そんなねゴエモン出たのが、
1986年7月30日ことで、ファミコンのカセットなんですけれども、
コナミのアクションアドベンチャーですね。
同じ年の5月に稼働したアーケードゲームの横スクロールアクションゲームで、
ミスターゴエモンっていうのがありまして、
そっちのゴエモンは漢字で書いてあるんですけれども、
これのアレンジ作ということで出たみたいなんですね。
そうみたいですね。
でも当時の子供たちでミスターゴエモンを知ってた子は、
すごく少なかったんじゃないかなと思いますが。
そうですね。これがファミコンで出てたらね、
まだもうちょっと知名度があったのかもしれないですけど、
アーケードだけで稼働してたみたいで。
そうなんですよね。
だからゴエモンが発売されるのと同じ年に稼働してたみたいですね。
ただね、こちら現在アーケードアーカイブスで配信中なので、
そうなんですよね。
遊べますよ。
面白い。
ゴエモンのBGMって遊んだことある人は結構頭に浮かぶと思うんですね。
残ってる。残る残る。
あれってミスターゴエモンの曲のアレンジなんだそうです。
じゃあもう最初の段階でメインテーマは完成されてたんですね。
そうですね。ミスターゴエモンの方では2面の方で使ってるのかな。
らしいんですけれども、そういうことでファミコンオリジナルではないんだけど、
でも見た感じかなり違くなってるので。
そうですね。だいぶアレンジされてますね。
ですよね。これが当時すごく流行りまして。
そうですね。
僕ら世代だと誰か持ってるっていう感じのゲームの一つで、
それもそのはず約120万本売れてるということで、
すごいすごい。
ミリオンゲームなんですよね。
なんか急にひょっと出てね、なんかみんなやってるなっていう感じで。
だってね、見た感じがもう面白そうなんですよ。
あーわかる。
やっぱり。
パッと見てもうビジュアル的に楽しそうっていうのがね、
パッケージからでもゲーム画面からでも伝わってくるゲームだったんですよね。
そうなんですよね。
ゲーム始めてすぐにゴエモンが長屋に小判を巻いてるんですよね。
はいはい、そうそうそう。
あの時点でなんかこのゲームは違うっていう感じがしましたよね。
そうそうそう。
そんなゴエモンのストーリーが一応ありまして。
あるでしょう。
その昔、太平の世を良いことに、
全国各地の大名は庶民の暮らしを顧みず、
死体放題私服を肥やしておりました。
そんなご時世、噂の貴族ゴエモンが盗んだ小判を貧しい人に与えながら、
諸国大名を懲らしめる旅に出たのでございます。
しかし、お神の御手は厳しく、城への道中は容易なことではございません。
はてさて、この物語の結末はいかに愛になりますことやら、
頑張れゴエモン。ということで。
それはあれですか?公式というか。
はい、説明書に書いてあったものですね。
はい。
ちょっとこう、昔の弁史というか。
ああ、そうそう。わかります。言ったようなこと。
ね。あの漢字ですね。
うんうんうん。
こうだん?
ああ、こうだん字ね。そうそう。そんな感じですね。
システムはですね、こっちも説明書から抜粋すると、
ゴエモンを上下左右にコントロールして敵をやっつけ、いろいろな障害を乗り越えてください。
そして十二の関所や難所を突破し、悪い大名のいる城内へ攻め入りましょう。
ということになってます。
もうすごくわかりやすい。
ですけど、ゲーム自体は結構オープンワールドとは言わないけど、
横スクロールなんですけど、奥行きがあるんですよね。
トップビューではない、クォータービューでもないんだけど、
ちょっと上から見下ろした画面で縦軸があるんですよね。奥があって。
一つの面のどこかに橋がかかってたりすると、別の面にそこから移動みたいな感じの作りになってるんですけど、
それ以外にもいっぱい仕掛けがあって、当時としては盛りだくさんなゲームだったと思います。
そうですね。やっぱりこの辺りがニメガロムというパワーが存分に発揮されてるなと。
ああ、そうかも。
いや、もう間違いなくそうだと思いますよ。
すごくビジュアル面もリッチでしたし、世界が広いという感じがしましたよね。
ですよね。あとちょっとだけ役人がご用だご用だって言うから、しゃべりもしたし。
そうそうそうそう。音もすごくコナミは強かったですから。
コナミですからね。音も音楽も凝ってて、キャッチーでねっていう感じのゲームなんですけど、
どうやって遊んでいくかというと、操作は十字ボタンで上下左右に5Mを移動させますと。
Aボタンがジャンプになっていて、Bボタンで攻撃なんですけど、普段はでっかいキセルで殴りつけますと。
そうそうね。あれ面白いよな。
そう、あれかっこいいというか、なんかちょっと珍しかったですよね、キセルって。
あれね、でもキセルを知ってたらわかるけど、わからないと何で殴ってるのかなっていう。
まあ確かに。
子供からしたら馴染みないでしょ、あれ。
確かにそうですね。なんか棒で叩いてるくらいしか見えない人もいるかもしれないですね。
で、アイテムを取ると小判を手裏剣のように投げるようになります。これが攻撃なんですね。
まあファミコンなんでこのぐらいしか操作がないんですけれども。
で、ステージなんですが、さっき言ったようにちょっと奥行きがあって、
左右にスクロールする道と奥や手前に繋がる道とか橋がある面というステージとってあるんですけれども、
これが今回調べてみて初めて知ったというか、当時別に知らずに遊んでたというか、あまり理解してなかったんですけど、
で、押すとまた街に戻るんですね。
で、これを都合12回やって、最後の江戸の大名を懲らしめると、屋根に登るとこまで一緒なんですけど、滑り落ちずに見栄を切って、メッセージが出ないで代わりにカンっていう文字が出てくるんですよ。
これで終わり。これが多分シーンエンディングというか、ちゃんとしたエンディングなんですよ。
僕は一応13ステージ目の屋根からちょっとずっこけるやつは見たんですね。
2週ぐらい見て、だから26面ぐらいまで行って、また始めて、途中でちょっとこれをずっと繰り返して104かと思って、途中でちょっとやめてしまったんですけど。
でも簡単なことじゃないんでね。当時104ステージクリアできた人がいたとしたら、それすごく上手い人だと思いますね。
やっぱりそれなりの難易度ありますからね。
うん、あります。特に僕が厳しいなと思ったら山と真ん中ぐらいにある8面かな、山と、あとね、最後の町から先、町石垣城内辺りはかなり敵が厳しくなってきます。
敵の猛攻になってくるので、特に城内なんかで入ったら。
そりゃね。城の中ですからね。
そりゃーって感じなんですけど。で、もうほんと後半でしか見ないような敵がいるんですけど、特に鉄砲隊。
あー、そりゃ強そうやね。
これ強いんですよ。あとね、薙刀持ったおばちゃんがいるんですけど、薙刀振ってくるし、爆弾もちょっと投げてくるんですよね。
それを、私ね、当然クリアしてないんで、後半知らないんですよね。
そうでしょうね。僕も当時は全然そこまで行ってなくて。
全然行けなかった。
山まで行ってた覚えはあるんですよ。なぜなら山にしか出てこない天狗ってのがいるんですけど、それは見た覚えがあるから。
あとね、海も行ってたかな。そこら辺覚えてるんですけど、田んぼってのはもう、僕も初耳だったし。
今回ね、話す前に遊んでみて、あ、こういうとこなのかっていう田んぼってなんて言えばいいんすかね。
ほんとに田んぼとしか言いようがないんですけど。
田んぼっていうのも全然ピンとこないしね。そこまで行ってないからね。
そうそうそう。珍しい面だと思います。13の間に1回しか出てこないから。
写真でも見たことないからね。
そうですね。なんですよね。で、ちょっとステージの話を長くしちゃいましたけれども、どうやったらゲームがミスになるかというと、
ライフメーターっていうのがありまして、それがゼロになるとミスっていうライフ制なんですよね。
で、敵に当たったり、敵の弾に当たったりするとこれが減る。
ただアイテムの中にお弁当っていうのがあって、日切り飯3つをね、笹でくるんだよなやつ。
あれ持ってると、ゼロになっても1回回復みたいなのね、あるんですけども、
あとね、海とか堀とか崖に落ちると、これはもう即死。
っていうお願いをしたんですよね。
そうなんです、事前にね。
連絡させていただいたところですね、開拓していただいてね、思い出の方をいただきましたので、そちらを紹介したいと思います。
お願いします。
こんにちは、プロジェクトゴエモンです。この度、がんばれゴエモンカラクリ道中についてのご連絡ありがとうございます。
ゴエモンのファミコンのゲームに関して他人が読んでワクワク楽しむぐらいの思い出はないと思います。
ゴエモンのゲームを初めて知ったのは、がんばれゴエモン雪姫救出絵巻の海外版、ザ・レジェンド・オブ・ザ・ミスティカル忍者でした。
これだからSNESって書いてるんで、スーパーファミコンですね、海外のね。
で、SNESの前には、あたり2600とNESでゲームを遊んでいましたが、F-ZERO、パイロットウィングスなどを遊んだ時に強い印象があり、まるで未来のゲームを遊んでいる感じがしました。
ザ・レジェンド・オブ・ザ・ミスティカル忍者もそうでした。
今でも笑えるオープニングから、ユーモアもアクションもバラエティ豊富で、音楽もグラフィックも素晴らしくて、しかも2人で同時プレイできました。印象が強くて忘れられないソフトです。
雪姫に出会ったから日本語を勉強して日本に引っ越しすることにしたと言っても過言ではないまでは言えませんが、確かに大きな原因だったかもしれません。
ザ・レジェンド・オブ・ザ・ミスティカル忍者の次に海外で発売されたNintendo 64の2本のソフトも遊んでとても楽しい時間を過ごせました。
時が流れて3年前ぐらい、子供の頃やればよかったゲームに興味があって、少し考えてみたらゴエモンにたどり着きました。
シリーズのタイトルを1から遊ぼうと思って、今でもSwitchで遊べるMr.ゴエモンから始めましたが、
現在実施しているプロジェクトのきっかけになったのは頑張れゴエモンカラクリ道中でした。
その後のギャグがいっぱいのコメディーなゴエモンのエントリーと違って、
元祖ゴエモンは江戸時代のゼルダのようなある程度オープンワールドのようなデザインのゲームに見えるかもしれません。
ですがカラクリのテーマを完全に入れ込んだ不思議なファンタジーの迷路の江戸時代のゲームだったと発見してびっくりしました。
アクション、バラエティ、雰囲気、ファミコンの黄金の時代のビジュアルと音楽が全体的に良い出来のソフトとして、
当時の子供たちにとてつもない印象を与えたソフトだと思います。
ノリに乗ったらすごく楽しいゲームですが、ループ型のゲームと迷路が苦手な私には楽しめなかった部分もあります。
特に3Dの秘密と城内のステージは今でもトラウマになっています。
2メガの大容量があったからこそステージ型のゲームではなくオープンワールドの方が合っていたと思いますが、
大人として全体を見るとファミコンの代表的なソフトとしても評価できます。
任天堂スイッチなどで遊べないのはとても不思議だと思います。
セーブ機能があって良いアレンジのゲームボーイアドバンス移植版はお勧めできます。
ちなみに参考になるかどうか分かりませんが、
スイッチの機能で遊ぶのに非常に適してるというか。
そうですね。
あとその本文で書かれてたんですが、
開発者のね、プロデューサーとプログラマーの方のインタビュー記事っていうのはね、
一緒に送ってくださってですね。
そちらの方を読んでみたらですね、非常に面白い内容だったので、
その中からいくつかエピソードを紹介したいなと思うんですが、
このインタビューが載ってた雑誌っていうのがね、
ドリームキャストマガジンの14号。2003年の7月に出てるものですね。
だから今からちょうど21年前ぐらいか。
え、じゃあ日本の雑誌ってこと?
そうですね。
あ、それを海外の方が。
当然それを日本語で読まれてるようですね。
すごいな。すごいとは思ってたけど。
なんせ、ドレモンきっかけで日本に引っ越してますからね。
本当すごいと思いますけど。
そのドリマガの中のグッドバイファミリーコンピューターっていうコーナーがありまして、
その中でのインタビュー記事を送ってくださったんですが、
その中出てくる方が橋本和久さんという方と梅崎重晴さんという方で、
橋本さんが81年にコラミに入社して、ファミコンのハイパーオリンピックとかグラディウス。
基本ファミコンチームみたいですね。
アーケードの移植をやられてたみたいです。
この梅崎さんという方が橋本さんより2年後の83年に入社されて、
ファミコンのサラマンダグラディウス2コントラアイ戦士ニコルという、
早々たるタイトルを作られた方の2人のインタビューなんですけど、
職種としては、当時はプログラマーとかデザイナー関係なく、
2,3人で企画もプログラムもデザインも兼ねてやってたそうなんで、
特に職種というのがないみたい。
へえ、すごいな。
で、ファミコン版の移植なんていう作業はですね、
だいたい4人で、4ヶ月から6ヶ月で作ってたそうです。
うわっ、へえ。そう。
その中で書かれてたのは、ファミコン版のハイパーオリンピックは、
プログラマーとデザイナーの2人で半年で作ったと。
え、2人?
うん。
え?
だから一応ね、元のアーケード版があると。
それをファミコン版に移植する作業を2人で半年でやった。
そうですか。
そしてファミコン版グラディウスは、4人で半年かからずに移植してるみたいです。
へえ。
めちゃくちゃ短くないですか、今の間隔は。
いや、めちゃくちゃ短い。
ということはですよ、売れた時の利益率も尋常じゃない。
だからこの頃ファミコンが売れたらビル立つとかね。
はいはいはい。
めちゃくちゃ儲かるっていうのはやっぱりね、今の100万本と比べてもね、
やっぱり元の原価が違いますから。
そうですよね。
そうそうそうそう。
いやだって。
今のゲーム100万本売れても赤字っていう可能性もありますからね。
いや今ミリオン行くタイトルって40人じゃ多分効かないですよね。
いや40人なんて桁がちゃいますよ。
ですよね。
おそらくやっぱり100以上。
4人でしょ、グラディウス自食。
はいまあそういう感じでね。
でそのグラディウスの移植なんかにもお二方すごく重要なポジションだったみたいで、
グラディウスの隠しコマンドってあったじゃないですか。
はいはいはい。
有名なウェブでしたね。
あれは橋本さんのアイデアっていうか。
これもともと橋本さんがそんなにゲームうまくなかったので、
でも移植の時にね、やっぱデバッグっていうかテストしないとダメじゃないですか。
難しいから簡単にするためにあの隠しコマンド入れたと。
なるほど。
であの上上下下って何か意味あるんですかって聞いて、
特になくて覚えやすいものを入れたそうです。
だから我々もすごい覚えてるじゃないですか。
そうですよね。
ただファミコンのゼビウスの隠しコマンドには影響を受けてるそうです。
あーなるほどね。
覚えてます?ゼビウスにも隠しコマンドあったの。
なんかあったことは覚えててますけど。
ワンコンツーコン使ってこういろいろやって、
で数字出てきてその数字いじると本当にデバッグモードみたいな裏技があったんですよ。
あった。あった。
そうそうそう。
あれを当時見て影響は受けたそうです。
あと当時ね作るのも楽しかったけど、
ゲーム自体遊ぶのもすごく楽しかったっていう話をされてて、
ドラクエに当時めちゃくちゃハマってたんですね。
ドラクエも一作目ですよ。
でゴエモン開発中もね、
仲間うちで交互にプレイして1日でエンディング見たらしいです。
すごいやり込み。
まあね最初のドラクエって短いから確かに1日でいけなくはないと思うんですけど、
でエンディング見た時にすごく感動してね。
でドラクエエンディングってスタッフロール流れるじゃないですか。
であれが素晴らしいっていうことで自分たちのゲームにもスタッフロール入れようって思ったらしいです。
なるほどね。めっちゃいい話。
そうめっちゃいい話なんですよ。
でさらにそのドラクエはそのストーリーとか以外にね、
技術的な部分ですごく興味深いこといろいろやってて、
コナミ社内でも研究されてたそうですドラクエ。
やっぱりドラクエってそれぐらい革新的というかすごく考えて作られたゲームだったんでしょうね当時でもね。
コナミの方たちも当時研究してたっていうのはね。
あー面白い。
そのいいですよね。
会社で遊べてしかもみんなでドラクエやれるってなかなかない経験だと思いますよね。
まあだから言ってるみたいにそのスタッフ自体が少なかったので、
言ってしまえば1チーム自体の仲の良さも今と違うんじゃないですかね。
そうです。
やっぱ30人の1チームとね、5,6人の1チームってもうその親密度が違いますから。
違いますね。
だってもうイヤーが多でも顔も名前もすぐ覚えるし。
おそらくね本当にこうゲーム好きな人らで集まって友達の家でゲーム遊びながらゲームを作ってるみたいな感覚に近かったんじゃないですかね仕事とか家。
そうですね。なんかちょっと大学のサークルとかああいう感じかも。