのリーダーシップの考え方であったりとか、そういうところにおいて、こういう価値観というのはすごく浸透しているなというふうに思います。
リーダーに関わらず、自分の不完全さというもの、自分の弱さ、自分のダメなところを出していったときに、人がそれを好まなかったらどうしよう、批判されたらどうしよう、なんだあいつと思われたらどうしよう、そんなふうに思うところが、他者の視点や意見に視点が向いているという状態ですね。
また最後、これすごく多いんじゃないでしょうかね。他の人に好かれるために場に合わせなじむことが大切であると。
好かれるということだけじゃなかったとしても、人生をうまく生きていくためにとか、これは日本はすごく多いですね。場に馴染むこと、場のやり方や文化や価値観に自分を合わせていくと、フィットインしていくことが何よりも大事であると。
もちろん極端に全然違うことをやっていって場を乱すということは良くないとはもちろん思いますけれども、でもそれが恐怖観念や自分を妨げる形で、まず馴染まなければこの場を乱さないように、調和を保つようにというものが先行しすぎていくときに、
他者の視点や意見、それが自分をコントロールしていく状態が無意識化で生まれていってしまうというのがこちらのお話かと思います。
いくつかの例ですけれども、自分が十分だと思っていても他の人がそう思っていなかったらどうしようとか、不完全さを出したときに他の人が好まなかったらどうしようとか、まず場に馴染むことが大事で、人に好かれること、そこに馴染むこと、一因になることがまず大事である。
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そういうところがもしあるのであれば、その一つ一つは手放していくことが重要ですよというのがこの研究で出ているものになります。
そしてそこから手放す過程の中でありのままの自分へ進んでいくところ、そこを軸とした生き方を自分の中で探求し耕していくというところです。
そこの中ではどんな考え方をしているかというところですけれども、弱さを見せることや人との間に境界線を設けること、また不完全な姿を見せることがあっても大丈夫。
これすごくこの研究で出てくることは面白いなというふうに思うんですが、弱さや不完全さを出す、表す、それが大丈夫ということは何となくわかるけれども、境界線を設けることがあっても大丈夫。
ですので、人との間に適度な境界線を設け、自分という状態をしっかりと保つことであったりとか、何がいいことであって何が自分はしませんということであったりとか、
自分軸で物事を決断し、自分が自分らしくあれるために必要な境界線を設けていくことの重要性、心から豊かに生きていくために、それはやってもいいことであると、大丈夫なことであると。
それによって他の人にどう思われるだろうか、嫌われたらどうしよう、なじみながったらどうしようという思考が巡らない状態ですね。
なので、人の支えを断ることであったりとか、そういうことも入ってくると思いますけれども、一昔前には、これ日本でも言われたんですかね、わかんないですけど、英語ですとフォモって言葉が一時期流行りましたね。
Fear of missing out。その場にいなくて何か逃してしまうことへの恐れ。
なので、友達5人で遊ぶというのがあって、自分だけ行けなかったときに、自分がそこにいれなくて他の友達4人だけはそこにいて楽しいことが起きていて、それを自分がその一員にそこにいれなかったということに対する恐れ、いれなくなってしまうことで何か遅れてしまうみたいな、そういうことへの恐れですね。ミッシングアウトへの恐れという。
そういうのは一時期流行りましたけれども、そういうところも含めですね。
コーチングの中ではよく使う問いとして、何か他の人のニーズに応えていくことにどう必要なときに断っていくかという時の考え方としてよく使うのが、
人は何かに、どんなことでもいいです。何かにイエスというときに同時に何かにノーと言っていますと。あなたがイエスというときに同時に無意識下でノーと言っていることは何ですかということを聞いたりすることはよくあります。
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どういうことかというと、この仕事お願いとか、今週末遊びに行かない?いいよ。何かしらにイエスと誘われたときに言うと思います。それが嫌なことじゃなかったとしても、何ならやりたいことだったとしても、イエスというときに何にノーと言っているか。
例えば今週末遊びに行こう。イエスと言ったときに、何も考えずにいいよと言ったときに、本当は自分に意識を向けてみたら結構体が疲れていたと。なので自分がしっかり休んで、そして回復し、そして次の週、月曜日から何かスッキリした状態で仕事に行く。
本当に休めたら回復したなというふうな感じで仕事に行くことに、もしかしたら無意識にノーと言っていて、週末動いてしまったこと故に中途半端な休息になってしまい、何か疲れが取り切れず仕事に、次の週も行き、仕事のパフォーマンスが下がり、何か疲れたというふうに言いながら1週間を過ごす。
それにある意味自分はイエスと言っている。なので自分が休んで、本当にスッキリまた自分がこの1週間いい1週間だったなと、次の週の末に思えるような1週間を過ごすことに無意識にノーと言ってしまっている。
そのようなことですね。境界線の重要性。自分に何かイエスと言っているときにノーと同時に言っているか、そんな考え方が重要かと思います。
またありのままの自分というところでもう1つは、心が傷つきそうなときありのままでいることを第一優先としている。これ、すんごい難しいんですよね。
心が傷つきそうなときありのままでいることを第一優先としている。
例えば、もうバッチバチになることは分かっているミーティングに入っていくときとかですね、やっぱり自己防衛をするために理論の武装であったりとか、負けないようにディスカッションをしていくことであったりとか、
何か盾と保護と言いますか、剣と盾を持って戦いに行くようなときですね。
相手から強みのフィードバックを受けたりとか、自分に対する意見を受けてウーッと傷ついたとき、そこでやり返したりとか無視したりとか、それをするのではなく、ありのままで痛かったことは今痛かったなとそのときに表現する。
そのときに嫌だと思ったことや、またどういう会話をしていきたい、どういう時間にしていきたいというところをありのまま自分のソフトな心をそのテーブルの上に出していく。
それを第一優先としているだろうかと。
分析的思考を用いるとき、また論理的思考を用いるとき、心の部分を横に置いて対話の中で、そういうソフトな部分は介入させずやり切る乗り切るみたいなところがよく見られるかと思いますけれども、
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でも、こういう心豊かに生きる人たちの指標として、研究の中から出てきたものとして、そういうときにちゃんとありのままな自分でいることを何よりも第一に優先し、そこに留まることができる、それを選択することができる、そういう勇気、弱さを表すことは勇気がなきゃできないことです。
なので、それを選択していることというのはここに一つ書かれています。
もう一つ、私たちは十分であるという視点から人と関わっていること。
これ、私たちはですね、自分も他者も十分であるという視点から人と関わっている。
なので、これはコーチングの哲学と同じですね、クリエイティブ・リソースホールの部分、欠けない存在であるというところから人と関わっている。
だからといって、間違いを犯さないわけでもなく、弱さがないわけでは全くないですね。
傷もつきますし、弱さもありますし、自分が不完全なことを見せるということもこの中に入ってきていると思います。
同時に、それが人であり、それで十分である、それをそのまま出していきつつ、ともにその部分も共有し生きていくことが豊かさである、重要なことであると見ている、
そういうことが、この他者の視点や意見を手放し、ありのままの順へ向かっていくということになっています。
いかがでしょう。聞いてみる中で皆さん、何か少しでも気づきであったりとか、視点というものにつながっているといいなというふうに思いますが、
この指標をより自分の中に取り入れていくために、どんなことができるかみたいなことを最後に一言コメントして終えていきたいと思います。
ここ、自分がすごく必要だな、ありのままの自分というところをもっと自分の中で馴染ませていきたいなというとき、
言葉や構造、人や場、また習慣など、ありのままの自分に戻ることができるようなこと、それを探していくということがまず一つ目です。
何か誰かの名言だったりとか、こういう行動するときに自分らしさに戻れるとか、そういう人、この人に会うと、こういう場に参加すると、
またこういう習慣があるときに自分に戻る助けをしてくれるなという、何か自分なりのアンカー、船の怒りを探していくというのが一つと、
またこれはチャレンジですね。傷つきそうなときにありのままにいることを第一優先として見るということを実践していくときに、それが自分に馴染んでいくと思います。
コーチングだけじゃなくて、コーチの生き方、またもっと言うのであれば全ての人の生き方の中に豊かさというものが本当に軸となっていくことを願っていますが、
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その心豊かに生きていくということの中で10の指標が言及から出てきているもの、それを一つ目を今日ご紹介しました。
他者の視点や意見を手放し、ありのままの自分へ。
ぜひコーチングの中でも、また自分自身の人生の中にも、また人との対話の中にも、ぜひ取り入れてみつつ、思考の材料として、
ぜひ振り返ってみることをしてみていただくといいんじゃないかなというふうに思います。
CAMは2005年にアメリカにて設立され、3000人以上のプロコーチを輩出してきたICF認定コーチングスクールです。
CAMやその日本支部であるCAM JAPANについて知りたい方は、camjapan.jpで検索ください。
それではまた次回お会いしましょう。
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