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#125 みんなにとっての「つくる」ってなにか聞きたい件
2026-08-15 42:08

#125 みんなにとっての「つくる」ってなにか聞きたい件

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最近、自分の仕事や日々の活動に関して「作っている」と言えるようになったという石橋。

そもそもみんなにとって「つくる」とは?

形が残らないものでも作るになる?

作らないと生きている実感がわかない…?

などなど、それぞれが考える「作る」について話してみました。


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年齢も性別も環境も異なるちょっと不思議な関係の3人が、日常で起きた些細な悩みや出来事、つまり「おおきなかぶ」をそれぞれの視点から深堀り紐解く番組です。


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ゆるくてあたたかいコミュニティ「おおきなかぶ農場」も是非覗いてみてください🎵⬇️

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2001年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。フリーランスとしてインフルエンサーの活動と企画の仕事をしています。MOROHAと西加奈子さんと仏教が大好きで、みんながBIG LOVEマインドとたのしみを持って生きられる世界をつくるのが夢。


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1999年生まれ。早稲田大商学部卒業後、日系企業で働き始めた新人社会人。高校時代は春日部共栄高校の野球部、現在は軟式社会人野球、東京ヴェルディ・バンバータの投手として在籍しながら、仕事、野球、勉学、生き方に向き合っています。


▼あいり

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石橋、たいきとは一回り以上年齢が離れている人。雑誌編集者として約20年活動し、独立。言葉を通して自分らしさを見つける対話型セッション、”孤高のヒーローインタビュー”の活動のほか、企画、プロデュースのお仕事をしてます。

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、「つくる」とは何かというテーマについて、石橋、大輝、愛理の3人がそれぞれの視点から深く掘り下げています。石橋は、自身の仕事やSNS活動を通して、以前は「クリエイター」や「アーティスト」とは言えなかった自分でも、「つくる」という感覚を肯定できるようになった変化を語ります。それは、日常の些細な喜びに触れ、それを自分なりの感性で形にしていくプロセスに楽しさを見出したからです。 大輝は、「いつ見ても忙しそうだね」と言われた経験から、意図せずとも予定を詰め込んでしまう自身の行動原理と、時間を有効に使いたいという相反する感情について考察します。一方、愛理は「恋愛はうまくいかない前提」という持論を展開し、恋愛を通して何を学んでいるのかという問いを投げかけます。 議論が進む中で、「つくる」とは単に形あるものを生み出すことだけでなく、他者との間に「場」が生まれる瞬間や、自分自身を表現する営みそのものであるという多様な解釈が示されます。また、「つくる」行為が生きるエネルギーに直結していること、そして「意義」という言葉の重さについても触れられ、それぞれの人生観や価値観が反映された深い対話が繰り広げられました。最終的には、「つくる」という行為は無限の可能性を秘めており、誰もが日常の中で無意識のうちに行っているものであるという結論に至りました。

人生初のパチンコ体験と「つくる」テーマの導入
始まりました、おおきなかぶは抜けるのか。この番組は日常で起きた一人では消化できない 些細な悩みや出来事を、おおきなかぶとしてちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと 引っ張ってみるポッドキャスタ番組です。お送りするのは石橋と
大輝と
愛理です。よろしくお願いします。
先週ぐらいに、僕は大阪に実家があるんですけど、ちょうど一緒に大阪に帰ってて、父親がいたんですよ、大阪に。
で、僕は先週生まれて初めてパチンコに行きました。
へー、行ったことない私。
そうでしょでしょ。行ったことないなと思ってて、1回ぐらい行きたいなと思ってて、出してした。
で、まず父親に休日たまたまあって、僕も本当1日何もないことなかったりして父親と予定があったから、
人生で1回はパチンコに行きたいんだよね、父親に行ったんす。父親も学生時代とかめっちゃしてて、すごい好きで、スロットとかすっごい嬉しそうにしてて、行こうかってなって。
まず第1弾で練習しようとか言われて、
そしたら実家3階に上がった時に
風呂敷バーンって開けたらスロット台があって。
へー。
学生時代、父親もマニアでオタクでいろんなものを収集するんですけど、
学生時代に一番好きだった台が中古で売ってたから、これ買っちゃったんだよねとか言って。
何もしないですけど動くみたいな。
結構好きだよね。
本当オタクなんですけど。
で、スロットこんなもんじゃんだとか言って、でもお金ないし出ないしって言って本番行ったんですけど。
あれですね。
すっごい音大きいですね。
音大きいし、光がチカチカして。
全道場民にぶっ刺さるみたいな構造になってて。
俯瞰してめっちゃおもろいなって思ってたんですけど。
ちゃんとお金が、帰ってくる時はめっちゃあって。
道場民に刺さるのすごいなって感覚があったって感じ。
刺激は強いなって感覚。
僕は2千円入れてバーンってやったら、どんくさにすぐ負けちゃったんですけど。
試合500円かけたら1万6千円とかだった。
気持ちいい。
ずっと大当たりしてる。
それはじゃあやっぱりテクニックがあるんだ。
あるのと、こんな当たることはちょっとごめん、あんまないんだとか言ってたんですけど。
でもなんか、ちょっと技はあるみたいですね。
ちょっとコツはいるけど、とにかく道場民に全部刺さるような設計になってて。
我慢して我慢して全然出さないけど、帰ってくるみたいな時に一気に上がるみたいな。
これは上手い。
すごい刺さっちゃうなってなっちゃって。
勝たなくてよかったなって思いました。
確かに人体をハックした遊び。
音が大きくて、僕2時間くらいいたんですけど、頭痛すぎて吐きそうになっちゃって出ちゃいました。
アイリーさんとかも結構きついと思う。
入るだけ入ったことあるけど、音が無理で。
本当に入った瞬間も、音を浴びて目がチカチカしちゃうくらい。
やられてる。
一方で俺、バッシュは連れて行きたいなって思いました。
ヤバいよ。私ヤバいと思う。
全ての大背から距離置いてるんだから、私。
ハマりそうだね。
明らかにハマるから。距離置いてるんだから。
ちょっと遊ばない方がちょっと。
ハマりそう。
僕は頭が痛くて出ちゃったんですけど。
でもすごい良かったです。一回行けて。
シェアの回。
パチンコシェアの回。
人生初めてのパチンコ。
頭がすごい近い近いして。
可愛いな。
パチンカスが聞いてたらもうギラギラお腹バラしてると思うんですよ。
アカンじゃねーかこいつら。
シーカーじゃねーか。
以上でございます。行きましょう。
「つくる」とは何か?それぞれの持ち寄った話題
大きな株は抜けるのか?
ではまずはじめにそれぞれ持ち寄った話題、つまり株の種を発表して今日抜く株を決めていきましょう。
みんなどんな種を持ってきたでしょうか?
じゃあ石橋ちゃん。
私はですね、みんなにとっての作るって何か聞きたい件っていうのを持ってきました。
何かというと、今の仕事をしていて、企画の仕事と自分のSNSと。
周りにアーティストの子とか、とにかく作るのが大好きなんですみたいな子が多くて。
その子たちに比べたら私は結構戦略的に考えちゃうし、ずっと手を動かしたいとかじゃ全然ないし。
私ってギリクリエイターかもだけどアーティストとかじゃ全然ないな、みたいな相対的な感覚があった。
でもその子たちと仲良くなっていくと、結構ベースは同じというか。
日常の些細なことに喜んだり、それを記憶したりして、それを自分なりの感性と一緒に形にしていってみたいな、そのプロセス。
考えると私も企画をすることとかってすっごい楽しくて。
自分の記憶とかがピッて繋がってシナプスが発火してるみたいな感じですごい好きで。
かつ私が何かを閃くときって結構ベースに神殿があったりして、そいつと一緒にでかい声が出るみたいな時があって。
だからやっぱその子たち、作ってる子たちとパッと見は結構私はこのタイプじゃないなって思ってたけど仲良くなればなるほどベースは一緒だったんだな。
その発露の仕方とかが気持ちいいポイントとかが違ったり、その子たちはより繊細に自分のことを見てただけなんだなっていうのに気づいてから私も作るの好きなんだよねって言えるようになってきて。
そうっていう最近の変化があって。
でもそれぞれあるじゃないですかお二人も。だからなんかそれぞれにとっての作るのを聞いてみたいなと思いました。
言えるようになったら今めっちゃいい話じゃない?
ほんとだね。
捉え直しってことだもんね。
これは作る系ね。
じゃあ僕が持ってきた種は何個か用意してたんですけどちょうど前回話した種と似て繋がるものがあったので持ってきました。
いつ見ても忙しそうだよねと言われた件について話したいんですね。
これは4年ぶりぐらいに会った友人に会ったんですよ。
もうすごい長く喋ってて。
本当に気軽に、気軽というかボソッと。
ほんと大輝っていつ見ても忙しそうだもんねってポロッと言ってて普通に会話したんですけど。
やっぱそう見えるんかみたいな。
で、やってること全然違うんですよ。4年前とかの。
やっぱなんか一層それ見せてるわけでもないんですけど今これとこれとこれやってるんだみたいな。
あと日程調整とかを合わせるときにここ今予定合わないわみたいな感じでその一連の流れで多分思ったと思うんですけど。
この現象は良いのかみたいな。
なんでこういう状況になってるんだろうなとか。
状況というかこういう現象として何か捉えられちゃってるなんでなんだろうなとかをちょっとふと考えたい機会があってですね。
なんか忙しくしたいわけじゃないけどしたいわけじゃないって言ってるのも違うかもでやっぱりこうそうしてるのがすごいなんかそうしたいからやってるんじゃないかとか。
ちょっといろいろ考えていろいろ矛盾するんですよ。
前回ちょっと話した内容の一部なんですけどなんか時間が無限にというかこうあればいいのになぁとか思ってるけど一方でそう予定詰め込んだ方が自分的な幸せ感を感じてるからこうやっちゃってるんじゃないかとかそうですね。
そういうのをちょっと思ったんですよね。
ふと一文なんですけどずっと引っかかってて。
アイリーさんは?
私は恋愛ってうまくいかない前提だよね。
恋愛で何学んでる?について話したいけん。
どうしたの?話聞こうか。
これね私が今恋愛はしてないんですけど今今ねしてないんだけどいやなんか振り返ってみてもやっぱりうまくいかないもんだよなぁと思って恋愛って。
でなんか結婚は別っていう感覚があるの。
ででも完全に学ぶ学びを得るための場なんだろうなって思い始めていてとなった時にそれぞれ今までどんな学びを得てきたっていうのを聞きたいなと思って持ってきた。
うまくいかない前提なのかな。
どうなんだろうね。えーなんか毛色が違う。
結果見てってことか。
どうします?なんか毛色が違いますけど。じゃんけんとかしますか?久しぶり。久しぶりじゃないか。
いや確かにないけど。でも作る。作るはちょっともう一回言語化してみたいフェーズかもしれない。
でも私もそう思った。
作るに関して。何回かやってますよねこれね。40回おきくらい多分やってて。
ご長寿番組すぎ。
その表現するとかも入れるってことでしょうか?
作るとかその創作あとはクリエイティブみたいなところに対する何か種って結構何回かやってる気がしていて。
ちょっと久しくはあんま喋れてない気がするのでやりたいんですよね。
そうしよう。私もそれがいいと思う。
じゃあみんなにとっての作るって何か聞きたい件をやっていきたいと思います。
お願いします。
「つくる」の定義:吸収と出力、オリジナリティ、表現
何ですか?あなたがとりとっての作るって。どうですか大輝さん。
さっきの話で言うとさっきのバッシの話で言うといろんな現象を自分が一旦受け取って自分のフィルターを一旦通した上で出力するみたいな流れがあったよね。
私自身のってこと?それとも普遍的に?
バッシとかさっきのエピソードあったじゃん。そのバッシの友人とか知り合いたちもそういう行為をして自分のフィルターを通してアウトプットを出した表現をしたものを作ると言っているっていう流れだったかな。
フィルターって言葉が正しくわかんないんだけど、一旦自分の中から吸収して出すっていう。その営みはバッシも同じことをやっている。
同じなんだと思った瞬間に私も作るって言えるようになったっていうふうな理解になるとどうだろう。
本当にごめん。似てるとか同じ感じだよね。自分の感じた感覚があって、それをできる限りそのまま差し出してみようみたいな感覚のものをオリジナリティっていうふうに思っているかもしれない。
できる限りそのままなんだ。
そうでありたい気がする。逆に僕は。
いつが一番楽しいですか?作るの中で。
一番楽しいのは2つあって、大きく分かりやすいのが結構歌なのでそれで話すと、普段なんかいろんなものを感じてますと。
さっき前回の収録終わった後に話したんですけど、生きてるって思うときって日常の中で感覚が刺激されて目の怪我をよだつときが生きてるって思うんですよ。
例えば雨上がりの匂い嗅ぎのブワーみたいなやつとか、夏の夜にパッと家からそってた瞬間の湿度から匂いから全部みたいな時にウワーってなる感覚。
その感覚をめっちゃ覚えておくっていう感じがあって、作品を作った時に一旦その感覚を思い出そうとするんですよ。
その時が最高ってなるんですよね。
まずそこが一番楽しい。
それを元にこの感覚をどうやって伝えられるかなっていう試行錯誤をして、ぼっとして。
でもそんなに時間かけるわけじゃなくて、本当に時間くらいでバーっと一旦作っちゃうんですよ。
で、そのアウトプットの完成品がこれだと思ってできたものを何度も何度も聴く時とかは一番楽しい。
その二段階がめちゃめちゃ楽しい時ですね。
それ結構匂いとか体感覚も覚えてくる感じ。
体感覚が。言葉とかもできる限りそのまま表現したい感覚があって。
自分にフィットする表現をする人とかの本とかめっちゃ読んじゃうっていうリズムがありますね。
確かに曲も自分が再現できそうだなと思うものを作っていってましたもんね、昔。
再現できるし、あとは自分の感覚とすごく合ってるというか、
同じような捉え方をする人なのかもしれないなみたいな感覚の嗅覚がめっちゃあって。
変な話。
そんな感じがあります。
面白い。
作るっていうのは表現するってことなのかな。
でもそのイメージがあります。
アイリーさんは?
でも私もそうなの。作るって表現するだよなってすごく思って。
作るってさ、言葉のイメージからして何か形になっていくみたいなイメージを抱きやすくって。
でも結構それにとらわれて疲れた時もあるなっていうのがあって。
でも同時にそれがうまくはまった時にやっぱり形に、わかりやすく形になるからすごく気持ちよさとか達成感みたいなのが生まれるなとも思うんだけど、
一方で今自分がどういう作るに一番近いところにいるかなっていうのを振り返った時に、
自分という人がいて、相手、誰か、他者という人がいた時に、
そのまんまの自分、相手もそのまんまみたいな時に、
場が生まれる時、場ができたっていう時に作ってるみたいに感じる。
面白い。
なんかそれはセッション、例えば一対一のセッションだったとしても、
割と仕事的な打ち合わせの場とかだったりしても、
あ、なんか今ちゃんと回ってる場がみたいな時に作ってる感じがあるのかもと思った。
面白い。それを作るって捉えるの面白いですね。
これは石橋ちゃんのこの株にすごい感謝で、今までそう捉えてなかったんだけど、
でもなんか私にとっての今一番すごく近くにある作るって何だろうって思った時に、
それだなって思った。作ってるなって思ったね。
なんかなるべく自分のまんまでいようとして何か操作するでもなく、
自分のまんまでいた時に何か相手もそこで開いてくれたりして、
そこで何かこう会話だったり会話じゃなかったとしても何か交換してたり、
でそれが複数人いると何かそういう交換みたいな化学反応がどんどん起きてるみたいな時に、
なんかすごく気持ちよさを感じるし。
逆に今何でまたそれを作ると感じたかっていうと、作るがなくなると私弱っていくわけよ。
前回の話にもつながるんだけど、例えば一人の時間でもちろん何か考えたり内省したりしてやったりしてるんだけど、
その時に作るからどんどんかけ離れていくとものすごいエネルギーダウンしていくっていうことにも今気がついた。
何かしらその作るがあるとちゃんと何か作るが多分自分の生きると直結してるからちゃんと動けるというか。
で多分自分の今のこの生き方の中で大きく何か占めてる作るはそれなんだけど、
でもそれをずっとできるわけでもないからそうじゃなかった時にこの前何か自分で久しぶりに何かちゃんと料理しようと思って結構凝った料理を作ってる時も結構元気になったよね。
そうそうそう。だからそれもちゃんと自分の手で作ってるみたいなのが一人でもできたから結構元気になったんだなとかって今思い出してた。
面白いですね。何かその作るって私がもともと出したものより別にアウトプットに比重は置かれてないというか。
自分がそのようであることその状態であることにかつそこにアウトプットがあるのかそれが外に出すってよりは場とか食べるものとか。
そこで満たされるみたいな感覚。
だからその時に何かすごい言葉にするのが難しいんだけど相手との間に何か本当にこう何か心が終わって開くようなもしくは温かくなるような瞬間が生まれてると何か作れてるって思うんだと思うんだけどね。
でもそれはその場では自覚してなくて終わってから振り返った時とかに今日何か作れてたなみたいなそういう感じになってる気がするんだよね。
面白い。
なんか場を作るっていう感覚があれだね。自分らしく入れられてる状態だからこそめちゃくちゃ苦なく作るって言えるし。
かつそれが何か他者も関わってるみたいなのが面白いなと思っていてね。
そこに他者が関わってることも含めて何かすごい幸せだなって思う感じがあるんですかね。
そうそうそうそうそう。
確かになんかおもろいな。
なぜかというと自分が今さっき作るって言った時は本当に自分の感覚かつアウトプットを出すっていう一旦自分に完結してる状態で色々イメージをしちゃったんですけど
その先にも何かもしかしたらあるのかもしれないなとかっていうのがアリさんの話聞いてめっちゃ思って。
なんかその私も自分で完結する作るってもっとできたらいいなとかって思って
それこそさ、絵描いたりとか声出してみたりとか楽器触ってみたりとかっていうのも一種の作るだよなって思うんだけど
でも私の場合はその時に何かこう他者の目がそこに開在してる感じが何かあるような気持ちが大きくなってきちゃったってことも多分あるんだと思うの。
で、それがなくなってそれも自分の中だからこういうもの作れるって言う風になる時もこれから来るのかもしれないけど
でもなんか今々は何か違うなぁと感じてって思ったね。
面白いですね。
アシュとか作るに対する他者の目とか他者の開在ってさどういう位置づけなんだろう?
そうですね、めっちゃあって。
ある種動画作って世に発信して再生数として出るってその表層的な作るの人柱だなみたいな感覚もあって
作るという行為が絶えず外部と接続されてるみたいな感覚がある。
私は結構一人で何かを作るということが苦手かもしれないですね。
一人完結してたことだよね。
歌を歌うとか非常に難しい。
「つくる」の根源:人生との向き合い方と他者との接続
数回前に出した苦手な感情について話した意見をチラッと出したりしたんですけど
それとも続いてる気がするんですけど。
一人で作るみたいなのが苦手。でもそれでも良いっていう感覚があって
何かというと結構私にとっての作るのとか表現するの中で人生でドコーンと
うわーってなったのが小説家の西香奈子さんとラッパーの諸葉っていうポエトリーラップっていう人がいて
この二組が大好きなんですけど
なんでかなっていうのを振り返った時に自分の人生と極限まで向き合って
それをそのまま言葉にして熱を乗せている感じがある。
西香奈子さんとかは何の小説を読んでても西香奈子さんの人生が色濃く出ていて
途方もなく生きていることが出ている。
私もかなり生の言葉というか自分が生活して悔しいと思ったとか
お金を稼がなきゃいけないと思ってそういう自分も嫌だと思ったとか
全部をぶつけてる感じがするんですよね。
そういう作り方に対するコンテにある人生の向き合い方に対するリスペクトとか
私も絶対これがいいみたいな感覚があって
だから何でしょうね
根源は自分と本当に顔を付き合わせてめちゃくちゃ向き合う
その軌跡をまた別の形にしたりとかそのまま言葉にしてみたりみたいな
ことが私は好きだしそういうものに救われてきたみたいな感覚があって
それを結構自分の中で作ると呼んでいるかも
今の自分の人生とかはそれを社会と接続してるっていう感覚
みんなが見やすい形にするとか評価されやすい形にする
そのために手を動かしてじゃあかわいいデザインにしようとか
動画を面白く編集を面白くしてみようみたいな
それをまた魔法の粉振りかけるみたいな
2層いる気がしてます
っていう感覚ですかね
2層目っていうかさ
作るっていうところは必ず他社が開催して
していた方がすごい
なんて言うんだろうな
すごい自分は気持ちがいいなというか
そんな感覚があるのがちょっとあって
曲を作るのも本当に人に聞いてもらったらめちゃめちゃ嬉しいし
それでなんかこの感覚表現しようねと言われて
マジそうとか
そういう瞬間が一番楽しかったり
自分の作った曲を他の子と一緒に歌ってくれたりとか
そういうのがめちゃめちゃ嬉しかったりするから
それは共感みたいな共鳴みたいな
この作品がある意味がやっとできるというか
面白いね
この形作ったものがこの世の中で
命を芽吹かせるというかそんな感覚
初めて他社が入った瞬間にやっと息が
呼吸が始まるみたいなそんな感覚があるから
ピュアな感覚
自己満足でもいいんですけど
そうじゃない何か
本当に場ですね
そう考えるともしかしたら
感覚が近いのかもしれなくて
自分の性質がすごく現れるよね
そこの他社をどういう風に開催させるかみたいなのって
確かに
例えば私の場合だと
自分とすごく向き合った結果のものは
出したい気持ちはあるけど
その出し方にまず自分が本当に
納得いってないと
誰から何言われようと全く受け入れられないわけよ
みたいなだから
自分が本当にまず許可を出せて
もうこれはやり切ったものである
向き合い切ったものであるみたいなものが
仮に出せたとしたらば
ようやくじゃあどうぞみたいな感じで
他社を開催させることができるっていうか
開催っていうのは見てもらうってこと?
そうそう見てもらう
だろうなぁと思う
だからなんかこう
何かこうなんだろうな
今の例は何か例えば
曲でも何か作品みたいな何か
形として出すってなると
なんか私はなんか
さっきの場の話とは全然別で
なんかそこに自分の力みが
生まれそうだからこそ
本当のこれは作るじゃない感じがするなと思ってるから
今横に置いてるんだとかあると
面白い
なんか私は
閃光花火みたいな感じで
真ん中の部分の自分はずっと生きてて
生きんでるとかはって
こいつを出すのはちょっと
って感じだけどその過程で
いろんな気づきがパパパってあって
なんかこいつを出すとかも好きみたいな
それはまた別のあれだけど
いろんな作るがある気がする
だからそれで言うと
結局作るがさ
自分が作るじゃない
前回のちょっと話に繋がっちゃうけど
私の場合だと今その私を
言ってみれば私を作り直してる最中
みたいなところがあるから
そうするともう自分を作るので精一杯だから
もう場で精一杯
みたいなのがあるかもね
自分を作ってるということでもあるか
前回はぜひ聞いてほしいんですけど
面白い
いろんな作るがありますね
ベースは一緒なんだけど
生きてることを再編集してみたいな
いろいろ
「つくる」の意義と価値:生きるエネルギー、自己肯定、他者の存在
もう一個別のお題としては
作るってことは
意義のあることなんですかね
作るっていう行為は
そのさ
まさに罠に
落ちやすいよね
意義があるって思うと作れなくなる
確かに確かに
だから私逆にさっき話してて
でも作るってやっぱり本当に自分の
生きるエネルギーに直結してるものだな
自分しかそれは分からないもんな
その価値って思ったときに
そうすると結構いろんなものが作るに思えて
そうだみたいな
あのいつものスーパーで
レジのおばちゃんと喋ってるのも作るじゃん
って思ったりして
道理で喋って元気になってるはずだわ
って今思ったりしてた
いろんな作る確かに
でもあまりに些細だから
自分で作るって思ってなかったけど
いっぱいの作るやってるなぁ
だから意義は
自分の中で意義があってもいいかもしれないけどね
でもそこに
何を作ってるか
どういう目的で作ってるかっていう
ところによっても大きく変わってくるかもしれないけどね
意義が必要な人もいるかもしれないし
作り方に
私の場合で言うと
意義って重たすぎちゃってね
もう本当に
足首にとんでもない
鉄の重りをぶら下げられてるような
ぐらいの体感としては重たさっていうか
だからものすごい頑張らなきゃいけない気持ちになるわけよ
それって意義がめっちゃ社会に接続されちゃってるから
そうそうそうそう
だからそういう意義だときついよね
でも
自分の人生にとってっていう
あとは自分の幸せにとってっていうところ
ぐらいの理由で考えられると
作るっていう行為がすごい自分を幸せにする
ものである部分があるってことですよね
アイリーさんとかは
なんだろうなぁと思うよね
やっぱりその
自分を本当に
確信を持ってやってればやってるほど
人ほど
それを使命と思ってやってるよね
だからその強さがすごくあるなぁと思って
なんか最近も
まさにそんないうこと感じてたんだけど
周りの作家さんとか見ててもね
そうなんだよね
なんか自分はまだそこを模索してる
ところだから
今は私はそういうちょっと場みたいな
見えるような見えないような
ものを作ると
言ってもいいんじゃないのかなと思った
確かにいろんな形があり
いろんなフェーズがあるというかね
リバードだなぁ
なんかそう思うと
ものを作るとか
じゃなくなく
作るっていうのを使えるとすると
みんな何かしら作ってるからね
バトカーなんてね形輪郭はないじゃないですかね
でも作るらしい
関係を作るとか瞬間を作る
いっぱいやってますね
なんか例えばほら職業とかでもさ
職業って分かりやすくカテゴライズして
型書きになってたりするけど
結構型書きにできないような
評価しにくいような
直接その結果には
お金には繋がってないんだけれども
でもこの動きをしてくれたから
助かるみたいなことって結構あったりするじゃない
この人がいたからみたいな
でもそれを何という職業かってすると
それは型書きはつけにくかったりするんだけど
みたいなことも
そういう人って何か作ってるよなって思うよね
尊いですよね
そうそうそうそう
ってすごく思うね
この話の根源になった仲良しのアーティストのお姉さんがいるんですけど
その人は本当にずっと子供みたいなんですよ
日常のあらゆる店で流れてる音楽とか
一緒に歌ったりして
そこの今意義みたいな重たい方向に行っていったけど
その人の作りでいうと
本当にカラフルで
日常がカラフルで
それを透明な器のほうが受け取って
それを出していくみたいな感じの感覚もあって
マジで気質によるし
人生によるしフェーズによるし
なんだねって思いましたね
出した時の質感と今の質感が全然違くて
違う方向に転がっていって
それも面白いなって思いました
本当に些細なことから作るってなるとなったら
本当に気軽に軽く作るっていう行為ができるんだってなると
確かにその方の軽はずみなリズミカルな感覚とかも
近くなっていくのかな
その人は作るっていうことが無限にできて
それをずっと暇な時に
音を思い出して作ったりとかして
それを置いておいて曲にするってなった時に
それをもう一回取り出してみたいなことを
ずっとやってるみたいな
その器が本当にピュアでキラキラしてるみたいな感じなんですよね
いろんなやり方や座標というか
そうなりますよね
本当にさ
「つくる」の多様性と無限性:子供の頃からの営みと切断
ちっちゃい時って作るをナチュラルにやってると思うんだけど
自分で感じて
外に出していくみたいな
その営みを子供の時から
その接続を変えずにやり続けられてる人は
アーティストになっている感じがする
歌う歌う絵描くとか
でも
それがどこかで切断されると
すごく話が変わってくるっていうかね
私とかは完全にそっちのタイプだけど
週3回切断してる気がします
切断したからこその形になったりもするし
厚みを増すこともあるし
本当にそうなんだよね
切断された苦しみのままで作ることが
味になってるみたいなパターンもあるし
無限です変数は
本当にそう
結論がないね
無限の切り口で話せちゃう
面白いですよね
いろんな観点で見に行ったみたいな感じだったね
畳代のある言葉であり大人であり営みですわね
もうちょっと絞ってまた喋ってみたい気がするね
確かに無限に話せる
そろそろ行きますか
ここでお知らせです
かぶ農場がオープンしました
コミュニティに参加していただくと限定チャットでお話できたり
番組へのリクエストかぶの種が送れたりもします
積極的に参加してもミリセンキクセンでも大歓迎です
新しい形で関わってくれたら嬉しいです
概要欄のリンクからぜひお気軽に農場へ遊びに来てください
あなたのかぶの種お待ちしてます
今日のかぶどうだった?
一旦今の発散状況をメモに書いて
カテゴライズしたいって
すごい発散しましたもんね
思ったより転がりました
最初に出した
沈んでもいい、浮いてもいい
変なドライブ感だった
人それぞれあるんだろうな
本当そうですよね
まだ掘りたい部分ありますもん
例えばインプット、形にするって
作るって絶対その前にインプットって必要だと思うんですけど
インプットの質のところで深掘ったりとか
どういうインプットしてるのかとか
確かにね
いろんな見方がある
無限にある
どんな作るか自分の手に馴染むかとかも
あるよね
機質もそうだしフェーズもそうだしあるし
無限ですね
作るって無限だよね
意外に作れてるんだって
自分で作ってるんだみたいなことが
気づけることもあって
万人に開かれていますね
何も作れてないというよりはそれが認知しないだけで
意外に作ってるんだよっていうのはね
希望もあり
考えたくもありみたいなところで
発散でした
次回も一緒に大きなカバー抜きましょう
またね
42:08

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