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#126 扱うのが苦手な感情について話したい件
2026-08-22 47:18

#126 扱うのが苦手な感情について話したい件

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年齢も性別も環境も異なるちょっと不思議な関係の3人が、日常で起きた些細な悩みや出来事、つまり「おおきなかぶ」をそれぞれの視点から深堀り紐解く番組です。


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▼石橋

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2001年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。フリーランスとしてインフルエンサーの活動と企画の仕事をしています。MOROHAと西加奈子さんと仏教が大好きで、みんながBIG LOVEマインドとたのしみを持って生きられる世界をつくるのが夢。


▼たいき

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1999年生まれ。早稲田大商学部卒業後、日系企業で働き始めた新人社会人。高校時代は春日部共栄高校の野球部、現在は軟式社会人野球、東京ヴェルディ・バンバータの投手として在籍しながら、仕事、野球、勉学、生き方に向き合っています。


▼あいり

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石橋、たいきとは一回り以上年齢が離れている人。雑誌編集者として約20年活動し、独立。言葉を通して自分らしさを見つける対話型セッション、”孤高のヒーローインタビュー”の活動のほか、企画、プロデュースのお仕事をしてます。

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、MCの石橋、大輝、あいりが、扱いにくい感情や「隣の芝生は青く見える」という現象について深く掘り下げていく。読書会での偶然の繋がりから、3人は「社会心理学講義」という本を読み終え、エッセイを執筆するという経験を共有した。この経験を通じて、法や愛といった概念が社会を機能させる「虚構」であるという考え方に触れ、その虚構の中でどう生きていくかを考察した。 番組後半では、石橋とあいりが「扱うのが苦手な感情」、大輝が「隣の芝生は青く見える」というテーマを持ち寄り、その共通点や関連性について議論が展開された。特に、自分の内面から出てきたものを他者に委ねることへの抵抗感や、自己評価との繋がり、そして仕事と趣味におけるアウトプットの違いなどが語られた。最終的には、これらの感情や現象は、自己の個性や人生の歩みと深く結びついており、捉え方次第で新たな発見や成長に繋がる可能性が示唆された。

読書会での偶然の繋がりと「虚構」についての考察
始まりました、おおきなかぶは抜けるのか。この番組は日常で起きた一人では消化できない 些細な悩みや出来事をおおきなかぶとして、ちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと引っ張ってみるポッドキャストの番組です。
お送りするのは、石橋と、大輝と、愛理です。よろしくお願いしまーす。
多分何回か話してると思うんですけど、私と大輝さんともう一人女の子で読書会をやってて、結構ちょっと特殊なね、割と分厚い方を
一生を読んで、自分の日常とかにひも付けて感想をそれぞれ持ち寄って議論するみたいな読書会をやってて、でそれの最終回が終わり、一冊読み終え、みんなで。
本当に半年かかったよね。
マジで偉い、偉い。
何の本?
社会心理学講義という本なんですけど、
誰が書いてる?
小坂井先生っていう。
かなり激アツなんだろうな、真顔シニカル情熱本みたいな。
真顔でシニカルにめちゃくちゃ情熱的みたいな。
アカデミックな本なのにって言っても変かなってしまうんだけど、本当に熱くて胸熱になるっていう。
漫画読んでるみたいな。
論理だけじゃなくて、前置きとかに、人間とは何かそれを捉えたい。願いはそれだけです。みたいな。
ベースのスタンスがすごい熱くて、そのために学問の閣裁の領域なんて関係なくて、ただひたすら愚等みたいな。
だから仏教とかが突然引用されたりとか、いろんな学問が引用されながら少しずつ話を進めていくみたいな感じなんですけど、
それを踏まえてみんなでエッセイを書くということをやってみたんです。
トーカル一冊全部読み終わった最後の総括で1週間くらいかけてね。
エッセイを書くという最終課題を追加して。
激アツでしたね。それぞれ華麗的なものを持ち寄って。
もう一人やってる女の子が本当に最高の女の子なんですけど、
うちらの子と主人公の子とは主人公先生と呼んで、私のことパワフルプリンセスって呼んでくれて。
最高!
そうだね、ありがとうと思ったりとかして。
しかも、最終回吉祥寺の居酒屋で3人で本を持ちながら話したりしたんですけど。
いないですよね。焼き鳥屋で分厚いアカデミー君を3人でビール飲みながらなんか。
もう一人の子は高校生の時に大輝さんの塾の先生をしてた。
その子の受験生の時の。
3人で話してたら、大輝さんがその子が高校生の時に先生だからいろんなことを伝えてたと。
私と話してた、私がすごいおすすめの好きな作家さんの本をおすすめして、
その本を大輝さんがその子におすすめしていたと。
その当時、別で読書会というか、読書とかいろいろ関わっていて。
その本をおすすめしてて、そのエッセイで初めて気づいたんですけど、
その子はどんだけ勉強するかっていうよりもどうこなすかというか、
自分の息抜きをしながらこなすかみたいな。
浪人してたんで、女の子なんだけど浪人してて。
ペースを保つために寝る前に本を読む時間がすごく大事な生意気だったと。
そこでその本を置いていて、
それが大輝さんが私と話してた本をおすすめしていたということがその場で判明して、
3人が知り合う前から何か繋がってたんですよ。
っていう激アツ激染み話を。
それをね、その時にね、そうなったの?みたいな。
僕も紹介した、おすすめしたこと忘れてたんだけど、
ちょうどバッシーから愛っていう本を紹介してもらって、
ほんと胸アツで。
ちょうどそこがその時、その読んだ次の日ぐらいがちょっと抗議で。
これいいかよ。
へー。
かなり友達。
かなり友達で。
その後ね、その子も大学生に無事になって、勝って。
で、繋ぐ機会があったというか。
ね。
しかもその3人のバランスもなんかすごい面白くて、
大輝さんが結構ファシったりとか、これはこうで、こうでみたいな。
え、どう思う?みたいなのやってくれたりとかして、
私は結構シニーカルにシャーシャーシャーシャー喋ってて、
で、その子がすごいめっちゃ大らかな子なんですよ。
なんて言ったらいいんだろうな。
すごい器がでかい。
すごいでかい子で、
それをふーんって見て全体を、
じゃあこうはこうってことですかね?みたいな感じで見てくれて、
みたいなのを繰り返すその3匹の別のポケモンたちが。
そう。そうやって技を繰り出して、それがスパイラルしていくみたいな、
なんか面白い回でしたね。
面白い回で。
でも懲りずに2冊目に突入。
2冊目は何やってるの?
サピエンス伝誌ってちょっと前に。
ちょっとその大衆本なんですけど、
それぞれね、ちょっと触れたりとかしてたけど、もう一回読み直したいみたいなのをやったりとかして、
かなり友達。
でもテーマはちょっと深掘るテーマがあって、
今虚構を深掘りたくて。
虚構?
その本、社会心理学講義っていう本が、
法とか血筋とかって、
徐々のものとされてるじゃないですか、今の社会において。
だけどそれって実は、
例えば法とかも、法のマジの根拠が外部化されてるというか、
ブラックボックス化されてるからこそ、
その社会において、閉鎖的な社会において機能するよねみたいな。
っていう意味で、すべての閉鎖的な秩序みたいなもの、
秩序とかルールみたいなものって、
全部実は虚構なんじゃねみたいな。
愛とか美しさすらも虚構なのでは。
っていうことをすごく論理的に、
いろんな角度からやってるみたいなもので。
でもマイナスじゃないんですよ。虚無とかではないんですよ。
虚構があって機能するからこそ、この社会が成り立ってるってそのメカニズムを、
客観的に捉えるけど、
じゃあその虚構をどうやって活用というか、
この虚構がありきの社会の中でどうやって生きていこうかみたいな。
その虚構ありきの社会の中で、まず人間はどうやって動くんだけど、
自分はどういう動き方をしていこうかみたいなところまで考えれるようなもの。
素直はしてないんだけど、そういうことをすごい考えさせられるもんで。
重要なもんだね。
そうなの。それぞれの視点から深掘って。
ポツポツにも近いですね。
近い近い近い。
グルーヴ感もあり、それぞれの視点もありみたいなね。
良かったね。そういう機会を作るっていうのも良かったし、関係も良かったし。
っていうね、ほっこり話でした。
かなりほっこりした。
エピソード厚かったよね。繋がってたっていうね。
その子も人生も変えてて、やっぱりさ。
このね。
ちょっとパーパー喋ったことが。
結構苦しい時期の彼女を救ってて、
いや、そこもすっごいなって思って。
そういうことなんだよね。
そういうことだぜ。面白い。
人生はとても人生だ。そういうことです。
本当に。
偶然のような必然のような繋がりが。
パタフライエフェクトのようにパタパタと。
本当そう。
はためいて、ひらめいて、きらめいて。
人生ですわ。行きましょう。
ラップだったね。今の。
そう。ありがとう。
最高。
扱うのが苦手な感情と隣の芝生は青く見える問題
大きな株は抜けるのか?
ではまずはじめに、それぞれ持ち寄った話題、つまり株の種を発表して、
今日抜く株を決めていきましょう。
みんなどんな種を持ってきたでしょうか?
じゃあ石橋ちゃん。
はい、いやこれは私は話したいよ。
話したいんですけど、扱うのが苦手な感情について話したい件という、
多分数回前とかに出して、
大輝がAIについて話したいが出て、
じゃんけんしようってなって負けて、
負けたことを私は数週間で二人持ち続け、
これ話したかったという、鬼がわらみたいな狂騒で、
結構強い気持ちでこれ話したいですね。
でも一旦聞きましょう。
でもそれの話につながる気がして、
僕がこれ出してもそっちに吸収してもいいなと思ったのを出します。
僕持ってきた株の種は、
なんで隣の芝は青く見えるんだろう問題というのを持ってきまして、
隣の芝は青く見える。
青いって言うじゃないですか、ことわざあるじゃないですか。
自分のところよりも他人のところ、
向いた比較みたいな軸で、
うらやましいなと思っちゃうみたいなことわざというか感欲があると思うんですけど、
ほんとその状況が仕事とかでもあって、
なんかほんとにふと、
今ちょっと自分のミッション置かれてるところがだいぶ落ち着いてきて、
まぁなんだろうな、
成果をプラスアルファでガッと出せる余地が、
ちょっと今あんまないなーとか思ってた時期にちょうど、
ほんとに違う人、メンバーのそのミッションとかが、
すごいうらやましく思っちゃって、
すごいパフォーマンス上げる余地があって、
そういう機会があって、
これどうしてもその差で、最初の所要の差でしかなくて、
それがうらやましいなって思いつつも、
でもよく見ると自分もまだできるところいっぱいあるのに、
そういう風な感じになってしまう。
なんでこれ、こういう状態になっちゃうんだろうなーとか、
これってでも隣の芝は多いって、
人間全員が普遍的に落ちてしまう、
いいも悪いもわからないですけど、
そういう状況になるのかなと思って、
なんでっていうところとか、
なんで、そうだね、
どうやっていけばもっと健全な環境になるのかとか、
前向きな環境になるのかとか、
そういうのを話したくて持ってきたんですけど、
それも扱うのが苦手な感情が邪魔する気もしてきて、
繋がってしまう。
はい。
そうなんです。
泣きを一応出させていただきますけど。
アイリーさんの聞いていいですか?
ごめん、私ね、実は私もそれ持ってきてきて。
どっち?
あ、そうそう。扱うのが苦手な。
満場一致。
やっぱり話したいな、この種って思って。
そう。
やったやった。
本当に?
本当に。だから、え?って思って。
びっくりした。
じゃあ、ワンを自信。
ありがとう。
行こう。
ありがとう。
では扱うのが苦手な感情について、
話したい件を話してまいりたいと思います。
お願いします。
これは多分AIの回、結構前の回に、
私が出したときに言ったと思うんですけど、
そのことの発端としては、
あ、そう。
エッセイクラブで、合宿エッセイを書いて、
読み分かりのエッセイクラブで、
みんなで泊まりに行こうみたいになって、
そこでギターが宿にあったんですね。
で、ギターが宿にあって、
わーってなってみんな弾いたり歌ったりとかして、
そういえば、私、ギターが宿にあったんですよ。
ギター弾いてたんだと思って、
お家に帰ってギターあるんで、
それを取り出して弾いたりとかしたんですけど、
すぐ嫌になっちゃって。
楽しいんですけど。
すぐ嫌になっちゃって。
これ、なんだと思って。
一人でいるときに、
なんだろう、手放しで楽しくなるとかは、
非常に苦手かもしれない。
でも、ずっとそうだったかと言われると、
そうじゃないかもしれない。
譜の根源に歌ったりしてるのが、
恥ずかしいみたいな気持ちがちょっとある。
なんか、謎の気持ちがあって。
でも、謎の危機感だけあるってことは、
きっと扱い切れてない、
もしくは扱うのを避けてる、
何かがこの奥に眠っているみたいな感じがある。
大輝さん、前回の
みんなにとっての作るって何か聞きたい件のときも、
作るって何かって言うと、
自分の体感覚とかを形にして、
それを人に渡してみたいな。
そこで初めて息が芽生えてみたいな話をしてたじゃないですか。
その全てに対していいなって思ったんですよ。
さっきも。
そう。
前回も。
まず感覚をそのまま出すって、
なんかちょっとみたいなのもあるし、
しかもそれを人に委ねるって、
なんかちょっとみたいな気持ちが私の中にはある。
あまりに感じてる部分だけで言えば、
もうかなり確かなんだけど、
それが相手にとって確かかわからないものだもんね。
そうそう。
その感覚ってね。
だからそれを明るく手渡せるのが大輝さんの強さであるんだが、
私はなんかその扱うのが苦手な感情が、
そいつをめちゃくちゃ眼差している、ずっと。
面白い、面白い。
っていうので、強烈に話したくなりました、前回を踏まえて。
っていうね、感じですわ。
ちょっと具体なところに行っちゃうと、
さっきのそれこそ、なんで手渡せるのかっていうと、
僕が感じた感情を一旦出して、
それを手渡すんですけど、
全くそうとは違う捉え方をする人がいるじゃないですか。
だから見えたら伝わってないというか、
意図とはしてないみたいな。
でもそれも含めてめっちゃ楽しくて。
そういう感覚があるから、
通じ合いたいとかではなくて、
一旦出してみて相手はどう感じるかみたいなところの、
この化学反応的な感受性の違いみたいなところも、
おもろって思う。
こうやって考えた、こういう感情を出したんだよねって言ったら、
そうは聞こえなくて、こう聞こえる。
そうかっていうスタンスがもしかしたら違うかもしれなくて。
そうかも。
でもそれにしても、今の感覚だと、
自分が出したものを人に試させるということが、
まずうってなるし、
化学反応を能動的に楽しむっていうよりは、
おい!みたいな気持ちになる。
かつ、その化学反応を楽しむっていうよりは、
それが割と自分の評価にもつながっちゃう気がする。
自分が出したものだから。
だからそこの認知がずっとフラットなのが、
明るい!と思っています。
カラッとしてますよね。
評価というか、作品に対する時の。
そう、だって自分のすごい内側から出たものじゃないですか。
そこに対して能動的に相手の反応を楽しむとかって。
アイリーさんも思ったんですけど、
アイリーさんの話も前回ちょっと聞いてた時に、
スタンスがちょっと違うかもなと思ったのが、
作るとかアウトプットも、
5割、6割みたいな感覚で出してるんですよ。
叩き!みたいな感じで。
だから、もっとより良くできるものの素材みたいなイメージで一旦出して、
それこそ反応を伺って、またブラッシュアップするみたいな感覚なんで、
そういう意味で絶対他者が必要なんですよ。
そこがちょっと違うなと思って。
だから前提、他者がいないと成立しない作品っていう感覚があって。
面白い、なるほど。
それでより良くなるなっていう。
逆に僕は未熟だから、そうでもしないと、
なんかこう、より意味のあるものというか、
僕が逆に納得できるものができないからこそ、
出してやってもらって。
去年とかはライブをしたんですけど、
僕がギターだけっていうのを作ってたものを一旦出してみたときに、
いろいろ肉付けもしてくれたりとか、コーラスも入ってくれたりとかして、
一応またレベルアップしたものができて、
それがやっぱり良かったなというか、
もっとまたさらにあると思うし、
そういうのも含めて楽しんでるっていう感覚があって。
そういう意味で委ねてる。
叩きを出して叩いてもらってるみたいな感覚があって。
委ねるのが非常に苦手。
これは感情じゃないけど。
すっごい分かるなと思うな。
似てますよね。
分かる分かる。すごい分かる。
タイキ君の5,6割の差でとりあえず出してみるんだけど、
それも結構タイキ君愛してない。
5,6割のものでも。
めっちゃ好き。
そこもすごい特徴だと思う。
タイキ君の。
自分の好きが明確にタイキ君も掴んでる状態で、
もう大事なものが入ってるから、
どれくらいでもある意味いいんだよね。
好きがちゃんと入ってるから。
好きもそうだし、繋がってて、
これ表現できた。この原石とかこのコアの部分できた。
みたいなのがあったら、
あと付け足すのって肉の部分というか骨があってみたいな。
だからすっごい信頼があるんだと思う。
だから信頼があるからこそ別に誰に見られたって大丈夫みたいな。
誰に何を言われても、
自分が一番信じてあげられてるからどうぞっていう感じだよね。
それは音楽だけじゃなくて文章でも結構、
自分が言葉を発しててスッと入ってきたりとか、
その自分が書いた文章を読み上げて、
多分皆さんも感覚あると思うんですけど、
読み上げて自分の心の中で読んで、
調和するって感覚があった文章はめっちゃ好きで、
1年前とか2年前とかのものでも、
本当に自分の書いた好きな文章はずっと両面でやれるというか。
すごいセルフラブができてんだよね。
ひりたたく言うとそうだ。
そういうことだよね。
そこに対して恥ずかしさが結構あるのかもしれないですね。
私は疑ってるかな。恥ずかしさっていうよりかは。
自分をってこと?
私もそうかも。結構。
それはあれかもしれないですね。
仕事である意味コピーライト書いたりとか、
あとは映像を作ったりみたいな、
本当に数量で評価されるところがあるから、
そうなる可能性があって、
僕は逆に野球ではずっと深夜も思ってないです。
勝敗とかにつながっちゃう。
でも歌も文章も別に評価されるわけでもないし、
それで別に金を稼いでるわけでもないってなった時には、
もうすっごい楽な気持ちで進み出せる。
それはあるかも。
そこはプロとアマチュアじゃないけど、
趣味と仕事の違いっていうところもあるのかもしれなくて。
それはありますよ。
本当にヌルマヨに使いながらっていう言い方はあるかもしれないけど、
もう楽にやってる感じがあって。
それこそ前回前々回話した社会との管を切るみたいな、
前々回かアイリーさんが話してた。
やっぱ仕事にしちゃってるから、
それでもう社会と接続してしまっているっていう側面でかいかも。
一方でも社会っていろんな定義があるけど、
友達、友人とか仲間みたいなのも社会と捉えると、
僕は社会と接談をしてなくて、
社会の評価とか、
点数的な評価と接談をしてるって感覚が近いかもしれない。
そうじゃなくて、スニー受け取ってめっちゃいいじゃんとか、
こうやったらもっといいんじゃないとかっていうので、
やっていくのがすごい楽しいなと思っていて。
でもその感覚かもしれない。
逆に言うと社会の仕事のところを接続すると、
一気にキツくなるし、無理無理ってなる。
なります。それはそう。
確かにそこの仕事の文脈ですね、完全に。
これは確かに扱うのが苦手な感情だったけど、
感情なのか?という話にもなってきますね。
そうだね。でもなんか感情ともつながってるよね。
つながってる気がする。
なんなんだろうな。手放しで。
だから体感覚だけをそのまま出すとかもなんか嫌かもって感じ。
でも石橋ちゃんの場合はさ、
今の流れだと自分への信頼っていう軸でさっきタイ君と話したけど、
体感覚をそのまま出すのが嫌だっていうのはさ、
体感覚があまりにも不確かなものに感じるからっていうところがない?
それはあります。
証明できないみたいな。
委ねるとかが苦手なのかも。
それは人に対してもだし、自分に対しても不確かなものをそのまま信じるとかが嫌なのかも。
一方で僕は不確かさがなくて、確かでしかないっていうところが。
そうだよね。自分の中でのね。
そうかも。
でもさ、自分で感じてるんだからもう確かじゃん、その時点で。
なんだけど、そこを出せないというか疑ってしまうし、
だからこそなんか証明できないのにこれ出しちゃっていいのかなっていう感じになるというね。
そんな感じな気がする。
言うとやっぱこと歌とかで言うと、
そのさっきの社会的な仕事的な評価みたいなのがめちゃくちゃ内面化されてる気がしていて。
例えばその歌をずっと習ってたんですけど、
その先生がパワハラで、
で、その私はハンコチ先生ムキムキだからめちゃくちゃ嫌われてて、
いじめみたいな感じを受けたりとか、
なんかそのままでいると良くない、怖いみたいな感覚も自分の中にある気がしますね結構。
あとはそのなんだ、自分で歌う中で、
その完璧に上手くないといけないみたいな、
自分の負けず嫌いとかそういう気質とも掛け合わさって、
今音ちょっと外れたとか、
ちょっと声キモいみたいな、
自己検閲みたいなのがすごいデカいのかもしれないですね。
わかる。すごくわかる。私も似てるし、すごくわかる。
わかるわかる。
だから、働く前から、
例えば、私の場合、何か例を出すとすると、
例えば書くにしても、結局職業でも書くことになったけど、
その前から、小学校で毎日日記を書くっていう学校だったの。
で、めちゃくちゃ厳しくて、
私も早々にスイッチが入って、
これはこういう風に書いておけばいいんだと思って書き続けたわけ。
自分の気持ちなんて一切書いてない、おそらくその日記はね。
だけど、一方で本当に幼稚園入って、
まだ3、4、5歳とかか、
それぐらいの時とかは自由にいろんな物語とか書いてたわけよ。
とかをやってた絵もそうだし、音楽もそうだし、
だけど、それぐらいから一切そういうことはしなくなってるから、
だからそういう社会の中で、
こうしなくてはいけないんだみたいな結果、
もっと整えなきゃとかね。
それはそのまま出してはいけないらしいみたいな。
でも、石橋ちゃんと私のあえて違いを挙げるならば、
私は自分のことを疑ってる部分があるんだけど、
それは掘れば掘るほど新しい自分というか、
こんなん出てきたみたいなのがあるから、まだあるだろう、お前みたいな感じで。
ちょっと自分を疑いにいってるようなところがあるんだけど、
石橋ちゃんの自分の感覚を信じてないみたいなのは、
もっと違うよね。
そうですね。
ちょっと自罰的じゃないけど、みたいなニュアンスがありましたね。
半年間カウンセリングに通ってたんですけど、
半年受けてて、
感じるという体感覚を久々に得たなみたいな感覚があって、
催眠療法ってイメージを使って思い出したりとか、体験し直すみたいなことをするんですけど、
例えば感情がどのあたりにいて、どんな形ですか?どんな色ですか?
その時にどんな気持ちになりましたか?みたいに言われて、
そのように捉えたこと自体がそもそも久しぶりかもしれないみたいなくらい、
結構ずっと思考有為で生きていて、
だからそこに対する信頼感のなさじゃないですけど、
使ってない回路だからこその気持ちもあるかも。
感情と創造性、そして自己受容への道
あとそれが社会における有用性とかとも結びついちゃってる。
ちょっと要領はいいから要領よく考えて、
あって出したものが結構評価されたりとかもするから、
そっちの方向に依存していくし、みたいな感覚もありますね。
そのパッと出したやつと自分の感覚って結構乖離してるから気持ち悪いみたいなのもあるのかな。
極論そのパッと頭使って考えて出した作品でも、
自分が気持ちいいって思えれば正直いいなと思っていて、
そことの乖離とかってどのくらいの感覚があるのか。
そもそも自分が気持ちいいということは結構嫌かも。
あー。
なんか変じゃねーと思う。
ちょっと違う気がする。
思考で考えたものは、
社会と寄り接する企画の仕事を6年くらい、
その頭の使い方をしてるから、
結構正解の切り口とか、鋭い切り口みたいな感覚。
感じる方はもっと自由で好き勝手にやってるみたいな感じ。
使ってるものは違うかも。
自由に好き勝手やってる時も、経験があるからその差分がわかるって感じなのかな。
経験がある。
自分の好き勝手にやって出してみたっていう経験が、
会って初めて頭でちょっと考えて出したものとの差分ってわかるわけじゃない。
どっちも経験があるから、
自由にやったほうが本当は気持ちいいんだというか、
気持ち?気持ちじゃない。
自由にやったほうが、なんて言うんだろうな。
心の何が言いたいかっていうと、
自由にやって出すっていうことを知らないで、
そういうのが本来はいいんじゃないかみたいなところで、
分からないものを追ってるっていう感覚だと、
僕も意外にパート出してる部分があるけど、
意外にトレンドだったりとか、
規制の曲のものの構成とか構造化を考えて出してる部分がめちゃめちゃあって、
それでも自分の感覚的にはめっちゃ自分のところと接続してるっていうふうに感じてるから、
言えてるっていう、
そういう感じがあるから、
解釈の仕方次第の部分がめちゃめちゃあるのかなっていうところを言いたかった、
伝わるかなって。
解釈次第。
部分漏れがあるのかもしれないなってめっちゃ思ったっていう感じ。
これ自分の捉え方かね。
でもそれで言うとやっぱ思考有意すぎるっていうのがバランスとして、
自分の解釈の中での違和感なのかも。
そこが問題なのかもしれないけど、
思考有意なものは思考有意になっちゃうからさ、
そこってなかなか抑えようがないじゃない?っていう時に、
そうじゃない、要は体感覚のものとか直感とかっていうものを出して、
え、意外といけるじゃんっていう成功体験を積み重ねてったほうが自然と、
なんか頭が考えなくなるのかなっていう気もするんだけどさ。
だから仕事の話で言うなら、
仕事も多分最初は出す時に勇気が必要だったんだと思うわけ。
企画を出したりするのも。
この頭の使い方でいいのかなみたいな。
でもハマっていった結果それを今やってるだけで、
みんなで集まってギターするとかさ、
そういうのも意外とやってみて上手くいったら、
それをこのままやっていいんじゃないかみたいな感じにもなりそうな気しない?
確かに。
最初の一歩。
そうそうそうそう。
それをまだ積み重ねてないだけだから、
なんかすごい遠く感じるけど、
いざやってみたら。
確かに。
歌とかで言うと、みんなで歌うとかあるじゃないですか。
歌ってみようと思って歌うんですけど、
なんか下手なのにごめんみたいな気持ちになったりする。
歌ってると同時に。
下手じゃないんですか、これが。
カラオケとかめちゃめちゃ盛り上がるんですけど。
っていうね。
でもそうですね、練習をしていくということなのかもしれない。
嫌だったら曲論まじで出さなくてもいいし。
気持ちいいことじゃないと続かないしね。
でも気持ちいいのが嫌だって言うと結構難しいですね。
難しい。
自己満足してるそうだよね。
そこがちょっと気持ち悪いし。
そうかも、それかも。
なんか自己満足してるけど、
良くないな、客観的に見ててって思うことが多いからなのかな。
そうなんじゃないですか、他の人が見てて。
私より周りを見てて結構。
そういうことだよね。
そういうことだよね。
このままのバランスでいいのですかね、そしたら。
なんて言うかな。
例えば、この人自己満足で嫌だなって思う時って、
とりあえず自己満足っていう風に片付けてるけど、
なんかもっといろんなもの感じてるんだと思うの。
その人の何か押しつけがましい感じとか。
分かります。
なんかすっごい自分を勝手で誰かを押しのけていくような勝手さとか分かんないけど、
自分の不幸に酔ってる感じとか分かんないけどね、みたいな。
そんな気がします。
だから意外とただ自己満足が嫌なだけじゃないと思うんですよね。
めちゃめちゃトゥー誰かとか、
自己満足かける、すごい害を与えてる相手がめっちゃ明確に分かるときにすごい嫌だなって感じるけど、
本当に純粋に自分のことを、しかも別に対象もなく、
すごいパーッと表現してる人とかは、あんまそういう気持ちにならないなっていう、
明確な違いがあるなっていう。
アニさんの切り分けって思いました。
本当にそのまんま自分を出してるみたいなのに触れるとさ、
上手い下手とかも本当に関係なく、
本当好きなんだなとか、
楽しんでて幸せであってほしいなってめっちゃ思うタイプの人。
確かに。
って思うじゃない?
一方で自己満足とかをして、めっちゃ人傷つけてる人とかも確かに。
痛いとかするときにすごい嫌悪感は感じますね。
確かに。
明らかにそれは違うから、
そうなんだよね。
そこは恐れなくていいというか、
逆にその前者というか、そっちの違う方向の、いい方向の方のことだったら、
逆にそれをメタ認知して、
そう、会った方が楽しいっていう結論に至るんだったら、
こうどうしてみるのも。
だってさ、さっきの、
例えば西金子さん、
さっきのというか、前の前の回だったかもしれないけど、
西金子さんとかモロハとかが好きっていう話でもさ、
言葉は、彼らが使う言葉は時にシャープで、
人を誰か傷つける、もしかしたら傷つく人もいるかもしれない。
確かに。
けれども、もう自分と向き合った結果も、
私にとってこの表現しかないんですって言って出したものに、
西橋ちゃんは心が動いてるわけじゃない。
そうですね。
っていうことだと思うな。
だって、多分それをもう完全に煮詰めて煮詰めて濃くなったものを、
じゃあ最終的なところでどうやって外に出していこうかっていうところで、
最後チューニングしてるだけで、
多分相当現役の状態を濃くしてると思うんだよね。
確かにね。
いやそうですね。
なんか気質としてやっぱ不快感とか、
結構ネガティブな気持ちをばっか見ちゃうんですけど、
確かにその表現してるっていうの中でも、
めちゃくちゃ気持ちいいなって感じる人もいるし、
そこをもうちょっと繊細に見ていくということも必要なのかもしれない。
不快感でブロックしてたぞ。ベースの。
そうだよね。そう思うね。
やっぱこう、ちょっと自分にとって力みとか不快な部分があると、
割とその思考を止めるというか、
目を逸らして終わりにしちゃうんですけど、
意外とそこの解像度は一歩歩みを進めて上げてみると、
結構体感覚が変わるとかが今までもあったし、
きっとそういうことなんだなという気もしてきましたね。
時に私も過去あったけど、
なんか嫌だなみたいな風に思った時に、
それはちょっと自己満足みたいなところから離れちゃうかもしれないけど、
なんで嫌だと思ったかっていうと、何かに嫉妬してたからで、
だからすごく自分を比べてみてたみたいな。
でも嫉妬までは解釈したくないから嫌だってしてたけど、
後々考えてこれ嫉妬だったのかもって思うと、
ああそうかみたいな、これ私嫉妬するってことはやりたいんだなみたいな。
じゃあまあやろうかなとか、
いやでもこれはやる必要ないかなとかね、
風に見ていけるっていうか。
あとなんか、僕も変な話なんですけど、
そういう感情になることめちゃめちゃ結構あって、
仕事の分脈とかも、さっきのちょっと僕が被り出した話とかもそうなんですけど、
なんか受け手方になると結構そういう感情になっちゃうというか、
観察のムーブに入っちゃうから、
何かこう車に構えていろんな観察をしちゃうんだけど、
そういう時ってめっちゃ自分の発信とかをしてないタイミングで、
そういう風な感覚になっちゃうから、
自分に向き合ってない時に入ってきちゃうなっていうところがあるから、
一旦自分のやるべきこととかできることって何なんだろうなって考えた時に、
なんかスッと言葉が出てくるというか、
その時もあったな、今の仕事とかもそんな感じで戦ってますね。
向き合っていくということですね。
めちゃめちゃ発信とかはその中で知ってるもんね。
そこの発信とはまた違う感じの出し方を、
できる分も可能性もあるんじゃないかっていうところを模索してるっていうところもあったな。
結構思考寄りというか、これあればいいでしょって感じでやってる。
その中に感性も含まれてるけど。
これもあれなんですかね、
隣の芝が多いじゃないですけど、
めちゃめちゃその思考をきちんとした上で生み出せるとかも本当にすごいなって思いますし、
うらやましいし、
思考がちゃんとあるからこそ生み出せる作品みたいなところもあるなってめっちゃ感じるから、
めちゃめちゃうらやましいですよね。
逆立がすごいなと思って。
逆に博打しすぎるし、基本刺さんないこともいっぱいあるけど、
ちゃんといろんな人に影響をパンと与えられるみたいなところとかって、
すごいな、ヒット率がめっちゃ高いと思って。
だからすごいなと思って。
不思議ですね、不思議ですね僕。
途中にもあったけど、確かにいろんな解釈の仕方もできますね。
その気質とか、今あるものないものに対して。
だから逆に言うと全部手放しで、
感情優位の表現をした方がいいみたいな感じも、
なんか違うのかもしれないなとか思ったりとか。
だから言ったら、思考優位な人が、
ちゃんと感情も含めたバランス感覚で出せる作品って、
唯一無二になるのかなと思ったりとか。
全部を全部消さなくても、
本当に素晴らしい作品だったりとか、
何かこう作れるんじゃないかなとか。
私も全然そう思うし、
前回の作るの話につながるけど、
小っちゃい時から自分の感情とアウトプットが
ずっと接続されたまんまで、
大人になっても形を作っていくみたいなことができる、
のがアーティストだよねみたいな話があったけど、
それが途中で切断される人もいます。
石橋ちゃんとかもそう、私もそうみたいな話があったけど、
その完全に、
そういう人が主人公の物語があるとするとさ、
切断されるってものすごい劇的なことじゃん。
切断、しかも私の場合で言うなら、
長いこと切断されちゃって、
そのまんま人生終わるのかと思ったら、
この人取り戻そうとしてるみたいな。
どうすんのそれ、どうなっていくのみたいな。
でも当然、切断された部分回収するよね、物語的にみたいな。
どんな展開みたいな。
それはその人の彩りになっていくわけじゃない。
だから全然、石橋ちゃんにしても至高優位になってるっていうのはさ、
石橋ちゃんの今までの人生の歩みが生み出してることだけであって、
それってすごい個性でもあるからさ、
そこに、もともとすごくプリミティブに持ってるものがさ、
絶対また重なったり、もしくは使い分けたりになってくるんだと思うわけよ。
そんなのまたさらにワクワクじゃん、そんな道のり。
なんならもう、分かった上で、
いやもう至高優位でこの5年ぐらいはやらせてもらうみたいにやるかもしれないしさ。
それぞれ本当に複雑にいろんなバランスでできてるから。
そうですね。
本当に比較しようがないしね。
体育のその、隣の芝が青く見えるっていうのも、
青く見える瞬間に多分自分の個性が光ってる時なんだと思うから。
逆に、確かに。
持ってないもので多分反応する部分があって、
そうなると持ってるものが対比されますよね。
そうそうそうそう。
差別可能性ですね、確かに。
その特性をフルに使った方がいいよね。
今また反応してるってことは、みたいな。
うちの芝はこれってこと?みたいな。
オッケーオッケーみたいな。
めちゃめちゃ面白いですね。
端ちょっと枯れてますけど個性やらせてもらいますみたいな。
確かに、その明るさかも。
うん、って思うよ。
そうじゃん、実際。
この認知の器の角度を上手くするというか、ちゃんと垂直になるように。
扱いにくいって感じてる感情の反対側がめちゃくちゃあってとか。
そうそうそうそう。
そこでも繋がってくる可能性ありますね。
そうかも。
思考しちゃうから思考止めずにやっていきますよ。
そうだよそうだよ。
ありがとうございます。
お知らせと今後の展望
ここでお知らせです。
私たちのコミュニティ大きな株農場がオープンしました。
コミュニティに参加していただくと、限定チャットでお話できたり、
番組のリクエスト、株の種が送れたりもします。
積極的に参加しても、見るせん聞くせんでも大歓迎。
あなたらしい形でかかってくれたら嬉しいです。
概要欄のリンクからぜひお気軽に農場に遊びに来てください。
あなたの株の種、お待ちしてます。
今日の株、どうだった?
いやー、ありがとうございます。
なんか、なんだろう、別の角度からみたいな感覚でしたね。
私の思考の偏りとして、結構内的な原因を求めるというか、
何かことが起こった時に、
いや、私の声より君があるからこうこうこうで、みたいな方向付けをしがちなんですけど、
普通にその事象に対する捉え方を変えるみたいなことをやったほうがいいと思いました。
聞いてて。
できるしね。
あとね、私今日話してて思ったんだけど、
これさ、だいぶ前に持ってきた、この株をね。
アイさんが持ってきた。
で、その時に結構感情も扱いたくて、いわゆるザ感情。
だから今度、ザ感情回もやりたいね。
楽しい。面白そう。
今日多分その感情とひもづいくその手前の感覚みたいな。
手前というかさらに奥の感覚みたいなところを扱った感じがあるんだけど。
ザ感情か。
そう、ザ感情からも。
悔しい、悲しい。
そうそうそうそう。
そう、それでやりたい。
当たる感覚にしたほうがいいかも。
扱うのが苦手な感覚かも、今回は。
ね。
やりたい。
面白い。
確かに。
メモメモ。
ありがとうございました。
では次回も。
一緒に大きなカバー抜きましょう。
またね。
47:18

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